2007年11月11日

アミバのトップを防ぎたかった。

はい。ハガキ職人だった赤岩です。

自分の場合はラジオではなく雑誌だったのですが。
「Fanroad」って雑誌です。
今回のタイトルでわかる方も多いでしょうね…ええ、シュミ特の一番はじめの項目になりたかったのですよ。
ろくにイラストを送ってなかったのに、馬鹿です。


今回はややオタク風味なので、ついてこれそうな人だけ続きをお読みください。

自分がはじめて買ったのは、「最遊記」のシュミ特のときでした。
存在自体は前から知ってたのですが。姉がセーラームーンのシュミ特のときに買ってましたし。
うちはオタク姉弟なのです(笑)。

もともと漫画絵が描きたかった自分は時々イラストを投稿してましたが…描くたびに(下手な故の)恥ずかしさを感じていたので、枚数はかなり少なかったです。絵で載ったのは1枚くらい。
それよりも文章投稿が異様に多かったです。一時期は封筒にはがき大の原稿用紙10枚分とか送ってました。
笑うのが不謹慎なくらい不幸なことが起こっても、FRでネタにすれば昇華させられるくらい懐が広い雑誌だったもんで、それに乗じてネタ探しが毎日の日課になりました。
2003年前後のバックナンバーを見れば、ほぼ毎号のハシラ部分に「赤岩」って名前が載ってるはずです。
恥ずかしいから引っ張り出さなくてもいいですけど(汗)。

中3からきちんと定期購読をしていたのですが、大学に入ってからは書き込みネタの昇華先がムサビ日記にシフトしたこともあり、投稿量は激減しました。
さらに、もともと自分が少年漫画が割と苦手であり、でもFRで少年ジャンプのネタが多いのに気持ちがついていかなくなったこともあり、大学2年あたりでちょっと読むのをやめてしまいました。
…ジャンプが苦手なのに6年間買い続けられたのもすごいですが、自分は「それ以外」の部分を楽しませていただいてたし、
なによりも、「ネタが載った!!」という幸福感がたまらなかったもので。

ただ、「ネタにする」という行為が目的化されて、脇の甘い発言が掲載されて反省することも多かったですが。
しかもムサビ日記でも現在進行中。反省できてない…!

思えば、自分の文章は「推敲を重ねて練り上げる」というよりかは、「ネタを一発当てていく」という感じであることが多い気がします。
それはおそらく、いや明らかにローディスト(ファンロード読者)時代に培われたものだと思うし、その延長線上にムサビ日記があるのだと思います。

それに、自分が表現したものが公に現れるときのうれしさが、美大に行こうと思う動力になったのだと思います。
高校時代には美術関係のことをやっていなかったのに(汗)。

そういえば、FRの美大生の日記漫画を読んでから美術大学への進学を考え出したっけ。
…「彫刻家になる」というには、すっごい不純で、的を得ていない理由だとは思いますが。
結果として(正統派の道ではないとはいえ)美術大学で楽しくやっていけた上で、自分を見つめなおして、進路をきちんと考えられるようになりましたし。

そこにいたるまでの素地を作る土壌になったFRには感謝です。
今度また買ってみようかな?あ、でも部屋がもっと汚くなる(涙)。


いま、自分のアパートの押入れには買いためていたFRのバックナンバーが仕舞われてます。
ダンボール3箱分(汗)。
部屋を片付けたいけど、気持ち的に手放したくないし、でも実家に送ったところでそちらの押入れの容量を削ぐことになるし、どうしたものか考え中です。
マスコットのカモノハシに、片付けの相談相手になってほしい…。



Posted by akaiwa at 2007年11月11日 13:08
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