カテゴリー:b.見たもの/聴いたものから

以前から気になっていること

先日、とあるタレントさんが、「私はテレビの世界に入るまでは、テレビの向こう側で簡単に評論していた。しかし、タレント活動を始めてから、それを恥ずかしく思うようになった」と発言しているのを目にしました。
この意識はずいぶん前から気になっていたのだけど、久しぶりに考え込んでしまったので、書いておこうかなと思います。美大にいると、なおさら強く抱く思いかもしれないし。


私はわりと、「簡単に評論」してしまう人です。好んで見るのは舞台ですが、見終わったあと、あーだこーだ、いっしょに見に行った人と話します。
それは、いいと思ったことも、悪いと思ったこともまぜこぜに。
あの人滑舌悪かったねとか、あの人音痴だったとか、あの大道具はどうなのとか、でもやっぱりあの人のあの演技がよかったとか。母と見に行くことが多いので、とにかく思ったことをばーっと言ってしまいます。端から見れば、口に鬼の住んだ親子に見えてしまうかも。笑
今の私は演劇をやっているわけでもなく、ただ、観劇を趣味とする人。そんな私が舞台についてあれこれ言うこと、それは悪いことなのだろうか。
(もちろん、どんなにつまらない舞台に出会っても、例えばこのブログやSNSでの日記で罵詈雑言を並べ立てるようなことはしません。なるべく冷静に考えて、私なりに論理的にまとめるようにしています)
自分の中にも、ちょっと罪悪感があるのです。
高校で演劇部にいたころ、私は非常に出来の悪い、それこそ滑舌がとんでもなく悪い部員だったので、下級生に何も言えない面がありました。ひょんなことから演出をやることになってしまったときも、下級生からの「お前下手くそじゃないかオーラ」みたいなものを感じて、しかもそれは事実なので、いたたまれない思いでした。
やはり、説得力の無さを痛感しました。
でも、それを母に相談したところ、「いいサッカー選手がいい監督になるとは限らないでしょ」と言われ、(自分のだめさを棚に上げつつ)納得した記憶があります。その逆も然り、ですよね。
もちろん、「ある程度内情が分かっていること」「的外れな批判でないこと」「むやみに批判しないこと」、これは前提なのでしょうけれど、何かを論じる(特に、批判する)ためにはその能力を持たなければならないということは、必ずしも正しくはないと理解していました。


でもふっと、やっぱりそうなのかなという思いが、頭をもたげるわけです。
山川静夫だって、ただの演劇好きのおじさんじゃないしねえ…いや、扇田昭彦みたいな人もいるぞ。いやいやいや、ただの演劇好きではないけれどね。


私も、小学生とか中学生とかのころに比べれば、「批判すること」によっぽど慎重だけれど(受験生だったとき、「みちくさの小論文は絶対に相手を否定しないよね」と言われたくらい)、その難しさを感じる今日このごろです。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

小学一年生から考える、音楽と美術 その2

今日は、昨日書いた「小学一年生から考える、音楽と美術」のつづきです。
赤岩さんねこあじさん、トラックバックと記事、ありがとうございます。
やっぱり、人の意見を聞くと自分では考えられなかったようなことを言ってもらえて、なるほど!と思います。ムサビ日記、書いててよかったなあ…


さて、以下、書いてみたところ昨日にもまして話がぶっ飛んでいますので、「続きを読む」に入れておきます。


○私が音楽を苦手になったわけ

まず、赤岩さんの書いていた、「音を楽しむ」ということ。
私には、この考え方がまるっきりないのだということに気づき、とても驚きました。
「正しさ」と「楽しさ」、私にとって先にくるのはどう考えても、「正しさ」なのです。
これはいったいどういうことなのか…
そもそも、私はいつ音楽というものを知ったのか。母に聞いてみると、幼稚園に入る前にはテレビで聞いた歌などを歌っていたそうです。が、それがとんでもなく音痴で、母は愕然としたとか。笑
ただ、子どもは音域がせまく低いそうで、そのときはあまり気にしないようにしていたようです。
私自身もそのころの記憶はありません。幼稚園に通っていたときは毎日歌を歌っていたけれど、それが特に楽しかったとも思っていません。
小学校に入り、それと同時にピアノを始め、私は楽譜を読めるようになりました。いい子だった私は(過去形なのがポイント)ピアノを毎日決まった時間に、母の監視のもとで練習していました。
すると、母が私の間違いを、手厳しく指摘するのですよね。彼女、同じころの私に校正記号を使ってきたとんでもない人なんですけど(笑)、その調子で、「今のそれは不協和音でしょう。よく聞きなさい、気持ち悪い音だと思わないの」と言ってくるのです。
私にとって、自分で意識して初めて音楽に触れたとき、そこには最初から「正しさ」がありました。
そのころの私にとって母は脅威ですし、間違えて怒られたくないものだから、音楽の「楽しさ」は「正しさ」を追求するほどに遠くなりました。
また、学校の授業では歌のテストがよくあり、そこで自分が「聞いた音をそのまま口に出せない」と分かりました。本当に音痴な人は自分が間違っている音を出していることも分からないというけれど、私はそれに気づいてしまったので、「正し」くない、間違った音を出すことが耐えられず、歌を歌うことが大嫌いになりました。
そんなわけで、ピアノにも学校の授業での歌やリコーダーにも馴染むことができず、もちろん楽しいなどと思うこともできず、私は音楽(の授業)が苦手になりました。


○みちくさ母にとっての音楽

一方、音楽を得意とする母に「『正しさ』と『楽しさ』だったらどっちが先?」と聞いたところ、「まあピアノをやる前のことは覚えてないけど、『正しさ』かなあ」とのこと。
曰く、「私は音楽の整合性が面白かった。楽譜を読んで、ドを弾けばドの音が出ること。それまでバラバラだったものが結びつくことに釈然とした」。
おそらく、彼女はピアノを習う以前(幼稚園に上がる前)にも音楽を好んではいたと思います。歌も正しい音で歌えていたでしょう。
でも、それが理論的に、整合性が取れること。つまり、「正しさ」が証明されること。ねこあじさんのおっしゃる「共通言語」を得たこと。
それが「楽しさ」につながったのですね。(これはすごく、彼女の性格的な部分があると思います)
だから彼女にとって「正し」くない音は耐えられず、私にもその「正しさ」を要求してきた。
彼女が私を音楽嫌いにしたとはまったく思わないけれど、「正しさ」と「楽しさ」のうち、「正しさ」を選ばせるようにしたのは、きっと彼女の無意識な意志なのでしょうね。
「正し」くないことを苦痛に感じたのは、私自身の性格によるものでしょう。未だに、何に対しても「正しさ」を求めてしまうので。


