カテゴリー:プチ美学

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ごえん。

FOR WORLD


美大日記のオフ会関連の記事がすごいおもしろい〜
ムサビ日記のオフ会でマイペース120%だった手羽さんが翻弄されてる〜あはは
友達いっぱい連れて手羽さんとこ行って困らせたい。あはは

出逢いの形って色々あるねえ

僕は相変わらず朝から晩まで渋谷でお仕事させてもらってるんだけど、
めずらしく今日は同い年くらいの人とご飯を食べてね すごいおもしろかったんだ!

その人は僕の先輩なんだけど、仏教の大学に行ってる方なんだ(※今日はじめて知った)
サークルもさ「禅」のサークルに入ってるんだってよ!!
もう すごい食いついちゃった・・・・ランチであんなに興奮すると思わなかった・・・
ムサビだと、構内には美術館があるのがトクベツだけど
先輩の大学の構内にはお座敷があるんだって〜〜〜!

もっと色んなお話聞きたかったなあ・・・
また会えるかな 
来週からはオフィスじゃなくて外回りのお仕事をさせてもらえるらしいから、会えないかもなあ・・。


バイト先の人たちはみんな、僕と違ってきっちりスピーディーな人たちだから、
なんかこう おしゃべりする度にジェットコースターに乗る時のようなスリルを味わってたんだけど
やっぱり じっくりお話できると楽しい・・・
僕、自分と考え方とか習慣の違う人すごい好きなんだよねえ・・・


最近は大学に慣れてきたせいかな
春休みになってアルバイトをはじめて、そこで逢う人たちと
こういう大学の話とか、普段の趣味の話とかするだけでも充分刺激になるからびっくりする。


刺激っていうか「あっ違うんだ」っていう【ズレ】をおもしろがってるんだろうな

大学だと逆に「えっ!?一緒なの!??」ってなってるから。


出逢いの形って色々あるんだなあ


オトギ

どこかできっと君を待とう

FOR WORLD


綺麗な牡丹雪が、ためらうように降ってた。
「降る」という言葉が少しふさわしくないように思えて、
少しのあいだ 空を見上げて迷っていたんだけれど
あれは「舞う」という表現が正しいんだろうな とひらめいて
ああ、なんだ ありきたりな言い方じゃん とにがわらいした。

でも、そんな風に ありきたりな言葉のあて方にすっきりするのは
そんなに悪いことじゃなくて むしろ心地いいことなんだ。

今日は少し気持ちがくたびれて、帰り道もどこかぎこちない心のまま
ゆらゆらと歩いていたんだけど
ふと気づけば大きな雪の群れに巻き込まれていて

つまんないビルも 汚い道路も 寒さにしかめられた誰かの顔も
何もかも真っ白に埋まっちゃっていて 気分がすっと軽くなった。
こんな言い方は少し乱暴だけど、とても 気味が良いやと思えたんだ。

多分あの場所にいる誰より、僕は雪の降る夜道を祝福していた。
そういう瞬間 僕はたいてい、その嬉しさを独り占めできることのほうが嬉しいんだけど
今日はなぜか この嬉しさを誰かと共有できたら素晴らしいと思った

こんな雪のふる歩きにくい道の中を
ただ黙って並んで歩いてみたい。


濡れた袖や、靴底に染みる雪の感触を知りながらも気づかないふりをして
お互いの顔も見えないようなくらい暗い道の中を
いつか誰かと歩いてみたい。

オトギ

そこにあった白夜

FOR WORLD


ふと思いついて外を歩いてみたら、
昨夜降りしきっていた雪が積もって、あぜ道も真っ白にめかしこんでた。

肌を削るように突き刺さる冷たい風すら、すがすがしく流れていく。
僕の足下から聞こえる雪を踏む音
雪解けのつめたい水が銀色に反射する瞬間、世界が真っ白に眩んで
田畑もコンクリートも家も空も、真っ白に塗りつぶされて
すべて僕だけのもののように思えて堪らなくなる。

何者かも知れない誰かや獣の足跡を辿るように歩いてくんだ。
迷いのない一本の筋の上を
背骨も軋むような1月の空の中を
何もかも死に絶え眠りについた、しずかなしずかな冬の道を。

わずらわしい約束も君のずるさもその瞬間は何もかもゆるされて
真っ白な雪の中に熔けちゃいそうで
なんだか嘘みたいに奇麗だと思った。

帰り道、傾いた陽が金色に濡らす雪の表面が、僕を嬉しくさせた。


オトギ

再会

FOR WORLD


そういえばまだ天体観測をしていないな、と思い出した。
今日は雪が降っていた。
退屈な小説を読むのを促すかのように。


この家のよいところは浴槽が広いところだ。
バスタイムが楽しめるようになったのは、そういえばつい最近のことだ。
中学のころは、時間の無駄づかいとしか思えなくて嫌いだった。
勉強や制作に生活が圧迫されるようになってから、浴槽は休憩所になった。

思いだすように好きになることが最近多い。

年末年始なので、懐かしい人達に会う約束がいくつかある。
小学校からのつきあいの人と、中学校の集まりと、高校のときの同級生と。
僕さ、「再会」という言葉には魔力があると思うんだよね。
その人や、その人の背景に見える昔話まで魅力的に見えてくるんだ。


そういえば、星を好きな人は宇宙も好きらしいね。
「広大で予測がつかないから」だっけ?
小さい頃は星も月も大してどうでもよかったよ。
絵本のほうがずっと好きだった。


好きなものが増える瞬間は新しい出逢いに似ている。
僕は嫌いだったものにもう一度出逢うために生きつづけてるのかも。


そう考えると、生きつづけてるのってなんか素敵なことなのかもしれないなあ。

オトギ

のどかで退屈で必要なもの

FOR WORLD

帰ってきちゃうと気楽なもので
向こうにいれば耐えきれなかったような退屈すら
飲み残したココアみたいに 甘くどろっと流れてく。

やらなくちゃいけないこと 鞄の中に封印してるけど
お忘れではありませんね?
とばかりに、時計の針がチクチク刺さってくる。

うう おゆるしを


誰に責められるわけでもないけど、一日あったまって丸まっていると
後ろめたくなっちゃうのは何故だろう

やりたいことがあるからかもしれないなあ
甘やかしてくれる人がいるからかもしれないなあ

そう思いながら、ぬるいココアを飲みほして
あれと これ やろう。

出せなかった手紙のように
誰にも読まれることのない日記のように
報われないことも、きちんと見据えて
積み重ねていかなくっちゃあ


オトギ

雪と星の記憶

FOR WORLD


今日は目にうつるものすべてに期待してしまうし、寒さもどこか慕わしい。
長野から書いてるよ。こんばんは
わずかに雪化粧した道と、有り余るほどのお星さまがやさしい。
ツンと凍った空気の清々しさに、嬉しくなってたくさん歩きまわってしまったから、
昨日みんなで食べたボリューム満載のお鍋も、きっと栄養になって消えちゃったはずさ!


今回はバスで東京から帰ってきたんだけど バスもいいね
ずっと抵抗があったんだけど、僕にちょうどいい帰り方かもしれない。
徐々に窓にうつりこむ山肌をじっと見つめられるし、
新幹線は僕には清潔すぎたのかもしれない。
ほっとして座ってられるのがいいよ


 少し窮屈な姿勢と いつの間にか隣で眠りこんでる見知らぬお姉さん
 足元に置いたバックと 揺れる車内
 少しの遅延は御愛嬌、とばかりのアナウンスと 裏腹に、予定より早く到着する、

バス。

故郷には、好きなものもきらいなものも、同じくらいあるんだ
好きだったのに嫌気がさしてしまったものも
それを 懐かしさにのっかって もう一度好きになれるかな
好き を取り戻していけるかしら。


オトギ

プレゼントの無い朝でも

FOR WORLD


皆さんどんなクリスマスをお過ごしになりましたか?

僕はあのあと徹夜で朝の7時まで絵を描いていました。


意味がわからないですか?僕もよくわかりません。

いや〜〜〜楽しかった!
何があっても、どうしても
今日 仕上げたい絵だったんだ。
とても気に入ってる。


描きながら、
2:00「今ぐらいの時間ならそわそわして寝れてないな」
4:00「これくらいに一度目が覚めるけどプレゼントないんだよね」
6:00「あ プレゼントがある時間だ!」
とか思ってた。

小学生の頃、「大人になったら、25日の朝はつまらないんだろうな」と思ってた。
目が覚めて、まくらもとにプレゼントがないなんてがっかり!って思ってた。
でも悪くなかったな。

まさか聖なる夜に、徹夜で絵を描くような大学生になろうとは思わなかったもの!
小学生の僕は苦笑いするだろうけど、
きっと中学生の僕は笑って拍手をくれるだろう。


あなたのクリスマスが幸せでありますように。


オトギ

君のサンタクロース

FOR WORLD


Merry Christmau


今朝起きて、ポストを見たら手紙が届いていた。
一人暮らしするようになってから、誰かからの「手紙」に
とても嬉しい気持ちにさせられるようになっちゃった。
無遠慮に入れられる不細工な広告に紛れていても、
僕のために選んでくれた封筒は、何故かキラキラして見える。

それは クリスマスカードでもなんでもない いつも通りの何気ない手紙だった
でもね、今日という日を狙って、ポストにいれたんだろうな と思うと、
とてもくすぐったい気持ちになっちゃうじゃない。


僕には会ったことの無い文通友達がいる。
もう、10年ほど手紙のやりとりが続いている。
不思議なことだよね。
お互いの手元を往復するのは、年に2回あるかないかなんだけれど。
見知った友人達の中で、誰よりも距離が遠いように見えて、
ある意味誰よりも気兼ねなくおしゃべりできるひと。
僕と違って、とても誠実なひとでね 僕はその人が大好きなんだ。
会ったことも無いのに おかしいかい?
でも、会ったことが無いから 好きなのかもしれない。
そういう関係だって あっていいと思うんだ。


「とくべつなひと」でいたいな とふと思った。
「いちばん大切」なんて言われちゃうと、少し気詰まりだし、
「親友」という響きはなんだか洒落っ気に欠ける。
第一、「いつもそばにいて」みたいな甘い台詞が必要な関係は、僕の性に合わない。
「とくべつ」がいいな。
いつも一緒にいると面倒くさいけど、時々無性に会いたくなっちゃうような、
「罪な奴」でいたい。
そうだな、今思いついたんだけど、あなたにとって、罪な文章でいたい。
それじゃ、良い夜を ね。


オトギ

こおらないままで

FOR WORLD


僕は大学から徒歩10分のところに住んでる。
今日は通学路がそれだけで終わっちゃうのが物足りなくて、
歩くために本屋に行こうと自転車を押して歩いてみた。
片道20分くらいかな

寒いなあ と思って、
いや、長野県民がこれを寒いと言ったら駄目だ!って頭ふったけど
まあ結局のところ寒くて。

でもさ、寒いのって いつのまにか慣れるんだよね。

手袋を買ってないから、指ばかり冷えるんだ。
でも 逆に、
そうすると、コートを着てる背中とか腰のへんは全然寒くないんだよねー
指も、ぎゅって握ればそのうちあったまってくるし。

それに、寒い季節に漂ってる緊張感はすてき。
はあって吐いた自分の白い息とか、
どこか張りつめてる空気が美しいと思うし。


それって、抱えてる悩み事とか嫌な思い出に似てるかも。
凍えるくらい寒い夜道を歩いてたって、
いちばん寒いところを見てれば他は冷えないし、
そのとき独特の空気感をちょっと楽しんじゃう節がある。
ぎゅって握れば、自分の体温でもあったまることはできるんだ。

誰かと話しながら歩くのが、いちばん寒くないけど
あー寒い って考えながら歩かないと、僕じしんの体温にも気づけないから
そういうこと、ちゃんと味わっておきたいな。


オトギ

起きながらみた夢

FOR WORLD


午後3時、

所用で一旦家に戻ってから、また大学に行った。
あまりにも日差しがあたたかくて立ち止まりそうになった。
ああ僕は
ああ僕は、今とても恵まれた生活をしてるはずだけど
こんなうつくしい日向のある日に昼寝もできないのは、
しあわせなことではないなあと思ってしまった
 

冬の光の優しさは月光に似ているのだ、と気づいた
月が一度死んだ光だと表現したのは京極夏彦先生だったかな
似ているも何も、光の源はすべて太陽にあるのだけれど、
ではなぜ夏の太陽と月とではあんなにも光の質が違ったのだろう。
それは、人とミイラを隔てるものの違いに似ている。


しあわせを感じる瞬間はいつもかけ離れているから
日によって僕は別人になってしまう。
苦労して手に入れた持ち物を見せびらかれてもお世辞を言えない。
君が見せびらかすこともできず、恥じらってしまっているようなことのほうが気がかりで、
名前のつけられることに、僕が言及する意味なんてほんとは無い。
掘り起こすのもわずらわしいタイムカプセルみたいなものを、
一緒に土の上からにやにや見つめてたい。

でも
こんな日はさ、
こんな日は、電子メールも電話もいらないから、
沈黙の心地いい誰かと、死んだ太陽のような光の下で、
昼寝でもできればそれでいいんだ


でもきっと、君はその持ち物を放棄してしまってはいけないんだ
なんてことも承知の上で僕はこんなことを書いてしまうし、
手放せない君のことを「可愛い」なんて言って茶化すこともできる。


オトギ

不ぞろいな週末

FOR WORLD


このまま 瞼を閉じて眠ってしまいたい。


食材を買って来たままの台所も、君のメールも、少しだけ欠けた月も そのままほったらかして。
お腹の隅っこを針でつっつかれてるような気まずさが残っていても
全部ほうりなげて寝ちゃいたい。

珍しく清々しく晴れた冬の日なのに
洗濯物は干さぬまま出かけてしまった。
厚着した体を茶化すように降り注ぐやわらかい日差しとか
なんだか何もかも不揃いで
このまま寝てしまうだなんて とっても不誠実だし、
一日を損なってしまうかもしれないけど
だけど
今の気分には、とてもふさわしいことだろうし
そんなことをわざわざ考えて寝ようとしてる僕は、なんか嫌いじゃない。


オトギ

熱を帯びる音

FOR WORLD


帰り道、足早に歩いていたら、
イヤホンから鬼束ちひろの「眩暈」が聴こえてきて、

そのとき

あっ あったかいなあ 

と思った。

それでね、次の瞬間「僕にしてはいい感覚だ!」とニヤリとした。

"熱"を感じる音楽って、いいな

Coccoの歌う「オアシス」もなんだかあったかい。
逆に、坂本龍一の「Smile」は涼やかでいいなあ。
エレクトロニカ系だと、Serphの「heart strings」なんて、
熱を感じるから好きなのかも。

