リアルな美大の日常を
カテゴリー:c.その他毎日から
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うまくいえないこと
今朝、新聞でこんな記事を読んで、なんともやり切れないというか、大海に放り込まれたような気持ちになりました。
簡単に記事を要約します(しばらくするとリンク切れになってしまうと思うので)。
昨年6月、東京都新宿区の区立小学校に赴任したばかりの23歳の新任教諭が自殺するという事件が起こりました。
その小学校は各学年1学級ずつしかないため、授業の進め方の手本もないばかりか、前年度10人いた教員のうち5人が異動していました。
また教諭は、さまざまな指導案・プランなどの提出を求められたため、午前1時すぎまで授業準備に追われ、加えて、4月中旬以降は保護者からの苦情に悩まされるようになりました。
しかし、校内の支援とは十分とはいえず、5月末、自殺未遂を起こします。
急いで家族が精神科を受診させると、抑うつ状態との診断がくだりました。
ところがその2日後、教諭は再び自殺を図り、亡くなってしまいます。
教諭の両親は、「声を上げないとさらに亡くなる人が出てしまうかもと思うと、いてもたってもいられなかった」と、地方公務員災害補償基金東京都支部に対し、公務上災害の認定を申請しました。
ずいぶん要約なんてやっていなかったので、つたないまとめ方になってしまいましたが…
うまく言えないのですが、ああ、本当に自分を守ってくれるものなんて、ないんだなあ、と思いました。
私はひとりっ子だから、家族といったって2人しかいないし、でも私は家族に何でも話すほうではないし。
きっと全部ためこんでしまうのだろうなあと、最近の自分を振り返ってみても思います。
先生になるのは大変だ大変だ、と言われ続けて、私の中でも意志がきちんと固まったわけでもなくて、そうして現状を突きつけられると、何だかこう、地面にずぶずぶと消えてしまうような気持ちになります。
うまくいえないことが多すぎるけれど…、足下がどかんとすくわれたような気がしたので。
秋だから、こういう気分になるのかなあ…
せめて、彼女の死がむだになりませんように。
私も、そう努力します。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
Piper「ひーはー」@本多劇場2回目/とか
7日にも見たお芝居、「ひーはー」東京公演千秋楽を見て参りました。絶対に当たらないと思って申し込んだチケット。偶然にも当選しました。
もちろん今日も、文句なしに面白く!ちょっと、お芝居を見る自分の気持ち悪さについて考えつつ。
下北沢で、いつもごはんを食べるお店があります。母がすっかり気に入って(いつ行っても空いているという、お店にしてみるとなんだかなあな状況)、下北沢に行くときはいつもそこで。
今日はそのお店で、ほんやりする光景を見た。
私たち母娘がごはんを食べ終わって、抹茶ラテ(母)とあずきラテ(私)を飲んでいるときのこと。お店に新しいお客さんがやってきました。
すごく若くて、黒縁のめがねが似合う、ロックな感じの男の人と、つるんとしたワンピースを着た10歳くらいの女の子。
面喰らう私。だって彼はお父さんにしては若いし、かといってお兄ちゃんというふうでもない。女の子も、そういう感じでいるわけではないし。
彼らは私たちの隣のテーブルに座りました。さっそく観察を開始。
すると男の人、めがねを取る。その下の目、たれていてかわいらしい。そしてけっこういい年齢。そして…女の子に劇似。こりゃ、完全に親子だ。私、さらに面喰らう。
お父さん、料理を注文するとお手洗いに立つ。どうやら彼は常連さんらしい。彼が帰ってきたところで女の子もお手洗いへ。しかし場所が分からないので、お父さんに聞く。すると彼、「行けば分かるから」と教えてくれない。笑
ツンデレ親子だ!
しばらくしてお父さんの定食が運ばれてくる。コロッケ定食。お父さん、無言でおみそしるを女の子に差し出す。女の子、無言で飲む。
完全に親子だ!
