リアルな美大の日常を
カテゴリー:c.就職・進路
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ゴーイング・マイ・アウェイ!2
このネーミングセンスはさておき、前回のちょっとしたつづき。
自分で書いていて、思い出したことがあったので。
私が抱いていた違和感、そのひとつは確かに、「美大受験=楽、楽しそう」と思われることへの抵抗感でした。
ただ、これは本当に、ある意味では楽だし、楽しかったので、今となってはあまり気にならなかったりします。
でも、未だに私の中で引っかかり、現在の状況にも影響していると思えることがありました。
この間はそれを書き忘れていたので、そのことについて。
私は小学生のころから、不思議と大学への強いあこがれを持っていました。
ちょこっとだけ通っていた自習塾のようなところから、大学のパンフレット(いろんな大学が載っている、分厚いやつ)を拝借し、ここに行ってみたい、あそこにも行ってみたいと印をつけていました。
そのころから、多分美大には興味があったと思います。(そういえば当時、「オリンピックの開会式を作る人になりたい!」と思っていたことを、思い出しました)
大学へのあこがれは中学に入っても変わらず、なりたいものが変化するたびにそのパンフレットを読み返し、こんな大学もあるんだ、あんな大学もあるんだと知っていきました。今でもけっこう、そのときの知識が生きているのではないかな。
そんなふうだったので、高校に入った途端、周りの人たちが目の色を変えて「受験、受験」と言い出したことに、面喰らってしまったのです。
私の通っていた高校は、すごーくのんびりした高校で、だからこそ私みたいな勉強嫌いが生きていけたのだけど、それまで勉強なんてほとんどしなかった周りの人が、予備校に通ったり勉強を頑張りはじめたり…
今考えれば、いやいやあなたも勉強しておきなさいよ、と言いたいのだけど、そのころはどうしても、抵抗を覚えてしまって仕方がなかった。(勉強することに、ではなく、がらりと態度を変えることに)
彼らが、自分に嘘をついているような気がして。
今まで大学のこと、進路のことなんて具体的に考えなかったくせに、どうして突然、態度を変えられるのだろう。
みんな、何のために大学なり専門学校なりに行きたいと思っているのか、何のために勉強を始めたのか…
私には全然分からず、戸惑ってしまいました。
今、また同じような感覚に陥っています。
あのときと違うのは、私にはちょっとした失敗の経験があるということ、それなりに年を重ねたということ、まあ高校生のころに比べれば冷静に物事を考えられるようになったということ。
あとは、より現実的で具体的な目標があるということかなあ。
そうそう、高校生のときよりは、真面目になった。
でもやはり、戸惑いは変わらない。いやあ…、どうしたものかしら。
とりあえず、高校生だったころと同じように、アウェイな闘いになることは、目に見えているのですが。
ではまた明日。
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ゴーイング・マイ・アウェイ!
最近、妙な感覚になる。まるで、高校1年生のときに戻ったような感じ。
高校1年生といえば16歳だから、もう6年も前のことになってしまうのか…
私は中学校3年生のときに、すでに美大に行くことを決めていた。
そのときの私にとってすごく心ひかれる映像に出会い、私もこんな映像を作りたいなと思って、もちろんムサビの映像学科も勝手な志望学科だった。
あれは確か高校に入る前の春休みだったと思うけれど、学校の行事で軽井沢の施設に行った。
なぜだか知らないけど2泊3日施設に閉じ込められて、将来のことを延々と考えさせられる、とんでもない修行のような行事だった。
自分の身近な人がどんな仕事をしているのか調べて発表したり、卒業生を呼んで講演してもらったり。
そのときには確かな言葉にできなかったけれど、でも今、またそのときのような違和感を抱いている。