ブログ読んでくれてるひとに、会うとよくi Podにどんな曲が入ってるのか知りたい、
って言ってもらうからアーティスト名もだしてみたよ。
アーティストは41組いれてるけど、2曲しか入ってない人が多いから、
「○○さんが好き」って言いにくいんだよね。
好きな人はアルバム5枚とか入ってるんだけどな。


脱線したけど

帰り道にね、
声や言葉に熱を感じるような人が好きなんだなあ って考えたんだ
情感剥き出しな音楽が好きなのかもしれない。

てざわりがないのに 聴くだけで触覚を呼び覚ます
音楽の、そういう手品みたいなところに惹かれる。


オトギ

音も無く始まる

FOR WORLD


今朝は、

一段と冷え込んだ朝の空気に起きたくなくて
余計ひやひやしてしまった。
玄関のドアをあけると、挨拶程度に雨が頬に触れた。
なんとなく空を見上げて、
そこにあるグレイの曇った空に、なぜか嬉しくなる僕がいて
ああ、変なの っておもいながら 最初の一歩を踏み出した。


朝 外にでる瞬間が好きだ。
朝起きて 誰もいない部屋で、ゆっくりと支度をして
西向きの暗い部屋からでて からだにその日の空気や、朝陽をあびる瞬間
ようやく心が冴えていくような 澄んでいくような
新しく一日がはじまる予感がする

そんな、東京で迎える朝が好きだ


オトギ

ふさわしい頃合い

FOR STUDENT


染み渡るような寒さに満たされて
世界はほんのちょっと白んで見える。

今日は大学の施設でLDを見たよ
レコードみたいな大きなディスクを、LDって呼ぶらしいね。
不便で大きなディスクだけど、そこになんだか愛嬌を感じちゃった。
チェロ奏者が、架空の牢獄でバッハの曲を弾く映像を見たんだ。
ヘッドフォンをして、薄暗い視聴室でチェロの音を聴いてると
忌まわしい出来事は何もかもすっかり息をひそめて
完璧な生活を遂行してるような気になった

でも実際 何もかも片付いたわけではないんだ。
ものごとには始まりと終わりの「合図」がある。
でもそれは「合図」。
何ものにも気づかれずひっそりと進行していくものは確かにあって
それをふりきるか、ふりむいてしまうのかはそれぞれだけど
背中についた目でしずかに でもたしかに それを知っている。
知りながらもふりむかずに歩いてるんだ
でもいずれ、おそらくそう遠くないうちに
きちんと真正面から向き合わないといけない。
通すべき筋は通さないと 納得いかないから。

誰もいない僕だけの僕の部屋で、今は友人が貸してくれたCDを聴く
やかましいBGMとひんやり冷たいつまさきが
今の気分にふさわしくて 気持ちいい。


オトギ

星の増やし方

FOR WORLD


心配ごとがひとつ減っただけで
朝はこんなにも美しいんだって
今日はあたらしい発見があった。


星がいつもより多く見えるのは、
気持ちの問題かもしれないし、
コンタクト・レンズのおかげかもしれない。
でも、どっちかというと 
気の持ちようだって方がお得でいいなあ。

世界が僕の目線ひとつに左右されてるなんて
なんだかとってもイイ気分じゃない。あはは

汚いものから目をそらすんじゃなくて
汚いものの中に美しいものを見つけ出す
そういうこと 忘れないでいれるときは、
ちょっとだけ僕は僕に「いいじゃん」って言えるんだ

なーんて考えながら
今日は学外の子が泊まりにきてるから
ピザパーティして寝るとするよ。


オトギ

白い息と冬の記憶

FOR WORLD


早朝、窓を開けて吐いた息は白かった。
あー、もう冬だ。

目が覚めて、やっと昇ってくる朝陽とか
タイツ越しに伝わってくる寒さとか
ひなただけに降り注いでるあったかさに敏感になる

そういうの 全部冬だ。


もうちょっとしたら、剥き出しの指先が耐えられなくなって
手袋をさがしに行くんだろう。

「寒い」は、故郷・長野の記憶を呼び起こす。

雪が見たい。
星が見たい。

授業中のそりすべりや
凍えながらの天体観測
押しつけられた雪かきや
放課後田畑にできた即席スケートリンク

そのときは当たり前で、時々やっかいだったものたちが
今とても恋しい。
年末、里帰りしたら雪が見たいな。
野放しになった庭先に立ち尽くして、頭に少し積もるくらいまで
白い白い雪をずっと見ていたい。

僕にとっての初雪は、いったい いつになるだろう。


オトギ

部屋のみだれと心のみだれ

FOR WORLD


今、僕は掃除に燃えてる。


それというのも、今日 友人達に怒られたから です・・・。あは
今日は、プロジェクト デザイニング という授業の準備に充てたんだ。
それを僕の部屋でやったんだけどね
それはも〜〜〜 怒られちゃってさ!

うわあ これだめだ

って人に言われてやっと思い出した。
思い出した っていうのはね、麻痺してたからなんだよ・・・
「ああ ここ汚い」
「これ片付けたい」
そう思って思って
課題やんなきゃ とかどんどん先延ばしにして・・・

こ の ザ マ さ。

言ってくれた子が自分で潔癖って言ってたのもあって、
招いたこと自体にすっごい申し訳ない気持ちでいっぱいになり・・・

もう、性格変えるくらいの勢いで家事しないと駄目だ!!
と決意した。
今週は、少しでも時間をつくってあっちこっち掃除しまくろうと思う。


部屋の乱れは心の乱れ って誰の言葉なのかな?
ああ まさにそうだよ!って僕 今日すごい思ったよ。
だって僕の心すごい乱れてるじゃん!ご覧の通りだよ!

「汚いかも」「いらないかも」を全部
捨てちゃって 拭いちゃって とやっていたら、
不思議と、憂鬱さも収まってく気がした。

あと今日は、一日笑いっぱなしだったから
色んなこと考えすぎる隙がなかったのも良かったなあ。


プロジェクトデザイニング のプレゼンが終わったら、
僕の部屋で打ち上げするって言われちゃった。再チェックもかねて。笑
ので! 1週間で、この部屋を生き返らせようと思う。
ついでに 僕のほうも生き返ってくように。

朝は余裕をもって起きて、お散歩でもして、
それから大学に行こう。
一日を少しでも、美しく受け止めていけるように ね。


オトギ

FOR WORLD


夜道を歩く脚も凍えて
見あげた空は墨みたいに真っ黒
ずうっと迷っていたことは
やっぱり迷ったままでも
それでも積み荷を下ろさず歩いてく

このゆびは
やっぱり このゆびは
誰かを否定するためでも
何かを壊すためでもなく
大切な人を癒すために使いたい。

それが思い違いでも
報われない結果になってしまっても
誰かとすれ違うことを選んでも

すれ違い様 お元気で と微笑みひとつ浮かべられるくらいには
したたかになりたいけど
でもとうぶんは
傷つきながら 苦しみながら 
そんな自分を笑って、歩いていこうか


オトギ

春を思う

FOR STUDENT

美花選
美花選ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテ

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暖房をいれないと肌寒い季節になってきた。
何度も書くようだけど、僕は寒いの好きだから、
部屋でひざかかえてるのもいいんだけど
そろそろストーブとかいろいろそろえないと冬を越せないかも・・
やだなあ 本買いたい

さいきんホコリをかぶってた
本棚のルドゥーテの画集を見てると
ちょっとあったかい気持ちになる。

今やらないといけない課題が、「花」というテーマ 
というのも相まって見てるんだけど
いやされるなあ

これは、高校時代の授業課題の参考に、どうしてもルドゥーテの画集が見たくて
なけなしのおとしだま貯金をおろして買ったんだったな

冬に思う春というのはいい
夏に思う冬がいいのと同じように。


オトギ

世界のみつめかた

FOR WORLD


言葉というのはほんとにおもしろい。

僕は金曜の午後 論理学という講義をとっているんだけど
(この講義の教授がなかなか奇抜な人で とても楽しい。)
言葉というのは 人が扱うから、
こんなにやっかいで、おもしろいんだなっておもうんだ。

今日 二重否定について講義でふれてね

たとえば

1 僕は本が好きです
2 僕は本が好きではないです
3 僕は本が好きではないわけではないです

という3つの文章があったとする。

3番目を二重否定って呼ぶみたいなんだけど
否定を2回繰り返す事で、肯定にかわるのがわかるでしょう
でも、これは「嫌い」ではないけど、「大好き」とはとれないよね。
それってとても緻密なことなんだ ほんのかすかな違いだよね
この仕組みを記号に置き換えてコンピューターにプログラミングしても、
コンピューターはそこまで汲み取れないらしいんだ。

やっかいだな〜〜たのしいなあ〜〜

最近すっかり言葉好きのスイッチが入ってるのか、
本屋で漢字辞書を衝動買いして 余暇で漢字練習したり、
ここぞとばかりにずっと本を持ち歩いたりもしてる。
3日前 江國香織の「きらきらひかる」を読み終えて、
今は梶井基次郎の「檸檬」を読んでる。どちらもおもしろいよ

言葉を知ると、なんだか世界がいつもと表情を変えて見えるんだよ
色の名前を覚えるのに似てるんだ
赤色にいくつも名前がついてることを知った日から
空を見るのが楽しくなったみたいに
言葉は 日々をより美しく感じるための 手がかりになる。
そう 感じてるんだ


オトギ

どっかのみずまわり

FOR WORLD


雪崩れこむように日々がはじまって、
少し躊躇いがちに息をついて。


ほったらかしにしてる約束とか

暇をつぶすためにする料理とか

読むはずもないのに、
なんとなく鞄に入ってる読み終わった本みたいな

少しずるい時間のつかいかたをしてる。

浅知恵だけで生きていけたら、
こんな風に日々はどろどろと流れていって
最後にはもう色とも呼べないような濁ったものになっても
少しも厭わないけど
残念ながらそろそろ潮時だ と思う。
全部きれいに水に流してしまうほど 僕は潔癖じゃないし
すべてを丁寧にとっておけるほど、寛容でもない。

ただ寝覚めは気分がいいほうがいいし
今日から始まったプロジェクトも晴れやかに済ませたい
そのためには、錆びかけて腰の重いスイッチも なんとか押さなくっちゃあ

オトギ

イマジネイション

FOR WORLD


本屋に行って、何も買わずに満足してしまうことがある。
よくある。
本の背表紙とか、帯のあおり文とかを読んだだけで、
なんだかその本の味見をしたような気になってる

だから僕は、本屋が好きだ
「本屋に行く」ということが、ひとつの目的になっている
本が買いたいような気がして行くけど
そういう「味見した」心地になるときは、
何かを買ってしまうと、その幸福感がひどく損なわれてしまうように思うので
何も買わない。

そういうとき 僕は自分の想像力について想う。
多分これは
「やりたいこと」を想像してるときのワクワク感に似てるなあ とか
安あがりで なかなか粋な贅沢だ とか

そういうひと 僕のまわりじゃあんまりいないから
これって、つくるひとの特権かな とかこっそり思って、にやにやしてる。


オトギ

ひいてはかえす

FOR WORLD


いつまでも寝てられるはずなのに、夜明け前に目が覚めたり
潮騒をいつまでも聞いていたいなどと言ったり
人ごみで何も見えない列車の中、ただ目を閉じたり
頭上を飛び交う海鳥の鳴き声に目がまわったり

唐突に訪れた休憩の時間に少しとまどいながら
顔も忘れかけた誰かから連絡があって
君の諦めかけた夢がいつか叶えばいい などと 思う。

どうにかしたいことはいくつもあって
でも 思うだけでは手に負えない。
ただ 思い通りになるのはこの四肢だけで
手の届く範囲にあることなんて たかが知れている
ジレンマをジレンマと思わぬように、見過ごしていたことをつきつけられる。

それでもまた伸ばしたこの手がつかむのは、創るという道だけなのだ。


オトギ

針の無い時計

FOR WORLD


今日は8時からずっと、おちゃめめのみんなと制作をしていた。
行き詰まってうなってたり
謎が解けてとびあがったり
やまあり たにあり で一日がすぎていって
ずうっとつくっていたのに
いつの間にか帰って来てご飯をつくっていて
何かを「待つ」ことのない一日だったことに気づいた。


「次は何をしよう」
「今日はいったいどこまでいこう」
「当日に間に合わせるためにどうしていこう」
そういうことばかり考えていたから、
身の入らない講義のように、「終わる時間」を腕時計で確認することがなかったんだ。

それはなんだか、これまでの大学生活のなかでも
とっておきの一日だなあと思った。
めまぐるしいことは 大変なことだけど
それを素敵なことだって言えるように がんばりたいな。


オトギ

ごくささやかな迷惑

FOR WORLD


煙るような細い雨の中を歩いてきた。
パンクした自転車をひきずって、
どこまでもまっすぐな道を
寒くも暑くもない気温の中を
ただただ硬いコンクリートの上を。


すべては流れ作業のようだった。
飲食店が行儀良く立ち並ぶ道路沿い
狭い歩道を 無理して並んで通って行く学生達
いつのまにか沈んだ太陽
時々空を見上げても、そこには何にもありはしなかった
まるで安っぽい黒い画用紙で蓋をされたみたいに
なんにも見えやしなかった。

気に入ってたはずの音楽も、小物も服も
何もかも僕を楽しくはさせなかった
まっすぐでたいらで固い安全な道の上は、どうしようもなく退屈だった。

いつの間にか雨が降っていた
やる気の無い雨だった
雨になりそこなったような細く冷たい水の線だった
折りたたみ傘を広げて雨音を聞くと、
ほんの少し僕は不自由で楽しい気になった。
なんかよくわかんないけど
こういう雨みたいなやつになりたいなあ とさっき思いついた。

オトギ

うつくしい朝を知っている

FOR STUDENT


寒い朝の空気が好きだったな と思う。

この時期は気まぐれに、学校の門があくよりも早く
高校にいた。
職員玄関というのは、大体7時に開くんだけど
ときどきそれよりも早く着いてしまって
面白みも何も無い学校の中庭を眺めながら、
だらしなく あくびして登校してた毎日って、恵まれてたのかもなー
なんて考えてた。
中学校まではよく遅刻してたから。
そんなことを考える頭の半分で、
こんなに贅沢な朝を誰にも教えず内緒にしたいと思っていた。

あの頃の、
この時期。
車の中、頬にふれる朝焼けの仄かな熱や
肩で風を切って歩くときの清々しさが
張りつめた緊張感と見事に調和した、美しい朝。
僕だけが知っている、あの頃の焦りだとか幸福さは、
今も僕の目に僕の耳に僕の肌に
思い出すようにささやきかける。

