カテゴリー:d.観劇記録

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『CHICAGO』@赤坂ACTシアター

*公式ウェブサイト*赤坂ACTシアター内『CHICAGO』ウェブサイト


劇場に行くと、いつも「ハレとケ」について考える。
私にとって劇場というのは精一杯のおしゃれをしていくところで、それはもちろん、高いものをやたらめったら身につければいいというわけではなく、そのお芝居に合っていて、自分の気分を高めてくれるものを着て行くべきなんじゃないかというのが、持論としてある。
だから今日は黒いワンピースを着ていって、一緒に見た人もそんな感じ(というか私よりよっぽどおしゃれ)だったので、そうだよなあ、これだよなあ、と思っていた。
でも、もちろん特にそういう意識がない人もいて(今日なんかはおしゃれしている人が多かったけれど)、それは私がどうこう言える問題ではないのだけれど、最近よく思う「演劇(なりお芝居なり)への敬意」みたいなものが反映されているのかなあ、と思う。
いや、それがその人の精一杯のおしゃれであると言われてしまえば、それまでなのだけど。
楽しみにしていたよ、わくわくしているよ、きちんと目に焼きつけて帰るよ。そんな意識の、私なりの表れが、服装。
という話。


そんな明日は、「宇宙人」をテーマ?にしたお芝居を見に行くのである。どうしたものだか。


そういえば、赤坂ACTシアターの以前にあった赤坂ミュージカル劇場で、私は劇団四季の『美女と野獣』を見ている。
それが、確か毎年見ていた『アニー』以外に、2つめか3つめに見たミュージカルだと記憶している。
日本で初演された1995年のことだ。私は9歳だった、らしい。
私にとって赤坂はそのときのイメージのままで、何だか今日は不思議な感じだった。
ちなみにそのときのキャストの中に、ウエンツ瑛士くんがいる。子役(チップ)だったから日替わりだったのだけど、もしかすると私は、ちっちゃなウエンツくんに会っているのかもしれない。
最近そういう役者さん(子役時代を見ている役者さん)が増えてきて、私はちょっとうれしい。


ではまた明日。


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劇団四季『ジーザス・クライスト=スーパースター(ジャポネスクバージョン)』@テアトロ ジーリオ ショウワ

*劇団四季 作品紹介『ジーザス・クライスト=スーパースター』


この作品を初めて見たのは小学生のときで、それから中学、高校、そして大学と、公演があるたびに必ず見ている。
だからこの作品を見ることは、私にとってひとつの道しるべというか教えというか、その時々に何を感じたのかが、とても大事だったりする。
そんな作品は他になく、だから私にとってこの作品は、とても重要な意味を持つ。


最初に見たときの帰り、夜のごはんに何を食べたかとか。
現役生だったとき、勉強もせず、何度も劇場に足を運んだなあとか。
去年の夏も見たなあとか。


でもそうやって、同じ作品を何度も見られることと、見るたびに違う感想を持てることに、感謝したいと思う。


ではまた明日。


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ナイロン100℃『シャープさんフラットさん(ブラックチーム)』@本多劇場

今日は、先日見たものの、バージョンちがいを。


同じ作品(今回は、厳密には別の作品なのだけど、まあ同じ場所で同じタイトルでやっているわけだから同じ作品ということにして)を複数回見るといつも思うことは、客席の不思議な違いだ。
既に1度見ている人が多いということもあるのかもしれないが、あまりにも先日と集中力に差があって、と、感じている私も集中力を失っているわけだけれど、なんだかなあ、という感じであった。
携帯電話が何回か鳴り、傘を終始いじくっている人がいて、チラシを入れたビニール袋があちらこちらでがさがさと音を立てる。
不思議だ。決して私に集中力がなかったわけじゃなく、前回にも増して楽しめたのに。
ただ、不思議だなあと、それだけを思いました。


ではまた明日。


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『悪夢のエレベーター』@シアタートラム

*梅田芸術劇場内 公演案内『悪夢のエレベーター』


美術がとても好きで、家に帰ってきてパンフレットを見てみたら、芸能デザイン学科(現・空間演出デザイン学科)を卒業なさった、池田ともゆきさんの手掛けたものだった。(第33回伊藤熹朔賞受賞など)
全然知らずに見に行った舞台で、卒業生の仕事に出会うとうれしい気持ちになります。


たった1枚の扉が、こちらの意識によって意味を変える、ふとした演出がとても好きだった。
ところが先日同じ舞台を見た母にその感動を話すと、「何も考えずに受け止めてしまった」とひとこと。
どうしてだろう。どうして気になったのかな、私は。ということが、気になりました。


ではまた明日。


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フラミンゴ『コード』@内幸町ホール

この夏のまとめは、明日にでも書くことにします。


*フラミンゴ OFFICIAL WEB SITE


まだ単独ライブに行き始めて2度目なのだけど、ゲストに呼ばれて出るライブなんかも含めると、もう何度も見ている人たち。(私にとって、こんなに生で回数を重ねて見ているコントの人たちは初めて)
3人が3人とも、やわらかい感じで大好きです。


今日のライブの中に、先日のライブで見たネタもあったのだけど、この間の方がぴたっとはまっていた印象で、びっくり。
もちろん、今日だって面白かったし笑ったのだけど、不思議。そういうものなのだなあ…


帰りに前回公演のDVDを買って、家に帰ってきて見て、お腹いっぱい。満足です。


ではまた明日。


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花組芝居『怪談牡丹灯籠』@あうるすぽっと

こんにちは、総理のみちくさとりこです
お風呂からあがったら、指名されていました。びっくりです。(もはや任命?)
メルマガでも発行しようかしら。
写真集出版のあかつきには、卜部さん、メイさん、よろしくお願いします。


さて、懸念していた図法・製図ですが、どうにかこうにか、「可」の評価をいただくことができました。
後期は、復習に力を入れて頑張る所存です。


以下、今日見てきたお芝居の感想です。


*電脳版 花組通信(花組芝居公式サイト)
*『怪談牡丹灯籠』公演概要


いやいや、感想が簡単には言葉にならない幸せを噛みしめる次第です。
終わったあと、あー楽しかった、という声が聞こえてきて、とてもうれしくなりました。
見ている人が楽しんでいること、見ているものを好きでいてくれること。好きだからこそ、丁寧に接してくれること。
当たり前なのだけど、これがけっこう、難しい。最近、そう感じることが多くなりました。
劇場に足を運ぶたび、もうだめかも、いやまだ大丈夫、その繰り返し。
今日は、まだ大丈夫、と思えました。よかった。


『怪談牡丹灯籠』は、岩波文庫から出版もされていますので、そちらもぜひ。
とはいうものの、落語では15日かかったというこの演目、3時間ほどでぎゅぎゅっとやってしまったので、演出の加納幸和さん曰く、「文庫を買わないでも済む」そうですが。笑


ではまた明日。


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『第二回 しんゆり薪能』@麻生市民館ホール

本日の東京・神奈川付近は、あいにくの雨。夕方ごろには止んでいたのですが、念のため電話して確認したところ、会場は麻生市民館ホールに変更になったとのことでした。
薪能初体験は、少なくとも10月までおあずけです。ちょっとがっかり。


今日の演目は、狂言が『膏薬煉』、能が『船弁慶』
本編に入る前に、簡単な演目解説がありました。(といっても、『船弁慶』中心でしたが)
麻生区の区長さんもいらして、装束を舞台上で着付けてもらっていました。しかも、女の役が着るもの。笑
能の着付けは中世のもので、帯ではなくひもだけで着付けるとのこと。そういえば、そうだ。うっかりしていました。
足を広げて立っていた区長さんが、着付けをしていた後見さんに「足閉じてください!」と怒られるなど、楽しい解説でした。笑