私はわりに小さいころから突拍子もない将来の夢を考える子で、お花屋さんケーキ屋さんに始まり、水中カメラマンだのラジオのDJだのスポーツカウンセラーだの、あまり他の子が考えつかなそうな職業にばかり、興味を持っていた。
その中でも映像を作る人というのは(自分の中では)現実的なほうで、ああ私はこれになるんだろうな、という予感があった。(まあ、あっさりその予感は外れているわけだけれど)
でもどの職業に関してもけっこう詳しく調べていて、だからその学校行事で、特に興味もない職業について発表させられたときは閉口した。
逆に言えば、「働くことの意義」みたいなものは、誰よりも分かっていなかったように思う。
高校に入ると周囲がだんだん受験のことを考え始めて、でもやはりそういった受験とは少し離れたところにある美大受験を考えていた私は、どうにもこうにも、みんなから浮いてしまうような感じだった。
実は美大に行きたいんだ、と友だちに話すと、みんな「とりこちゃんらしい」「やっぱりそうだと思った」と口をそろえて言うのだけど、一方で「でも、楽でいいね」とも言った。
もちろん、美大受験は(今、自分のことを振り返っても)楽しかった。
でも、そういった捉え方をされることに、すごく抵抗を覚えた。
自分が楽な道を選んでいるような、楽しいことだけして生きていこうとしていると、勘違いされているような。
まさか、自分が美大に入って、またそんな思いをするとは、考えてもみなかった。
いやいや、みんなが私のことを「楽でいいね」と言うわけじゃないし、絶対に楽なことなんてないのだけど(「精神的なタフさが必要」と言われたばかり)、これでいいのだろうか?と日々、思っている。
ただ、今までを振り返ってみれば(そしてかっこよく言っちゃえば)、私は本当に、1本の道を歩いてきたのだなあ、と思う。大変だったことはあったけれど、ひとつも間違いなんてなかった。
もちろん努力は必要、努力しなければ今私がなりたいと思っているものにだって到底なれないのだけど、でも、多分もう、いろんなことが私の意志とは無関係に決まっているのだろうな、と思う。今までそうだったように。(だから動かない、というわけではなく)
だから私は、今やれることをやればいいし、考えることをやめなければいいし、努力を怠らなければいいし、一所懸命に勉強すればいいし、とにかく私の出来る限りのことをするしかないのだ、と思う。
ただ何だか、ああ、ここでも私は横道にそれるのだなあ、と実感する、ここ数か月なのでした。
こんなこと書いていいのかなあ、と迷いつつ、書いてみました。
でもね、アウェイでも、そこを行けばよいのだよ、多分。
行けば分かるさ。
そうそう、濱さん。私も低気圧頭痛持ちです。(というか、慢性頭痛なのだけど)
昨日から半端ない痛さ、というか重さでした。
それから、低気圧が近づくと喘息の症状が出ます。
私はそんなにひどい喘息持ちじゃないからまだましだけれど、喘息持ちの人だとはっきり分かりますよね。
とにかく頭痛に関しては、あまり薬に頼らないように…薬がきっかけで頭痛がひどくなることもありますから。
飲むにしても、お医者さんできちんといただいたほうがいいです。胃なんかにも悪いしね。
以上、経験者は語る。
そうだ、頭痛の真っ只中にいる人のことは、放っておいてあげてください。
ではまた明日。
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とりこの覗いた就職活動
みちくさとりこの合格待受企画、あと3日です!お早めにどうぞ。
春休み、ということで、今日から新しい短期のバイトです。
久しぶりに早起きして、某オフィス街へ。
就職活動に関するアルバイトをする。
私はどうやら就活らしい就活をしなさそうだし(やった方がいいと周りからよく言われるけれど)、この機会に就活というものを見てみよう、と思いまして。
で、今日1日、たった3時間で分かった、とあること。
就活生のみなさん、待ちうたは絶対に止めましょう!
