リアルな美大の日常を
カテゴリー:-b.介護等体験
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とんこつと介護等体験
芸術文化学科のパソコン室からこんにちは。
みちくさとりこです。
なんと、今年度になって初めて、12号館下の食堂でお昼ごはんを食べました。
4月は1年生でいっぱいだったし、駅のそばで買っていけばいいやと食堂を避けていたのですが、今朝はどうしても駅でお昼を買う気になれず…
お昼になってもあんまりごはんを食べたくなくて、「いっそアイスにしてやろうか」と思っていたのですが、ショーケースのメニューを見て、そんな気持ちも吹っ飛びましたよ。
今日私が食べたのは、「とんこつラーメン」。去年まで、こんなのあったかな…あったとしたら、私が気づいていなかっただけです…
とにかく私にとっての新メニューだったので、食べてみました。ちなみにお値段は、370円。けっこう、奮発。
紅しょうががきいてて、おいしかったです。スープも、おいしい〜
久々の学食でした。朝もそうだけど、お昼もきちんと食べると、全然違いますね。
お昼のあとは、教職資料閲覧室に行って、介護等体験の文集を読みました。
去年の末から今年の頭にかけて書いた、介護等体験を終えての感想文です。
感想文、とはいうものの、それはもう感想文以上の意味を持っていて、こんなこと書いたんだ私、と感慨深いものがありました。
同じ学科の子や、知り合いの子の文章を読んで、ああ、こんなことを考えていたのかと驚いたり。
同じ班だった人の文章も初めて読んだので、そうかそうか、と思いました。
やはり、記録に残すことは、すごい。そのとき(体験したときだったり、文章を書いたときだったり)の記憶が、じわじわとよみがえってくる。
確実に私も、あの体験の上にいるのだよなあ、と思いました。
今でも時折、介護等体験のことを思い出し、しかし思い出さないときのあまりの多さに、どうしたらいいのか分からない気持ちになったりします。
そんなもんなのだろうか。そんなもんでいいのだろうか。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
「美術と福祉プログラム」展示会実施概要報告
しばらくムサビの公式ウェブサイトに行っていませんでしたが、昨日トップページを見てみると、「美術と福祉プログラム」展示会実施概要報告がアップされていました。
私もこの1年間関わっていた、介護等体験の報告会の様子です。私の日記と併せて、ぜひご覧ください。
体験を終えるにあたって全員が書いた原稿をもとに作られた文集も、今年度の新入生が介護等体験の説明会を受けるとき(11〜12月)に配られます。(個人情報のかたまりなので、学校外の方には残念ながらお見せできないと思うのですが、かなり気合いの入った1冊に仕上がっている、はずです)
さて今週は、「新入生にみちくさとりこが勝手に贈るアドバイス集及び週」にしたいと思います。
といっても、明日はお芝居を見に行ってその感想を書くので、正確には明後日からの連載です。
新入生諸君、心して聞くように!正座して読むように!
入学式の服装、Win/Mac話、…ぐらいしかできないかもしれないけど。みちくさの独断と偏見にもとづいてお送りします。
お楽しみに。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
介護等体験7.0日目
今日で介護等体験が終わりました。
これからまだまだ、レポートだの文集だの現代GPのための原稿だの展示会のパネル制作だの山ほどやることはあるのですが、ここでひといきいれないと。
明日はお昼まで寝てやるんだーい。
気が張っていたせいか、実習中、疲れているのに夜遅くまで寝られず、本を読んだりお茶を飲んだりする日々でした。
当たり前なのだけど、職員さんはこれが日常なのだよなあ…
今日は、そのことをすごく考えさせられました。
今日は、1人の利用者さんと、午前中ずっとお話していました。
昨日、切り絵を一緒に作ったことを覚えてくださっていて、「あの紙はどこへやったの?あなたが作ってくれたでしょう」と朝一番に私をつかまえて聞いてくれたのです。
昨日の制作後、「これどうしようか?お部屋の壁に貼る?」とうかがったら、「ここは私のうちじゃないから勝手に貼っていいのか分からないわ」とおっしゃるので、「じゃあ私が持っておくね」としまっておきました。
棚から出して見せると、「せっかくだからあなたが持っててちょうだいよ。あなたが作ったんだから」とのこと。了解です。
が、少し経って、「たまには私にも見せてね」とおっしゃるので、うーむ、と考える。
お部屋に貼るのは気になるようだし、どうしたもんかな。あとで職員さんに相談してみよう。
とりあえずしまって、利用者さんと話す。
すると、「昨日娘が迎えに来てくれたんだけど、帰れないって断っちゃったのよ。悪いことしたわ。謝ろうと思うんだけど、手紙を書くのはどうかしら」と言われた。
もちろん、本当には娘さんが迎えに来ることはできなくて(実際、面会にはいらしたのだけど長期の入所をされている方だったのですぐに帰ることはできない)、だから手紙を書いたとしても意味がないといってしまえばそうなのだけど、ここはやっぱり手紙を書くことが大事、みたい。
ということで、一緒に文面を考えて色画用紙に書くことに。
といってもほとんど利用者さんが考えてくださったので、時折分からなくなる難しい漢字に対応しながら、お話し。
つまりは、住んでいらしたお家に帰りたい、ということなのですよね。
帰れなくてごめんね、都合がよければ一緒に帰りましょう、と下書きする手元を見ながら、切なくなる。
下書きしたあと、色画用紙に本番。きれいに書けた。字が汚くて…、なんておっしゃるのだけど、達筆だ。
で、書けたらやっぱりすぐに出したいわけで。
でも、私は利用者さんがどうやって手紙を出すのか知らないし、困ってしまった。
あいにく職員さんも忙しそうにしている。どうしたもんかなあ。
「郵便局は開いてるかしらね?」とおっしゃるので、カレンダーを見てみる。あ、今日振替休日だ。
ひとまず、「今日郵便局お休みだから今日は出せないね」と説明。
困ったわね、いつ出せるのかしら。
不安そうに、手紙を何度も音読したり、いつも持っているかばんから出したり、また入れたり。
