カテゴリー:-f.その他

反面

土曜日は、英語の授業があります。
その授業は、予習をしていくとポイントがたまる仕組みになっています。していかなくても減点にはならないのですが、していくと学期の最後にうれしいことが起こるんです。
ということで、英語がとんでもなく苦手な私は、前期から毎週、予習をつづけています。テストでひーひー言うより、予習で辞書とにらめっこする方が、いくぶん楽そうですもん。
もうね、ここまでくると、自棄なんです。やらなかったらそこで試合終了だ…!みたいな。


前期のうちはみんなやる気があったのか、ほとんどの人が予習してきていて、当てられる(予習していくと日本語訳で当てられます)回数も少なくて済みました。
ところが後期になってみると、メンバーが替わったせいもあり、予習をしてくる人が激減。
私と、もう2人しか、確実に予習をやってくる人がいなくなってしまったのです。
もちろん当たる回数は激増。
そして、悲劇は起こりました。


今朝、教室に行ってみると、そこには誰もいませんでした。
…しかし、これは毎週のこと。あまり心配せずに待っていましたが、授業が始まる時間になっても教室には2人きり。
しばらくしてぽつぽつと人が集まり、5人くらいになったところで授業開始。


…あれ?ちょっと待って。


いつも予習をやってきてくれる残りの2人がいない!!!


こりゃあ大ピンチです。今日の予習範囲は難しかったから途中でわけのわからない日本語が挟んであるというのに…
(「その非常に周到で無秩序な視覚的瞬間に私が見たのは登録されて正確であたかもそれが致命的なように私には見えた」という、まるっきりの直訳、にもなっていない)
最初のパラグラフ、次のパラグラフ、そしてまた次のパラグラフ…
4回、5回と日本語訳をしても、いつもの2人は来てくれませんでした。


結局、授業の最後まで日本語訳をしたのは私ひとり!(あと先生)
私だって、英語得意じゃないんだーい!


でも、最近思います。
高校生のときの、不真面目な自分。だらだらしてた自分。予習なんて一度もやったことなかった自分。
今じゃ信じられませんが、そんなだめだめ高校生だったのです。わたくし。
そのときのつけ、というか、周囲の怒り、が今に返ってきてるんじゃないかと。
やっぱり、がんばるときはがんばらねばならないのです。と思います。
高校生の自分を反面教師に、やっている大学生です。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

テキスタイル/臈纈染めを終えて

20070929.jpg


今はとにかく、終わらせた、という気分です。
全部で7つの作品を作りましたが、本当に気に入ったのは、1つだけ。
もちろん、すべてを成功させるなんて不可能なのだろうけど、私から見た他の人の作品はどれも完成されていて、自分がとてもしょんぼり思えた。


3週間をまとめたプレゼンテーション(=ポートフォリオのようなもの)の最後のページが偶然余ったので、今までの感想として、2ページのマンガを描いて提出した。
先生もクラスメイトたちも、なぜかそれにすごく興味を持ってくれて(多分、文字が多かったからだろうけど)、うれしいような、それはテキスタイルじゃないぜと切ないような。


他にも、ドローイングからの展開として写真を撮ったのですが、それも「面白いね」と先生。
やっぱりテキスタイルじゃない。うれしいけどかなしい。


ただ先生に、「みちくさはもう2回会ったからきっと忘れない」と言われたことが、とてもうれしかった。
私がどうしてマンガを描いてるかといったら、忘れてほしくないから。どうして先生になりたいのかといったら、忘れてほしくないから。私はテキスタイルの先生たちのことを、ずっと忘れないだろう。


今回の授業は、日本画学科・油絵学科・芸術文化学科の教職履修者対象の授業だったので、普段はあまり会うことのない、いわゆるファイン系の人たちと会えたことが、とてもよかった。
この人たちは何を考えてるんだろうと、いい意味でも悪い意味でも思ったし(それはもちろん、あちらもそうなのだろうけど)、普段から制作している彼らの姿や言葉は、私にとってとても貴重なものだった。
「死んでも作家になる」「作ってないと死んじゃう」と言っている人たちがいて、そういう言葉がするりと口から出てくることの、すごさを思った。


私は何をしたいのか…
分かっては捨て、分かっては捨て、そればかり繰り返している。
私のやりたいことは、本当にこの社会に役立ってくれるのだろうか。


このごろ、10年後を考えるようになった。私は31歳。
昨日婚姻届を提出したイノッチ(ことV6の井ノ原快彦さん)と同い年…
(それにしてもTOKIOの立場はどうなるのだろう…)
イノッチに限らず、私の憧れる人たちは皆、30代を迎えている。
何かが起こるような気がしてならない、10年後です。
そのためには、今をちゃんとしないとな。