※待ちうたは就活が終わってから。
びっくりしちゃいました。
プルル、と電話がかかった、と思いきや、
ざーんーこーくなてんしのてーぜ♪
と耳元から流れてくるんだもの。
いやいやもちろん、エヴァンゲリオンが悪いんじゃなくてね、待ちうたの機能って、聞かされる方にしてみたら微妙〜ですよ、という話。
それが、企業からかけるとしたら、なおさら、ねえ…
どんなに採用そのものに関係ないといっても、心証が悪いと思います。という、大学2年生の意見です。
なんというか、やっぱりきちんとしていない印象を与えてしまう気がする。少なくとも、私はそう思います。
待ちうたって、あんまり使ってる人いないんだと思っていたら、5人に1人ぐらい使っているような感じでした。
設定したまま、すっかり忘れちゃっている人もいるのかな。
ぜひ、1度チェックしてみてください。
ではまた明日。
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つっぱしりうじうじ
昨日、コース選択の紙を提出してからようやく、「私は『メディアプランニング』をやるんだ…」と実感がわいてきた。
私が選択したのは、「メディアプランニングコース」。
気持ちの上では最後の最後まで「芸術文化プロデュースコース」とどちらにしようか迷いました。
私のやっていきたいことは、多分「芸術文化プロデュース」に近い。
けれど、私にしっくりなじむ頭の使い方は、「メディアプランニング」だろう。
芸術文化学科にいながら学芸員の資格を取ろうとしていない自分。
最近、どうしよう、困ったな、やっておけばよかったかな、と思ってはいるけれど、でもやっぱり、なじむ・なじまないってある気がする。
なぜか、ゼミを選択してからうじうじすることになってしまった。
もっとちゃんと頭をフル稼働できればいいのに…
今日の英語も、先生と1対1でした。
学生は10人くらいいるのに…
前期は気配を消していたのですが、とっくに顔と名前を覚えられてしまいました。
予習は真面目にやってるというのに、高校生レベルの文法の質問に答えられないのだから、困ったものです。
最近、つっぱしり気味で周りが見えていない気がします。疲れてるのかなあ。
つっぱしる性格は以前からだけど、自覚したら直さないと。
言葉の上での目標がはっきりしすぎていて、上手く噛み合わないのです。
ムサビ日記を書き始めてから、手羽さんの思惑どおり(笑)、ムサビに興味を持つようになりました。
そこで、ハチクロドラマのエキストラ、応募してみました。
もちろん、以前からムサビに愛着はあったわけですが、あまり客観的に見てはいなかったのかなあと。
どんな風にムサビ生って見られてるんだろう?と単純に興味がわきました。
去年の私だったら絶対にしなかったこと。
でも既に、「ふふふ、参加したら日記に書ける…(しかも春休み中だし…)」と目論んでいるのです。
ではまた明日。
明日はそんな英語の苦手な私の受験勉強について書こうかと思います。
あくまでも予定ですが。
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正直
私は、わりと早い段階で進路を決めていたように思う。
中学校3年生の時には「映像を作る人になりたい」と思って、美大に進むことに決めていた。
高校生になっても結局それは揺らぐことなく、今に至っている。
大学1年生の終わりくらいから、就職について考えるようになった。
私は1年浪人しているので、高校の同級生たちはもうそろそろ就職活動を始める。私はまだまだ、と余裕でいたのだけど、実際のところ、「どういう職業に就きたいのか」とはあまり考えていなかったことに気づいた。
いろいろ考えた末に、「先生になりたい」という結論を導き出した。
それが、何がきっかけになったかはよく分からないけれど、揺らぎそうになっている。
多分、ヴィジュアル・コミュニケーション・デザイン(VCD)やDTPの授業を受けたからだと思う。
とっくに考え終わったと思っていた、「自分の職業」について、また考え始めることになった。
そんな今日、高校の部活の後輩から、文化祭で上演するお芝居の、中間発表のお知らせをもらった。
私のいた演劇部では、夏休み中に、どのくらいまで作品が完成したかを、顧問や先輩たちに見せるのが恒例になっている。
彼らが上演する演目を見て、私はちょっとびっくりした。すごく大人っぽくて、身の丈に合わないんじゃないかという気がしたから。
彼らは、「どうして演劇をやるのか」ということを、考えているのかなあと、ふと思った。
