地震のこと

みなさん無事ですか?
私はさっきやっと、TVでニュースを見始めました。

まだ悪い夢を見ているみたいで
今日が何曜日で今が何時なのかもわからない。

見始めたばかりなので
原発も津波もあまり把握できてません。
頭がついていけてない。

これが本当に現実なのか。




11日はというと
多摩美の環境の卒展を見るべく
原宿にいました。

4年前浪人時代を共にした
SちゃんとMちゃんを誘っていきました。

結構突然誘ったのに
いま考えると3人の予定がばっちり空いてて
今日一緒に出かけることになったのは結構奇跡。


原宿に11:00集合。

Sちゃんだけ
寝坊と集合場所間違えで遅刻。

12:00ごろ、3人で原宿クエストホールへ。


一通り見て、
出展者で同じ予備校だった友人には会えずで
「なーんだ」って感じで
タマ環の人が出してくれたウーロン茶を飲みながら
14:30くらいまでクエストのソファーで思い出話。


このあとの予定は全くのNOプランだったので
パフェ食べたい!とか言いながら
Sちゃんの新しいアンドロイドで検索。

とりあえず歩いて探そう、と外に出ると
軽いお天気雨でした。

虹が出るかも!と
空を見ながら表参道を歩きました。


ラフォーレの近くの
安い食器が売ってる店に寄りたかったけど
荷物になるので帰りに寄ることにしました。


道路の向こう側に
気になるカフェを見つけて渡ろうとしたとき

地震が起きました。

最初は
トラックかなんかの震動かとも思ったけど
違いました。


目の前はガラス張りのビルだったけど
身の回りではただ揺れただけで
なんの被害もなさそうだった。

この時点でメールがもう通じなくなり、
ケータイの待ち受けに流れるニュースは
依然としてどうでもいいニュースだけだった。


欧米人カップルが恐怖におびえていた。


しばらく外にいて
周りの人が「震度5だって」と噂するのを聞き、

もう一回くるかも、と
表参道駅方面へすこし歩きました。

大きな交差点に差し掛かったときに
次の大きな揺れ。


今日はみんなに会うから、と思って
カメラを持って行くか、ぎりぎりまで迷っていたのだけど
結局持ってこなかったことを後悔。

このあと何が起きるのかわからないけど
写真で生きて行こう、と決めたのに
こんなときに何もできない、ということと、
家に大事なカメラを不安定なところに置いてきてしまったかも、
両方が後悔。

ケータイのムービーで撮った映像をさっきパソコンで見ましたが、
画素が粗すぎて、自分たちの焦ってる声しかわかりませんでした。



どこへ行けば安全なのか全くわからず
でも代々木公園にいけば安全なのでは?と思いつき、向かいました。

途中でヒルズのトイレに寄りましたが
出てきたときに「入館が禁止となります」のアナウンス。
ぎりぎりセーフ。


原宿に詳しくない二人を先導して代々木公園へ。

写真学校の実習とかでこの辺にはよく来ていたのでよかった。
ちょっと前の私だったら知らなかったよ。このへんのこと。


代々木公園には
目の前の体育館とか競技場から来た人もいっぱいで
みんなが中央広場を目指してた。

はやくそっちにいきたかったが
Mちゃんが「なにか買おう」と言うので
入り口の売店に並んで、お菓子とティッシュを買った。
このときのティッシュが、
ペーパーのない公園のトイレにとても役立った!
ティッシュ侮れない。

公園に着いたものの、
屋根なくて寒いしなにもないし暗くなってきたし
安全だとはいえここに居続けるのは無理。

原宿駅に戻ると
駅のテレビでニュースが流れていて
信じられない光景が流れていた。
また余震が来て、みんな構内から追い出され、
原宿駅にはついにシャッターが下ろされた。

なんとかなると思ってたけど
このときの絶望感はいままでにない。


駅前はどの店も閉まり始め、
また公園に戻った。

都会にいれば大丈夫となんとなく思ってたけど
全部しまっちゃうんだ。
電気も水も止まってないのに、
トイレさえ不自由だなんて、、、!





それから
大人が、代々木方面にむかっていっぱい歩いてゆくので
ついて行くことにしました。

Sちゃんが声をかけてくれて明らかになったのは
みんな多摩方面に歩いて帰る人の波だった。

途中、クーザやってる通りの前に出てた出店で
お好み焼きを買った。
こんなときに商売してくれてありがとう。おじちゃん。

ビニール袋に入れてもらって持ち歩いて、
半分だけ食べた。
次のご飯がいつになるかはわからなかったから。

展示見たあとに早めの夕飯にするつもりでいたからおなかはすいていたが
Mちゃんが言ってくれなかったら食料調達なんて忘れてた。きっと。


「帰る?」「どこに?」
鎌倉も鷹の台も遠かった。
どっちに帰っても安全かはわからなかったし、
もう既に夜。

公衆電話に並んで
お母さんとやっと連絡を取った。
鎌倉はとりあえず大丈夫ぽい。

外苑前にあるお父さんの会社に行こうと考えたが
いないかもしれないし、会社の建物はボロそうだったし
連絡も取れず、で
私たちはまた歩き始めた。 (あとで無事と判明)



交番の人に相談して
湘南まで帰るのは無理、と言われた。

3人の住んでるところはバラバラだったし
今日はどこか泊まれる場所を探そうということに。


「NHKホールに行こう!」というSちゃん先導でホールに行ったものの
入れてはくれなかった。
またトイレに行きたくなってきたので
危険かもしれないけど渋谷方面に行ってみることに。

コンビニは食べ物がほとんど売り切れてた。
電池で動くケータイ充電器と、電池を4本、ティッシュを2箱とお菓子を買った。
区役所の近くのトイレはキレイで
ちょっと元気を取り戻した。


