リアルな美大の日常を
カテゴリー:a.日記
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物見シューカツ山
結局、手羽さんは美津ののお好み焼きを食べられたのでしょうか。
来週には大阪に行くので、私が代わりに食べてきてもいいのだけれど。
ちなみに、他の候補としては『ちりとてちん』の重要なシーンで出てきたオムライスのお店などがあります。
知らないところに行くのは、どんなに就職活動が目的でもどきどきします。
今回は日本橋(にっぽんばし)にも上陸予定。(目的は日本橋的なそれではないのですが)
年末に行けなかった大阪天満宮にも行ってきます。
おや?すっかり観光気分。
ではまた明日。
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2人は23歳
2人は23歳。同学年。
私、アルバイト歴半年。
あちら、配属3日目。
2人で分担してくださいと、仕事。
私、黙々とやる。
あちら、「めんどくさい」と言いながらやる。
私、時給1000円。
あちら、月給○○万円。
(知ってるけど言わない)
私、学生。
あちら、社会人。
自分にわき起こる感情のみにくさにびっくり。
私、器の小さい人間。
ではまた明日。
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大阪に行くんだから
来週半ばに、日帰りで大阪まで行く。今回は就職活動なので、観光気分というわけにもいかない。
が、面接が何時に終わるか分からないため、ほぼ朝いちのひかりで行って、帰りの切符は夕方。
切符が「ひかり早特きっぷ」という割引きっぷなため、時間を早めることはできない。
もちろん、どう考えても時間が余るので、どうしたものかと考えた。
で、妙案が思いつきました。おそらくはその計画を遂行するものと思われます。
そんなことやってていいのか大学4年生、とは思いますが、せっかく大阪に行くのだから、ということで。
詳細は来週のブログをお楽しみに。
ではまた明日。
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ゆるやかな一撃の予感
教育実習中から何となく違和感を覚えていた、腰。
「一度ぎっくりをやったら一生ものと思え」なんて言われますが、そこはかとなくそんな気配がいたします。
「ぎっくり腰」というと、重いものを持ち上げようとした瞬間に、というシチュエーションが想像されるかと思いますが、実は「ぎっくり腰」は正式名称ではなく、骨に異常がない急激な腰痛はすべて「ぎっくり腰」といってしまうそう。
何でそんなことを知っているかというと、去年の今ごろもまったく同じ症状に苦しんでいたからです。
おそらくは去年の方がよっぽどひどいのですが、日々腰が重たくなっていく感じがそっくりで、戦々恐々。
やはり私にとって季節の変わり目は鬼門のようです。特に梅雨入りあたりはぎっくり腰になる人が多いのだとか。(かかりつけの病院の院長も言っていましたが、こんな記事もありました)
もう、あの痛みを経験するのはうんざり。絶対に嫌だ。考えただけで想像を絶します。
無理はしないようにします。
コメントのお礼・お返事や、教育実習期間中の日記など、滞っておりまして申し訳ございません。
3週間のいろいろな疲れが(気疲れ含む)一気に襲来してきまして、というのは言い訳に過ぎませんが、身体も中身も停滞中です。
なるべく早く、を心がけますので、気長にお待ちいただけるととてもうれしいです。
ではまた明日。
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23歳になりました
今日は朝から夜までずっとアルバイトで、気をつけていないと今日が誕生日であることを忘れてしまいそうでした。
そうでなくとも、未だかつてこんなに不安にかられた誕生日はないだろう、というくらい決して晴れやかな気持ちではなかった。
この先私はどうなるんだろう、という思いばかりがぐるぐる。
とりこはいろんなことを考えすぎなの!もっと感じるままに行っていいの!と10年来の付き合いの友だちに言われたけど、なかなかそうもいかない。
何しろ、もう23歳。立派な大人です。
大丈夫なのかー!!!わたしー!!!!!
ではまた明日。
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22歳最後の日
教育実習に行っていたせいもあり、びゅんびゅんと過ぎた6月。その最後の日が、私の誕生日です。
去年の今日、21歳最後の日に書いた日記が、これ。
「今年はどんな1年だったかと聞かれると、すごく困る。わりに大きな出来事が起こったような気もするが、そうでない気もする。1年後の自分はまったく想像できない」というくだり、そのまま今の私にも当てはまる。
教育実習に行って思ったけれど、私が中学校1年生のとき思い描いていた23歳は、とりあえず社会人だったし(笑)、現状より全然大人だった。
もちろん、それって小学校1年生が6年生をすごく大人だと思って、でもいざ6年生になってみると全然子どもで、っていうのと同じなのだけど、23歳なりの成長をしているんだろうか、私。
まあ、ごちゃごちゃ言ったところで、明日はいつものように来てしまうのだ!(←去年と一緒)
ではまた明日。23歳になった私とお会いしましょう!
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あてるさき
教育実習先の校長先生と指導教員に、お礼状を書いた。
考えてみると、時候の挨拶からきちんと書いた手紙なんて、初めてかもしれない。
そもそも、「手紙を書く」という行為自体を、ずいぶん久しぶりにした気がする。
携帯やPCのメールだって、ほとんどしない。たぶん携帯の方が頻度が低くて、平気で1週間くらい1通のメールも出さなかったりする。
それはつまり出すべき相手がいないということで、そうか、そんなもんだよなあ私、と思ったのでした。
ではまた明日。
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大人3年目の初体験
来る7月12日は、東京都議会議員選挙である。
東京都民、そして成人して3年目の私も、もちろん投票に行く。
が!!!
その日は何と、東京都教員採用試験の試験日でもあるのだ!
東京都に対するつっこみはぐっと飲み込んで、ここは生まれて初めての「期日前投票」にチャレンジしようと思い直す。
試験から帰ってきて行っても十分間に合うのだけど、試験会場が家から2時間近くかかりそうだし、何だかぐったりしてしまいそうで。
きちんとした判断ができないのは困ったことなので、ここはひとつ、期日前投票をしてみることにしました。
ありがたいことに、わが家の近所にも期日前投票の施行場所が。公示されたら、時間のあるときに行ってみることにしよう。
あ、でも、投票行ったときに必ず金網ごしにたわむれる(???)小学校のうさぎさんに会えないのは悲しいかな…(そこなのか)
ではまた明日。
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だから気を抜かず
ようやっと、天袋の中に電気毛布をしまった。コンセントを除湿のために使うエアコンと入れ替え、今シーズンの役目を終えた。
天袋には、私が生まれたときからのアルバムがずらりと揃っているので、こういうときうっかり思い出にひたってしまう。
今日は、中学校の卒業アルバムを開いてしまった。いやはや、8年前の自分である。
つい先日、成人式以来久しぶりに会った高校時代の友人に「とりこ、1mmも変わってない!」と言われた私(あちらさんはワーキングガール)。
15歳のころだって今と大して変わらないだろうと思っていたのだけど、クラス写真を見てびっくりした。
…えらく幼い。
今だって22歳には見えないほど幼い顔をしているけれど、15歳だった私もずいぶんと幼い顔をしている。何ていうか、未完成だなあ、という感じ。
確かに成長期だったということもあるのだけど、そうか、時間の流れとともにきちんと変わっていくものなんだ。
というのは外見だけの話だけど、もちろん、中身だって8年前と今では全く違う。(悪い意味で、という部分もあるだろうけれども)
だから安心していていい、という反面、だから怖い。変化は自ずと、表れてしまうのだなあ。
ではまた明日。
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10年
大阪に本社を構えるとある会社から、一次面接に呼ばれた。
もちろん、とても興味のある会社なのだけれど、まさかこんなにあっさり書類選考を通るとは思っていなかったので、電話がかかってきたときはあたふた。
とにかく、7月初旬に日帰りで大阪に行くことが決まった。
思い出したのは、年末にこだまを利用して大阪に行ったときのこと。(→参照記事)
指折り数えてみれば、あれからもう半年が経ってしまうのだ。びっくりしたのなんのって。それから、冷や汗をかいたのなんのって。
私はあれから半年で、いったいどれだけ前進できたのだろう。
教育実習という、私自身にとってはかなり大きな出来事が終わったあとなのに、そんなことを考えてしまった。
あのときの私と、今の私では何が違うんだろう。何も違わないような気が、とてもする。
とりあえず、6月1日に振り込まれたという定額給付金を旅費の一部として、再び大阪へ行って参ります。
今日は学校で、教員免許状一括申請の説明会がありました。その名の通り、教員免許状を学校で一括して申請していただくための説明会です。
申請のための注意書きに、こんな一文がありました。曰く、「教員免許状は紛失などの理由では再発行できない」(東京都の場合)。それを見て、事の重大さが今さらながら実感として。
そうかあ。そんなふうに未来永劫有効な免許をいただくのって、初めてかもしれない。車の免許は持ってないけれどあれはそもそも更新が必要だし、ダイビングのCカードは「ライセンス」と呼ばれるけれど免許とはちょっと意味合いが違うものなあ。いわゆる「お免状」もいただいたことがないし…
ところが、しみじみしている私に友人がひとこと。「とりこちゃん、私たちの免許状って有効期限があるんだっけ?」。そうだ!そういえば、そうでした。ということは、仮に紛失したとしても(もちろん、あってはならないことですが)、10年経って更新のための講習を受ければ新しい免許状がいただけるということなのですね。たぶん。(参考:明星大学通信教育部 | 教員免許更新制)
教育実習で、中学校1年生のクラスのホームルームを受け持ちました。
彼らと私は、ちょうど10歳差。当たり前のことですが、私が中学校1年生だったのも、ちょうど10年前のことになります。
実習中、その不思議にぼんやりしてしまうことがよくありました。
中学校1年生だった10年前の私、今の私、そして教員免許状を更新する(ことになるだろう)10年後の私。
13歳だったときには想像もつかなかった、10年後の、20年後の私。
時が流れるのは、何と簡単なのだろうと思います。
だからこそ、大事なのだとも。
ではまた明日。
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ゆめらいおん見て考える
教育実習で私が受け持つことになったのは、奇しくも手羽さんと同じ、「色彩」の授業でした。
詳しくはこれから更新予定の日記で書いていきますが、本当につらかった。
そのおかげで、卒業研究に向けて一歩も二歩も進めたような気がするし、きっとこれからも考えていくことなのだろうけれど。
でも、「色相環」なんてことばが一発で変換できるようになったし、12色相環なんて見たら目眩がしそうだし、「再度」と打とうとして「彩度」と変換してしまうし…現在のところ軽いトラウマであることに間違いはありません。笑
さて今日、実習中たまりにたまったDVDをHDDから焼いていて、ふと気づいたことがありました。
TOKYO MX(旧東京MXTV)の番組を見ていると、色相環を背負ったようなライオンのキャラクターが出てくるんです。
でも、何だかライオンの背負っている色相環が引っかかる。どうしてだろう。
調べてみると、このキャラクターはあの村上隆さんが作ったものだと分かる。確かに、口もとがそんな感じ。(ちなみにこんなふうに動きます)
それにしても、この違和感…じっくりとライオンを見ていて、2つのことに気がつきました。
まず、ライオンの背負っている水色がけっこう明るい水色だということ。たぶんシアンもこんなに明るい色ではないんですよね。
もうひとつは、色相環のてっぺん。始まりがマゼンタ(っぽい色)だということ。
教科書に載っている色相環は、イエローから始まっているんです。だから、それが下の方にくるとちょっと違和感があるみたい。
自分で思い至って、なるほど!と思いました。その一方で、怖いなあ、と思ったり。
3クラス、約100人に対して色彩についての授業をしましたが、例えばこのゆめらいおんを見てそのときのことを思い出してくれる生徒が何人いるんだろうとか、彼らにきちんと色彩のことが伝わっているのだろうかとか、今さらながらすうっと背筋の冷たくなるような。
実習を通して、「正しさ」ということばの、美術科教育(学校での美術教育)における意味を(改めて)考えるようになりました。今さら、なのかもしれないけれど。
ではまた明日。
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きおくのリズム
SNSでの日記とムサビ日記、2つの日記の更新はここ数年、私のリズムだった。
教育実習の期間中、ムサビ日記での記録が実習日誌に取って代わり、SNSの更新も携帯からメールですることが多くなった。
実習が終わり、さてムサビ日記を書こうとなったとき、何を書けばいいのか分からなくなってしまった。
今までだって大したことは書いていないのだけれど、自分のことながらとても驚いた。
毎日、というのがおそらく重要だったのだと思う。
今日からアルバイトも再開し、少しずつ「帰ってきている」感じがします。
ムサビ日記も毎日更新のリズムを取り返して、言いたいことがきちんと書けるようにしないと。
ではまた明日。
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帰ってきました
こんにちは、おひさしぶりです。みちくさとりこです。
先週土曜日に3週間の教育実習を終え、今日から本格的に大学での生活に帰って参りました。
日記の更新も再開いたします。また、実習中の日記についても少しずつ更新いたします。
今日はゼミのあと、美術資料図書館で行われている展示『新国誠一の《具体詩》―詩と美術のあいだに』の関連企画を見てきました。
結局、オープンキャンパスは来られなかったので(ベッドから起きあがれず、おきなまろさんからのメールに気づくことができませんでした)、展示そのものもまだ見られていないのですが、友人が何人も博物館実習やゼミ単位で関わっていることと、以前も書いたように作品そのものに興味があったので、わくわくと。
実は昨日も舞台を見に行ったのだけれど、自分の中のそういうものをつかむところがすっかり眠ってしまっていて、それを起こすのに一苦労した。そのわりに、結局そこは起きないままだった。
今日でようやく、起きてくれました。よかった。そんなパフォーマンス。
ではまた明日。
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※そういえば私、珍念さんととーぼーさんへの裏ムサビ日記の表紙になっている集合写真に写っているはずなのですが、他のメンバーがちゃんと水色のオープンキャンパスTシャツを着ている中、ピンクの某お笑い芸人?さんのTシャツを着ているんです…(証拠写真)
すっかり忘れていましたが、今さらながら恥ずかしすぎます。
明日から教育実習
とうとう、明日から教育実習です。
毎日更新してきましたこのブログですが、3週間お休みをいただきます。
実習より戻りましたら、その間の記事を更新いたします(もちろん、過去日記として…!毎日更新の記録は途絶えさせません!)。
ご理解いただけるとうれしいです。よろしくお願いいたします。
もう…今から心臓がばくばくして…介護等体験の前日もそうだったのですが、その比ではないくらいです…
ではまた…3週間後!!!
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低気圧ガールの何でもない日々
低気圧ガールなみちくさとりこです。こんにちは。
梅雨まっただ中の6月に生まれているせいもあってか、雨そのものはそんなに嫌いではありません。
でも、低気圧がどーんとやって来る日のだるさ、眠気、頭痛は本当につらい!今日も、よく寝たはずなのに午前中は使いものになりませんでした。
因果関係の根拠はお医者さまによってあったりなかったりするようですが、このよれよれ感は確かなものだしなあ…
喘息持ちさんは低気圧がやってくると調子が悪くなるそうで、軽い喘息持ちの私(今はほとんど出ませんが)は、小さかったころの恐怖を思い出しているという面もあるのかもしれませんね。
教育実習に行くにあたって、新しいかばんを買いました。
このごろ使い倒しているかばんは茶色い合皮のリュックなのですが、さすがに実習生がリュックはまずいだろうと思い、とはいえ就職活動で使っているかばん(といってもシューカツ!という感じのそれではないのですが)は何だかなあなので、荷物が多くても大丈夫そうな大きな肩かけかばんをひとつ、ネットで購入したのです。
これだ!というものを見つけすぐに注文し、配達されてきたものを開けて、およよ。
サイズはきちんと確認していたのだけど、ちょっと小さく見える。ということで、さっそく荷物を移してみる。
すると意外や意外、見た目以上にたくさんのものが入ることが分かりました。これはなかなか、優秀。
ところが!
みちくさがいつも持ち歩いている荷物の中でたったひとつだけ、かばんに(思うような形で)入りきらなかったものがあります。
さてそれは何でしょう。
答えは、「折り畳み傘」!
私は心配性なのか、どんなに晴れた日でも折り畳み傘をかばんに入れています。
今回購入したかばんは、底がちょっと小さめ。なので、横にして入れることが出来なかったのですね。
とりあえず、ちょっと斜めにしておさめています。そもそも、折り畳み傘そのものが古くて大きいということもあるのですが。
そうそう、昨日、WordPressをいじくった話をちらっと書きましたが、そういえば私は、「.html」が「.php」に変更されるプラグインも入れたのでした…WordPressの売りはいったい…
明日は狂言を見に行きます。楽しみ!
ではまた明日。
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777エントリー!
この記事で、みちくさとりこのムサビ日記、777エントリーとなりました。
今のところすべての記事を公開の状態にしているので、これが本当に777番目にご覧いただく記事というわけです。
きりのいい数ではありませんが、何だかいいことありそうな数字だったので(書くことがなかったわけでも、いいことがないわけでも、決してない!)、書き残すことにしてみました。
美大日記だとその記事がいくつめの記事がぱっと分かっていいですね。
(個人的にはムサビ日記でこの表記に馴れてしまったために、WordPressを自分でいじくったときにもわざわざ「年月日時間」になるようなプラグインを入れたくらいなのですが 笑)
ちょっとこのごろ、ムサビ日記に限らずだらけてきているかな…反省です。
少しずつその兆候が見えてきてはいるのですが、これから6月末にかけて気持ちと時間(主には気持ちですが)に余裕がなくなり、コメントのお返事など滞ることが増えるかと思います。
申し訳ございませんが、ご理解いただければうれしいです。
ではまた明日。
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おさけ!!
アルバイト先の社員さんが何人か異動されるので、その送別会に行って来ました。
3月末以来、約2か月ぶりにお酒を。(とはいえ、今日は柚子はちみつサワー?という、これまたジュースみたいなお酒なのだけれど…そして今日もそれっぽっちで頭が痛くなりました)
そして、今はまだアルバイトちゃんという立場だからほとんどお客さんみたいなものだけれど(いやもちろん、お給料をいただいてはいるわけですが)、自分が企業でいちばん下っ端になったとき、お酒の席のマナーを知らなくて立ち往生してしまいそうだなあ、と毎度のことながら不安になる。
実際、新入社員さんがちょっと叱られ?たしなめ?られていて冷や汗をかきました。
少なくとも今アルバイトしている会社での飲み会は、社員さんが中心のものだから、バイトちゃんがそこでしゃしゃり出ても仕方がなくて、むしろ1年目や2年目の社員さんにがんばってもらった方がいいのだろう、と思う(たぶん)。
だから、隅の方でおとなしくしていて(とはいえ、前回も今回もなぜか課長さんの真ん前に座ることになったのだけれど)彼らの立ち回りを見ながら勉強している次第です。(個人的には、追加のお酒も食べ物も、自分で頼めやい!手酌でいいじゃないかい!とは思っちゃうのだけれど、まあそういうことじゃないわけで)
それでもやっぱり、空気の読めないバイトちゃんであることには間違いない。お酒をつくれないのは、いちばんのハードルだなあ…(うちは両親も祖父母も親戚一同、誰ひとりとしてそういったお酒を飲まなくて…)
今までしてきたいくつかのアルバイトは、そもそも飲み会が存在しないものや、あったとしてもどうにも空気が悪そうで出たくないもの(そして実際出なかったもの)ばかりでした。
でも、今のアルバイト先での飲み会は、誘われたらなるべく参加したい。
そんな人たちに出会えたことが、何はさておきうれしいなあ、と思います。それなりに、(いろんな意味で)頭や胃が痛かったりはしますが。
ではまた明日。
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月の砂漠をさばさば…!!!
ちょっと変則的な更新です。
昨日の夜のごはんのとき、のどにさばの骨が刺さりました。そりゃもう、真剣に。ごはんを丸飲みしたくらいじゃ取れないくらいに。
小さいころ、骨を食べてもいいということの意味が分からなくてうなぎが苦手でしたが(今は大好きです)、それ以来の恐怖でした。
ちょっとけほけほすれば取れるようなものではなくて、鏡で見るとぐっさりのどにささっているのが分かる。
そんなこと初めてだったのでてんやわんや。咳き込みながら母に助けを求め、「ピンセットはないからお箸を使って自分で取りなさい!」と言われ、ぽろぽろ泣きながら骨を抜きました。
もう、どうなることかと思いました。
でも、よく考えたらそんなふうになったのは初めてのことで、親に確認しても初めてで、でも親は小さいころ何度もそんな目に遭ってたそうで、それがとても不思議でした。
もっと近しい存在のような気がしていたのに、そんな些細な経験すら共通ではないのだなあと。22年も一緒にいたら、一度くらいありそうなものなのに。
そんなことを思いながら、あとはゆっくり食べました。
ではまた明日。
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ブロきょり
昨日の話とも少しつながるけれど、自分の書いた文章を他人に声を出して読まれるのは、ずいぶん恥ずかしいことなのだと知った。
私ではない人がそれをされているようすを見たのだけど、自分に置き換えて考えてみたら恥ずかしいこと恥ずかしいこと。
私はいつも、ブログを更新するときに黙読しているからわりと大丈夫なんじゃないかと思っていたけど、具体的に誰かに読まれることを考えると、…恥ずかしいですね。
でも、不思議。自分が読む声なら大丈夫で、他人の声だとだめってどういうことだろう。
客観的、ということばで片付けてしまうこともできるけれど、その距離感が、面白い。
ただ、その距離感を考えて文章を書かなければならないんだなあと、この文章もそういうふうに読まれているんだなあと、冷や汗をかきながら思った次第です。
ではまた明日。
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中学生みたいなこと
毎日ブログを更新していてこんなことを書くとあれなのだけれども、ことばにできてしまうことって、何だか嘘のような気がする。それは、書くことばにしても、口にすることばにしても。
私は人の話を聞くのが苦手で自分のことばっかりしゃべってしまう(のだと思う、たぶん)。それなのに、いちばん重要なことは絶対に言わない(ような気もする)。
だなんて、こうして書いているのだからきっとそうではない(のだろう)、とか。
でも、自分の中にあるいろんなことを、何にも包まずにことばにできてしまえる人が、うらやましくないといったら、それもまた嘘になる。
ではまた明日。
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カーテンマストゴーオン
先日、新しいカーテンを買いました。遮光カーテンに加えて使う、レースのカーテンです。(レースといっても本当にレースで出来ているわけではなくて、ただ白くて透けるような作りになっているカーテンなのだけど、幼稚園のころからそう呼んでしまっているので、レースのカーテンということで)
ずいぶん長いこと使ってあんまりきれいではなくなってしまったので、何年かぶりに新しいものを買いました。
窓の大きさが中途半端なのでセミオーダー、配送無料ということで家まで届けていただきました。
夜に届いたので翌日さっそくさげて、ご満悦。ところが、次の日になって私はあることに気がつきました。
カーテンにそれぞれついているタグが、内側(閉めたときにくっつくところ)にきてしまっている。これはどうやら、左右逆にさげた方がよかったらしい。
でも、何だかんだと体調が悪かったり忙しかったりで、その作業を後回しにしていました。
で、今日。その作業をしようと思い、その前にふと嫌な予感がして、ブルーの遮光カーテンの裏をちらっと見てみたのです。
案の定、こちらのカーテンもタグが内側にきていました。
確率は1/2、2組だったら1/4?(ではないのかな?)
これは何だかそのままにしておいた方が御利益があるような気がして(どんな御利益かはさっぱり分かりませんが)、私はそっとカーテンを閉じました。
ではまた明日。
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光陰矢のごとしとは言うけれど
気がつけば、びゅんびゅんと時が過ぎていきます。まさに、Time flies like an arrow!