さあ、そろそろ寝よう。
ひさしぶりの、何も考えない夜。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

本日のテキスタイル 9/14

映画史概説の授業で、『鴛鴦歌合戦』という映画を見た。


鴛鴦歌合戦鴛鴦歌合戦
片岡千恵蔵 市川春代 志村喬

日活 2005-12-09
売り上げランキング : 32292

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


詳しい解説は次週なので、ちょっとした感想だけ。


主人公のお春の家は、傘を売って生計を立てている。
外で傘を乾かしていたところ雨が降ってきてしまい、お春は、思いを寄せる禮三郎とその傘を取り込む、というシーンがあった。
その時、まるで空が曇っていなくて、影もくっきりと映っていたので、あらら、と思って見ていたのですが、ふと、「きつねの嫁入り」という言葉を思い出しました。要は天気雨のことなのだけど(実際、映画の中では「なんだ天気雨か」というようなセリフを言っている)、あのシーンは、お春が禮三郎のところに「嫁入り」するということをさりげなく表しているのかななんて、思いました。


これはまるっきり個人的な感想で、この時代にミュージカル映画をやってしまっていた、というのが、この映画のすごいところ。
今見ても、200人からくすくす笑いが漏れるくらい、面白いのです。
話の流れはべたべたなのだけど(まるく収まる)、バカ殿様の家来たちが鼓や鉦や笛でジャズをやってしまったり、町で人が歌い始めてしまったり…
ツボをついてくる面白さ。


家来たちのジャズは、ちょっと、ドラマ『竜馬におまかせ!』(私の人生で1番好きなドラマ。多分)の「荒木三太夫らぐたいむばんど」みたい。


白黒映画なのに、色がちゃんと分かるのも不思議だった。


来週の解説を聞くのが楽しみ。
そうそう、ちなみに私は、『真田風雲録』という映画が大好きです。


真田風雲録真田風雲録
中村錦之助 渡辺美佐子 加藤泰

東映ビデオ 1996-12-13
売り上げランキング : 13467

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


こちらは1963年の作品。ミュージカル風の、コメディです。


今日のテキスタイルは、臈纈染めのロウを落とす、「脱ロウ」という工程について勉強したあと、自由制作。
(テキスタイル工房にお邪魔するのは、どきどきする。テキスタイル専攻の学生たちは、とてもおしゃれでかっこいい)
1枚、色がぐじゃぐじゃになってしまって、どんよりとした気持ちになる。染料を、もっと濃くすればよいらしい。明日、試してみよう。


放課後、少し残って制作しようと思っていたのだけど、あまりの眠さに断念する。
今日は、早く寝よう。
眠いと、考えも整理されずイライラするばかりで、本当によくない。
悪循環だけは、避けたい。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

本日のテキ 9/13

なんだか、のどのあたりが狭くなっている気がします。
いつもの風邪、とは違う。呼吸がしづらい感じ。
スプレーのりを使ったのはこの間のことだし、多分違うだろう。
どうしたものか、私の身体。


そんなことはひとまずどうでもよく、今日のテキスタイルの話。
今日は、大学院生向けに開講されている授業を、こっそりと1時間、受けてきました。
題材は、NHKの番組、「課外授業 ようこそ先輩」
取り上げられていたのは、染織家・辻けいさんでした。
ご本人のサイトがないので説明が私の言葉だけになってしまうのですが、辻さんは、ご自身の作品を川に流してみたり、山から垂らしてみたりする、「フィールドワーク」を行っていることで有名な作家さんです。
私は辻さんを知らなかったので、おお、すごいすごい、と記録映像を見ていました。
彼女が小学生向けに行ったのは、「自分の色を探す」授業。辻さんは天然の染料を使って作品を作っているので、まずはそれについての説明を実演でしてみせたあと、児童ひとりひとりに、染料となるようなものを持ってくる宿題を出します。
次の時間、梅干しやらビーフシチューのルーやら、からしやらキャベツやらを、ぐつぐつと煮立てて白い布を染めてみる。
1つとして同じ色はなく、でもどれもとてもきれい。布にサインをしましょう、という辻さんの言葉に、「サインなんていらない!」と言ってしまうくらい、子どもたちはその布が気に入っていた、様子。
なるほど面白い、と思って見ていましたが、実際の小学校の授業で同じことをやるのはなかなか難しいとのこと。火を使う、水を使う、そこがポイントなのだそう。確かに、そうです。


授業のあと、感想を求められた私は、自分が小学生だった時、染織の体験などなかったことを話した。
朝顔の花から作った色水でハンカチを染めたような記憶はあるのだけど、それが「染織」という、特別な体験だという意識はなかった。朝顔だけで完結していた、と言ったらいいのだろうか。他の何かで染めよう、と思ったことはなかった。


けれど考え直してみれば、私は「織」も小学生の時にやっている。
ベニヤ板をきこきこと切り、角材を打ちつけて、簡単な機織り機を作った。
そこに毛糸を通して、ふわふわしたマフラーを作った記憶がある。
私はその作業がすごく好きで、家に機織り機を持ち帰って、自主制作をした。


そんなことがあったのに、それが無意識でしか今につながっていないことを、とてももったいなく思う。
もしその時、私が布を生み出す楽しさに気づいていたら。
私は今テキスタイルをやっていたかもしれない。
もちろんそれは後悔なんかではなくて、もしかしたら、の話。
ただ、可能性を見せられない図工・美術の授業は、確実にあるのだなと、今日感じた。