○みちくさ母にとっての美術

では、美術の授業が苦手だった母は(美術が嫌いなわけでは決してない)、美術で「正しさ」と「楽しさ」、どちらを先に感じていたのか。
小さいころのことは音楽と同じく覚えていないそうなので、学校に上がってからの話になってしまいますが…
彼女は彼女に教えた歴代の図工・美術の教師に恨みがあって(笑)、今でも彼らにどんな嫌なことをされたのか細かく話せます。執念深いのはときどき困るけど、でもそれだけ根が深い問題なのだよな、と考えさせられる。
小学校3年生までは図工専科の先生に教えてもらえなかったそうで、それは彼女には不思議でならなかったそうです。
彼らは輪郭を取ってから絵を描けと言い、その輪郭をなぞって色を塗れといい、色についても口を出し、彼女は、図工なんだから好きにやらせてくれと思ったとか。
図工に「正しさ」があること、それが彼女には理解できなかったのですね。
その時点ですっかり図工嫌いになってしまった彼女は、図工専科の先生に習うようになってからもそこに楽しさを見いだせず、中学生になります。
ところが中学校の先生が、そういった不自由な図工を非常に嫌う人で、それしか知らない彼女は目の敵にされたそう。
絵を見たり、すてきなデザインの物を見たりすることは大好きなのに、自分で何かを作り出すことにはすごく抵抗を覚えてるようになってしまった。


○「正しさ」と「楽しさ」の関係

こうして考えると、美術と音楽、分野の違いはあれど私たちの抱えている問題は同じなのかもしれません。
「正しさ」に縛られ「楽しさ」が見えなくなってしまっていること。
赤岩さんが書いているように、「教育的な『正しさ』が必ずしも『音を楽しむ』ことにつながるとも限らない」。これは母について言い換えてみれば、「教育的な『正しさ』が必ずしも『美術を楽しむ』ことにつながるとも限らない」となるでしょう。
本当に、そうだと思います。読んだとき、はっとしました。
でも、すごく難しい。私も母も、学校に入った段階で「楽しむ」ことに対する意識を抜き取られ、「正しさ」を押しつけられてしまったような気がします。
私の図工や美術の先生はありがたいことにずっといい人たちで、だから私は美術を好きでいられたのだと思います。彼らは決して、「正しさ」だけを要求してはきませんでした。もちろん、必要に応じて「正しさ」を教えてくれたことはあったけれど。
それだけ、「教育」の場だったり、「学校」という場所は、難しいところなのではないかと思います。
少なくとも私、そして母は、小学校から高校にかけて、「正しさ」を教えられてきた気がします。それは必要なことだし、一概に悪いことだとは言えないけれど、「正しさ」以上にならない部分が多くあったこと、それが良くなかったことなのかな、と思います。


○学校を出たときに「楽しむ」ことができた音楽と美術

今の私にとっていちばん近い音楽は、ミュージカルなど、舞台で使われる音楽かなと思います。
それ以外、あまり音楽は聞きませんし、自分が演奏して楽しむこともありません。
ただとにかく、ミュージカルやその他の舞台で使われる音楽は好きです。
それは、高校生になり、音楽の授業を離れてから覚えた感覚です。中学のときにもミュージカルはそれなりに見ていましたし、学校の授業で触れる機会もありましたが、今感じているほどではありませんでした。
不思議なことですが、「学校」という場を離れて初めて、音楽もいいもんだな、と思えたのです。
今ではたまにピアノを弾いたり、ちょっと歌うことに興味があったりします。(怖くて、なかなか一歩、踏み出せないけど)
これは母も同じことのようで、彼女は最近になって自分から何かを作ることを始めました。
目が悪いのでそこまで熱心にはやりませんが、ちょっとした手芸のようなことをしています。それがまた、性格と相まってきれいなんだわ。もし図工や美術に興味を持って楽しむことができたら、すごいものが作れたんじゃないかと思ってしまう。
そう考えると、やはり、自分が学校の先生になろうかと思っていること、そしてその影響力、それが興味深く、怖ろしく感じられます。
もちろん、みんながみんな美術を楽しみ、好きになってくれるとは限らないけれど、その人の一生に美術の嫌な記憶が残ってしまうこと。
学校は何のためにあるのだろうとか、すごく根本的なことを考えてしまいます。


○まとまらないまとめ

話が思わぬところにまでぶっ飛びました。
とりあえず、昨日と今日の私が考えたのはこんなことです。
っていうか、全然赤岩さんやねこあじさんの記事と共鳴してない気がする…がーん!
でも、私って音や音楽を楽しんでないんだなー、って、けっこうショックでした。
そういや、木琴の乱打とかピアノの乱打とか怒られたもんなあ…母が我慢できないのね。
だからやらなくなってしまって、その時点で「楽しむ」視点がちょっとなくなったのかも。
あと、話がややこしくなるので本文では無視しましたが、母や私の中にあるのは、そもそも洋楽器の音階であって、和楽器だったりその他の楽器にはまた別の音階があります。(と、私は理解しています)
ちょっと和方面の習い事に興味がありいろいろ調べていたのですが、母くらい正確な絶対音感を持つ知り合いがその方面の習い事で苦労している話を聞き、躊躇しています。


○余談

そんな私は「自覚のある音痴」ですが、母に言わせれば「だいたい絶対音感」を持っているそうな。
おそらくピアノを始めたころの彼女の訓練の成果だとは思いますが、私の中には固定ドしかないようなのです。
音痴なものでカラオケに行くことをかたくかたく拒んでいるわけですが、初めて行ったカラオケで、キー変更をする人がいてぶっ飛んだ記憶があります。
無理!ピアノ習いたてのころのお母さんじゃないけど、ドはドなの!
そのくせ自分が歌うと激しく調が移動、あさっての方向に音がすっこ抜けていくので、ほんと、ないならないでいいんですけれど。中途半端すぎてあきらめがつきません。
すごく、不便です。


ではまた明日。


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小学一年生から考える、音楽と美術

本屋さんで雑誌を買ってお金を払っていたら、隣のレジで親子が大興奮していた。
店員さんが、「今月の『小学一年生』のふろくなんですよ」と説明し、小学一年生を買ったらしい親子は、「すごいすごい」と笑顔でそのふろくを受け取って帰っていた(レジにふろくが置いてあるらしい)。


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どんなにすごいふろくなのかと家に帰って調べてみて、驚いた。
「ドラえもん どこでもゆびピアノ ドレミくん」
実演の映像が貼ってあったので、見てみる。


…ん?ちょっと待って、これ、いいの?


気になったのでリビングにいた母に聞かせる。彼女は絶対音感を持っているので、こういうときにとてもありがたい存在。私自身は「(半ば)絶対音感」しか持っていないので、確信が持てないのです。
さて映像を見た母の反応。
「気持ちわるーい」
やはり。
ならばすでにブログで記事を書いている人もいるだろうと、検索をかけてみる。


moet-bois - 「ゆびピアノ」の音程のひどさについてなぜ誰も指摘しないのか


や、やっぱり…
他のブログの記事を読んでみると、親指から順番にドレミ…とふってあるよう。
この記事コメント欄でいろいろ議論が交わされていますし、私は音楽にはまったくの門外漢ですからああだこうだとは言えないですけれど、血の気が引くのは確かです…
もちろん、発想としてはすごいと思うし、雑誌もなかなかに大変なのね…、と芸文的に考えることもできるのだけど、なんだかなあ…


私自身は思いっきり音痴なので(聞き取りはできてもそれを口に出せない)、将来もし子どもができても絶対に歌を歌って聞かせないぞと、今から心に決めています。子どもには申し訳ないけれど、でも先のことを考えたら私のふらふらした歌なんか聞かせない方がいいはず。
母が絶対音感を持っていて、それに苦労するようすを見ているからか、自分には中途半端な音感しかないくせに、妙に神経質になってしまうのですよね。母の、周囲や自分に対するイライラと、少し似ているかも。