「桑沢に行ってみようよ」と私が提案。
唯一の桑沢受験者だった私の先導で桑沢デザイン研究所へ。
そのときで20:00。ビルには21:00まで、と書いてあったけど
藝大生。多摩美生、武蔵美生、の私たちなら
屋根くらい貸してくれるかもしれない、という自信があった。
何があっても、公園とか公衆トイレに泊まるよりはきっとマシ! なはず。


受付に行くと、
外部の人の受け入れは特にしてなかったみたいなのに
こころよく受け入れてくれた。
TVのある部屋、食べ物、暖かいお茶を用意してくれて
固定電話も貸してくれた。
結局身分は明かさず(前に受けたことがある、とだけしか)終いになってしまったが
見ず知らずの私たちを暖かく迎えてくれた。

このビルが安全なのかは分からなかったけど
屋根、暖かい場所、きれいなトイレに出会えて、なんて天国。

そしてなんと驚きだったのが
案内された部屋に、偶然、ここで展示をやっていたという造形生が何人かいて、
予備校時代一緒だった、Sくんがそこにいたのです!!

私とかはほとんど忘れられてたけど
今日初めて知ってる人に会えた安堵感。
しかもSくんは、Sちゃんのお気に入りだった相手なのだ!
(今考えると、奇跡的すぎて笑える)



その晩、うちらはコートも着たままじっと座ってたけど
みんなといたからあまり怖くなかった。
笑って過ごせてた。
Sちゃんのワンセグで見たニュースも嘘みたいだった。
TVの無い部屋に移動してきたのは、なんとなく正解だった。
30分くらい寝たかな。よく覚えてません。




考えると奇跡続き。

時間通りに集合してたら、変なとこにいたかもしれない。
集合時間もナイス。
Sちゃん待ちで、サンマルクカフェに寄って軽く腹ごしらえしたのも。
晴れてたのにちゃんと冬の格好で行ったことも。
クエストのEVとかに閉じ込めらてた危険もあった。
虹を探してなかったら、どこかの室内にもう入ってた。
表参道だったのも道の広さとか、建物の新しさを考えるとよかった。
パフェ食べてたら寒くておなかも壊してた可能性。
トイレが近くなってた可能性。
どっかの店内で危険にさらされてた可能性。
地下の食器屋に入ってた可能性。
表参道ヒルズのトイレに入ったタイミング、
公園の売店に駆け込んだタイミング、(夕方で閉まった)
優しかった桑沢の人、
ポケットティッシュと食べ物を買ってくれたMちゃん、
行き先を決めてくれたり、人に聞いてくれたりしたSちゃん、
ちょっとだけこの辺の地理に長けてた私。
桑沢にいたSくん。笑。



なにより、
この日を一人で迎えなかったのが一番の奇跡。
一人で原宿とか来てたら、どれもきっとかなわなかったし
電車に乗ってた可能性もある。
考えただけで怖すぎる。
苦しい時期を一緒に過ごしたこの3人組は
精神的にも最強過ぎた。




あしたのTOEICが中止になったことをさっきYahooメールで知りました。
見つからなかった教本も、勉強しなかったもラッキー。
気づかず行かなくてラッキー。
そりゃ入試じゃないんだから、やらなくても平気だよね。

中央線が全然動いてなかったりで停車中も眠さ爆発で、
かっくんかっくんしながらも武蔵小金井停車中、ドア開閉係にされて大変だったけど(初めて押したぜ!)
一回帰って制服をとってきて、3時間遅れでバイトに行って1時間半だけ出て、
歯医者行って、
コンビニ寄って帰って
さっきの緊急地震速報の音で眠りから覚めました。

昨日から何度も聞いてる音だったけど
ひとりだとなんと心細いことか。
ただのアラームでも結構ビビるのに。

帰ってきた自室はもともと汚かったこともあるけど
レンジの上に置いてたお茶のパックが落ちてたくらいで
全然平気でした。なぜ?笑
モノが多すぎで揺れても移動しないのかも??

パソコン、これからは固定しとこうかなと最近思った矢先でしたが
首がちょっと傾いてただけで済みました。
落下とかしてなくてよかった。




学校は食堂が開放されてたみたいだけど、
自室にいたら、学校に避難とかもしてたかどうかも怪しい。
近くに住んでる友達がみんな学校に行ってるわけじゃなさそうだったし、
インターネットとかもつながるんだったら家にいたかも。

いろいろが信じられなくて実は夢なんじゃないか、って思う
実際、こうゆう夢は時々見る。


前日友達の家に泊まったこともあって
ケータイの充電60%で出かけたのは危なかった。
電池じゃ全然チャージされないから
twitterは動いてても、

閲覧する電力が無い。

単三4本があっという間に無くなった。
スカイプも使えたみたいですが、普通のauケータイはメールも数時間遅れ。
センター問い合わせしないと届かないからさらに消耗。
神戸の弟からも着信が入ってたけど、返事のメールは届いたかな。

今日、持ち歩く用の充電器(コンセントからのやつ)と
単三、単四の電池のセットを買いました。


天候も含め、今回私はすべて奇跡的だった。

15年以上前から言われてる東海沖地震。
これは完全に人ごとではないから。

一人は心細い。
ああもうこれから大丈夫かなあ。。。!




それにしても
桑沢デザイン研究所の方々には
本当にお世話になりました。
感謝の気持ちはいっぱいです。
バイトに行くべく早朝にそそくさと出てきてしまったので
ちゃんと挨拶できなくてごめんなさい。

適当な都立校とかに行かなくて
ここに行けたのはほんとよかった。
壁の絵の具のあととかも
学校は違えど仲間って感じがして安心しました。

投稿者:colours : 2011年03月13日 02:57

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