カテゴリー:徒然。。

3年生

お久しぶりです。
先輩方、遅れましたが、ご卒業おめでとうございまう!←わざと

そしてムサビに通うことが決まった新入生の方々、おめでとうございまう!←だからわざと


そして気付けば。。。。ムサビに入って折り返し地点に来ているではないか!?

泣きたい。とにかく泣きたい。
後悔もなにも、泣きたい・・・・・・そんな複雑のようで単純な心境です。


そして長い長い休暇も終わり、コンペに参加したり、展示したり、アトリエにこもって制作したり・・
とても美大生らしく、この長い長い長い休みを過ごし・・・・・・・

て、いない!!!!!!!

な、なにも生み出せていない!!!!!!!!!


!?


おまえ!こんなに長い休みだったんだぜ!?


この絶好の機会に自分の作品1つ残せていないなんて・・・・・

美大生じゃないやーーーーーーーーーーーーーーーい!!!!!!!!

と、まぁ何をしていたんだろう・・・・・(遠い目)


し、しかし言い訳がましく聞こえるかもしれないけれど
少なからず、「自己表現」という意味では一応作品づくりしていた部類に入るとゆーか・・・


いや、「だから何を?」と訪ねられても言えないんですけどね。(汗)


なにせ企業秘密なもので・・・・・・・・・・・・(遠い目)

そしてこの長期休暇「自分は美大生だ」という自覚を消去しきっていたため
4月になって春休みの課題に全く手をつけていないことにようやく焦りを感じ始めた、というこの様。
私の人生経験上、簡単予想できる範囲内のこと。そう、課題や宿題を期限の1ヶ月、いや1週間、そう1日前に終わっていることなんてなかった。

やっぱりわたしはわたしなのだ。

そしてこの迫り来る「徹夜」という文字に追い討ちをかける「花粉症」っぽいような「風邪」っぽいよーな微妙な体調不良。
この時期に狙ったとしか思えない。更にヤル気がなくなるではないか・・・・


と、いうことでそろそろ頭を切り替えようと思います。
とりあえず、ムサビまでのチャリルートは覚えてる・・・・・はずです。

勘違い

仕事で知り合った年上の方々と話をするとき。
たとえばバイト先でも。

彼らはなにかと自分の実績と資産やプライドについて延々と語る。

そろそろ免疫がついたのか、まとも聞いてちゃ大人ニキビが後を絶たないので

「へぇ〜!」

「すごいですねー!」

「かっこいーい!」

「なるほどー!」


と言ったオーバーリアクションなこの4つの言葉で1時間は会話が成立すると思う。
会話とは呼べないか・・・ 彼らは話を聞いてもらって満足そうである。

こういった人々は自分がいかに社会的地位が高いか、アピールすることで自分を高めているのか、満足しているのか

はたまた「自分」を肯定するために誰かに認めてもらいたい。「スゴーイ!」と言ってもらい、「やっぱり俺はすごいんだ」と再確認したいのか、拝まれたいのか・・・・・・・・・・・・

ただ、こうゆうタイプの人にアプローチされると非常に面倒で
「年上で仕事ができる男」→「勘違い男」へと変わっていく


生憎、可愛い女なんて演じる気力もない私は
「好きなタイプは?」と聞かれ、正反対のタイプを述べる。

全く、どっちが勘違いなんだか・・・・・・

喜怒哀楽といろは

最近、言葉だけでは自分の感情を表現することができなくなった。
はじめは自分のボキャブラリーが少ないせいなのかと思ったけれど、(もちろんそれもある・・)そうではないらしい。

誰かさんに指摘された通り、今の私は顔の表情や声の調子の変化、頬の筋肉の運動とかが足りない。
例えば、怒りに似たような感情・・・怒りを通り越した呆れだったり、無の感情。
これを伝えたくても、言葉が思いつかない。そして考えているうちにどんどん気難しい顔になる。自分では精一杯相手に伝えたいことを探索しているのだが、相手から見ると私はただ怒っているのだ。

こうゆうとき、無理してでも笑っていられる人は大人なのかもしれない。が、まだまだ未熟な小娘である。
最後には感情や考えが相手に伝わらないことに憤りを感じる始末である。訓練が大切だ。
しかも素顔が怖そうに見られる(伏し目がちなので)ため人より余計に愛想の良い表情は難しい気がする。

それはさておき、私はどうしても「強い人間」になりたいようだ。つまり弱いという裏返し、、
昔は「泣かない人」が強い人だと思っていた。幼稚園小学校くらいから。泣きたい感情を堪えて我慢する人がカッコ良く見えたからだ。

