卒業式の思い出

私の卒業式当日の思い出を。


謝恩会はクルージングでした。
あ、「謝恩会」とはお世話になった先生方を招いてパーティを開くことでして、簡単に言ってしまえば卒業式後の打ち上げです。ただ、「謝恩会」という言葉の通り、主役は卒業生ではなく先生だってことに気がつかない人もいるみたいですが。

彫刻学科は4年生30名ぐらい、大学院2年生・教授・非常勤講師をいれても60人ぐらいなので小さな船を貸しきってやりました。それにしても油絵や工デなんかだと一体何人になるんだろう。200人ぐらいになっちゃうのかな?幹事さんも相当大変でしょうね。


さ、出航。ボン・ヴォヤージュ!
いやー、海はいいねー。あ、海ばかり見ててもなんですからそろそろ乾杯しますか。みんなグラス持った?・・・そっちビール?シャンパン?
でもなんか足りない感じがするのは自分だけ?あ、君もそう思ってた?一体なんだろうね・・・・・・。えーと・・・えーと・・・・。


はっ。




主任教授が乗ってない!!!


あわてて船から港に無線で連絡してもらうと(携帯を持ってる人がほとんどいなかった)、出航5分後ぐらいに主任教授が到着したそうです。

えーと・・・・えーと・・・・・・・ま、いいか。がははは。
そんなことで反省するような彫刻学科ではありません。引き返すようなバカなこともやりません。前に突き進むだけなのだ。僕らの未来はあの水平線の向こうにあるのだ!ボン・ヴォヤージュ!


さんざん飲んで騒いで2時間後港に戻ってきたら、主任教授が寂しそうに港で手を振って迎えてくれました。あの姿はいまだに忘れられません。


謝恩会とはお世話になった先生を(以下略)


来年卒業する皆さん!クルージング系はムサビタイムに気をつけようね!ボン・ヴォヤージュ!




音量子さんは湘南方面でオイタをされり、鈴嵐さんは国分寺で飲み明かしたそうですが、私達は銀座→新宿で2次会・3次会・4次会・5次会・6次会とさんざん飲んで、始発で小平に帰りました。人数が少ないから途中で抜けようにも抜けられないんです(笑)ほぼ全員最後まで残ってました。
もうあの体力がないことを先日のオフ会で判明・・・。若いって素晴らしい。


だいたいの人は東京に残ることがわかってたんだけど、数日後には九州に帰って先生になる人や備前焼の修行に入る人も中にはいて、いつまでもホームで立ち話をしたっけ。

投稿者:ichiro : 2007年03月18日 04:30

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