なんだ、私は昔から、布が好きだったんじゃないか。


授業時間の減少によって、染織の分野は家庭科にも託されている。
実際、私も家庭科の時間に絞り染め・藍染めをやった。(そういえば、その時も課題以外の自主制作をしていたなあ…)
それから、移動教室に行った先で、草木染めもやっている。
なんだかんだ、私は染織に触れていたのだ。


そんなことを思い、そして今私がここにいる意味を考えた。


そうそう、それから。
先生と生徒って、いつまでも先生と生徒なんだなって思った。
どうやったって、越えられない。


それにしたって、じゃあこれから自由制作です、と言ったとたんに、教室から2/3の人がふらりと姿を消してしまうのはどうなんだい!
テキスタイルは、終わりませんぜ。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

油断大敵

今日のテキスタイル。


とにかく調子が悪かった。
いろいろいろいろ、あったのだけど、最終的に自分の着ていたTシャツに染料をつけてしまったときは、がくがく、となりました。
家に帰ってきて洗ってはみたけれど、ほとんど取れず。当たり前。
仕方がないのでお手紙を書くかわりに、友だちからもらった小さいアップリケを貼りつけてみようと思います。


それにしたって、人に迷惑をかけるのはいただけないです。本当に申し訳ない。
心が広くありたいし、心配りができる人でありたい。


今週中に染めねばならない3枚の布、うち2枚はだいたいのイメージがつかめる。
もう1枚は、いちばん上手くいきたいのに、どうしてもうまくいかない。
どうなる、ことやら。始まりが上手くいかないものこそあとで楽しくなるという、みちくさジンクスを今!


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

テキスタイルと、15歳だった私の今日

まだ火曜日なのに、もう金曜日くらいの気持ちな、みちくさとりこです。
今日は、私が今受けている、テキスタイルの授業のお話。


去年のテキスタイル(造形総合科目といって、他学科の授業が履修できます。1年生の教職履修者は工芸の授業を取らなくてはいけなかったので、私はテキスタイルを選びました)はシルクスクリーンだったのですが、今年は「臈纈(ろうけち)染め」。「臈纈」は「蝋けつ」と書くこともありますが、「天平の三纈」=臈纈・纐纈(こうけち・絞り染め)・夾纈(きょうけち・板で布をはさむ)の1つなので、「臈纈」と書くのが本当だろう、と思います。(天平時代からある技法、ということです)
簡単に言ってしまえば、クレヨンで描いた線の上から、水彩絵の具を乗せるのと、同じ要領(と、先生がおっしゃっていました)。蝋で描いた線の上を染料でなぞると、蝋の部分だけ染料をはじき、それ以外のところは染料が布に定着する、というわけです。
今日はその練習ということで、色見本を作りました。綿のハンカチを15等分し、その線を蝋で書きます。そこに、15色の染料を0.3%の濃さにしたものを、くるくると置いていきます。横に15列、それが終わったら、0.7%で縦に15列。そうして、1%の色が完成します。


明日で色見本づくりが終わり、本番の制作に入ります。
参考作品を見たり、臈纈染めとはまったく関係のないテキスタイルアートの作家さんの作品を見たりしていると、私は本当に布というものが好きなんだなあ、と思います。
こんなにわくわくする素材に、会ったことがないような気がする。
最近、とある若い作家さんの作品が、とても好きになった。その人は普段から布を使うわけではないのだけど、時々、作品の中に布を登場させる。
それを全然知らないときに、その人の作品をサイトで見ていて、ふと惹きつけされた作品の素材を見てみたら、布だった。全部というわけではないのだけど。
その時に、ああ、なんだそういうことか、と釈然とした。


そういえば。
私は成人式で友禅の着物を着たのですが、臈纈はそのもっと以前からある技法なのですね。
この春休み、とあるデパートで行われた工芸品展に、足を運んだ。実演もあるということだったので、いろいろと巡りながら。
その時に、名古屋からいらした友禅の職人さんに会って、ちょっとだけ染めさせていただいた。うまいねうまいね、と言われて、なんだかうれしかった。名刺もちゃっかりといただいて、いつかうかがいますね、と言った。
それより以前に、こちらもとある駅の中にある工芸品センター(という名称だったろうか…)で行われていた陶磁器の展示にも行った。そこで備前焼の実演をしていた方とお話をしたら、何とその人がムサビ出身の職人さんをご存知とのことで、紹介していただいた。私は電車に飛び乗ってその人のところまで言って、またもや名刺をいただいて、いつかうかがいます、と言った。その人は、休みになったらぜひ来てくださいね、とにっこりしながらおっしゃった。
それがずっと心残りで、とにかく近いうちに、名古屋と岡山には行かねばなるまい。
話はずいぶん飛びましたが、何というのだろう、工芸に関わる人たちというのは、どうして私と彼らの間にあるものなど、軽々と飛び越えてしまえるのだろう。
それは、「懐が広い」なんていう言葉で表現することもあるけれど、そんなものを感じて、それに全然無理がなくて、私はいつも、すごいなあと憧れる。