『膏薬煉』はもう、相変わらずの愛すべきお馬鹿さんたちがかわいくてかわいくて。
手元に台本がないので不確かかもしれませんが、双方、自分の薬に入っているものを説明するシーンには、笑ってしまいました。だって、「蚊の目脂」「地を歩く鯛」「赤子の頬の毛」「雷のまつげ」って…!(ちょっと検索してみたのだけれど上がってこないので、聞き間違いもあるかもしれません。ごめんなさい→いろいろなバージョンがあるようです
都の膏薬煉と鎌倉の膏薬煉が吸い比べをするシーンの動き、分かっているのに何とも滑稽で、あーあ、面白かった。
しかも負けたはずの鎌倉の膏薬煉、「三番勝負だかんな!」(みちくさ的口語訳)って、汚い…!笑
ああもう、こういう人って絶対いる、っていうか私自身かも、というのが、狂言の面白さだよなあといつも思う。
誰も傷つかず、ほんわかした気持ちになれるから、とても好きです。


『船弁慶』は勉強のかいあって、どうにかこうにかストーリーを理解しつつ、楽しめました。
やっぱり謡が入るので狂言ほど正確に言葉が聞き取れないし、聞き取れたとしても難しい言葉ばかりなのだけど(「序詞」だの「縁語」だの「掛詞」だのの知識なんて、あっという間に吹っ飛んだ)、どこかで読んだように「和製ミュージカル」というのは、本当だなあと。(もちろん、能の方が先ですけれど)
船が荒波に飲まれればお囃子だって盛り上がるし、動きだって大きくなる。ああ何だ、ミュージカルじゃないかと、ミュージカルなら見慣れている私は思いました。そう思えば、リラックスできる。言葉がどんどん過ぎてゆくのなんてミュージカルなら当たり前だし。(…私だけ?)
雰囲気だけを感じるものとは思わないけれど、そこからだって十分に、いろんなものは汲み取れるのだよなあと。
でもだからこそ、ちょっと引いた目で見ると、(もちろんそれが形なのだということは承知していても)面白くなってしまう。「いやいや弁慶、船頭さんが『波が荒いぞ』って言ってるんだから、そこで立ち上がって一言二言言うのはやめとこうよ」って。笑
それも、ミュージカルと考えてしまえば別に不思議ではないのですけど。


帰り道のお客さんの反応が、とても面白かったです。
何となく雰囲気を見ていて、けっこう多くの人が、狂言や能にあまり親しんでいない人みたい。
奥さんに連れられてきている旦那さんとか、ご招待で来た人とか、もしかするとあの辺りに住んでいらっしゃる方も多かったのかな。
「寝たらお金がもったいないから寝なかった」とか、「やっぱり能は雰囲気を楽しむものなんだな。全然分からなかった」とか、聞こえてくるのはそんな声ばかり。
なるほど、確かに寝ている人も多かったし(周りに迷惑をかけなければいっこうに構わないのだけど)、そもそも劇空間に馴れていないような人もたくさんいた。
私は、今日も出ていらした茂山宗彦さんが好きで最近見始めて、茂山千五郎家の人たちをみんな好きになって、でもその原点にはやっぱり舞台がとても好きだということがあって…
別にそれが善で他の人が悪だなんて思わないけれど、うーん、やっぱり、ある決まった狂言や能への印象というのはあるんだなあ、そして今日でそれは覆せなかったんだなあ、と思いました。
さすがに、後ろの席に座っていたおばさま2人組が、能が始まった途端に「幽玄の世界ね〜」と囁き合っていたのには苦笑してしまったもの。
うーん、ちょっと悔しいかな。


今回の企画、神奈川県にある新百合ヶ丘という、いわゆるニュータウンの中で行われました。
新百合ヶ丘は「しんゆり・芸術のまち」として町おこしをしているようです。
今日も、「しんゆり薪能」と書かれたはっぴを着た(おそらくボランティアであろう)人たちが駅前に立っていたり、ホール内で誘導をしてくださったりしました。


そんな中で私が感じたことは、やっぱり劇場のスタッフというのはかなり訓練されているのだな、ということ。
当たり前のことですが、劇場での人の動線がきちんと把握できていますし、劇場に来た人のニーズも理解しています。
偶然かもしれませんが、今日はそのニーズにあまり応えてもらえず、残念な気持ちもありました。
例えば、開場前に並ぶ列。スタッフはたくさんいるのだから、最後尾はこちらですと大きな声で案内してくれるか、札を持ったスタッフが立っていればよかったものを、聞かなければ最後尾を教えてくれない。
並ぶ列も、うねうねさせてしまって入場が面倒。順番は崩さず、朝礼みたいに並ばせてしまえば列ごとに、もっと簡単に誘導できたはず。
さらに、場内放送で「携帯電話は電源を切るか、マナーモードにしてください」と言われたときにはどうしようかと思いました。電源は、切ることにしようよ。
本当にちょっとしたことなのですけど、ああ、これがこうなればなあ、と思うことが多かったです。
スタッフの中に、劇場によく通う人はいなかったのかな…


まちとしてはすごく盛り上がっていても、その根っこのところで悲しい気分になってしまうと、何だかなあ、と思います。
町おこしの取り組みそのものが、ごく最近始まったものですから、仕方のない面もあるのかもしれません。
おそらく今年初めて市民館ホールで公演が行われたのでしょうし(去年は外で行われたはずです)、突然の変更で大変だったこともあったでしょう。(まあ、携帯電話は関係ないけど)
来年はどうなるのか、新百合ヶ丘というまちはどうなっていくのか、気になるところです。
お客さんの意識がどう変わっていくのかも。


ではまた明日。


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『下北未満』@駅前劇場

今日は、お笑いのライブへ行ってきました。
若手の中でもコントを得意とする芸人さん8組が集まったライブ。とても面白かったです。


客席の感じが、演劇を見ているときのそれとはまた違って、不思議。


それにしても、一緒に見に行った友人と会って、夜ごはん食べて、劇場に行ってげらげら笑って、お茶飲んでケーキ食べてる間に、日本という国が大きく動いていたこと、全然知りませんでした。
帰りの電車で、携帯に流れるヘッドラインを見てびっくり。
実は以前、あるお笑いライブ(のようなもの)を見に行ったとき、わりに大きな事件に判決が下り、その日は1日、その話題でテレビや新聞が持ちきりで、何とも言えない気持ちになったことを思い出しました。
今日は予見できなかったぶん、驚きが大きかったです。そして、とても怖いなあと思いました。
別に、劇場の中にいるときだけ世の中が動いているわけではなく、他のどんな場所にいてもどんどんこの世は変わっているのだけど、偶然とはいえ、劇場にいる間にこんなことが起こった、ということ。
ものすごい罪悪感にとらわれる。


ではまた明日。


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K.K.P.#6『TRIUMPH』@本多劇場/『宝塚BOYS』@シアタークリエ から考えたこと

※8/31に再編集しています。ご了承ください。


昨日は、始発で下北沢本多劇場に向かい、『TRIUMPH』の当日券に並んでからマチネを観劇、その後、日比谷に移動してシアタークリエにて『宝塚BOYS』ソワレを観劇という、強行スケジュールでした。
とても疲れましたが、この日に見て良かった、と思えるような体験をしたので、満足です。