そうこうしているうちに、お昼の時間になってしまったので、心配しながらも休憩に行く。
私としては、たくさんの利用者さんとお話しすべきなのかな、と思っていたし、職員さんのお手伝いもまったく出来なかったからとても心苦しかった。
でも、そうじゃないことがあとになって分かる。
お昼から帰ってくると、またさっきの利用者さんにつかまった。
立って話そうとなさってちょっと怖いので(杖をついていらっしゃるから)、「立ってると疲れるから座らない?」と促して座る。
そしてまた、郵便局の話が始まる。
「ついさっき、下の郵便局に行ったけど閉まってるのよ(※郵便局は実際ないのですけど)。困っちゃうわ」
「今日は振替休日だからお休みなんだよねー」
「いつになったら開くかしらね」
「どうだろう、もう年末だし、もしかしたらしばらくお休みかもしれないよ。その間に娘さんがまた来てくれるかも」
「でもこの間のこと何にも謝らないでいるのも悪いでしょう。謝っておきたいのよ」
「大丈夫だよ、娘さん分かってくれてるんじゃない?」
「でも手紙で誠意を見せておきたいのよ」
「そっかあ…そうだよね。でも郵便局開くまでどうにもならないしなあ」
「(2人で)困ったねー…」
お互い途方にくれてしまったので、少し話をそらしてみる。
娘さんの話から、なぜか利用者さんの恋愛アドバイスが始まる。笑
「あなたは器量がいいから大丈夫よ」
「なるほどね。ありがとう」
「あとはね、最初に会ったときは何にもしゃべっちゃだめなの」
「ふむふむ」
「それで、2回目に会ったときにいろいろ聞くのよ」
「はあ〜」
「そうしたら、向こうはあなたのことが気になってくるから」
「うわ、参考にします」
いや、実際参考になる…笑
話しているうちに、だんだん眠たそうになってきたので、なんとなーく話を途切れさせてみる。
でもハッと起きて、「郵便局に行かなきゃ」となってしまう。
すごく苦しい。
でも、「郵便局が開くまで大事にお手紙しまっておけば?」と言って、かばんの中にしまっていただく。
うーん、これで何とか大丈夫かな。
結局そのまま眠ってしまったので、そーっと離れて、レクリエーションに参加する。
レクリエーションは、頭の体操。
引き算をやったり、東京23区を言ってみたり(私の住んでいる区が最後に出てきたときはそれなりに切なかったです 笑)、春の七草を言ってみたり。
そうこうしているうちに、おやつの時間になる。私はおしぼりの配布などをお手伝い。少しお食事の介助もする。すっぱいものと甘いものがあったら、甘いものをあとに持ってくるといいと教わる。なるほど。確かにそうだ。
おやつの後は、やることがなくなってしまったので、利用者さんとおしゃべりしたり折り紙折ったり。
話しているときに、とてもよくあることなのだけど、おおっ、となることが起こった。
1人の利用者さんと話していて、出身地の話になった。
その方は、「私はここまで歩いてくるのよ。うちがすぐ近くなの」とおっしゃる。
もちろん、長期で入所されているので、うちがすぐ近くであるわけはない。
でも、へえ、そうなんだ、と聞いていると、おうちまでの説明をしてくださった。
その一言目で、どっどーんとなってしまった。
「ほら、この近くに天竜川が流れているでしょう」
…て、てんりゅうがわですって!?
思わず、頭の中の日本地図を開いてしまう。
天竜川ってどこだっけ?
すると続けて説明してくださる。
「天竜川の向こうは磐田なんだけど、その手前の○○ってところなの」
なるほど!天竜川は静岡を流れているのですね。
ここがどういったところか分からなくなってしまうのは認知症の典型的な症状なのだけど(別の利用者さんにも、何度も「気づいたらここにいたんだけどどうしたらいいの?」と聞かれ、「今日はここに泊まっていくんだよ。大丈夫、心配しないで」と答えました)、「天竜川」という思いの外壮大な響きに思わずびっくりしてしまったのでした。笑
いやあ、皆さんご自分の出身地はよく覚えていらっしゃいます。
でも、同じく認知症だった私の曾祖母は、覚えていた場所がちょっと違ったんです。
彼女は茨城で生まれ、東京に嫁いできたようです。
下町に住み、東京大空襲で娘である祖母とあの辺りを逃げまどって、旦那さんも亡くなった終戦後、ようやく自分の土地を手に入れました。
その場所のことを、よく覚えていたのです。
その後、2回引っ越しているのですが、そのことはすっかり忘れてしまっています。
つまりは、彼女の思い入れがそこにあるのだな、と。
女手ひとつで娘たちを育て上げた曾祖母。彼女の気持ちを思いました。
そんなこんなで実習の時間が終わる。
今日の担当の人に呼ばれて、ちょっとここに座って、と廊下のソファを進められた。
その職員さんは私の名前を最初から覚えてくれていて、ちょっとうれしかったのです。
4日間様子を見ていて、職員さんは皆雑用に追われていて、人手不足を痛感しました。
毎日担当の人が変わって、チームの編成も変わって、それなのに4日目の今日になってもまた新しく会う方がいるのです。
いったい、何人がこのフロアのスタッフなのだろう。何人いても足りない様子が見て取れた。
だから、名前なんてどうでもいいや、「実習生さん」「美大の方」で通じるんだから、と思っていたのだけど、でもちょっとはうれしかった。
職員さんに、「今日はAさん(手紙の方)とずっとお話してくれてたでしょう。ありがとうね」と言われる。
私は、雑用が全然出来なかったので、「何も出来ずに申し訳なかったです」と謝った。
すると職員さんが、「あのね、」と切り出す。
「みちくささんがAさんとずっと話していてくれたでしょう。Aさんは今すごく不穏で、なかなか僕たちの仕事の合間には対応しきれないんだ。
でも今日、Aさんはずっと穏やかで、それはきっとみちくささんがAさんの話を聞いてくれたからだと思う。
本当は僕たちもお話を聞いてあげたいんだけど、どうしてもそういう時間が取れない。
だから、みちくささんみたいな存在はすごくありがたいんだよ。
みんなすごく話を聞いてもらいたがってるの。だから今日は本当にありがとうございました。
先生になるにも、きっとじっくり相手と話すことが大切でしょう?」
そうか、と思った。
1人としか話せなくて、悪いことしたな、もっとたくさんの人と話せばよかった、と思っていたのだけど、1人とじっくり話す時間が、なかなか取れないんだ。
