パターン化、個性。

大学に入って驚いたこと。

それは周りの友達のほとんどが 旧友や知り合いに似ている、ということ。
内面的にももちろん、外見的にもかなり似ていて(時に芸能人)驚きを隠せません。

外見パターンにもやはり人類、同じ国民、限界があるのか・・
それか自分の過剰な思い込みに過ぎないのか・・。

見た目が誰かと似ていると、妙に親しみを覚えてしまうメリットと
勝手に内面も似ていると決めつけてしまうデメリットの中、時に混乱してしまう。
そんな自分も よく誰かに似ていると言われれ、
友達が地元の空港で私の「”ドッペルゲンガー”を見た!」と言っていたくらいです。
ドッペルゲンガーに遭遇すると何か不気味なことが起こりそうなので、あえて追求はしませんが 彼女の話によると声も、身長も、話し方も、話の内容(?)までもがソックリだったらしく・・

自分はあくまでオリジナルだと思い込んでいても、意外と自分そっくりな人が複数いるのかもしれませんね。あぁ怖い。
きっとドッペル(略)に遭遇すると、自分の存在、「自分」に対する疑問が浮かび上がってくるのかもしれません。それはそれは恐ろしいことです。個性もひったくれもありません。

もともと中高と人数が少なかったので、大学に入っての急な人口増加はとても刺激的。
どれだけ外見がうり2つでも、内面ではまた違う人間なのだから 「似ている」と片付けるのではなく、その人の個性や内面をよく知ろうと思いました。

血液型占いは当たる気がする。
0型な自分は優柔不断な気がする。

もし本当にそうであっても人間全てを4種類に部類することはできないよね、と友達。

もちろんですとも!

しかし最近、「みんなと同じことが嫌な人間」の個性の表現方法が実に過剰で、派手であったりして そうゆうのは個性というのか?
と話していた。2月、モーニングスタバにて wizニア。

体中にピアス、過剰な露出ファッション、過激すぎるヘアスタイル。
あまりにやり過ぎたものを見てしまうと、それはすでに個性ではなくて 自己アピール、時に助けを求められているような自己表現のように感じてしまう。
個性も大事。出来れば内面の個性、良い意味での個性を磨いていきたい。

投稿者:uni : 2006年05月03日 14:52

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