この雑誌はいわゆる教育雑誌の類だと思うのですが、このふろくは、教育の観点からしてどうなのだろう。
音楽大学や教育学部で音楽の教員になるため学んでいる人たちからは、どのように受けとめられるのでしょう。
教職課程にいるひとりの学生として、気になりました。
例えばこのふろくのドをハ長調のドであると子どもに理解されてしまったら、小学校の先生はどうするのだろう。


うまく言えないけれど、私と母には絶対に分かり合えない部分があって、それは母にとっては美術、私にとっては音楽です。
私はいやいやながらピアノ教室に通っていたくらいで、もちろん母の持つような絶対音感は持っていません。しかし母は「絶対音感のない人がいる」ということがうまく理解できず、私に絶対音感がないことに今でも納得できていないようです。もちろん、頭ではそういう人がいることくらい分かっているのだけど、彼女自身に幼いころからある感覚なので、心から納得はできないのですよね。
私は小学校の音楽のテストでドレミを書くのができなくて、心配した母によってソルフェージュをやらされたのですが、一切理解できず終わりました。笑
そこで、彼女はようやくあきらめたみたいです。この子に、絶対音感はないのだと(そして相対音感をつける気もないらしいと)。想像でしかないけれど、それはかなりのショックだったのではないかと思います。


一方の私は、母が絵を描かないことが、小さいころから不思議でたまりませんでした。これは父もそうなのですが、絵を描くのをためらうのです。
私は暇さえあればうさぎちゃんを描きまくっていたので、おかーさんも描いてみればいーのに、と思っていた気がします。やたらとほめられるので、それはうれしかったですけれど。(遠くにいるうさぎを小さく、近くにいるうさぎを大きく描いたら、ものすごくほめられてびっくりしました)
そこそこ大きくなって、母は絵を描くことにコンプレックスがあるようだ、と知り、でも私はそれが特にショックではありませんでした。まあそんなもんだろう、と思っていた気がします。
そこに、私たちの大きな相違があり、また音楽と美術の性質の違いもあるように感じます。


あくまでも素人である私の意見ではありますが、音楽には初めから「正しさ」があるように思います。美術では、初めの「正しさ」は要求されないのではないでしょうか。
おそらく、音楽を教えている人の多くが、絶対音感なり相対音感なり、「正しい」音感を持っていることでしょう。それは美術を教えている人も同じことで、彼らは音感の代わりに「デッサン」などができます。
ただ、正確なデッサンは美術の最初に求められることはありません。例えば、子どものぐるぐる描きや、簡単な写生。どんなにぐるぐる描いても自由だし、子どもだからこそ草を緑だけではない色で描き、それが面白かったりします。
でも、音楽には最初から「正しさ」があり、求められる。ドはド以外の何者でもない。
もちろん美術だって、勉強していけばそれなりに「正しさ」は求められるのだけれど、音楽の比ではないと思うのです。


ずいぶん話がぶっ飛びましたが、「正しさ」を要求される音楽(の授業)に初めて触れる子どもも多い中、「ドラえもん どこでもゆびピアノ ドレミくん」のようなふろくをつけること…
何だか、不幸に思えてなりません。もちろん、音楽を好きになってくれれば、こんなにありがたいことはないのだけれど。


ちなみに、私の(祖父母曰くの)「美術的才能」はご先祖ゆずりらしいですよ。ほんとかい。(ないない!美術的才能とか、ないない!)
祖母の祖父だか曾祖父だかが、仏師だったのだそう。今でも、祖母の田舎には彼が作った作品があるそうです。
私は、(教員という選択肢も含め)自分を「突然変異の子」だと思っているので、まあ何とも思わないのですが。


これはどんな立場になってもそうだけれど、自分の好きなものを嫌いだという人の気持ちを分かっていたい。
絵を描くことが嫌いだという人の気持ちをなるべく理解していたい。
私はよく、「美術なんてすごくない、演劇なんてすごくない」と言うけれど、その気持ちを忘れたくないなあ…
もちろん、まず「美術が好き、演劇が好き」という自分の気持ちありき、ではありますが。


ではまた明日。


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新宿に文化・芸術はないのか

今日、うちに配達されてきたサンケイリビング新聞社の『リビング新聞』というフリーペーパーを読みました。(2008年2月23日発行、1622号)
このフリーペーパーは主婦を対象に発行されている生活情報誌で、全国主要都市で配布されています。
時間があったので久しぶりにじっくり読んでいて、こんな記事を見つけました。(記事のリンクがないので、適宜引用いたします)
「新しい鉄道の開業を機に 新宿独自の空気づくりをする」という見出し。東京メトロ副都心線の開業について、新宿東地区まちづくり研究会の会長がお話されています。(研究会のウェブサイトがないので新宿区観光協会にリンクを貼ります
副都心線の開業に伴い、新宿には新たに13の地下鉄出口が設けられるそう。しかし副都心線開通の認知度はまだまだ低いと会長さんは捉えています。これを機に、新宿を「もっと魅力のある、そしてもっと安心して楽しめる街にしなくては。それには企業・行政・商店街が三位一体にならなくては」と話します。
会長さんは地元商店だけではなく、伊勢丹新宿店をはじめとするデパートを巻き込み、街づくりをすすめています。デパートと地元商店がお互いに協力するのは珍しいこと。そのことについて、彼は「みんなの街を思う気持ちと行動がまとまってこそ、(その街独特の)空気を作ることができる」と言います。
なるほど面白い、と思って記事を読んでいたのですが、最後に引っ掛かる言葉が書いてありました。そのまま引用します。


「新宿歌舞伎町にある四畳半文化は、どこの街にもないもの。反対に新宿に唯一ないものは、文化・芸術」との思いから、JR東日本に新宿駅ビルに美術館を作ったらと提案をしているそうだ。


私はこれを読んで、非常に驚きました。
新宿東地区まちづくり研究会の会長さんは、新宿には文化・芸術がないと断言しています。本当にそうなのでしょうか。


まず、彼が望んでいる美術館が、決して新宿にないわけではありません。住所は西新宿になりますが、損保ジャパン東郷青児美術館があります。
小さな美術館やギャラリー、美術館に近い存在といえそうな文化学園服飾博物館も新宿にはあります。
彼はそのことを知っているのか、まず疑問に思いました。
確かに、それぞれは決して新宿駅から近いとは言えません。検索すると10分以内の表示が出ますが、人の数や混雑を考えると、駅から歩いて15分ほどはかかるでしょう。駅ビルの中に美術館があれば、便利だとは思います。
しかし、「文化・芸術」は美術館を作ることだけによって生まれるものなのでしょうか。
少なくともこのインタビュー記事を見ている限りでは、彼がそう考えているように捉えられます。


そもそも「文化」とは何か。新宿という街に「文化」はないのか。
手元の大辞泉で調べると、「文化」の項の1つ目には、


人間の生活様式の全体。人類がみずからの手で築き上げてきた有形・無形の成果の総体。それぞれの民族・地域・社会に固有の文化があり、学習によって伝習されるとともに、相互の交流によって発展してきた。