実のところ、先日見た『TRIUMPH』の出来にあまり満足できず(日記を読んでいただければ一目瞭然とは思いますが…)、リベンジの意味を込めての観劇でした。
満足出来なかった理由はたくさんあるのですが、何だかとても悲しくなってしまって、このままじゃ終われない!という思いと、多分このままじゃ終わらない!という思いで、気力を振り絞って見てきました。
昨日は、満足出来なかった理由のひとつでもある、お客さんの雰囲気がとてもよく、結果的にはそれなりに満足して帰ってくることが出来ました。それなりに、というのは、前回の大きなマイナスが響いてのことなので、多分昨日が初見だったら、とても満足出来たはず。それくらい、楽しめました。
前回は、お客さんが「そこで笑うの?」「そこで驚くの?」というところで笑ったり、驚いたりしていて、びっくりしたり、悲しくなったり…あまりにも低すぎるハードルに、この出来で満足なの?とちょっと混乱してしまいました。
でもそれって、私の思い上がりなのかなあ、と思って1週間が経ち、ふたを開けてびっくり。
決してリピーターが多いとも言えないお芝居なのに(何しろ、チケットがとんでもなく取りにくいので…)、前回よりも明らかにハードルが高く、ちょっとしたことでは笑いもしないし驚きもしない。泣きもしない。
何でもありだった前回に比べ、真っ直ぐにお話に集中することが出来ました。
でもそれも、やっぱり私の個人的な感じ方なのかなあ、と思っていたら、終演後、作・演出の小林さんが「今日はいろいろうまくいって」とおっしゃっていて、(まあそれが言っていい一言なのかという議論はさておき)私はとてもびっくりしました。
「芝居は生もの」とよく言われるけれど、それって本当なんだなあ、と。
私はどちらの客席にもいたわけだから、どちらの客席の雰囲気にも影響しているのだろうと考えると、複雑な気持ちだけれど…(この気持ちは、忘れてはいけないよなあ…)
けれど、今までそう実感したことがあまりなかったので、新鮮な驚きでした。


その興奮冷めやらぬまま見に行った、『宝塚BOYS』。
これは、前日に見たときにとても良くて、「明日の『TRIUMPH』がつまらなかったら見に行こう」と決めていたお芝居でした。
ところが『TRIUMPH』がとても面白かったのでどうしたものかと悩んでしまい、それでもやっぱり、千秋楽が日曜日ということもあって、見に行ってしまいました。
こちらは『TRIUMPH』とは逆で、前日の出来の方が、圧倒的に良かった。それは、舞台上も、客席も。
前日も携帯電話が2回も鳴ったり、大きな(遠慮のない)咳払いが聞こえてきたりして、「おやおや」と思ったのですが、それに負けないくらいの、客席のじんじんするような集中力と、舞台上の緊張感が寸分の狂いもなくぴったりと合わさったような感覚が、とてもとても良かった。
昨日は、携帯電話こそ鳴らなかったものの、上演中にわりと大きな声でしゃべってしまうご夫婦がいたり(聞き取れなかった科白を確認するのはやめてくれー!時計を何度もちらちら見ていたのに、レビューのシーンで誰よりも大きな拍手をするのはやめてくれー!何よりも、最後のじんわり感動のシーンで、大爆笑するのは、…空気を読んで、やめてくれー!!!)、そこ笑うところ?と思ってしまうシーンで笑ってしまう人がいたり…
まあ、ある程度は「有楽町界隈の雰囲気」(詳しくは語りませんが)として許せるにしても、何だかなあ、な客席でした。
それと呼応するように、前日からは想像がつかないくらいに噛み合わない舞台。
もちろん、役者さんも脚本もとても良いので、目も当てられないなんてことはないのですが、昨日の方が良かったんだ、不思議…、と思いました。


今までは、「芝居は生もの」という言葉を、「そうだよね、生身の人間がやってるんだもんね」と単純に捉えていたのですが、私の錯覚にせよ、客席の雰囲気がここまで舞台の出来に影響するとは…
考えてみれば当たり前で、やっているのも生身の人間なら、見ているのも生身の人間。影響しあって当然なのですよね。
今さらながらそんなことに気づかされて、なおさら、私は尊敬の念を抱くのでした。舞台というものに。
ちゃんと向き合わねばなあ。安易な気持ちで、劇場というところに足を踏み入れてはいけないのだな。
そんなことを思った1日でした。


ではまた明日。


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『宝塚BOYS』@シアタークリエ

*『宝塚BOYS』公式ウェブサイト


明日がちょっと早いので、今日のところは走り書きの感想で失礼します。
もしかすると、明日まとめての更新になるかも。何とまとめてかって?それは、明日までのお楽しみに。
…まあ、個人的にはまとまらない方がいいのですが。


見終わって思ったことは、「そう、これだよね!これ!」ということ。


あとは、印象に残った科白をひとつ。
「レビューを見ても、腹はふくれない。でも人は、娯楽を求めて劇場にやってくる。そういう人たちにいいものを見てもらいたいし、自分も見たい」
正確な科白ではありませんが、「自分も見たい」という姿勢が、ああ、そうだよなあ、と思いました。


ひとまず、ではまた明日。


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K.K.P.#6『TRIUMPH』@本多劇場

*K.K.P.


今日のところは、記録のみ。


ではまた明日。


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劇団M.O.P.第43回公演『阿片と拳銃』@紀伊國屋ホール

*劇団M.O.P.公式サイト


コンクールに出る気のさらさらない、向上心皆無の演劇部にギリギリ籍を置いていた高校1年生の私が、生まれて初めて心底憧れたのが、劇団M.O.P.の『黒いハンカチーフ』という作品だった。
そのときは、『演技者。』というテレビ番組でTOKIOの2人が主演を務めていたので、正確にはM.O.P.の作品を見たわけではないのだけれど、迂闊な表現をしてしまえば、もう、痺れた。
それからずっと、ほとんど恋するみたいに劇団M.O.P.やM.O.P.に所属する俳優さんを好きで好きで、でも劇団の作品そのものは、見られず終いだった。
それは日程とか経済的な理由とかでは全然なくて、もう、あんまりにも憧れすぎて、とてもじゃないけど今の私には見られないような気がしていたから。
けれど、あと3回(今回の公演が終わってしまえば、あと2回)で解散することになったと知り、いてもたってもいられなくなって、見に行った。


6年経ってようやく見られたM.O.P.はやっぱりすごく大人で、私なんかとてもじゃないけど、いるのが申し訳ないくらいだった。
もちろん、心から楽しんだのだけれど。
最近の私は、10年後のことが気になる。自分より10歳くらい年上の人が格好良く見えて、自分もああなれるんだろうか、と気ばかり焦っていた。
けれど、M.O.P.を見ると、自分のそんな焦りが、ひどく小さなものに思えてくる。
旗揚げのメンバーは、今の私くらいの年齢のときにこの劇団を始め、そして約四半世紀、いろんなものを塗り重ねてきたのだ。
それはお客さんも同じことで、今日いたお客さんのかなり多くが、それぞれにM.O.P.との時間を持っているようだった。私にはとても、太刀打ちできない。する気もないけれど。


あんな大人になりたい。


自分の中で、「大人」という言葉の定義が変わりました。


ではまた明日。


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BIJYOGI-JCT『追越し禁止!?』@笹塚ファクトリー

*詳しい情報はこちらをご覧ください


こんな日もある!という、記録のみ。


ではまた明日。


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親族代表『親族代表祭 脱線01』@初台 THE DOORS

*親族代表 official web site


面白かった!以上。


生まれて初めてのライブハウスでした。
ワンドリンク制がよく分からず、ワンドリンクの権利を放棄しました。
人が動くことを想定しているからか、空調が寒い!(実際にはほとんど動かない)
ちょっと喉をやられました。


明日も似たような日記になりそうな予感です。
生まれて初めてのところに行きます。緊張します。


ではまた明日。


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M&Oplaysプロデュース 伝統の現在ダッシュ6『聖流譚〜今昔物語異聞〜』@紀伊國屋サザンシアター/『納涼茂山狂言祭2008』@国立能楽堂