そういう時、介護の専門的な知識がない私のような人でも、話を聞くことは出来る。
少しでも不安をなくすために、手紙を書くことは出来る。
そうか、そうか。
その職員さんが、朝の申し送りのときに言っていた言葉が、強烈に頭に残っています。
「介護で儲けようなんて、無理な話なんだよ。介護は儲けるためのものじゃない」
某グッ○ウィルの某折○会長についての新聞記事を読んでの感想でした。
最後に、その職員さんから言われた言葉が、ずっしり来た。
彼は介護の手順やそのときの気持ちを言葉にすることをすごく大事にしていて、他のスタッフにも、その介護に至るまでの経緯をじっくり説明していた。
すごく、この仕事が好きな方なんだろうな、と思った。
じゃあこれで帰りますね、と利用者さんにあいさつすると、「また来てね」「気をつけて帰りなさいよ」の嵐。
私なんかでよかったら、いくらでも話し相手になってあげたい。
男の子に間違われてもいい。笑
後ろ髪を引かれる、とはこのことだった。
手紙のことも、切り絵のことも気になる。
きちんとその旨職員さんには伝えたけれど、特に手紙は心配。
もう、どうにもならないのが苦しい。
そう、そうして職員さんは私に言ったのだった。
「こういう仕事もあるんだってこと、忘れないでください」
ではまた明日。
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介護等体験6.0日目
今日は、一昨日担当したフロアに戻ってお手伝いなど。
午前中は特にすることがないので利用者さんとお話ししたり、切り絵をしたり。
午後からは忘年会兼クリスマス会で、お子様シャンパンを飲んだりケーキを食べたりしました。
今日は、ひとつびっくりしたことがあった。
その話はのちほど。
今日、施設に行ってみると、班員がそれぞれネタを仕込んできているのが分かり面白かった。
似顔絵を描くためにスケッチブックを持ってきていたり、絵本を持ってきていたり。
私も、昨日仕込んだネタを披露。
私が仕込んだのは、いわいさんちwebで読んだ連続模様の飾り切り絵。
簡単できれいそうだし、具象でも抽象でもいけそう。
とりあえずいくつか見本を作り、あとは切るだけになったものをたくさん持っていく。
エプロンのポケットにわざと見えるように入れていたら、利用者さんに「それ何?」と言われ、しめしめ、とスタート。
が、「紙がつながるように切ること」「なるべく単純に線を引くこと」の説明をするのはとても難しい。
それに、どうしても「私にはそんなことできないわ〜」になってしまう。
だったら、私がどんどん作って、それを飾れるようにしてもらおう。
ということで、私が作ったパターンの中からいくつか選んでいただき、色画用紙にボンドで貼ることに。
単純な形よりも複雑で繊細な柄が受ける。
この穴は衣紋かけにかけた洋服みたい、などと話しながら、色画用紙にぺたぺた。
1人目は、まあきれい、と言ってくださってうれしくなる。
じゃあお部屋に飾りますか?と聞いたら、でもここは私のうちじゃないから、勝手に貼っていいのか分からないわ、とのこと。なるほど、そうだよね。
2人目の方とやりはじめ、しばらくしたところでお昼ごはんの時間になってしまう。
画用紙に切り絵を貼って、じゃあここから何をしようか、と相談していたところだったので、じゃあごはんの後にまたやりましょうか、と言って私もごはんを食べることに。
しかしその方は短期記憶障害(=新しい事柄が覚えられないこと)があるので、おそらくお昼のあとにはこのことは覚えていらっしゃらないんだろうな、と思っていました。
午後は2時から忘年会だったので、お昼ごはん後の1時から少し、時間がありました。
で、さっきの方のところに作りかけの紙を持って行ってみる。
やはり、「あなたはどこから来たの?」「女の子?」「おいくつ?」から話が始まる。
そうだよなあ、と思いつつひと通り答えて、その後に「もしよかったらこれやりませんか?」と作りかけを差し出してみた。
すると、その方は「これあなたとさっき作ったんだったわね。他に何描こうか」とおっしゃった。
私はすごくびっくりして、どうしてそこだけ覚えていたの?と混乱してしまった。
さっき、「もしかしてここに黄色いたんぽぽ描いたらかわいいかもね〜」などと話していて、でもそのことはもう覚えていはいないのに。
私とこれを作ったこと、それはきちんと覚えていたのだ。
もちろん、それを認知症の不思議なことだとか、偶然だと捉えてしまうことは出来る。
けれど、それが「私と作った作品」の上で起こったことが、驚きだった。
私は、私と何かを制作することが、影響を与えたり残ったりするなんて考えてもいなかった。
「美術によるコミュニケーション」がこの実習の目的だけれど、実のところそれはあまり信用していなかった。
もしかして、今日のこの出来事は単なる偶然なのかも知れない。
でも、と思う。なんか、ちょっとくらい信じてもいいの…、かも?
2時からはパーティー。
シャンパンやケーキを配ってまわったり、くじ引きの司会をおおせつかったりしました。
くじ引きの賞品が、室内でもできるかわいい襟巻きで、なるほど〜、と思う。
ちょっと明るい色にするだけで、当たった人が「洋服に色が入ってうれしい」とおっしゃる。
パーティーのあとはみなさん疲れたのでまったり。
お部屋に帰る人や、テレビに見入る人、私としゃべる人、などなど。
私はしゃべる人が限られてきてしまって反省…
やはり、合う人合わない人というのが出てきてしまって、上手くゆかない。
それにしても、今日はみなさんに「坊ちゃん!」「お兄ちゃん!」と呼ばれ大変でした。笑
フロアを担当している職員さんにも、「よく言われるね〜」と驚かれるくらい。苦笑
そして私が女の子だと分かり、年齢も20歳そこそこだと分かると、「いい人はいないの」の嵐!
いないんだからそんなに言わないでくれ〜泣
と、泣いてみせると笑われる。えーん、ますます悲しいぜ。
今日、ようすを見ていて感じたこと。
家に帰りたい、ここは私の家じゃない、という人。
いつも貴重品を入れて持ち歩いていたセカンドバッグがなくて、ご家族に持ってきてもらっていた人。
行っていた大学の話をしてくださる98歳の人。(今98歳で大学に通っていたとは!何というエリートだ!)