誰もいない暗い美術室で鉛筆を削るかすかな物音
何もかも死んでしまったような静かな静かな一日の始まり


忙しさにかまけて 日々をおろそかにするのは悲しい事だけれど
何かに追いつめられる時期というのは、僕は必要だと思う。


オトギ

in the dusk

FOR WORLD


これまでの僕にとって、
季節というのは、その時期にだけおこなわれる繰り返しの行事でしかなかった。
母が剥いてくれる林檎の味や、お米の収穫
運動会のリレーのような。
今年になって季節というものを、わざわざ見つめ直そうとしている。

朝起きると、不思議なまでの静けさに驚く。
これまで僕を刺すように襲いかかって来た朝陽は
じっと息を潜めやわらぎ、空気の透明度までもがぐっと高まり
なんだか部屋ごと水没してしまったかのような頼りなさにかられる。
匂い立つような濃密な光の感触は、今はもうここにない。
秋は死の予感がする。
枯れ朽ちた落ち葉や、優しげな空の色合いに どこか予言めいたものを感じる
そして、冷たいものよりも、温かいものに敏感になっていくことに気づく

雨の音がする
物思いにふけりながら、憂鬱さや気だるさをすべて秋のせいにしてしまおうかと思いつく。
夜はどんどん長くなる
考え事はなかなか纏まらない。
でも心のどこかで、纏まらなくてもいいと思ってる。
雨の音がする。
満たされてる気がする


オトギ

夜空の名前

FOR WORLD

今日の夜空は瑠璃色に明るんでいた。
夜風が心地よかった夏から、ちょっと早足になりたくなるような
風のつめたさを、服越しに感じて
秋だなあって思う


朝の風は何もかもさらっていってくれるような 清々しさで
一日の始まりを祝福するようだった

また何もかも詰め込んだみたいな一週間が始まって
笑いかけてくれる人や
助けてくれる人
2時間も3時間も とりとめのないことを話せる友人がいて
そんな中で、どうでもいいことも めんどくさいこともあって
ちょっと自分に寂しくなっても
空の色の名前を考えるような そんな生き方をしたい。

オトギ

金の糸

FOR WORLD


西日が照らした電線は、金色に光って見えた。

水で薄めた水彩絵の具で描いたような空に、
ベエジュ色の町並みが浮かんでいる。
気づいたら玄関の前で足を止めて風景を見ていた。
木の葉の渇いた音や、帰宅途中の子どもの声
見計らったように黄色い電車が通った。
ゴトゴト ゴトゴト 地鳴りのような音がする
僕は電車が好きだ
規則的すぎない線路のぶつかる音が好いと思う

からだに やっと空気が通った心地がした。
ここ数日体調を崩していて、機嫌が悪いのはそのせいだと思っていたけど
そうじゃなかったらしい。

美しいものは薬になるんだ

と思い知った一瞬だった
誰かのかけてくれる心配の言葉も おいしいご飯も
とてもあたたかいけれど
理屈抜きに降り掛かる美しい何かに、僕はいつも救われる。

ここ数日、口にすることに確かな手応えを感じられなかったけれど
これでやっと示しがついた。
僕は美しいものが好きなのだ。
だからこの手でつくりたいのだ。
そこに一粒の嘘もない。
誰かにとって綺麗事でしかなくてもいい
僕にとって確かな目標であれば、それでいい。
いつだって そうだ。

不格好な電線に金の光を当てるように
当たり前のようにいつのまにか、あなたと僕の世界が
ほんの少しでも美しくなっていくように
そんな風に毎日を大切にできたらいい。


オトギ

FOR WORLD

人の声には温度がある。


雑踏に飛び交う怒鳴り声
駅前の呼び込み
教室のざわめき

何かに没頭しているとき、それらは総じてただの熱になる。

とりわけ温かいのは喫茶店の話し声だ。
喫茶店に誰かと入るとき、
それは休息や飲食のためであるときもあるが、
大概が「語りたい」がために席に着く。
そういう声はとてもあたたかい。

僕は肌でそのあたたかさを感じながら、
本を読んだりキーボードを打ったりする。
そうしていると、なんだか 
世界がまるごと平和なのではないか、なんて
大きな勘違いをしてしまう。


オトギ

嵐のあとに

FOR MUSABI


ひどい雨だったね。みんな無事に家に帰れたかい?
僕は今日、午前中だけ大学に行ったんだけど、午後は休講になっちゃった。
僕の家はムサビから近いから、大して苦労しなかったんだけど、
家の遠い人は災難だったね。

ひどい雨だったね。
ふれたら痛そうな雨だった。
こんな悪天候を経験したのは初めてだ。
僕の実家の長野は、四方を山に囲まれていて、
大した天災に見舞われないから。

滝のようだと思った
ここ数日の気温差が激しいせいか、ちょっと体調が優れなくて
あかりを消して横になっていたんだけど
洞窟の中で息を殺して嵐が過ぎ去るのを待つのは
こんな感覚なんだろうかと思った。

やるべきことがたくさんあるのに
余計なことばかり考えてる
やりたくないなと思いながら、手だけが動いてしまう
わきあがる泉のように溢れ出ては
押しながれる土砂のように汚れ 絡み合い過ぎ去って行く。


明日晴れたらいいな。

もしも晴れたら 久しぶりにカメラをもって外に出よう。
天気に気を許す程度には投げやりで、
とても自由な気分だ。


オトギ

眠りにつく、光の群れ。

FOR WORLD


ひさしぶりの、2連休。
軋んだからだの節々に、ゆっくり空気を通していくような
そんな一日になった。

昨日は日付を越える前に眠れたせいか
夜明け前に目が覚めて、友人がくれた林檎をひとかじりしてみた。
予定がないことがなんだかとても嬉しくて、散歩に行こうかと思ったんだけど
からだをなだめるように、もう一度眠った。

ためらいがちに窓からさしこむ光がやさしくて、
やっと秋がやってくるのかなあとぼんやり思った
気まぐれに開いてみた川内倫子さんの写真集と同じくらい
儚くて穏やかな光で部屋が満ちていた。

早く寒くなればいいと思う。
僕は寒いのがとても好きだ
ぼんやりしてる頭がいつもより冴えてくる気がして。

途切れ途切れにメールの対応をしたり
展示の雑務をしたり
決して退屈じゃない、9月の午後。
うまくいかないこと
わかりあえないこと
たくさんあるけど、今日この日
僕のまわりのひとたちが 秋を祝福するから
なんだか特別な気がする、9月の午後。

僕を好きな人にも嫌いな人にも
あなたにも、優しい夜が来ますように。
今なら、そんなことばが 誰かの目を見て 言える気がする。


オトギ

FOR WORLD


今日のお昼休み、軽音サークルにお邪魔してきた!
それというのも、基礎デの子で楽器やってる子がいて
「いいなあ演奏してるとこ見たい」って言ったら
「いいよ」って言ってくれてね
いやあ おもしろかった!
僕、ライブとか言ったことなくてさ
あんなに近くで、人がドラム叩いたりギター弾いたりしてるの初めてで、
新鮮だった


音の振動がお腹に伝わってくる感じとか
エネルギーがぐんぐん集まってるのが見えた
音楽ってやっぱりいいなあ
ああいうパフォーマンス系って、その場の空気を変えちゃうかんじがいい

その音楽を聴く一瞬だけ、
大人数がリンクしてる。

・・・うわあ、悔しい。笑

絵とかは、むしろその場にとけ込んで、空気を吸い込んで行くようなイメージだ。
音楽は、腕をひかれてぐいぐい歩いていくかんじで
美術は、やんわり背中を押されるような
そんな気がする。もちろん、個体差があるけど
そう考えると、なんだか対照的だね

なんにしろ、表現するってことは やっぱり好いなぁ。


オトギ

ばら色の夕焼け空

FOR WORLD

今日みた夕焼けはあたたかい紅色だったんだ。

秋の足音が近づいてきたと思いきや
すっと遠のいていってしまって。
また夏が戻って来たような日々に
なんだかチクチク肌を刺されるようだけど

ばらいろだ
ばらいろの、夕焼け空。
雲の形がどんどん変わっていく

僕にも君にも、眠りの季節がやってくる
あまりにもいろんなことが
流れ星のような速度でやってきては燃え尽きていくから
どうしても丁寧に季節を見ていられない
それでも思い出すように 願うように
書いてる。

ずっと見ていると目が回るんだよ
なんでもそうさ
それでも書く。

オトギ

ルナティック

FOR WORLD

そっか!
今日は十五夜なんだね

十五夜に満月がかさなるのは、6年ぶりなんだって。

しっかり見ておきたくて、さっき外に出てみたら
星も見えたよ。
なんてまぶしい月なんだろう
まるで夜空がめくれて、太陽の光が差しこんでいるみたいだ
でも冴え冴えとした光だ
限りなく白に近いブルー。

太陽は、昇るときと沈むときが美しい
でも月は、てっぺんに昇ってるときがいちばん好きだ

月を詠んだ俳句や、題材にした物語はたくさんあるけど
その理由をちょっと肌身で感じる程度には
妖しい妖しい素敵な夜だ。

どこかで絶世の美女が月に帰ったり、
男がオオカミに変化してたっておかしくないような
不思議な不思議な そんな夜だ。


オトギ

パッチワーク

FOR STUDENT


東京の月はとてもまぶしい。
今夜は満月なんだろうか
雲が波打つように輝いていて
まるで真っ黒な水彩絵の具を紙に落とし込んだみたいに
綺麗だ。


今日は一日、家で執行部の人たちと制作して
そのあと同じ学科の子とご飯を食べに行って。
せまってくる締めきりや、明日から始まる一週間を考えると
なんだか肩が重くなるけど

でも、今にして思えば、

高校のときに思い描いていたような生活を
なんとか叶えて生きてるんだなって思う
僕はいつか自分で選んだ分かれ道のその先に立っていて
いつか見た夢の中を歩いてるんだ
それは思ったより楽じゃないけど、やっぱり素敵なことで
とてもとても、素敵なことで。

踏み切ることっていつも大変だ
どちらを選んでも同じだけ笑って泣くから
いつも大変だ。
でも「正確な未来」なんてものはどこにもないんだ
どこにだって綻びがある
それなら、いちばん自分がほしい形をめざして
そのほころびを繕いながら、縫い合わせていくくらいの覚悟はあっても好いんじゃないか
いつまでも何も選べないくらいなら
つぎはぎだらけでも、なんとか形にするくらいの
覚悟を。


オトギ

味のプレゼント

FOR WORLD

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また、パッケージにつられて買っちゃった・・・
今度はGokuriシリーズだよ!
このシリーズは基本的に「きまってるな〜いいなあ〜」と思ってたんだけど
これ、ほんとにカッコいい。
近づくと、この真っ黒の背景色に蜜柑の木かな?植物が浮き上がって見えるんだ
それがほんとに「やられた」って感じにカッコいい。

ジュースのパッケージって、みんな基本的に、
味につかってるフルーツそのものをあてるし、
これもそうなんだけど、何故か際立って見えるんだよね。
それはやっぱり、色の効果なのかな。
この蜜柑のオレンジと、背景のブラックの組み合わせがスパイスなのかも。

味も蜜柑のつぶつぶが入っておいしいよっ
こういうパッケージにしてくれると、ジュースつくってるひとも嬉しいだろうなあ
買う人も嬉しいし・・色んな人にプレゼントしてくれてるみたい

これはしばらく部屋に飾りたい!と思ったんだけど、
綺麗に掃除された部屋じゃないと、まるでゴミに出すの忘れたみたいで、
だめかもな。あは・・・掃除しよ


オトギ

mixed blessing

FOR WORLD


一人暮らしをするようになって
季節の境目に敏感になったように思う

カートに入れた果物や
外に干したタオルの乾く速度
店先に並ぶ洋服の色合いと
いつもいつも向き合っているから。
それともこれは、講義の影響かな

瞬きの間だ

切り替わるのはほんのひとときだ

もうすぐ林檎のおいしい季節がやってくる。

僕の通っていた学校の通学路には林檎畑があった。
学校はとても遠いところにあって、母と友人の家に送り迎えをお願いしていた。

緑豊かな道のりなので、季節によって車窓からのぞく風景はうつり変わった。
林檎の花が咲くと、花の白と葉の緑が見事だったものだ
木蓮も鬼百合も咲いていた

学校に行くのがなんとなく気乗りしなくて
気だるげにしていると
母が思い出したように
「林檎の花はそろそろ咲くかなあ」と言っていた

そして
「せっかくこんな山奥に通ってるんだから、作品にいかしてもらわなくっちゃ」

と、冗談なのか本気なのかわからない助言をくれた。

僕はまだ眠気の覚めない頭で、話半分に聞いていたけれど、
森を描けと言われれば、父のつくった山菜料理を思い出すし
段ボールの上に並ぶ林檎を見れば、あの枝をたわませてなっている虫食いだらけの林檎がよぎる。

いつの間にか、そういうものが
何気なく
見て
聞いて
ふれたものが
身体の端々に息づいているのを 感じる。


オトギ

世界のコインを裏返す。

FOR WORLD


昨日の夜、外を歩いた。
東京に来てから、夜の散歩が癖になりつつある。
星が見えないかな〜と思って、じっと見つめていたら、
向こうから来る自転車にひかれそうになった。
東京でも、ちらちら思い出すように星は光ってるんだなあと思った。
じっと見つめようとすれば1つ2つ視界によぎる気がする。
近くの公園でサッカーの練習をしてる少年を見かけた。
がんばれよ と思った。


今日また急ぎで長野に帰ってきた。
何気なく天を仰げば、数えることもできないほどの星が瞬いていた。
2度目の帰郷は星空に驚くことになってしまった。
ここでは、星空に見とれていても、自転車にひかれそうになることもなければ
深夜にサッカーの練習をする少年も見かけない。
人が静かなかわりに、星がうるさい。

蝉はもう鳴いていないし、窓をあけると肌寒い。
たった2時間。
たった2時間交通機関に身をゆだねるだけで、世界はこんなに違う。


オトギ

僕らの砂漠に雨が降る。

FOR WORLD


どこもかしこもびしょぬれだ。

本屋から顔を出すと、暴力に近いような水量で雨が降っていた。
傘が守ってくれるのはせいぜい腰から上までが限度。
水しぶきが膝までのびてくるのは初めてだった。
おかしな言い回しだけれど、まるで下からも雨にふられているようだった。


なんだか季節を洗い流してゆくような雨だと思った。
雷はひどいし、誰も彼も うとましそうに天を仰いでいたけれど。
またひとつ季節が移ろっていくんだろう。


何もかも流しちゃえばいいと思った。
誰かの心の片隅に溜まりきった汚れとか、
見知った人の涙とか、
理由もどこかになくしてしまったような、喧嘩のわだかまりも
流してしまえばいいと思った。