とありました。
私自身が何となく頭の中で考えていた「文化」も同じような意味です。人のいるところ、すべてに文化がある。そう考えています。
しかし、新宿東地区まちづくり研究会会長は、2つ目の意味で捉えていたようです。
2つ目の意味は、


1のうち、特に、哲学・芸術・科学・宗教などの精神的活動、およびその所産。


となっています。
なるほど、2つ目の意味を採用すれば、「文化」と「芸術」はそれぞれ「精神的活動」であり、それがないというのが彼の主張のようです。
しかし、人の暮らすところで「精神的活動」のないところがあるのでしょうか。彼の行っている「まちづくり」は「精神的活動」、そして「文化」ではないのでしょうか。
新宿東地区まちづくり研究会の具体的な活動は、はっきり分かりません。でも、彼の主張や副都心線開通に対する考え、地域に対する取り組みなどを読む限りでは、新宿という街を魅力のある、楽しめる街にしようと行動しているように思えます。そのことはすでに、「文化」を生み出しているのではないでしょうか。


また、もし「文化・芸術」の根っこを、分かりやすく施設で表現したいのだとすれば、美術館以外にも方法はあります。
博物館、劇場、図書館、建築、…
例えば新宿には、大小さまざまな劇場が多くあります(リンクはその一部)。新宿三丁目駅近くには、末廣亭という寄席もあります。
また、丹下健三の東京都新庁舎内田祥三の損保ジャパン本社ビルなど、個性的な建築物もあります。
ビルが密集し、人が集まる新宿は、街自体が「文化・芸術」を丸飲みしているように感じられます。新宿は「文化・芸術」がないどころか、「文化・芸術」を語るのにじゅうぶんな街だと、私は考えます。


まるで受験生のような小論文、というか小作文、を書いてしまいました…
先日、「若いころは何も現実を知らないから大きなことが言える」と誰かが言っていたのを聞いて、「私が今考えたり言ったりしていることって、世間知らずで甘ちゃんなのかなあ」と思いました。
もちろんそうなのでしょうが、でもだからといって何も考えなくていいわけではないし、言わなくていいわけでもないと思います。どんなにあとで自分を恥ずかしく思ってもね!(受験生時代の自分の小論文は、真っ直ぐすぎて顔が赤くなります。この文章だって、卒業するころ読めば同じことになるでしょう。って、そりゃそうか)
それにしてもなんだか、「文化・芸術がない」という主張は、すごいなあと思ってしまったのです。入れ物がないと、そこに文化や芸術は生まれないのでしょうか。そんな馬鹿な。という最初の思いを、小論文ふうにまとめてみました。こうして読んでみると、文章下手になったなあ。下書きしてないから、仕方ないのかもしれないけれど。卒業論文が、今から非常に心配です…


この文章を書くにあたっていろいろと検索し、私の考えていることをさらに深く書いてくださっている、武庫川女子大学生活環境学部情報メディア学科松野ゼミのウェブサイトを興味深く拝見しました。「文化の遠近法」というページです。よろしければ、併せてご覧ください。


話は少し変わりますが、私は大学2年も終わった(だろう)今になって、自分の勉強不足をひしひしと感じています。
今朝、「大学3年生に対し、企業が『大学で何を勉強したか』と聞くのはいかがなものか」という大学准教授の主張が新聞に載っているのを読みました。彼女曰く、「多くの大学生は3年次から専攻の中・上級科目を修めつつ、卒業研究のテーマを絞っていく。そういった学生たちに、卒業まで1年半を残して『大学で何を勉強したか』と聞くのか」。
私自身、この2年間で、入学前に考えていたのとは少し違った方向に進みそうだと分かってきました。その方向を見据えた上でゼミを選びましたし、卒業研究をとても楽しみにしています。残りの2年間、とにかく勉強したい、と思っています。
けれど、2年間で私が勉強したことはいったい何だったのかと、今日のようなことがあると考えてしまいます。
文化政策について今さら考えて、この程度の言葉でしか表現できないこと。それは芸術文化学科で2年間勉強してきた者として、どうなのだろうか。本当にもう、今さら何よ…、といった感じなのですが。
あと2年間で、どこまで行けるのか。もちろんそこはゴールなんかではなく、スタートでなくてはならないと思います。


浪人しているので、高校時代の友だちは就活にどっぷりです。その様子を見ていて、最近いろいろと思うところがあり…
彼女たちは、大学や専門学校で何を学んだのでしょうか。どうやってエントリーシートを出す企業を選んでいるのだろう。


なんだかなあ。すっきりとしないです。


ではまた明日。


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五反田団『生きてるものはいないのか』@こまばアゴラ劇場

先日の記事でちらっと触れた、五反田団という劇団の公演を、駒場東大前にあるこまばアゴラ劇場で見て参りました。
以前から気になっていて、3月にようやく『いやむしろわすれて草』という作品を見て、好きだな、と思い。
12日まで(『生きてるものはいないのか』の)公演をやっているということに気づいて、思い切って一昨日くらいに予約しました。


いやあ、おんもしろかった。


なんというか、何度も色んな賞にノミネートされている方に対していう言葉ではないのかも知れませんが、変な手を使わずに言いたいことがすっぱり言えてて、好きなのです。


それにしても、演劇を見ている人たちって、自分たちの妙な感じ(これは、悪い意味で)に気づいているのかな、って思いました。
もちろん、私も含めて、なのだけど。
自分が演劇を見ているってことを、どう思ってるのかなあ。
演劇すごい、って心底思っているのかしら。だとしたら、先が見えてるなあとか、失礼なことをふと思ったりしました。
演劇なんて全然すごくないよ。
と、私はいつも思います。
すごさも、もちろん知っているけど。


劇場を出たら平田オリザさんがいました。(日本タレント名鑑に載っているとは…)
フランスからVIPな感じの人がいらしていたようで、制作の人が「フランスの方がいらっしゃいました」と言っていて面白かったです。
フランスの方は、通訳さん付きだったけど随所随所大爆笑で、笑い、って万国共通なのかなあ、って思っていました。


それにしたって、五反田団に浮かれて、ヴィジュアル・コミュニケーション・デザインの課題(講評を終えたもの)をパソコン室に放置してきてしまいました。
わくわくと国分寺駅行きバスに急いでしまった。
明日まで、そこで残っていておくれ。


ではまた明日。


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だらりんこしゃん

以前から気になっていた本を立ち読み。


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「これを読まないと、同期に追い越される」。
自分の中に「同期」という意識がないので(会社で使うイメージがある)、まだ見ぬ同期を想像しながら読む。


よく、役者さんが、「こんな役者は人間的に嫌いだ」というようなことをインタビューで言っている。
私は、その「こんな(役者)」に当てはまることが多くて自分にがっかりするのだけど、この本を読んでもそんな感じになった。
意識して言ってるんだと分かっていても、なんだかなあ、と思ってしまうのです。