ちょっとしたことで実習校から電話連絡網が回ってきて、そのやり取りで数人の実習生、つまり同じ学校の卒業生と電話で話したのですが、みんながみんな、もういい大人なのにどことなくお間抜けさんで、ああ、私の学校ってこんなところだったなあ、と思い出しました。
もちろん、私ももれなくお間抜けさん。おうちの電話から携帯に連絡をくれて、留守電を残してくれたのに(知らない番号だったから出なかったんです)、かけ直したとき「○○さんの携帯電話でしょうか」なんて聞いて、「いえ、家の電話です…」と言われてしまいました。笑(せめて実習中は連絡網前後の人を登録しておかねばと思いました)
うまく連絡が回っていなくて、その彼女は連絡網を遡って私に電話をくれたのですが(他の実習生からちらりと聞いたみたいです)、しばらくして、私より前の順番の人から携帯に電話が。しかも、1人飛ばしている。その人が出なかったのかな、と思いながら、「もしもし、みちくさです」と出ると、「…あれっ!!!?ごめんなさい、1人飛ばしてました…!!!」。
決してよいことではないし、そもそも連絡網が機能しないってどうなのよって感じだけれど(苦笑)、何だかちょっと、気持ちがほぐれました。
ではまた明日。
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サインペンの話
今、2つやっているアルバイトのどちらでも使われているのが、ぺんてるの水性サインペン。(リンク先のものは海外仕様だそうです)
見覚えのある方も多いのではないでしょうか。私も、小学校の先生が使っていたのが印象的です。
「水性ボールペンはいま絶滅の危機にあるのか」というニュースを見つけたので調べてみたら、水性サインペンの(こちらはサインペンですが)誕生にはこんな経緯があることが分かりました。
水性サインペン、小さいころから好きでした。ぺんてるのものではないですが、まだサインペンというものの意味がよく分かっていなかったとき、ペン先を水につけて色水を作っちゃってだめにしたりしました。笑
油性だと裏にしみてしまうし、ボールペンだと細すぎるし、…というときに、水性サインペンはとっても便利です。
今日はそんな、サインペンのお話でした。あ、でも水性サインペンでサインしたら消えちゃうな…
ではまた明日。
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夢と魔法の雑感
この世の不条理、といったら大げさかもしれないけれど、いろんなことが思い通りにはならないということを、初めて、身をもって感じたのがディズニーランドかもしれない、とぼんやり思った。
初めてディズニーランドに行ったのは(東京に住んでいるにしては)けっこう遅くて、幼稚園の年少か年中のときだ。
まだ小さかったからわりと早いうちに帰ったのだけれど、あの出口のバーをぐっと押すとき、どうして帰らなきゃいけないんだろう?と思って何だかやり切れない気持ちになった。
中学生くらいになると、またおこづかいをためてくればいいかと思えるようになったけれど、それでもあの瞬間のさみしさの質みたいなものはずっと変わらなかった。
でも、それがあってこそのディズニーランドなのかもしれない、と思う。
アトラクションの中でも、三大マウンテンといわれるようなものはもちろん好きだけれど、今は亡き『ミート・ザ・ワールド』や『キャプテンEO』、『ビジョナリアム』は、また違った意味で好きだった。
それはどうしてかと考えてみると、それらがとても「皮肉」だからなのかなあ、と。
今あるアトラクションでいえば、『ジャングルクルーズ』がそれにあたるのかな。オチのところで「いちばん怖いのは文明社会」という。小さいころ初めてそれを聞いたとき、とても驚いた。
考えてみれば、ディズニーランドって結局そういうところなのかなあと思う。あの出口のバーを押すのも、自分で決着をつけるということだよなあなどと、深読み。
当たり前だけど、あんなに楽しい(と、少なくとも私は思う)時間が長続きするわけがなくて、あそこは「夢と魔法の王国」で、夜になったら帰らなきゃいけなくて、帰っていくところは、「現実」。
ものすごい装置だなあ、と思う。行けば行くほど、「現実」を見ることになる。
考えすぎなのかもしれないけれど、閉園ぎりぎりにスプラッシュマウンテンに駆け込み、降りたあとは空のボートがざっぱんざっぱん滝に飛び込んでいくのを見ながら人もまばらな園内を抜け、ワールドバザールの手前でシンデレラ城を振り返って、そんなことをうわっと思いました。
平日だったわりには、修学旅行生がたくさんいたせいもあって混んでいて(不快な思いも随所で…)、いくつかのアトラクションがシステム調整で止まり(朝、ファスト・パスを取ったモンスターズ・インクが…!!!)どきどきしましたが、ファスト・パスを取った人限定で動くことになって、よかったよかった。
ちょっとひやひやするような出来事も、キャストの方に助けていただいて解決でき、よかったよかった。
何だかんだと乗りたいものには乗れ、見たいものは見られ、11kmも歩いて筋肉痛になりました。
次に行かれるのはいつだろう、5年後にはならないと思いますが、次に行くときには、ミニーの耳をうっかり買ってつけてしまっても、かわいいかわいい、と言ってくれる人と行きたいですね…!そしてその人にもミニーの耳を買ってやりたいですね…!!!
ではまた明日。
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6年も経てばね
うきうきと電車の時間を調べ、「何を着て行こうかしら」なんて言いながら「何も決めてないよ…」とぐったりの私に、「私はこれにしようと思うのっ」とそれ絶対すぐ出るところにしまってあっただろという風情の服(わりと新品)を見せ、そのくせ天気予報は中途半端にしか調べていない母。
今朝、「あのさ、閉園までいる気なの?」と聞いたところ、「(満面の笑み)」。
思い返せば6年前(…6年前!?)、文化祭の打ち上げで行ったときには、「6時にはあっちを出なさい」と言われたような…そりゃあ、私だって23歳を目前に控えるわけです。
大人になるって、ディズニーランドに閉園までいられるってことなのね…(まあ、あのときは高校生どうしで行ったっていうのもあるけどさ!)
ではまた明日!
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クモさんのお仕事
このごろ、私の部屋によくクモが出現します。
以前からわが家には小さなクモがいて、彼らはあのGさんたちの卵を食べてくれるという話を親がどこかで聞いてきたために、クモさんたちは朝も夜も関係なく、わが家の中で呑気に過ごしております。
普段はリビングでちょろちょろしている彼らですが、どうもここ数日私の部屋に入りたがる。
昨日なんか、私のお布団で寝ていました。
まあそれも、Gさんたちをやっつけてくれるなら…と許していたのですが、先日、今シーズン初のGさんが登場!
夜中のことだったので父がああだこうだとやってくれたようですが、クモさんたち、私の部屋でぬくぬくしていないで、卵を食べておくれよ。
ではまた明日。
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あわてずさわがず
新型インフルエンザについて、さまざまな情報が飛び交い、報道がなされていますが(ムサビの学生は、大学ウェブサイトをこまめにチェック、メールにも気を配ってくださいね)、今回強く思ったのは、「意外に人っていろんなところに集まるんだなあ」ということです。(症状や対処法についてはもちろんですが、それに加えて思いました)
電車に乗る、大学に行く、劇場に行く、…私の1週間を考えても、「人が集まる場所」になんて、行ってばかり。もう、どうしたものだか…
私はのどが弱いので、秋口から初夏にかけてずっとマスクをしているのですが、ウイルスの侵入や飛散を防ぐというよりは、のどを潤すことを目的としているので、ガーゼマスクを愛用しています(不織布よりガーゼの方が潤う感じが勝手にしているのです)。
さすがにインフルエンザにガーゼは…と思ってスーパーに行ってみましたが、案の定売り切れ。
仕方ない、しばらくはガーゼでがまんしよう。(お気に入りのマスクをひとつ買ったところだったのです…)
免疫力うんぬんも、口内炎がひっきりなしにできる最近の体調では期待できなさそうです。
ではまた明日。
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魔法にかけられてやるんだから!
ムサビコムをひとめぐりして、びっくり。
ジャスミンさんも、CottonRoseさんも、ディズニーシー・ディズニーランドに行かれたんですね!
ムサビに関わる人はディズニーの魔法にかかっている人が多いのかな…私自身の周りでは、あまり聞かないような気もするけれど。
手羽さんの記事も身につまされますな。
ではまた明日。
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ちょっとぼーっとゆめとまほう
なぜか来週、母と東京ディズニーランドに行くことになる。
高校2年生の文化祭の打ち上げ?で行って以来だから、もう5年くらい行っていない!数えてみてびっくりです。
そんなことしてていいのかという気持ちもありますが、ちょっとぼーっとしてきます。
(あと、中学と高校のときに美術を習っていた先生が「ディズニーランドの色はすごい」と力説していたので、それを意識してみるという裏テーマもありつつ…実際は楽しむだけになると思いますが 笑)
スペースマウンテンがお休みなのが、ちょっと残念。
ではまた明日。
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深夜に納得
こんなこと言うと、けっ、て感じだけれど、私は自分自身が「がんばった」ことを理解するのがとても苦手だ。気恥ずかしい、ともまた違って、何といったらいいのか、自分が2人いるみたいな。中学生の科白みたいだけれど、「がんばってるらしい」のは「自分自身」とはどこか離れた存在で、「がんばったね」と言われても、うううむ、となってしまう。
だから昨日、教職オリエンテーションで教育実習日誌をいただいて、「これはみなさんが今までがんばってきたから手に出来ているものです」というようなことを先生がおっしゃって、何だかようやく、そうだな、この3年とちょっと(今のところ)の私の大学での生活って、良くも悪くも教職が真ん中にあったなあ、と。
少し、実感が持てた。それは、「がんばった形」と「形を通しての経験」が近いから、だと思う。
ああでもそれって、結局「私自身の今まで」とつよいつながりがあるのかもしれない、というか、ある。
そうだよなあ、そうだよなあ。
ではまた明日。
明日は教育実習の事前指導日なので、息をつくのもつらいくらいに緊張しておるのです。
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じゅんじゅんとくとく
ジャスミンさんのご覧になった『野田版 研辰の討たれ』を大学のイメージライブラリーでうっかり見てしまい、序盤であんまり笑いすぎて(予告にもありますが、ウエストサイドストーリーの『Cool』のパロディで涙が出るほど笑った)、非常に恥ずかしい思いをしました。
シネマ歌舞伎で見ればそんな恥ずかしさもなくて、いいですね。玉三郎さんの昆劇のは見たいけれど、行かれるかなあ。
私が頻繁に見ている古典芸能といえば狂言ですが、以前から気にして見ていたとはいえここまでどっぷり見るようになるきっかけがきっかけな私としては(『ちりとてちん』です。それこそ、『ふたりっ子』に出ていた茂山宗彦さんも知ってはいるんですけどね 笑)、同じようなきっかけで狂言を見るようになった人の鑑賞の幅が、なかなかそれ以上に広がらないのが、心苦しい。
もちろん、きっかけとして「かっこいい!」「かわいい!」という感情があるのは悪いことではないのだけど(何年かに1回やってくる狂言ブームの折には、出待ちの人が増えるのだそう)、そこからもう一歩踏み込む人が圧倒的に少ない(『ちりとてちん』つながり、狂言つながりで知り合いになった方を見ているとそう感じる)のは、「芝居好き」として切ないなあと。
なんてことを言う人たちが敷居を高くしているのかもしれないけれど、本当に「狂言という芸能そのもの」が好きになったのなら、(それぞれの事情もあるのだから公演に足を運ぶことはできないにしても)それについて深く知りたいと思うんじゃないのかなあ、と。
以前、落語家さんだったか狂言師さんだったか能楽師さんだったかが、「源氏と平家が戦ってくれたおかげで日本の古典芸能はネタに困らなくなった」というようなことをおっしゃっていて、本当にそうだなあ、と思いました。
狂言と能のつながりはもちろんですが、そこから落語や歌舞伎にもつながるお話が多くて、文化や風習とともにいっしょくたに知っていくことがとても勉強になります。
確かに、「役者を見る」ことは日本の演劇の基本だけれど(古代ギリシャにブロマイドはなかったよねえ、きっと)、それ以上に「芝居というもの」をあいしてほしい、と私などは思ってしまいます。
それは、劇場に足を運ぶということに限らず(事情があってそれがままならない方だってたくさんいらっしゃるわけですから)、深く知るための行為として、ということ。
ただ、自分以外の人が自分と同じようにすきになってくれるなんて思ったら大間違い、思い上がりで、結局私のやっていること、やらんとしていることというのは、「押しつけ」に他ならない部分もあるのだよね、という反省。
それぞれの楽しみ方があっていいわけだし、私がうにょうにょと考えていることなんて、「芝居好きの戯言」なのだよね。(「芝居好き」ですらないのかも)
それを分かっていようと、いつも思います。
ではまた明日。
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うれしいやらなさけないやら
今朝、美術資料図書館からのアルバイト募集のメールを読み返していて、びっくり。
何と、12月に大阪に行ったとき、見たかったのに時間がなく見逃してしまった展覧会と同じタイトルの展覧会が!
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新国誠一の《具体詩》詩と美術のあいだに
2009年06月08日(月)→06月29日(月)
美術資料図書館1階展示室
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12月にこの展覧会を行っていた国立国際美術館のページに行ってみると、ちゃんと「■主催 国立国際美術館、武蔵野美術大学美術資料図書館」と書いてある。
何て迂闊な私…
手羽さんが私の日記へのコメントで「昨日肥後橋・・というか国立国際美術館に行ってきたばかりなんですけど・・・」と書いているけど(→そのときの記事)、それってもしかして…この話!?
私って…私って…何ておまぬけなんでしょう。何度も何度も展覧会の紹介ページを見て、「3月までだけど忙しいから行けないや…大阪だし…」ってため息をついていたのに…
見られることが分かってうれしいはずなのに、すっこーんと抜けている自分にがっかり。
というわけで、教育実習のさなかか終わってからか(出来れば、実習中に行きたい!)に足を運ぼうと思います。
ではまた明日。
美大日記
drizzling rain
しとしと雨の降る中、エントリーシートを出しに郵便局へ。
この間エントリーシートを出したときも、雨が降っていた気がする。
帰り道、母の日のプレゼントを買う。
ではまた明日。
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ユニクローゼ、ムジルシーゼ
おしゃれな人が多いと思われている(であろう)美大の中にあって、私は着るものに無頓着な方だと思う。
もちろん、毎日きちんと洗濯されたものを着るし、かわいい洋服を見るのだって好きだけれど、おしゃれかと言われれば、否。
どうしても、「元をただせば布だしなあ」と思ってしまって、ある一定以上のお金を出す気になれない。
(靴だけは例外で、腰を痛めやすいこともあってそれなりのものを買うようにしている)
確かに、お金をかければそれがおしゃれかと言われればそうではないのだろうけれど、じゃあ全身ユニクロの日がけっこうある人がおしゃれかと言われれば、それもそうではないだろう。
何を隠そう、私は「全身ユニクロの日がけっこうある人」である。
以前はあまり気にしていなかったのだけれど、ある時、全身ユニクロであることをちらっと口にしたところ「は、ははは…」というような雰囲気になったことがあって、それ以来、何だか気が引けてしまっている。
さて、このゴールデンウィーク、私はユニクロで買い物をした。
「きょういくじっしゅうにきていくおようふくがないの」ということで(もちろん、いちばん大切なのは実習への取り組みなのだけれど、それ以前に見た目がきちんとしていないのは大人として困ることなわけで)、デザイン違いの白シャツを3枚買った。
オンラインで買ったのだけれど、送料を含めても定価の半分以下。かなりお得である。
今日、注文していたそのシャツが届いて、いやあそれにしても、ユニクロばっかりだなあと思ってしまった。
ユニクロに次いで多いのが、おそらく無印良品の洋服だと思う。
実習で着る予定のエプロンも無印のものなので(日本画学科の友人にすすめられ、すっかり気に入った一品)、もうそうなったら全身ユニクロ・無印。
もはや何が言いたいのか分からなくなってきたが、そういう美大生もいるってことです。
ruraさんの書いている「独自の感性が光る服装」をしていない芸文生が私です。泣笑
いや、…美大の中にあって全身ユニクロもしくは無印というところが、「独自の感性が光る服装」なのかな…たははは…(乾いた笑い)
あ!でも、オフ会のときに浴衣がないため苦肉の策で着ていった鯉の滝登り柄のスカートは、高校生のときに家庭科の授業で手作りしたものです。
家族にも先生にも友だちにも、「やっぱり美大を目指すだけ違うよ、とりこちゃん…」と思われた記憶が。
…いや、それも何だか違うな。
とにもかくにも、舞踏会…否、教育実習のための洋服は、これでほとんど準備完了。
あとはオリエンテーションに参加して、担当の学年を聞いて授業準備に専念。…早くしたい!
ではまた明日。
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おとめの季節
買い物に行った母から、携帯電話にメールが入っていた。
「おとめ買いました(はーと)」。
「おとめ」とは、『宝塚おとめ』のことである。
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去年に引きつづき、購入。(『宝塚おとめ』についての説明は、去年の記事をご覧ください)
「タカラヅカの世界に足を踏み入れたばかりのビギナーから、年季の入ったファンまで、毎年買い足していく1冊」とあるけれど(→この記事)本当にそうで、体系的に宝塚を見るようになって初めての『おとめ』が2008年度版だった。今年でようやっと、2冊目。
これからどんどん増えていくんだろうなあ、いつまで増えるんだろう、嫁入り道具のひとつだわ…(あとは『ちりとてちん』のDVD…)なんて、感慨にふけっていた。
ところが、夕方。わが家に、宅配便がやってきた。
何だかただならぬ予感がして(理由は分からないけれど、本当にそんな予感がした)、「何が来たの?」と母に聞く。
ふふふ、と笑いながら母が取り出したもの、それは、…
2002年から2006年までの『宝塚おとめ』(古本)だ!!!
お母さん!私の感慨を返してください!!!
「ふ、古本だもんっ!」なんて、そんなの言い訳にならないの!でも…破格の安さだったから…いいか…
ご贔屓ちゃんの初舞台生時代を見るのは、なかなかに面白いです。もちろん、我らが安里舞生(あんり・まう)ちゃんも!
