2011年09月のアーカイブ

彼岸花でつらつら思うこと

今年はやや遅いかなと思っていたけれど
やはりその名の如く出現してきました彼岸花。
ここのこの住んでる辺りでは結構咲いてます。
野辺に咲く炎のような彼岸花。

Dがネットで見つけたようで「これだけ咲くと彼岸花も見事だねえ」と感嘆のセリフ

愛知県の半田市では「童話の村秋まつり〜200万本の彼岸花とごんぎつねのふるさと半田」
のフェアをやってるんですね。

「ごんぎつね」か。

あらゆる童話の中で一番哀しいお話だと思う。
誤解が悲劇を生むという。

ごんが謝罪の気持ちで届けたのは森の秋の実りのもの。
最後のシーンには彼岸花が咲いていたのか。
この赤い花は哀しい色。

新美南吉のお話なら「手袋を買いに」がいいな。
木の葉ではなく本物のお金を払うという「誤魔化さない」行為をきつねがとることによって
人間もきつねとわかってて手袋を売る。
異種の間(この場合人間ときつね)でも信頼を育むことができるというお話。

童話の挿絵に描かれた赤い手袋は何ともあたたかそうで
そのまま読む子どものここのこの心をもあたたかくさせた。

彼岸花でもうひとつ思い出した。
椎名誠のエッセイに書いてあったこと。
「彼岸花の根をすりつぶしておかゆに混ぜて怨みのある人に食べさせる」

毒があるんですよねえ。彼岸花の根には。
この場合は女性が男性にだったと思うけど。

うーんこういう経験はないな。


そしてひとつぶの希望のひかりはKYOTOで

9月16日立命館大国際平和ミュージアム中野ホールでのワークショップは
とてもよかったです。

主に学生さん200名参加者でガルトゥング氏のレクチャーの後は適当にグループを作ってディスカッションという流れ。
「グループディスカッションが盛り上がらない場合はそれとなくサポートして下さいね」
とコーディネーターの先生に言われていたのですが全然必要なし。

10代〜20代でしっかりと自分の考えを話し、人の意見に真剣に耳を傾ける姿勢に
感動を覚えました。いけるかな、まだ日本。
詳細はまた。


朝は近畿地方(和歌山)で地震もあって大阪・京都でも交通ダイヤが乱れていたみたいだった。
夕方からはけっこうひどい雨降り。

お土産は阿闍梨餅とお漬物。
観光はまるでなしだったけど一日にしては密度の濃い京都でありました。

京都に行ったらこれ!というお土産をご存じの方は教えて下さいませ。

ワークショップ

手羽さんが今年のムサタマトークは立命館大学のびわこ・くさつキャンパスで開催て言ってましたね。
経営学部の課目授業のゲストに!っていういきさつはおいおい聞きたいです。

ここのこは明日、金閣寺近くにある方の立命館大学国際平和ミュージアム 1階中野記念ホール
でヨハン・ガルトゥング博士を講師に迎えてのワークショップに参加します。
京都へ行かれたらここの国際平和ミュージアムはお薦めです。

ミリタリーの暴力性をどう減らしていくか?新たな任務は?というテーマです。

参加者全員でのグループディスカッション、うまくいくかな?
(定員200名なんだけど)

大阪芸大のOgacci先生はお忙しくて来れないみたいです。
残念!

今日は早く休もう。明日のために。

at 18:17 | Category : 日常 | Comments (0) | Trackbacks (0)

サンチャゴに雨が降った日

昨日は9・11

南米チリにとってもとても重い意味のある日でした。
1973年自由選挙で選ばれた政権を軍隊が武力で覆したチリ・クーデターのあった日。

「サンチャゴに雨が降る」という暗号が当時意味がよくわからなかった子ども心にも印象に残っています。
軍事政権下では自由を求めるたくさんの人々や芸術家が命を奪われた。
ああいうことは自分の住む国では起こさせたくないな。

アメリカの9・11とチリの9・11は多くのことを考えさせてくれる日です。

昨夜はUstで八木啓代さんたちが歌うビクトル・ハラの歌を聴いたのですが
今日も耳に残ってる。

「サンチャゴに雨が降る」は映画にもなっているのでレンタルでもう一度観てみようかしらん。

映画つながりでこのチリ・クーデターをモチーフにした五木寛之の小説「戒厳令の夜」も
もう一度読んでみようかなと思った。
これはエンターテイメント性抜群のお話。
ナチスに略奪された幻の画家ロペスの作品を守るために全作品が密かに日本に運ばれて、筑豊炭田の廃鉱に隠匿されていて、という美術を愛好する福岡県人だとちょっとくすぐられる設定です。

荒唐無稽なんですがラストが忘れられない。

映画にもなりました。ヒロインは樋口可南子。
今はとってもおかあさん役のはまる女優さんになりました。

余談ですが

NHK朝の連続ドラマ、きちんと観てはないのですが
あの丸山家にいつか白い北海道犬がひょっこりやってきて
家族として暮らし始めるような気がするのは私だけ?とつぶやいたら
「実はそんな気がする」という人がまわりに結構多かったです。

未来は変えられるか?