だけど高校生になり、だんだんと自分が人前で泣く事ができなくなったことに気付いてしまった。
体育祭の応援団の打ち上げで、すごく楽しかったし頑張ったから私もみんなと一緒に泣きたかった。みんなの前で「ありがとうございました」と涙混じりで笑う友達がとても素敵に見えたのだ。残念なことに応援団の中で私だけが泣けなかった、という虚しい記憶がある。そもそも「よし、今日は泣くぞ」と思うことが間違っているだろうが・・ 素直に泣きたい、私の正直な気持ちをみんなに見てもらいたいと思っても心のどこかでそれを阻止してしまっているのだ。


一時期は「素直に泣けない事」が私の悩みの種ではあったが、今になるとそう悩まなくなった。
とゆうのは、本当に強い人は「泣かない人」じゃないとわかったからだ。今の新たな目標は「笑顔が耐えない人」である。(愛想笑いではなく本心からの笑顔)
いつの間にか必要最低限しか笑わなくなってしまい、精神的に老けてしまった。そう、日々潤いがなければ笑いも起きぬと思うが、だからといっていつも笑顔のステキな人は潤いのある生活をしているとは限らない。「自分から楽しくしようとする」ことで笑顔になる。

ハングリー精神とか、アグレッシヴにイケ!とか、自分から意欲的ならなければ何も変わらない。
自分から何もしないから、周りからの刺激も無い。日々活気がないことを環境のせいにする。その繰り返し。
まずは今からできること、自分から笑うことでどれだけのことが変わるだろう。
友達も増えて、交遊関係も活発になり、バイトの接客でも評価を得るかもしれない。買い物をすれば「お嬢ちゃん、笑顔が可愛いからお安くするよ」と少し有頂天になったり、教授に「君の笑顔は素敵だね」と褒められ、弟子にしてくれるかもしれない。(世の中そんなに甘くないよ)憧れのあの人に「気味の笑顔に乾杯」と声をかけられ交際がスタートするかもしれない。最後にはムサビ中の猫がこの笑顔のオーラに誘われ「猫使い」とか呼ばれるかもしれない。ここまでは望んでいない、が、きっといいことが起こる気がする。素直な表情って、すごく大切だ。

輪廻の記憶

「あたしたち仲良いじゃない。それって、前世でも何か関わりがあったから出会ったのよ。」

という話をたまに聞く。
それなら今の友達が戦友だったり、母が弟だったり、高校時代に嫌いだった先生が自分の家来だったり、私を泣かせるバイトの店長と恋人同士だったり、ひょっとして親友に殺されたりもしたかもしれない。なかなか面白い話だ。
中央線でそんなことばかり考えていた。過去を辿って辿って辿って・・・・・・・始まりはどこからだろう。
ネアンデルタール人とか、ホモサピエンスのころの私たちの前世が同じ木の実を取ろうとして出会ったのかもしれない。人類に限定されないのだろうか。鳥だった時代に空中でぶつかった出会いなのかもしれない。ふぅん。面白い。

学内でも、同じ人ばかりに会う事が多い。彼の名前も知らないのだが、あまりに何度も合うのでよっぽど縁がないか。そろそろ話しかけた方がいいのか。その勇気と行動次第で来世の人間関係が決まると思うとちょっと緊張してしまう。あれ?だけど前世で縁が合った人と出会ってゆくなら現世で無理する事ないのかしら。・・・いんや、そんなはずない。まぁいっか。


そんなことを考えてると駅に着いた。相変わらず人が多い。背広を着て颯爽と駆けゆくサラリーマン。足の太いミニスカの女子高生。腰の曲がったお婆さん。自分には関わりがないと避けて生きてきた気がする。
そうか・・来世の自分を決めるのは今の自分だ。


継続は力なり。

何事も続ける事が大切だ。だけど時には何かを捨てて成長する事もある。だけど何かを捨てるだけではダメで、そのまた一歩上のモノを掴んで成長するのだろう。

今日バイトを辞めた。といっても、明日からまた新たなバイトをするのだけども・・


今のバイト先で「バイト辞めたい〜〜」っと言ってた友達が沢山いたんだけれど、みんな辞められないらしい。
その理由は「言えないから」。そう、ずっと続けていると店長に「辞める」と非常に言いにくいらしい。あとは、辞めたい気持ちに反して出る「愛着」だ。幸い私はまだ4ヶ月しか働いてなかったし、大きな仕事を覚える前だったので「辞めます」と率直に言えた。