ではまた明日。
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あしもと
今日は、朝早くからお出かけ。
目的地である駅に着き、気持ちも高ぶっていたから、わき目もふらずにずんずん歩いた。
目的を果たし、同じ道を駅まで向かう私の目に、飛び込んできたのがこの景色。

一面のクローバー。
あたりはクローバーの香りが立ちこめていて、どうして朝、同じ道を通ったのに気がつかなかったのだろうと、驚いた。
理由はもちろん、分かっているけれど。
ではまた明日。
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いいいんしょうわるいいんしょう
たくさんコピーをする必要が出てきたら、私が向かうのは某コピーサービスKだ。
中でも、個人的に気に入って使っているのが、新宿A地点にある店舗だ。
というのも、以前、新宿B地点にある店舗でちょっと嫌な思いをして、その後いらいらしながら向かったA店舗で、親切な店員さんに巡り会ったからだ。
A店舗の店員さんはみんな親切だと、個人的には思う。
だから今日も、A店舗に向かった。ところが、今日はゴールデンウィーク真っ只中…だからかどうかは分からないけれど、白黒コピーは1時間以上待つと言われてしまった。
それはちょっと困る。だから、「周りのお店って混んでますかね?」とだめもとで聞いてみたら、「じゃあ電話して聞いてみますね」と言って、しゃきしゃきと電話をかけてくれた。
で、「行く間に埋まっちゃうかもしれませんけど、C店舗なら今コピー機1台空いてるそうなので」とお返事をいただき、地図までもらってC店舗に行った。
本当に、こちらとあちらのちょっとした気の持ちようなのだと思う。
B店舗の店員さんだって、意地悪しようと思って私に接したわけじゃないだろう、多分。
それでも、それがいい印象になったり、悪い印象になったり、…不思議だけど、面白い。
ではまた明日。
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おわず、おって
あと1か月で教育実習。すっかり食欲をなくしている私のところに、実習先である母校から電話がかかってきて、驚く。何という偶然、と思ったけれど、そうだこのところの私は毎日、教育実習のことを考えているのだった。苦笑(ちなみに、用件はちょっとしたことだった)
担当する学年も分からないし、どれくらい授業に関わることができるのかも全然分からない。
安易な表現だけれど、不安で、不安で。楽しかった、勉強になっただけで終わらせてはいけないという、気負いもあるのかもしれないけれど。
でも、気負わないよりはいいのかな。そんな、あと1か月。
ではまた明日。
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正解発表
今さらながら、ではありますが、今月初めのエイプリルフールに出した、「いったいどれが本当のみちくさとりこなんでしょうか?クイズ」の正解発表です。
1.今までにお酒を飲んだ回数は、片手で足りる。→×
おそらく、ぎりぎり片手を出るくらいかと思います。
2.年齢=彼氏いない歴だ。→○
バイト先の社員さん(男)に、お酒の席で「そうやってきついことばっかり言ってると結婚なんて出来ませんよ〜」と言われ、相手が酔っ払っているにもかかわらず、若干、いやかなり、落ち込んだことは内緒です。
3.携帯電話にストラップが10個以上付いている。→×
数えてみたら、9個でした。自慢は、スマイルトレインのストラップ。
3日で完売したそうで(お茶のおまけでした)、今さらながらびっくりです。
4.『ちりとてちん』の徒然亭一門、実は四草がいちばん好きだ。→×
むずかしいところですが、小草若ちゃんがいちばん好きかな。笑
5.視力がとてもよく、2.0は余裕である。→×
なぜか「目がよさそう」と思われている私ですが、コンタクトなしでは生きていけません。誇張ではなく。
6.足が速く、50mを7秒台前半で走れる。→×
「運動神経がよさそう」ともよく言われますが、私が得意な運動は水泳だけ。
50mは10秒近くかかるんじゃないでしょうか。
7.上体反らしが得意で、中学校のとき校内1位になったことがある。→○
これは運動とはいえないかもしれませんが、なぜか上体反らしが得意です。
ちなみに、前方向には全然曲がりません。笑
8.お茶とお花を少々。→×
9.生まれて初めて好きになった芸能人は仲村トオル。→○
10.生まれて初めて好きになったドラマは『あぶない刑事(デカ)』。→○
理由は分かりませんが、私は小さいとき『あぶない刑事』が好きでした。どうして見てたんだろう?笑
パパの真似をさせられて、大きなサングラスをかけた写真がアルバムに残っています。苦笑
まだうまく舌のまわらない私は、仲村トオルさんのことを「トオリくん、トオリくん」と呼んでいたそうです。
うーん、1か月経って振り返ると、苦し紛れのクイズだったということがよく分かります。泣笑
楽しんでいただけましたなら、さいわいです。
ではまた明日。
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手応え
先日(多分、この日だと思う)、のばしのばしにしていた教員採用試験の申込み(出願とは言わないみたい)をした。
それはもう、ぷつんと何かが切れたように。その行為、行動そのものに意味があったのだと思う。私の中では。
ところが、その申込みというのがえらく簡単で、あまりにもあっけなく終わってしまった。
不安になってチェックリストを何度も確かめたけれど、やはり間違いない。
今日、同じく採用試験を受ける知り合いとひさしぶりにメールをして、お互い、その手応えのなさに拍子抜けしていることが分かり、何だかなあ、であった。
ではまた明日。
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うさぎうまのみみ
中学生くらいのときは、もやもやしていることを文字や文章にすることで、そこに何かしらのストレス解消だったり、結果的には解決をみたりしていた。
それが、そうもいかなくなったのはいつからだろう。高校生になったあたりからだろうか。
もちろん、ムサビ日記は私のストレス発散のためにあるわけではないし、SNSでつけている日記も然り。それは、どういうことなのだろう。
でも、ある意味では不健康なことなのかもしれないと思う。
ではまた明日。
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「もう終わったの?」の15年
塾の受付のアルバイトは、社員さんから指示をもらって、それを順番にこなしていく中で、電話を受けたり、生徒からの提出物を受け取ったりというものだ。
午前中から事務のお仕事をなさっている社員さんが帰ったあとを引き受けるので、入った時間からは私ひとりで受付を回すことになる。
先生も授業に行ってしまうから、ひとりで出来る仕事。
片や、年末から始めたあるアルバイトは、社員さんが働いているのと同じ時間に入り、社員さんのお仕事の下請けというか、雑用をこなすものだ。
ひとつの仕事が終わるたびに社員さんに報告、そこから新しくお仕事をもらう。ひとりでは出来ない仕事だ。
そのアルバイトで、私がひとつだけ嫌なことがある。それは、仕事が終わったと報告するたびにある社員さんの必ず言う、「もう終わったの?」ということばだ。
べつにその社員さんが嫌いなわけではないし、その人が悪意を持ってそのことばを言っているわけではないということはよく分かるから、嫌だと感じる自分が嫌で、どうしてだろうとずっと考えていたのだけれど、この間その答えが突然見つかった。
話は、私が小学生だったころまで遡る。
私の通っていた小学校は、何でも「早いこと」「速いこと」「人より秀でていること」がよしとされた。
国語でも算数でも理科でも社会でも、短い時間で問題を解けばそれが「いい子」だった。
私は決して(その小学校が指すところの)頭のいい子ではなかったし、マイペースだったから、先生にはあまり好かれていなかった、と思う。
そんな私でも、たったひとつだけ、人より「早く」「速く」(「人より秀でている」かはさておき)出来る教科があった。
図画工作だ。
得意というよりはただ「すき」で、だから私は図工の時間、とても張り切っていた。
ふだんの授業で「早く」「速く」できる子は、図工の時間でもどんどん絵を完成させて、先生のところへ持っていく。
私はそれを見て、「それなら私も出来る」と思った。小学校2年生か、3年生のときだったと思う。
私は1枚の絵をずんずんずんずん描き上げて、クラスでいちばんに先生のところへ持っていった。
すると先生は、「もう終わったの?もっと描くところがあるんじゃない?」と言った。
もちろん、先生の言いたいことはそのときだって分かっていた。けれど、どうしていつもなら褒められるはずの「早さ」「速さ」が褒めてはもらえないのだろうと、子どもながらにがく然とした。
仕方がないから、自分の中では完成したはずの絵に手を加えていったら、どんどん自分のイメージと違うものになってしまった。
それを先生に見せたとき、言われたこともよく憶えている。「みちくささんは上手なのに、いつも最後で台無しにしちゃうから」。
小学校の図工の時間について憶えていることは、この出来事の他にふたつみっつしかない。そしてそのどれもが、決していい思い出ではない。
今考えれば贅沢なことに、私は2年生から図工専科の先生に図工を習っていた。
でも、大事なのはそういうことじゃないんだなあと思わされる。
そんな出来事があったので、「もう終わったの?」というただの確認のはずのことばが、私はとても苦手だ。
いい加減に作業をしたんじゃないかと疑われているような気がしてならない。
私がやろうとしていること、なろうとしているものは、そういうものなのだと、あらためて思う。
ではまた明日。
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true or false
私に「嘘をつくこと」を教えてくれた友だちのことをよく憶えている。私はそれまで「嘘をつく」なんて考えたこともなかったから、その子に「嘘をつけばいいんだよ」と耳打ちされたとき、すごいすごい、と心底感動した。
けれど、嘘はたいてい全部、母親にばれた。ついた瞬間にばれる嘘もあれば、しばらくしてからばれる嘘もあった。でも、面と向かって母についた嘘は、全部ばれていたと思うし、今でも時折つく嘘はばれているのだと思う。
今、私がついているものは、嘘なのだろうか。そんなことを、ずっと考えている。
嘘ならば誰かにそう言ってほしいような気もするし、私以外の人から嘘にみえないなら、それは嘘ではないのだろう。
私はいつも本当のことばかり言うくせに、いざというときには本当のことを言わないから、自分自身でもなかなか、判断しきれない。
ばれてほしいのか、ばれないほうがいいのか。
ではまた明日。
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たとえ答えが出ていても
ジャスミンさんの日記、最後の1行に心の中でトラックバック!なみちくさです。
「女子は人に何か相談するとき、すでに自分の中で答えを出していて、それに対する同意を求める」という話になった。つまり、相談とは名ばかりで、女子のそれ(の多く)は相談ではないと。
そう言われても、私はそもそも「相談する」ということをあまりしないような気がして、その場にいた友人に聞いてみたのだけど、やっぱりそうらしい。愚痴をこぼすことは多々あっても、相談となると。
気になったので、家に帰って母親に聞いてみた。すると母親、「あなたは勝手に結論を出しちゃうでしょ」。そうなんです。私は誰にも何も言わずに自分だけでいろんなことを決めて、ある日突然それを口に出して周りをびっくりさせて、でも絶対にその決意を曲げない頑固者なんです。「同意を求める」という手順が欠落しているのは、ある意味ではよくないことなのかもしれない。
だから、たとえば今の私を悩ませている(と、私は一応思っている)問題も、実は私の中ではとっくに解決済みなのだと思う。
ただそれが、私ひとりの問題ではなくなっているのが、厄介だ。
一晩寝て、少し考えよう。どんなに結論が出ていても。
ではまた明日。
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春にして思うこと
この1年くらい、自分の周り(や、勝手にそう思っている範囲内)で、子どもが産まれたり、産まれた子どもが幼稚園に入ったり、小学校に上がったりしている。
今までは何とも思わなかったのに、このごろそういうことが、とても不思議だ。
たとえば、アルバイト先の社員さん。いつも私に話しかけてくれる、面白い人。その人のお子さんが、この春、小学校に入ったそうだ。
それを聞いて、「そうか、この人はもう、6年も『親』をやってきたんだ」と思うのと同時に、「でも、私の親はもう22年も『親』をやってきたんだ」と思って、妙な気持ちになった。私が16歳だったときに、その子は産まれたんだなあ、とか。
『ちりとてちん』の中で、つわりで大変なのに「自分の身体のことは自分がいちばん分かってる」と強がる喜代美(ヒロイン)に対して、お母さんである糸子さんが「あんたはお母ちゃんのお腹の中におったんや(だから、喜代美のことをいちばん分かっている)」というシーンがあるのだけれど、何だかそんなことを思う。
「親になる」って、すごいことだなあ。そして、こわい。
ではまた明日。
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時には勇気も必要
竹林さんのように毎日パンを食べる勇気どころか、エミュウに行く勇気すら出ないみちくさです。
(先日のことは、気づいてくださってたんですね!でもごめんなさい、「あれが竹林さんだよ!」と友人に言ってしまいました…)
やっぱり今日も、ベルでごはんを買いました。だっておむすびがおいしそうだったんだもん…
木曜日も学校に行くので、そのときこそエミュウに挑戦したいと思います。今日は手持ちがなくて、物価の分からないエミュウに行くのは勇気がいったのです。
その代わり、ではありませんが、新しくなった世界堂に行って参りました。手差しの両面コピーがしたくて行ったのですが、コピー機が(おそらく)増えているうえに、場所も広々で使いやすい!ちょっと奥まったところではありますが、コピーをとる身からすればそれがありがたかったりも。
まだまだ馴れない、2009年度のムサビです。
ではまた明日。
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5分間の4年生
今日は、教育実習のための書類を出しに、学校へ。
ぺらり1枚の書類を提出して、名簿にマルをつけるだけ。往復3時間ちょい。つらい。
これから6月の実習が終わるまで、きっとずっと、こんな気分なのだろう。
ムサビで見る桜も、きっとこれが最後。
ではまた明日。
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Dandelion
わが家のすぐそばに、石畳の道がある。といってもそんなに趣のあるものではなくて、ただ何となく、作ってみました、というような風情の道。
その石畳のすきまから、飛び出すようにして咲いているたんぽぽを見つけた。
嘘みたいにぱっきり咲いた黄色い花を囲むように生えている、緑のぎざぎざ。本当に、ライオンみたいだ。
辺りを見回してもたんぽぽはそこに咲いているきりで、不思議な感じだった。
ではまた明日。
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ぐつぐつ…
私は勉強が苦手だ、というのはもちろん、言い訳である。
けれど私には、高校1年生のとき、化学で学年最下位から3番目という成績を取ったという経歴!?前科!!?がある(ちなみに学年は280人くらいだったか)。大学に入ってからの私しか知らない人にとっては多分ちょっと信じられないだろうけれど、私は勉強が苦手だ。
だから、この夏に受けるのだろう試験に対しても不安ばかりが先に立って、何ひとつできていない。
大学受験を終えたとき、もう、こういう試験を受けることもないのだろうとぼんやり思っていたから、自分で自分の置かれている状況が不思議だ。
そんなとき、『ちりとてちん』を見ていて、印象的な科白が出てきた。
高校時代の文化祭で、不本意ながらも三味線ライブの裏方に回ることになってしまった主人公。その後、落語の修行を経て、ある事情からまた裏方をすることになる。その不安を、親友に話したときの、親友のことば。
あのときの失敗があるんだから、二度目はきっと違う結果になるはず。
そんなことを言っていたと思う。もちろん、それは主人公がそれまでに13年も落語の修行を積んでいるからで、何もしないでいる人にはそんなこと言えないのだけれど、私も、浪人生なりたてほやほやだった4年前とは、きっと違うところにいるのだと思う。高校3年生になりたてほやほやだった5年前とは、もちろん。
早く、学校が始まらないかな…
ではまた明日。
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無為なF5
先日の、「エイプリルフール思いつき企画〜君はエイプリルフールの本当の意味を知っているか〜」(詳細はこちら)は、まあほらあれだ、誰かが言っていたように、静かだ。
悲しいので、なかったことにしようと思う。
先日、いただいていたコメントに、一気にお返事を書きました。2月の末から3月末まで時間的な余裕がなくて(時間は作るものだ、ということはもちろん分かってはいるけれども)、書けていなかったものです。今さらかい!というようなものもあるかとは思いますが、ご覧いただければうれしいです。
そういえば、就職活動のために教務課から送っていただいた成績証明書を見たら、どうにかこうにか4年生には進級できていそうです。
懸案事項だった図法・製図IIも、「可」の評価をいただくことができました。よかった…!
すべきことは、決まっているはず、なのだけれど。
ではまた明日。
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※タイトルは、分かる人には、分かる。
四月のばかばか!
次のうち、いったいどれが本当で、どれが嘘なのでしょう。
1.今までにお酒を飲んだ回数は、片手で足りる。
2.年齢=彼氏いない歴だ。
3.携帯電話にストラップが10個以上付いている。
4.『ちりとてちん』の徒然亭一門、実は四草がいちばん好きだ。
5.視力がとてもよく、2.0は余裕である。
6.足が速く、50mを7秒台前半で走れる。
7.上体反らしが得意で、中学校のとき校内1位になったことがある。
8.お茶とお花を少々。
9.生まれて初めて好きになった芸能人は仲村トオル。
10.生まれて初めて好きになったドラマは『あぶない刑事(デカ)』。
正解の発表は、明日行います。いっちょ当ててやるか、という方は、コメントかメールでお願いいたします。
当たったところでどうということはありませんが、もれなくみちくさとりこが褒めてくれます。
ではまた明日。
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おさけ!
話の流れで、昨日の飲み会に来られなかった人たちと飲むことに。2日連続でそういう場に行くなんて初めてで、ドキドキする。(どうもここ数日、まともな夜ごはんを食べていないなあ)
今日は、ちょっとだけお酒を飲む。といっても、私はそもそもとてもお酒に弱いので、シークワーサーサワー?なるものを頼んだ。(そして、たった1杯…というかひとくちふたくちで顔が赤くなり、首から上ぜんぶが血管になったみたいな錯覚に陥る。赤くなるだけいいのかも)
でも今日のお酒は、楽しいお酒だった。予想外の展開だったので、ますますうれしい。
自分が飲まないので、そういった場に馴れていないのはなかなか厄介だけれど。
ではまた明日。
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おさけ?
今日は、アルバイト先の送別会、という名の打ち上げ、という名の飲み会へ。
今、話題らしい火鍋なんてものを食べる。(リンクがWikipediaで申し訳ありません)
結局、お酒は飲まず。素面って、お酒の席をまた違った側面から楽しめます。(ただ飲めないだけなのだけど)
それにしても私はやっぱり、「無礼講」という感じがよく分からない。それが、お酒の力を借りて行われることも。
私は素面で言いたいことを言っちゃう人だし、言えちゃう人なので(もちろん、理不尽には言わないけれど)、お酒を飲めば言えることがどうして素面だと言えないのかが、理解するけれど理解できない。
でもまあ、本当のことを言ってしまうの敵を増やすことにつながるから、お酒は飲めた方がいいんだろうな。
ではまた明日。
あわ、いやいや?
家に帰ってきて、突然、ほっぺたと耳たぶが熱くなる。
あわてて体温計で計ってみると、35.3℃…私の平熱は36℃ちょうどくらい…
私の身体に何が起こっているのでしょう。
ではまた明日。
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The Wonder Years vol.3
友人たちとの『ちりとてちん』鑑賞会も、一応、今回で本編が終了。
■The Wonder Years vol.1
■The Wonder Years vol.2
ほんとうにいろんな科白やシーンを憶えているのだけれど、最後の最後、大事な科白をすっかり失念していて、それを言われた途端に思いっ切り泣いてしまう。笑 しばらく見ていなかったせいか、油断していました。
何度見ても、飽きない、足りない。
ではまた明日。
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おさけ
アルバイト先の打ち上げに誘われた。
年度末、一気に納期がやってきて、ここ1か月くらいは不眠不休といっても過言ではないくらいに忙しくしていた社員さんたち。
ようやく一段落ついたので、月曜日に打ち上げと相成った。
年末はしっかり半ドン、午後からは社内で飲み会という(いい意味で)古い体質の会社だから、きっと今度の打ち上げも当たり前のように、お酒を飲むのだと思う。
私はお酒がほとんど飲めないので(友人曰く「ジュースみたい」なお酒を1杯飲んだあと、国分寺の本屋さんで『ゼクシィ』に悪態をつきまくったというかわいらしい?前科あり)、今までに飲んだお酒を全部憶えている。
だからきっと、今度の月曜日に飲むお酒も、ずっと忘れないんだろうな。
4月以降もどうやらお世話になることになりそうなアルバイト先。楽しいお酒にしたいです。
ではまた明日。
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※なお、明日は諸事情により更新作業ができません。日曜日、もしくは月曜日にまとめて更新いたします。
やさしくなりたい
以前にも書いたかもしれないけれど、やさしくなりたい、とこのごろ強く思う。
やさしさの定義は人それぞれであるにしても、私の思う「やさしさ」のためには、「考える努力」や「想像する努力」を惜しんではならないなと、今日あらためて感じた。
ではまた明日。
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卒業
私は1浪しているので、高校までの友人の多くはこの春、大学卒業を迎えた。
彼らの卒業式での様子をSNSの日記なんかを通して目にするたびに、何ともいえない気分になる。
高校までの「卒業」と違い、大学を卒業すると「学士号」を得ることになる。その点で大学卒業は、今までの「卒業」とまったく種類の異なるものだと思う。
今は昔の話ではあるけれど、「学士様」なんて言われた時代もあったくらいで、それはやっぱり今でも、そういう心構えで受け取るべきものだし、受け取ったのならどんな方法をとるにしても返すべきところに返していかなければならないような気がする。
もちろん、自戒の念を大いに込めて書いているわけだけれども、何だかこう、私は友人たちのようにきらびやかな衣裳を身に纏って卒業を喜べないなあ、と思ってしまった。
うれしいこと、喜ばしいこと、めでたいことだというのは分かるし、だからこそのきらびやかな衣裳なのだけれど、例えば成人式と同じように、私にとってはどうしたって心の重くなる行事のひとつだなあと。
学部の卒業研究で、なかなかその分野に一石を投じることはできないかもしれないけれど、でも、そんな気持ちで。
ああこれで、4年生になれていなかったら恥ずかしいなあ。
ではまた明日。
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青二十二歳
先日、東京駅まで行ったときのこと。(伊勢神宮に行ったときのこと)
東京駅まで乗った中央線の中で、ひとりのおばあさん(なのだと思う、おそらく)に会った。
彼女は通勤ラッシュ少し手前の電車の中に立っていて、席に座っていた私は席を譲ろうとした。
けれど彼女の背中はどうにも声をかけづらく、どうしようどうしようとためらっていたら、母が私にささやいた。
この時間に乗ってるってことは、多分、働いていらっしゃるから大丈夫よ。
細かい言い回しはこうじゃなかったかもしれないけれど、とにかくそういう意味合いのことを彼女は私に言った。
母は素敵だ。そして無敵だ。
おばあさんは、しゃきしゃきと電車を降りた。
ではまた明日。
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どねしよう
この3月で、両親が銀婚式を迎えるのだそう。ということを、昨日の新幹線で知った。
私の両親はあんまりそういうことに興味がなくて、だから別に、この銀婚式も私にどうこうしてほしいわけではないらしい。私自身も、そんな両親のもとで育ったせいか何をどうすべきかよく分からない。
簡単に検索をかけてみると、旅行券を贈っただの何だのという事例があがってきてしまって、どうも私には不似合い。まだまだ学生だし、ひとりっこだからそこまでの経済力があるわけでもない。(ひとりっこの自分には大満足だけど、こういうときは兄弟がいるといいのだなあ)
はてさて、どうしたものだか。これはもう、「プレゼントは、今年23歳になる娘です★」といって頭にでっかいリボンでも付けて玄関先に現れればいいのかな。それとも、無難に夫婦茶碗とかにしようかな(そっちにしような)。
…あっ、若狭塗り箸!!!(家族3人で『ちりとてちん』が大好きでした)
ではまた明日。
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本日は業務連絡
私も、無意識のうちに情報を取捨選択しているんだなあと、手羽さんのエントリを読んで思う。
手羽さんの日記は毎日読んでいるはずなのに、このときの記事は多分、「入試業務について」というタイトルと出だしだけ読んでやめちゃっているのだよね。すごい。
つまり、「どうして読まれなかったのか」「どうして読まなかったのか」ってことよな。
全然関係ないですが、このごろ、怒りを覚えるよりも先に悲しくなるようになってしまいました。
それが、今度23歳になるってことなのよねと思います。
というわけで、この業務連絡もきっと読み飛ばされるんだろうなあと思いながら、一応。
明日から1泊2日で旅行に行きます。家族とです。この時期の旅行は、ここ10年くらいなかったような。
行き先は、帰ってきてからお知らせします。特に意味はないですけど。
なので、明日は更新がありません。まとめて明後日にします。
ではでは、行って参ります。
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はるはる、こいこい
昨日、ちらりと母の話題を出したところへのライター募集に、びっくり。でも、ムサビ日記ライターの保護者は対象外ということで、ほっ。だって、母はpekeさんのお母さんに負けず劣らず、面白い日記が書けちゃいそうなんだもの。
…でも彼女のことだから、身分を隠して応募しやしないだろうか。不安だ。そこはかとなく不安だ。
(わが家の場合、いろんなことをあっけらかんと話しちゃっているので、とくに書きにくくなることはないんだろうけれども…彼氏さんでもできない限りは…)
そういえば、3年生になってすぐ、たくさんの新しいライターさんがムサビ日記にデビューしたころは、とても焦っていました。
どうしよう!この1年で何となくみちくささんの立ち位置がはっきりしたと思っていたのに、それがぼやけてしまう!なんて。
でも、しばらく書きつづけているうちに、それはちょっと違うということが分かりました。
もちろん、新しいメンバーはとても面白くて、以前とはまた少し変わった雰囲気がムサビ日記全体に出てきたことも確かなのだけど、私が書くものは変わらないし、変えようがないんだなあと。
そんなわけで、おそらくあと1年と少しつづけることになりそうな、この日記。
まだまだ、よろしくお願いいたします。
ではまた明日。
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千里眼ママ
わけあって、私がムサビ日記のみちくさとりこであることが、母の知るところとなった。(大したわけではないのだけれども)
とはいえ、私は家でけっこうムサビ日記の話をしているし(みちくさとりこなんか全然知らないふりして、「手羽さんがこれこれって書いてたんだけどね」などと言っている)、母の嗅覚は『ちりとてちん』の糸子さんなみに鋭いので(『ちりとてちん』を見ていない方には、何が何やら、ですが)、もしかして知ってるかも?という気持ちも、70%くらいあった(けっこうあるよね)。
何の気なしに私がその話を切り出し(実際には紙に書かれているものを母が読んだのだけど)、母の反応を見ると…驚いてない!まったくもって、驚いてない!挙げ句の果てには、「大学生活と密着してる経験よね」などとおっしゃった。
まあべつに、今さら隠すこともないけれど(何より、全世界にこのブログは発信されているわけで)、やっぱり、母は偉大なり。
何がって、知ってしまうのは致し方ないけれど、事実を知ったところで(と娘の思い込みたいところで)ぴくりとも動かない表情が、演技派すぎます。
ではまた明日。
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今日は焼きそば
何となんと、アルバイト先のお昼ごはんに、「日清Chin」が登場!
