受験の思い出5

手羽の受験の思い出5(本当に最終回)

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後は合格発表を待つだけです。口では「今年は記念受験で来年勝負っすよ」と言ってはいましたが、やっぱり合格できたらうれしいもので、ドキドキしながら発表日までを過ごしてました。この時期に描いた絵が一番酷かったですね。心理状態と絵って大きく関係するものなんです。形がとれなかったり、調子がうまくかけなかったり。習いだした頃の絵に戻ってました。平常心を装ってもダメなものはダメ(笑)


いよいよ合格発表当日。
当時はWEB合発なんてものはもちろんありませんから、一番早く結果を知るには大学の掲示板しかありません。ムサビ彫刻を一緒に受けた浪人生のヨコタさん・・・通称ヨコちゃん。研究所のリーダー・・・・が東京に残って、ムサビの結果を知らせてくれる手はずに。


そして発表時間から30分が経ち。
携帯電話なんてものもその頃はなく、研究所の電話が鳴りました。もちろん彼からの電話です。私が電話を取る役に任命されていました。


「も、もしもし、●●絵画研究所です」

いわゆる、総理大臣から「あなたに○○大臣をお願いします」とかかってくる瞬間というか、作家に「芥川賞に決まりました」と電話がかかってくる瞬間というか、レベルは違うけどそんな感じです。

「あ、手羽?オレ、ヨコタ」
「手羽っす。チース」
「公衆電話を探してて時間がかかっちゃったよ。しかもいっぱい人が並んでるし」
「お疲れっす。・・・・」
「いやー、大変だった。・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

こっちから『どうでした?』と聞きにくいものです。でも、ヨコちゃんがきりだしてくれました。

「手羽、受かってるよ。ムサビ彫刻」
「えっ、マ、マジっすか?!?!補欠とかじゃなくて?!」
「受かってる受かってる。●●と●●も受かってるから3人合格だよ。すごいよ。現役はお前だけだよ」
私達の研究所からはムサビ彫刻を6名受験してたので、50%の合格率。よかったよかった・・・・・・・・・・ん?


「・・・・・って、ヨコちゃんは?」
「あ、オレ、落ちた」


もし私が超能力者なら、空中に「ガーン!」という塊を発生させたぐらいのショックでした。


研究所で一番デッサンがうまく、頑張り屋さんだったヨコちゃんが落ちたショック。直前模試でも学科は一番良かったので、誰も彼が落ちるとは思っていませんでした。女性陣はみんな泣いてました。それくらい研究所内ではショックだったのです。そして私は不合格だった人に合格の連絡をもらうという、田舎の高校生では今まで経験したことないような罪悪感を味わったショックも。
あまりのショックで彼が田舎に戻ってくるまでの3日間ぐらいは何をやったか全然覚えていません。
ヨコちゃんが帰ってくると、またみんなで泣きました。さすがに彼の顔をみたら私も泣きました。


でも、何もやらないわけにはいかないので、私は3月入ってすぐに一人で再上京して、アパート探しをスタート。実はこれが一番お金がかかりました。往復の飛行機代+食費+宿泊代+敷金2・礼金2なんですよね。
合格された皆さんは受験時とは違う忙しさと出費が3月に入ってから急にやってきますのでその覚悟を。


私は、このヨコちゃんの件があるので、受験は最終的に運と縁だと思っています。実力だけでは解決できない世界が受験にはあります。でも、その縁を大事にしてみてください。第1志望学科に落ちて第2志望学科に受かったなら、そんなに落胆せずにそれも何かの縁だと思ってみるのもいいことだと思います。

終わり。

え?で、ヨコちゃんのその後ですか?


結局ヨコちゃんはタマビに無事入学しました。彼の自慢は「ラーメンズと同時期にタマビにいた」ことです。めでたしめでたし。


次週より驚愕の新展開、「手羽のムサビ思い出日記スプラッシュスター」がスタートします。
(えっ?!)

投稿者:ichiro : 2006年02月26日 05:51

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コメント: 受験の思い出5

新展開に期待。

投稿者 tamapi : 2008年08月11日 06:10