私はそういうことを頭でばっかり考えてしまう人で、演技がそれにおっつかなくて、本当にダメな演劇部員だったのだけど、本当に何も考えず、与えられたセリフを吐くというその突拍子もなさを、彼らは理解しているんだろうか、と思ってしまった。
「どうして演劇をやるのか」という疑問は、「どういう職業に就きたいのか」という疑問と、重なる部分があると思う。自分の中にどんな線を、1本張るのか。信念、とも言い換えられるかもしれない。
「演劇をする理由」というキーワードで検索をかけてみたら、西田シャトナーさんの書いた日記があがってきた。(検索というのはちょっと安易な方法ではあるけれど)
「演劇をやる理由について、ちょっと熱い話。」という記事。
(西田シャトナーさんは、惑星ピスタチオという劇団で、脚本・演出をなさっていた方です。あの佐々木蔵之介は、惑星ピスタチオの俳優でした)
うまく言えないけれど、なるほど、と思った。
ではまた明日。
michitori@hotmail.co.jp
まどろっこしい
今朝、手羽さんのブログを読んで、ふと、「なりたいものが主婦(もしくは主夫)だって人、聞いたことないなあ」と思う。
もちろん、主婦はほとんどの場合お金をもらえるわけではないから、正確には「職業」ではないのかもしれない。
けれど、アンケートの職業欄には必ず「主婦」という項目があるわけで、だとしたら「なりたいものは主婦です」という人が出てきてもおかしくないのにな、と思った。
私の母は専業主婦だ。と言うと、けっこうびっくりされるので、逆に私がびっくりしてしまうこともある。彼女は学生時代にアルバイトしていた会社にそのまま就職し、結婚と同時に退職し、私をうんだのだと思う。多分。
(実はそのアルバイトというのが、けっこう今の私につながっていて面白い)
私が小学生くらいの時には、似たような分野で働いていたことも少しあったようだけど、基本的にはいつも家にいた。私にとってはそれが当たり前だった。彼女はいつも、「お母さん」だったし、「主婦」だった。
彼女は料理がうまい。掃除も洗濯も完璧。何でも真面目にやるし頭も良い。背も高いしかわいい。
何で私はこの人に似なかったんだろう、と思うくらい、素敵な人だ。私の憧れる存在。
よくよく考えてみると、私はこの人になりたいんだなあ、と思うことがよくある。私はわりと人に憧れてしまうのだけど、その最たるものが彼女だ。
私は料理が出来ないし、掃除も苦手だし、洗濯はまあまあ好きだけど、彼女ほどの勤勉さはない。頭も悪い。先が読めない。身長は伸びる気配がないし、まあ、特にかわいくもありません。
だから彼女に憧れる。
毎日朝早く起きて、お弁当を作って、朝ごはんを作って私を送り出して、父のためにコーヒーをいれて送り出して、洗濯をして掃除をして、買い物をして私を待って、夕ごはんを作ってお風呂をいれて、目覚ましをかけてまた起きる。
彼女の毎日はハードだ、と、こうして文字にしてみて改めて思う。
ある時、彼女が、「私は毎日休みなく働いているのにお給料だってもらえないし、みんな感謝してもくれない」と言ったことがあって、私はけっこうドキッとした。
それ以前にも、彼女の母であるところの祖母が、「○○ちゃん(祖父の愛称)は家事も買い物も手伝ってくれない」と怒ってストライキをしたことがあり、それは私がまだ高校生くらいの時の出来事だったので、本当に本当にびっくりした(祖母はかっこいい人である)。
しかし、彼女たちの言い分は、決して間違っていない。私も、私の父も、祖父も、彼女たちの存在があまりにも当たり前すぎて、「感謝」というものを忘れてしまったんだと思う。主婦って何なんだろう、と考え込んでしまった出来事だ。
でも言ってみれば、主婦という存在は、毎日だとか生活だとか、私とはどうやっても切り離せないものを
「作り出す」。それは絵を描くとか映像を撮るとか、そういう行為とどこかしら似ているんじゃないかと思った。
美大生の選択肢として、あっても悪くない気がするし、実際のところ、今の私が一番なりたいものは、これなのかもしれない。
参考までに
*Wikipedia 主婦(賃金換算の話が少し載っています)
*Wikipedia 専業主婦
ではまた明日。
michitori@hotmail.co.jp
とおまわり
何かを作ることはとても楽しいです。
こんなことを、美大生がわざわざ言うなんて、変だと思われるかもしれません。何しろ武蔵野美術大学創立80周年記念事業のコピーが、「生きる、をつくる。つくる、を生きる。」なのだから。
でも私は漠然と、「自分は作る人にはならない」と思っていました。(「作る」というのは、具体的に何かの物体を生み出すこととして、ここでは捉えています)