「また彼氏と喧嘩したんだよね〜」といつも言ってる友達もその一人だ。言い出せない一人。
1年以上付き合ってて、いつも彼氏の我が儘に振り回され喧嘩している彼女に、ふと「もっといい人いるんじゃない?別れたら〜?」と言ってみた。(余計なお世話だ。笑)
すると彼女は「そうなんだよね〜、、いつもすごく嫌になるんだけどさぁ、バイト辞められないのと一緒で、曖昧なまま結局続いてるんだよねぇ。。」と笑いながら言った。

そいわれてみると、バイトと恋愛は似てる気がする。
バイトなんて、嫌だったら1日、1週間、3ヶ月で簡単に辞める事ができるし、恋愛だって、こっちの熱が冷めてしまえばそのくらいで「恋人」という関係を一方的かもしれないが絶つ事ができる。
だからって、バイトが長続きしない人が、恋愛でも長続きしない、と言ってる訳ではないけれども。どこかリンクしている気もする。
例えば「時給が悪いバイト。」、「約束を守れない彼氏。」。
「時給悪いからやーめよ!」、「約束守れない人なんてイヤ!別れよーと!」

そこで辞めてしまえば得る物はない。

だけどもっと我慢してみて、しばらく働いてみる。しばらく付き合ってみる。
そしたら「時給は悪いけど楽しいバイト」、「約束を守れないけれど嘘をつかない彼氏」という風にいいところが見えてくるかもしれない。何事も続けてみないと意味をなさないのだろう。

その関係を継続して、沢山の経験を積み、成長できたらそれは良し。
そのままその関係を持続させもっともっと学べたらそれはそれで良い。

あるいは、いい意味(何かを学んで)でその関係を捨て、自分のステップアップのために他のバイトを見つけても良い。新しい恋人をつくってもいい。ただ、その間(関係を捨て、新たな関係を築く間)、には「愛着」とか「未練」とか様々な感情が渦巻くだろう。そこで二つの道に別れる。

そこからを極端に言えば、ひとつのことに熱中できるか、途中で辞めて新たな事に挑戦するか。
どちらにもメリット、デメリットはあり成長することができるはずだ。


ただ、「辞める」「別れる」と率直に言える私にとっては、それらを「言えない」で続けられることが出来る人を少し羨ましく思う。


呪いとか、浚われることに憧れる年頃。

先日、講義の一貫で朝から東京国立博物館に行って来ました。
メインは江戸時代初期から後期にかけての着物の歴史と、特徴の変化を探る・・・というもの。
美大生のくせに、こっちに来てから美術館に行くのは初めてで自己満足を覚えつつ涼しい上野公園を歩く。途中にある国立科学博物館の前で足を止める。

「ミイラと古代エジプト展」


いやぁ、行くしかない。エジプト好きの私にはたまらない!ただ、漫画「王家の紋章」がキッカケでエジプトの魅力に取り憑かれたことはさておき。

国立博物館に到着しても、エジプト展への期待のせいか何故かフラフラと「仏像展」への大きな矢印についていき気付いたら仏像展の中にいました。
慌てて先生たちのいる本館に行きました。

「この、かんざし 何でできてるの?」

「べっこうだよーー」

「じゃぁ、食べれるんだーー!」

その後の友達の絶句の表情は忘れられません。きっとエジプト展以外、全てがどーでも良かったんです。まさか、べっこう=べっこう飴だと思っていたなんてことは・・決して・・・ありませんよ・・・・

着物を見終わり、公園で昼食をとっていると通りすがりのおばさんが仏像展の良さについて語り始めました。
「ここのはね〜〜すごいのよ〜〜!ほんっとにね〜見応えがあるんだから〜〜!いろぉ〜〜んなとこから仏像が集まっててね〜〜、もぉ〜1時間かけてしっかり観てちょうだい!京都だけじゃないの〜!○○県(忘れた)の仏像もあるんだからぁ〜〜〜!」せっかくなので、観に行く事に。

仏像展に入り、15分後にショップに到着した私たち。うん。観たよ。すごかったよ、ただ、ね、うん、個人的に仏像に興味を持てなかった・・というか、むしろ休日の人の多さ。仏像を輝かしい瞳で拝む人々を観察したい気分だった。仏教徒にはたまらないはず。ちなみに中高カトリックだった私はキリスト教精神?を埋め込まれているので像を拝むことに免疫がないためかあまり興味を持てなかった。けれど、あの大きくたくましい仏像が1本の木から作られてる、何か力を持っているようなところに惹かれました。
それでも足を止めずすぐゴールした理由は、頭の中がもうエジプトミラエジプトピラミッドミイラミイラエジプトナイル川エジプトで一杯だったからです。

心赴くままに国立科学博物館に入りました。
なぜ、ムサビは割引される大学の一覧に入っていないのでしょう・・・藝大は入ってるのに。。。
「美大生なんです!」と主張してみたけれど、結局一般料金でした。だけどめげない!ミイラが私を呼んでいる!