一緒に働いている派遣さんが偶然スーパーで見つけ、「面白そうだから買ってきた」そうです。
それで思わず、「それ、私の学校の卒業生がデザインから何からやったんですよ!」って自慢してしまい、「先輩によろしくお伝えください。器の形も面白かったし、とてもおいしかったです」というコメントまで預かってきたのだけど、…もしかして、デザインなさったのって「GoFan」の方だけなのかしら…容器の形ですっかり、思い込んでしまったのだけど…
最初にふたを開けてからレンジでチンして食べるまでけっこう時間がかかるのが、その人は面白かったと言っていました。絶対おいしく感じられる!と。
その場にいたみんなが、「値段も安いし今度見つけたら買ってみよう」と言っていました。今日の話題は、全部その人に持っていかれました。笑
ベルハウス(ムサビの中にある売店)ではカップ麺やインスタントのリゾットも扱っていて、寒い冬なんかはけっこう食べるけれど、ぜひニッチンのシリーズも置いてほしいなあ。
ではまた明日。
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3年間
けっこう前のことになるけれど、高校のころそれなりに仲良くしていた人と、久しぶりに会った。
私はもうその人のことがあんまりすきじゃなかったし、実際、携帯電話を買い替えたというメールが来たときも、番号とアドレスの登録をしなかった。
いろいろあってその人と会うことになり、けれど会ってみて私は、がく然としてしまった。そして、がく然とする自分が、心底いやになった。
私が何に「がく然とし」たかというと、その人があんまりにも、高校を卒業してすぐのころと変わっていなかったということに、だった。
髪型とかお化粧とか外見のことではなくて、話す内容とか、考えていることとか。
話しながらいらいらしてしまって、どうしてこの人はこんなにもあのころと変わっていないんだろう?どうしてあのころの問題が未だに消化されていないんだろう?とずうっと思っていた。
でも、そうやっていらいらする気持ちのもう半分で、じゃあ、私はこの3年間でどんなふうに変わったんだろう?と思ったら、がく然ふたたび、といった感じだった。
もちろん、変わることばかりがいいとはいえないけれど、3年前に自分の中でもやもやしていたようなことに、進展がないようでは困りものだな、と。
私は、3年前よりもちょっとは成長した私なのだろうか。
私自身はそう思っているのだけど、私だけが思っているんじゃたぶんだめで、それが形になって現れてくれないと、まずいよなあ、と思う。
だからきっと私の感じたいらいらは、自分自身へ向けたものでもあったのだと思う。いらいらしたということは、ほんとうには変わっていないという実感が、自分の中にあるのではないかなと。
ではまた明日。
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ふしぎな一日
今日は、ふしぎな1日だった。へんなことが起こったというわけではないけれど、へんな気持ちになった1日。わるい意味ではなく。
もしかすると、親以外の人に「やさしいね」と言われたのは、初めてかもしれない。
自分ではぜんぜんやさしいつもりはなくて、むしろふだんの生活では社交辞令のようにいっていることばだったから(もちろん、今日そのときは本心からいったのだけど)、びっくりした。
アルバイト先の社員さん2人に、「4月からも来られるんだよね?」と聞かれた。
私自身は居心地もよく、できることならつづけたいと思っていたけれど、そういうふうに聞かれることは予想外で、驚いた。
ぜんぜん、うまくやれている自信もないし、迷惑をかけっぱなしなんじゃないかとばかり思っていたし、思っているのだけど。
うれしかったとか誇らしかったとかそういうことではなくて、ただ、自分の思ってもみないような自分が、自分以外の人には見えているということが、やっぱり、何度経験しても、ふしぎ。
ではまた明日。
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気になる気になる
用事があって新宿に行ったのだけど、何だか今日はやたらとカップルが目についた。
家に帰ってそのことを母親に話したら、「新宿じゃなくたって、カップルはいっぱいいるでしょ」と言われてしまった。
ううむ、それにしても何だったんだろう。何でもなかったのかなあ。
ではまた明日。
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分かっちゃいるけどさ
昨日、アルバイト先の塾で教材の整理をしていたら、室町時代だけを扱ったうすいテキストが出てきた(月に1冊か2冊配られるテキストのうちの1冊)。
応仁の乱はもちろんだけど、室町時代の文化といえば、このごろ私がよく見ている能や狂言も、室町時代に盛んになったもの。塾のテキストではどんなふうに書いているのだろう?と思ってめくってみる。
そっかあ。受験に、室町文化は必要ないかあ。
何だかんだとつながってくるような気がするのだけど、あっさり、カットされていた。
私自身は、日本史の時間に教科書じゃなくて資料集(写真がいっぱい載っていて、文化についてやるときにはよく参照される)ばかり見ているような生徒だったのだけど、やっぱりあれは、学校とか受験とかいうところでは、よくないことだったのかな。(本人は、ぜんぜんそう思ってないけど)
ではまた明日。
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そろそろ
風邪の予感がします。
ではまた明日。
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15歳は、たしかに若い
先日の塾でのアルバイトにて。
めでたく高校に合格し、遊びに来てくれた中学校3年生の男の子と、先生の会話。
「入試終わってからどうなの、もう暇って感じなの?」
『もうね、10日くらい連続で遊んでる』
「そんなにー!?どこで何してるの?」
『○○(地元のスーパー)に行って、アイス食べたり、しゃべったり…(絶句)』
その子が帰ったあと、思わず先生に「中学生って、かわいいですねえ」と言ってしまう。
男の子とはいえ、15歳にもなればひょろひょろと背が高くて、きっと私なんかより力もつよいんだろうなあ、受験も乗り越えて、精神的にもつよくなったんだろうなあ、なんて思っていたから、単純に「経済力がない」こと、それでもやっぱり友だちといっしょにいたいと思うこと、…それがあんまり、かわいくて。
この寒いのに、わざわざあったかいスーパーの中でアイス食べてるかと思うと(絶対に、ハーゲンダッツではないだろう)、「かわいい」がいくらやすっぽい表現だと分かっていても、「かわいい」と思ってしまう。
私も、あんなだったのかなあ。
ではまた明日。
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そうなのだけれど
先日描いた、とあるイラスト。内容を書いてしまうといろいろまずそうなので伏せますが(なので、描いたものは以下、「○○」と曖昧な表記にしてみます。ある自然物です)、今日、それについて先方からダメ出しがきていました。それがあんまりにも面白かったので、今日はその話。
この間描いたイラスト、じつは私に頼んでくれた社員さんが、けっこう気に入ってくださったのだそうです。
ところが、週末のうちに先方からメールが入ったとのこと。今朝読んだそのメールに、思わず苦笑してしまいました。
曰く、「イラストですが、○○に見えません。せっかく見本があるのですから、それに近づけてください」。
確かに、この間描いたイラストは、今見るとけっこう適当。今日あらためて描いたものは、比べてみると見本にそっくりです。(社員さんはまたまた喜んでくれた)
でも、それにしたって、「○○に見えません」という表現は、何ていったらいいのだろう、力強くこちらの頬を張ってくれるなあ、と。笑 もちろん、うまく描けていない自覚はあるわけだからブロークンハートになるわけでもないのだけど、いやはや、まっすぐなことばにやられました。
1時間ほどかけてそのイラストを描き上げ、社員さんのところに持っていくと、「こんなん1時間で描けるんや!」「見本そのまんまや!」「形までおんなじや!」と何だか興奮気味。笑
そして話は、よく転がる方向へ。
「絵描いたりすんの?」「いや、私は絵は…」「じゃあ専門は?」「今のところ、美術の教育…でしょうか」「へえ、じゃあ、絵描くのとか得意なんや。だから教える?」「…というわけでも」
曖昧な返事を繰り返す私に社員さん、
「わけわからん」
ああもう、時間が許してくれるならいくらでもその辺りのことについて話したいけれど、年度末で忙しい会社にそんな時間はない。
明後日には、その社員さんは私が表紙のイラストを描いたパンフレットを連れて、飛行機に乗って行ってしまう。
何だかせつない月曜日。へんな気持ちの月曜日。
ではまた明日。
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2年
今日は、曾祖母の三回忌法要でした。
1906年、杉村春子や坂口安吾と同じ年に生まれた曾祖母は、100年以上、大正昭和平成と生き、ハレー彗星に2回遭遇した人(まあ実際には見ていないだろうけれど)です。
なんだかもうそれだけで、すごいなあと思います。
先日見た『ワーニャ伯父さん』の科白を思い出していました。
ではまた明日。
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どうしたらいいのかな
何を隠そう、私と私の家族は競技スキー、中でもノルディックスキーがすきだ。(しゃれじゃないぞ)
うちはわりとスポーツを何でも、しかもオリンピックなどの国際大会だけでなくマニアックな国内大会まで見る家で(まあ、テレビで見ることがほとんどだけれど)、その流れでスキーもすきになった。(だからしゃれじゃないぞ)
アルベールビル、リレハンメルと短い期間でオリンピックが開催されたことによって私はいろいろ詳しくなり、何を思ったか、長野オリンピックのころには荻原兄弟の大ファンだった。(ちなみに、どちらかといえば弟さんのほうが今でもすきです)
新聞から試合結果の記事を切り抜いてスクラップし、どうも調子の上がらない日本複合陣にやきもきし(やきもきしていた小学生って)、高橋大斗くん(まだ高校生だったときから知っているので、どうしても「くん」づけで呼んでしまいます)の登場にわくわくし、それからなかなか若手が伸びてこないのに悲しくなり…
そんな、アルベールビルからの17年(!!!)を知っているから、先日の世界選手権での金メダルはうれしいと思う一方で、報道に対して腹立たしく思う気持ちもあったりする。
まず、新聞の一面トップにカラー写真入りでの報道に驚いた。つづけて、テレビのスポーツコーナーでのトップ扱いにもびっくり。
分かってはいたつもりだったけれど、はあ、こんなもんなんだ、と思ってしまう。
大事なのは、14年ぶりの優勝なんじゃなくて、どうして14年間も勝てなかったのか、ってことなんじゃないの?どうして多くの人は、荻原以降を知らなかったの?なぜ日本は勝てなくなったの?それはルール改正だけのせいなの?日本に不利になったっていうのは本当なの?結局、コーチを以前の選手ばかりがやっているということにはどんな意味があるのだろう?
そして何より、スキー競技は他にもたくさんあるということ。(ちなみに私のお気に入りはクロスカントリーのクラシカルです…)
いや、もう、仕方のないことだというのは、急速にノルディック複合やその他の冬季競技への多くの人の興味が失われた長野以降で分かっていたことだったけれど、何だか、やり切れないなあ。
もちろん、私自身だって他の誰かをやり切れない気持ちにさせていることくらい、あるのだろうけれど。そう考えたら、何も言えなくなっちゃうなあ。うーむ。
ではまた明日。
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いつもお洒落なその人は
アルバイト先のある社員さんに、初めて仕事を頼まれた。
私がIllustratorを使えるらしい、と見込んでの仕事で、その社員さんが作っている報告書の表紙に使うためのイラストを1点と、題字を(彼曰く)「かっこよく」見せる工夫を。(もちろんIllustratorは、「使えますけど得意じゃありません」と正直に申告)
ちゃきちゃきと30分くらいでイラストを仕上げ(たぶん、馴れている人が描いたら10分で描けちゃうようなイラストです…)、題字もそれなりに工夫してみる。(彼なりにこだわりがあるようで、それについて意気投合したけれど、割愛)
今までのものと差し替えてプリントアウト、社員さんのところに持って行って、その瞬間に、「あ、このイラスト、もうちょっと下じゃないとバランス悪いですね」と気がつく。
すぐさま直そうとしたけれど、どうも社員さん、腑に落ちないようす。
「え、これ、そんなにバランス悪い?」
「文字と文字のちょうど真ん中にイラストがあるほうが、バランスよくないですか?」
「そう?そういうもの?」
彼はそういって、近くにある別の報告書を手に取った。そしてその表紙と見比べ、
「みちくささんのセンスに任せます。そっちの方がいいなら、そうしてください」
私はそれを聞いて、ちょっと驚いた。なぜかというと、その社員さんはいつも、とってもお洒落だから。
あざやかな色のセーターがよく似合うし、ということはつまり自分に似合う色を知っているということだし、今日はいていたズボンもとってもあったかそうでかわいかったし、近くに来たらすっごくよいかおりがしたし!笑
私はぜーんぜんお洒落なんかじゃなくて、でもそれって、他のいろんなことともつながっているような気がしていたから(いってしまえば「美的センス」みたいなことばだけど、それはあんまり安易だから使わないことにして)、きれいな色を自分の中に持っていて、すてきなバランスで洋服を着こなすその人が、報告書の表紙のバランスの悪さ(と、少なくとも私は思った)に気がつかないなんて、と。
それはまた、「絵が描けない」と思い込んでいる人とはべつの話だなあ、と思う。
そういえばその社員さん、「かっこいい文字」の例として、ポップ体をあげてきたものなあ。笑(→こんな文字のことです) ううむ…わりに真面目な報告書なんだけど…
出来上がった報告書はすぐさまメールに添付して関係機関に送られました。(差し替えは、お客さんである某機関の指示だったのです)
しばらくして、社員さんのところに電話が。電話を切ると彼は私の作業しているデスクに近づいてきて、「ごめん。この文字の装飾、いらんって」と。彼も、「おお、かっこいい」と言っていたのでがっかりしていたら、「まあそんなもんやって」と言われました。
結果的に、題字はふつうにWordで出るやたらと太いゴシック体の、「ウルトラボールド」に。笑 せつない!
ではまた明日。
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おんなのこのいろ
今日は、母の誕生日だ。
私はアルバイトがお休みだったので1日家にいたけれど、母はお出かけ。
昨日のうちに、父から「これでお花を買ってください」と預かっていたお金があったので、母が帰ってくる時間に合わせて家を出た。
今朝、NHK教育テレビの『ざわざわ森のがんこちゃん』を見ていたら(どうして見ていたかということには触れないでください…そのあとの『マテマティカ2』は『がんこちゃん』以上に面白かった!)、がんこちゃんの弟が出てきた。
ほとんど見たことのない『がんこちゃん』なのに、どうして私はぱっと見ただけで、がんこちゃんの隣にいる恐竜を「男の子」だと認識したのだろう。
理由は簡単、ピンク色のがんこちゃんに対して、弟であるがんぺーちゃんがブルーだったからだ。
そんな刷り込みがあることは百も承知だけれど、小学校1年生の道徳の授業のための番組で、未だにそういう風潮があるんだなあ、とも思う。(画面のサイズがアナログ向けの小さいものだったけど、それはいろんな事情に配慮してのことなのか、それとも以前と同じ放送内容なのか?まだ新しい学習指導要領が実施されていないからいいということなのかな。とはいえ、ジェンダー云々の問題はずいぶん以前から言われていることなわけで…)
話を元に戻します。
以前も書いていますが、母への花束はいつも、かすみ草だけというのがわが家のきまり。
だから、「かすみ草だけの花束を○○円で作りたいのですが」というと、「どういった用途ですか?」と聞かれた。
「用途」という言葉づかいもすごいなあと思いながら、「母の誕生日なんです」と答えたら、「じゃあ、長めに切って、リボンはピンクでいいですね」と言われた。
あんまりにもタイミングがよすぎて、おお、と驚く。
べつに母はピンクがきらいじゃないし、むしろ好きなくらいだけれど、「母」という「女」は「ピンク」が好きという、(おそらくはお花屋さんの経験も踏まえてはいるのだろうけれど)刷り込み。
ほんとうはピンクなんか好きじゃないのかもしれない。でも、ピンクを好きにならざるを得なかった。たとえばそんな状況だってあるだろう。ランドセルなんかは、そのひとつのような気がする(ランドセルは赤だけど)。
家に帰って母にそのことを話すと、「深緑なんかでもきれいかもね」とのことだったので、こんどはお花屋さんにそう話してみよう。
いったい、どんな反応が返ってくるだろう。ちょっとたのしみ。
ちなみに私は、マカロンの形をしたピアスをプレゼントしました。笑
ではまた明日。
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私のおべんとう
アルバイト先にいる派遣さんは、お昼にお弁当を持ってきている人が多い。
私はめんどくさがりなのでコンビニやスーパーで買っていってしまうけど、お弁当を持っていくのも、何だかいいなあと思っていた。
そんな今日、ひとりの派遣さんが、「今朝、お弁当を入れてたバッグを机の上で倒しちゃったんですよね。やっぱり、ちょっとこぼれちゃってる…」と言いながら、お弁当箱を取り出した。
ビニールにつつまれてはいたけれど、確かに、しるけのあるものが少しこぼれてしまっている。
そのようすを見て、は!と思い出したことがあった。
私は、中学、高校と6年間毎日お弁当だった。6年間、1日も欠かしたことはない(ちなみに私がつくったこともあるので、母の努力はかなりかなり大きいけれども、ほんのちょっとは私のつくった記録でもある)。
今でもそうだけれどちょっとがさつな私は、お弁当の中身をこぼしてしまうなんて、日常茶飯事だった。1週間に1回くらいは、何らかのしるがこぼれていたんじゃないかと思う。
私にとって、かばんの中の何だか生活感!?ただようかおりはあの6年間を思い起こさせるもので、でも今の私にはそれがない。
そう思ったら、いっきに気分が中学、高校のころに戻ったような感じがした。
でも、それを口にしてみても誰の同意も得られず、べつに同意が得たかったわけではないけれど、そうか、これは私だけの気分なんだ、と思った。
ではまた明日。
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ためこんでいた記事を公開してみよう
ある本を読んでいたら、「解決できない問題は問題ではない。解決できる問題は問題ではない」ということばが出てきて、へんに納得してしまった。
それで、だったら解決できないものって何なのだろうと考えて、しいてことばにするなら「問い」なのかな、と思う。
大学に入って3年目にしてぼんやりと思ったのは、「なんでだろう?どうしてだろう?と思ってその理由を考えてみても、分からない/たくさんの答えがあってひとつに絞りきれないことってあるんだよな。で、それが面白い」ということだった。
私はいろんなことを白黒はっきりさせる性分だったのだけど、いやもちろん、今だってそういう面は大いにあるのだけど、でも、絶対に(少なくとも私の生きているうちは)「?」のままのことなんてたくさんあって、それでもそれについて考えたい、考えなくてはいけないと思う、それでいろんな人の力を借りて考えて、どうにかこうにかこれからにつなげていく、そのために(私は)勉強しているのだなあ、というのが、この3年で分かってきた。
そんなことを、ゼミでの芸術文化学科というところを説明するときにどう説明するか、という(それこそ)問いに答えるかたちで話した。
でもすぐに思い至ったのは、答えが分からないことについて考えるというのは(ある意味で)ふしあわせなのではないかということだった。「問題」における「解決」は決して、「問い」における「答え」ではないけれど、でも、「問題」なら「解決」するのに、「問い」は「解決」することがない。終わりが見えないというのは、楽しいばかりではないし、終わりがないということに気づいてしまったら、ある種の人はそこで「問い」かけることをやめてしまうかもしれない。
いちばん簡単な例でいうと、自分からすればどうやったって理解できないことを言ったりやったりする人について、「なんでだろう?どうしてだろう?」と思ったところで、その人はきっとそれが他人からそう思われていることに気づきはしないし、指摘しても直そうという気は起こらないはずだ。その人にとってそれは「問題」でもなんでもないから。
相手に「直」すつもりがない、つまり「解決しない」、「問い」かけたところで「終わりがない」ということに気づいたら、それについて「なんでだろう?どうしてだろう?」だなんて考えるのは苦痛になってしまう人だっているだろう。
かくいう私も、このごろそんなふうに感じてばかりだった。もちろん、私だって誰かにはそういった印象を与えているのだろう。でも、そんなこと思いもしない人だって当たり前にいて、それを苦しく思うということは、私だって結局、自分の苦手とする相手と同じなんだよなあと、もう、ぐるぐるぐるぐる。
それってつまり、もう、自分というニンゲンそのものが、「問い」なんだよなあ、なんて思ったり。それでもやっぱり私がどうにかこうにかやっているのは、自分に対して「なんでだろう?どうしてだろう?」といつも思っていて、答えなんて出ないにしても、それを考えつづけることを、ちゃんと楽しいと思っているからなんだよなあ。
それでも、親には「あなたは損な性格をしている」と言われるし、「変なところばっかり似て…」と心配もされる。笑
ただ、こんなふうに考えがぐるぐるするようになったのは大学に入ってからで、「私はこうだけど、でもああいう人もいるし、こんなふうにいう人もいるし、だったら私は間違ってるのかなあ」なんて、はっきりと自覚してぐるぐるしはじめたのは、3年生になってからのような気がする。(おそらく、それ以前も無自覚のうちにぐるぐるしていたのだけど)
ではまた明日。
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カーテンを開けている時間が5時間くらい
これは面白そう。早く買わねば…
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休みの日は自堕落になってしまって仕方ありません。
ではまた明日。
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東京
私が東京を離れるときは、旅行に行くときか、何か大きな分かれ道を前にしたときだと思う。
春休みになり、学校の友だちが実家に帰るという話をちょこちょこ聞くようになって、そんなことを考えた。
郊外といわれるようなところだけど、一応、23区。そんなところで、私は生まれ育った。
私の年齢とほとんど変わらないくらいの歴史しかない、ニュータウンとよばれる人工的な町。
私は、この町がまだ砂利だらけで、舗装されていない道ばかりだったころから知っている。
父も母も、東京で生まれ育った。祖父母も然り。よくは知らないけれど、曾祖父と曾祖母も若いころから東京で暮らしている。
だから私は、帰省というものをしたことがない。親戚はみんなあんまり近くにいて、年の始めだからといって会うこともない。
それに、私はわけあって、生まれ育った町にすら友だちがいない。ほんとうにいない。
私は、どこに帰ればいいんだろう。そんなことを、ふと思った。
私にはまだ、「実家」がないと思う。今住んでいる家は帰ってきて当たり前のところだから、「実の家」という感覚がない。
私は、いやなことがあると都庁にのぼることにしている。なんとかは高いところがすき、というから、そういうことなのだろう。
都庁からは、私の住む町も小さく見える。
東京という場所のことは、とくに好きでも嫌いでもなかった。
私が住んでいるのは、ほんとうに東京なのだろうか、と思うことだってあった。
私はべつに、「東京」に住んでるわけじゃないよ、と。
でも、年末に大阪に行ったり、今アルバイトしている会社に関西の人が多かったりすることもあって、このごろ東京というところについて少し客観的に考えられている気がする。
妙な言い方かもしれないけれど、大阪に行ったことのなかった私は大阪がほんとうに存在するのかすら22年間分からなくて、でも、新幹線の窓からずっと外を見て辿りついたわけだし、地下鉄にも乗ったし大阪弁のおばちゃんに会ったしエスカレータだって右側に立ったんだから、大阪というところは存在するのだと思う。
そうすることでようやく、東京、というところのことが何となく分かってきた。15時間ぶりの、なつかしい東京駅!
そしてとても、東京のことがすきだ。
ではまた明日。
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ひろ!
昨日、アルバイト先の社員さん(女のひと)に、「それで、みちくささんの学科って何ていうんでしたっけ」と聞かれた。
「芸術文化学科です」とゆっくりめに答えると、「ひろっ!」と反応が返ってきた。
私はちょっと、すごいなあ、と思ってしまった。
今まで、「ということは、絵を描くんですか?」とか、「グラフィックデザインをやるの?」と返されたことはあっても、「ひろっ!」というのはなかったから。笑
でも、いちばん的を射ているんじゃないかと思う。
彼女はつづけて、「じゃあ、音楽やってる人もいるの?」と聞いた。またしても、である。
Illustratorが使える、という話の流れだったし、もちろん彼女は私が美大生であることを忘れてはいないのだけど、その、(表現はへんてこりんかもしれないが)真っ直ぐに素直な問いかけは、ちょっと私を、立ち止まらせてくれた。
ではまた明日。
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CROQUIS
美大生とクロッキー帳の蜜月関係!?は、ムサビに限ったことではないと、個人的には思う。
私も例外ではなく、いつもかばんの中にはクロッキー帳が入っていて、何かあれば書きとめるようにしているし、今までにつかったクロッキー帳は1冊も捨てたことがない。
もちろん、今やっているアルバイトにも持っていっていて、仕事のメモは必ずそのクロッキー帳にしている。社員さんの中にはその辺に散らばっている裏紙にメモする人も多いのだけど、私はメモしたものがひとつにまとまっていないと落ち着かないので、クロッキー帳がちょうどいい。
この間、以前説明されたことをもう一度聞きたくて、そのときクロッキー帳にとったメモを見せながら質問したところ、相手の社員さんが「ちょっと貸してください」といって私のクロッキー帳を手に取った。
私はそれを見たとき、あ、いやだな、と思ってしまった。
この感覚、もしかするとこの日記を読んでいる、美大生なり美大受験生なら何となく分かるかもしれない。分かるものなのだろうか。
大袈裟かもしれないけれど、私の頭のなかをいちばん直接的にあらわしているのが多分そのクロッキー帳で、だから見られたら困ってしまうような、恥ずかしいようなものもそこにはたくさん詰まっている。(ちなみに私のつかっているクロッキー帳は、marumanのもの。もしかして、濱さんといっしょかも?)
もちろん、彼に悪気がないということはじゅうじゅう承知しているのだけど、自分にとっての「クロッキー帳」の意味(とでもいえばいいのかなあ)をあらためて認識、意識するきっかけとなった。
たぶん、彼はクロッキー帳なんて見たことがなくて(そういうこととは無縁の会社だから)、ほんとうに、ただのメモ帳だと思ったのだろう。彼自身も、A4のノートに仕事についてのことをメモしているから、それと同じ感覚だったのだと思う。
でも、実は私はその(彼の)ノートすら手に取ったり、のぞき見たりすることがためらわれる。学校の教室に忘れ去られているクロッキー帳ならなおさらだ。
と、書いてみたところで、考えている全然べつのこととつながった、気がするぞ。(卒展を見て考えたことなどなど)
ではまた明日。
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始めの最初
私たちのひるごはん
私が今アルバイトしている会社(ふたつめのほう。某インフラに関するアルバイト)には、派遣さんがいっぱいいる。
私の働く部(そして課)も例外ではなく、私はちょっと扱いに困られるバイトちゃんである(アルバイトはほとんどいないので)。
派遣さんはひとつの会社から派遣されてきていて、最短1週間、最長6か月の契約なのだそうだ。
なんだかんだと派遣さんたちと私は仲が良く、毎日いっしょにお昼ごはんを食べることが、私にしては珍しく、全然苦痛ではなかった。ひととものを食べるのが、とんでもなく苦手な私なのに。
いちばん長く働いている人がものすごく気を回せる(それも、嫌な感じじゃ全然なく)ことが大きいのだけど、増えに増えた派遣さんもみんな3月末でいったん契約が切れるということで、しかもその中のひとりは今週いっぱいで辞めちゃうのだそうで(その人なりの考えがあるようだ)、今日のお昼はなんだかしんみりしてしまった。
今週で辞めちゃう人が、「お昼の時間がなかったら1か月もつづいてなかったです」(ちょうど1か月で辞めることになったのだそう)と言うと、もうひとりが、「この時間がなかったらもうとっくに辞めてますよ」と言った。
もちろん、それはけっして仕事がつまらないとかそういう意味ではなくて(たぶん。私も仕事はすごく楽しいけど、やっぱりあのお昼の時間がなかったらすごくつらかったと思う)、ただ、どうしてだか集まってしまった私たちの、それなのにすごく気の合う感じが、よかったのだよなあと。
なんかだからうれしかったんである。それだけ。
ではまた明日。
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打てよ響けよ
打っても響かない、というのは、本当につらいものです。
くどいようだが、今日、チョコレートなりなんなりをもらってほくほくしている男子諸君!