なんか、いいもの見た。彼らはずっとそういう感じで、お父さん!娘!ってふうではなかった。
そんな親子、うらやましいなって思った。それは別に、「シモキタでランチ」な状況がうらやましいんじゃなくって、ただただ「仲が良い」ってことがうらやましかった。お父さんがちゃんと、「ちっちゃい女の人」って感じで娘と接しているのがすごく印象的だった。
うちのお父さんじゃ、ああはいかないもんなあ…(この間の旅行で、娘にねだられてこんにゃくキューピー買わされてたもんなあ…)
ちょっと、柳美里さんの小説、「雨と夢のあとに」を思い出させた。(これは舞台化もされている物語です)
友だち親子って批判されることが多いけれど、私は友だちみたいな母を心から尊敬しているし、友だちみたいな関係だからって甘く見るとか軽く見るとかじゃないのですよね。むしろ友だちの方が関係って難しかったりする。相手をどこか尊敬していないと、友だちってやってられんような気がするのです。
私の友だちは皆、尊敬できる人ばかりだなあ。私なんかが友だちでいいのかと、大学に入ってから思うようになりました。
ではまた明日。
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最近
高校の部活のことを、よく思い出します。
弱小演劇部の、練習中に流れていた空気。教室のおっきいカーテンにくるまって、科白を覚えたなあ、とか。
ここ数日、あの空気がぶわっとよみがえってくることが多いのです。しんみり。
何度も何度も言うけれど、私は演劇なんて大嫌いな演劇部員でした。早口言葉も言えないし、科白は全然覚えられないし。
なのにあの空気。教室の机を全部後ろにやって、ベランダで発声練習をやって、場面ごとに通すあの時間。あのすき間。
今でも演技するなんて、全然好きじゃないのです。人が私を見るなんて恥ずかしいし(下手だから目を引く)、大きい声も出せないし(どうして演劇経験者というのはあんなに大きな声が出るのでしょう)、日常会話も噛み噛みだし(なにより早口)、のどはすぐにつぶすし、体力は全然ないし、へこたれるし。
何がそんなに、私をあの空気の中に留まらせるのだろう。3年考えても分かりません。
でもそういう人は少ないようで、演劇部の先輩も後輩も同級生も、演劇の方面に進んだ人以外は、ほとんどが演劇に触れることなく過ごしているのです。
私は、劇むさに入るなんて全然考えていなかったし、映像IIの授業を取るなんて、めっそうもないと思っていました。
なつかしいともまた違う、あの教室を思い出すと、さみしいような気持ちになるのです。だから、避けたくなってしまう。絶対に楽しいと分かっているのだけど、己の力の無さを言い訳にして、そのさみしさを外から眺めているのですなあ。
しばらく距離を置きましょう、という感じなのだろうか。
何を書いているのだ、私は。でも妙にこのところそんなことを思うので、書いてみました。ネタ切れなわけではないのですよ。
明日は本多劇場へ。
ではまた明日。
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科白
私事で申し訳ないのですが、今朝、私の高校の先生が亡くなったそうです。2年ほど習った先生だったので、実感はわかないものの、少なからずショックでした。
体調を崩されているのは知っていたのですが、そもそもが元気な先生だったし、この春には少し元気になった、ということを伝え聞いてはいたので、なんだかよく分からない気持ち、というのが正直なところです。
驚いたのは、昨日の夜、こんな本を読んでいたから。
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ただ単に、図書館に新刊として入っていたから、興味を持って予約しただけなのですが。
夜中に読んでいて、ふと怖ろしくなりました。私が最後に残す空気は、なんなのだろうと。
ではまた明日。
これが、最後かもしれないわけで。
michitori@hotmail.co.jp
まどろっこしい
今朝、手羽さんのブログを読んで、ふと、「なりたいものが主婦(もしくは主夫)だって人、聞いたことないなあ」と思う。
もちろん、主婦はほとんどの場合お金をもらえるわけではないから、正確には「職業」ではないのかもしれない。
けれど、アンケートの職業欄には必ず「主婦」という項目があるわけで、だとしたら「なりたいものは主婦です」という人が出てきてもおかしくないのにな、と思った。
私の母は専業主婦だ。と言うと、けっこうびっくりされるので、逆に私がびっくりしてしまうこともある。彼女は学生時代にアルバイトしていた会社にそのまま就職し、結婚と同時に退職し、私をうんだのだと思う。多分。
(実はそのアルバイトというのが、けっこう今の私につながっていて面白い)