と、いうような感じで、お芝居からの狂言。1人の演者を、違う演目でマチネソワレ×3人、というとんでもない強行軍でした(見る方も、やる方も)。
以下、簡単に感想、感じたことなど、メモ。


○『聖流譚〜今昔物語異聞〜』

…は、飛ばしまして、



○『納涼茂山狂言祭2008』

今日は、『船渡聟』『蝸牛』『髭櫓』の3つ。
特に『蝸牛』は個人的にお気に入りなので、楽しみでした。(こちらから動画がご覧になれます)


狂言をいくつか見てきて(本当に、いくつか、なのだけど)思うことは、どうして狂言に出てくる人物ってみんな、目を覆いたくなるようなかわいさを持っているのだろう、ということ。
狂言の世界をのぞいて笑っちゃうことって、見ている方には全部仕掛けが分かっている。分かってないのは、その世界に生きている人々だけ。
だから、「わー!それやっちゃだめー!」って、見るのがつらくなる。でも、覆ったはずの指のすき間から、…見ちゃうんだよねえ。
そんな自分を、「うわ、感じ悪」と思うんだけど、でも楽しいんだもん、笑っちゃうんだもん。
その感じに、すっかり病みつきです。


私の好きな『蝸牛』のあと、『髭櫓』まで少し準備の時間があったのですが、その間、いろんな人が「でーんでーん、むーしむしー」と山伏の真似をしているのが、いいなあ、と思いました。
いい大人が、「耳から離れない…」と、男女問わず、「でーんでーん、むーしむしー」って。


近ごろ、「かわいい」という言葉はあまり歓迎されないけれど、狂言に関してはどうしても、「かわいい」と言いたい。
「愛おしい」、も近いかな。うん、「愛おしい」のが近いかも。


狂言を見たあとは、何だか人に会いたくなります。


ではまた明日。


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クロムモリブデン『血が出て幸せ』@THEATER/TOPS

*クロムモリブデン on WEB


今日、この作品を見に行ったのは、本当に偶然。
そもそも行くはずだった友人が行けなくなり、代打で行くことになった。
何となく名前は知っていたけれど、見たことのなかった劇団。
結論から言えばめっちゃくちゃ楽しくて、でも、偶然が重ならなかったら、この劇団に会うこともなかったのかもしれない、少なくとも今回は見ていなかっただろうと思うと、不思議な気持ちになる。


お芝居や、劇団に出会うきっかけって、何なのだろう。
演劇の人気のなさとか、演劇離れとかが話題になると、そこにはすぐに、「じゃあ小さいころから、学校で見せればいいじゃないか」という人が、少なからず存在する。
今までの経験から言って、そういった主張をするのは、某大手ミュージカル劇団や、某大劇場や、伝統芸能に関わる人だったりする。
私はどうも、それに疑問を覚えてしまう。利用して、利用されているような気がする。それはもう、いろいろな意味で。
もちろん、児童や生徒が強制的にせよ劇場に足を運び、そういったものを見ることが、悪いこととは思わない。それが良いように作用するなら、素晴らしいことだと思う。
ただ、…ただ、違和感を感じる。
私は中学から高校にかけて、学校行事として伝統芸能やオペラを見に行った。
でも、そうやって一緒に能やら狂言やら歌舞伎やらオペラやらを見た人の中で、今も演劇やその他板の上のものに興味を持ち、見に行ったり携わっている人はとても少ない。
そして、私がそういったものを今でも好む理由は、おそらく学校で見に行ったからではない。それは、きっかけにすらなっていない。


それに、学校というところが見せたいと望む芝居って、ほんのひと握りにすぎない。
演劇って、わりときわどい表現が多いけれど、そんなのもちろん、学校としては子どもに見せられない。
例えば今日見た作品なんかも、仮に中学生や高校生に見せようということになっても、学校からストップがかかるでしょう。(なのに伝統芸能でそういう描写があっても、OKだったりする)
もちろん、個人で見るぶんには全然OKだし(実際、小学生くらいのお子さんもいらした)、私としては「私の高校の演劇部に見せてあげたいわー」などと思っていたのだけど、「学校」という装置を通すだけで、かなり多くの作品が「(倫理的に)だめなもの」になってしまう。
だから必然的に、ある一定の劇団・集団の作品以外は、いわゆる大衆の目には触れない。


そんなことを、ぽつぽつ考えていました。
で、「学校という装置を通して考える演劇」というか、「学校と演劇の相容れない(ようで、相容れたい)関係」というのは、私がこれからの1年半で、考えていきたいテーマだったりも、する。


ではまた明日。


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タニマチ金魚『更年期SHOWガール』@下北沢ザ・スズナリ

*タニマチ金魚ウェブサイト


うあーい、おもしろかったあーい。
それ以外に、まったく記憶がございません。


演劇って、何だかんだいろいろ考えさせられるよなあと思っていたのだけど、そうでもなかった。
でも、わりとめずらしいことは、確かかも。気持ちいい疲れ。


ではまた明日。


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子供のためのシェイクスピアカンパニー『シンベリン』@あうるすぽっと

先月、桜美林大学PRUNUS HALLで見たのと同じ演目を、今日は東池袋にある劇場・あうるすぽっとにて。


前回見たとき、(ブログには書いていないのだけれど)「私には、お芝居に対する敬意のようなものがあるんだな」と、すごくすごく思った。
お芝居を尊敬する気持ち、大事に思う気持ち。
なぜか知らないけれど、いつの間にか、いつからか、私の中にはそんな気持ちがある。
私は常日頃、お芝居なんてくだらないだの、なんにもならないだの、もう単なる「芝居ツンデレ」みたいな暴言を吐いているのだけど、このところ、「デレ」の部分が強くなってきて、仕方ない。
というか、自分の中の「デレ」を恥ずかしいと思わなくなったのかな、あんまり。


で、今日はそんな自分の「デレ」がどこからやってきたのか、何となく分かるきっかけになった。
今日の客席は夏休みということもあって、親子連れがたくさんいた。
が、正直なところ私は面喰らってしまうことばかり(うちの母なら絶対に許さないようなことばかり)で、何だかなあ、であった。
帰り道、一緒に見に行った母に、私が初めてお芝居を見たときのことを聞いて、なるほど、と思った。


とにかく私は、お芝居が好きで好きでたまらないようだった。
最初に見たのは幼稚園の年少さんのときだから、まだ幼稚園で学芸会があったわけでもないし、兄弟もいないからごっこ遊びに馴れていたわけでもない。
多分ほとんどまっさらな状態で、劇場に向かったのだと思う。
私は固唾を呑んで舞台の行方を見守り、家に帰ってから歌いまくって踊りまくった(ミュージカルだったので)。
自分も芝居を見るのが好きだった母は、うれしくなって私を劇場にたくさん連れて行った。
帰ってくると、私は毎度毎度、歌いまくって踊りまくったそうな。


何でそんなに好きだったのかね?と聞いてみると、母は「血が騒いだんじゃないの」としか言わない。それ以外に、説明のしようがないと。
でもそれは多分、本当にその通りで、私は小さいころに見たそれらの舞台のことを事細かに記憶している。
それが、「血が騒いだ」ってことなんだろうな、と。


ここまで来たら、もう、諦めの境地だ。私はずっと、ツンデレしていくしかないのだ、おそらく。
説明はつかないけど、好きなんだもん。説明はつかないけど、すごいんだもん。
何かちょっと、親に似てる。言葉には出さないけど、尊敬している。