きちんと、感謝の気持ちともらったものへの感想を言いなさい!直接!
ではまた明日。
michitori◎
とかしてまるめてじゃじゃじゃじゃーん
「みちくさとりこの合格祈願待受2009」、まだまだ募集中です!
昨日、バレンタインのチョコレートを作りました。結局、今年も無印良品で。しかも、やたらと簡単なトリュフを選んでしまう。そのくせ、こんなにまるくできなくて、岩みたいになってしまった。ぶきっちょなんです。
なんかこう、もうちょい丁寧にいきたいです。
色っぽい心配を親にかけ(られ)るようになったら、まあ、そうできるのかもしれませんけれども。てへ。
ではまた明日。
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「知る」
先日、アルバイト先である塾でテストの申込用紙をせっせと作っていたところへ、中3の女の子2人がやってきた。
その日はいつも使っている机がいっぱいだったので、本来なら作業には使わない、来校者にパンフレットを渡すような机でミシン目の入れられるカッターを使っていた。
自習を終えて帰る2人が、びっくりしたように私の手元をのぞき込む。
「へえ、すごい」「こんなふうにして入れるんですね」
あんまり驚いているから、カッターの刃の部分を見せてあげる。歯車のような形のその刃を見て、2人はますますびっくりのようす。
「えー!」「こんなふうになってたんだー!」
卒業する前に知れてよかったねと言ったら、片方の子がこんなことを言った。
「今まで私、何も考えないで切り離してました」
私は何だか、そのことばにうたれてしまった。
そうか。この子は、今この瞬間に、今まで自分が何も考えずに切り離していたミシン目がどうやって作られるか知ったんだ。本当に今、私の目の前で。
もしかしたら、それまでミシン目がどのようにして入ったのか考えなかったことを憂うべきなのかもしれない。
でも私にとってはそれよりも、「知る」瞬間を目にしたことの方が、強く印象に残った。
この子はこれから先ずっと、ミシン目を見るたびに今日のことを思い出すのかもしれない。
私にあったそんなことって、何だったっけ。今、ぱっと思い出すことができない。絶対にあったのだけれど。
そしてそんなことの方が、案外記憶に残っているものだったりして。かなしいかな、(私にとっての)解の公式なんかよりは、きっと。
「みちくさとりこの合格祈願待受2009」、まだまだ募集中です!
ではまた明日。
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記録
昨年末から始めたアルバイトは、タイムカードを押すほかに、その日の仕事を誰に頼まれてどれくらいやったのかをエクセルのシートに書き込むようになっている。
私は年明けからこっちその記入をすっかり忘れていて、今日、社員さんに指摘されて思い出した。何でも、お給料を払うためには業務内容が分かっていなくてはいけないのだそうで、「思い出せるだけでいいので明日書き込んでください」と言われてしまった。
1月から2月にかけて、私はけっこうシフトを入れている。だいたい、週3日から4日くらい。そのすべての日について思い出すのは、到底不可能なことに思えた。
まず、家に帰ってきて手帳を開く。アルバイトのある日はきちんと手帳に書いてある。そうだ、1月のいちばん初めは、机の上にお酒の入ったコップが置いたままになっていてびっくりしたんだった。笑(前日の夜は会社で新年会だったらしい)
ということは、この日はあそこのPCを使ってあんな作業をやっていたんだ。よし、ひとつ思い出した。
でも、手帳を見て思い出せるのはそこまで。次に、某SNSに毎日書いている日記と、ムサビ日記を開いてみる。
わ、書いてある書いてある。この日は10時間イラレをいじってたんだ。そうそう、課長さんにイラストマップの描き起こしを頼まれて大変だったんだよね。そうだ、この日は「美大生のみちくささんに」って頼まれたことがあったんだ。そうそう、この日は午前中ぼんやりソフトをインストールしていたら、次の日から出張に行く社員さんに書類のセットを頼まれて午後はてんやわんやだったんだ。CADを初めて使ったのはこの日かあ。
2つの日記の合わせ技で、9割くらいは思い出せた。残りの1割、さてどうしたものか。
そうだ、私は仕事についてのメモをいつも使っているクロッキー帳にしてるんだ。最近日付を書くのはさぼってるけど、いくつか日付の分かっている仕事があるんだから、その隙間を見つけていけばいい。
と、そんなこんなで私の仕事の記録は完成。自分でもびっくり。
私は、本当にいろんなところに自分についての記録を残しているのだなあ。すごい。
自分の気持ちの変化について、書いてきた文章やマンガから思い出すことはわりとあったけれど、こうして単なる記録もきちんと積み重ねているのだと分かると、ますます記録することが大切に思えてくる。
ではまた明日。
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ドルマンスリーブ
先日、ちょっと恥ずかしい思いをしながら買った洋服を、昨日初めて着た。
すると母が、「ドルマンスリーブね」と言う。何それ?と聞き返せば、私の着ていた洋服の袖のところをそういうらしい。が、「ドルマンって何?」と聞いても、「分からないから自分で調べて」。
で、さっそく調べてみた。
*ドルマン・スリーブ - [ファッション用語集] All About
なるほど、分からないで着るというのは、けっこう怖いことなのだなあ。「軍人の衣服」といわれると、ううむ、となる。もちろん、例えば迷彩柄なんかとは違って今では完全に女性の衣服のデザインのひとつなのだけれども。
それにしたって母、よくするりとこんなことばが出てくるなあ。すごいねと言ったら、常識よこんなの、と言われたけど。
ではまた明日。
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くんずほぐれつ(私自身と)
私はマンガやイラストを描くとき、「頭がぐちゃぐちゃしている状態」をうにゃうにゃした線を頭のところに書き込むことで表現することが多い。
これはおそらく、『PEANUTS』(かの有名な、スヌーピーの出てくるマンガ)の影響が多分にあるのだと思う。
どうもこのところそんな感じがつづいていて、原因は分からなくもないのだけどそれは絶対にどうにもならないもので(まあそれなりに努力はしているけれど、無駄な抵抗といったところ)、でもこの間、そんなときに五反田団の『すてるたび』というお芝居を見たらなんだかそれが落ち着いたというか少しはとげとげした気分がほぐれたので(→そのときの記事)、それなら今回も五反田団を見てみるかと、今日の午前中に決意した。
ひとりで行ってもいいのだけど、せっかくだから友だちも誘う。だってひとりで見るのはもったいないような気がするから。(それに、五反田団はチケットも安いし…今回はちょっと高いけど)
別にそれに期待するわけじゃないけど、でも、ちょっとは期待している。
そんなわけで、明日は帰りが遅くなることが予想されたため、合格待受にご応募いただいた方へ、1日早くメールいたしました。
いただいた感想メールへのお返事は、明後日以降にさせてください。よろしくお願いします。
ではまた明日。
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プリンタってやつは その2
みちくさとりこの合格待受、明日の午後10時までです!
この間、「どうして世のプリンタというものは、土壇場・修羅場でぴたりと動かなくなったり、曲がって紙を吐き出したり、インクが切れたりするのだろう」と書いたけれど(→この記事)、今日、アルバイト先のプリンタがまさしくそういう状況になり、社員さんが「どうして土壇場にいっつもこうなるかなあ?」と首をかしげていた。
美大にあるプリンタ、美大生の使うプリンタに限らず、やはり「世のプリンタ」はすべからくそういう作りになっているらしい。
いったい何の陰謀なのだろう、ということは、怖いから考えないようにしよう。
ではまた明日。
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あの1年
ひさしぶりにマンガが読みたくなった。
ずいぶん前に売ってしまった、岡野玲子さんの『陰陽師』のすばらしさについて母に力説していたら、読みたくなってしまった。
でも手元にないので、仕方なくべつのマンガを読む。
そういえば、ここ2年くらいマンガって読んでなかったなあ。と、読み始めて気がつく。
今持っているマンガのほとんどを揃えたのが、浪人生のとき。あの1年は、すごくマンガを読んだ。
すごく貴重な1年でした。と、今の時期に書くのはよくないのかもしれないけど、でも、あの1年は私にとって大事。
そりゃまあ、母校に教育実習に行くのに、知り合いがひとりもいないという状況には、陥りますがね。
みちくさとりこの合格待受、メールお待ちしてます。
ではまた明日。
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みちくささんは暗算が苦手
近所の某リーズナブルな洋服店に、買い物に行きました。
もともとそんなに買い物をする気はなくて、いいものがあったら買おうくらいの気持ちだったのですが、ぱっと見で「これ欲しい!」と思うような洋服を発見。
しかも、2990円だったものが980円に!原価はいくらなのさ、って感じだけど、安い、これは安い!
サイズも確認し、よしこれを買おう、と手に取ったところ、その下に同じデザインの色違いが。
私は母の影響か色違いの洋服を揃えてしまう癖があって、やっぱり今日も「この安さだったら買ってしまいたい…サイズもあるし…」と店先で考える。
でも待てよ。私のお財布には、いったい今いくら入っているのだろう。決してあたたかな懐事情ではないので、いったんお店の外に出てお財布を開けてみる。
その図はじゅうぶんに切ないのだが、しかし私のお財布の中にはぴったり1860円入っていた!!!やった、銀行で下ろさなくても買える!(月曜日だからか銀行はとても混んでいた)
お店に戻り、るんるん気分で洋服を2着、レジに差し出す私。
店員さん「…以上2点で、1960円になります」
私「…!!!?」
繰り上がり忘れてたー!!!!!
店員さんに平謝りに謝り、まったく動じないクールな店員さんに逆に冷や汗が出て、お取り置き(笑)をしてもらい郵便局へダッシュした私(経験上、少しお店から離れた郵便局の方が空いている。郵便局で他行の銀行のキャッシュカードも使えるので、その制度を利用)。
いやいや、恥ずかしかったです。
数字に弱いのは小学生のころからなので、親には「騙されないように気をつけなさいよ!」と散々言われているのですが(あ、書いちゃった)、いやでもさすがに、お金が足りなかったのは22年間生きてきて初めてです。それくらい欲しい洋服だったということで。
ではまた明日。
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全然気にしてないんだから!
もうすぐバレンタインということで、去年使ってみてとてもよかった、無印良品の手づくりキットを買いに行く。
去年、アルバイト先に何も持っていかなかったら嫌味を言われたので(というふうに私は捉えたのだけど、まあ実のところはそうじゃないのかも)、そっちにも何か探さなきゃと思っていたら、「自分でつくる チョコチップクッキーボリュームパック」なんてのを見つける。何て経済的。私と同じようなことを考える人がたくさんいるってことよな。バイト先には、これで決定。(電気代とかは度外視しておく)
しかし、迷うのは父である。祖父にもプレゼントするけれど、彼は私が何をあげてもおいしいおいしいというので、まあ何を作ってもいいといえば、いい。ところが父は、去年の日記にも書いたようにおいしいもまずいも言わない!母が、「とりこちゃんがいないとごはんを作る気になれない」と嘆く理由がよく分かる。
今年も、フォンダンショコラをプレゼントしてやろうか。(それこそ嫌味)
ほんとにね男子諸君、バレンタインにチョコレートをもらったら、どんな感想でもいいから話してあげるんだよ。
そしてそんな男子諸君、早く白馬に乗って私の目の前に現れて私をかっさらっておくれ。(要はこれが言いたかった)
結局、キットはまだ買っていない。母にも相談してみようっと。(フォンダンショコラ作戦をどう思うか。まあ、父はきっと覚えてないんだろうなあ、フォンダンショコラのことなんて)
ではまた明日。
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古風な女
みちくささんって古風なところがありますよねと、アルバイトのときに言われた。
前回の出勤はいつでしたっけ、と聞かれて、「一昨々日です」と答えたときのことだ。
私は普段から「一昨々日」だの「明々後日」だの「弥明後日」だの言っているから、そういうふうに見えるんだ!と驚いた。
その少しあと、何の話をしていたのだったか、「それじゃあ元も子もないじゃないですか!」と言ったら、笑われてしまった。
べつに、嫌なふうに笑われたんではなかったと思うのだけど、私はそんなふうにも見えているんだなあと、今のところは面白い。
これがいつか、面白くなくなる日がくるんだよなあ。
ではまた明日。
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気になっていること
恥ずかしながら、今年初めて、建築学科の卒業設計を見ました。
知り合いがいるから、というのが大きな理由なのですが、key_tさんとからあげさんに質問が。
せっかくムサビ日記を書いているのだから、ムサビ日記ライターに聞いてみよう。
優秀賞、金賞銀賞銅賞、奨励賞といろいろな賞があったのですが、それってつまり、賞を取っている設計は、何かしら他の学生の設計と比べて優れている面があるということですよね。
でも私からすると(本当に、学内でのちょっとした展示や、卒業・修了制作展しか見ていないのであまり偉そうには言えないけれど)、なぜそれが優れているのか分からないものもたくさんありました。いえいえもちろん、何だこれ、けっ!というわけではなくて、何と言ったらいいのだろう、例えばコンセプトを知れば「なるほど」と思う設計もあるのだけど、実際の建築物やその空間を見られる・感じられるわけではないから、「設計」というものをどう捉えるべきなのか分からなくて…
もちろん、その気持ちは絵画や彫刻などのファインアート、それからデザインの作品に対しても向けられるものではあるのでしょうが、それらのものには「作品の実体」があるわけだから、設計とはまた質が異なると思います。
そうそうそれで聞きたいことというのは、「設計が展示されているのを見るとき、どこに注目すべきなのか?」ということです。
私はどうしても、文字や図で説明されたボードばかり見てしまって、模型をどう考えたらいいのか、分からなかったのです。どうにも、イメージが浮かばないというか…木(みたいなもの)が植えてあったとしても、それは実際にその場所に植えられるわけではないだろうし。
でも展示するということは、そこに意味があるのですよね、きっと。
百遍見てから来い!って感じでしょうが、気になっているので、もし気が向いたら答えてくださると、うれしいです。
何だか、読み返してみると相当不躾だなあ…でも、気になる。
以前、写真をどう見たらいいか分からないと書いたときに卜部さんからコメントをいただいて、でもそれについてもまだ自分の中で整理がついていなくて…「物語」ということばが、引っかかっているのです。私はどうしても、いろんなところでそれを探してしまうから。
見る、感じる、考えるって、難しい。
ではまた明日。
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今日、ふと思ったこと
次があるうちに失敗できるのはしあわせだ。
ではまた明日。
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かなしいやらかなしいやら
卒業・修了制作展には、月曜日に行くみちくさです…はい…明日は行けないのです…
これ以上は何も聞かないでください…いちばん落ち込んでいるのは私なので…ぐっすん。
いちばん、いちばん聞きたいお話だし、聞かなければならないことなのに!!!
ではまた明日。
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プリンタってやつは
どうして世のプリンタというものは、土壇場・修羅場でぴたりと動かなくなったり、曲がって紙を吐き出したり、インクが切れたりするのだろう。土壇場なら土壇場なほど、修羅場なら修羅場なほど、やつらはへそを曲げる。
こういう経験をしたことのある人は、けっこう多いんじゃないかという気がする。
これは単に確率の問題なのだろうか(つまり、普段使わないぶんを使うことによって、当たり前だけれど故障する確率が上がるということ)。
それとも、何かしらそういう…いやいや、これ以上は考えないことにしよう。
ではまた明日。
※コメントのお返事など、滞っていて申し訳ありません。ほんのちょっとですが、体調を崩していまして…来週にはお返事いたしますので、少しお待ちいただけるとうれしいです。
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大使の国からこんにちは
なんとなんと、あの生協の白石さんがついに素顔を披露!だそうです。(リンクしても新聞記事は消えちゃうしなあ…でも一応、リンク)
われらがキャップ、手羽さんも出ていたY新聞です。
そうか、でも白石さんって、今になっての「広報さん」なのですね。おもしろい。
ではまた明日。
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とにもかくにも
今日は寝ようと思います。
こうして、たくさんの思ったことがこぼれていってしまうんじゃないかと、怖いけれど睡魔には敵わない。
ではまた明日。
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ふんだりけったりたおれたりおきあがったり
きっと明日はいいことがあるだろう。…たぶん。
ではまた明日。
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もうとても追いつけない
いろんなことが、どんどんどんどん、変わっていってしまう。
出会った人や物とはいつか別れる。そんなことは分かり切っているけれど、そのあまりの早さにとても私の心臓じゃついていけないのだ。
ではまた明日。
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集中力
小さいころから、本当にありません。すぐにだらだら、ぼんやりしてしまいます。
どうすれば集中力は身につくのでしょう…
ではまた明日。
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どうすることもできない
ひとに、何かしてあげたい、と思うのはよくないことなのかもしれない。そんな偉そうなこと、思うべきではないのかもしれない。
けれど、どんなにもう長いこと会っていなくても、そのひとが今とてもつらいと分かったら、何かをしてあげたいと思ってしまう。
してあげたいとか、できるとかできないとか、何か、ちがうよなあ…
ではまた明日。
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センター試験
明日から、センター試験が始まるのですね。
去年、いろいろと書いていますので、(もうあまり時間がなくて申し訳ないのですが)そちらの記事を参照なさってください。
今年のセンター試験、東京あたりは天候もよく、あたたかそうで何よりです。
私が受験生だったときは、2年つづけて雪でした。(1年目はほぼみぞれでしたが)
今年も、合格待受プレゼント企画はセンター試験の終わったあと、一般入試までの間にやりたいと思います。お楽しみに!
ではまた明日。
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山場
明日は、図法・製図の試験です。私にとって、大きなハードル。
工芸の教員免許を取るために、どうしても必要な単位です。
前期は試験前日に大騒ぎでしたが、後期は復習する時間がほとんどなかったにも関わらず、どうにか、こうにかいけそうです。
同じ書き方の繰り返しを、毎週毎週、授業中だけですが地道にやっていたのがよかったみたい。
とはいえ、やっぱり文系な私にとっては難しい科目であることに変わりはないので(そして空間についてのあれこれが小学校に上がる前くらいから苦手だという私)、最後まで粘ってみようと思います。
ではまた明日。
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あと、たぶん1年
ひさしぶりに学校に行った。門を一歩入って、思わずどきりとしてしまう。
そうか。来年の今ごろは、たぶん私も卒業制作をやっているんだ。(確かに、1年かけて作りはするけれど)
芸術文化学科のフロアに行ってみれば、4年生が展示の準備に追われていた。
去年感じた、もう大学生活も折り返し、という実感よりも強く、ああ、あと1年なんだ、と思った。
私はそのころ、いったいどんな場所にいるんだろう。何だか、ぼうぜんとしてしまった。
では、また明日。
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世間様の有り様
有名人(芸能人)が、主に演劇(舞台)を中心に活動している人と付き合ったり、結婚したり、別れたり、という(芸能)ニュースに対するさまざまな人の反応に、そうかあ、と思ってしまう今日このごろ。
テレビやラジオ、週刊誌でそういったものごとについて伝えるとき、その中心にはどうしても、主にテレビで活動している人のほうがいることになる。そして、演劇を中心に活動する人は、「あの人だれ?」というような扱いを受けることが多いように思う。
でも、私からすれば、演劇を中心に活動する人のほうが自分の中で大きな意味なり価値なりを持つ。
わが家はあまりテレビを見ない。お正月に何を思ったか『ドレミファドン』を見て、あるチームの解答者が全員分からなかったくらい。笑
でもそんな状況に、私は「これってやばいかも」と漠然と思った。別に私の周りにはそれくらいのことで私を見る目が変わる人なんていないし、特に話題に困ることもないのだけど、どこか、世間から取り残されたような気持ちになってしまった。
けれど、よくよく考えればそんな気持ちになるなんておかしなこと(というと、あんまりな言い方かもしれないけれど)で、それでも不安感を持たせてしまう「テレビ」というメディアが、面白いなあ、と思った。
最初の話に戻ると、つまり今や情報源のかなり多くが「テレビ」になっていて、その情報源から離れたところに存在する演劇は、多くの人にとって情報源ではないのだなと。
例えば、下北沢に住んで、すべての情報を演劇からのみ受け取っている人がいたら(そんなことは不可能だけれど)、その人の主な情報源は「演劇」なのだけど、その人はきっと、マイノリティなのだよなあ。
もちろん、(現在の)演劇でニュース(だけ)を知ることはできないわけだし、テレビやラジオ、新聞、雑誌などとはまったく性質の異なるメディアだというのは承知しているけれど。
でも、以前には演劇が大きなメディアだったこともあったわけで、例えば団十郎の顔を(江戸の人たちだけのことにせよ)けっこうな数の人が知っていた、なんて時代もあった(のだと思う、たぶん)。
それが、雑誌、ラジオ、テレビ、そしてインターネットの出現で、どんどん変わっているのだなあ。
その辺が、芸術、なるものとの境目なのだろうか。演劇を芸術たらしめている、というか。
「情報」ということばづかいだって難しくて、つまり私が言いたかったのは、「多くの人が知っているべきだろうと提供する側が考える物事」ということなのだけど。ムツカシイ…
中学生くらいのときだったかな、テレビを見ていないというのが何となく恥ずかしくて、嫌で、適当に話を合わせていたことがありました。一所懸命、テレビ雑誌を立ち読みして勉強したり。しばらくして、ああくだらない、と思ってそんな努力を必要とする友だちとは話さなくなってしまいましたが。
でも、どうしてわが家ではテレビが悪者なのだろう。今や私と母にとってテレビは単に「映像を映すための装置」で、演劇の映像や映画、たまにドラマを見るためのものになっています(父は、母曰く「テレビっ子」。さすが、その生まれ年ゆえ!)。見るのは、NHKくらい(それはそれで、どうかとも思うけれど)。
私が小さいころNHKばかり見ていた(見せられていた)のは「安心だから」だそうだけど、その中でも見せてもらえなかった番組があるしなあ。基本的に、「テレビ(番組)=悪」という考え方があるような。テレビは○時間まで、と決めているお家もけっこうあるのかな。それも、「テレビ(番組)=悪」という考えが基本にあるのですよね、きっと。でもそれだけ、テレビは惹きつける力があるわけで。それは、マンガだって似ているよなあ。ううむ。
今さら何を、という感じだけど、あるニュースに触れて、そうか、そうだよなあ、と思ったので。
そうだよなあ、でも、この人がこの人とこういうふうになる前、どんなことをやっていたのか知ったら、どういう反応が返ってくるのやら…などなど。
話は吹っ飛ぶけれど、「吉本新喜劇」ってすごいよなあ。すごいと思う。
いつもどれくらいなんばグランド花月の座席が埋まっているのかは知らないのだけど、毎日毎日お芝居やって、しかもテレビで放送されて、それがずっとつづいているということは、見ている人がそれなりにいるということだものなあ…
ある意味では貴重な「情報源」なのだよなあ。生きていくために必須、というと言いすぎかもしれないけど。
いやはや。
ではまた明日。
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鍛えよう腹筋
昨日の朝、起きたらとんでもなくお腹が痛かった。
お布団の中でしばらく丸くなって、これは何だ?と考えていると、どうやら痛いのは腹筋らしいとだんだん分かってきた。
でも、腹筋を使うようなことは何ひとつしていない。
おかしいな、と思いながらも起きあがり、母に「腹筋が痛い」と訴えると、「そりゃあ、毎日毎日座りっぱなしだったら痛くもなるわよ」と言われた。
何と、このところアルバイトで1日中デスクワークをする日が何日かつづいたために、腹筋が痛くなったらしい。
6月のぎっくり腰以来、痛くなるのは腰だとばっかり思っていたから、確かに座るときに身体を支えるのは腹筋と背筋なのだけど、驚いてしまった。
馴れないところでの仕事だったから、なおさらみたいだ。今日も痛い。
三連休(まあ、ずっと休みだけど)、腹筋の痛みに苦しめられるなんて…あいたたた。
ではまた明日。
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物ではないモノ
このごろ、怒るより先に悲しくなるようになってしまった。
小学生くらいまでは、絶対におかしいと思うことがあるときっちりそれを指摘してけむたがられていたのだけど、いつからか面倒くさくなってやめてしまった。
心の中で絶対におかしいと思うことはあっても、それを口にするとややこしいことになると知ったからだと思う。
それでも一度だけ、図書館の司書さんに怒ってしまったことがある。
ずいぶんたくさんの本を借りたときだったか、あんまりにも司書さんが雑に本を扱うものだから、さすがにむっとして、「本は大切に扱ってください」と言ってしまった。たぶん、高校生のときだと思う。
それでもそれ以来、面と向かって人を怒るようなことはしなくなった(むっとした顔をしてみせたり、あとになって家でぷんぷんしたりすることはもちろんあるけれど)。
今日、予約していた本を借りに図書館に行ったら、そのときと同じようなことが起こった。
でも私はどうしてもその司書さんを注意する気になれず、ただただ、悲しくなって図書館をあとにした。
図書館で本を扱う人は、みんな本がすきなんだと思っていた。漠然と。
それは、「本を読むことがすき」という意味に限らず、「本というモノがすき」なのだと。
小さいころ、母の本を貸してほしいといったら、「本は大切なものだから汚くしたりしないでね」といわれた。母が小さいころ読んでいた本をもらって、それを雑に扱っていたらその本を取り上げられた(そして今でも母の本棚に大切におかれている)。
私はそんなふうに育てられて、育ってきたからか、どこか「本」に対して「人間」に対するような接し方をしてしまう。
私の知り合いに、「パソコンに名前を付ける人はテクノロジーを勘違いしている。それは間違った愛情だ」という人がいて、もちろんそれはその通りの部分もあるのだけれど、パソコンに名前を付けて人間に対するように接する人は、テクノロジーとはまた違った価値をそのパソコンに求めているのではないかと思う。
つまり私にとって本とは、ただ知識や感動を与えてくれるものではなくて、もっと自分に密接な、「物体」という意味の「物」よりも、もっと人間的な「モノ」なのだ。
自分にとって大切な人を、乱暴に扱われたら怒るだろうし、悲しい。
どうして、司書さんが本を投げるように机に置いたりするのだろう。
民間の企業が図書館の運営に入ってくるようになってから、図書館における本の扱いが変わったように感じられる。
実のところ、おそらく今日の人は司書の資格を持っていないのだと思う。(もちろん、図書に関する質問に答えてくれる人は司書の資格を持っている。ただ、私の住んでいるところが民間に委託したのは「カウンター業務」、つまり貸し借りに関する単純な業務で、司書の資格はなくても大丈夫。この是非については東京都としても問題になっているようだ=4(1)区市町村立図書館の支援及び連携・協力 (4)参照)
私が高校生だったときのその人は確かに司書の資格を持っていて(民間に委託する以前のことだったから)、それでもああして乱暴に扱っていたのだから資格うんぬんの問題ではないのかもしれないけれど。
ただ、そういう気持ちに、このところ劇場でもなってしまうことが多くて、何だかもう、ひたすらにかなしい。
それは私のエゴなのかなあ、と思って、どうにもできずにいるのですが。
でも、図書館の本も劇場でのマナーも、本当なら自分から選び取ってその場に来ているはずの人がそういうふうに振る舞うことが、どうしても信じられなくてかなしくなってしまうのだよなあ…なんていうか、例えばスーパーで子どもの手を離して人の迷惑もかまわずに走り回らせている親に対する感情とは、まったく違う種類のものなのです。それはもう、完全に「怒り」と「あきれ」だものな。
いろんな価値観があるのなんて当然のことだし、それが分かっているから何もできないのだけど。
ヨノナカは、果てしないなあ。
ではまた明日。
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昨日のことは、また再来週…
昨日のお仕事は、一緒に考えていた社員さんが外回り?に行ってしまったため、いったんストップ。
私は来週いっぱいお休みさせてもらうので、よかった、これでお役ご免だ…、と思ったら、彼と組んでいる別の社員さんに、ぼんやりぼやかした感じで「あれ、よろしくね」と言われてしまった。
ど、どういうことなのだろう…はっきり言って!