どうにもならないことが多すぎる。
つじつまが合わないと進まないことばかりだ。
僕たちは何をするにも勢いを欲しがる
正義とか道徳とかそういう問題じゃない
ただ身近な誰かにみとめてもらえる正当な理由がほしいだけだ。


そうやってあらゆる人が干上がっていくのを見てきたけど
今日は雨が降った。
君がいつまでも大事そうにかかえてるものがなんなのか、
僕にはきっと 死ぬまでわかんないんだろうけど
どしゃ降りの夜に傘を貸してやるくらいはできるよ。


オトギ

秋の足音

FOR WORLD


目覚めるといつも
まとわりついていた熱の気配が、
今朝はなかった。

扉をあけるとき
隙間から溢れてくる光の量も、一段と少なく

吸い込んだ空気は ずっと冷たかった。


夏がすこしずつ眠っていく気配がする
横になるだけで、からだが休まると思うのは久しぶりで
ひんやりした部屋の空気に、少しの安らぎを覚える。

こんなにすごしやすいと、
いつまでも眠っていられる気がするなあ。


そういうわけにも、いかないけれど。


オトギ

時計の針のまわし方

FOR WORLD


デザインをしていると、時間が矢のように流れていくのを感じる。
今ね 芸術祭の執行部の パンフレットづくりをしてるんだけど、
昨日帰って来てからの記憶がさだかじゃないんだ。笑
こんなことばっかりなのはご免だけど、
久しぶりに終日考え込み、〆切のある仕事をして、「いいね」と言ってもらえて、
今日は心地いい疲労感を感じてる かも・・・。
まだまだ できないことのほうが 多いなあ・・・


絵を描いたりしていると、時間は砂時計のつぶのように溜まっていくのを感じる。
気分をコントロールするために
美術館へでかけて 喫茶店で考えて 描いて 作品を遠くから眺めて。
じれったいくらいゆっくりと流れて行くのは心地いい。
ただそんなことばかりだと、飽きちゃうんだけど。


もしくは
デザインとか芸術とか 抜きに、
時間というのは 人と関わると途端にその速度を増していくのかもしれない。
一人で世界を見つめていると
誰かに何かを押しつけられることも 導かれることもないけれど
じっくりと生きていくことが、できる。
ただ、その選び方を過つと、ただの愚か者に成るけれど。


僕たちは関わるものを選ぶことによって、
時計の針を速めたり遅くしたりすることができる。

オトギ

ただいま準備中

FOR STUDENT


 みんなお盆休みでゆっくりしてるのかな〜
僕は執行部の仕事に命を燃やしています・・・
今日!!やっと!!一区切りつきました!!
詳しいことは色々終わったら見せられると思う。

すごく、きつい!!
今まかされてることが全然得意でもなんでもないことだから、つらくて笑っちゃう。
なんかこんなことばっかりだな。笑
でも、出来上がってくる作品をみると、楽しくなっちゃうんだよなあ

なんというかね

タ●リさんも言ってたらしいんだけど
頼まれごと、って言うのはいつも、
自分のレベル以上のものを出さないとできないもんだよね。
「その仕事に見合う力がついたらやろう!」
なんて言ってると、チャンスは逃げちゃうんだ。
そういうのは嫌だ。
と、思って。
なんでも「やります!!」って二つ返事しちゃうんだ。
自分の首しめるの、だいすきなんだ。笑


でもさ
いつまでも、自分のできることだけやってたら
たしかに、痛いこと無いし、なんにも苦しまずにすむし 安全だけど
なんにも新しい物がないのは退屈だな。


だから、ダメだしもらった原稿がんばります。
なんとか、あがいてみます。
この経験が誰かの後押しになれたら、最高です。


オトギ

数え歌

FOR ADULT


風がない夜で、なんだか侘びしい。
クーラーの押しつけがましい涼しさが厭で、止めてしまった。
ここのところ寝つきが悪かったせいか、体調が優れない。

まあ大したこともない、それなりに不都合な夜だ。
わかっちゃいるが、好くは無い。

「みんなが持ってるから僕もほしい」と親にねだる子どもがいる。
でも「みんなって誰?」と聞くと、名前は3人以上でてこないのだそうだ。
いわく、人は自分の周囲の人間3人が同じことを言うと
「世界中の人がそうなのだ!」
と錯覚してしまうらしい。

それならば、嬉しいことが3つ続けば人は自分を「幸せ」と呼ぶのかな。
僕たちの実感なんて、その程度のものなのかしら。

はーやれやれ。
そう思えば、このけだるい夜もやり過ごせる気がする。
どうせ夜は明けるし、夏も終わるのだ。
ちいさな不幸がひいふうみい。
ほら、あなたの不幸も僕の不幸も、数えてしまえば他愛もない。


オトギ

都会の夜とありがとう

FOR WORLD


夏休みはまだ半分も終わってないけど、ここでしかできないことも多いので、
さっき、東京に帰って来た。
全身太陽に包まれているような蒸し暑さに圧倒されて、
へとへとになって自分の家についた。
こんなに暑いところだったんだね。やれやれだ。

久しぶりに、何も音のしない夜だ。いや、行き交う車の音がわずかに聞こえはするかな。
ひとり、というのは自分を管理できていい。
でもやっぱり、この家は味気ないし、長くは住みたくない。
そういう思いで、積み重なった郵便物を処理していた。
大方は、なりふりかまわない広告だ。
でもそこに、見覚えのある封筒が混じっていた。
先日、母校にちょっとしたスピーチをしに行ったんだけど、
その感謝状だった。

A4のプリントの半分から下に、
お世話になった女の先生の、手書きのメッセージが添えられていた。
やってよかったなあ、という気になった。
人からしたら「めんどくさい」で終わるようなことを、楽しんでやってしまいたい。
人に言わせれば「てきとうにやっとけ」ということに、本気で向き合いたい。
「ありがとう」って言葉は、そういうことを気づかせてくれる。
この手紙は、しばらく僕の背中を押してくれるだろう。

良い夜だ。


オトギ

カントリーカフェ

FOR WORLD


作品について考えたくて、喫茶店まで歩いた。
僕の住んでるところは、コンビニまで1時間歩かないといけないような、
絵に描いたような田舎なんだけど、
片道徒歩40分くらいのところに、喫茶店があるんだ。

都会との違いがおもしろいよ!

喫茶店じたいが、ちょっと古い民家をそのまま使ったようなところでね、
網戸の残る窓は開け放っていて、古い歌謡曲なんかが流れてる。
ときどき花瓶に、庭に咲いてるその時期の花が一輪活けてある。
来るお客さんはみんな常連さん。
それも子連れの親子やおじいちゃんおばあちゃんばっかりだ。
ときどき年端もいかない子供が泣き声をあげるけど、
みんなそれを笑ってゆるしてるような、広がりのある空間。
「こういうのもいいなあ」と思った。
何より、そこの店主さんが、すごいたのしそうなんだよね。

外国だと、「広場」っていう習慣があるんだって。
みんな「広場」が生活の中心で、そこに集まってお祭りをしたり、
おしゃべりをしたりするんだ。
昔の日本で言う「縁側」かな。
今日行ったところは、「広場」みたいな喫茶店だなあって思った。


そういう場所って、やっぱり必要なんだよね。

インターネットですぐに情報が得られたりするようになって、
人との直の関わりが少なくなったと言われるけど、
やっぱりみんな、ほんとのとこでは誰かとふれあいたい。
そう思ってるんだろう。


あの喫茶店は、「ご縁」をデザインした場所だったのかも。

オトギ

世界は薄く翳っている。

FOR WORLD

こんな雨の日に外にでないのはもったいないから、
カメラをもって外に出た。


土砂降りの雨。うなる雷。
熱をもっていた風はすっかり冷え切って、
吸い込む空気は冷たい。

コンクリートの上を滑る雨水
雨粒にふるえるオレンジの百合
僕の肌を伝う水の気配と、
ワンピースの裾が濡れた感触。


世界が呼吸している。


オトギ

「おいしい」のデザイン

FOR STUDENT

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デザインを学ぶようになって、「パッケージ買い」の頻度がびっくりするぐらい上がったと思う。
それにしても、このデザインすごく好きだ!!
直接見るともっと洒落てるから、今度ぜひ御店で手にとってみてほしいな。
初めて見た時すごい興奮して携帯で写真撮っちゃったんだよね。
なんていうか・・・好みなんだ。笑

ソルティ・ライチってお味の商品で、全体的には白をつかいつつ、
そこかしらに光る青色をあしらってある!
透明感があって、涼しそう。
そして、おいしい。

僕ね、「愉しくなるデザイン」が好きなんだ〜。
華があって、粋な画面が好き。
基礎デで学んだデザイン論では
「いつまでも残るものをつくろう」
「より普遍的なものを目指そう」というメッセージをもらって、
色々削ぎ落とすのが真理なのかと思ったけれど。
でも、この「ソルティ・ライチ」は多分期間限定商品だからな
そういうの考えないでいろいろ足し算してあそんでるところが素敵だと思う。


こういうふうに考えるのにはわけがあってね。
先日芸祭の展示チームで、チームのロゴについて話し合いをしたんだ。
そこで、僕は「ユニ●ロとか成功してる会社を見習って、
いつまでも残るモノをつくるべきだ」って考えだったんだけど、
「そんなに慎重にやらないで、いろいろ実験すべき」って意見をもらって。
ああ〜〜そっかあ!って思ったんだ。
僕たちは学生だから、「100年さきまで絶対に残るモノを死ぬ気で創る」というよりは、
「残らないかもしれないけど、可能性に賭けて遊んでみる」ってことも大事なんだよね。


そんなふうに、いつのまにか
店頭でもおしゃべりでも、デザインを考えてるの うれしいな。
そういうわけで、「ソルティ・ライチ」おすすめだよ!


オトギ

語りべとデザイナア

FOR WORLD


さいきん童話を読み返すのが好きだ。

天使とか悪魔とか妖精とか妖怪とか、すごく好き。
文章のいいところは、色も形も空気もこちらにゆだねてくれるところだと思うんだ。
小学生の時に読んでた文章を読み返すと、
「あれっ、こんなにあっさりしてたっけ」
ってびっくりすることがある。
僕の頭の中でひろがってた世界よりいくぶんシンプルなんだ。

きっとさあ、じぶんがもっとわくわくできるように、
「お城は豪華絢爛なほうがいい」とか
「戦士は絶対にかっこいはずだ!」とか。
いつのまにか、勝手に色んなものをつけたしてたんだね〜。


そういえば、「本」は物体なんだよね。
「言葉」は声にすると形がないけど、
「書面」は形だ。
 加えて「表紙」「背表紙」「髪の質感」は、
本の雰囲気をつくってると思う・・・
「読書」って、
)椶鮖って
▲據璽犬鬚瓩って
J源を読み
に椶鯤弔犬襦
ってこと全部ふくめて読書だもんなあっ!
「画」として訴えかけてくるものが少ない分、デザインするのはとっても大事だ!
ほとんどが「お試し」できない音楽よりは、まだ気が楽だけれど。


あっ、それってブログもおんなじ!

「こうしたほうが読みやすそう」って、
改行したり、文字に色をつけたりするのはデザインなんだなっ!!

また、童話を読み返す楽しみができたね。


オトギ

そういえば、「オトギ」の一人称が「僕」な理由はね
「わたし」より、いろんな想像ができていいかなって思ったから・・、
っていうのもあるんだよね。
まあ「僕」って響きが好きだから、ってのがいちばん大きいか!
あはは

100番目の言葉

FOR WORLD


びっくりした。
これで100個めのエントリーだってさ。

なんだかんだで100日、
書き続けてきたんだね。
早いなあ・・・・

こういう場で、自由に自分の言葉を書かせてもらって
読んでいただいて。
時にはコメントを寄せていただいて。
生きやすくなったり 生きづらくなったりして
100日、か。

どれか1個くらいは、君に響いた言葉があっただろうか。
忘れてしまってもいいんだ。
いつのまにか、君の言葉になってしまうくらいが
ちょうどいいんだから。

数字なんてものはただの節目で
明日からも変わらず
その日に思ったことを 好きなように書いていくから
君も、好きなとき 僕につきあってほしい。
それじゃ、101回めからもどうぞ、よしなに。


オトギ

せみしぐれ

FOR WORLD


畳の上に横たわり
タオルケットだけでは涼しい夜を感じてる。

信濃の夏。
蝉の音は本当に、雨がふりそそぐように
じんわりと 耳に流れ込み
ちょっと安心してる僕がいる。

せわしなかった半期で、吐き出した分の空気を
まとめて吸い込むように深呼吸してみると、
もうちょっと やってみるぞー
という気がしてくる。


今そとにでたら きっと、星が綺麗だ。


オトギ

ゆずれないこと

FOR WORLD


今日、陽のあたるあぜ道をひとり歩いていたら
田畑は驚くほど鮮やかで やっぱり感動してしまって
ちょっと悔しくなった。

長野は僕にとって、退屈と闘いと 「出会い」の記憶を呼び覚ます土地だ。

ごく普通の ありふれているけれど優しい家庭に育ち、
ごく普通の ありふれた子供に育たなかった僕を 
受け入れてもらったり 突き放されたりした記憶。


「つくる」心は、出会いによって育てられたと思う。

今日ね 予備校の先生にあって。
そして、おきなまろさんに夕飯をご一緒させていただいたりして・・
お話して 思ったんだ。

ある程度の生きてゆくすべは、家族からもらった。
ただね やっぱり
僕の父は公務員で、母にとって美術は「アウトロー」に変わりなく
僕は家庭一手間のかかる、変わりものの子供なんだ。
まあそれを悲しんでいると言うわけではなくてね。

美術の道に進むにあたり
生きていく方法は すべて血のつながらない誰かに教わった。
その事実に途方もない感謝を憶えるんだ。
高校に入るまで 僕は何一つ知らなかった。
何を知らないのかさえ知らなかった。


それなのに
何の因果か 一歩 底の知れない「アート」って世界に足を踏み入れた。
あの日を境に 出会う人たちが 出会える人たちが
まるで並べたカードを端から全部裏返すかのように変わっていった。

高校の部活の先輩や先生 予備校の先生
そして生活の中でふれあった様々な立場の人たち
そういう人達が 僕を気にかけて いろんなことを教えてくれた。

育ててくれたんだ。

苦しい事はたくさんあって
苦しんだぶんだけ報われたくて
それでも、報われないことのほうが ずっと多くて
なげやりになることは 今も多いけど
でも そういう人達にはいつだって