ちなみに、この本の著者の1人、平林奈緒美さんは、ムサビの空間演出デザイン学科を卒業なさっています。


少なくとも美術に関わる場所で働いている人たちは、私から見てすごすぎるくらいに元気だ。
毎日毎日のびきって、だらりんこしゃんとしている私は、どうしたらいいんだろうと考えてしまう。
甘いこと言ってんじゃないよ、と全世界から怒られるでしょうが。
毎朝仕事に行く父親を見ると、まったく、1か月も学校を休んで私は何をやってるんだと思う。
だったら動けと言われたらそれまでだし、すべて自分の責任なんだけれど、こう、うまく気持ちを持っていけないなあ、と感じるのである。
いや、分かるんだけれど。


ではまた明日。


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劇団四季「ジーザス・クライスト=スーパースター(エルサレムver.)」@四季劇場 秋

6月にも見に行ったミュージカルの、バージョンちがいを見に行きました(前回は特に感想を記していません)。
10年前に初めて見て、それからずっと好きなミュージカルです。レパートリーとしては、多分今までの人生でいちばん好き。人生、なんていうと強烈だけれど。
「ジーザス・クライスト=スーパースター」(以下JCS)をやっている隣の劇場、「四季劇場 春」では、ライオンキングが10年目のロングランを迎えます。
今日は、夏休みのお昼の公演、ということもあって、駅から劇場までの道のりに子どもがわんさか!
JCSの客席にも小学校にあがる前くらいの子どもがいて、私はなんだかぐったり(だって開演直前に、いすが低いとかなんとかで大騒ぎして、開演が遅れたのです)。


「親はどんな意図があってミュージカルを見せるのだろう」と思いました。
やはり、「教育」という面が大きいのだろうか。
それこそ小学校にあがる前からミュージカル(「アニー」)を見ていた私は、母にインタビューを決行。実際に、子どもにミュージカルを見せたお母さんに聞いてみました。


私:「なぜ私にミュージカルを見せたのですか?」
母:「私が見たかったから(母は今も昔も大の観劇好き)。それに、あなたは騒いで迷惑をかけるような子どもじゃなかったから、連れて行っても大丈夫かなって思って」
私:「実際静かだった?」
母:「もちろん」
私:「周りの子どもはどうだったの?」
母:「なーんか落ち着いてなかったわねえ。ずっとがやがやしてた」
私:「1年だけ、『アニー』じゃなくて『ピーターパン』を見た時があったよね?あれはどうして?」
母:「アニーに飽きたから」
私:「その後、劇団四季を見るようになったのはどうして?」
母:「ピーターパンがつまんなかったのと、あとはあなたがちょっと大きくなって、そういうのを見せてもいいかなと思うようになったから」
私:「劇団四季で最初に見たのは『美女と野獣』、その後『キャッツ』と続くわけだけど、これは意図的?」
母:「スケジュール的な偶然もあるけど、まあ楽しそうなのを選んだ」
私:「結果として、私はあなたとよくお芝居を見に行くわけだけど、それについてはどう思う?」
母:「…楽しい。ふふふ」


私の母の場合、いい物を見せるとかそういう考えではなくて、「自分が見たい」「だから子どもにも見せたい」でミュージカルを見せていたようです。
その結果、私が観劇を趣味にするようになったのは…、これはDNAなのでしょうか。いくら親が好きで子どもに押しつけても、子どもが好きになるかどうかは分からないわけですから。


去年のことになりますが、電車の中で、女子高生3人組が話している場面に出会いました。どうやら彼女たちは先日、「キャッツ」を学校で見てきたようす。
「○○の役をやってた人がかっこよかった!」「舞台の周りがいろんな形になっててすごく面白かった!」
興奮気味に、大きな声で話す彼女たちの姿を見て、舞台といい出会い方をしてくれたなあと、すごくうれしくなりました。聞いたところ、彼女たちは全員が、舞台初経験。それでこんなに楽しい楽しいと言ってくれて…
でも一方で、いい出会いが出来ない人もたくさんいるんだろうな、と思いました。


今日の子どもたちを見ていても、そう思って複雑な気分になりました。
みんな、楽しい思い出だけを持って帰ってくれるかな?ライオンキングは長丁場だと聞くけど、飽きたり泣いたりしないかな?
ただでさえ、劇場で子どもたちに向けられる視線は痛いものです。私も、そばに子どもがいる観劇は落ち着かない。いつ騒ぐか?騒いだときに保護者は適切に対処してくれるか?不安はお互いにあります。


だからと言って、子どもには子ども向けのお芝居を見せていればいいってものではない。そもそも「子ども向け」ってなんだ?となります。これは、絵本に対する多くの誤解と同じものでしょう。


よく、演劇が嫌いな人のその理由に、「学校で見せられたお芝居がつまらなかったから」というものがあります。学校に来た旅回りの劇団の芝居がすごーくつまらなかったとか、学校単位で連れて行かれたお芝居がすごーくつまらなかったとか、長かったとか。
お芝居の内容が、教訓的なものでつまらなかったという話も聞きます。


私は、そういう人に何が出来るのかなあ…
初めて舞台を見る人に、どうしてあげることが出来るのかなあ…


そんなことを考えながら、見ていました。
私はすごく、幸運な出会い方をしたのだなあと。
毎年ちゃんとパンフレットを買ってくれた両親にも、今さらながら感謝。
「アニー」には同じ年頃の女の子ばかりが出ていたので(今は男の子も出るみたい)、勝手に彼女たちの写真を見ながらライバル視していました。
家に帰って真似する、なんて積極的な子どもじゃなかったけど、家に帰ってパンフレットを読んでまた想像をふくらませて…
女の子だからかもしれないけど、1つの作品からいっぱいの世界を楽しんだものです。


私は今、卒業後の進路として教員を考えています。
その中で、私は演劇に対して何が出来るのだろう。それとも、教員ではなく、もっと直接演劇の普及に関わるような仕事に就いた方がいいのだろうか。
私の演劇に対する興味は尽きず、その興味は至るところへと向けられているので、舞台を見るたびに、ふらふら、ふらふらと迷うのです。


ちょっと最初に書いた疑問と話がずれてしまったけど、最近、そう思います。1本お芝居を見るたびに。
私は、どこにどうやって関わっていけばいいのかなあ。それとも、この位置がいちばん幸せなのかなあ。
私には、なんにもできないのかなあ…


悲しいわけでも悩んでるわけでもないけど、なんにもできなさを感じるこのごろです。


ではまた明日。


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Piper「ひーはー」@本多劇場

今日は、下北沢にある本多劇場で、Piper「ひーはー」を見てきました。


*本多劇場ウェブサイト
*Piper Page


お芝居は、文句なしに面白く。
キャストが大好きな人ばかりで取ったチケットなので、満足です。もちろん少々の不満はありますが、それはそれこれはこれ。
作・演出の後藤ひろひとさんが得意とする、すれちがいがすれちがいを呼ぶ物語。噛み合うまでに時間はかかれど(演技も流れも)、噛み合った瞬間の笑いがたまらなく。
実はもう1度見に行くので、理解しきったあとの面白さに期待です。


演劇を見に行ったときのもう1つの楽しみは、多分チラシ。束になって席に置いてあったり、半券を切られるついでにもらえたりします。それを開演までや閉演後に読んで、次の予定を立てるのが、わくわくするのです(立てるだけ立てて見に行かないことも多いのですが)。
今日もらったチラシ束の中に、学生演劇の主宰者のインタビューが載っているチラシがありました(たくさんのチラシを束ねる役割をしているチラシです)。
それを読んで、やっぱりどうにも釈然としないなと思う。