高女に通っていたときの話をしてくださる人。(こ、こちらも頭のきれる…すごい)
お子さんを産んだときの話をしてくださる人。
それぞれの今、はここにない。今はもっと昔、とてもよかったときのこと。
曾祖母もそうだった。
話すのはいつも、自分の小さかったときの話。
お母さんが迎えに来てくれる話。でもどこかへ行っちゃう話。
お父さんの来た話、お兄さんの来た話。
みんな、とっくに亡くなっているのに。
でも、きっといちばん幸せだったときのこと。
それはそれで、もしかして決して不幸ではないのかもしれない。
私もそうして、ムサビ日記を書いていた大学生のころのことや、部活ばっかりやっていた高校生のころのことを、記憶に深く深く残していくのかなあ。
さて、実習も明日でおしまいです。
何だか気を抜いてしまいそうで怖い。
また新たなネタを仕入れたので、時間があったらやってみよう。
明日は早くも、飾りをお正月のものにするんだとか。
で、それを利用者さんに話したら、「こんなとこ、飾ったって明るくなりゃしないよ〜」と言われてしまいました。笑
まあ、それもそうかもね。間違ってないです。
今日の帰り、「また来なさいよ」「気をつけて帰ってね」とくちぐちに言われ、一昨日とは違うその反応に少し驚いた。
でも納得できる。
明日、おはようございます、と言ったら、また男の子に間違われるんだろう。
まあ、大丈夫さ。明日は明日。
ではまた、明日。
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介護等体験5.0日目
今日は、デイサービスを1日お手伝い。
午後からは、私たちの企画した「落ち葉の拓本カードづくり」を行いました。
(拓本、とはつまり魚拓の落ち葉バージョンです)
朝、デイに来る人たちをお出迎え。
上着とかばんを預かって、お茶を出してしばしお話。
全員が揃ったところで、別嬪実習生4人として紹介される。
男性陣が「直視できない〜」などと仰る。笑
意外なことに女性より男性の方がおしゃべり。
やっぱり、女の敵は女って、間違ってないのかも、と思ったり。笑
これは後に、本当のことだと分かるわけですが…
午前中は、頭の体操として難しい漢字の読み方のプリントを解いたり(「嚔」って読めますか?私は正直読めませんでした)、12月らしい歌を歌ったり(『勘太郎月夜唄』ってご存知ですか?私は全然知らなかったのですけど、名曲みたいです。氷川きよしくんも歌ってます)。
お昼ごはんとお風呂をはさんで、午後からが私たちの出番でした。
試作に参加できなかった私は、説明係を仰せつかり。
わりと段取りが多いものだったので、いったん説明してもなかなか伝わらず、とりあえず制作にかかってから私たちが机の間を飛び回る。
職員さんにもかなりかなり手伝っていただいて、「何とか完成に持って行けた」という感じでしょうか。
思ったようにはいかないだろう、と予想してはいたけれど、なかなか難しい。
やはり、元気に歩ける方から歩行器を使う方、麻痺がある方など身体的な能力がまちまちなので、まとめていくのが大変でした。
出来る人はどんどん先に進んでしまって、もう飽きた、という感じになってしまう。
中でも私が意識を持って行かれたのは、2人の方だった。
2人とも、読書がとても好きなようで、朝いらした時からずっと本や雑誌を読んでいた。
だから漢字プリントのときもあっという間に出来てしまったし、その後にやった間違い探しプリントもすぐ終わってしまう。
頭がものすごくきれる人たちなのです。
で、お2人に「拓本を作りませんか?」とすすめてみたら、Aさんは渋々、といった感じでやってみてくれたのだけど、説明をあっという間に理解できてしまうので、作品もあっさり出来上がってしまう。うーん、つまらなそう。
Bさんは、のっけから「やらなーい」とひとこと。
何でですか?とうかがってみると、「だってこれつまんないもん」とのこと。
思わず、「ですよねー笑」と言ってしまう。
そうなんです。私たちがやったネタって、実はこういう場ではよく使われているものなんですよね。
本当は(という言い方はものすごく嫌われるけど、とりあえずこの場では使うことにして)、別の交流企画を考えていたのですが、どうしても試作が上手くいかず、成功と失敗が半々くらいの確率だったのです。
で、どうしようかという話し合いをして、失敗してみんなが落ち込んじゃうくらいだったら、必ず成功するものを選んでその中で楽しくしていこう、ということになり、今回の企画が採用されました。
だから、私も何となく「成功はするけれどつまらないかもしれない」という思いはあって、Bさんの言葉に「ですよね」とうなずいてしまったのです。
Bさんは続けて、「だってこれ作って何にするのよ?」と質問。
私は、「台紙に貼りつけてカードにして飾ったり、送ったり…」と答えたのだけど、やはりBさんの答えは、「それはつまんないよ。何にもならないじゃない」。笑
間違ってない!全然Bさん間違ってない!
でもこの辺のさじ加減は、とても難しいなあ、と思いました。
結局、Aさんは1枚作っておしまい、Bさんは別のぬり絵をやっていました。
お2人とも本当はずっと本を読んでいたそうだったから、申し訳ないことをしてしまったなあ、と。
ただ、「やりたくない」という気持ちを言葉や態度で示してくださったのでとてもありがたかった。
やりたくないならやりたくないで、別にいいんだよなあ、と。
「美術でコミュニケーションをはかる」という実習の目的には添っていないかもしれないけれど、「美術でコミュニケーションがはかれない人だっている」ということが理解できる、それだけで何か得たものがあるんじゃないだろうか。
私がもしおばあちゃんになったら、きっと拓本はやりたくないと思う。
だって美術が好きでムサビを卒業して(おそらくするでしょう)、その後もずっと美術と一緒に生きていくのだろうから。
それに、私だって歌を歌ったりなんかしないで、のんびり本を読んでいたいな。
もちろん、デイサービスの目的はそういうことではなくて、家では話せない人と話したり、動かさない部分を動かしたりすることが大事なのだけど、でもやりたくないことを無理にやるくらい、つらいことはない。
職員さんたちも「やりたくない」とおっしゃる利用者さんたちには強要してはいなかったから、そういうものなのだよな、と思う。
もう1人、印象に残ったのがCさんという方。
この方はすごく制作に興味を示してくださるのだけど、「難しい」「分からない」「これで合ってる?」が何度も何度も口から出てくる。
わあ、困ったなあ、正解なんてないんだけどなあ、と思ったとき、ふと手羽さんの日記を思い出しました。
手羽さんが教育実習に行ったときの話。具体的には、この記事のことです。