恥じることなくむきあえる 自分で いたい。


オトギ

緑のじゅうたん

FOR WORLD

今夜
一部の基礎デ1年生は、教授たちと「清里合宿」って旅行に行ってるんだけど
僕は個人的に、里帰りとして長野へ帰って来た。

ううん なんというか 新鮮だ。

上橋菜穂子の「孤笛のかなた」を読み直しながら、
新幹線の席にもたれ、
ときどき窓の外を眺めたりすると
こみあげてくるものがあったよ。
上京してから数カ月ぶりのふるさとは、やっぱり 美しくもなんともない。

ただ
のびやかに広がる田畑を見たとき

「そっとしておいてほしい」

と思った。

季節と共にうつりかわる稲穂の色は青々と瑞々しく、
点点と散らばるように無意味に置かれた家々は人間味があり
とてもあたたかい。
四角くて固いビルが建ち並ぶことを きっと誰も批判しない。
それほどの平凡さしかない、不便で土くさい風景だ。
でもそっとしておいてほしい。

「つくる」とは・・・「あたらしい」とは、なんだろう。
僕は「あたらしい」と喜ばれるモノを「つくって」と言われる立場だけれど
それはきっと 破壊であってはいけないんだろうな
そう感じた ひとときだった。

ノスタルジーはたしかに感じた。
でも、懐かしさというよりは、何もかも新しく鮮やかに感じたかもしれない。
遠ざかることではじめて、わかることもあるんだね。


オトギ

おしまいと、はじまり。

FOR WORLD

 いつのまにか夢の世界にいってしまいそうだから
今日は早めに更新するね。

 今日でテスト期間もおしまい!
僕にも夏休みがおとずれた。
 あ、夏休みも変わらず更新するつもりだよ。
受験生にお休みはないからね!
ちょっとでも、ちからになれたらいいなぁ
僕、人の目がキラキラしたり、ホッとしたりするのを見るのが好きなんだ。
応援してるよ。

夏休みは、やりたいことがいっぱいあるから。
いろんなことを経験して、考えて、伝えていきたいな。

埋もれるくらい本を借りて来て、一晩中読みたいし、
いろんな料理のレシピに挑戦したいし、
一人旅もしたいし、
懐かしい人たちにも会いたいし、
基礎デの子と約束してたことも実行したいし、
芸祭に向けて執行部も展示もガンガンやりたいし。

うん、とっても楽しそうだ!

何が贅沢って、やりたいことを指折り数えられることが
とっておきの、贅沢だね。

 それじゃあ、ちょっと夏休みの夢でも見てくるよ。

オトギ

やっつけ仕事

FOR WORLD


「じっくりと生きたいなあ」なんて思いながら
「生き急ごう」と口にして、
ついつい忙しい日々をすごしてしまうのは
僕がゆっくりしすぎたせいなのか
それとも忙しいのが好きなのか。
よくわからないけど
今週はとっても忙しくて
なんだかやるせなくて
でも勢いに任せていろいろ済まそうと思った 
朝のことさ。

でもね
そういう台風みたいな1日が過ぎると
「あれ なんだか今日たのしかったなあ」
なんて思って にこにこしながら帰り道を歩いちゃったりして
張り切って台所に立っちゃったりして


やっぱり忙しいのが好きなのかしら。


オトギ

僕らの晩餐

FOR WORLD


僕、誰かと1対1でする食事が好きかも。
帰り道、ふとそう思った。

大勢でする食事は、賑やかで楽しい。
1人で食事するのも好きだ。
料理にきっちり向き合って、味わって食べられるのが好い。
でも2人の食事に、新しい良さを感じるようになった。
中学までは「給食」って行事があったから、中々気づかなかったんだろうな。

なかでも、朝食とか昼食とはひとあじ違うのが「夕飯」だ。
遊んだ帰りや、待ち合わせて食べるディナーは、
なんだかイベントみたいに素敵だ。
 気づいたら、数時間経ってて驚くということもしばしばだ。笑
それというのも、聞きたいことがたくさんあるからなんだ。
相手が何を感じ、何を考え、何に落ち込み、何を夢見ているのか
それを知るのがとても好きなんだ。
僕もそれを受け取り、考え、言葉を返すことによって、
相手が喜んでくれたりすると、もっと嬉しい。
お箸を置いたり、ドリンクを飲んだりすることで、
相手との距離もはかれるしね。

旧友と久しぶりに会ってする話はもちろん盛り上がるし、
会って間もない子との会話の距離感も心地いい。
ギャラリーが好きな子、写真が好きな子、政治の話で盛り上がれる子・・
基礎デにはいろんな子がいて、聞きたいことは尽きない。
今日は留学生の子と食事してきた。3時間もかけて。笑
やっぱり姿勢が違うなあと思った。


相手の話に感動して、「かなわないなあ」と思えることが、僕はたまらなく嬉しいんだ。
尊敬されるよりも、尊敬していたい。ずっとそういう自分でいたい。
それはとても恵まれていることだと思うから。


オトギ

人間合格?

FOR WORLD


太宰治の「人間失格」という本があるね。

最近思うことがある。
「速く」「正確に」することが求められる「社会」ってお化け屋敷の中で
みんな、「失格」にならないことで必死になってるなあ、って。

なぜって、「失格」が不幸せだと思ってるからなんだ。
・・まあ、ひとえには否定できない。
順番がある以上、
「いちばん上にたてる王様がいちばん気分がいいはずで
いちばん下のコたちはいちばん惨めであるべき。」
そう考えるのが、滑らかなもののあり方だし、
競っているときは僕だってそう考える。


ただ、果たしてほんとにそうか?


僕たちは人間であると同時に動物でもある
考えるんだよ。
人間的な幸せと
動物的な幸せについて。

順番っていうのは「社会」でうみだされたものであって
「世界」には存在しなかったはずなんだ。


王様が不幸を感じるのは何故だ?
下働きの娘が幸福を感じるのは何故だ?

なんだかねえ
悲しいんだよ。
日本には、人間的な幸福にばっかりとらわれて
自殺していく人がなんて多いんだろう。

周りの幸福の基準なんて、あんまり気にしなくていいんだよ。
もちろん「全部捨てろ」って、唆してるわけじゃない。
人間として生きる合間に、「ご飯がおいしい」とか「星がきれい」とか、
そういう「動物的な幸せ」にひたって幸福を感じてほしいんだ。

まあ僕は、いずれは人間失格して、妖怪に合格したいんだけどね。笑

オトギ

名前

FOR WORLD


今日は勉強がてら、あんみつを食べに銀座まで行って来た。
東京というのは、降りる駅によってまったく違う顔をするので驚く。
上京してきて数ヶ月、そろそろ見慣れたかと思っていたのに・・

押し寄せる人ごみや整理された交通機関
豊富な情報とサービス
そういうものばかり「東京」と捉えていたけれど
そうでもないのかもしれない。

僕の通学路には 畑があるし
原宿には、金髪のお嬢さんがたが宣伝する安い服屋さんがあって
ピンクの髪をした若者がいたり
この前行った馬喰横山という駅前には
羊羹みたいなビルが建ち並び、道行く人々はみんなスーツで
銀座は どこか洒落た高いビルがあり
ワンピースを着たおばさまが歩いていて・・・

でも結局、みんなそれを「東京」って呼んでるんだ

とりたてて美味しくもないけど、間違いなく「あんみつ」と呼べるだろう甘味を食べて
僕はそう思った。


オトギ

息づく。

FOR WORLD


東京に来て、
ゆっくりと呼吸できる場所や時間をさがすようになった。
僕は軽いぜん息もちだ。
だから、「呼吸」に対してとても敏感だと思う。
酸素を吸って二酸化炭素を吐く。
そんなことを気にするのは、調子が悪い人だけだ。
ただ、ここでいう「呼吸」というのは別に 体調のことじゃない。
別の言い方をするならば「安らぐ」と言えるだろうか。
とにかく、
「ゆっくり 気分良く呼吸したい」
そう思うようになった。


たとえば、

喫茶店でひとくちめの珈琲を飲んだ後とか
2号館吹き抜けの、深澤先生の椅子に腰掛けて、風にふかれてるときとか
窓を通して廊下に映り込む西日を見たときに


ほっ  と、息をつく。


そんな瞬間がすきだ。


〆切間近の課題とか
かけなきゃいけない電話とか
こなすべき家事とか
何かから解放されるわけでもなんでもないけど、
でもそれは、とらわれてる人の特権だと思う。

息をつけるのは、息をつめているということで
息をつめているということは
何かに必死だってことに違いない。


息をつきながら
息をつめながら
夏休みまで、もうひといき。
がんばりましょうぞ。

オトギ

花柄の指先

FOR STUDENT & ARTIST


「アートやデザインなんて、むなしい」


そう思ってたときが僕にもあった。
今でこそ、アートやデザインを信じているけれど、
そういえば僕という人間は最初からこんなやからじゃぁなかったんだ。
美大受験に踏み切るまで、ずっと揺れてたと言ってもいいかもしれない。
政治や医療に比べて芸術はなんて力ないものだろう、と嘆いて
馬鹿にしたりもしてた。


高2か3の夏休みのことだ。
未来への不安も解消できないまま、
母方の祖父母の家へ遊びに行った。

10くらい歳のはなれた、可愛いいとこの女の子がいて、
ピアノを弾いたりおままごとをしたりして、ときどき遊んでいた。

そのときはトランプをしていたんだっけ。

その子のお母さんがふと
「オトギちゃんは絵が上手なんだから、
いっしょにお絵描きすればいいのに」
とおっしゃった。

すると、
「じゃあいっしょにツメをつくろう!」
とそのコが提案した。
ツメをつくる、というのはつまり、
「ネイルアートをしたい!」ということで
最近のブームらしかった。

それでね、
そのコはそのコの、
僕は僕のツメをつくることにした。

ちっちゃな机の上に、色鉛筆を広げて、
向き合ってちっちゃな絵を描いた。

もちろん、本格的なセットなんて何も無い。
いちまいいちまい、
自由帳を切り取り、
色鉛筆でお花やリボンを描いて、
セロハンテープでくっつけるんだ。


途中から、そのコが
僕の描いているほうの花をじっと見つめるようになった。
そして、段々その瞳がかがやきだしたのに気づいた。
嬉しくて笑いそうなのをこらえながら、

「あげようか?」

と言うと

「ほしい!!」
と言って、喜んでつけだした。
一刻も早く、すべての指先につけたいようだった。
僕もそのお手伝いをした。

すべてつけ終わると、手の甲を頬の近くに持ち上げて

にっ

とこちらに笑いかけた。
まるで、
「いいでしょ」
と自慢するように、楽しそうに微笑んでいた。

「かわいいね」
と言うと、嬉しそうにくるくる回って、
お母さんのところに見せに行った。

僕はそのとき
なぜかしらないけど胸が熱くなるのを感じた。

紙に色鉛筆で描いた、たくさんの 花 花 花。
どんな絵画にも及ばない、ささやかなラクガキ。
それをあんな笑顔で喜んでくれる。
それだけのものが誰かを笑顔にできる。
僕の描いたありふれた、ただの花が。


芸術のむなしさを問われるとき、
あのときの、あどけない笑顔を つくりものの可愛い爪を 思い出す。


オトギ

FOR ADULT

週1のおつかれさまエントリーです。


好きとか嫌いとか
偉いとか偉くないとか

課題やら人間関係やら趣味やら
いろいろ言われすぎて、
なんだかとっても疲れちゃいました。
あなたも疲れません?
うんうん お疲れさまです。

出逢ったすべてのひとは
僕に値札をつけてはすれ違いすれ違い去っていきます。
人によって僕は大きくなったり小さくなったり
なんだかとってもめまぐるしい。


ただ、そういうこと抜きにして
ありがたーい出会いというのも有り得ない訳で
わがままは言ってられないね。

と、思ったりもして。
あなたはどうなんだろうな。


オトギ

息継ぎをする魚

FOR WORLD


息が詰まる。


そう思って発作的にバスに乗る。
行こうかと思っていた駅をわざと通り越し、

どんどん どんどん

とおくとおくまで、体を運んでもらう。

バスや電車の、無愛想な揺れに身を任せる。


二度と会うことも無い人の 隣りに腰掛け、できるだけ自分を殺すように押し黙る。
とりとめもなく移り変わって行く景色を ずっと、ながめている。

ただそれだけの動作 変化 振動。

そんな美しくもなんともない、くたびれた波においやられ
顔を出し
僕はやっと息を吐き出せる。
何ものからも無関係になったような錯覚を覚えて
ほっとする。

どこにでもいけるし
どこにもいけない。
今はそういう季節。


喫茶店の壁にからだを預けて、カノンを聴いたり
宮沢賢治の「注文の多い料理店」を読み流したりして
生きることをやり過ごす。


世界が眩しい。

うつくしいものも みにくいものも
望む望まざるにかかわらず 僕のもとに流れ込んでくる。

それでも、たやすく目をつむったりなんてしない。
君の目を見て、あきれるほど正直に言葉をつないでいく
それは、変わらない。

どこにもいけない
でもどこにでもいける。

僕は僕の足で
君は君の足で
いつの日か陸にあがる。

今はまだ息継ぎをする魚。


オトギ

ねだる、ねがう。

FOR WORLD

今日は七夕だね。
町にも大学にも笹の葉が揺れていて、
あたたかい気持ちになった。

赤、黄、青の形をした鮮やかな長方形 
吊るされている短冊には、
さまざまな字で
さまざまな願いがしるされている。

奇妙な風習だ。
僕たちは、なんでもかんでも願ってしまう。
都合をつけては
心のよりどころにするように、思い出すようにすがってしまう。

でもきっと、ほんとのところ
願いをかなえてもらおうと、ねだってなんか いない。
 たぶんそうやって
「望み」を字にして夜空にかかげるという
その行為自体が、とても尊いことなんだ。


雨の気配がする。
でも雲の上にはいつだって星が輝いてる。
あなたは願いを書いただろうか。

あなたが願いを叶えられますように。
僕も、願ってるよ。


オトギ

風のとおりみち

FOR WORLD

なんだか今週は、空気の抜けたことばかり書きたいなあ。


身もふたもないことを言っても良いかしら。


たとえば作品の講評とかで、
がっくり落ち込んだり、浮かれたりするけど
どちらに転んだときも、覚えておきたいことがあるんだ。


点数のつけかたなんて、ちっちゃい世界でしか通用しない
ってこと。

世界中を空の上から見渡せば、
尊敬される理由はまったく違うってこと。

世界には
魚をとるのが上手いことが重要であったり
パソコンの技術で生き方を選んだり
首の長さが美しさをしめしたりする

色んな「国」があるんだ、ってこと

デザインするときも
美術館に行くときも
食事をするときも
それを頭の片隅に置いておきたい。


そうやって逃げ道を探すのではなく、塞ぎたい。

褒められることで満足しないように
注意されることでからだを固くしないように


あざけりたいって意味じゃない
そういう考え方が逆に、目の前の課題の可能性を
広げてくれるんじゃないか、って、思ってるんだ。
不満というのは
やるべきことをこなして初めて言えるものだし、
無意味なものなんて何一つないと思ってる。
もしも何の意味も見いだせないとしたら
それは僕の頭の中が無意味なだけだ。