もちろん、作ることは好きです。マンガを描くこと、絵本を作ること、名刺や封筒を作ること、布をちくちくやること。けれど、それを仕事として生きていくこと、それはしないんだろうなあと思っていました。いつからそう考えていたのか、はっきりしないのですが。多分、浪人してからだと思います。
以前にも少し書きましたが、私は高校生のとき、演劇を作る人になりたいと思っていました。役者には向かないという自覚があったので(中高の6年間でこりました)、演出とか、作家とか、後ろから演劇を作っていくような人になりたいと考えていました。
現役のときにそういったことが勉強できる学校を受けてことごとく落ちて、浪人することになって、もう嫌だ!と思いました。うまく言葉にできないので誤解があるかもしれませんが、自分の(演劇を)「作ること」に対する気持ちが、嘘っぽく、現実感がないように感じられたのです。
だから、改めて学校を選ぶとき、「先生になる」というひとつの目標を持ちました。ただ、その中で少しでも「作ること」を続けていけそうなところを、と思って、ムサビを受験しました。
大学生になり、思ったよりも教職の授業が面白く、私の目標はすっかり、「美術の先生になること」になりました。共通絵画や共通彫塑など、制作中心の授業も楽しかったけれど、それはその場限りのこと、と思っていました。適当にやったわけではないし、すごく勉強になったけれど、それはそれ、これはこれ、と捉えていた気がします。そうやって、私は1年生の1年間を過ごしてきました。
2年生になって最初の授業に、ヴィジュアル・コミュニケーション・デザイン(=VCD、絵本制作の授業)がありました。何回もこの日記の中に授業の様子を書いてきたので詳しい説明ははしょりますが、簡単に言うと、1枚の絵から絵本を作る授業でした。週1回の授業では毎回プレゼンテーションを行い、学生や先生の意見を聞きながら、1冊の絵本を仕上げました。(VCDでのプレゼンテーションについて)
VCDは、私のそれまでの意識を大きく揺るがしたと思います。自分自身が何かを作る、生み出す、制作することに「デザイン」という言葉が関わってくることは、とても意外なことでした。デザインというと、製品化するためのものを作る、というイメージがあったからです。例えば、ロゴマークや洋服が、その例だと思います。どこか他人事だった、というとしっくりくるかもしれません。
もちろん、1年生でデザインIという授業を受けたときに、かっこいいものを作ることがデザインではない、と知ってはいるのです。でも、理解することはとても難しく、1年かかってしまいました。
例えば、「読む人をあたたかい気持ちにさせたくて、この紙を選んだ」というだけで、それは「デザイン」なのだということ。
それが分かったときに、それこそ今まで嘘をついていたような気がして、うしろめたくなりました。VCDが楽しくて楽しくて、本当は作りたいんだろ!と、誰かに言われているような気がしました。
そんなときに、ほぼ日刊イトイ新聞で、糸井重里さんと佐藤可士和さんが対談している記事を見つけました。ずばり、「デザイン」について話しています。
その中に「幼稚園の電通みたいなところ」という表現が出てきて、少なからず教育に関わっている私は、目をひかれました。
対談の中に出てくるのは、ジャクエツという会社。新卒採用のページを見てみると、「おそらく皆さんの普段の生活で『ジャクエツ』という会社の名前を聞くことは少ないかもしれません」とあります。実際、私も知りませんでした。「幼稚園の電通」なんて言葉も初耳。
こういう会社を知ったことで、そうか、こういうやり方もあるんだ、と分かりました。
私の中で、交わらない点だと思っていた、「デザイン」と「教育」。こんなところで交わるんだ、と思いました。
もちろん、だからといってここに就職したい!とは(そんな簡単に)思わないけれど、「デザイナーになりたい」とは思い始めました。思い始めたというか、うしろめたさも限界というか。
以前にも書きましたが、デザイナーはスーパーマン、あるいはタキシード仮面、紫のバラの人だと思います。うーん、ちょっと違うかな。
でも、私は「デザイナーになりたい」だなんて口に出すことこそがうしろめたいのです。
なぜかというと、私はとても気配りが下手だから。空気を読めない人だから。人が困っていることに気づけない人だから。
そんな自分が嫌で、アーツプロジェクトをまだ保留にしているという、さらにだめな学生です(アーツプロジェクトは芸術文化学科の教職履修者必修です)。
それが分かっているから、何となく口に出すのもおこがましい。