Cさんは、拓本に使う葉っぱを選ぶのでも、写し取る紙を選ぶのでも、色を選ぶのでも、色を置くのでも、台紙の色を選ぶのでも、どこかに「正解」があると思っている。
おそらく美大生には「美術に1つの正解がある」という考え方がなくて、失敗もそれはそれで味だと思えてしまったりする。
ここで、2人の考えはまったく反対になっている。
でも、私たちの「正解は無限にある」という考えを押しつけてしまったら、Cさんは間違いなく混乱してしまう。
だから私は私なりの考えで、「じゃあ、この葉っぱだったら葉脈がきれいに出そうですね。これにしてみましょうか」「この色だったら葉っぱに似てますよね。この色にしましょうか」「このくらい色がつけばすごくいい感じですね。台紙を選んでみますか?この色とこの色だったらどっちがいいですかね〜」などと、あまり答えを絞らないようにしながら、でもCさんにとって1つの答えが出るように話しかけてみた。
到底、上手くいったとは思えないのだけど、結局3枚もいっしょに作ってしまって、サインまで入れてみて、でもちょっと笑ってくれたので、万事快調ではなかったけど…
あ、こういうことか、と私なりに理解できた。
そんな中でも、「家に帰って孫に見せたら喜ぶぞー」とおっしゃる方や、スタンピングに技法を切り替えて巨匠っぷりを発揮してくださる方など、私たちではできない見せ方をたくさんされていて、おお、すごいなあ、と思った。
で、さっきの「女の敵は女」の話に戻るのですが、女性は私たちがいくら「きれいに出来ましたね〜」と(もちろん本心で)褒めても、全然信用してくださらないんです。笑
女性って、そういうもんだよなあ…
女の子同士で、「その服可愛いね〜」「え〜なんとかちゃんのも可愛いよ〜」って言ったらそれは本心じゃないもんな。苦笑
いやいや、私たちは本心だったのだけど。うーん、難しい。
今日はその後玉入れゲームをして、歌を歌って帰宅となりました。
車をお見送りすると、何だか切ない気持ち。
もう、皆さんと会うこともないのだろうなあ…
今日は楽しかったかな。やっぱりつまんなかったかな。
今となっては聞けないけど、でも今日作ったカードが、お家のどこかに飾られていたらとてもうれしい。
明日からはまたフロアに戻るもよう。
私はちょっとネタを仕込んでいこうかと思います。
うまく行くかなあ…
施設の中の湿度がとても低く、のどがちょっと限界にきている私はつらい。
けれどマスクをしてしまうと表情が見えなくなるので、不利。
結局マスクは外すことになります。うーん、つらい。
ではまた明日。
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介護等体験4.0日目
さて、今日から介護等体験の実習が始まりました。
6月から7月にかけては施設の飾りつけを行っていたのですが、今日から4日間は、朝から夕方まで入所者さんと一緒に過ごして施設のお手伝いをします。
私は認知症の方がいらっしゃるフロアを担当することになりました。
学校の授業で、事前学習として認知症についてやその症状について調べていたので、実は目の前で起こる事態にはあまり驚かず。
むしろ、あまりに調べていたことばかりが起こるので、事実としては拍子抜けした部分があります。
ただ、起こっている事実が私に与える「影響」や「衝撃」というのは大きなものです。
例えば、認知症の症状として「短期記憶障害=新しい事柄が覚えられないこと」というものがあるのですが、みなさんなかなか、私が女の子であることを覚えてくださらない。
というか、ことごとく男の子に間違えられるのです、私。びっくりしました。
確かに小さいときから、言葉づかいが乱暴だったりさばさばした性格だったりしたせいか、男の子みたいね、と言われては来ました。
けれど、「女の子みたいね、目が優しいから」と言われた今日は、とにかくびっくり。
髪の毛がすごく短いことが原因みたいです。(しかも先日切ったばかり)
加えて、今日は動きやすいようにと長袖Tシャツにパーカー、ジーンズ。
あ、客観的に見ると男の子みたいかもしれない。笑
しかもみなさん、「あら、でも胸がないじゃない」などと仰る。
正直だなあ…泣笑
でも、エプロンの胸につけた名札に、フルネームを書いたのは正解でした。
私の下の名前はわりと珍しく(いないわけではないがあまり聞かないかも)、「話のネタになるかも」と思ってわざと書いていったのですが、やはり食いつきがよかった。
「とりこちゃんっていうの、かわいいわね。誰がつけたの?」
といっぱい聞かれました。
このちょっとした技、自分の名前の珍しさを自覚している人なら使えるかも。
今日のお手伝いとしては、お風呂からあがった方の髪の毛を乾かしたり、音楽療法に一緒に行ってジングルベルで羽目を外したり(私はいまいち外しきれず)、おやつの介助をしたり。
髪の毛を乾かすなんて、家族以外ほとんど初めての体験だったのだけど、触り心地が小さな子のようで、びっくりした。やわらかくて、ずっと触っていたいような。
音楽療法は、あまり興味なさそうにしている人や、眠そうにしている人の間に割って入ることができず、先生(キーボードを弾いて歌を教えてくださる方)にちょっと怒られる。
そのときの私に対する言葉づかいの鋭さにびっくりする。
でも、音って色や形と同じように、人の心をさわがせるのだなあ。
私自身、決して音楽が好きでも得意でもないのだけど、正直、音楽には負けたなあ、と思った。
明日、私たちの班が考えた「交流企画」というものをやるのだけど、それは、「美術を通してコミュニケーションをはかる」ことを目的としていて。
でも、今日の様子を見ていて何だか自信がなくなったり。
私にとって美術というのはすごい力を持っていて、だから美術の教員になろうと思うわけなのだけど、本当にそんな力なんてあるのかなあ、と。
まあ、明日になれば分かるでしょう。
そして明日の制作の説明を、私がしなくてはならないのです。
班の中で私が選ばれた理由は、「芸文だから」。笑
大丈夫なのかなあ、大丈夫なのかなあ…
不安ですが、やるしかないのでやります。
おやつの介助は、なかなかうまくいかず職員さんの助けを借りつつ。
そしてやはり、ぽっかり空いた時間の使い方に苦戦。
最初に、みなさん実習生慣れしてますからかわいがってもらえますよ、と言われたのだけど、こちらから積極的に話しかけないとその段階までもいかないのだなあ、と。
私は自分自身の性格がとても人見知りがはげしくて(でもいったん好きになると大丈夫なのだけど)、だから第一歩がとてもつらい。
お昼ごはんやおやつのあとだと、みなさんうとうとしていたりして、何だか話しかけにくかったり。
私は以前から、「私みたいな若造が、入所者さんのペースなり気持ちなりを乱してしまうことはないか」と考えていて、授業を担当している先生に「それは心配することはない、大丈夫」と言われているのだけど、やはり頭で考えてしまうとだめだなあ…