そわそわ・・・
ミイラが見れるんだーーー!


3Dシネマに入る。
「これから〜みんなでバーチャルミイラの真相を解き明かす旅に出よう〜〜〜」

わぁーーーー!バーチャルミイラーー!バーチャルミイラーー・・・ バーチャル・・・


バーチャル!????????!?


とても充実した1日でした。それにしてもやっぱりエジプトが好き。あの感じ。こう、まだ誰も知らない何かがあの広い砂漠に埋まってる感じ。王家の谷の呪い。ぜひ呪って欲しい。死後再生のための様々な儀式。ミイラ。この機会にヒエログリフを学ぼうか・・

ぜひ、人の少ない平日に・・・ エジプト(展)を満喫しに行ってみては?

あたたかい秋

先日ムサビ日記に口内炎の話を書いたところ・・・

地元に住んでる親友からチョコラBBが届きました! もう大感動です。。。

声を大にして「親友」って呼び合える友達は生涯にほんの数人、いや1人でもいたら幸せだと思った。


忙しい中、そんな親友の心使いに悩みも疲れもフッ飛んだ。ありがとう。

Compulsory Education

「義務教育」でいちばん大切なのは、何だか知ってますか。

文字を習うこと?     違う。

計算ができること?    違う。


朝から夕方まで、固い椅子に腰かけ、机に向かい、意味がさっぱりわからなくても、先生の言うことを、文句も言わずじっと聞くことがいちばん大切なのである。

何の疑いも持たずに、半日、ただ椅子に座り続けるような、従順でおバカな人間を作ること、それが、「義務教育」の目的だったのである。

と、週刊現代、高橋源一郎さんの文章の中にありました。
これは教育学の授業で使われたプリントで読んだのですが、なんだか衝撃を受けました。

この考えの背景には戦争、国家団結など様々が絡んでいますが 長いので省略することにして。

ちなみに「義務教育」はもともと英語で”Compulsory Education”といって、「強迫教育」と翻訳されていたらしい。

それにしてもここの部分、中学生の頃見てたらグレてたかもなぁ。


探し物はなんですか?

東京に来て、沢山のものを得て、沢山のものを失いました。

気付いたら・・

きっと大学1年生なんてすぐ終わって、「就活〜〜!」なんて騒いでるんだろうな。

私たちにはまだまだ先、どうゆう仕事に就いてどうゆう人生を送るかわからないけれど、
高校時代の同級生が「結婚するらしい。」とゆう話を聞いて鳥肌が立った。

それが「出来ちゃった結婚」なら、「あぁ、そっちか・・」とゆう感じだが そういうわけでもないらしい。
まだ、18か19歳で人生の分岐点に立つ友達は勇気があるというのか、、、
言葉に出ない衝撃を受けてしまった。

そんな風にみんな違う人生を歩んで行く。
いずれにせよ、後悔しない人生にするのなら・・・ それもそれで。。。。。

鳥肌立つほどの大ショック。

友達に聞いた事実。

 
「ウーパールーパーって食べれるらしいよ。」

88エクセレンス。

いくらブラックチョコレートが好きな私でも、カカオ88は素直に食べられない。
口の中に強烈な苦みと酸味が広がり、時間の経ったコーヒーを飲んだような風味が広がった。

昨日、友達に借りたチャリに乗って少しだけ大きな公園を徘徊していると久しぶりに見る沢山の風景にみとれてしまった。
その景色をとても綺麗だと思った。高校時代、先生がこんなことを言ってたっけ。
「美しいものを見て美しいと思う時は、心が美しいから。でも、美しいものを見て美しいと思わない時の心は美しくない。」

沢山の友達と、太陽と、空と、緑と、花と、土と、家族と、空気と、犬と、笑い声。
いっぱいの生命に溢れた公園を風を裂くように自転車のペダルを踏んだ。
自分の体重と体温を感じて周りの自然と一体化した瞬間、この「瞬間」、全てに感謝したくなった。