彼ら曰く、「演劇がもっと身近なものになればいい」「もっとラフに見に来てほしい」。
芸術文化学科で勉強していても、似たような言葉はよく耳にします。「美術がもっと身近なものになればいい」「もっとラフに美術館に来てほしい」。
私はつねづね、これを疑問に思っています。演劇や美術は、私たちにもっと身近であるべきものなのでしょうか。そう意識すること自体が、演劇や美術を私たちから遠ざけてはいないでしょうか。


私は、演劇も美術も、「特別なもの」と捉えています。
毎日生活していく中では、決してありえないもの。そんなものが、身近になってしまったら怖ろしい。「演劇・美術=非日常」とは言い切れませんが、日常であるとも言い切れない。そんなものを、学校帰りにふらりと見に行けるようになってしまったら、私のある場所って、すごく簡単に揺らいでしまうのではないかと思うのです。
誤解を怖れずに言えば、演劇も美術も、気持ち悪いし恥ずかしいし、さらに言えば大嫌いなのです。私からは、遠く離れた存在。でも、事象としてはすぐそばにある。そんな距離感が心地いい。
「演劇・美術を見ること」は身近であっていい。けれど、「見るときの気持ち」はちょっと遠くにあって、客観視できて、特別であればと思います。
例えば私は、お芝居を見に行く前の日は、ちょっと長くお風呂に入ります。「身を清める」と似ているのかもしれません。それくらいの心意気が、私には必要です。


言うなれば、演劇と美術は恋人みたいな存在なのかな。(私に恋人がいたことはないけど!!!)
デートの前日は、がんばって洋服を選んだり、きれいに髪の毛を洗ったり、荷物を何度も確認したりしますよね?(しないのかなーしないのかなー)
気合としては、遠足に似ているかもしれません。夜、眠れなくなっちゃうような。


そもそも、演劇や美術が「身近な存在」になる必要があるのでしょうか。「特別なもの」「わくわくするもの」であったら、どうしていけないのだろう。
難しいけれど、「演劇や美術は特別なものだと思ってるでしょ?皆さん。でもね、本当はそうじゃないのよって、演劇とか美術みたいな特別なものをやってる私たちが教えてあげるよ」的な姿勢が、作る側にあるんじゃないかなあ、と思うことがあります。ちょっと高飛車、に見えることがある(もちろん、それは一部の人の考え方ではあるのですが)。
「特別なもの」であっていい。それを認めるだけで、ずいぶん人の流れ方って変わってくるんじゃないのだろうか。


とっかかりは、「特別なもの」でいいのです。その特別が無茶苦茶に楽しければ。
私は高校1年生の時、学校の行事で歌舞伎を見に行きました。当時の私は演劇部に所属していたくせに演劇にまったく興味がなく、「歌舞伎なんてがちがちでつまんないんだろうなあ」と思っていました。
けれど実際に行ってみれば、とても楽しかったのです。その楽しさを助けてくれたのは、イヤホンガイドでした。芝居についての解説を、生でしてくれるのです。聞いている人全員が、思わず笑っちゃうほど面白い瞬間もあって、見終わったあとはすっかり歌舞伎が好きになっていました。
こういう体験が、いろんなところで、いろんな人に起こればうれしい。そして、私はそれを起こすための勉強ができる環境にいるのですよね。


「特別=楽しくない」は絶対違う。「特別、でも楽しい」。そうすれば、その特別がつながり、楽しさがつながる。


ものすごくひとりよがりな意見だけれど、これが今の私の、演劇や美術に対する思いです。
大嫌いだけど、大好き。その狭間で、ぐらぐらと迷ったまま、もう3年くらいが経とうとしています。
そして明日も、デート。楽しみ。


ではまた明日。


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もじゃもじゃ

先日旅行に行った時、芸術文化学科で勉強してきたことが、本当に自分の毎日とくっついているんだなあと実感した。
高速道路を下りると、マクドナルドやケンタッキー、ローソンにセブンイレブンがある。どんなに山道を走っても、自動販売機もあるしコンビニがあるところもある。去年はこんなに大きなコンビニなかったのに、というところまで。
どのお店も一様に大きな看板を掲げ、その向こうに山が見える。
こういう状態に、疑問符をつけていたのが、デザイン・マネージメントの授業。大きい看板を出さないと人は来ないのか?例えばフランスには、そういった看板はない。あのマクドナルドですら、規制を受けて景観を損ねないようになっている。(ちょっと京都と似ています)
その話を聞いたとき、たしかにたしかに、と頷きながらも、釈然と出来ない自分がいました。
何だろう、そういった景色に慣らされている私たちは、本当に心が貧しくなっているのかな?と思った、と言えばいいのだろうか。
その印象が、今回さらに深まった。もちろん、分かる。日本全国の駅前に並ぶ同じようなお店、大きな看板、一晩中輝くネオンサインが、不必要な物だということは分かる。
でもそれって、私自身(まったくの個人)にとっては、大きな何かなのです。東京で生まれ育ったからかもしれないけれど、もしそれがなくなったら不安になるような気がする。
そんな私も、近所の某大手古本屋さんの黄色い屋根には辟易しているのですが…


最近少し問題になっている、楳図かずおさんの家の話とも、つながってくるのかな。私は新聞でしかこの問題を知らないので、何とも言えないのですが。


ああ、もじゃもじゃ。


ではまた明日。


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老神温泉旅行2日目

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旅行2日目は、赤城山を通って(写真は赤城山をバックに)、ハルナグラスというところに行きました。
ハルナグラスは、1903年創業のガラス工場です。以前も来たことがあったのですが、それはまだ高校生だったころ。今ほどには、炉が身近になかったときのはなしです。
ムサビのガラス工房は、ガラス張りになっているので外からよく見えます。冬でも半袖の人たちが、たくさんいます。
そんな状況に慣れてしまってからいく工場は、とても不思議。


ハルナグラスは最近まで高崎にあり、1987年に現在の場所に移転しました。まだ20年なんですね。
今回初めて歴史を知ったのですが、軍需工場として使われていたということにびっくりしました。そして、終戦の前日に空襲でなくなってしまったということにも。


お昼に、日本三大うどんの1つ(らしい)、水沢うどんを食べて帰ってきました。さて、残り2つはなんでしょう。


やっぱりうちがいちばんだ。でもまた行きたい。


ではまた。

老神温泉旅行1日目

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8月1日から2日、群馬県にある老神温泉というところに行ってきました。
老神温泉は、東京から車で2時間くらいのところにあります。バスの便があまりないためか、あまり知られていない、静かないいところです。みちくさ家は、もう5回くらい来ているのかな。


1日は、老神から少し離れたたんばらラベンダーパークに、ラベンダーを見に行きました。
ここは、冬はスキーパーク、夏はラベンダーパークに名前を変えます。高原だからたくさん雪が降るし、ゴールデンウィークまでスキーが楽しめるのだとか。もちろんリフトもあるので、歩いて回るのはちょっと…、という人にもぴったりです。今回、みちくさ家とみちくさ母の両親とで行ったのですが、リフトの係員さんがとても親切でよかった。
ラベンダーは、ごらんのような感じでした。まだ咲いていないところもあったのですが、一面に広がるラベンダーはとってもきれい。いい香りもしました。空も青くて気持ちがよかった。