私はマウスの使いすぎで指が筋肉痛です。
ではまた明日。
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「『美大生?ってことは、絵描けるんだ』に対する恐怖」について(今日は軽く)
年末から始めたアルバイト先(ややこしいので、アルバイト先Bとしよう)でとうとう、「美大生のみちくささんに頼みたいことがあるんだけど」と言われてしまった。
アルバイト先Bは理系大学・大学院出身の人が多い(らしい)会社で、それでも業務の中でIllustratorやPhotoshopを使うこともあると面接のときに言われ、実際、もう何回か使っている。
今日頼まれた(というか、社員さんと一緒に考えて欲しいと言われた)ことは、ある資料の導入部分に使われる何コマかのマンガ(イラスト)の作成だった。
それは別にいいのだけど、「美大生だから」と言われると、一気に萎縮してしまうのはなぜだろう。
もうとっくに、「美大生=絵が描ける」というヨノナカ(と、あえてカタカナで書くことにしよう)の意識そのものには馴れたけれど、実際に自分にその意識が向けられると、「だから、描けませんって!」と思ってしまう。どうしても。
そんなことはない。私は絵が描ける。
このところずいぶん描いていないけれど、この日記にも何回か、私の描いたマンガを載せたことがある。あれを描いている人が、「絵が描けません」といったら嘘になるだろう。
それに、私の両親は口を揃えて「絵が描けません」と言うけれど、絶対にそんなことはない。彼らは、「描かない」だけで「描けない」わけではない(おそらく、「描くことが怖い」のだと思う。私も含めて)。それは、多くの「絵が描けません」といっている人に共通する。
事実、今日、「こんなのが作りたいんですよね」と私に絵コンテを描きながら説明してくれた理系大学出身の社員さんの絵は、「もうこれでいいんじゃないですか」と言いたくなってしまうくらいに緻密に描かれていた。
それなのに、私たちはお互いに、「絵が描けません」と言ってしまう。これはいったい、どういうことなのだろう。
そもそも、「絵」とは何なのだろう。
少なくとも私にとって「(美大における)絵」とは、「正確なデッサンの基礎を身につけている」ことが前提だ。
しかし、美大出身者・在校生以外の人が考える「絵」は、必ずしも「正確なデッサンの基礎を身につけている」ものではないのではないか。
…いや、実際そうではないのかもしれませんし、はたまた、そもそも「デッサン」の概念がないのかもしれないけれど、でも、「ささっとイラスト(簡単な絵や図)が描けること」=「絵が描ける」のように捉えている人って、けっこう多いんじゃないかと思ったのです。今日、とても。それはつまり、「三次元に見える」ということでもあるのかもしれない。
そして、「そもそも、『絵』とは何なのだろう」に戻る、と。(今日はここまで!)
それにしても、どうなることやら…決して、決してこういう類の仕事が得意じゃない私は、もう、冷や汗ものです。
学校の課題での私を知っている人がこの記事を読んだら、いったいどう思うことか…ちゃんとやらなきゃ申し訳ない!と思うけれど、なかなか…うぐぐぐ。
ではまた明日。
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INAZO つづき
昨日の日記を書いてからもうだうだと、「あの違和感は何だったんだろう…」と考えていて、お布団に入ってからようやく、「そうか、だって以前は天敵だらけだったんだもの、それくらいの記憶力はあるよね」と思う。
今やまったく別のところで使われるようになった「記憶」だけど、そもそもどうしてそんな能力が備わっているのかといったら、きっとそういうことだよなあ…
というのは私の推測なので、ちょっと調べてみたけれどよく分からない。「どうして『記憶』できるのか」。
…まあ、私は今、わりと現実的に記憶したいことがあるのだけれども。
ではまた明日。
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INAZO
12月の末から、某インフラに関する新しいアルバイトを始めた。それについてはまたおいおい書くとして、今日は、そのバイトから帰ってきた私がびっくりしたことの話。
アルバイトから帰ってきた私がリビングのテーブルの上に見つけたのは、三つ折りになった5000円札だった。
三つ折りのお札は、私の生活圏内では珍しい。というか、見たことがない。
お年玉は必ず四つ折りだし、そもそもそれ以外のときに、折りたたまれたお札を目にすることはほとんどない。アルバイト先でそういったお札を受け取ることもあるけれど、基本的には二つ折りか四つ折りのような気がする。
だから今日、テーブルで三つ折りのお札を見たときに、とても驚いた。
でも、お金を指さして「これどうしたの?」というのもはばかられるので、そのまま夕刊をリビングで読んでいた。
すると、夜ごはんを作っていた母が台所から出てきて、「とりこちゃん、これ!」と言ってお札をひらひらさせている。なになに?
「さっき、あなたが小さいころにもらってたお年玉の袋を整理したんだけどね、その中のひと袋に、お金が入ったままだったのよ。他のはね、ちゃんと取り出して貯金してたのよ?でも、これだけ残ってたの」
確かに、20歳になったときお年玉の貯金は受け取ったので、テーブルの上にのっていたのはその残党だったらしい。
「あなたのお金だから」と、手渡され、そのときに、「これ、古いお金よ」と言われて、あ!と思った。
当たり前のことなのだけど、何と、新渡戸稲造の5000円札だったのだ。
リビングに入ってきたときの違和感が、何となく分かった。確かにテーブルの上にあるものは5000円札だと認識したのだけど、何だか、三つ折りになっているというだけでなくどこかが違うような気がして、でもそれが何だかは分からず、もやもやしていたのだ。
旧5000円札なんて、新5000円札に切り替わってすぐ見なくなったように思う。(私の経済力ではね)
でも、私はその違いを認識して、違和感を覚える。その、無意識な意識にびっくりした。よく出来ているんだなあ、人間って。
備わっている、備えてしまうということは、何かしら生活していく上で必要な能力なのだろうか。些細な違いでも確かに記憶し、それと結びつくこと・ものが現れればすぐに反芻できる。
それによる弊害だってあるわけで、いろいろ、考え込んでしまった。
ではまた明日。
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ゲイブンさんのこと、あらためて その1(つづくはず)
うまいこと書けるか分からないし、おそらくとっちらかってしまうし、実のところじっくりとブログを書いている場合でもないくらいにいろんなことが切羽詰まっているのだけれど、それと同じくらいに私のぐらぐらした頭と具合も切羽詰まっているので、なるべく言いたいことを回収するようにしながら、書きます。
私が、「大学」というところに興味を持ったのは小学生のときでした。それも、1年生くらいだったと思います。
どうしてなのかは分かりませんが、本を読むのが好きだった私は、「大学の文学部に行って勉強がしたい」と言っていました。(ちなみに、幼稚園の卒園文集には、「がかかさっかになりたい」と書きました)
もちろん、そのときには「大学」の持つ意味など分かってはいません。子どもなりに、親が喜びそうなことを考えて言っていたのかもしれません。
けれど、ほんの小さなころから「なぜなにちゃん」(=何に対しても「何で?」「どうして?」を連発する子ども。小さい子はおおむねそうらしいのですが、私の場合はそれが極端だったそうです)だったので、自分で「大学に行きたい」と言っておきながら、「大学って何?」「どうして大学に行くの?」「大学には行かなくてはならいの?」という疑問がわいてきました。親に聞いて、どういう答えが返ってきたかまったく覚えてはいませんが、小学校5、6年生のころには、ますます「大学」というところへ憧れ、本屋さんで大学案内を読んで、行ってみたい大学の目星をつけていました。(その中に、ムサビも入っています)
中学校に入ると、小学校のころには曖昧だった「将来の夢」が具体的なものになってきました。1年生のときは、スポーツカウンセラーになりたいと思っていました。きっかけは、今となっては謎。好きなスポーツ選手はいましたが(もう、めちゃくちゃに好きだった)、その人に会いたいからって、あえてスポーツカウンセラーを選ぶことはないのに…我ながら考えていることがよく分かりません。
中学校3年生のとき、自分にとっては決定的な出来事があって、美大への進学を決めました(→そのことについての記事、その1/その2)。そしてそれは、高校を卒業するまで揺らぐことはありませんでした。
私は、高校の同級生の中でも、わりにしっかりした意志を持って、大学に進学したと思います。
恵まれた環境にあった、ということもありますが、親にさんざん言われていたことばの重みが少しずつ分かり始めたということもあります。
まず、高校に進学するときに、「高校は義務教育ではないから、行きたくないなら行くことはない。行くなら、きちんとやりなさい」と言われ、かなり悩んだ記憶があります。私の中には、高校に行くという選択肢以外はなかったし、親だってそうだろうと勝手に思っていたからです。
けれどそこで、「どうして高校に行くの?」という疑問が出てきました。周囲の友だちはすでに大学受験の話をしていて、「大学に行くためのステップなの?高校は高校で、すべきことがあるんじゃないの?」というようなことを、親に聞いた記憶があります。実のところ、親の答えを正確には覚えていないのですが、結果的に私は、高校に進学することを選びました。あのときの躊躇は、意味があったと思います。
そうして高校に進むと、周りは一気に大学受験モードでした。けれど、私には彼らが本当に大学に行きたいと思っているのか、いまいち分かりませんでした。
私には、知りたくてたまらないことがたくさんある。大学では、きっとそのことについて教えてくれる。だから大学に行く。
私自身はそう思っていたのですが、どうも友だちにはそういう意識がないように感じられました。ただ、「みんなが行くから」「行かないと就職できないから」「親が行けっていうから(これはまた、別の問題ではあるのだけれど)」といった理由で、大学進学を選んでいるような気がしたのです。
もし今、そのときの自分に会えるなら、「大学で勉強することはそんなことじゃないよ」と言えるのですが(きっと、言ったって分からないのだろうけれど)、でも、17歳くらいの私には耐えられないことでした。親が口を酸っぱくして、「(大学に行っても)勉強しないなら行かなくていい」と言っていたことも、理由のひとつだと思います。
とはいえ、高校時代の私は決して学業面でほめられた生徒ではありませんでした。外見の真面目さと学業面での真面目さが反比例するという、ちょっと変な例でした。保護者面談でも、「みちくささんは、きちんとしていて真面目なんですけど、成績が…」が常套句(何せ、スカートが膝下丈でした)。しかも、全校一斉の漢字テストだけは上位者名簿に名前を連ねる、わけの分からない子でした。何で、漢字だけあんなに頑張っていたのか…自分でも分かりません。
もちろん親には、「勉強する気がないなら大学受験なんてやめなさい」と何度も言われました。漢字テストは最後の砦でした。笑 どうにかこうにか、見せられるところではやる気を見せて、親を説き伏せていた感じです。(もちろん、私の美術に対する熱は、親にも伝わっていたのだと思いますが…それがなかったら、高校に通い続けることを許してはもらえなかったと思います)
なのはなさんも書いていらしたけれど、美大受験にだってというか、美大受験だからこそ、学科は大切になってきます。浪人することになった原因のひとつは勉強をさぼっていたことに違いないので、後悔がないといえば嘘になりますが、私は2つ以上のことを器用にこなせる人では(未だに)なくて、「毎日高校に通って友だちに会う」ということが、私にとっては大変で、けれど大切なことでした。
結局、私は現役のときにひとつも大学に受からず、浪人することになります。これも、ひとえに恵まれた環境にあったから許されたことなので、親には本当に感謝しています。「毎日高校に通って友だちに会う」ということの大切さも、理解してくれていたので…勉強しなかったのは困りものだったけれど、友だちという大切な大切なものを得たことを、何よりも喜んでくれています。
現役のときにも、「(美術の)教職課程があること」は大学選びのひとつの基準でした。
私は小学生のころから「先生」と名のつく人にいい思い出がなく、それなのにどうして自分が、その「先生」についての勉強をしようとしているのか、分かりませんでした。手に職を、とは思っていなかったと思います。
浪人して、大学を選び直すことになったとき、こだわったのはやはり、「教職課程」の有無。私は旧課程で勉強したので情報の授業は受けたことがないから、デザイン情報学科は受けないことにしよう。そうして残ったのが、芸術文化学科でした。
たぶん、つづく。いつになるかは、ちょっと分かりませんが。
ではまた明日。
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たび
やらなければいけないことはあるのだけど何となく気分がのらなくて、本棚から最相葉月さんの『なんといふ空』という本を取った。
堺雅人さんが好きで映画の『ココニイルコト』を見て、それに原作があるということを知って、買った本だった。
ほんとうに、すごく短いエッセイなのだけど(タイトルを『わが心の町 大阪君のこと』という)、じんとする文章だった。
それで今日、それが読みたくなって、それから映画を見てしまった。
原作のタイトルどおりこれは大阪の話で、この間大阪に行ったばかりの私は、つい見知っている風景がないかとうしろにばかり目を凝らしてしまった。
冒頭で、大阪に初めて行った主人公がタクシーの運転手さんに「東京とそない変わらんでしょう」と言われるシーンがあり、そうだよなあ、と思った。
私が歩いたあたりは本当に東京の大通りみたいなところで、ちょっとした地図や駅名や地名以外に、何が東京と大阪を分けているんだろうと思った(だから劇場に着いて、周囲の人が大阪弁ばかりしゃべっているのを聞いて、面喰らった)。
しばらく見ていると何だか見覚えのある、というか、行く前に読んだガイドブックで見て、ここ行きたいな、と思ったような古くて雰囲気のあるビルが映り、あれ、もしかしてあの辺りで撮影したのかな、と思って調べてみたら、本当にそうだった。
この間も少し、旅行に行くことの不思議さを書いたけれど、またそんなことを考えてしまった。
昨日、本屋さんで奈良や京都のガイドブックを立ち読みして(行きたいなあ)、「京都に行ったら禅修行!」みたいなページを読んで、それは違うよなあ、と(少なくとも、私にとっては)。
もちろん、お寺に行ったり仏像を見たり、自分の住んでいるところにはないものを見る、知ることの面白さはあるのだけど、どこかに行って、何か特別なことを「しなきゃいけない」と思うのは、よくよく考えれば不思議なことだよなあ。そこに1週間とか2週間とか、住んでしまったほうがもっといろんなことが見られるし、知れるような気がする。(そして、1週間や2週間では知れないようなこともある)
それでも決定的に、今の私が住んでいるところと、住んでいないところには違いがあって、だから行きたいと思うのだよなあ。それも、この間の大阪で、強く思ったことです。また行きたい、もっといたい、と思うのは、どういうことなのだろう。
今までそんなこと思いもしなかったから考えることもなかったけれど、なぜだろう。
ruraさんはいろんなところに行くようだけれど(そうそう、「ぴたっとしてください」ってきっと「PiTaPa」の使える範囲で見られるのですよね。私は地下鉄しか乗らなかったからか見られず、残念でした)、どうなのよどうなのよ。(まあ、べつに、ふっと思っただけなので…)
ではまた明日。
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私はニノの一平くんが好き
去年の大晦日、私は夜にアルバイトがありました。
アルバイトを始めた最初の年は年末年始のシフトに入らなかったので、今のアルバイト先で迎える初めてのお正月。
私はてっきり、三が日のシフトに入った人だけがお年玉制度の恩恵にあずかれるのだと思い込んでいて、「せっかく年末年始いつでも入れますよって言ったのになあ」とがっかりしていたら、何と12月30日から1月3日までシフトに入った人がもらえるということらしい。やった!
どれくらいなのかは分からないのだけど、午後からのお仕事だったのにお弁当まで出ちゃって(これはさすがにお昼を食べた直後だったので別の人に差し上げたのだけど)、ちょっと得した気分だった。
その日は早めに仕事が終わって、いろんな人と「よいお年を」といって別れていたら、バイト先にやってくる中学生からこんなことを言われた。
「今日の夜、ジャニーズカウントダウン見てください!」
まさか中学生だけで行くのではあるまいと思ってよくよく聞いてみると、彼女らは嵐のファンなのだそうだ。しかも、
「大野くん見てください!」「ニノ(二宮くん)見てください!」
ときたもんだ。(去年は嵐が司会だったらしい)
何がびっくりしたって、今の中学生が嵐の、しかも大野くんと二宮くんのファンだということだ。いや何というか、けっこう渋い趣味してないか?と22歳としては思うのだよ、うん。
私はそれこそ嵐がデビューしたときから知っていて(というかTOKIOのファンだったから、彼らのコンサートについていてくれたはずのMA=Musical Academyから大野くんが引き抜かれたことにとても驚き)、そのときだって私からすれば嵐はちょっとお兄さんだったので、私と7歳も年齢の離れている中学生が、嵐のファンだということが、けっこうびっくりだったのです。
最初は、「やっぱり誰もが通る道なんだなあ…」と感慨深かったのだけど(いやもちろん、ジャニーズなど一瞬たりとも好きにならない人だっているけれども)、彼女たちが帰ってから、まてよ、と。
私だってTOKIOを知って好きになったころはデビューからけっこうな年月が経っていて(それでも4、5年くらいか)、彼らは私から見ればお兄さんだったし、ライブ(TOKIOはコンサートじゃないのですよね)に行けば周りはお姉さんが多くて、どきどきしたよなあ。V6の年長3人、20th centuryも好きだったしなあ。そう考えると、私もけっこう渋い趣味してたのかな。(ええと、ちなみに私は、「太一くん担」でした。この「担」ということばも、独特だよなあ。まあ、私はそこまでディープなファンではなかったけれど)
今や長瀬が30歳だということに、びっくりなのです。私がTOKIOを知ったときは、20歳そこそこだったもの。(だから呼び捨てにしちゃうし、だいいち、リーダーなんて何歳に…)
何がいいたいのかさっぱり分からなくなってきたけれど、私がそれこそ中学生くらいのときに見ていたのと同じ番組を(構成は違うにせよ)今の中学生が見ているということや、ジャニーズというところのよりどりみどり感に、すごいなあ、と感心した大晦日だったのでした。
この間はマッチこと近藤真彦さんが「親子限定」のディナーショーを開いたとか。それって、マッチが好きだったお母さん(もしくはお父さん)とそのお子さんが対象(の多く)ということですもんね。SMAPに限らず、国民的アイドルだし、認知度は高いのだよなあ…すごい。
…って、私は何を正月早々、書いているのだ。
脈々と、連綿とつづいていくジャニーズなるものに、驚かされたという、話でした。
そしてタイトルはささやかな主張。
ではまた明日。
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こもごももごもご
今年はもう年賀状なんて来ないだろうとたかをくくっていたら、何と高校の演劇部の後輩から、しかも2人の連名で1枚…こ、怖い!
私は本当にだめだめ演劇部員だったし後輩からも好かれていなかったし、お互い大学3年生になった今(笑)、いったい何を…というか、他の同学年のところにも来ているのだろうか。
彼らの意図がまったく読み取れない。どちらも教育実習に来る気配はないし、メールアドレスも知らないし。どきどきです。
音量子さんから「みちくさとりこの年賀状企画」にいただいたメール、紹介して大丈夫とのことでしたので、一部をご紹介します。(音量子さん、ありがとうございます!)
来年度は絶対に卒業するぞ。
ふかさんや、みちくさとりこさんや、卜部君と同期になるのだな。
赤岩君と同期になれなかったのが残念である。
小学校に入ったころって、6年生がすごーく大人に見えていましたけど、いざ自分がなってみると全然そんなことなくて…中学もそうで高校もそうで、結局、大学でもそうなっているような気がします。
受験生だった自分が今の私を見たら、いったい何て言うのだろう。来年度、卒業ですよ私。
もちろん、この3年で少しずつ変わっているところもあるわけだから、まあ3年後を見てなさいって、と受験生の私には言いたいけれども。
まだ1年ある。もう、だけど、まだ。私もこのメールをいただいて、よいものをつくろう!と決意を新たにしたのでした。
というわけで、今日は読書、読書でした。
ではまた明日。
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謹賀新年
あけましておめでとうございMAU!
本年も、ムサビ日記とみちくさとりこ、そして創立80周年を迎える武蔵野美術大学を、どうぞよろしくお願いいたし…MAU!
さて、朝、郵便ポストに年賀状を取りに行った私を待っていたのは…あの、櫻井翔くんからの年賀状!!!
おきなまろさん、りんらんさん、私のところに、翔くんからお年賀が届きましたよ!
