September 11, 2008

マイナス思考と少しの希望の教務補助日記



夕食前に、缶ビールを1本、ガーッと飲んでやさぐれる。


追加履修登録って 何それ? 食べれるの?


そんな愚痴を聞いてくれる大人は今日は留守にしていて、家には祖母と私だけ。
夕食を作るために、今日は意地でも定時に帰ってやる、と変に意気込んでて、
それでいてばたばたと忙しい日だったから、つかれちゃった。で、ビール。
久々に飲んだら回る回る。
アルコールが入っているのに、無表情でごはんをかっこむ私に、ばーちゃんはつっこまない。
苦労を知らずにお嬢様でそだった祖母とは、価値観が違いすぎて深い話はできないが、
今日は口を開けば何を言い出すかわからんので黙ってる私、気にしない祖母。これ一応平和。


後期始めのごたごたの中、研究室の先生たちは、疑問点は全部わたしたち教務補助にきいてくる。
聞かれたってわからないわたしたち。かといって問い合わせる先もない板挟み。なんだかなあ。
ひとつひとつ、解決策を模索。五里霧中。教務補助って、こんな仕事だったっけ?

ああ、キーボードを打つ指がとんでもない早さ。今日の日記は少し長めになりそうだ。





私が教務補助を勤めているこの2年半の間、うちの研究室の環境は激変してきた。
授業コマ数の増加。半期制の導入。それによる非常勤講師の急増。
博士後期課程の開設。所属学生数の増加。研究室空室日数の増加。
それで今度は何? 追加履修登録? 去年もあったっけ? 思い出す気力ナッシング。


しかも10年前の研究室名簿を見てびっくり。非常勤講師の人数が、今の1/3なの! 少なっ!
これだけの人数の非常勤講師が、入れ替わり立ち替わり研究室に来て、応対し、
学生もかかえている研究室を、こんな人数の教務補助だけでまわしてる研究室は、正直ウチだけである。
私はわりと自分を卑下する傾向にある人間だが、それでも今、研究室が表向きはふつうにまわってるのは、
私らが優秀だからだろって思っちゃう。来年うちらがいなくなったら、どうなるかわからんぞって。
引き継ぎ準備を既にかなり始めているけれど、それにも限度があるぞって。


冷静に現状をみれる人がいたら、すぐにわかるこのハンパない状況だが、黙殺されているんだなあ。
あのへんのえらい人とかが、気付いてくれ… 気付こうよ… けっこうなもんだよこれ。
ぜったい来年そっちに波及するんだから。しらないよ。


まあ内部的なことならそれでもまだいいけど、美術の業界ってね、情報網がすごいんだ。
どこの美術館や大学のどこそこの研究室はああだこうだ、っていうことって、がーっと広まるのね。
ムサビや、研究室のイメージが、教員や研究者のネットワークによって、悪く広まったら、嫌だよ。
そういうこと、大学はちゃんとわかって考えているのかしら…


しかし、今でこそこんなに偉そうな文言を並べている私だが、
それは今になったから見えてきた事で、昔はやっぱり、たんなるびびりだったもんだ。


私が大学院への進学を決めたのは、向学心に満ちあふれていたからではない。
学部の時、病気をしたのに奇跡的に留年をしなくてすんだおかげで、学部時代に空白の期間があり、
大学生ライフが全然満ち足りないから、引き続き院で埋め合わせしようとしたんだな。
まあ、体調の不安もあってすぐには働く事ができないだろうと思ったのも確かだ。


教務補助になろうって時も、組織の中できちんと自分が働けるのだろうかという不安でいっぱいだった。
バイト経験はあるものの、体を動かす仕事だったり、小さなアットホームな場所だったりしたから。
そんな不安を、先輩教務補助に漏らした。
その先輩教務補助は、留年によって私と同級生になり、学部を卒業してすぐ教務補助になったという人。
その時言われた言葉が、


「みんなにできて、おきなまろさんだけできないなんていうことがあるはずない。
 教務補助の仕事は、そんな構えるようなものじゃないよ。できるよ、絶対に大丈夫。」


私は、その人を全面的に信じることにした。
ふつう、何らかのアドバイスをもらうと、自分の意見も交えて咀嚼して取り込むものだけれど、
その時は、もう自分の思考を入れる余地も作らず、ただ信じようと決意して、切り替えた。

実際、彼の言ったことは正しかった。
私は別にこれといって特別どうとういう人間じゃなかったから、普通に仕事をすることができた。
まあ最初の1年は馴染むのが大変で、ストレスがたまって日曜の早朝に車をかっとばしたりしたけれど、
それはだれでもそういうものだと思うし、次第に慣れてくると、いろんなものが見えるようになった。
あの一言は、忘れられない言葉である。

今になって思えば、学部3年の時に体力回復のために始めた朝の八百屋バイトでは、回復どころか筋肉がつき、
普通は社員さんが作業する、店のメイン商品を置く第1平台の陳列を任されるまでになった。
学部4年から院、教務補助2年目までの間つとめた歯科医院の歯科助手のバイトは、接客もさることながら、
人間相手の医療現場最前線で働いた。口腔外科手術のアシストにつくことも何度もあったし。
「大学病院で助手として通用するよ」と言ってもらえるまでに育てていただいた。
こういった経験は、教務補助の仕事よりもずっと責任が重く、度胸が必要な仕事だから、
これらをこなしていた私が、教務補助の仕事に不安を抱いたってのは、笑えるかな、今となってはね。


だいたい、仕事というものは内容がどうであれ、大変なもの。
私だけが大変なんてことはない。額がどうであれ給料をもらっているのだから、応えなければいけない。
しかしわりと余裕をもって仕事をできるようになって、見えるものも多くなってきた今だからこそ、
細かいことが気になって、よけいなこともいっぱい気になって、でも必要なでかいことも気になって、
めんどうなことですなあ。


ただね、私の仕事って、机上の空論になりがちなんだけど、現場を見る機会もあるのね。
単なる数字で処理していた履修登録者人数も、高速で刷った資料を大教室に配りに行くと、
その1部1部が、1人1人の学生の手にわたるんですね。実感するって、大事だと思う。
機材セッティングのために学生ひしめく講義室に入ると、人がいっぱいいる講義室の、
空気の薄さと炭酸ガス濃度の高さが、身をもって感じられて。(帰り際こっそり空調つけてったりする)
いい環境だ。大事なことだ。


また、ある非常勤の先生が、「複数の大学で教えていますが、ムサビの学生さんと研究室の雰囲気が一番好きで、
後期になるのを楽しみにしていました。またよろしく。」と言って下さった時は本当に嬉しかったし、
何よりも、構内を歩いていると会う学生たちが、「おきなまろさーーん」と手を振ってくれたり
駆け寄ってきてくれたりして、学生たちをとても愛おしいと思えることが、
私の幸せなんだ。


ああやっぱり、私は学校が好きなんだなあ。
なんだかんだ愚痴愚痴しても、やっぱりムサビが好きだから。
好きでやってる仕事だから。



ああ、そろそろ落ち着いて眠くなってきた。今日はゆっくり寝よう。
今週は土曜まで出勤だけれど、土曜はもう、仕事殆どしないことにしよう。
学部時代の友人が、久々にムサビに遊びにくる。
自分のダメなところが全部バレてる友人って、ある意味すごくラクだ。
学生時代の感覚を思い出し、構内を歩いてみよう。

また新しいことが見えるかもしれない。


見落とすな、自分。


okina_maro@hotmail.com

Posted by okina at September 11, 2008 11:59 PM
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