お決まりのラベンダーソフトを食べて(バニラと半分ずつのもあります)、旅館へ。
お風呂にのんびり入ってからごはんです。ごはんは、きっと女性向けなんだろうなあ、という作り。ちまこまといろんなものが食べられます。おいしかった〜


さて、ここからが芸術文化学科みちくさの話。
老神温泉は、交通の便がそんなによくない、ということもあって、決してにぎわっているとは言えません。
でも、朝市で新鮮な野菜が食べられたり、ごはんもおいしかったり、少なくとも私にとってはすごくいいところなのです。そんなところに、人が来ないのは少しさみしい。
老神の人たちも頑張っていて、夏の間は女将の会主催の盆踊り大会が開かれているのですが、特に夜店が出るわけでもないので、初日だった1日などは、ほとんど人が集まらない。踊っているのは女将だけ、という状態でした。
実は老神では、去年も盆踊り大会をやっています。去年も同じくらいの時期(お盆の少し前)に行ったのですが、人出は今年と同じくらい。つまり、去年あまり効果のなかったものを、そのまま(ポスターまで!)、というより、規模を小さくして(2時間→1時間)やっているのです。
私はここに、疑問符をつけたい。
老神温泉という素敵な場所を、たくさんの人に楽しんで欲しいという気持ちは分かる。けれど、それって盆踊り大会で伝わるのだろうか。旅館の窓から盆踊りを見ながら、いろいろ考えていました。


まず、何度も書いているように、老神温泉は交通の便が良くありません。最寄り駅である沼田から、1日に10本くらいしかバスが出ていません。電車の時間に合わせているけれど、これではあまりにも不便。
だったら、旅館が進んで送迎バスを出すだけで、ずいぶんお客さんの入りは変わってくるのではないでしょうか。遠いから、不便だからであきらめられてしまっては、もったいない。特に高齢の方は、自分で山道を運転することに不安もあるでしょう。バスがあったら便利なのにと思います。
それから、旅館の作り。これはなかなか変えにくいでしょうが、ごはんを食べる部屋に、いすもあればいいのに、といつも思います。みちくさ家がいつも泊まっている旅館は、お座敷です。私の祖父は杖を使っているのですが、とても不便そうにしていました。そういうところで、旅館が敬遠されてしまうのはもったいない。
また、バリアフリーの面からいうと、お風呂に手すりが付いていたらな、と今回すごく感じました。自分だけだと何とも思わないのですが、祖母と一緒にお風呂に入ると実感します。
段差はもちろんのこと。ほんの少しの段差でも「よく見えない」と言ってつまづいているのを見ると、確かに気づきにくいのだけど、気づかなくてはいけないのだと思いました。


バリアフリーは、誰もが使いやすいようにすること。ではその上で、老神温泉がターゲットにすべきはどの年代の、どんな人たちなのか。
老神のそばにある、渋川温泉・伊香保温泉は、家族連れをターゲットにしています。高速道路を下りてすぐのところにあるし、牧場もあるし。だったら老神は、それに対抗して、落ち着いた大人をターゲットにすべきでは?と思います。何しろ老神の周りには、何もない。でも、それが何よりのいいところ。それを分かってくれるような人たち、例えば高齢者、例えばただただぼんやりすることを求める(私のような)人たちに来てもらうのが、老神にとっていちばん幸せなのではないかと思うのです。
何も起こらないことが、何よりいい。それを、周りに流されずに、老神の人がアピールできればいいのにな、と。
でもそういう人たちに、アピールしていくのは難しい。インターネットを使わない人だってたくさんいるでしょうし、何もないことを強調するのは変な感じがする。
やっぱり、1回来てもらって、その人たちにリピーターになってもらうのがいちばんなのだろうけど、その1回が、むむむ…


と考えているところで、寝てしまいましたとさ。はっ…!
何もない、何もしない幸せって何だろう、と思いながら寝たのでした。1日目おしまい。


つづく

今日は、友人の展示を見に出かけました。
自分のよく知っている人の展示を見るのは、何だか変な感じです。恥ずかしいような誇らしいような。入り混じって変な気持ち。
最近、「知っている人」の作品を見ることが少なかったせいか、視点が定まらないような感覚になりました。
よく考えたら、「知っている」って何だろう?どうして変な気持ちになるんだろう?
私は、その人を知ったつもりになっていて、でも知らない部分があって、それが、知らないものを通して私の中に入ってくるから、そういう気持ちになるのかなあ、などと思いました。指示語の多い文章です。
そういう感覚がうれしいと、その友だちに「ありがとう」と言いたい気持ちになります。もう1回、会わせてくれてありがとう、というような気持ち。
以前は、私も頑張らなきゃな、と思っていたけれど、今日はあまりそう思わなかった。確かに焦りは感じたけれど、それだけじゃないなあと。心が広くなったとも、ちょっと違う。
いちばんしっくりくる言葉は、ありがとう、でしょう。


ではまた明日。


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そういえば、オフ会とても楽しそうですね。うらやましい。
私のハンドルネームの由来は、次回オフ会まで取っておくことにしよう。

100

今日で100エントリー目だそうです。


今朝、新聞の投書欄を読んでいたら、興味深い投書が目に入りました。
投書したのは、公立図書館で図書清掃の仕事をなさっている方。
曰く、「絵本の大きさはなぜバラバラなのか。作者の主張であることは理解できるが、材質・大きさが統一されていないため、棚に納めにくい」。本文からは分かりにくいのですが、絵本を1冊ずつアルコール系洗剤で拭く(汚れやすいため)ときに、表紙の素材が気になることもあるよう。
なるほどなあ、と思いました。
…本当は思っただけではないのですが、うまくまとまらないので次の機会に。


ではまた明日。


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科白

私事で申し訳ないのですが、今朝、私の高校の先生が亡くなったそうです。2年ほど習った先生だったので、実感はわかないものの、少なからずショックでした。
体調を崩されているのは知っていたのですが、そもそもが元気な先生だったし、この春には少し元気になった、ということを伝え聞いてはいたので、なんだかよく分からない気持ち、というのが正直なところです。


驚いたのは、昨日の夜、こんな本を読んでいたから。


最期の台詞―演劇人に学ぶ死の作法最期の台詞―演劇人に学ぶ死の作法
北川 登園

STUDIO CELLO 2007-05
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ただ単に、図書館に新刊として入っていたから、興味を持って予約しただけなのですが。
夜中に読んでいて、ふと怖ろしくなりました。私が最後に残す空気は、なんなのだろうと。


ではまた明日。


これが、最後かもしれないわけで。


michitori@hotmail.co.jp

主婦を考える その2

先日、専業主婦になることについて記事を書きました。
あの後、近所の図書館に行って、2冊の本を借りてきました。


ふざけるな専業主婦ふざけるな専業主婦
石原 里紗

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くたばれ!専業主婦くたばれ!専業主婦
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見るからに攻撃的なこの2冊(だからこそ借りようと思ったわけで、もう、著者の思うつぼです)。ドキドキしながら開いてみる。