そういう気持ちがなけりゃ、今まで見つづけてないさ。たぶん。


ではまた明日。


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劇団☆新感線『五右衛門ロック』@新宿コマ劇場

*『五右衛門ロック』公式サイト


誠に勝手ながら、私が今ここでこうしていることについて、責任の8割くらいは劇団☆新感線にあると思っています。
何度も書いていますが、私は中学高校通してとても不真面目な演劇部員で、ろくろく練習に参加したこともありませんでした。(幼稚園のころからミュージカル見てたくせに…)
それがころっと改心し、一時はもうずっと演劇をやっていこうと思っていました。
そんなこんなのきっかけは、ぜーんぶ劇団☆新感線です。多分。
生まれて初めて自分でお金を出して見に行って、あー面白かった!と帰ってきたのも新感線でした。(それ以前にも何回か自分のお金で見に行ったのだけど、そんなに面白いと思えなかった)
生まれて初めて制服で劇場に入ったのも新感線でした。(とても緊張しました)
それ以来、よっぽどの事情がない限り(入試の真っただ中とか!)劇団☆新感線の舞台は見るようにしています。
こんなことを言うとおこがましいけれど、私にとってはひとつの目印というか、何というか…
時間は誰にも公平に流れるというけれど、そんなことを実感する劇団です。
主宰のいのうえひでのりさんは、私の母と同じ学年です。そう思うとまた、不思議な感じがします。
今の私はもう、演劇頑張るぞ!って思ってる女子高生ではないけれど、そのときの気持ちが思い出されて、でもそれを、懐かしがっているだけじゃいけないなあと、いつもいつも思わされます。


ではまた明日。
※ちなみに今日から3日連続で、観劇です。体力勝負!


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ペンギンプルペイルパイルズ『審判員は来なかった』@シアタートラム

*ペンギンプルペイルパイルズ・オフィシャルサイト


うまく言えないのだけれど、私はお芝居を見るという行為に何を求めているのか、このところしばしば考えている。
私は個人的にお芝居を非現実とは思っていないので(どこまでもどこまでも、現実感のない現実?だと思っている。たぶん)、別世界の面白さみたいなものは、そんなに欲しくない。
かといって、ツクリモノツクリモノしたお芝居が好きじゃないかというと、そうでもない。突然歌い出すのだって全然オーケーだし、明らかに動きにくい衣裳で殺陣をやってくれても大丈夫。
それじゃいったい何が見たいのか、知りたいのか、聞きたいのか、感じたいのか…
今日何となく、「お芝居でしか言えないことがあるのかな」と思う。お芝居の文法でしか、言えない何かが。
それはきっと、私が毎日の生活の中で使っている表し方とは、違う。
もどかしいくらいに適切な言葉が出てこないけれど、私にとっては感情をじかに掴まれるような、そんなものだなあ、演劇って。
以前、「どうして時間に拘束されるものが好きなの?」と暗に演劇を批判されたことがあるのだけど、私は演劇のそんな遠慮のない感じが、とても好きみたいです。


ではまた明日。


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『SISTERS』@パルコ劇場

*公式ウェブサイト(パルコ劇場ウェブサイト内)


ちょっと前に、とんでもなくつまらないお芝居を見た。
お芝居が終わったあと、もう拍手をするのも面倒くさいくらい、というか、とてもじゃないけどしたくないくらいで、でもやっぱり好きな役者さんも出ているから、彼らには感謝の気持ちをこめるつもりで、ぱちぱちと拍手をした。
ところが、いざ役者さんが出てきてお辞儀をしてみると、乾いた音の拍手した起こらず、私は逆に、それで感動してしまった。
このところ、客席にちょっとがっかりすることが多かったけれど、でもまだ、大丈夫なんだ。
そう思ったら、元気になった。


今日の拍手は、違う意味で印象的だった。
物語の終わりがその場にいた人みんなになぜか分かり、それでもやっぱり、あっけに取られる終わりで。
ものすごく大きく(強く、とは違う)揺さぶられ、でも、とにかく、「いい」ということだけは理解できる。
だから大きな、温度のある拍手がおくられる。


今まで聞いた中でいちばん、あたたかな拍手だったように思う。


私個人は、も、めちゃくちゃ、好きでした。全然、言葉にならないけど、やっばい、好き。


ではまた明日。


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『第7回 千五郎狂言会』@国立能楽堂

このごろ、人の悪口ばかり言ってるような気がしていた。
私自身としては悪口≠陰口なのだけど、まあ普通に考えれば、悪口=陰口だろう。
そんな自分が嫌で、嫌だと言ってる自分も嫌で、それでもやっぱり嫌なものは嫌で、どうしたもんだか、もやもやしていた。
自分の言った言葉はそのまま自分に返ってくるのだと久々に実感したりもした。
そんな今日見に行った狂言は、からりと明るく、そんな私の嫌なところを笑い飛ばしてくれていた。


今日の番組は、『止動方角』『柿山伏』『釣針』。
どれもこれも、登場人物が裏でいろんなことを考えている。
仕返しだったり、嫌がらせだったり、あとは、きれいな女の人が欲しいとか、…でも、あるある、って思ってしまう。そんなことだらけ。
それって、毎日の生活でもやっぱりうまくいかなくて、そういう嫌らしいことを考えると、必ずといっていいほど、しっぺ返しがくる。
でも、それを思いっ切りやってくれちゃう登場人物たちが可愛らしくて、愛しくて、笑ってしまう。
あんまり思い切っているから、失敗の結末に、思わず声をあげそうになる。
人をやっていくのはしんどいけど、楽しい、可笑しい。


明日も頑張ろうなんて思いやしないけど、私もこんな、楽しくて可笑しくて可愛くて愛しい、そんな人たちと一緒なんだなって思うと、ちょっと元気になった。


あと、帰るころには腰がけっこうよくなっていた。


ではまた明日。


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子供のためのシェイクスピアカンパニー『シンベリン』@桜美林大学PRUNUS HALL

*子供のためのシェイクスピアカンパニー 公式サイト


芸術文化学科というところに入って、そりゃもちろん、周りには演劇を見る人、やる人がたくさんいる環境ではあるけれど、私はわりと意識的に、演劇というものと距離を置いてきた。
でもそれは好きすぎるゆえで、決して、嫌いになったわけではない。
それでも真面目に演劇を愛する人に比べれば全然演劇のことなんて好きじゃなくなったつもりで、一方で作り手に愛されていない演劇を見ると悲しくなったり腹が立ったりした。
そんなふうに4年間を過ごして、今日、ある程度の答えというか、まあそんなようなものが、見つかった、というのが言いすぎであるなら、示された、ような気がした。
私はやっぱり、ここにいてよかった。この場所から、この距離で、この角度で、見ていてよかったのだなと、実感した。
私はまだ、演劇というものを好きでいられる。


先日、いまいち面白くないシェイクスピアのお芝居を見て、いやいやこんなものじゃない、私は世界一面白いシェイクスピアを見せてくれるカンパニーを知ってるぞ!と友だちを誘って引き連れてきたので、どきどきでした。でも、楽しんでもらえたようで、よかった。


いつ、どんな作品で見ても、外れがなく、面白い。
途中で休憩があるし、展開が早いから(原作からかなり削ぎ落としている)、「古典は苦手」「シェイクスピアって難しいそう」と思っている人にこそ、見て欲しいカンパニーです。


なお『シンベリン』は、7月12日より、東池袋にあるあうるすぽっとという劇場で上演されます
私も実は、もう1度あうるすぽっとで見る機会があるので、そのとき、どんなふうに変化しているのか、今から楽しみです。
お時間と予算の都合のつく方は、ぜひ。


ではまた明日。


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SUGAR BOY 1st『maniacs』@アイピット目白

*公式ブログ SUGAR BOY記


今日は、芸術文化学科の友人と、お芝居のようなコントのような、ものを見てきました。
4限まで授業があったので、学校から直接、目白に向かう。東村山・高田馬場経由の山手線。
しかしこの道中、とんでもないことが起こった。人生とは…舞台なり。
今日はおもに、そのことについて。