デザイナーという人たちは、本当に気配りが上手です。去年の芸術祭での森本千絵さんの講演で、それを強く感じました。森本さんは、講演中に学生からメールを募集しました。芸祭の日限定の携帯電話あてに送れる仕組みです。直接森本さんに聞くのは恥ずかしいことも、メールでなら聞けるでしょ、と言って、森本さんはメールアドレスを教えてくれました。ムサビ生は恥ずかしがりやだから、とも言っていました。
恥ずかしがりやのムサビ生代表な私は、さっそくメールを送りました。いくつかのメールは講演中に紹介されましたが、私のメールは読まれることなく、講演会は終了。特に気にすることもなく家に帰っていると、その途中で、携帯にメールが来ました。森本さんから。
私はびっくりしてしまって、ためらうことなくメールを保護しました。笑
まさかあの森本さんからメールが来るだなんて思っていなかったので、びっくりするやら、うれしいやら。しかし冷静になって考えてみると、これって、賢い。「気配り」だなと思います。
私は、こういうことが苦手です。誰かの、ちょっとした隙間に入り込むこと、とでも言ったらいいのでしょうか。
例えばDTPの授業で作ったものやプレゼンも、「私が私が!」となってしまっていて、自分以外の人が受け取るときのことを、意識して考えてはいなかった。それは最低のことだと思います。
また、自分はそういう「最低」なデザインによく批評を加えるから質が悪い。出来ない人ほど言うんですよね、そういうこと。
この間、芸文の友だちに「とりこちゃんはやさしいね」と言われたけど、私は全然やさしくなんてありません。かしこくもありません。いろんなことに気づけません。
でもだからこそ、デザイナーに憧れるのかなあ、とは思います。
それはもしかして、職業として憧れるのではなくて、人として憧れているのかもしれません。
私がプレゼンをすると、なぜかみんな笑います。それが、「笑われている」のではなくて「笑わせている」にならなくてはいけない、と先日書きました。そういうものが「作りたい」のかなあと、このところ思うのです。そしてそれは、「デザイン」だなあと。
ここまで来るのにずいぶん字数を費やしてしまいました。
もごもごしているのです。
私は何者になってゆくんだろうと。
例えば来年から始まるゼミのこととか、卒業論文・制作のことを考えると、「あれ、私って何をやればいいんだろう」と思ってしまうのです。
「先生になる」っていう思いはあったはずなのに、それを芸文という場所にうまく返してくることができない。そして、就職という場に持っていくことができない。
私はどうやったら生きていけるんだろう…と思うこのごろです。
ではまた明日。
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大丈夫かな

こんにちは、みちくさとりこです。
今日は、いつもながらの日曜日。ちょこちょこと細かいレポートを終わらせつつ、ただただだらける日曜日。
最近マンガを全然描いていなかったので、21歳の目標とともに、どーん!
20歳になるときは、なぜだかわくわくの方が大きくて、「成人」という意識がありませんでした。成人式もやったし、選挙にだって行ったのだけど、それはただ向こうからやってきただけで、自分から「大人」になった、というわけではなかったのだと思います。
21歳になる前は、21歳になるのが嫌で嫌でたまりませんでした。ちゃんとは分かっていなかったけれど、自分でちゃんと「大人」を受け止めて、それにならなくてはいけないのだと、肌で感じていたからです。
例えば高校の友人たちは今年3年生になり、就職活動についていろんなことを考え始めています。教職を取っている友人たちは、教員採用試験や教育実習に向けて具体的に動いています。短期大学や専門学校を出た人の中には、もう働いている人だっています。
私はそれを見聞きしながら、私も大学を出たら働かなくてはならないのだと実感し、しかしその前に、「自分の働く場所」をどうにかして見つけなくてはならないのだとも思い、ようやく落ち着いたこの場所から、もう離れることを考えなくてはいけないのだと、暗いくらい気持ちになっていたのです。
でも、そんな気持ちになっているばかりでは仕方なくて、その場所に向かって具体的に努力しなくてはいけないのだ、と、昨日ようやく理解できた気がします。きちんと。
悲観しているばかりではどうしようもない。むしろ、大学受験をしたときより、行きたい場所がはっきりしているかもしれない。
結膜炎は、薬の効果もあり昨日よりは落ち着きました。
さすがに昨日の夜、ぼつぼつを確認してしまったときは、どんよりしました。よ。
ではまた明日。
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