…いやあ、ぐったりした。
詳しい内容は本を読んでいただければ分かるので、ここに長々と引用することは控えますが、いやはや。
そして、ここに反論というか、疑問を書いてしまう私は、あれなんでしょうが、…いやはや。


著者の石原さんは、ご自身も結婚・出産後に専業主婦をしていた経験があり、現在は離婚して、ライターをなさっているようです。
石原さんが批判の対象としているのは、「働く女性に口を出す専業主婦」。例えば、「子どもがいるのに働きに出て、子どもがかわいそう」と言ったり、結婚しないで働く女性に「そろそろ結婚したら?」と言ったり。基本的には、そういった専業主婦を「家畜」と言っています。…家畜。すごいな。つまり、旦那さんを働かせて、自分は働かずに、養ってもらっている状態。そしてその状態を、自分で働いている人にすすめる人。そんな専業主婦を「家畜」と…、うーん、何度書いても冷や冷やする。


この本を読んで、「私のお母さんって、いわゆる専業主婦じゃないのかもしれない…」とつくづく思いました。小さいときから、「何かこの人変だな〜」とは思っていたのですが(彼女は私がムサビ日記を書いているとは知りません)、やっぱりそうなのかな、と。
石原さんは、専業主婦が集まりそうな場所として、公園やレストラン、カルチャーセンター、スポーツクラブなどを挙げています。そして、そういうところでペチャクチャしゃべっている、と。
(ちなみにこれは、石原さんだけの意見ではなく、インターネット上=今は無きNiftyフォーラムで働く女性にアンケートを採った結果だそうです)
ところが私の母、そういう場所がおそろしく苦手です。だから、私が幼稚園に通っていたときは、本当につらかったらしい。そういうことを、「お付き合い」でやらなくてはならなかったから。…とはいうものの、実際のところはそういう場にほとんど参加しなかったんですけどね、彼女。公園でしゃべったりとか、他のお母さんや子ども悪口言ったりとか、道で広がって人に迷惑かけたりとか。だから、なんとなーく、親娘して浮いていた気がします。そんな幼稚園時代の私を評して彼女曰く、「とりこちゃんは一匹狼だった」。…かわいくないなあ。笑


ちょっと、「ん?うちのお母さんって何者?」と思ったところで、この本の一番ひっかかった部分。
石原さんは、「専業主婦のやっている家事=趣味」と言い切っています。
家事は、生きていくためにする最低限のことをやっていればよく、料理に凝ったり洋服を手作りしたり、部屋をモデルルームのように磨きたてるのは、仕事ではなく趣味だと。そして、その趣味に1日を費やす人たちに存在価値を認めろと言ってもそれは無理なことだと、書いています。
…はて。そうなのだろうか。
石原さんは、「専業主婦の家事=趣味」の例として、いくつかの主婦向け雑誌を挙げています。その中でよく書かれる「牛乳パックで小分け」とか「節約・倹約」について「働きゃーいいだろ」と結論づけています。稼げば無駄づかいだと思われない、と。
うーん。何とも言えないが、うーん。ちょっと違う気がする。
まず、「専業主婦の家事=趣味」というところ。趣味なのか?趣味じゃないだろう。自分のボキャブラリーの少なさに驚きつつも、かろうじてそれを思う。
私のお母さんは料理にも凝らないし(彼女曰く、料理は想像力と創造力。あるもので適当に作るのがよいらしい)、洋服は手作りしないし(8年に1度くらい手作りに凝る)、掃除はそこまで好きじゃなさそうだし(どこに何があるかは分かる)…彼女は、石原さんが「趣味」と表すような家事を、ほとんどやっていません。
私の母の「家事」(=私の考える「家事」)と、石原さんの考える「(専業主婦の)家事」は、まったく別物なのだと思います。
みちくさ家の「家事」は、毎日を底上げするようなもの、とでも言えばいいのか。「ぴんとする」という表現が、いちばんしっくりくるかもしれません。「家族が気持ちいいものを作るための工夫をすること」なのかな、と。仕事としてばさばさとこなしていくわけではなくて、それに工夫を重ねていくことが、私の考える「家事」です。
つまり、「家事」に、専業主婦も働く人も、関係ないということを言いたかった。


それから、私の母は、自分が専業主婦であることに誇りを持っているなあ、と思いました。働く人をねたむようなことは言わないし、そういう人におせっかいなことも言わないし。誇りというよりも、他人は他人、私は私、っていう姿勢がはっきりしている人なのかな。だから、一匹狼な娘も生まれるわけで。笑
専業主婦であること、というよりは、自分に自信とか誇りがある人なんだろうな。後悔はたまに口に出すけど、だからといって現状に不満があるわけではなさそうだし。今の自分でいい、と思えてる、ように見えます。娘からは。


さらに、専業主婦は仕事をなめている、なんて意見もありましたが、これは母にはまったく当てはまらない。
さらにさらに、けっこう過激な著者の質問(「専業主婦に対して一言言うとしたら何と言いたいですか?」など)と、それに対する回答が載っていましたが、さすがにこれは…著者曰くの「バカ丸出し」な専業主婦たちを挑発するためとは言え、ちょっと背筋がひんやりしました。
が、みちくさ母なら涼しい顔で「言いたい人には言わせておけばいいのよ」なんて言うんだろうな。


結局のところ、私が憧れているのは、専業主婦じゃないんですね。きっと、私の母に憧れている。母がバリバリ働いていればきっとその姿や職業に憧れたのだろうし、今は専業主婦をやってるからそれに憧れるのでしょう。
何をやっていても、自分に自信を持っている人はかっこいい。自分に自信があれば、きっと他人を攻撃したりなんてしないでしょう。
あ、これだ。これを言いたかったんだ。てことは、今の私は自信がないのでしょうか。そうかもしれないな。


2冊目の方は、1冊目を出したあと、読者から来た批判の手紙を紹介、それに石原さんが反論しています。
こちらはざっと読みましたが、読者の批判が「???」(的外れ)なものが多かったので、あまり意味はないかなあと。石原さんがそういう手紙を選んでいるわけだから、当たり前なのかもしれませんが。


このシリーズにはまだもう1冊あるようです。


さよなら専業主婦さよなら専業主婦
石原 里紗

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これも今度読もう。


ちなみに、石原さんの意見に対してはこんな本も出ており、


専業主婦への応援歌―石原里紗をぶった斬る専業主婦への応援歌―石原里紗をぶった斬る
小宮山 慎

新風舎 2002-03
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興味のあるところです。(レビューを読んでみるとあまりよい評価がないので、これもまたドキドキですが)


冷静になってこの日記の文章を読み返してみると、ムサビ日記というよりは、ただの母自慢である。
それではさすがにあれなので、今日図書館で借りてきた、美大生っぽい本。


デザイン・ルールズ「文字」―文字とデザインについて知っておきたいことデザイン・ルールズ「文字」―文字とデザインについて知っておきたいこと
伊達 千代 内藤 タカヒコ

エムディエヌコーポレーション 2007-03
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DTPの授業を受けて、知っておかなきゃなあ、と思ったので。ちなみにこの本はシリーズ化されていて、あと2冊ほどあるようです。
これからじっくり読みます。


そんな、夏休み1日目でした。
ではまた、明日。


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