…てっきり今年も吉永小百合さんだと思っていたので、びっくりでした。
実際、私あての年賀状は、1通。しかも、歩いて5分のところに住んでいる祖父母から。笑
年賀状を書くのはめんどうだけれど、来ないとちょっとさみしい。なんだ残念、と思っていたら、母あての年賀状の中に、ちょっと、ぐっとくるものを見つけてしまった。
以前のエントリで書いた、私の初恋の子?のお母さんからのもの。
幼稚園の卒園以来、子どもどうしは会っていないのだけど、母親どうしが年賀状を交換し合っています。
あちらは私のことを憶えているのかいないのか、でも年賀状をいただくと、私のほうはいろいろ考えてしまう、そんな子。
おそらくあちらにとっても私が初恋だったんだろうなあ、というのは希望的観測ですが。(でも、幼稚園の年少さんで出会ったのだから、きっとそうだろう、…多分)
彼はとても頑張りやで、真っ直ぐで、20年近く経ってもやっぱりそんな子なんだということが、今日いただいた年賀状から分かりました。
すごいなあ。夢に向かって頑張って、それを叶えて。これからも、そうやって進んでいくにちがいない。
今の私のことを、彼に話したらどう思うのだろう。とりこちゃんは昔から変わらないなあ、って思うのかな。それとも、ぼくのすきだったとりこちゃんじゃない!って思われちゃうのかなあ。
私も、ちゃんとしなきゃ。
このごろ恒例となっていた、サーティーワンアイスクリームでアイスをしこたま買ってスヌーピーグッズをゲット!食べながら天皇杯!は、何と今年、そのキャンペーンがなかったために実現できず…
いつもなら、アイスを食べるためのカップ(陶器の、しっかりしたやつ)をプレゼントしてくれるのに、今年はサービス券。こんなところで、不況を感じます。がっくり。
さて、「続きを読む」から、「みちくさとりこの年賀状プレゼント企画」にいただきましたメールのご紹介です。
(もし、まだ届いていないという方がいらしたら、メールをください)
まずは、メールをくださった5名の方、本当にありがとうございました!
実は、以前にもメールをいただいていたり、ちょっとした関係のあったりする方からのメールがほとんどでした。
ずっとムサビ日記を読みつづけてくださって、ありがとうございます。とてもうれしかったです。
これからもどうぞ、ご贔屓に!
では、掲載の許可をいただいているメッセージを、いくつかご紹介します。
HNフルーツポンチさんからのメール。
みちくささんの日記読んでいると、あみあみのマフラーして髪にぽんぽんゴムでとめたポニーテールが可愛い、って感じの雰囲気に感じます。
こ、これは…!ええと、これは、実際の外見の想像なのかしら、それとも、雰囲気を外見でいうと、ということなのかなあ…
竹林さんいわく、「日記と雰囲気が全然ちがう」そうなので、おそらく日記ではとっても猫をかぶっているんじゃないかと思います。笑 それはもう、雰囲気にせよ、性格にせよ。
実際の私は、つんつんのショートヘアだし(もちろん、ゴムではとめられない 笑)、マフラーは千鳥格子のぎゅぎゅって巻くマフラーです(ぐるぐるではない)。
でも、中身はもしかしてフルーツポンチさんのイメージどおりなのかも…そりゃもちろん、中身も「雰囲気」に出るのでしょうけど、妙なところがぼけっと抜けているところとか。いや、あみあみのマフラーして〜、の人が全員そういうわけではありませんけど。笑
あ、でも、もしかしたらフルーツポンチさんとは会えるかもしれないのかな?会えることを、祈っております!
つづいては、HNソエジマさんからのメール。
みちくささんの学業や観劇、アルバイトに全力投球していることがよーく伝わってきます!
私はぐうたら学生だったので、みちくささんのブログがまぶしく見えます。
ううむ、何だか、面映ゆいです…私は、ムサビの中ではきっとぐうたら学生だと思うので。笑
目に見えるものだけを作るわけではないということもあるのかもしれませんが、ざらざらと日々が過ぎていってしまうような気がして…
あ、観劇に全力投球だったことだけは、断言できます。笑(よって、必然的にアルバイトにも全力投球でなければならない、という)
でも、伝わった、ということは、伝えるに足りる何かがあった、ということだものなあ、きっと。
悔いのないように、大学生活を送りたいと思います。
最後は、HNベジータさんからのメール。
非常に興味深く楽しく一年間拝見させていただきました!ちりとてちんのDVDお金を貯めて来年、2009年こそ買おうと思います!!!
思わず、『ちりとてちん』お好きだったんですか!?とメールしてしまいました。笑
ベジータさんからは以前もメールをいただいていて、でも全然、そんなこと知らなかったので…って、当たり前ですけど。(このころは、私がまだそこまで『ちりとてちん』にはまっていなかったのかな)
おすすめの本も教えていただきまして、ありがとうございました。
そうか、ベジータさんは関西にお住まいだから、身近に感じられる作家さんでもあるのですね、きっと。
そんなわけで、2009年が始まってしまいました。
おそらく4年生に進級し(できることを願っています…)、卒業研究に取りかかり、教育実習に行って、そして教員採用試験を受ける…今年こそが、私にとって「変」の年になるのかもしれません。
ああ、何だかなあ、と思ってしまうけれど、こんなしあわせな選択はきっとないわけだから(自分のやりたいことばっかりができるなんて、うれしいことじゃないか!)、ちゃんとやらなきゃなあ、と。
東京都教育委員会のメールマガジンに登録しているのですけど、「(今年は)勝負の年になります」なんてメールがしょっぱなからきちゃって、やっぱり、うわああん、となっています。とほほ。
とにもかくにも、今年1年がみなさまにとって良い年となりますよう、お祈りしています。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
※日記の感想や質問など、いつでもお待ちしています。
2008年総まとめ
「みちくさとりこの年賀状2009」は、本日しめきりです!
メールを送ろうかどうしようか迷われている方、どうぞ今すぐお送りください。
今年も、「ムサビ日記のみちくさとりこ」としてたくさんの経験をしました。
ふだんからの読者の方とのやり取りはもちろんですが、ムサビコムのオフ会で他のライターさんたちに会ったり、ムサビ日記を読んでいたという方が芸術祭での催しにいらしたり、大阪でのおすすめを教えていただいたり。
おそらくムサビ日記を書いていなかったらなかったはずの生活で、そう考えると、ああ、よかったなあ、って、…これは節目節目で思うことですけれど、でもいつもそう思えることが、ありがたいなあ、と。
来年の話は、来年することにしようと、買い物がえり、歩道橋の上で思った。
そうそう、去年、「今年は、演劇を23作品見たらしい。(中略)来年は、この倍くらい見たい」と書いているのだけど、結果的に、今年は怒濤の46作品!きっちり、数の目標は達成しました。(実際、劇場に足を運んだ回数はもっと多い)
ただ、「小さな劇団の作品も見たいし、歌舞伎ももっと見たいし、落語も聞きたいし、ダンスも見たいなあ」というのは有言不実行だったな。落語は聞いたけど、そういえば歌舞伎は見てないし、ダンスにまで手が回らなかった。
来年こそは。とはいえ、来年は、…いやいや、来年の話は、来年に。
その他の目標ってどうだったんだろうと、今年最初のブログを読み返してみる。
「毎日コツコツ」「無事に生活できれば」「もう少し大人になりたい」…小さい!笑
でも、毎日きちんとブログを更新できたのは、よかったことかな。今年書いたぶんをざざっと読み返して、反省したり、発見したり。
「無事に生活」も、どうにか。ぎっくり腰やら梅雨どきの感染性胃腸炎やら、学校を休まなければならないようなときもあったけど、決して不健康ではないし。
「もう少し大人になりたい」はどうだろう。笑 これは、来年まで持ち越しかなあ。
最後になりましたが、今年1年、ムサビ日記および、みちくさとりこのムサビ日記を読んでくださったみなさま、本当にありがとうございMAU!
…ああ、今年もフライング。フライングMAU。
とにもかくにも、どうぞ来年もよろしくお願いいたします。
ではまた、来年!よいお年を。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
全然関係ないのですけど、昨日の夜、これはまずい!と思うようなことがありまして。
もう片付いたので大丈夫なのですが、現実逃避のために某動画サイトをうろうろしていたら、あの松岡修造さんのサイトから、彼の応援ビデオを転載したものを見つけてしまいまして…結果的にすごく励まされた(というか、笑っちゃってどうにもならなかった)んですが、いやはや、すさまじい破壊力でした。(と言うと、失礼なのかなあ…)
ということで、その映像は「松岡修造オフィシャルサイト」からご覧になれます、というだけの話。
「応援メッセージ」から「あきらめかけているあなたに」を選択してください。私が昨日、とんでもなく励まされた動画はそれです。
すごいよなあ…これ、すごく計算されているよなあ…そうでもないのかなあ…
年末、これだけは言いたい
このところ、ずっと気になっていることがあります。
それは、
うっかりペネロペはどれだけうっかりすれば気が済むんだ
ということです。
ときどき、NHK教育テレビで夕方に放送しているアニメ『うっかりペネロペ』を見ることがあります。(すでに放送は終了しています)
先日見たのは、「ペネロペ ひとりでふくをきる」というお話でした(絵本でいうとこのお話にあたります)。
ひとりで服を着ることにしたペネロペ、得意満面でお母さんのところにいってみると、その日は日曜日で幼稚園はお休みだった…うっかりね、ペネロペ。
という話なのですが、私は、とんでもないことに気づいてしまったのです。
ペネロペ、ふだんパンツはいてないこと、多くない…?
このページにいる、いろんなかっこうのペネロペをよくご覧ください。
…ほら、ほらね!パンツはいてない絵が、けっこうあるでしょう?
こちらでは動画がご覧になれますが、…ながぐつははいているのに、とか、おかいものかごは持っているのに、とか、あららら…
これは、プーさん的な、あれなのでしょうか。
この年の瀬にそんなこと書かないでもいいじゃないかという感じですが、大人になったらうっかりじゃ済まないこともあるんだと、誰かペネロペに教えてやってください。
…まあ、かわいいから、見ちゃうんですけど。
「みちくさとりこの年賀状2009」は、12/31しめきりです!
すでに3名の方からメールをいただいていますが、引き続き募集いたします!
ではまた明日。
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お、おそうじ!
今日は、わが家の大掃除でした。とはいうものの、私は手伝っていないのですが…
私はここ15年くらい、なぜか大晦日のお昼におむすびを作るのが恒例になっています。どうしてそんなことになったのか、まったく記憶していないのですが。
今朝ふと目が覚めて、おむすびを作るのって大晦日だったっけ、大掃除の日だったっけと考え込んでしまい、うーん、どうせ作らなきゃいけないんだったら起こされるし、寝ちゃえ!と思って、次に目が覚めたときには大掃除が八割方終わっていました。
結局、大晦日に作るんだったと思い出したのですが、しかし何でこんなことになったんだったかな。
あらためて思いますが、それぞれの家の習慣って、興味深いです。
ではまた明日。
「みちくさとりこの年賀状2009」は、12/31しめきりです!
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本を読む女、みちくさ
明日から年明けまで私の住んでいる区の図書館が休館になってしまうということで、予約していた資料を引き取りに行った。
私の取っていない芸術文化学科の授業の先生が、講義で取り上げた参考文献を挙げてくださっていたので、それを順番に読んでみようと思って。
私は学芸員の資格を取らないので、わりに多くの芸文生が取る授業を取らないことがあるのですが、その授業もそんな中のひとつ。
いつも、「○○の授業で言ってたでしょ?ほら、××が△△で…」と話し始められて、「私その授業取ってないんだよね」というと、「とりこちゃんが取ってないの?とりこちゃんだから取ってほしい授業なのに!」と言われます。
相手の話をよくよく聞いてみると本当にそうで、自分のぶきっちょさを理由に学芸員の資格を最初から取らないと決めていた1年生のころの自分を、うらむやらうらむやら(結局うらんでいるらしい)。
それにしても、しばらく図書館に行けないのは、残念。
業務の一部を民間に委託するようになり、開館時間が延びたり他のサービスも良くなった実感があったので、せめて以前の休日の開館時間くらい、やっていてほしいなあとは思うのですが、…まあ、仕方ない。
4月から、図書館で借りた本は必ず奥付をコピーして記録を取るようにしているのですが(自分で書くのが面倒という、ものぐさな性格ゆえですが)、今年は大学に入ってからいちばん、本を読んだかも。
とはいえ、このごろいわゆる小説(といえばいいのかな、ストーリーのあるものということ)を読むのがつらくなってきてしまって、そういう本はほとんど読んでいないのですが。
でも、どれだけ身になったかということだよなあと、焦りを感じながら思います。
参考文献の予約をウェブでしながら思ったのですが、どんなにちっちゃくて文化的にはいろいろだめそうな区(という、区民の実感)の図書館でも、得意分野というのはあるのだなあ。
私が今回借りたいと思っている一連の本の多くは、私の近所の図書館に在庫していて、そこで気がつきました。
そういえば、美術の本だとあの図書館から取りよせることが多いし、演劇の本だとあそこだなあ。
学芸員のように、それらのことを専門に扱ったり研究したりする司書さんはいなさそうだけれど(本当はいるのだろうか…いたとしたら、うまく活躍できていないなあ)、特色というのはあるのだな、と。
全然関係ない話ですが、小さいころ、『美女と野獣』の映画を見て何がいちばん印象的だったかって、野獣のいるお城の図書室です。
本が好きなベルのために図書室に案内してやって、あのカーテンを開いたときのベルの興奮!
のちのち、ミュージカルで『美女と野獣』を見たときもあのシーンが見事に再現されていて、大興奮した覚えがあります。
床から天井までのあんな本棚…あの横幅…欲しい!
ではまた明日。
「みちくさとりこの年賀状2009」は、12/31しめきりです!
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大掃除
「今年の汚れ今年のうちに」というくらいだから、おそらく日本に住む多くの人は、年末に大掃除をするのだろう。
私も例外ではなく、今日はちっとも片づかない部屋の、ごみを捨てたりほこりを取ったり、棚を整理したりしていた。
そしてふと、「そういえば、ピーターパンって『春の大掃除』のころにやってきたんだったよな?」と思う。(簡単にひとつのソースを挙げられないのですが、「ピーターパン 大掃除」で検索していただければ、「春の大掃除」ということばが出てくるかと思います)
確かに、クリスマスの盛り上がりに比べ、年末年始はあっけないものだと聞いたことがあるけれど、なぜ春に大掃除をするのだろう?春といっても、いったいいつごろの春なのだろう?
うーん、「spring cleaning」というらしい、ということは分かるのだけど、なぜあえて春なのかが分からないなあ…ご存知の方がいらしたら、教えてください。(一応、和英辞典には載っているのだけど…)
「みちくさとりこの年賀状2009」は、12/31しめきりです!
ではまた明日。
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がしこし!がしこし!
プリンタが壊れた。
年賀状をがしこしがしこしと刷っていた先日、とつぜんインクジェット用官製はがき(今でも「官製」というのだろうかとふと思う)を詰まらせるようになってしまったのだ。
A4の普通紙ならきちんと刷ってくれるから、これはどうやら、寿命の一歩手前ということらしい。
確かにたいしていいプリンタでもないので、毎年毎年年末に酷使していればそろそろ壊れてもいいころなのかもしれない。
それにしたって、いま壊れることはないだろうと思う。
ありがたいことにすでに60枚ほど刷っていたので、残りの10枚はシールに印刷し、はがきに貼り込むという技に出た。
…疲れた。でもまあ、いろんな道具やら奥の手やらがつかえたので、よかったことにしよう。
「みちくさとりこの年賀状2009」は、12/31しめきりです!
ではまた明日。
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みちくさのみちゆきでみちくさ
「みちくさとりこの年賀状2009」は、12/31しめきりです!
このあいだ大阪に行ったのは、私にとって事件だった。
なんて書くと大げさだけれど、わが家は出不精で人ごみが苦手だから車以外で旅行に行ったことがないし、私自身もとくに、旅行に興味はないつもりだった。
けれど、必要にせまられて行ってみると、私とたいして変わらないような人間がわんさか暮らしているところにわざわざ大荷物を持って行くのは、不思議なことだなあと思わされた。
私が緊張しながら乗った地下鉄も、憧れの眼差しで見つめた京都駅も、時間がなくて行けなかったたくさんのところも、そこにずっと暮らしている人からしてみれば、何でもないものなのだよなあと。
考えてみれば当たり前のことなのだけど、22年間暮らしている東京に帰ってきて、ようやっとそのことに気づいた。
うちの近所に、少し前まで月に1回、野菜のたくさん取れるとある県から、新鮮な野菜を売りに来てくれる人たちがいた。(辺り一帯の農家の人たちが、みんなして車で野菜を売りに来るのだ)
母が珍しがって山菜だとか東京ではなかなか買えない野菜だとかを買うと、「東京の人はこんなのが珍しいのかねえ」と言われたんだそうだ。
べつに、だから地元を大事にしようとはいわないし、自分の暮らすところの良さを再認識するために旅に出るのだ!なんて思わないけれど、ただ、ただ、不思議なことよな、と思う。
私は生まれてから22年間、一度も引っ越しをしていないから余計にそう感じるのかもしれない。
もともと電車がすきで、電車に乗るのがすきで、だから4時間ちょっとの新幹線各駅停車も、ちっとも苦じゃなかった。そりゃもちろん飽きたけれど、またやってみたいなあ、とは思う。さすがにこの間は日帰りだから青春18きっぷはあきらめたけど、今度はそれもやってみたい。
こんなこと、1年生くらいのときに思っていればもっと時間とかお金とかが有効に使えたのだろうけれど、でも、3年生も終わる今、実感を伴って理解することに、何か意味があるのだと思いたい。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
みちくさとりこからの年賀状2009
Merry Christmau!!
Merry Christmau!!
…自棄です。
さて、今年もやってきました、「みちくさとりこからの年賀状」企画!
今年1年の感謝の気持ちを込めまして、年賀状の画像を、3名様にプレゼントしたいと思います。
以下が応募方法です。よく読んでご応募くださいませ。
お送りするのは「みちくさが制作した来年の年賀状の画像」です。
去年は「完全フリーソフトのみで」だったのですが、今年は学校のIllustratorで画像を作り、それを家に持って帰ってきてペイントであれやこれやと加工しました。
○応募条件
特にありません。ムサビ日記メンバーでも大丈夫です!
○応募方法
メールの件名に「お年賀」と書いてください。
本文には、
1.ペンネーム(本名でも可です)
2.(みちくさとりこの)ムサビ日記を読んでの感想/その感想をブログで紹介しても良いか
3.お年賀をもらうに当たっての意気込み(今年芸文受験します!とか。こちらも紹介して良いか書いていただけるとうれしいです)
4.ご自身のメールアドレス
をご記入ください。
いただいたメールは、当選者の選考後破棄しますが、メールアドレスはフリーメール(Hotmailなど)のものを使っていただけるとありがたいです。(少し気持ちが楽です)
お手数ですが、よろしくお願いいたします。
以上の情報をご記入の上、
michitori◎hotmail.co.jp
(◎→@の変換をお願いいたします)
までお送りください。
○締め切り
2008年12月31日いっぱい
○選考方法
今のところ、特に基準はもうけません。
何だかんだと、全員の方に送ってしまうかも。笑
○発表
1月1日中にはメールにて送信いたします。
見てがっかりされないことを祈ります。
また、こちらのブログでもあわせて発表いたします。
たくさんのご応募、お待ちしております!
ではまた明日。
わかさにまかせた!
大阪日帰り狂言ツアーの顛末は、明日にでも更新させてください。
何しろ、(昨日)4時間新幹線→1時間お昼→3時間狂言→4時間新幹線(+東京駅と実家の往復2時間+大阪市内移動1時間)→(今日)アルバイトその1を7時間半→アルバイトその2を3時間半の超強行日程。
さすがの私も目がとろけそうです。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
みちくさ大不安
とうとう明日、夏くらいからひとりで大騒ぎしていた、「大阪日帰り狂言ツアー」に行って参ります!
滞在時間が限られているため、教えていただいたおすすめスポットのほとんどに行けないことが心残りです。たこ焼きすら、食べる時間がないかもしれません。
しかも、結局あちらでの電車の経路・時間などを調べたのは今日になってから。
新幹線に乗るのも、関西に行くのも5年ぶりな私。心配です。
片付けるべき物事も今日中には片付かず(締め切りは破っていないのですが)、ううむ。
とにもかくにも、まったく現実感がありませんが、明日はやってくる。
早起きですので、そろそろ寝ることにします。
※明日は帰宅が遅くなり、そしてうっかり、明後日にアルバイトの予定を入れてしまったため(しかも、かけもちで…)、大阪日帰り狂言ツアーの詳細レポートは明後日もしくは明々後日になってしまいます。
あらかじめご了承ください。
ではまた、明日!行って参ります!
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落ちても抜けない
今日のアルバイトは、先日の作業のつづき。
無事、160か所の訂正を終えた。
こんなこと、迂闊にいうもんじゃないのかもしれないけれど、このところぱたぱたと(決して、ばたばたと、ではなく)、いろいろな物事がはまるべきところにはまっているような感覚になっている。
そういう気持ちになるときは、どかっ、とまとめてあって、どうやら今は、その波がきているみたい。
何というか、釈然とする、腑に落ちる、というか。そのときの気持ちは、何ともいえない。
私はしあわせな人間だなあと思う。(それはもちろん、「おめでたい」というような意味も大いに込めてだけれど)
3年生の反省は後期が終わったらするにしても、はてさて、私の3年生は本当に終わるのだか…
ではまた明日。
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焦らずじっくり、でも急いで忙しく
来週の今ごろは、狂言の公演も終わって大阪天満宮に向かっているのだろうかと思うと、そら怖ろしい。
胸をはって行けるようにしないと、と思うばかりです。本当に大丈夫だろうか…
結局、予定を立てるのは4時間かかる新大阪行き新幹線の車中ということになりそう。リアル、お上りさん。
今年の何とやらは何とやら…とにもかくにも、1週間の始まりです。
ではまた明日。
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真面目だったり、不真面目だったり
今日はアルバイト先で、ひたすら印刷物の訂正作業をしていました。
ある部分に、3.5mm×14mmの大きさに切った白いシールを貼る作業。
大きなシートから3.5mm×14mmを切り出して、カッターの刃先で台紙から剥がし、貼る。
まるで、表具職人のような作業です。
社員さんに、「私もさっきやったんですけど、大変で…」と言われるも、やり出すと意外に面白い。
「何だか楽しくなってきました」と言ったら、「本当?」と驚かれました。
「一応、美大生なので…」と答えると、「美大の人って、やっぱりそういうの得意なんですか?」と聞かれる。
得意、というと誤解があるような気がしたので、「うーん、耐性はあるかもしれないですね」と言うと、「なるほど」とうなずかれた。
でも実際、そうだと思います。カッターやらカッターマットやら定規やらに触る機会はおそらく圧倒的に多いだろうし、抵抗がない人の方が多いのではないかなあ、と(もちろん例外はありますが)。
作業自体は、ぼんやり考えごとをしながらでも進むので、楽ちん。
最初は見えなかった台紙とシールの隙間も、2回3回と繰り返すうちに自然と見えてくるようになる。
しまいには没頭してしまって、時間の経つのが早いこと。
今まで、このアルバイトを嫌だと思ったことは一度もありませんが(他のバイトは、実はさぼったこともあったのだけど、今のバイトはぎっくり腰以外で休んだことがないのです)、初めて次に行くのが楽しみになりました。
utoさんの記事を読んで、そうだよなあ、まずは作ってみなきゃ、と思いました。
私も(「も」というと語弊はありますが…)、やれないくせに理想が高くて、それに到達できないと途端にやる気をなくしてしまうところがあるので…
ためこんでいるもろもろ、まさしく、「100求めて手をつけられず0になる」状態なので、まずは、まずは80でも、80にいかなくてもせめて50、何とかして、見せなくては。
本当にはきっと、私は飽きっぽくて全然、しっかりなんてしていない。
隠しても、だめなんだよなあ…とほほ。
ではまた明日。
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それでもやっぱり
昨日は、「年齢を重ねることに面白さを感じるようになった」などと書いたが、前言、ちょっと撤回!