Dが映画「蜂蜜」が観たいと言っていたのですが
上映している映画館が少なくて、しかも上映回数も少なくなっていて
観に行けず。

急遽ここのこは「未来を生きる君たちへ」にしようではないか?
と提案し、観ることにしました。

スザンネ・ビア監督の作品。本来のタイトルは「復讐」だそうです。
舞台はデンマークとケニア。
ケニアの難民キャンプで医師として活動する父を持つ少年エリアスは
スウェーデン出身で学校でいじめを受けています。
そこへ母をガンで亡くした少年クリスチャンがロンドンから転校してきて
孤独な二人は親しくなっていくという設定。

理不尽な暴力を受けても報復はしない。それは解決にはならないから。
暴力でその場の感情を紛らわせるのはとても愚かなことだと
身を持って子どもたちに教えるエリアスのおとうさんの教育がすごい。

「男ならやられたらやり返せ」ではない。

それは医師として働くアフリカ、ケニアの難民キャンプでのあまりにも悲惨な暴力の実態を
知っているから。

残念ながらおとなへの不信感を抱いてしまっている(社会への憎悪を感じてる)
クリスチャンにはその時はこのことが理解できず非常に無謀な行動に走るのですが
尊敬する父を持つエリアスはその一歩手前で踏みとどめようと勇気ある行動を
起こします。


紛争地で妊婦のお腹を裂いて子どもの性別を賭けの対象にするという
残虐な行為は事実として伝えられている話。
こんな暴力の前で非暴力は本当に力となりえるのか?

重い問いかけです。

でも監督は世界を変えるのも実は自分を変えていくことだ。
愛する人とのつながりを築いていくこと、というメッセージも送ってくれます。
実際デンマークの少年2人は家族にも恵まれていて
この先はきっとやっていけるのではと期待ができます。

一方ケニア、キャンプの絶望的にも見える状況下でも笑って走る無邪気な子どもたち
いつまでも笑顔でいられるようにと思わず祈ってしまう映画ではありました。

機会があればぜひ観てください。
偶然ですが加藤登紀子さんが同じ日に観てたみたいでツイートしてました。


「それでも、生きていく」 リアル篇

今日はすこしマジメなお話を。

報道量はグッと減り、放射性物質の放出量も落ち着いてはいるけれど
依然深刻な状態で原子力発電所の事故は続いています。
放出されたセシウムは広島原爆の168倍という環境の下で何とかやっていかなきゃならなくなりました。
ツライね。

今決められてる食品の「暫定」規制値(セシウムなら舛△燭蝪毅娃哀戰レルというアレ)
「今は緊急事態なのでしょうがないけど一時はこれでガマンしてね」
という意味合いのものです。

放射性ヨウ素とセシウムとウランとプルトニウムその他アルファ核種
を合わせて食べものからの被ばくが最悪で17ミリシーベルトになっちゃうけど緊急事態だからね
許してね。だから「暫定」いずれ変えますという意味。*でも税金で変わってないヤツあるけど
本来は合計で5ミリシーベルトだったのがどっかで?ヨウ素は2ミリそれ以外は各5ミリになったらしい。


実際はウランやプルトニウムはそんなに食品にまんべんなく含まれる状況には
ないと思います。(本当は検出されたら食品としてアウトだと思う)
決められた時はそこまで危惧してたのかもしれません。
測定しづらいという事情もあるのですが。

1年食べ続けたら最悪17ミリシーベルト内部被ばくかも(そりゃアカンがな)
という暫定規制値の見直しの一歩として
8月27日まで食品安全委員会が放射性物質の食品健康影響評価(案)」をパブリック・コメントにかけてました。
この評価(案)は、被ばくを生涯「100ミリシーベルト」までに抑えるという考えに基づくもの。

どうも年々被ばくが少なくなるという希望的観測がベースにあるようで
生涯っていう捉え方も漠然とし過ぎてて本来の放射線から身を守るための規制から外れた感じに
なっているのを否めません。やっぱり1年くらいに区切って規制があるべきだと思います。
できれば続報に関心を持ってて下さい。

実行力のある尊敬する知人が市民測定所を立ち上げ
主に福島県内で採れた食品の汚染度を測定しています。
全般的に今の暫定規制値を超えるものは少ないようです。

むずかしいけれど今後は検出値を表記して市場に出すようになるかもしれません。
それぞれ放射性物質で実効線量係数があるので計算しながら食べるとか。
食事療法のカロリー計算みたいなイメージ。

年齢的に幼い子どもほど放射能の感受性が強いけれど
おとなはには影響しづらくなるので映画のR指定みたいな感じで
18禁の食べものとか。タバコもそうだし。


もうひとつ深刻な問題として汚染されたガレキや焼却灰があります。
降ってきちゃった放射性物質は雨で流されても
結局はたまっていっちゃうので。東京でも問題になってるよね。
環境省はこの埋立て規制値も腺牽娃娃哀戰レルだったものを
「10万ベクレルまで許すね」としちゃいました。
各地で本当にこんなことが行われるのか、見ていかないと。


実は福島から避難されてきた知人の前では
口に出せなかったことがありました。

「福島県外の街でガレキを受け入れるというのはどうなのかな?」
減農薬で農業をしている男性が彼女に訊いたのです。

彼女はその問いに
「拡散させてはいけないと思います。
人が住めなくなり農作物が作れなくなった土地に
とどめておくことだと思います。
そして汚されていない水や空気や土で福島の子どもたちのためにも
安全な食べものをどうぞ作って下さい」

と答えました。

いつもはおだやかな彼女ですが毅然と。
胸が締め付けられる想いがしました。

何とか生きていこうね、と避難先で家族一緒に暮らす決意をかためた
彼女に声を掛けることしかできませんでした。

*「それでも、生きていく」というTVドラマを見続けてるのですが
今の心境にぴたりとしてしょうがないのでタイトルをちょっと借りました。