それにしたって、私は自分の作品の先が、まったく見えていない。
シルクスクリーンのように型から展開していくわけではないので、一から描いていかなければならない。
これは、困った。
でも、布を触って動く部分は、去年と変わっていないように思う。
何というのだろう、コンクリートにできた水たまりを、上から覗いたときの気持ち、とでも言えばいいのだろうか。そんな気持ちになる。


9.11から6年が経つ。
あまりテレビや新聞で話題になっていないようだけれど、私は、9.11が私に「美大」という選択肢を示したのだと、何となく感じている。
この日は台風が関東に上陸して、私の通っていた中学校は、1日休校になった。


朝、台風のニュースを見ていたら、その合間に、MTV Video Music Awardsで賞を取ったというミュージックビデオが流れた。
それを見て、私はびっくりしてしまった。
その年の夏、私は約3週間の日程で、オーストラリアにホームステイに行った。ホストファミリーのお兄ちゃんが音楽好きで、お休みの日にはいつもMTVを見ていた。そのホスト兄が見せてくれたのが、'N Syncというグループの「POP」という曲のビデオだ。
それがもう、とにかく格好良くて、でもその時には誰の何という曲だか分からなくて、聞くことも出来なくて日本に帰ってきてしまった。
そのビデオが、まさしくそのビデオが、台風ニュース真っ只中のテレビに流れたのだ。
とにかくびっくりした。グループ名と曲名を叩きこんで、忘れないことにした。


その日、午後にはもう晴れだして、なかなか行けなかった病院に行った。その少し前から胃が痛くて、これはどうやら検査したほうがいいらしい、ということになったので、胃カメラの予約を取りに行ったのだった。


家に帰ってきて、おやつを食べてごはんを食べて、AFNを聞いていたら、楽しげな音楽が急に、せっぱつまった声のニュースになった。
私は何をやっていたのかその手を止めて、リビングに行った。
そうして、あの光景が私の目に飛び込んできた。


でも私が何より鮮明に覚えているのは、あのビルから散った大量の紙だ。
そこにはどんなことが書いてあったのだろう、分かるわけもないけれど、誰かが確かに触れた、書いた、読んだ、その紙が、ぎょっとするくらいのすがたで、散っている。
それがずっと忘れられなかった。


しばらくののち、あの日のニューヨークの映像を撮った兄弟のドキュメンタリーを見る機会があった。テレビで放送されたものなので、ご覧になった方もいらっしゃると思います。
その時に、あのビルを見ながら、そのもとに集まった、多種多様な人々。みんながみんなの言葉で驚き、嘆き、助け合う。
その様子を記録した映像を見て、そしてその中にも映っていたあの紙を見て、中学3年生だった私は、映像ってすごいな、と思った。


9月11日がめぐってくるたびに、そのことを思い出す。
最初に、映像のすごさに気づいたミュージックビデオ。その名前を知った日の、あの出来事。
残すことの力を知った。


そんなことがあってから、私は美大に行くことにした。
少なからず、日本の小さな私にも、あの出来事は影響を及ぼしている。


話がずいぶんとテキスタイルから飛びましたが、今日、話さなくてはいけないと思ったので。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

テキスタイル始まった

今日から、テキスタイルの授業が始まりました。


席について、出欠を取っていた時、先生に、「君、去年もテキ取ってたよね?顔覚えてる」と言われ、ほんとうにびっくりした。
まさかまさか、どんどんやってくる他学科の学生の顔なんて、覚えていないだろうと思っていたので。
しかも、その先生には1回か2回しか、習っていないのです。だからとにかく、びっくりした。


「どうしてまたテキを取ろうと思ったの?」と言われて、「去年つらかったので今年は別のものにしようと思っていたのだけど、参作を見たらやっぱりやりたくなった」と答えた。


家に帰ってきて、そういえば私が本当に「先生になろう」と思ったのってテキの授業を受けてからだな、と思った。
テキの先生たちは、人のすき間に入ってくるのがほんとうに上手い。いろんな邪魔ものをひょいひょいと飛び越えて、こちらにやってきてしまう。
去年、それにびっくりしてどきどきして、こんな先生になりたい、と初めて目標となるような先生に出会った。
今年になっても、それは変わらない。というよりむしろ、教職を目指す人ばかりがいる授業だからこそ、そういう視点で見ようとするし、先生も見せてくださる。
「教職だから厳しくします」と言われて、実際その通りで、でもそれがとてもありがたい。否が応でも、「先生の視点」を持つことになる。
去年の最後の授業で、「将来は何になるの?」と聞かれ、「美術と工芸の先生になりたいです」と答えました。そのころは、まだはっきりとした行き先が見つかっていなくて、その場かぎりの答えだったように思う。
それに対して先生は、「今、染織を教えている先生は減ってきているから、ぜひそういう先生になってください」とおっしゃいました。それを聞いて、そうかあ、と思ったものです。


