やるっきゃナイト!

さて。
昨日の夜は何をしていたかというと。
ポルノグラフィティのライブツアー、ロイヤルストレートフラッシュの
追加公演in代々木第一体育館の三日目、に行ってました。
日記がこんな時間に更新されているのはそのせいです。


ライブに行って毎回思うのは、やっぱり人が集まる所に生まれるエネルギーというのはものすごい。
ライブという一つのショウを決行するために、いろんな人が関わって、
そんでその色んな人が関わって作ったショウをいろんな人が見に来て。

びりびりするようなすさまじい音圧のなか、
化粧なんかもうぐっちゃぐちゃでまるで意味をなしていなくて、
汗が背中を伝って、
湿ったジーパンが足にはりついて。
そんな状態で、ジャンピングして、声を張り上げて、手を振って、踊って、歌って、とにかく動いて、
馬鹿になってアホになってお祭り騒ぎでロックンロール。
非常に熱くるしい空間。
暑い、じゃなくて熱い、ね。

すごいのは、ポルノのライブで、アゲハ蝶のコーラスとか観客も一緒になって歌う曲が
いくつか存在するんですが、あれだけの観客の人数が集まるとね、
すさまじい音圧にも負けないんだよ、人間の肉声が。
しっかりコーラスとなって、舞台から発信される音と融合するんだ。
これって、とってもすごい。

最初のMCで、昭仁さんが
「昨日のライブは撮影が入って盛り上がった。んで、明日は最終日。
最終日はなんだかんだで盛り上がるんだよ。だからね、一番重要なのは今日なの、今日。
撮影が入るわけでもなし、最終日でもなし、最終日の、前日!!!
だからね、今日が盛り上がったら成功なんだよ!」って。
それからやるっっきゃ、ないよね??って晴一さんが言って。
やるっきゃ?(晴一) ナイトー!!(客席)
っていう掛け合いになって。
なんだかねー、そこで不意に泣きそうになった。泣いてないけど。
泣く所じゃないって? うん、私もそう思う。むしろ盛り上がる所でしょうよ。笑

実を言うと、この日は部室棟前のベンチでねっころがって昼寝でもしようかと思える程度には疲れてて。
(ベンチにねっころがるとか、あんまりやったことがない)
そのせいかなんなのか、色々もやもやとしたことを考えてて。
大学に入れたけど、こんなんでいいのかなあ、とかなんとか。
例えば金工だったら、金属を叩いてるときはいいんだ、作業そのものに集中してるから。
けれど酸化膜をとるために銅を硫酸につけてて、その待ち時間のふとした瞬間とかに
なんか色々もやもやもやもや考え出しちゃって。うまく言葉にはできないけれど。
現役だし絵もへたくそだし。正直コンプレックスだしっ。
バイトも、はじめたはいいけど失敗しまくりで若干欝モード入ってたし。

なんだか、元気なときはノリと勢いでなんとかいけちゃうだけの体力があるようなのだけれど、
(実際、入試もノリと勢いと勝負勘で何とかした感が否めない)
疲れてるときってその体力がないからか、色々と頭で思考する傾向があるように思う。
疲れてるぐらいが、思考するには丁度いいのかもしれないな。

金工実習を終えて、よく予備校の先生にいわれた「やりきることが大事」
っていうのが、今になってなんとなく解ってきた気がする。
予備校時代は、まぁ作品作りは楽しいことは楽しかったんですが、
「大学入試対策のためにつくる」っていう側面がやっぱりあって、
でも、大学になったらその一面はなくなるから、枠組みがひとつはずれたなかで、
より一層、自分がどういう作品を作りたいのかを明確にしていかなきゃならない。
自分の意志というものを作品にのせる。うつしとる。こめる。
それがまだわかってなかったんだなあ。
作っていて楽しいのもたしかに重要だけれど、それだけじゃ、たりない。