高田馬場に向かう西武新宿線で、友人が「チケット、忘れないように昨日帰ってすぐに入れたんだよね」と言って、チケットを取り出し、確認した。
実はその友人とは昨日も舞台を見ており(そして明日も行くのだが)、帰るのがけっこう遅くなったので、忘れないうちにかばんに今日の分のチケットを入れた、ということらしい。
さあ、問題は以下のやり取りです。注意深く、お聞きください。


(※みちくさ=み、友人=ゆ)
み「あ、チケット忘れた」
ゆ「…は?嘘でしょ?」
み「いや…忘れたわ」


ね?びっくりでしょ。
友人も、私があんまりさらりと言ってのけるので嘘だと思ったらしいのですが、いやいや、本当です。
チケットのことなんて、頭に浮かびすらしませんでした。


途中で電車を降り引き返すこともできますが、となると開演時間に間に合うのはけっこう厳しい。
そこで私が思い出したのが、「お忘れ券」制度。
大きな劇場ではよく行われていることなのですが、チケットを忘れてしまった人が申し出ると、開演ギリギリまで待って本当にその席が空席のままか調べるのですね。で、5分前くらいになると「お忘れ券」というものを発行してもらい、その席に着けるわけです。
しかし今回はあまり公演の規模が大きくなく、なおかつチケットは某大手チケット販売サービスで購入。仕組みを知らないものだから、制作側にその控えがあるのかどうかも分からない。
とにもかくにも、途中下車して制作さんに電話する。


(※みちくさ=み、制作さん=せ)
み「かくかくしかじか、なのですが…」
せ「はい、××で購入されたんですね?」
み「はい、そうです」
せ「お名前は…」
み「えーっと、○○(友人の名前で取ってもらった)、と申します」(すごい恥ずかしい!)
せ「何名様ですか」
み「あ、片方は持ってるんですけど、片方は持ってないんです」
せ「あ、そうなんですか!そうしましたら、劇場にいらしていただけますか?チケット、ご用意しておきます」
み「分かりました、ありがとうございます」


というわけで、お間抜けな私のチケットは、一緒に行く友人がいたということもあり、受付に用意していただくことができた。
他人に迷惑をかけるこういうミスは久々にやった(つもりな)ので、結果オーライだけどけっこうへこんだ。
最近、私にしては睡眠時間が少ないからかな…
皆さまもお気をつけください。


舞台は、とても面白かった。チケットを忘れたくせに、いちばん前で見てしまいました(全席自由だったので)。
すごい迫力だ!とは思わないけれど、舞台上にある書類という設定の紙が全然書類じゃなかったり、役者さんの手がものすごく震えているのが見えたり、なかなかに興味深かったです。
帰りにTシャツを買った。


ではまた明日。


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『A MIDSUMMER NIGHT'S DREAM〜THEじゃなくてAなのが素敵〜』@東京芸術劇場 中ホール

今日は本当に、記録だけ。


*公演ウェブサイト
『A MIDSUMMER NIGHT'S DREAM〜THEじゃなくてAなのが素敵〜』


しかし本当に、恋をしている瞬間とは、魔法にかかったようなものなり。
自分でもびっくりするくらい、パックの魔法になどかかっていなくても、魔法が解けるように思いは消えてなくなってしまうのだよなあ…
さすが、ビルって名前の人は違うね。よーく、分かっていらっしゃる。


ではまた明日。


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マームとジプシー『ドコカ遠クノ、ソレヨリ向コウ 或いは、泡ニナル、風景』@桜美林大学PRUNUS HALL

※以前より予告しておりました「そうだ、みちくささんに聞いてみよう」回答編ですが、明日書きたいと思います。お待たせして申し訳ございません。


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今日は、高校の演劇部の同期がやっている劇団、マームとジプシーの第4回公演を見て参りました。


作・演出の方と以前からお話させていただいているのだけど、それだからか、そうでなくてもなのか、その人の求めるものにがしがしと行き当たる感じがして、とても心地よかった。
泣かせようと思って作られているお芝居じゃ全然ないのに、気づいたら、ほんとに気づいたら涙が出ていた。


そうそう、「人に覚えられたくない、でも自分では記録する」、そんな人が出てきて、まさしく私じゃん!と思ってしまった。


今いちばんおすすめの劇団を挙げよと言われたら、多分、マームとジプシーだなあ。


ではまた明日。


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play unit-fullfull『ゆんぼーさんが来る』@サンモールスタジオ

今日は、昨日の記事で紹介した、play unit-fullfullの『ゆんぼーさんが来る』というお芝居を、新宿御苑にあるサンモールスタジオで見てきました。


※詳しい日程、チケット料金、簡単なあらすじなどは、こちらのページをご覧ください。
また、公演中には、舞台美術ワークショップ(舞台美術を使った演技のワークショップ)などいくつかの企画が行われます。それらの企画につきましては、こちらのページをご覧ください。
『ゆんぼーさんが来る』稽古場blogも併せてどうぞ。


以下は、『ゆんぼーさんが来る』を見て、私の思ったこと。たたんでおきます。


今日の朝、北海道の桜は今、まさに散っていると知った。
私の住んでいる東京の桜が散ったのは、もう1か月近く前のことになる。
北海道なんて、今や飛行機で日帰り出来ちゃうくらいの距離だけど、まだまだ遠いんだなあと、感慨深いものがあった。


劇中、ゆんぼーさんの婚約者・みのりが、「(死んでしまって)ゆんぼーがどんどん遠くなる」と言うところがあり、私は今朝の驚きを思い出して、またびっくりしていた。
さらに、桜の舞う光景を見ながら、びっくり。こんなふうに、自分の中で繋がるとは。


すぐそばにいると思っていたゆんぼーさんがいなくなり、最初のうちはそれを受け入れられないみのりは、何となく今朝の私に似ているなあ、と思った。
みのりは、「顔は写真があるから見ることが出来るけど、声は忘れていってしまう」とも言う。
いなくなって初めて分かる事実、と言ってしまえば簡単だけれど、おそらくそれだけではない。
何か、とは言えないけれど。


そう、私は以前から、「葬儀」というものがとても気になっていたのだよね、と思う。
ありがたいことにあまり出たことはないのだけど、その中心にいた人がけっこうゆんぼーさんみたいな人だったので、自然と、集まってくる人たちも何だか妙な人たちだったな、と。
少なくとも私の出たことのあるいくつかの葬儀ではいつも、みんな先を争って故人の思い出話をしていた。
「会う人会う人全員に違う名前を名乗った」とか(しかもその人の本名は、未だにはっきりしないらしい)、「農家の奥さんだったのに、突然日本舞踊を習い始めた」とか(豪華な舞扇がたんすから出てきて、みんな度肝を抜かれた)…


ゆんぼーさんは、旅先で会った人に、「自分(ゆんぼー)だと思って大切にして」と手のひらサイズの小さなカエルの置物を託す。
お通夜の日に現れたのは、そのカエルが割れたことに不吉なものを感じ取った人々。初七日には、お通夜・葬儀のときより多くの人が、ゆんぼーさんの家にやってくる。
実のところ私は、「どうしてお通夜や葬儀の日に現れた人は少なかったんだろう」と不思議だったのだけど、四十九日のシーンでその理由が分かった。
その日、最寄りの駅から商店街、ゆんぼーさんの家まで溢れるくらいに、たくさんの人がやってくる。
その誰もが、お酒を飲んだりごはんを食べたり、もちろんゆんぼーさんのことを話したり…誰ひとり、泣いている人がいなかった。


そっか、と思う。
ゆんぼーさんは、みんなに笑っていてほしかったんだなあ、きっと。
そして多分彼は、みんなに笑ってもらえる生き方をしていたんだなあ。


さすがに、お通夜のときにゆんぼーさんの家にやってきたマリコや瀬戸さんは、悲しそうな顔をしていたし、実際泣いてもいた。
でも結局、笑っちゃう。


私の出会ったゆんぼーさんみたいな人たちの葬儀では、あんまり泣いている人がいなかった。
彼らがみんな大往生だったということもあるのかもしれないけれど、とにかく話題に事欠かない彼らの思い出話は尽きることがなくて、それはそのまま、どんなふうに生きてきたのかを表しているのだろうなあ、と思った。
ゆんぼーさんも、そんな人だったのだろうなあ。


そんなことを思って、じわじわと泣けるシーンが、いくつか。
あ、そうそう。最後のシーン、指輪にドキリとした。あれ、してなかったよなあ、…多分。


初演のとき、「この芝居を観た後に、好きな人に会いたくなる。そんなお話です」と作・演出のヒロセエリさんが書いていたそうだけれど(稽古場blog参照)、まさしく!