女子高生には、勝てないよう。いろんな面で、勝てないよう。
いくら私が、制服着せたら女子高生に見えると言われたところで、気分はやさぐれ22歳。
「ジョシコウセイ」、という響きは、あまりにも、目映い。眩い。
ではまた明日。
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読みたい本
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今日は天気のせいか体調がすぐれず、授業にひとつ、出ないで帰ってきてしまった。
聴講というか、履修はせずに受けている授業だから、まあ、大丈夫といえば大丈夫なのだけれど。
でも、来週も私用で出られないので、何だかがっくりきてしまった。
ではまた明日。
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平日の夕方、本屋さんの隅で
用事があって、ある駅に行った。乗り継ぎで利用するけれど、あまり降りたことのない駅。
時間があったので、本屋さんの絵本売り場に行ってみた。
そこで出会ったのが、この絵本。
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読んだのが、平日の夕方、ひとけのない本屋さんでよかった。
ちょっと中が読めるサイトもあります。ほんの一部分ですが。
でも、このごろ本屋さんで人気らしい絵本(なのかなあ、あれは)の動向には、考えさせられました。
とある本では、「子どもの本を親(大人)が楽しいと思うわけがない」(というような趣旨のこと)を書いていたり。本屋さんの片隅で、腰がぬけるかと思いました。
どうして私が本を読むようになったのか。どうして私の親は本を読ませたがったのか。どうして私は本嫌いにならなかったのか。それなのにどうして最近の私は本(というか、紙に書かれた文章?)のことを信じてあげられないのか。とか、とか、とか。
あともう1冊。同じく酒井駒子さんの絵本です。(文は違う方です)
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私はどうやって、猫の鳴き声や鳥の飛び立つ音を覚えたのだろう、と思いました。
小学生のころ、よくある擬音に納得できなくて、自分で雨の音とか作っていたなあ。
絵本や児童書のあるところで、1時間くらい遊んでしまいました。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
面白し
高校の英語の時間だったか、「不変の真理」ということばを知って、すごいなあと思った。
ご存知の方が大半だと思うので簡単に説明すると、「太陽は東から昇る」とか「水は100℃で沸騰する」といった「不変の真理」は現在時制で表現されるということ。(…ですよね?)
言い換えれば、現在時制で言えること以外は「可変」なのだなあと思うと、世の中(という言い方は大げさにせよ)、確かなことなんてないんだなあと、17歳くらいの私は思った。
で、今それをとても感じている。だからこそ、面白い。
全部の答えが分かっていたら、全然、面白くないだろうなあという気がする。楽かもしれないけれど。
でも、私は「面白い」ほうがいいなあ、なんて思ったり。面白いし、楽しい。
はて、「面白い」の語源って何だろうと調べてみたら、こういうことらしい。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
ゲイブンさんのこと、とか
竹林さん、芸文の話題のご紹介、ありがとうございます!
実は、たづくりの方のツリーは、設置が終わった次の日にちょうど行く機会があったので見てきたのですが(→そのときの記事)、ロビーに入るひと入るひと、みんな見上げてわあきれい、と言っていて、何だかうれしくなりました。
制作の現場をちらりと見たりもしているので、勝手に私まではずんだ気持ちに。みなさんも、機会がありましたらぜひぜひ!
今、ゼミで「芸文を語るとき、どう語るか」「自分自身を語るとき、どう語るか」、見開きで作るという課題(正確にいうと課題ではない、と私は思うのだけれど)をやっていて、先日、私はその発表をしたのですが、そのことについて書いた方がいいのかなあ、と思いつつ、やっぱりこういう場なので、もう少しまとめてからにしようなかな、とも思ったり。
でも、せっかくこんな場をいただいているのだし、受験生もたくさん読んでいるのだろうから(課題では、受験生向けに語るということではないのだけれど、でも私にとっていちばん身近な「芸文を語るべき相手」は受験生なので)、何らかの形では。
…と、またあともどりできなくしてみる。
でも、考えれば考えるほど、芸文は面白いのです。
さて、今日の話。
今日は図書館に行って、本を何冊か借りてきました。まだまったく手をつけていませんが、ひとまず記録。
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この冬のテーマは、「美術、がんばろう、私」です。
そうそう、ろん太さんに目撃されていたようですが、全然気がつかなかった…
あのリュックサック、重さに耐えかねてどんどんお尻のほうまで下がってきちゃうんです。あんまり出来のよくないリュックだからかも…
ずるずるしたリュックをしょっていたのだとしたら、そしてつんつんな髪の毛だったのだとしたら、たぶん私です。
どの辺までストーキングされてたんだろう!?笑
明日は試験監督のアルバイトです。子どもたちに風邪をうつされないようにしないと。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
すうがくとびじゅつ、とか
昨日の寒気やのどの痛みは、インフルエンザの予防接種による副反応だったようです。母も調子が悪かったのだそう。
昨日は元気だったからこの程度で済んでいるけれど、やっぱり調子の悪いときに行くのはよくないのだなあ、と思いました。
さて、今日の話。
今朝、新聞を読んでいてふと、新刊の広告に目が留まりました。
岩波書店から出ている、『日本数学史』という本。1960年に出版されたものが、11月末に復刊されたのだそう。
昨日のゼミでちらりと話したことなのですが、私は学校の数学の授業がとんでもなく嫌いだったのに、どうしても、数学というものに惹かれます。どこか、「うつくしさ」を見ているのだろうな、と高校を卒業してから思うようになったのですが。
3年生になって、図法・製図という授業を取り(Webシラバス図法・製図I/図法・製図II)、ますます確信を深めました。
きちりきちりと物事がはまっていく面白さ、そのうつくしさ。私は語彙が足りなくて「ぐっとくる」としか言えないのですが、でも、「ぐっとくる」。
例えば、コンパスや定規のなかったころにも、まるでそれらの道具を使ったかのような図形が描かれていたこと。それが西洋だけの出来事ではなく、日本でも起こっていたということ。
そんなところがとてもすきなのです。
それで、広告に載っていたその本が読んでみたいと思ったのですが、いかんせん古い本なので近所の図書館にもなく、だいいち、きっと読んでみても難しすぎて投げてしまいそう。
そこで気になったのが、「関孝和没後300年」という文字です。どうやら、その記念として復刊されたようなのですが、「関孝和」って、数学界では有名人なのかしら。300年前の人ということは、江戸時代の人?
「和算」ということばがあったり、「算学者」なんて人たちがいたことは知っているし、明治以前にだって日本の数学はずいぶん高いレベルにあったらしいということも知っているけれど…
調べてみると、こんな記事に辿りついた。ふむふむ。
数学が「抽象的思考の極みである」ということ、その一方で、「抽象的な思考を厳密に進めるという思考スタイルが、日本人には適さない」と言われてきたということ。
昨日、「抽象」ということばの意味がはっきりとは分からず(もちろん、分かってはいるのだけれど)、辞書を引いてみると「多くのものから共通性を抜き出して概念をつくること」とあった。(→三省堂 デイリーコンサイス国語辞典)
ふむ、ふむ。抽象、なんだよなあ。そうやって考えると、やっぱり、面白い。
そして、どこか美術(とひとくくりにしてしまうけれど)に近いんじゃないかな、という気がする。
ではまた明日。
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フルフル
昨日はとても元気だったはずなのです。2年前、インフルエンザの予防接種をしたときは、確かにちょっと疲れていたけれど。
いつもと違うこの喉の痛み…寒気…まさか…
ではまた明日。
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予防接種に行ってきました
今日は、夕方の5時から学校。授業がひとつもなくて、そのためだけに学校に行きました。
鷹の台の駅から学校まで、るんるんと家路を急ぐ学生に逆行しながら歩くのは、ちょっと恥ずかしかったです。
で、午後早くに病院に行って、インフルエンザの予防接種をしてきました。
とはいえ、去年utoさんに教えてもらったように、免疫ができるまではしばらく時間があるので、ちょっと大人しくしていたいと思います。
たしか一昨年は、身体が弱っていたときに無理矢理注射を打って、すっかりインフルエンザになって点滴までされたのだった。
その話を友だちにしたら、「お金払ってインフルエンザになるなんて、ある意味豪華だよね」と言われました。
そのときはノロウイルスにもほぼ同時にかかって、それをある先生に話したら、「みちくさ、よく生きて帰ってきたね」と言われました。笑
今年こそは、感染性胃腸炎にならない冬を!
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@
明日は予防接種に行こう
国立感染症研究所のインフルエンザ流行レベルマップによれば、11月17日から11月23日の1週間で、インフルエンザにかかった人がぐっと増えたとか。
忙しさを理由に予防接種をしていなかったので、明日、病院に行くことにしました。
受験生のみなさんも、予防接種しておくことをおすすめします。まあ、違う型が流行してしまったらおしまいですけれど…でも、気の持ちよう、ということもあるし。
バイトで高校受験生に日々接していますが、彼らのせっぱつまった感じがじんじんと伝わってきて、私もなんだかつらいです。
彼らにしてみれば、「他人事だと思って!」って感じでしょうけど、私もやっぱり受験生だったときがあったし、今だって受験生みたいなものだし。
次は私の番、と思っています。
分かるよ、なんてことばは気休めにもならないけれど、でも、分かるよ。
話はもとに戻りますが、どうしても「予防接種」ということばを聞くと、はしかが流行ったころの校内放送の「予防雪舟」を思い出してしまいます。
ではまた明日。
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走る走る!
先日、とある小学校の図画工作の授業を見学に行ったことを書いたけれど(→そのときの記事)、私たちを受け入れてくださった先生から、連絡があったそうだ。
何と、あのとき見学させてもらったクラスの子どもたちが、毎週「もうあの人たちは来ないの?」と先生に聞くのだそう。
私は個人的に、そこまで子どもと一緒に作業をしたわけではないから、決して私自身がどうこうという話ではないのだけれど、まさか子どもたちがそんなふうに思っていてくれたなんて、少なくとも表情なんかからは分からなかったので、びっくり。
それは私の周りにいた学生たちもそうらしくて、みんな一様に、ええ!と驚いていた。
先生が、ふと思いついたときにでもいいから、ぜひ授業に来てみて、とおっしゃっていた理由が何となく分かる。教育ボランティアが必要とされている理由も、少し。
それは、喜ばしいことでもあるけれど、ちょっと切ないことでもある。
冬の展覧会の時期は、ちょっと忙しいけれど何とかしてお手伝いに行こうかなあ。
今朝、「そうか、教育実習まであと半年なんだ」とちょっと考え込んでしまったから、なおさら子どもたちのそういうことばはうれしかった。
もちろん、うれしい、だけで終わらせてはいけないのだけれど。
この間提出した学習指導案が、やっぱりちょっとぱっとしなかったこともあって、はあ、でも、モチベーションの上がった師走最初の日でした。
ではまた明日。
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みちくさ大準備
生まれて初めて、ひとりで旅行代理店に行きました。
ずいぶん前から書いていた、大阪日帰り狂言ツアー(詳しくはこのあたりの記事をご覧ください)のために、新幹線のチケットを買いに行ったのです。
今、首が痛いのはもしかして?というくらいにいろいろと事欠いている私。
深窓の令嬢…というわけではないですが、日帰りはおろか、ひとりで東京を離れたのなんて、受験で某大学に行ったときくらい、という、まあ決してほめられた22歳ではない私。
安さは追求したいけれど、ただでさえ、今日の今日まで大阪行きを親に隠していたくらいなので、さすがに深夜バスは無理。青春18きっぷも無理。
というわけで、利用したのは、「ぷらっとこだまエコノミープラン」というツアーです。
ツアーといっても最小催行人数は1人ですから、まあ、新幹線のチケットにドリンク引換券が付いてくるだけのものなのですが、でも、利用するのはこだまということもあって、多分、新幹線を使うとなったらいちばん安いんじゃないかな?と思います。(私が調べた範囲内の話ですが、それでも格安きっぷよりは安かったです。繁忙期は少し値段が上がりますが…。ひかりを利用するとなると、「ひかり早特きっぷ」なんていうのもあります)
クレジットカードすら持っていない私は、旅行代理店に直接出向いて買うのがいちばん。ということで、近所の某旅行代理店に行きました。
ところが、お店に入ったところで何をしたらいいのか分からない。窓口は空いているけれど、うーん、券は取ったほうがいいのだろうか…
と迷っていたら、「こちらどうぞ」と店員さん(といえばいいのかな、窓口のお姉さん)が笑顔で言ってくれる。
緊張した私が、「えっと、こだまの…新幹線の…ええと、安い…」と口ごもっていると、「ぷらっとこだまエコノミープランですね」とお姉さん。さすが!
取って欲しい日にちと列車を伝え、ではお探ししますね、と言ってしばらく。何と、それぞれ1席ずつしか残っていなかったらしい。ひえー!(確かに、今オンラインで調べてみても、禁煙席は残席わずかとなっている。特にこのチケットは販売数が限られているのだから、なおさらだよね)
で、取ってもらった席は、3つ並んだ席の、おそらく真ん中…!知らない人に囲まれるなんて、さらに緊張…!
ちなみに、こだまを使うと新大阪まで4時間ほどかかります。停車駅は、15!帰省に新幹線を使う友だち曰く、「3時間で飽きる」(2時間だったかな…)そうなので、いやはや、どうなることやら。
その道中の、陽気なこと!といくでしょうか。
先ほどもちょろっと書きましたが、今日まで大阪行きを親に言っていなかった私。
さすがに驚かれも止められもしませんでしたが(まあ、私が何かたくらんでいたということくらい、お見通しだったのでしょう)、やんわりと注意はされました。はい、そうですよね、分かってます…
働かざるもの何とやら。承知しております。
とにもかくにも、これで準備は万端!12月21日を目標に、がんばろう!
ではまた明日。
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かたるかるた
こんにちは、グダボートのみちくさとりこです。(確か、私が付けた名前だったような気がする…)
くだんのサイバンインコはこちら。そんないわれがあったとは…
そして、彼(彼女?)は「裁判員制度広報」のために生み出された…いやいや、仕立て上げられた…いやいやいや、活躍してくれている子なのね。
閑話休題。
私も、おく★ともちゃんと同じように、ゼミの課題(課題ということばはしっくりこないのだけれど)に悶々としています。(おく★ともちゃんとは別のゼミに所属しています)
「芸術文化学科の紹介」と「私の紹介」をそれぞれ、見開きで作らなければならないのだけど…
どうしても、みんなのように分かりやすく説明することが出来ない。
芸術祭明けにだいたい考えて、今はそれをみんなの前で発表している段階で、すでにかなり多くの学生が発表を終えている。
それぞれにうなずけることばかりで、でも私はいったい、どういうことばで話したらいいのだろうと。
まずは、私にとっての言語とは何か、ということはさておいて、話してみなければ分からないなあ…
私にとっての芸文は、とてもじゃないけど簡単にかたりつくせないのです。
ではまた明日。
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悪い子いねが
今年は、1年がとても早い気がする。ついこの間、3年生になったばかりのような。
芸術祭が終わると、いつも学年末はすぐだ。3年目なのに、まだ馴れない。
そろそろ、来年のことを話しても鬼は笑わないだろう。
ではまた明日。
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42人の日本人と、時々、日本人以外
授業で、小学校の社会の教科書に出てくる歴史上の人物は42人だと聞いた。
その42人の中に、美術に関係する人物がどれだけ入っているかというと、2人。雪舟と、安藤(歌川)広重なのだそう。
教科書に載っているということはつまり、学習指導要領に載っているということなので、家に帰ってきて学習指導要領を読んでみた。
これがなかなか面白い。図画工作や美術以外の学習指導要領をじっくり読むことはあまりないので、ここまで細かく教えることが決められているのか、なるほど!と勉強になる。
で、この42人に関して、国立教育政策研究所が面白い調査をしている。
『卑弥呼は正解99% 歴史の人物、業績は?小6など調査』
教科書に出てくる歴史上の人物と業績がどれだけ理解できているのかという調査なのだけど、雪舟が90.1%って…!正直、びっくり。広重も72.8%と、なかなか健闘している。
幕末の人物なんてよく知っているのかと思ったらそうでもなくて(私はむしろ…だけど)、かわいそうに…
同じ授業に出ていた友だちと一緒に駅まで帰ってきたのだけど、その道すがら、「この42人が同じクラスにいたら大変だろうね…」という話で盛り上がる。笑(そのときは正確な42人が分からなかったので、予想でいろいろと話していたのだけど)
仕切りたがるくせに住んでる場所を教えてくれない卑弥呼ちゃんとか、クラスの憲法を作ってくれる聖徳太子くんとか、俳句の授業になるとやたらとやる気になる家康くん・信長くん・秀吉くんとか、修学旅行に行くと「ここおれんち」って人がたくさん出て来ちゃうとか、ペリーは転校生とか。笑
そもそも、クラス全員の過去が、そんなには明るくなさそうなのが問題なのだけれど。
ではまた明日。
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てんじんさん
そういえば、そろそろ大阪行きのあれこれをきちんと考えなくてはいけないのだけど、図書館で借りた(そして買うことにした)ガイドブックを読んでいて、『ちりとてちん』で重要な役割を果たす、「大阪天満宮」が、わりと劇場の近くにある(電車で20分くらい?)ということに気がついた。
受験シーズンには受験生がたくさんやってくるという、大阪天満宮。
私も来年は受験生なわけで(!)、お守りをいただいて来ようかなあ、と思っています。
ではまた明日。
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The Wonder Years vol.2
『ちりとてちん』DVD-BOX鑑賞会の2回目が、友人宅で開催された。
今回は、何とお泊まり。ハプニングがあったり、寝ちゃったり、家主がアルバイトに出たり、他のDVDを見たりしたけれど、第7週から第14週まで見終えた。
先日もかなり高度な質問をしてくれた友人2人だけど、彼らの予想をはるかに超える物語の展開に、質問はより高度に、そしてより早く。すぐに次の展開を予想したコメントが飛んでくる。笑
私自身が、本放送のとき全体の後半、つまり種明かしの部分から見始めてしまったので、彼らの思考回路がいまいち分からず、でも全体はよくよく知っているので、本当につらい。
それにしたって、このDVDは絶対に嫁入り道具にするぞと決意した週末でした。いや、今のところ予定はないですけれども。
でも、『ちりとてちん』の魅力を共有できない人と、一生を共有するなんて無理かも…苦笑
ではまた明日。
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おじさんABナビ
都内某所に出かけた。
初めて行く場所だったのだけれど、その辺り一帯のことは知らないわけじゃないし、簡単に住所だけメモして出かけた。
ところが地下鉄を降りて地上に出てみると、工事中!出鼻をくじかれる。えっと、どっちに行けばいいのかな。
リュックサックからメモを取り出すためにごそごぞしていたら、工事現場のおじさんみたいな人に話しかけられた。
「どこ行くの?」
「この住所なんですけど…」
行き先の住所を口にしてから、もう一度じっくりおじさんを観察してみると、その付近にある場外馬券売り場の案内のおじさんだった。着ている服に、そう書いてある。
「あー、そりゃ近いね。えーっと、○○ビルね、○○ビル…んー、分かんないな。そうしたらね、あの人が知ってると思うんだ、あの人が。ちょっとこっち来て」
おじさんのパワーに押されて「あの人」のところへ行く。「あの人」はおじさんの同僚で、おじさんと同じ服を着ている。
「この人がね、○○ビルに行きたいんだって。知ってる?」
「○○ビル?知らねえなあ…ちょっと地図見てみるから、待ってて」
おじさんB、ポケット地図を取り出して目的地を一緒に探してくれる。
「あー、こりゃこっちじゃないわ。今来た道を引き返して、反対側」
「わ、そうなんですか」
何と、駅を出てから右に歩いてしまったところを、左に歩けばいいだけの話らしい。
「いや何かすいません」と言いながら、元のポジションに戻るおじさんAと一緒に、目的地まで向かう。
「この先に交番あるから、分かんなかったらそこで聞いて。変なこと教えられないからさー」
だ、だったら最初から交番の位置を教えてくれていれば…でも、おじさんAに悪気はないことは分かるので、「いえいえー」と言いながら一緒に歩く。
結局、目的地のビルまで来てくれて、その前で「じゃあね」「ありがとうございましたー」と別れた。
なんか、ゆるゆるした気持ちになった。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
第4回教育実習オリエンテーション
今日は、教育実習に向けた第4回目のオリエンテーションだった。何と、次回で今年度のオリエンテーションは終わりだという。
気がつけば私は3年生になっていて、あと半年もすれば教育実習に行く。
今さら、「まったく、月日の流れるのは早いもんだぜ」とは思わないけれど、いや、早いですよね。(やっぱり)
さて今日は、あの山田太一が1984年に書き下ろし、NHKで放送されたドラマ『教員室』を鑑賞(一応、Wikipediaの記事にリンク。しかし、地人会によって舞台化されていたとは…そして北村和夫が出演していたとは!あの本多劇場で上演されたらしい)。
校内暴力が吹き荒れていたころの学校のようす(職員室のようす)を描いた(かなりかなりドラマチックに)作品なのだけど、途中で「ぐれる」ということばが出てきて、…はて、「ぐれる」の語源はいったい何だろうと気になった(もちろん、作品もきちんと鑑賞しましたが)。
家に帰ってきて調べてみると、なるほど、こういうことらしい。
さらに、「愚連隊」ということばも関係しているのかなと思って調べると、「ぐれる」が語源になっているのですね。
勉強になりました。
教育実習の方は、担当する学年も教科も(私は美術と工芸の免許を取得予定です)期間すら決まっていないといった状況で、しかも実習校の方針で、来年5月までそれが分からないのだそうです。
準備をするといっても幅が広すぎて、いったい何から手をつければいいのやら…
ひとまず、先日出した学習指導案を細かく書き直してみよう。(と、口だけにならないようにここに書くことにする)
ではまた明日。
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臑はかじっておりますが
今朝、起きた瞬間に「こむらがえり」が私を襲って、耐えきれずに「ぎゃー!」と叫んでしまった。
その時間はちょうど私が母に、「起きてこなかったら起こして」と頼んでいた時間で、痛みに悶える私の部屋に、母がやってきてドアの外から、「とりこちゃん、起きてー」。
私は、「今、足が痛い…じゃなかった、つっちゃったから、もうちょっと寝かせてー」と言い(その論理も今考えればよく分からないのだが…だって治ったら起きればいいじゃない)、しかし母にはその声は聞こえていなかったようで、「とりこちゃーん」ともう一度呼ばれる。
仕方なく私は、「だから今足がつっちゃったから、起きられないー」と返す。
ところが母は私のことばなんかまるで聞こえないようで、そのまま廊下を引き返していってしまった。
私は結局、しばらくうんうんと布団の中で痛みと格闘し、そして気づけば二度寝していた。起きたのは、1時間後。(特に問題はないのだけど)
ねえ、私、こむらがえりで唸ってたんだよね、聞こえた?と聞くと、「だって呼んでも何にも言わないんだもん」と母。
言った!言ったよ!お母さん私すごい言ったよ!
一部始終を友だちに話したら、「母親ってそういうもんだよね…」と言われた。
腹立たしいとかそういうんじゃなく、不思議な存在だよなあ、と思う。
ではまた明日。
明日は、落語と講談と狂言の公演を見に行きます。楽しみ。
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振り返る
リュックサックを使うようになって、腰の痛みはずいぶん和らいだ。これはうれしい。
ところが、腰の痛みがひどくなる少し前から、痛くなったり痛くなくなったり、一進一退という感じだった首が、ここへきてひどく痛い。
特にここ数日、ちょっと横を見るのもひと苦労、という感じになってきていて、文字通り「首が回らない」のである。原因は、まったく分からない。
今日、図書館に本を返しに行って、その帰り道、ふと気になった景色があって、振り返ろうとしたら痛くて振り返れなかった。
仕方ないから全身をつかってよいしょ、と確かめたけれど、そのときにはその景色はどこかへ行ってしまっていて、すごく悲しかった。
けれど、家に帰ってきてふと、もしかすると今は、無理して振り返らなくてもいいのかもしれない、と思った。
ではまた明日。
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