ばら展に行ったとき、母と叔母と一緒に行ったのだけれど、
久しぶりに会った叔母に、なんだか大学生っぽくなったね、と言われた。
そのときはそんなわけあるか!っておもった。
でも、今思えばもしかしたら彼女には見抜かれていたのかもしれないなあ。


そうして、「ギフト」という曲が始まった。
いつになく、新鮮なきもちで聴けた。
それはたぶん、きっと心に迷いがあったからだと思う。
そして、その心の迷いの答えというかヒントというか、
そういうものを「ギフト」の中に見つけられたからなのだと思う。
いままではそうでもなかったけど、ギフトという曲が好きになった。

ギフトだけじゃない。そう、ぜんぶの曲が新鮮だった。演出を含めて。
セットリストは本ツアーのときとほとんど一緒だったのだけれど、ね。
(昨日のライブは本ツアーの追加公演)
いつもは騒いでるだけなのだけれど、昨日のライブはいつになく思考したライブだった。
空間を走る光の帯を、ぼうっと、眺めたりなんかして。
一緒に行った母には「今日はおとなしいね、アンタ」って言われたから、
「疲れてるからだよ」って言っておいた。
照れ隠し?うん、そうだね。そんなところだ。

それから、アンコールで歌われた「ダイアリー 00/08/26」という曲。
その歌詞の中で、彼らはギターのことを夢を描くペン、と言っている。
私たち美大生の場合は、それは鉛筆だろう。
鉛筆一本からつながる、世界。
そうだよ、受験生の人ね、いまあなたがデッサンするために握っている鉛筆。
その鉛筆一本が、いろんな世界につながってるって思うと、ちょっと素敵じゃない?

さて、今日はひさしぶりの丸一日の休みなので、ゆっくり休もうと思う。
たまってた漫画を読もう。
たまってた映画も見よう。
パノラマ島も読もう。
部屋の整理もしよう。

もうこんな時間だけど。
日記書いてたら予想外に時間が経っちゃった。

さ、明日からまたがんばろう。


・・・今読み返したら、なんだか画面が文字で埋まってまっくろで、
きもちわるいなあって思った。笑

投稿者:solegasi : 2009年05月24日 14:23

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某さんのこの日記を読んで いろいろ考えるところがあって ちゃんとそれを書きたい、... [続きを読む]
トラックバック時刻: 2009年05月28日 08:15

コメント: やるっきゃナイト!

一年前の私、一年後の私だよ。
今日はNHKホールでライブだったよ。
知らないでしょ?前から三番目の席が取れただなんて。
ライブの最後から二番目に、ギフトを歌ってくれたことも。

これまたずいぶんと卑屈になってるね。隣の芝が青く見えるんだね。
今の私は、たぶん一年前の私より目の見える範囲や手の届く範囲、そして出来ることが少しかもしれないけれど増えたと思う。

それは、隣の芝生が青く見えるのはたぶん誰しも一緒。
だけど、自分の芝生の世話をするのは自分しかいないから、他の芝生ばかり羨んで見ていたら自分の芝生が枯れちゃうよって。
だから拙いなりにでもいいから可愛がってあげよう。
あのときそう気付くことが出来たからなんじゃないかな。

卑屈になってるとなにも出来ないよ。
それどころか、出来ることすら出来なくなっちゃう。

一年前と今日、同じ原宿の地で、会場こそ違えど同じ曲を聴いている偶然。ギフト。
一年前は上を向くために背中を押してもらった。
そして今日は、上を向けたから前に進むため。

ハルイチさんが以前のライブで、曲を世に送り出すことは宛もなく誰かにお手紙をしたためるようなものだと言っていたけれど、
それはたぶん世に出す物を創作する人、つまり私たちにも向けて言えることだろうね。
だから私も誰かに向けてすてきなお手紙が書けるようになりたいよ。

そんなわけでギフトを聴きながらこれを書いていました。
寝よう、おやすみ。
今日はいい夢が見れそうです。

投稿者 某 : 2010年05月28日 03:04

追記
嬉しかったのでポルノにお手紙かきました

投稿者 某 : 2010年05月28日 03:06

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