どんどん声を忘れていってしまう人。近くにいるようで、どんどん遠い存在になっていく人。
そんな人は、たくさんいる。私にだって、いっぱいいる。私だって、そのひとりかも。
別に、ゆんぼーさんのようにいなくなってしまうかもしれないから会いたいのじゃなくて、その人に会って、ゆんぼーさんのことを伝えたいな、と思いました。
そして誰かが、私にゆんぼーさんのことを伝えてくれるとうれしいなあ。
そんなことを思いました。


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先ほど書いた、舞台美術を使ったワークショップは、芸術文化学科の学生や芸文を目指す人、さらに空間演出デザイン学科の学生や空デを目指す人など(もちろん、それ以外の学生や受験生も)、このブログを読んでいる人なら気になる企画ですよね。
定員になり次第終了とのことですので、問い合わせていただければと思います。
また、アフタートークも3回企画されていますので、日程をご確認の上、ぜひ参加なさってください。私も、都合が合えば聞きに&見に行きたいくらいです。(残念ながら、行けないのですが…)
お芝居そのものももちろんですが、ぜひこういった企画にも参加してみてください。
そして、もし『ゆんぼーさんが来る』を見に行ったら、私に感想を教えてください!


ちなみに、12日15時の回までは、「前割」として、通常前売2600円のお席が2200円とリーズナブルに。
また、学生は全日2200円となっています。学生証を忘れずに持参してくださいね。
これはかなりお得!利用しない手はない!


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蛇足ですが、せっかく美大生の書くブログなので、美大生として気になる点を、2つ。
1つは、キャンバスの張り方。うーん、ちょっと、雑かな?と思ってしまいました。すでに張ってあるキャンバスを使わないで、最初から張ってあるのは、「お!さすが絵描きさんのゆんぼーさん!」と思ったのだけど、でもちょっと、たるんでいたり、裏の釘の打ち方が気になるかなあ、と思ったり。(特に、キャンバスは大切な道具だと思うので…)
実は別のシーンでも、キャンバスが入っているらしい包みの、たわみが気になりました。意外に、ぐにゃんとしていたというか…
2つめは、画廊に勤める持家さんの肩書き。「アートディレクター」となっていたけれど、「アートディレクター」って画廊の人が使うのかなあ…
私のイメージする、そして私がよく使うアートディレクターとは、例えば森本千絵さんのような、1つのアートワークを統括する人なので。
正体のよく分からない人、という印象を持たせたかったのだろうとは思うけれど、正直、引っかかってしまいました。
でも、それだけアートの世界が曖昧で、あまり知られていないということなのだよなあと、こちらとしても考えさせられる。特に、芸術文化学科にいる私としては、なるほど、そういうもんだよね、とも思います。


あとは、個人的に気になった点を2つ。こちらも、蛇足だけれど。
1つ目は、四十九日のこと。(ゆんぼーさんの幼なじみであり、お坊さんでもある)佐田に教えてもらったと、(たしか)ゆんぼーさんの妹である聡子がその意味を話すところ。
これって、意外に多くの人が知らないものなのかしら…?その場にいた、みのり、(ゆんぼーさんの妹)夕子、(ゆんぼーの幼なじみ)野本、全員知らなかったようなので。
でもこれって、私自身がお葬式に初めて出た歳と、関係あるのかもしれません。私はかなり大きくなってからお葬式というものに初めて出たので、恥ずかしい思いをしないように、すごく勉強しました。その中に、四十九日の意味についての項もあり、なるほど、と思いました。
母などは幼稚園ぐらいのころから親戚のお葬式によく出ていたそうで、大きくなるにつれ自然とそういったことを覚えていったと話していました。
あまりそういった慣習に疑問を持たないと、知らないまま大きくなってしまうのかも。小さいころからお葬式に慣れていると、特にそうなのでしょう。
2つ目は、「天国」という言葉の使い方。これは、私自身も聞きながら、「あ、使ってしまうかも」と思いました。
おそらく、読経の雰囲気や「うちの宗派に霊という考えはない」という発言から、一柳家は浄土真宗だと思われます。少なくともお坊さんが来ているわけだから、仏教ではあるのでしょう。
仏教には、「天国」という言葉はありません。だから私はすごく、違和感を覚えました。特に、四十九日について佐田から話を聞いているわけだし、葬儀のときには講話のようなものもしているでしょうから、ここで「天国」というキーワードが出てくるかな?と。
でも実際、日々の生活の中で「天国」という言葉や考えは、よく用いられますよね。不思議なことに。
だからむしろ、「天国」という言葉を使ってしまうのは、自然のことなのかな、とも思えます。


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さて、昨日「ひっそりと緊張する出来事」があるかも、と書きましたが、それは何かと申しますれば。


初めて、ハンドルネームを名乗ったんです!


今回のチケットは予約したものだったので、受付で名前を言わなくてはなりません。
企画に応募したときに、「みちくさとりこさんでお取り置きしておきます」というメールをいただいて、どうしよう、本名に変えてもらおうかな、だって言うの恥ずかしいし…、と一瞬思いました。でも次の瞬間には、「いや、ハンドルネームのままにしておいた方が、日記のネタにできる!」と考えを改め。
言って参りました。「宣伝部長さんの企画に応募した、みちくさとりこです」って。もちろん、躊躇はしましたけど。
ま行のお取り置きチケットの束の中から「みちくさ とりこ様」(半角空いているのがうれしい)という名前を見つけたときは、「こんなに順番が後になったことない…」と感動。
ムサビ日記オフ会を体験する前に、「みちくさとりこ」と声に出して言う機会があった、という話。
面白かった。


ではまた明日。


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猫のホテル『けんか哀歌』@本多劇場

*猫のホテル公式ウェブサイト


役者さんそれぞれが以前からとても好きだったけれど、去年初めて本公演を見てから、もっと好きになった劇団が、猫のホテル。
最近は、池田鉄洋さんがテレビにも出演していたりして、名前を知られているのかな。(ドラマ『医龍』や、タモリ倶楽部なんかにも時々出ています)
去年見たとき、主宰であり、作・演出(出演することも)の千葉雅子さんにとっぷり惚れてしまい、今年の本公演にも足を運ぶことにしました。
チラシの、「そのけんか、来なかったのは軍艦だけ」というキャッチコピーにも、ぐっとひかれる。