それにしたって、今日、ようやっと芸文の研究室とどうにか馴染めたような気がする私は、先生になった時にもこのペースを保つのでしょうか。保てるのでしょうか。保ってよいのでしょうか。
ほんとうに私は、人と、ゆっくりゆっくり知り合いになる人なんだなと、思いました。
でも、ちゃんと相手のことを見ていたい。相手とちゃんと向き合う人になりたい。
と、いうよりは、それしかできないのかな。
また、教員というものについて、考えに考えることになりそう。


それにしても不安なのは、去年と今年で比べてしまうこと。
やることは全然違うのだけど、ただプラスになっただけではなくて、マイナスになることもあるだろうから。
そのマイナスに出会ったとき、自分はどう感じるのかな、というのが、不安、そして怖い。


今年は去年より要領よくやろう、と思うのが、いいことなのか悪いことなのか、判断つきかねる。
それにしたって、寝るのがうれしい3週間の始まり、である。


日本テレビの「未来創造堂」という番組で、ムサビが取り上げられるそう。
12下と呼んでいる食堂は、第2食堂というのですね。びっくり。1年生の時から12下(12号館下)と呼んでいるのに。不思議。


12下で現在行われている、視覚伝達デザイン学科の「レシピ展」。こちらも、見なくては。気になるあの人のものを。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

夏の終わりの回転体

今日は、回転体実習の講評でした。
学校が始まってから、わずか1週間で講評。ムサビの授業は、だいたい1か月サイクルで動くので、これはもう異例の早さです。
(私にとって)問題のレンダリングは、「うん、まあ、頑張ったあとは見えるね」という、せつなーい一言で評された。何にせよ、デッサンの勉強はせねばなるまい!


実は、昨日の夜が大騒ぎだったのです。
我が家で唯一の理系である父に、「ねえねえ、この形にこっちから光を当てたらどんな影が出来るの?」と聞いてみたところ、「じゃあ、紙で作ってみればいいじゃないか!」と張り切りだし、勝手にコピー用紙をちゃかちゃか切って、ひょいひょいと形を作って見せてくれ、私が懐中電灯を持ってきたら電気まで消してくれたのです。笑
そこまでお願いするつもりはなかったのに!娘に頼られて、うれしかったんだろう。お父さん。
しかし、「こうやって溜めこむから苦労するんだよ」という言葉には、「だってこの課題出たの一昨日だもん!」と娘らしい反発をしておきました。ぷんぷん。
この話を友人たちにしたら、みんな、「いいお父さんだね」「面白いお父さんだね」と言っていました。言っていましたよ、お父さん!
うちのお父さんは、娘に昭和のギャグを教え込むようなお父さんです。
描いたレンダリングを見せたら、いくらか注文がついたり。最後には、「うん、まあ、いいんじゃないか」。
時すでに夜中の1時。ありがとうお父さん。そしてこれからもどうぞよろしく!


講評はとんとんと進み、とても気持ちがよかった。
作った石膏は家に持って帰ってきて、今ベランダで乾かされています。
袋に入れて電車で運んだのだけど、土曜日ということもあり、足もとをちょろちょろする子どもたちが脅威でした。どきどきしながら抱え込む。


来週からは、テキスタイルの授業が始まります。
疲れるだろうけれど、楽しみ。がんばろう。


今日は、低気圧のせいかとても疲れた。
家に帰ると、母もぐったりしていた。
歩いていたら、サンダルの底がもげた。


夏も終わります。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

明日はどっちからだい?

外は、すごい雨と風、のよう。すりガラスからは向こうがわをうかがい知ることができないので、聞こえてくる音と、テレビの中継を見てそんな気がします。


今日は、すべての学生が午後5時までに大学を出るようにとの指示があり、回転体実習も早々と解散になりました。ひとまず、立体を作る作業は終了していたので、ほっとする。
あとは、レンダリングと呼ばれる、静物デッサン、想定デッサンのようなものを描くだけ。


しかし、これが多くの芸術文化学科の学生にとって、大変!
芸文はデッサンの経験がなくても入れます。それは、良い面もあり、そうでない面もあり。
黒のイラストボードに白の色えんぴつで立体を描いてください、光の当たる方向は各自で考えてね、と言われても、まったくデッサンを描いたことがない私のような学生は、戸惑うばかりなのです。
もちろん何とかやりますが、多分、自分の考える形を紙粘土で作ってみてからかしら…、なんて。
困ったなあ。


私は教員採用試験を受ける予定でいて、だとするとデッサンは確実に出題範囲。これは、去年からの私の懸案事項です。
採用試験はあきらめようかと考えたこともあったのですが、美術教育を勉強していくうちに、これじゃさすがにまずい、と思うことが増えました。だったら、選択の幅を広げる意味でも、デッサンは勉強しなければならない、と考えています。
考えては、いるのですが現実は…、うーむ。


それにしたって、明日の授業はどうなるのかしら。吉報を待て!
午前の授業は好きな授業だから、本音を言うと休講になってほしくないのだけど。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)