例えば私だったら、と考えてしまうと、何だかあまり話しかけてほしくないような気がしてしまう。
以前もここで書いたけれど、今年の3月に亡くなった私の曾祖母は、認知症だった。
だから子どものことも孫のことも、覚えているときもあるし覚えていないときもある。
曾孫の私のことに至っては、すっかり忘れてしまった。
でも彼女の死に立ち会って、私はそれなりに衝撃を受けた。
新年の挨拶に行くと、いつもお年玉と一緒に大きな飴をくれた曾祖母。
私がまだ幼稚園に上がるか上がらないかのころ、曾祖父(戦争中に病気で亡くなったそう)のお墓参りに行ったとき撮った写真の中の笑顔。
奥の部屋で、お相撲の中継にいちゃもんつける茨城のはげしい言葉。
私は彼女が施設に入ってから一度も会うことはなかったのだけど(認知症の症状が出ていたので、私が行くと混乱させることになるから)、今、何だか彼女に会っているような気がしてならない。
今日はここに泊まるの?私の家はどこ?という方。
お風呂に入るのが怖い、何か怖ろしいことが起こるから、という方。
職員さんを怒鳴りつける方。
私の担当するフロアにいる方は女性が多い。
そのせいか、あそこにもここにも、私の会うことのなかった曾祖母がいるような気がしてならない。
みなさんが発する言葉はどれも、曾祖母の口からも発せられたと、面会に行った祖母や母から聞いた。
「おばあちゃんがね、茨城のおうちに帰るって言って困ってるの。
看護師さんが、ここがおばあちゃんのおうちだよって言ってるくれるんだけど、おばあちゃん頑固だからねえ…
看護師さんのことも怒鳴って、あちらはお仕事だから慣れてらっしゃるけど申し訳ないわ」
彼女だったら、私が話しかけたときどう思うんだろう。
そんなことを考えていると、どうしても前に進めない。
ただ、自分のおじいちゃんやおばあちゃんと接するみたいにすれば大丈夫、と他の班の人から言われているので、私のこの感覚は、決して捨てていいものでもないのだろうな。
残りは3日ですが、うまくいくことをいのりつつ、がんばろうとちかいつつ、寝ようと思います。
おやすみなさい。
そうそう、施設内の湿度がとても低くて、のどの弱い私はつらかった。
加湿器も小さなのをつけたり、濡れたタオルを干したりしているのだけど…
みなさんは大丈夫なのだろうか。
ではまた明日。
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教職総合演習グループ別報告会で感じたこと
先週と今週、教職総合演習の授業で、グループごとの報告会がありました。
私のクラスは2つの施設に分かれて実習をしていて、すでに全ての日程を終えている班もあれば、私の班のようにこれから実習を行う班もあります。
今回は、お互いに情報交換をする意味で、先生が設けてくださった機会でした。
実習に行くまでにどんな準備をしたのか、実習先ではどんなことをして、どんな困ったことやうれしかったことに出会ったのか。
各班10分くらいを目安に、写真などの資料も使って報告していきます。
私の班はまだ実習を半分残しているので、得ることがたくさん。これは話のきっかけになるとか、ここを注意しながら実習にのぞんだとか、ちょっと先輩なみんなの話を聞きました。
ものすごく極端な話になりますが、報告会を2週にわたって聞いていて、ファイン系とデザイン系の違いを強く感じました。
私のクラスはファイン系が多いようですが、やはり、「人前で話す」ということについての意識が、抜けている(人もいる)ように感じられました。
もちろん、デザイン系の学科に所属しているからってぺらぺらと話せるわけではないけれど、少なくとも、「人前で話す」という場が設けられたとき、それに対する準備のやり方だとか、話すときの「心得」があるように思われるのです。
でも、それはもう単純に、「慣れ」なのだと思います。デザイン、ファイン関係なく。
芸術文化学科はデザイン系のくくりに入ると思うのですが、やはり、人前で話す機会がとても多いです。どんな授業でも、クラスの前での発表を求められます。
1年生のときからそういった機会が細かく細かくあるので、最初は「膝ががくがく震えちゃう」と言っていたような子も、堂々としゃべれるようになっています。もちろん本人の努力も多分にあるのでしょうが、機会が多く与えられることは、その努力や成長を促す大きな要因になっていると思います。
話をどうやって整理すれば、相手に響いてくれるのか。
人前で話す経験を多く積めば積むほど、そのツボがぼんやりと分かってきます。そして、そのツボを外した話は、どうしてもばらばらとして聞こえ、頭に入ってこないのです。
私は、ファイン系の講評がどういった形で行われているのかほとんど知りません。
唯一、共通絵画の講評を受けたことがあるくらいでしょうか。だから、ファイン系の講評は変えるべきだ!なんてことは到底言えません。
共通絵画の時どんなことを聞かれたのかは覚えていないけれど、先生に、「芸文の子は、どういう考えで作品を作ったか話してくれるから面白い」と言われて、それがとても印象に残っています。
どちらがいい、どちらが悪いということではないけれど、少なくとも先生という職業に本気で就こうと思ったとき、「人前で話す」力は重要な意味を持ってくるのではないかと思いました。
生徒や児童の注意を引き付けるとき、大声で怒鳴るのか、何かちょっと聞かないではいられない話をしてやるのか、はたまた全く違った工夫をするのか。教室全体を見回すのか、そうではないのか。
そしてその力が必要とされるのは、先生に限らないのだろう、ということも、何となく分かります。
デザインだろうとファインだろうと、すごい!と思わせる人は「人前で話す」能力に長けているのだということも。
教職総合演習は、そういったお互いの違いを認めあい、成長していく場です。
私はファイン系の人と班を組んでいますが、彼らの圧倒的な画力や作品に向けるパワーは、本当に尊敬します。とにかく、私にはないものばかり持っていて、心底うらやましい。
けれど、逆に彼らは、私にそういったものを見てくれているのだろうか。
4月からずっと、不安に思っていることです。
お互いがお互いの足りない部分を補足しあって、うまくいくといいのだけれど。
ふと、そんなことを考えた、今日の授業でした。
ファイン、デザインというくくり、あまり好きじゃないのだけど、時折こうやって、その違いを感じることがあるのです。
それは、致し方ないこと。
広い心で、読んでいただければと思います。
ではまた明日。
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介護等体験3.0日目