お話は、戦後すぐに起こった東宝争議を元にしたもの。
幕開きから、映画『虎の尾を踏む男達』の撮影シーンが出てきて、おお、と思う。(しかも、しっかりパロっている!)
実はこの映画、大学に入ってすぐ、古典芸能論という授業で見たものです。その授業では、前期をまるまる使って能の演目『安宅』とそれにまつわる様々な作品(歌舞伎の『勧進帳』など)を鑑賞していったのですが、『虎の尾を踏む男達』もその一環として見ました。
黒澤明を好きな人にとっては知っていて当たり前だし、もしかしたら美大生としても当たり前なのかもしれないけれど、私はそれまで黒澤明の映画を見たことがなかったので、『虎の尾を踏む男達』はとても印象に残っています。
その映画が、また違う形で自分の前に再現されていることが、とても面白かった。
映画が公開されたころに生きていれば知っているもの、映画が好きであれば知っているもの、それはそうなのだけど、そうでなくても大学の授業で触れることで、その映画を真似たお芝居が面白く見られる。
幸せなことだなあ、としばし思う。


また、このお芝居のモチーフとなった東宝争議は、根っこのところに「レッドパージ」(共産主義者の追放)があります。
私は決して歴史が得意ではない(し、そもそも高校までの日本史や世界史の授業では、1940年代にたどりつくこともなかった)ので、簡単な知識としては「レッドパージ」や「赤狩り」という言葉を知っていても、それがどんなふうに影響を及ぼしていたのか、具体的にどんなことがあったのかまでは、よく知りませんでした。妹尾河童さんの、『少年H』で読んだくらいでしょうか。
大学に入り、法学関係の授業(確か日本国憲法か、表現の自由を扱った授業でした)で『真実の瞬間(とき)』という映画を見て、詳しく知ることができました。
だから、今日の話もよく分かった。そもそものところがよく分かっていないと、なかなか難しい脚本だよなあ、と思う。
大きな時代の流れとまで行かなくとも、当時流行していた物事や言葉、私は知っているものも知らないものもあり、そりゃ前後の流れで理解はできるのだけど、ああ、無知だなあ私、と思いました。


ちょっと、感想。
猫のホテルは、「人間のバカ哀しさ」を描くことをテーマとしていて、目を覆いたくなっちゃう、でもどことなく可愛らしい、そんな人ばっかりが出てくる。
今回のラストも、本当に救いがないというか…でも、強いなあ、とも思ったり。
先を全然読まずに、ぼんやりと見ていたので、おおお、という感じ。
ちょっと意外で、思わず泣きそうになってしまった。役者さん同士の関係性が好きな2人が、こんなことになるなんて…と、虚実綯い交ぜで。


そうそう、途中のちょっとしたダンス?が印象的だなあ、と思ったら、イデビアン・クルーの井手茂太さんの振付だった。


ここから先は、苦言。
今日は開演前に、面白いアナウンスがあった。要約すれば、「携帯の電源を切ってね」ということなのだけど、興味をひくようなアナウンスでとても良かった。(「携帯の電源でもチェックしたらどうだろう」「ここ、どこの会社も(電波)入るんだ」などなど)
ところが、ばっちり時計のアラームを鳴らしてくれちゃった人が1人いて、それ以外にも、開演中ずっとガムや飴を食べている人が、少なくとも2人はいた。何で分かるかというと、包み紙を開ける音に容赦がないから。
劇場が乾燥しているのはよく知っているけれど、飲食禁止って書いてあるし、そのがさがさ音は迷惑以外の何者でもないのだけど…
このところ、こういった人が目立つような気がする。
ガムと飴を食べていた人のうち1人は私のすぐ隣の席で、身を乗り出して見ていた。
もう、わけが分からない…


ではまた明日。
明日と明後日は、『ちりとてちん』の総集編です。たのしみ。


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サモ・アリナンズプロデュース『洞海湾 ―九州任侠外伝―』@ザ・スズナリ 2回目

先週見た、サモ・アリナンズのお芝居。
どうしてももう1度見たくて、当日券に並んでしまいました。
ちゃんと買えるか心配だったけれど、ふたを開けてみれば最前列!近い!
心臓をぎゅんぎゅんさせながら見てしまいました。


私は、「演劇なんてくだらない説」論者だけれど(もちろん、嫌いなわけではない)、今日は心から、「演劇、やっぱ楽しいわ!」と思ってしまった。
この間見たときはいろいろ考えて悲しくなってしまったけど、今日はすごく元気になれた。
「頑張る」という言葉の是非は置いといて、とにかく「頑張ろう」と思いました。いろいろね。


ではまた明日。
明日から、本格的に授業が始まります。
さぐりさぐりだけど、確実に。


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Kentaro Kobayashi Solo Performance Live Potsunen 2008 『Drop』@世田谷パブリックシアター 2回目

友だちに誘われて、うっかり土曜の朝早くから当日券を取るために劇場に行ってしまいました。
先週見た1回目が消化不良だったので、今日こそすっきりしたいと思って。
結果としては、集中して見ることができ、とてもよかったです。
3階席だったので、まるで空中に浮いてふわふわと見ているような感じで、それもまた面白かった。
堪能しました。


さて明日は、これも先週見に行ったサモ・アリナンズ『洞海湾 ―九州任侠外伝―』の当日券に並ぼうと思っています。
週末の公演、しかも火曜日で千秋楽。いったいどれくらい当日券が出るか分からないし、どれだけの人が並ぶのかも未知数だけれど、どうしてももう1度見たい。
家に帰ってきて、いろいろいろいろ考え込んでしまったから。
絶対すっきりはしないけれど(それは仕方のないこと)、でも少しでも、気持ちを整理したい。


このごろ、お芝居を見て自分の得るものが、変わってきているように思う。


ではまた明日。


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サモ・アリナンズプロデュース『洞海湾 ―九州任侠外伝―』@ザ・スズナリ

サモ・アリナンズのHP


今回の公演をもって、いったんお休みのサモ・アリナンズ。
座長の小松和重さん、作・演出をしていた倉森勝利さんを中心に、1992年に結成されました。
私は高校3年のときにサモ・アリナンズ(略してサモアリ)の存在を知り、いつか見てみたいなと思う劇団のひとつでした。
ところが、浪人の年の春、倉森さんが亡くなるという悲しい出来事がありました。
結局私は、サモアリの世界にいる倉森さんを見ることはありませんでした。
そのせいか私の中で、会ったことも見たこともない彼の存在は、とても大きなものになっています。
今日見ていたお客さんの多くは、どうやら以前からサモアリのファンみたい。
私は、以前のサモアリを知らないことを思い知らされて、やり切れない気持ちになりました。
すごく面白くてずっと笑っていたのに、油断すると泣けてしまう。なぜだろう、全然そんなお話じゃないのに。
存在していたことも知らない私が、どうして不在を感じ取れるのだろう。
いつか帰ってきますと挨拶してくれたのに、ちょっと気を許したら泣いてしまいそうだった。
演劇って、不思議なものだなあと思いました。


ではまた明日。


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『どん底』@Bunkamuraシアターコクーン

絶望した!


観客のマナーの悪さに、絶望した!


実は、先日見に行った『Drop』でも、マナーのなっていない、というか、人としてそれはどうなの、という観客に複数出会い、辟易していました。
よりにもよって…という感じですが、今日もそんなお客さんを見かけてしまいました。
携帯のアラームが2回も鳴り響いたり、上演中におしゃべりする人たちがいたり、前のめりになって観劇する人がいたり。
正直なところ、ここ数回の観劇でそういう人たちに立て続けに会っているので、びっくりするやら、悲しいやら。気持ちが追いつきません。
偶然、そういう人が多い舞台を見に行っているのか。それとも、この1か月くらいで急にモラルが低下したのか。
いずれにせよ、最近の状況には、危機感を覚えます。


『どん底』公式ウェブサイト
ラインナップ『どん底』


ではまた明日。明日は健康診断に行きます。その後、観劇がまた。


そうそう、無事、3年生に進級していました。


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