※実は、四輪駆動さんらしき人を、回転体実習の教室で認識している、みちくさとりこでした。

毎日が音を立てて動く

こんにちは。


今日から後期が始まりました。私は、午後からの登校。
約1か月半ぶりの大学は、おそろしいところでした。
人が行き交う中央広場で、半泣きになる。人の波が怖い。
今私の周りにいるのは全員美大生なんだ!と思うと、冷や汗が出ました。
そんな美大生が書くブログです。どうぞこれからもご贔屓に。


やっとの思いで世界堂に辿りついたとき、目に飛び込んできたのは鷹の台ホール(食堂)の蛍光灯!
前期の終わりくらいからずっと工事をやっていたのは知っていたけれど、まさかあのムサビ名物とも言える電灯(マンガ「ハチミツとクローバー」にも出てくる、まるい電灯)が、まっすぐな蛍光灯に変わってしまうとは。にわかには信じがたく、しかし人の多さに、仮のものかどうか確かめることも出来ず。やはりあれは、もうああいうものなのでしょうか。


午後からの授業は、教職履修者に開講される、「工芸制作」。
去年テキスタイルを取ってすごくつらくてでも楽しかった工芸の授業。つらかったのは、「プレゼンテーション」と呼ばれる冊子の制作。授業の成果を1冊の本にまとめる作業は、深夜3時にまで及び、私は連日へろんへろんだった。
だから今年はテキスタイルぜったいやめよう!と思っていたのに、結局テキスタイルを選んでしまった。参考作品を見たら、心どころか身体ごとぐらんぐらん揺さぶられた。
どうぞ、今年もよろしくお願いいたします。


その「工芸制作」、明日から土曜日までは、コースごとの授業ではなく、「回転体実習」という、みんないっしょの授業。
詳しくは、順を追って説明しますね。ひとまずは、明日までにどんなものを作るか考えていかなくては。
既に眠れぬ夜は始まっているのです。いやはや。


そうそう、プリントアウトした成績表は、何とか親孝行できそうな内容でした。
後期も頑張りますと、当たり前のことを書き記してみます。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

I only have eyes for you.

こんにちは、みちくさとりこです。


今日は、今期の授業でいちばん好きな、「映画史概説」の授業がありました。先生の話し方が計算されていて、ぶれがないので好きです。もちろん、映画史そのものも。
私は映画をほとんど見ない人なので(残念ながら、この授業を受けるようになってからも、見る本数が飛躍的に増えたわけではない)、もしかすると映画が作られ始めたころの人たちと同じような気持ちで、ひとつひとつの作品を見ているのかも知れません。私の方が、比較する作品が多くて有利、なのかな。
今日はミュージカル映画を見ました。バスビー・バークレーという、もともとはブロードウェイで舞台の振付をしていた人が監督した作品や、フレッド・アステアという、50年代の二大ミュージカルスターの1人の出演している作品や(ちなみにもう1人は、「雨に唄えば」のジーン・ケリー)。
バスビー・バークレーの作品は、すごくすごく私好みでした。先生曰くの、「ミクロとマクロの世界を行ったり来たりする作品」。「百聞は一見に如かず」と先生もおっしゃっていましたがまさしくその通りで、家に帰ってきてから母親にこの映画の面白さを説明するのはひと苦労でした。ブログでも然り。
人の目の中から人が出てきたり、人の顔がスカートになったり…、ってほら、全然分からないでしょう??
でも、私は何だか泣きそうになって見ていました。人間の身体のきれいさは、私にとってとても気持ち悪いもので、だからとても好きで、気持ち悪さと思いの強さに、すっかりやられてしまうのです。
機会がありましたら、ぜひご覧ください。私も全編通して見てみたいです。


ちなみに、バスビー・バークレーの作品は、「人がうじゃうじゃ出てくる」「ミクロとマクロの世界を行ったり来たり」といった「お約束」が飽きられてしまい、かなり早いうちに廃れてしまったんだとか。
「お約束は飽きられるのが早い」という言葉が印象的でした。
落語とか、吉本新喜劇とか、お約束なのに飽きられてないものって、バスビー・バークレーの作品と何が違うのだろう。なんて考えていました。


日記のタイトルは、「泥酔夢」という映画に使われていた曲から。名文だと思う。
受験生の皆さまは、どう訳すといい感じになるのか、考えてみるとよいかも。


ではまた明日。


michitori@hotmail.co.jp

かばんを買いました/共通絵画について

こんにちは、みちくさとりこです。今、この記事を書き上げて確認している時に、バッテン印をクリックしてしまい、水の泡を実感しました。がっくり。「ちょくちょく保存!」の反省が、まったく生かされていない…


一昨日、「明日は共通絵画について書きます」と言ったのですが、はしかの予防接種にすっかり気を取られてしまいました。ごめんなさい。
そんなわけで、今日は共通絵画の話…の前に、新しいかばんを買った話を。