*介護等体験0.5日目
*介護等体験1.0日目
*介護等体験1.5日目
*介護等体験2.0日目
*介護等体験2.5日目
今日で装飾はおしまい。なんとか完成までこぎつけた。
出来上がったものを壁に飾っていると、入所者さんがたくさん集まってくださる。そして、口々に、「かわいい」と感想を。
ありがたいと思いつつも、そこまで喜ばれるようなことをしたんだろうか…、と思ってしまう、私のいつもの悪い癖が出てくる。
昨日の記事にも書きましたが、昨日、私の高校の先生が亡くなり、今日は妙な気持ちで施設に向かいました。何が、どこを、どう分けているのだろう。
先生という職業を選ぶことの重さを思った。
ではまた明日。
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介護等体験2.5日目
*介護等体験0.5日目
*介護等体験1.0日目
*介護等体験1.5日目
*介護等体験2.0日目
というわけで、今日は介護等体験2.5日目です。
今日も、ただひたすらに装飾を作り続けていました。
来週完成です。何とか終わりそうで、ひと安心。
私たちの制作しているのは2階なのですが、何回か通ううちに、いつも廊下で私たちにあいさつをしてくださる方の顔を覚えてしまいました。
夕ごはんが終わったあとも、私たちが帰る7時半になるまで、廊下を行ったり来たりしています。
そして、作業が終わって廊下に出て、「さようなら」とごあいさつすると、「ご苦労さま」と声をかけてくださいます。
先週まで何とも思わなかったのに、今日はなんだかそのやりとりが、とても悲しく思えました。
ではまた明日。
michitori@hotmail.co.jp
介護等体験2.0日目
くたくたなのでちょっとしたメモだけ。
*介護等体験0.5日目
*介護等体験1.0日目
*介護等体験1.5日目
今日は、施設の装飾に使うものを、機械的に大量生産していました。
私の班は、私以外某ファイン系学科の人なので、お互いの学科についていろいろと話しながらやっていました。
彼らの芸文のイメージが、面白かったけれど勉強にもなり。曰く、
「芸文って、作家研究めちゃめちゃしてるんでしょ?」
「芸文って、まじめじゃないとやってけないよね」
「芸文って、熱いんでしょ?」
「芸文って、俺が美術を変えるんだー!みたいな人がいっぱいいるんでしょ?」
いちばん印象的だったのは、「どうして芸文は絵を描かないの?描かなかったら、描いてる人の気持ちも分からないよ」という言葉。返す言葉はあるのだけど口には出せず、歯がゆかった。
私が黙っていると、「でも、私たちの学科にも芸文みたいな姿勢は大事だと思う」と言われた。彼らの芸文に対するイメージが少し違っているとはいえ、そう考えてくれる人の存在のありがたさ。
ありがたさ。
ではまた明日。
michitori@hotmail.co.jp
介護等体験1.5日目
最初に感想を述べてしまうなら、「わりとうまくいった」。今までに比べて、格段に作業も進んだし、私もあの施設にちょっとなじめた気がする。
そのきっかけを、入所者さんにいただいた。
施設内のひと部屋で、壁を装飾するためのいろいろを作っている途中のこと。入所者さんたちがお食事をしたりテレビを見たりするホールの棚にしまってある、色鉛筆を持ってくるのを忘れたことに気づいた、私と班員。
部屋を出て、色鉛筆を取って、さあ部屋に戻って制作を続けよう、と歩いていた時、ある入所者さんから話しかけられました。きっかけは忘れてしまったのですが、何をやっているの?美大の子たち?というようなお話だったように思います。
なんとなく立ち話をする格好になり、30分以上話しこんでしまいました。
その方は私の住んでいるところの近くに以前住んでいらしたようで、なつかしそうに「あそこのデパートはどうなってる?」「あの駅はどうなってるの?」と質問ぜめ。
私の毎日利用する駅、今度バーゲンに行くデパート、この間用事ついでにのぞいたお店が、彼女にはどうやったって手の届かないところにあるのだと思うと、苦しい気持ちになりました。
ご自分のお嬢さんや、お孫さんのお話も聞かせていただいて、そうか、これが、これまでここに実習に来た人たちの感じていた気持ちなのか、と思いました。
施設でのオリエンテーションに行ったとき、介護長さんのお話の中に、「尊厳を大切にしてください」というフレーズが、何回も何回も出てきました。
私は、オリエンテーションのレポートの感想に、「尊厳とは何なのか。それを考えながら実習をやっていきたい」と書き、担当の先生も、「これは考え続けなければならないこと」とおっしゃいました。
今日初めて、長い時間、入所者さんとお話しして、「尊厳を大切にする具体的な行動の答え」はないのだなと思いました。少しまわりくどい言い方になってしまいますが。
例えば、こうすれば入所者さんを尊重していることになる、という正解はなくて(不正解は必ずあるのだろうけれど)、ひとつひとつのことを細やかにやっていくこと、それに尽きるのではないかと。
私は、私自身の存在が、入所者さんに不安感を抱かせているのではないかと思っていました。入れ替わり立ち替わり、様々な大学の実習生が施設に現れて、深く知ることなくまたどこかへ去ってしまう。そういった不安定さを、施設内に持ち込んでいるのだとしたら、そんなに申し訳ないことはないな、と思っていたのです。
けれど実際に施設に行ってみれば、多くの人が私たちに関心を示してくださいます。何をやるかもだいたい知っていらっしゃるので、今度は何を飾りつけてくれるの?と聞いてきてくださいます。
そして今日のように、ちょっとした自分史を聞かせてくださる方もいらっしゃいます。それは、私たちだからきっと、ふとしたきっかけで話してくださるのではないかと思います。
確かに、ひとつひとつのことを細やかにやっていくこと、それは大事なことです。けれど施設を客観的に見ていたこれまでの間、決して施設は「細やか」でいられる状態ではありませんでした。ニュースで見ていた「介護士の不足」、これは決して、ニュースの中だけの問題ではなかったのだと見せつけられました。
だからこそ、私たちが勉強に行くことは、重要なのではないかと思いました。縮こまっていないで、私たちが少しでも「細やか」の部分を担うこと(もちろんすべての「細やか」をやり遂げることはできませんが)。それができればいいなあ、そうしよう。と思いました。
今日、お話しした方に、「学校を出たらどうするの?」と聞かれて、「私は先生になります」と言いました。そうしたらその方は、「安定がいちばんよ」とおっしゃいました。「家から近い学校に勤めて、おうちでごはんを食べること。いただいたお金は全部貯金すること」。