私が小学生くらいの時には、似たような分野で働いていたことも少しあったようだけど、基本的にはいつも家にいた。私にとってはそれが当たり前だった。彼女はいつも、「お母さん」だったし、「主婦」だった。
彼女は料理がうまい。掃除も洗濯も完璧。何でも真面目にやるし頭も良い。背も高いしかわいい。
何で私はこの人に似なかったんだろう、と思うくらい、素敵な人だ。私の憧れる存在。
よくよく考えてみると、私はこの人になりたいんだなあ、と思うことがよくある。私はわりと人に憧れてしまうのだけど、その最たるものが彼女だ。
私は料理が出来ないし、掃除も苦手だし、洗濯はまあまあ好きだけど、彼女ほどの勤勉さはない。頭も悪い。先が読めない。身長は伸びる気配がないし、まあ、特にかわいくもありません。
だから彼女に憧れる。
毎日朝早く起きて、お弁当を作って、朝ごはんを作って私を送り出して、父のためにコーヒーをいれて送り出して、洗濯をして掃除をして、買い物をして私を待って、夕ごはんを作ってお風呂をいれて、目覚ましをかけてまた起きる。
彼女の毎日はハードだ、と、こうして文字にしてみて改めて思う。
ある時、彼女が、「私は毎日休みなく働いているのにお給料だってもらえないし、みんな感謝してもくれない」と言ったことがあって、私はけっこうドキッとした。
それ以前にも、彼女の母であるところの祖母が、「○○ちゃん(祖父の愛称)は家事も買い物も手伝ってくれない」と怒ってストライキをしたことがあり、それは私がまだ高校生くらいの時の出来事だったので、本当に本当にびっくりした(祖母はかっこいい人である)。
しかし、彼女たちの言い分は、決して間違っていない。私も、私の父も、祖父も、彼女たちの存在があまりにも当たり前すぎて、「感謝」というものを忘れてしまったんだと思う。主婦って何なんだろう、と考え込んでしまった出来事だ。
でも言ってみれば、主婦という存在は、毎日だとか生活だとか、私とはどうやっても切り離せないものを
「作り出す」。それは絵を描くとか映像を撮るとか、そういう行為とどこかしら似ているんじゃないかと思った。
美大生の選択肢として、あっても悪くない気がするし、実際のところ、今の私が一番なりたいものは、これなのかもしれない。
参考までに
*Wikipedia 主婦(賃金換算の話が少し載っています)
*Wikipedia 専業主婦
ではまた明日。
michitori@hotmail.co.jp
最近考えること
こんにちは。みちくさとりこです。
あたたかくなったり、涼しくなったり、ふわふわしたお天気ですが皆さまいかがお過ごしですか?
春先はふわふわした人が多くなるから気をつけなさい、と小さいころから母親に言われてきましたが、今ではすっかり、自分がふわふわした人です。気をつけます。
今日は、最近考えるあれこれ。
実は、ここに以前書いたアルバイトを、2つともやめてしまいました。
レストランは、体力的につづかないこと(わりと弱々しいのです)、塾は、体力面と(90分間狭い部屋で立ちっぱなしの授業がつづくので)と人間関係と、いただけるお金がその大変さに見合っていないこと、を(自分の中での)理由にして。
決して、これでいいとは思っていません。特にレストランに関しては、迷って迷って、それでもやめることにしました。
どちらのアルバイト先にも言っていないし、ここに具体的に書くことでもないのですが、私には、ある目標があります。そのために、今より余裕のある生活をしようと思って、今までのアルバイトをやめ、新たにアルバイトを始めることにしました(これはもう決まっています。今までと同じく塾の先生ですが、家に近いところです)。
私は実家で暮らしていて、家に帰ればごはんが出てくるし洗濯だってなんだって自分でやることはありません。
それはつまり、自分が、目標のために何もかもを捨ててしまえる人間ではないということなのかな、と最近考えるのです。そしてそれは、いけないことなのだろうか、と。
本当にその目標を達成したいと思うなら、アルバイトをやめることなんてなくて、今までの時間でもちゃんとやれるんじゃないか。私の目標はただ自分を満足させたいだけのもので、それでアルバイト先に迷惑をかけるなんて、子どもなんじゃないか。
そんなことを思います。何もかもを捨ててしまえる(今回の場合は、睡眠時間とか、健康とか)くらいの目標でなければ、達成する意味などないのではないか、と。
でも、私にとっては毎日暮らしていくことがとても大事で、それが少しでも長くつづくように、今日も息をしているのです。たぶん。
ふと我に返って、こんなことを思いました。なんだか子どもみたいだなあ…
21歳の誕生日を目前にして、このところ、「私って子どもだなあ」と思うことがとても多いです。これは、どういうことなのだろう。
明日は、コンドルズを見てきます。楽しみ。ではまた、明日。