私のかばんは、ものすごく大きいです。いろんな人に、「子ども入ってる?」「肩大丈夫?」「何を入れるとそんなに大きくなるの?」と言われるくらい。
私は、かばんが大きいこと(ぱんぱんなこと)=かっこいいこと!と、理由もなく小さいころから思っていたのですが、世間では「かばんが大きい=バカっぽい」なんてイメージもあるようで…(荷物の整理が出来ない人と取られるよう)
それを気にしてのことではないのですが、あまりの重みに今使っているかばんが耐えきれず、壊れてきた部分があったので、新しいかばんをこのところずっと探していました。
ただ、私に買える値段で、気に入る作りで、ある程度の大きさがあるものがなかなか見つからず、なるべくかばんを軽くするよう努力していた最近でした。
しかししかし、今日!いつも降りない駅で電車を降りて、ふらりと入ったお店で、ばっちりくるかばんを見つけてしまいました。容量は今使っているものより少し減るけれど、ちゃんと肩にかけられるし外にポッケがついているしショルダーにもなるし、マチがたっぷりあるので、これにしてしまおう!と購入。これを機に、荷物を少し減らそうかな、と思っていたのですが、どうやら減らさなくても大丈夫そう。…あら。


さて、共通絵画の話です(共通絵画とは)。デザイン情報学科の人は、今日で終わりだったようですね。どうでしたか?芸術文化学科の皆さんは、来週から共通絵画です。今の心持ちは?
去年の私は、ものすごくびくびくしてオリエンテーションを聞いていました。先生たちは怖そうだし(最初はそう見えた)、少人数のクラスに分かれるし、そもそも私、「絵画」なんて無理…!と思っていました。
何しろ私は、デッサンをほぼ未経験で大学に入ってしまったので(受験科目は国語・英語・小論文)、「デッサンの出来る人恐怖症」だったのです(なのです、かもしれない)。
高校の時、すこーしだけデッサンをかじりましたが、そもそも石膏像が画面に入りきらず、瓶をモチーフにすれば気に入った瓶だけをがじがじと描いてしまい、トマトを描けばそのつるぴかっぷりばかり描き込んでしまい、先生にあきれられたものでした。
その恐怖心がなかなか拭えず、それでも「絵画」と付いた授業は受けなくてはならず、私は半泣きでした。
ところが、それまでの参考作品のスライドを見せられた時、「あ、なんかやれるかも」と、根拠のない自信がふわふわと湧いてきました。確か、空間演出デザイン学科の人が以前に作った、人体をモチーフにした作品だったと思います。あまり記憶にないのですが、布をぐるぐると巻きつけて作ったようなもので、これ好きだなあ、と思って見ていました。


オリエンテーションの後、すぐに第一課題のモチーフである岩を運びました。その時には、もう何をやりたいかが決まっていた気がします。実際、その時使っていたクロッキー帳を読み返すと、「布を使う」という方向は決まっていたようです。
私は岩を運んだ時、「淋しさ」を感じました。この岩は、どこから連れてこられて、どうしてここにいるんだろう、ひとりきりで、淋しそうだなあ、と。
それが、何となく「布」につながり、あ、古着を使おう、と思い、とある古着屋さんで安く古着を買い、次の日にはそれをバラバラに解体して、家から持ってきたシーツに縫いつけていました。
縫いつける過程で、その糸をひっぱると布がひっつれることに気がつき、そこからはずーっと、岩を観察しながら布で色を乗せていきました。
今考えれば、布を使うという手法は、「絵を描くのが苦手」と思っていた私の、最大の逃避だったのかもしれません。私の中には「絵を描くこと=紙に絵の具を乗せること」というような思い込みがあって、そこからどうにかして、逃げよう逃げようと考えていたように思います。
でも、逃げて逃げてしていたら、いつの間にかその布が、とてもきれいになっていることに気がつきました。とにかく、縫うだけ縫ってみよう、と思って、しばらく経ってふとその布から離れ、そして裏返してみた時に、ひっつめた皺が、ぶわっとするほどきれいだったのです。
それは、岩の感じている「淋しさ」と似ているのかな、と思いました。こんなにきれいなのに、岩はそれを見てもらえない。岩の中には、こんなものが刻まれているんじゃないだろうか、と思いました。
制作中に先生がいらした時や、講評では、そんなことを話しました。何をどうした、という解説をしたわけではなくて、自分はこの岩からこんなことを感じたから、こう考えて、この形になったと。
先生は私の話すことを聞いて、「だから芸文は面白いんだよなー」とおっしゃいました。「考えていることを言葉に出来る芸文は面白い」と。
それまで考えたことをひたすら言葉にしてメモし、でもそれに違和感を感じていた(絵画なのに言葉を書いていていいのか)私には、先生の言葉は意外でした。
先生と話すうちに、ぽろっと口から出てしまったことを展示の時にやってみたら、9号館下の展示室がおもーい空気に包まれましたが…笑
それでも、私の中の意識が、ぐるっと変わったように思います。