目の前の課題にむきあいながら
僕たちの「ほんとうのさいわい」について考えたい。

だから今日も
色をぬったりパソコンをいじったりしながら
世界のあっちこっちに
アンテナをのばしてゆくんだ。


オトギ

からだのきもち

FOR WORLD

 いつの間にか、6月も最後の日を迎えたようだ。

 こうやって、毎日文章を書くようになって気づくことがある。
僕はどうやら、1週間に1日は「疲れてる」って言いたいらしい、ってこと。笑

 いやあ、気持ちにからだがついてこなくて困ったものだ。
ぜん息なんて病弱キャラ設定を背負っている上に
不摂生極まりない日々を送ってるからダメなんだね。
忙しさ云々じゃないよ。
でも 気持ちのリズムっていうものがあってさ
それは、なかなか変えられないものでさ・・・
なあんて そんなのは理由ではなく言い訳でした。

 そんな「疲れ」に対して思うこと。
 疲れてる日っていうのは、賭けをするのには向いてないけど
考え事をするのにベストチャンスだ。
発言したり 創作したり アクションするときには
とことん自分を信じたほうがいい。
でも、考え事をするときは
「ああ、僕ってさいてー」
って落ち込んだ方が いろいろ覚悟ができていいんだ。
 こういう状態で見るものっていうのは
いつもより心に響いてきたりするしね。

ちょっと話が大きくなるけど

こんな風にぼんやり考えごとをして、視点の切り替えをしてるとね
人生は運じゃないな、って思うよ。

どうあるかではなく、どう考えるか。
どこにいるかではなく、どこを見るか。
なにがあるかではなく、なにを受け取るか。

「してほしい」だけでは望みは何一つ叶わない。


・・・うん、なんかまだ疲れようとしてるな。笑
ちょっと休むよ。


オトギ

おいしいひび

FOR WORLD

今の暮らしに慣れてきてからは、
「僕」というものの輪郭が
ちょっとわかるようになって、ほんの少し生きやすい。


ふと思うことがある。
僕は信州育ちだから、作品制作を畑にたとえてみよう。

同じ畑の、同じ果物を育てながらも、
まったく違う形をつくろうとしたり
異なる色を塗り足したり
甘みや酸味を吟味したり
同じ種を手渡されて、僕は目の前の種を育てることに必死なのだけど
ふとした瞬間
見渡すと
まわりには、いろんな畑が広がっていて、おどろくんだ。

いろんな子がいて
いろんな果実があつまって
それをみんなで一緒に食べる。
ああでもない、こうでもないと言っては
また種を植える。

同じ分野を学びながらまったく違う方向をむいてる
そういう子たちと、
会話できるということそのものや
環境が
とても有り難い。


オトギ

ひかりの呼び名

FOR WORLD


太陽のひかり。


春は 眠くなるような 優しい光
夏は 急かすような 口うるさい光
秋は なだめるような おしとやかな光
冬は 見守るような ひそやかな光

冬は「あったかい」
夏は「暑い」

季節を感じることは、太陽を感じることと

同じなのかもしれない。


オトギ

お祭り気分

FOR WORLD


夏休み明けのお祭りに向けて
プロジェクトがあっちこっちでひそやかに動き出してて、
なんだかワクワクするね。

今日は芸祭(※美大でいう文化祭)展示の企画書の〆切だった。
僕も作品展示で参加するつもり。
(あと執行部にもいたりするけど、その話はまた今度。)


今、水面下で進めてるグループ展は、おもしろいものになりそうだ。


グループワーク、僕はけっこう好きなんだよね
仕切ったりするのも好きで 今回もいろいろ好きにさせてもらってるんだけど
何がたのしいって

どうなるかわからないのがたのしい。

自分だけだと、ある程度完成したときの予想がつくんだけど
良くなるか悪くなるか、どっちに転ぶかわからないスリル感 たまんないね!
 あと、高校での展覧会と、ムサビでの展覧会
ぜんぜん感触が違っておもしろい。
意外なところで、みんながリアクションを返してくれるのが嬉しい。
経験は活かしつつ、自分にも周りにも、もっともっと 期待してやろうかな。
火花を散らしたり、わいわい花を飛ばして盛り上がったりして
みんなが未来でふりかえったとき 「あれ楽しかったね」って言えるものになるように
助けてもらいながら、がんばってひっぱっていこう。


オトギ

FOR WORLD

昨日の話のつづき、というわけでもないけれど
今日は渋谷の名曲喫茶に行ってきた。

喫茶店でクラシックを聴くのが好きなんだ。
詳しいことはよくわからないんだけれど
喫茶店のすてきな雰囲気の中で、おいしい飲み物を飲んでるときに
クラシック音楽を聴いて色んなことを考えるのがすきなんだ


今日かかってたのはショパンだったかな
まあとにかく
喫茶店でクラシックを聴いてたんだけど
そういえば、クラシック音楽のCDのジャケットって
あんまり心惹かれるものがないなあ って思った
ポップスは、良くも悪くも 派手で奇抜なのに。
なんだかもったいない

なんでもったいないかっていうと
広告においてビジュアルは強い力をもってるから。
音楽って、目に見えないから・・・
ビジュアルでどう訴えかけるかって きっと大きいんだろうなあ
本職以外のところで気をつかう必要があるなんて
実はすっごい大変で、もっとずっとカッコいい職業なのかも。

クラシックのジャケットのデザインやってみたいなあ。
「難しいしよくわからなくって・・・」
って敬遠されやすいのが悲しいので思ってしまう。
そういうもののデザインとかしてみたいなあ
難しいものを、わかりやすく、美しく したい。

他にも、デザインしてみたい「むずかしそう」と言われちゃうものいっぱいあるなあ。
哲学とか シェイクスピア とかね。
もっといい伝え方が あると思うんだよなあ
もちろん宣伝に焦らなくても良いくらい 確立してるのかもしれないけれど
流行らせたいという意味じゃなくて
訪問者に対して、もっと開けやすい扉があってもいいと思うんだ
そうか、扉か。
デザインって そういう役割もあるね。


オトギ

あそびごころ

FOR WORLD


音楽ってものはほんとにすごい、と思う
似て非なる畑のさくもつだけど
何度元気づけられたか知れない
ちょっとくやしいくらいに。


エネルギーの塊が、何度でも新鮮な気持ちで流れ込んでくる感覚。
絵本を何度も最初から、あたらしい気持ちで読んでるような
やられたあ ってかんじ。


人を巻き込んでいくお祭り感覚って
デザインにも取り込めないものだろうか
展示室にBGMをかけるとか、そういう直接的なことではなく
そのもの自体が「お祭り感覚」を呼び覚ますようなデザイン。
・・・・それってどんなのかしら。
とっても楽しそうだ。


オトギ

ツクる理由

FOR WORLD


とても疲れてる。
疲れていると、いろんなものに敏感になる。
いろんなことが許せなくなったり、急にいとしくなったりする。


今日、高校のときの先生たちと、仕事上の約束があったので会った。
とくべつ交流があった訳でもなかったけれど、どこか懐かしさを感じた。


変なあとあじがした。

いろんな人とのつながりを意識したんだ。

美大に来て「はじめまして」の人とたくさん喋るけど
そのぶん 「おひさしぶりです」の人や
「毎度どうも」な人と会ったり遊んだりすることも多くなってる。

いつのまにか 色んなところでつながりができてる
長野で変わらず元気にやってる子や
いっしょに上京してきた子
県外でがんばってる 美術の子や陸上の子
高校のときの先生や先輩
実家から電話をくれる家族

いつからだったっけ
人のことなんてどうでもよかったはずなのにな
当たり障りのないところで 楽しくやれればいいと思ってたのに

毎日毎日
たくさんのものを 名前も知らない誰かに向けておくりだしているけれど
つくっているときに顔が浮かぶのはいつも 見慣れた誰かだ。
顔が浮かぶ 泣き声や笑い声が聞こえる

まだまだ足りないんだ
いろんなものが欠けてるんだ
でも君は言うんだ
そんな僕でも良いというんだ
だから僕はまだやれるんだ

どうしようもない。
いつもそんなことの繰り返しだ。
いつまで経ってもこのザマだ。

でも人に「頑張れ」って言いたいなんて思ってるうちは
僕はまだまだやれるんだ。

ありがとう。

あなただってそうだ
今日も読んでくれて、ありがとう。

オトギ

ミッドナイト・メランコリー

FOR WORLD


チョコレートも溶けてしまう暑さがまた巡ってきた。
空気にすら責め立てられているような気がしてしまうね。

たまには夜空でも見よう
風を感じよう
歌を聴こう
つらいとき、いつだって見上げればぞっとするほど美しい空があった。
優しい風が吹いた
揺さぶられるような歌が響いていた。

ありふれたものに救われてしまうくらい
追いつめられているときは


ああ、自分は今本気なんだな って 気づこう。


僕たちが苦しいとき つらいとき 
弱さを知るとき

ゆずれないものがあるから こんなに胸がつまるんだって

そんな風に
自分に仕掛けたありとあらゆる罠を
あっさりかわして
笑い飛ばして

また明日を生きていこう。


大丈夫だ
まだやれる。


オトギ

楽園

FOR STUDENT


日々が流れていく
毎日毎日、たくさんの顔と声に包まれてる。
それらは僕を褒めそやしたり蔑んだりと忙しいようだが
はたして何もかもなべて同じように見えてしまう。
訪れては去っていく、時代という名の人の群れ。
好意も悪意も、僕やあなたにふれてくるという点ではなんら変わりない。

だから恐れるな。


渇きを人のせいにできてしまうような選択肢は捨てろ。
来るはずもない船を待ってるのはやめるんだ。
たとえ笑われようとも臆するな
微笑み返すくらいの覚悟はいつだって必要さ。


鳥の鳴き声とともに朝が来て
あなたにも僕にも夜が来る
なんの気兼ねもなく寝息をたてられる僕らが
なぜ望む夢すらも見られないと言うんだ

オトギ

Draw a dream

FOR STUDENT
君の未来において特別な意味を持つ、今日という日に捧ぐ。


こんな風に文章を書くことに、
いったいどれほどの意味があるのか知らない。

僕にとっての「真実」とは、結局のところただの「事実」であるだけかもしれない。
だから、君にとってはなんの効き目のもない薬になる可能性は大いにある。
だけど、書いておきたい。

今日という日に、いったい何を感じただろうか
未来への期待だろうか、現在への失望だろうか
あるいは新しい世界への驚きかもしれない。

歩いている学生ひとりひとりに自分との差を感じたり
自分という存在そのものを恥じたり
そんなことをした人も、いたかもしれないね。

今日という日は、あなたにはどんな色をもって見えただろう。

できるだけ輝いて見えていたら良い
どんなに雨が降っても 空が暗く沈んでいても
必要以上に演出されて、驚きに満ちている世界が
あなたの前にだけひろがって見えていることを
願った。


オトギ

本の虫

FOR WORLD

 物語を読んで、なんだかもう今日は余韻に浸って何もしたくないな と思ったのは
久しぶり・・・・・。
先日、ずっと追いかけていた小説のシリーズが完結しまして、
まあ・・・・いっきに読んだよね・・・・それはもう。


 か かんがいぶかい・・・・


 ちょっと待ってくれ。

 物語は娯楽だ。

娯楽は僕たちの喉を潤さない お腹を満たしてもくれない

代わりに睡眠をとってくれるのでも 安全な暮らしを約束してくれるのでもない

では 何故、こんなに揺さぶられるんだ。
普段なら何度も言葉をかみくだいて書き尽くすところだろう。
でも今は違うんだ。都合のいい答え探しをしたいわけではないし、
そもそも問うことの意義すら、深く考えられない。

感動する ということが、何もかもチャラにしてしまう
そのあっけなさ ちっぽけさ そして清々しさ 
つくる ということの 素晴らしさをかいま見る。


よし、もう1度読みなおそう!!


オトギ

黒い太陽

FOR WORLD


 太陽の光がつよいと、
なんだか急かされてるような気がしてしまうんだ。
からだ中包まれているような、無遠慮で熱い熱い日差しに
うしろめたいことまで照らしだされてしまいそうで。


 多分僕らが、正しい人や優しい人になろうとして
やりすごしてしまってることって 思ってるよりたくさんあるんだろうな。
でも、これからくる季節の強い強いエネルギーを
なんとかして飲みこんで、味方につけてやりたいんだ。
不安とか迷いとか、いらないものすべて、火にくべて焼きつくそう。
僕たちのチャチなプライドを守ってくれるような状態で、
いつもチャンスがくるとは限らない。

だからせめて、僕たちのもてる最高のちからで闘えるように、
めいっぱい深呼吸して、走ってこう。


オトギ

ボン・ボヤージュ!