第二課題は「樹根」。岩と同じようにみんなで大きな樹根をアトリエに運び、周りを囲んで、私はいじいじしていました。その時に感じたことは「痛い」ということ。木はやわらかいイメージがあったけれど、実際に触ってみるととても痛い。すっかり乾燥しているのだから当たり前ですが、その時の私にはびっくりでした。
それをどうやって形にしよう、と考えて、ぱっと浮かんだのが「布を織る」ことでした。縦糸を麻ひもに、横糸を裂いた布(Tシャツ)にすれば、この痛い感じが出るのではないか。とりあえず、思いついたら即行動!というわけで、その日のうちにゴミ捨て場から材木を集め、織り機のようなものを作る。釘をがんがん打ち込んで、麻ひもを張り、裂いた布をからめる。
そうやって作業を進めるうちに、織っている布の裏を見る機会がありました。本当に織ることを専門にする人だったら、裏を見ないなんてことはないのでしょうが、私はそういうところがぽーんと抜けている人なので、しばらく経ってから気づきました。
そういえば、岩の時も布の裏側がきれいだった。先生にも、「裏を見せればよかったのに」と言われたくらい。よし、今回も裏を作っていこう。
そこからの作業は、縫うと織るの違いだけで、ほとんど一緒です。毎日早くにアトリエに行き、誰もいない時から作業を始める。みんながいそいそと道具をしまってお昼を食べに行くなか、淡々と作業を進める。私は作業が遅かったので、それは必要なことでした。
結局大小合わせて6つの織り機(的なもの)を作り、10号館の天井から吊して展示しました。
講評で言われた言葉。「心に残る仕事でした」。これが、すごくすごく、うれしかった。


共通絵画は本当に楽しくて、毎日朝7時半ごろ登校し、お昼も食べずに3限が始まる直前までアトリエにこもっていました。これはあまり健康的ではないのでおすすめできませんが…(ちなみに私はその時5kgのダイエットに成功。受験で太った分を取り戻しました。学科の人には、「カ■リーメイトばかり食べていると思われました。が、この春休み、ぐうたらしていたせいで今では去年の共通絵画前に逆戻り。また共通絵画やろうかしら…)。
何が楽しかったか、というと、「自分の考えていることを聞いてもらえる」ことでした。ここから始まっていいんだ、と思えました。私の考えていることは、当たり前だけれどあまりにも私のことすぎて、本当にこれでいいんだろうか?と思うこと、しばしばでした。それを、それで大丈夫、と言われたことは、ぐっとしました。
第二課題の展示を撤去している時、助手さんに「こんなに(量を)作ったんだ。頑張ったね」と言われました。彼は私が一番話してみたい相手だったのですが、おく★ともちゃんと同じように、もしかして嫌われてるのかなあ…と思っていたので、とてもうれしかったです。ちゃんと、この人にも通じていたんだなあ、と思いました。
自分の考えをきちんと伝えられて、それがぐっとすき間に入りこむ瞬間を見られた。自分の中にもぐっと入りこむものがあった。
うれしかった。うれしかった。


そして、後期になり、教職課程履修者は、造形総合科目の中から「工芸」の科目を選択して履修することになりました。
科目は、陶磁・金工・ガラス・木工・テキスタイルの5科目。私は陶磁に興味があったので、迷わず陶磁を第1希望にしました。ところが、この選択が無効になってしまいます(教職履修者とそうでない人をごっちゃにして抽選してしまったとのこと)。
結局、芸文の教職履修者全員が選択し直すことになり、教室に集められました。私はもちろん、陶磁をやる気まんまんだったのですが、陶磁の希望者がものすごく多い!教室では大じゃんけん大会が繰り広げられることに。
しかしその直前、助手さんがこう言いました。「テキスタイル、面白いと思うんだけどなー」。
私は思いました。「共通絵画で布使ったし、テキスタイルやってみようかなー」。
本当に、軽い気持ちでした。テキスタイルは面白かったけれど、同じくらいつらかった。生まれて初めて徹夜をしそうになりました。
でも、この時テキスタイルをすすめてもらえて、良かったと思います。選んで良かったと思います。
私は今でも、共通絵画でやったことを、つづけています。


今、私は絵本を作っています。絵と文章がうまく混ざらず、文章ばかりが出てくることに少しイライラしています。
でも、先生は「文章を書いていけば必ず絵も出てくる」とおっしゃいました。
この記事で共通絵画を振り返ってみて、本当にそうかも知れない、と思いました(今まであまり信じていなかった)。
きっとそのスピードが、共通絵画の時は速くて、今回は少しゆっくりなのだと思います。必要な時にはきちんと形を見せてくれて、私はそれを写し取って、混ぜていけばいいのかな、と。


私の感じたことばかり述べてしまいましたが、これが共通絵画の話です。
私にとっては、共通絵画は大きなできごとです。出会ってしまったなあ、という感じ。
今でも時折、10号館の1階に行ってみます(先日おく★ともちゃんとアトリエを見て回ったのは私です)。何が起こるわけでもないけれど、私のライバルがいそうな気がします。そいつは、あたしかもしれない。


(もし、何かアドバイスを、と言われるなら、「正直に」と答えるべきだろうか。私は「正直すぎる」と、このところ言われつづけていますが)


明日は、芸文の学外学習です。展覧会に行って来ます。私はなぜか班長を任されています。なぜだろう。
ではその話は、また明日。