FOR ADULT

 雨降る憂いの土曜日が、ゆっくり更けてゆきますが、
皆さんいかがおすごしですか。
やるべきことばかりで大変とは存じますが、なんとかやっていきましょう。

おいしいものを食べましょう。
夢見るくらいに眠りましょう。
何かに追いつめられるのでも、急かされるのでもなく、
四季を味わい、しなやかな日々をつなぎましょう。


 せわしない日々だ。
何もかもやり過ごしてしまいそうな気もするし
何もかもうまくいく気もする。
だからやれるだけやろう。手の届く範囲をのばしていこう。


 あなたはまた、「わたしごときが」と自責するだろうか。
けれど僕たちに、誇れる「あのとき」がある限りは
苦悩することを責められるいわれなどないはずだ。


オトギ

薔薇とサボテン

FOR WORLD


 今日の昼、花屋へ行った。課題の写真を撮りたくて行った。

 もっと楽な方法はたくさんあるんだろうなあ
とふと思った。
でも、僕はこういう生き方しかできないや
とも思った。
それはどこか諦めに近いのかもしれないけど、喜びの響きに似てた。
死にものぐるいでやれば良いものができるかっていうと、そうじゃない。
つたないものばっかり、生みだしてしまうよ。
でも、守りたいものを守るために
そういう生き方はあながちずれちゃいないと
信じているんだ。
信じてみたいんだ。

 暑い暑い午後。
太陽があって、白い薔薇と小さなサボテンと僕があって
なんだか背中のねじが緩んでる、不格好な昼下がり。

オトギ

手紙

FOR WORLD


 今、闘っているすべての人へ。


あなたはきっと 今も人知れず闘っているだろう。
それはあまりにもありふれた悩み事だ
進路や家事、仕事に対人関係 
口にするとどこか乾いて剥げ落ちてしまいそうな、
かさついたカテゴリーの中におさまってしまうもの。
怪我を負った本人にしか痛みがわからないように、
その悩みはきっとあなたを苦しめているけれど。

でも、起こってしまったものはもう、そこにあるだけなんだ。
あなたが今まで
どれほどだらしなかったか
いくじなしだったか
あざとかったか
そんなことは、この際どうでもいいよ。

僕は何度も同じところをぐるぐる回っている
自分にうんざりすることは、はっきり言って何度もある。
ただ、昨日の自分よりも今日の自分を好きになりたい。
そう思い続けることはきっと僕を変えられる。


今この瞬間、目の前にあるゴールだけを見て
からだをかたくするのではなく
僕たちの人生の中で その出来事が意味のあるものになればいい。
意味をつくっていけたらいい。

そうしたらきっと、あなたの目の前のピンチはチャンスになるはずだ。


オトギ 

サプリ

FOR WORLD


「ああ、くたびれた。」
「なんだか力がでない。」
そんなふうに心が疲れたときは、文字が良い。

考えたいときは ショートショート
何もかも忘れちゃいたいときは 詩集
うっとりしたいときは 童話
とことん落ち込みたいときは エッセイ

どれも合わないときは 自分で書いちゃう。

 美大生じゃめずらしいかも こんなひとは・・・
僕にとって、絵や彫刻は
悲しんだり喜んだり怒ったりしてるときに、
手にとりたいものなんだよな・・・
疲れっていうのは、無心に近いから、食指が動かないんだろう。
文字というのは ある程度の気づかいがあれば、向こうから僕の考えに寄り添ってきてくれるから、
なんだかほっとするんだ。

 ちなみに僕は今、体がくたびれたので、ひとまず寝ます。あは・・・


オトギ

3つの不思議

FOR WORLD

 今日、写真を撮ろうと思って、上野動物園へ行ってきた。
平日にも関わらず、思っていたより人はたくさんいた。
お客は恋人たちや家族連れが多くて、幸福のエネルギーにあふれていた。


 動物園というのは 不思議な場所だ。

 なにしろ、いきものを見て感動するんだ。
3Dの映画を見たり、華やかな乗り物に乗ったりするのでもなく
写真でしか見たことのなかった象やキリンを見つけて
「見に行こう!」と言って走っていくんだ。
それはどんな喜びだったろう。

 そういえば、僕も昔は、親とサファリパークや動物園に行ったっけ。
僕のような子どもがライオンや象、キリンに感動したり、
ちょっと大きなお姉さんやお兄さんが記念撮影をしているかたわら
ときどき、大きなカメラをもったおじさんが、異様な空気を放って写真を撮ってて。

 なんだこのひと 

とよく思ったものだ。
カメラをかまえながら「いつの間にか なんだこのひと になってるんだなあ」
なんて思って、くすりとした。
かつてライオンを目当てに動物園を走り回っていた僕は、
フラミンゴの優美な足取りに感動して、3箇所からシャッターを切るような人になってた。

 ただね、思ったのは
動物っていうのはやっぱり、野生がいいよ。
野生の動物に出逢ったときのほうが、きっと ずうっと感動する。
ただ、勝てないなあと思ったけど。
コンドルとか、なんだいあれ。ぺろっと食べられちゃいそうだよ・・・びっくりした。
話はそれたけどね、うん、野生がいい。
今日動物を撮るために動物園に行って、ひとつわかった。
なんで写真家は動物を撮るために旅をするのか、ってことが・・・。

 ああでも、おもしろかったなあ。
人間も動物も植物も・・・
命っていいよ。すてきだ。


オトギ
 

月の光

FOR WORLD


 何を美しいと感じるのか。
何が美しいのか。
その決め方と考え方について、ちょっと話そうかな。

 今日は中学からの友人の誕生日だった。
祝いたいから食事をしよう!と前々から言っていて…
久しぶりに会ったんだ。
今日はデザイン論も休講で、講義もなかったし。
そうしたら、その子すっごいプラン考えてくれててさ!
お祝いするつもりが、僕の方がエスコートされちゃった。
(※よくあること。)

 まず2人が好きなお人形を見に行って、Bunkamuraのルドゥーテ展を見て、
1926年創立の名曲喫茶に行って、ロフトに行って、ユニクロに行って、109に行って、
新宿に移動して、マルインワンに行って、シャンデリアのあるオペラのようなカフェでディナー食べて、
神社にお参りして帰ってきた。

ご覧の通り密度のたっかあい午後だった。
まるで文化観光ツアーだ。あはは


 でもね、
そんな1日の中で印象的だったことは、ドビュッシーの「月の光」なんだ。


 それは、名曲喫茶であったこと。
それがね・・・とても雰囲気のある喫茶店なんだよ。
1926年創立だから、建物は古い。
でもそれは、野暮な古さではないんだ。
魅力的な年の重ね方をした、まるで舞台のような喫茶店なんだ。
音楽はレコードで、お客さんは常連顔のおじさまたち。
煙草のけむりがそこかしこから昇っていて、
椅子のほとんどは列車の中のように同じ方向を向いている。
ワインレッドのカーテンは行儀よくまとめられていた。
 平日の午後ということもあってか、女子大生の二人連れは僕らだけ。
囁き声で会話をしたり、その日の曲目のバッハに耳をすましたりしていた。
 そこでだよ。曲目が終わると、「お客様のリクエスト」ということで、
ドビュッシーの月の光が流れ出したんだ。
それはとても素敵なサプライズだった。
曲そのものの美しさもさることながら、
僕たちにとって、「月」はとても大切なキーワードだったからね。
なんだか、運命を感じちゃったよ。
 それぞれ会話をやめて演奏に聴き入った。
途中、彼女は僕がプレゼントした「陰翳礼讃」を、
僕は村上春樹と糸井重里の「夢で会いましょう」を読んだりしていた。
 そうしていると、表通りの喧噪や駅前の猥雑とした空気が遠のいて行くような錯覚がした。
今すぐあの扉を開いたら、そこは大正浪漫の世界が広がっているんじゃないか
今にも隣りの席に、袴をはいた女学生が「ハイカラなところね」なんて言って、腰掛けるんじゃないか。

そういう錯覚がした。


 けれど、ドリンクを飲み干して、扉を開ければ、
そこには渋谷の喧噪がひしめいていて、遡ったはずの「時」を一瞬で手渡されてしまった。
だが、その雑踏の喧噪も喫茶店の静寂も どちらも文化で そこにあるものだなあと思った。
 文化というものは、何が上で下かということではないんだろう。
ただ、そこにあるだけなんだ。
もちろん、喫茶店ですごす時間のほうが ずっと好きだ。
 でも、原色の看板や、ネオンのまぶしいディスプレイの多い渋谷を歩いて
頭に残るのがドビュッシーの月の光 のうちは
僕は 渋谷の雑踏に押し流されるのも 悪くはないかな なんて思ってしまう。


それじゃあ、友人の誕生日に乾杯して、
今日のところはおやすみ。

オトギ

ちなみに、その名曲喫茶はこちらです。
素敵なところなんだけど、周りにいかがわしいお店もあるので、それだけ気をつけて。

FOR .....


ふとしたときに
逢いたい、と思える人たちがいるということは
たまらなく尊い。


 ちょっとした悪意にあてられて
くらあっと目眩がすることは、まあ よくあるし
頭にくると、世界の何もかも、暴いて責め立ててしまいたくなるのだけれど
そんなことは毒にも薬にもならない。

 友人や恩師を思い出す。
 他愛もないことで笑い合い、正直に向き合う日々のなかで、
言ってもらった言葉や
相手に届けられた言葉。

 今日もつないでいく細い細い縁という糸をたぐりよせ
あなたが幸せであればいい、と思える現実だけが
僕に刺さった棘を少しだけ抜いてくれる。


オトギ

まぼろしの朝

FOR WORLD

 今日は霧がでていたね。

 霧にかすんだ町を歩くのは、すごく贅沢だ。
まるで絵本の世界に降り立ったみたいで、ドキドキする。
一歩先も白く隠されていたりすると、もっといい。
真っ白なその空間から、今にも得体の知れない何かが飛び出してきそうだし、
まったく違う世界へと続いていくような・・・そんな気がするんだ。

 だから、霧がでている朝は、とても特別なんだけど
霧はいつの間にか晴れてしまうから、
そんな感覚は、帰るころには夢でもみていたように消えてしまう。
でもね、そこが美しいんじゃないかって、思うんだ。
だってそれは、僕だけが見ていた、まぼろしの朝なんだよ。


オトギ

ミラージュ

FOR WORLD

 今日は、目にするもの口にするもの、すべてがあざとい。
だけどそれは、
僕の目や口に奇妙なちからがくわわって、
ちょっと世界をいびつに感じてるだけなんだ。


 それは眼鏡を外している時のような、鈍い安心と苛立ちだ。
すべての輪郭が曖昧で、うまく見とおせない。
感覚が麻痺しそうになる。
 けれど、ぼやけて初めて見えてくる形がある、ということを僕は知っている。
だから、目をそらしたくない。


オトギ

Bonsoir!

FOR WORLD

はじめての切り絵
はじめての立体
はじめてのMac
はじめてのillustrator(ソフトの名前ね。)
そしてはじめての 印刷所

はじめて尽くしの『形態論』はきついけど楽しい。
付け焼き刃の知識でillustratorを扱い、印刷に漕ぎ着けるのは中々ハードだった・・・
でも共有パソコン室や外で同じ学科の子とすれ違ったりすると、
もっとがんばろうと思えちゃうんだよなあ。

なんだか忙しいのに心が満たされてる気がする。


 形態論は、ひとまず試しに印刷するのができて、
明日手直ししようと思ってる。
予備校の先生にアドバイスされた、
『課題は提出前に一度リメイクしたほうがいいってことに、早く気づきなさい!』
が、やああっとできる。
もうずっと、リメイクする余裕をつくりたいのに、ギリギリの完成で。
今週は課題がでたのが形態論だけだから、ぜったいリメイクするんだ!
と決めてた訳で。
ああ、うれしい!
ソフトのことぜんぜんわからないけど、ものがつくれるのはやっぱり楽しいなあ・・・
前にも言ったけど、また水曜日に、まとめを投稿するね。

 そうだ、今夜はフランス語の復習もしておこう。
時間があるって素敵だ。
 あー、でも、最近不摂生のせいでひとさまに迷惑をおかけしているからなあ・・・
ご飯食べて、早めに寝ようか。
どうしようかなあ。

まあひとまず、あなたにもよい夜を。

オトギ

雨だれ

FOR WORLD

 どうやら梅雨がやってきたらしい。
 雨が降っている。

 
 小学生のころ、雨の日というのはどこか不気味でロマンティックだった。
なんでもない、ありふれてかさついた校舎に、闇ができる。
蛍光灯だけでは照らしきれない廊下の隅や、どこか湿った空気に、
なんだか居心地の悪いような良いような、不思議な感覚がしたものだ。
 算数の授業や先生のお話が、何から何までいつものように正しい顔をしない。
それはなんだか、何が楽しいのかわからないことを、
わからないままでいていいと許してもらえたようで、
どこか安心した。

 小学生。
穏やかで夢ばかり見ていた日々。
思い出す人々は誰もかれも優しいのに朧げだ。

 雨音がしている。

とても静かだ。


オトギ

ことだま

FOR WORLD

 高校から、体験入学の講師の依頼が届いた。
なーんて書くとだいぶ大仰だが、10分しゃべっていいよ、と言ってもらっただけだ。
 でも、プリントを見ていて、心が張りつめた糸のようにピンとのびた気がした。

 人前で話すことが好きだ。
僕の頭の中の鬱屈や情熱が、言葉になり、声になり、目の前にいる誰かにたしかに届く。
そんな錯覚、あるいは実感が、とても大切なんだ。
言葉が誰かを具体的に救うことなどできない。
でもきっかけになれると信じている。
そう言ってくれた人たちがいるから、自分の言葉にありったけの力をこめたいと思う。


 そういえば、今日の講義は「言語表現論」「論理学」と、言葉について考える時間が多かったな・・・
ちなみにどちらの講義も好きだ。教授の言葉への愛を感じるんだよね・・
 美術大学で、こんなに言葉を大切に扱ってくださるとは思わなかったから、
驚いているし、感動している。
同時に、何をするにも言葉を軽んじてはいけないんだな、と再び思ったりする。
デザインする者にとっては、物としての作品と同等に、言葉も作品になるのかもしれない。
なんて、ちょっと独り言が過ぎるな。

 さてと。
 体験入学はまだ先だけど、300人を相手に何を話したいのかじっくり考えよう。
せっかくもらった10分を、大事につかいたいから。


オトギ

まぶしい緑

FOR WORLD

はじめてかもしれない。
雨あがりをこんなに爽やかに感じたのは。


あたらしい緑が陽の光を反射して、
世界がいつもよりきらきらしてる。
きれいだなあー

雨がやんだあとのコンクリートの匂いがしない・・・


なんだかしあわせ。


オトギ

うつくしいひと

FOR WORLD


美しいものをつくりたい。


真っ黒にくすんだ僕のゆびさきから
誰かの心をふるわせるような何かをとどけたい。


どこにもないよ

上手に生きる方法なんて、どこにもない。
でも生きていかなくちゃいけない。
泥の中を泳ぐような気分で、なんとか笑ってみせなきゃいけない。


せめてつくろう。
なんの答えにも導きにもならなくったって
言葉にしよう
絵をえがこう

美しいものをつくっていこう。


 僕の知っている美しいあやまちや涙に
 どうかすこしでも優しさが降りそそぐように

オトギ

客人

FOR WORLD


雨がささやかに降っていて
今日は昨日よりも過ごしやすい


空気に透明な水のまくが張って、涼しさが満ちていくみたいだ


カーテンが風に舞いあがる。

部屋の中に梅雨の気配が吹き込んでくるような
そんな気がして、何故だか心地いい。


オトギ

冗談と本気 続き

FOR WORLD


芸祭を待たずとも答えがでました。
なんてことはない、高校のときに出ていた答えだった。


 つまり、
人を巻き込むのなら、
それなりの『誠意』と『覚悟』を示せばいいんだ。
巻き込んで傷つけた分、絶対に幸せにしてみせるっていう決意があればいいんだ。
なんだ、それだけの話じゃないか・・・。


 迷ったときは、
自分にその根性があるかどうか、
それだけのことをする値打ちのあるものか、ということを考えればいいわけだ。

 それは「意見を通す」ということに関しては
グループワークにおいても
進路決定においても
サークル活動においても
ブログやツイッターにおいても
恋愛においても
友人関係においても

おんなじことだ。

あーすっきりしたーーー。
ということで、僕はこれからも身勝手に生きることにします。


オトギ

冗談と本気


 アンケートご協力いただきありがとうございます!

こういうのってレスポンスがどれくらいもらえるのか不安だったんですけど、
ぱらぱら反応いただけて嬉しいです。

・・・・・・でもね、

項目に反応しなくたっていいじゃない!!

愛人とか・・・いらないじゃん!!!
ちょっと目を離した隙に明らかにいらないの増えてますよね!!なにあの量!!


「恋人」「愛人」「ストーカー」「アフロヘア」「おっさんの妖精」


ええええええええええ

しかも!
若干見覚えのある「おっさんの妖精」という項目に2票はいってたんですけど!

・・・・どういうことなの・・・・・・・・。
なんだろうこの・・・嬉しいけど、生暖かくてちょっと湿った気持ち・・・。

 まあえっとあの、とにかく・・・明日まで置いておくので、
一見様もご協力お願いします・・・。
 今のところ受験生が一人も来てない感じになってるけど、どうなんだろう。
一回きりの子が多いのか・・・大人の方が反応をくれやすいのか・・・
常連様の年齢層が高いのか・・・うーん
受験生少ないなら、むしろ投票のある保護者の方や社会人向けに書いていこうかな。
えっと・・・受験生も投票してね!


 なんかあまりにも突っ込みたかったからオレンジの部分長くなっちゃったよー・・・
以下は通常運営のオトギブログです・・・温度差ちゅうい!


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FOR WORLD


本気ってことについて考える。

 僕は「やりたい!好きだ!」と思ったことに関してはとことんこだわる。
悩んで悩んで悩み抜いて決定したがる。
ご覧の通りなんだけどね・・・ドラドラさんにも言われたんだけど、このブログも本気でやってる。
 よく「もっと楽に生きれば・・・」と言われるんだけど、そういうわけにもいかない。
だって本気の方が楽しいんだもの。
考えて悩んで、倒れる限界まで何かする。そういうほうが僕の性に合ってる。
肩に力が入りすぎると何もできないから、きちんとバランスはとるんだけどね。
 勝負には勝ちたい。負けるのなら全力で負けたい。そして成長したい。

 ただ、別にそれを他人に押し付けようとは全く思わない。
人によって大切にしているものは全然違う。
仕事が命の人もいれば、家族との時間を大切にしたいって人もいるでしょ?
力の入れるところを、僕とは全く違うところに置いている人はたくさんいるんだ。
それは趣味の時間かもしれないし、人とのおしゃべりかもしれない。
その人が納得して幸福ならばそれが一番だと思うし、一緒にいてもなんら苦痛じゃない。

いや、むしろ楽しいな。

同じ価値観で語り合えるのもいいけど、僕と100%ちがう世界で生きてる人と、
噛み合わない会話をしてみたい。


 だが、それがグループワークとなってくると話は別だ。
・・・・高校のときから、部活/授業と、リーダーをずっとやってきたんだけど、
未だに難しいと思う。(そこががいいんだけど)
いったいどこまで引きずり込んでいいんだろう。悩みどころだ・・・
人生のテーマかもしれない!

 なんだか独り言みたいになってしまったなあ。
この答えについては、芸祭のあとにでも書こうと思う。
覚えてたらよろしくね。


オトギ

形あるもの


 カウンターが1000回まわったのでアンケート設置してみました。
ちょこっとはみだして見えるのは気のせいです。(ごめん!!)

 2日間置いておきます。

できるだけたくさんの人に言葉が届くブログにしていきたいので、
来てくれる人のことを知りたいなあ・・・と思っています。
どうぞよろしくお願いします。

 あっ、あとなんかコメントも送れるみたいだね。
ブログのコメント欄からだと恥ずかしい!って人はこの機会に質問してくださっても構いません。
基礎デの受験対策から学食おすすめメニューまで、僕の答えられることなら喜んで答えますよ。


<追記>21:46
ちょっと待ったああああああ!!
不穏な項目追加してるのはいったい誰ですか!笑
誤解のないように言っておきますが、僕が最初につくったのは
受験生/社会人/ムサビ生/オトギの友人/その他
だけですからねっ!!そこんとこよろしくお願いします!!


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FOR WORLD


僕はいつも、小さな釜みたいな「おひつ」でご飯を炊いています。
といだお米と水をいれて、電子レンジでチンすると美味しいご飯が食べられる代物です。

そのおひつがさっき、割れました。

あの

「ぱりん」

と言う音を聞くと、なんだか切なくなるのはなんでだろう・・・

今日お米を食べられない悲しみというのはもちろんあるんだけど、
陶磁器の割れる音には、どうしてか「物を壊してしまった」という『重み』を、
ふかあーく感じるんだよね。

空き缶を踏みつぶしたり、
紙が破けたり、
服に穴をあけたり、

といったときには感じない、罪悪感みたいなのを。

存在感があるってことなのかな・・・。


僕たち「創る」ことが日常な美大生にとって、「壊れる」というのは身近な存在だ。
「形あるものはいずれ壊れる」
という言葉がある。

つまり、
「壊れる」ということは、「形がある」ということ、なんだな・・・。
それってすごく、尊いことだ。


オトギ

目眩と吐き気

FOR WORLD


絵を描いて
物を組み立て
言葉を連ねる


体調不良も浪費も悩みも
何か一つでも誰かに届くなら、それだけですべて報われるから。


オトギ
 

あの日、みていた。

FOR WORLD

夕暮れ時に外に出た。空は美しい色に滲んでいた。
「櫻貝の色だ・・・」と思った。
あるいは、これが「薔薇色」なのかなあとも思った。
潮のかおりをかぎたくなった。


高校のときの先輩が
「空を見てみなよ。きれいな紫色だよ」
と言ってくれた声を思い出した。
あれは高校のいちばんつらいときで、食事もとらずに一日足だけ動かしていた日だった。
 何気ない一言だった。
ぽんと肩にのせられた手は軽く、すぐに離れて行った。
そこから空が見えた。
見たことのないような、鮮やかでたおやかな紫がそこにあった。

 何気ない一言だった。
けれどその一言には、いろんな意味が隠されていたような気がする。
「優しさ」という言葉を聞くとき、僕はいつもその人を思い出す。


空を見てみなよ。きれいな紫色だよ。

オトギ

ちいさな戦い

FOR WORLD

僕の武器とはなんだ?
ということをきちんと心得ておくことが大切だ。

 課題を前にすると、できないことばかりでため息は尽きない。

でも別にできていたことを落としてきたわけじゃない。
それを誤解すると、もう一歩も前に進めなくなる。

 何を大切にしてきた?
この技術を得るための時間は何に使ってきた?
きちんと問いただすと、恥じるのではなく「今」向き合う力がわいてくる。
持っている手札が見えてくる。
できないことは悔しいし恥ずかしい。でもできないものは仕方ない。
できるようにしていこう。


 僕を支えにしてくれる人がたくさんいる。
僕に出会えたことを喜んでくれる人も、僕の幸せを願ってくれる人も。
そばにいてあげることはできないが、とにかく目の前のことと戦おう。
それが唯一、僕に許されている誠意の使い道だ。

 今日も読んでくれて、ありがとう。


オトギ

オアシス

FOR WORLD

 東京に来てから、カフェをさがすのが好きになった。


緑エプロンの某チェーン店のファンなんだけど、
最近は個人経営のカフェにひたっている。

大通りから少し外れると、
(まるで秘密基地みたいに)洒落たお店がなんの前触れもなくあったりして素敵なのだ。


疲れると、ひとりで行く。


 ドアを開き、まず壁を見る。
たいていは、センスのいいんだか悪いんだかわからない絵が飾ってある。
1・2組の先客がいて、人生論を語っていたり、なんともない世間話をささやきあったりしている。
アンティーク調のこだわりを感じる椅子に腰掛けると、
店員のおじさんやおばさんが、
マニュアルをくしゃっと丸めたような話し方でお冷やをもってきてくれる。
珈琲を頼む。
僕はブラックが飲めないので、砂糖をひとさじ入れて珈琲を飲む。
そして「あ、まただ」と思う。
好きだなあと思うカフェにはいつもクラシックがかかっている。
ヴァイオリンやピアノの優雅な音を「すてきだなあ、また聴きたい」と思うんだけど、
お店をでるとすっかりそんなことは忘れてしまう。

 三くちくらい珈琲を飲んだころ、
エスキース帳を開いて、
 ああだめだ、これも違う。
とか思いながら、課題のためのスケッチをする。
それは時々つながらない言葉の羅列になる。
人の話し声がBGMのように遠いところで鳴っている。
ボールペンの素っ気ない黒い線でエスキース帳が埋まっていく。

 そうこうしていると、段々からだの中の毒素がぬけきったようにすっきりする。
気づくと時間は2時間くらい経っている。

 僕は2時間という時間と、おいしい珈琲に350円を払ってお店をあとにする。
カフェに入るとき、どんなに気分が最悪でも、カフェをでるころには笑顔でこう言うことができる。

「ごちそうさまでした。」


オトギ

けだるいだけの朝

FOR WORLD

からだはだるいし、音楽は耳に入ってこないし
天気は悪いし。

コンディションは最悪だけど、なんとか生きていかなくちゃ。


オトギ

NOBODY KNOWS

FOR STUDENTS


僕にとって、
ありとあらゆるものごとは難しい

生産的な目線じゃないなと思う。
しかし、
何が「カワイイ」かとか、収入のための学歴を競い合うようなありふれた日常は、
時としてどうでもよくなる。
そんなことよりも、「カワイイ」という言葉の概念や、
学ぶということの本質的な意味やそこにある情熱を知りたいのだ。
まわりが当たり前のように口にしている甘い甘いお菓子みたいな「常識」ってやつを、
一から値踏みするように眺め、自分の手でふれて確かめたい。

僕にとって、
デザインという学問は、それが許される世界のことだ。


オトギ

謎かけ

FOR WORLD


「デザインがデザインの概念をデザインできていない現代のデザイン」


上の一言で、僕が何を言いたいのか察して頂けるだろうか?

昨夜、通信課の友人が我が家に泊まりにきた。
夜中の3時までずっと話し合っていたときに、いきなり上のような一文が口からでてきた。
クイズのようで面白かったので載せてみる。

伝えられるように噛み砕いて明日書くかもしれないし、書かないかもしれない・・・。


曖昧なイメージが的確な言葉になって口からでてくる瞬間は、
どうしてあんなに清爽とするのだろう。
言葉というのは本当におもしろい。


オトギ

ネバーランド

FOR WORLD
 

 ちょっと子どもの話がしたい。

「子ども」というのは不思議な存在だ。
かつて誰もがそう呼ばれ、無条件に愛され夢見ていたのに、
彼らはいったいどこへいってしまったんだろう。


『大人になるたび大切なものを失ってゆく』


というフレーズを子どものころからよく聞いた。
僕はずっとそうなるまいと思っていた。
ゆずれないものはひとつ残らず持っていきたいと思って生きてきた。

過去に負けるのは悔しい。

誰もが、
目指しているものは常に、目の前にある「今」以上の何かなのに、
なぜ未来に行って「戻りたい」なんて悲しいことを言わなければならないんだろう。と。

 ただ誤解しないでほしい。
僕には大切な過去がたくさんあるし、大切にできる過去をもっている人のことを尊敬もしている。
けれど、過去というのは過ぎ去ってしまった「今」だ。
もうすでに凍り付いた固まりなのだ。
だから「戻りたい」と言うのは、どこか「今」をないがしろにしているようで好きじゃない。

 僕たちはかつて何も知らない子どもで、学ぶ日々を重ねて生きてきた。

 上手に生きるためのすべや、

 人を傷つけないための決まり事を。
 


僕たちは幸福になるために育ってきたのではないのか?


 僕はそうだと信じてる。
できれば、あなたにも目の前の景色にきちんと目をこらしてほしい。
世界は決して、子どものときから色あせてなどいないし、
何か失ったと思うのならそれは大人になったからではない。
あなたが「子ども」や「大人」ではなく「あなた」として掴めばいつだって取り戻せるものなのだ。

 僕は今の自分が人生でいちばん好きだ。
これからもそうでありたいし
できればあなたもそうであってほしい。

オトギ

これを五月の節句に書けたら・・・という後悔があったとかなかったとか・・・

ビューティフル・デイ

FOR WORLD

毎日が楽しいことの連続かというと決してそうではないけど、
奇麗なものをできるだけ多く拾い上げていきたいとは思ってる。

つらいのもきついのも、別に今に始まったことじゃない。
それなら痛いのもしんどいのも笑い飛ばして生きる方が、
ずっと清々しい。

オトギ

ハルカゼ

FOR STUDENTS

 今日は風が強くて驚いた。風の強い日というのは好きだ。
なんだか底知れぬ力のようなものが、お腹の奥から沸き上がってくる感じがして、とてもドラマティックに思う。

 今日、基礎デでは、入学後初めての「課題のプレゼンテーション」があった。
(「プレゼンテーション」と一口に言っても、受験生のあなたにはピンとこないかもしれない。
「アイディアを相手にプレゼントすること」と僕は定義しているので、とりあえずそう思って聞いてほしい。)

 プレゼンテーションをすることで、自分自身が作品について責任をもつことができる。
加えて、見ることで他者の考えにふれることができるので、僕はプレゼンテーションが大好きだ。
そしてそんなプレゼンテーションを終えたときに、ふと

「ああ、ムサビに入ってよかったなあ」
「基礎デに入ってよかったなあ」
と思った。

あえて課題の説明は省くが、頭を使うとても難しい課題だった。
だが並べられた課題作品を見たときに「あー、美しいなあ!」と思った。これはすごいことだ。
課題に対し、できる限り誠実に必死にベストを尽くし、そして同じようにベストを尽くした友人の作品を見、圧倒され、刺激され、悔しがる、ということは、今更ながらとても感動的な行為だ。

 受験生活は毎日ギリギリのところで戦っていた。
そして今も、いや前以上に戦っていると思う。
これはとても幸福なことだ。この場所に立っているからこそ成り立つ幸福だ。

というわけで、

あなたが何を幸福と呼ぶかはわからないが、
もしもこの春、ムサビに入るために戦うことを選ぶ人がいるなら、僕は心からエールを送ろう。

この春の風が、あなたの背中を押してくれますように。


オトギ