「でも」、とその方は続けました。「あなたは中学校の先生に向いてそう。友だちみたいな先生になれるわね。今はそういう先生の方がきっといいのよ」。
ちなみに彼女は私の、染めていない髪やお化粧をしていない顔が、いたくお気に入りのようでした。笑
「先生は地味なのがいちばん」とも。
そういえば、初めて年上の人に、私の(今の時点での、ほぼ確定的な)夢を話したのかもしれない。
ではまた明日。
介護等体験1.0日目
今日は、介護等体験1.0日目。前回のつづきです。
というものの、今日は部屋にこもってみんなで試作していたので、施設の方や入所者さんとお話しする機会もあまりなく。
ただただ、いろんな人の力に圧倒されていた。
このところ、自分自身の許容範囲がとても狭くなっているように思える。ある部分では。
もう少し心が広くありたいと思うし、明らかに許容範囲を超えている時は、そう主張できるようになりたい。
それが、今回の課題だと思います。
xokoさんが記事の中で、9号館のお手洗いについて触れていました。
私のムサビ生活のベースは9号館にあるので、xokoさんのびっくりは私の普段です。それも、なんだか不思議。
でもそういえば私だって、1年前はxokoさんと同じようなことを感じていたのかもしれない。初心など、あっというまに忘れてしまうのだと、ぴしりぴしりと言われているようでした。
昨日とあるお芝居を映像で見ていたら、その中で登場人物がこんなセリフを言っていました。
「忘れてしまうことは残酷だ」
ではまた明日。
介護等体験0.5日目
こんにちは、みちくさとりこです。
今日から、介護等体験の実習が始まりました。
(タイトルに0.5日目とあるのは、放課後の実習半日と数えるからです。半日+半日=1日というわけです)
まずは前半、施設内の装飾です。いくつかあるフロアの1つを1班が担当し、施設の方のご要望の通り、折り紙や布を使って飾りつけていきます。
後半の介護実習は、クリスマスの時期に行います。この時には、「交流企画」といって、入所されている方と一緒にものを作ることで、交流します。
今日、約束した時間に施設にうかがうと、なんと担当の方がいらっしゃらないとのこと。日程もうまく伝わっていなかったようで、私たちは最初からどきどきです。
結局、空いている部屋で別の担当者さんとお話しして、今日は飾り付けをするフロアをまわって、何となくの方向を決めることにしました。
材料は施設にたくさんあるとのことで、実際、倉庫に行ってみるとロール状の紙や布がたくさん。はさみやのりも準備していただけるとのことでした。至れり尽くせりです。
話し合いの結果、私たちの担当は3階に決まりました。参考までに、1つ前の班が行った装飾を見てみると、布を使ったり、てかてかする紙を使ったり、たくさん工夫がしてあります。
入所されている方も、ごはんの直前にお邪魔したのに、「ここの紙はビニールだね」「このオタマジャクシ、まだカエルにならないよ」(オタマジャクシをフェルトで作って縫いつけてある箇所があった)とたくさん話しかけてくださいました。
それだけではなくて、「その紙はいっつも落ちてくる」などなど、飾り付けに対する不満も言ってくださって、こちらが助かりました。「今度来るとき、きちんと直しますね」と伝えて、私たちも、気をつけることにしました。
私たちは、「涼しげな装飾」を作ることになりました。「ここはクーラーがきいているけれど、まるで外にいるようにしてほしい」という要望でした。少し悲しい気持ちになる。
部屋に戻って、班員みんなで考え、来週までに資料を持ってくることに。
私は、みんなをうまーくうまーく説得して、「(細かくて正確な)絵を描く」という苦手分野を、どうにかこうにか装飾からなくすことに成功しました。最初は、「細かい描写をしよう」とか、「だまし絵を描こう」とかいう話になっていたのですが、私にはそんなこと到底無理!でも、無理と言うのも到底無理!なので、話し合いの間にちょっとずつ、「コラージュがいいんじゃない?」「写真を使うのも新しくて楽しいかもね!」などなど、発言してみました。
先生が、「うまく自分のやりたい方向に持って行かなきゃ」とおっしゃっていましたが、第一歩は成功…かも?
入所されている方が、とにかく私たちに興味津々で、いろんなことを話しかけてくださるのが、うれしくもあり、悲しくもありました。
先生が、それは時間をかけて解決しなければならない問題だ、とおっしゃっていました。
ヴィジュアル・ミュニケーション・デザインの授業が、最後の最後になって腑に落ちたように、この介護等体験も、今年が終わるまで釈然とすることはないのでしょうか。
今日の美術教育法の授業で、教育実習を終えた学生に、先生が「いい顔になったね」と話しかけていました。
「いい顔」ってどんな顔だろう。
ではまた明日。明日はマンガを載せられたらと思います。
明日からは、新しい授業が始まります。
補足・介護等体験について以前書いたこと
*教職過程についてのちょっとした説明
*施設オリエンテーションに行って感じたこと
つもりつもるつもり
今日のデザイン・マネジメントの授業で、「情報の96%はゴミになる」と言われました。
ムサビコムメンバーとして、非常に耳が痛かったです。
この日記を投稿するとき、私は何度も何度も読み直して、推敲しているつもりです。つもりがつもりつもって、もう客観性なんて失ってしまうのですね…
でもやはり、ここで重要になってくるのも、「編集」なのだろうな、と思います。
言葉に頼りすぎるのは私の悪いくせだけれど、「編集」について、ひと通り考えをまとめなくてはいけないようです。
ムサビ日記をむだにしないよう、精進いたします。
明日から、介護等体験の実習が始まります。まずは、施設内の装飾をお手伝い。
実際にどんな装飾をするかは、施設の方と相談しながら決めていきます。
実習のために、以前図書館で予約していた本を受け取ってきました。
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1年と少し、教職課程で学んできたことが、どう生かされるのか、壊されるのか。
不安でもあり、楽しみでもあり、複雑な夜です。
ではまた明日。
この幸せがつづけばいいのに

こんにちは、みちくさとりこです。
今日は特に何もせずすごしました。やったことといえば、図書館に行ったことくらい。
介護等体験のレポートを書くために必要な資料を借りてきました。
私のいる班はまず施設内の装飾を担当します。私がうかがう施設以外にも装飾は行われているのか知らなかったので、まず福祉関係の本がある棚を見てみると、こんな本を発見。
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参考にと借りてきました。
他にも福祉の本を何冊か借りたあと、さっき手に取った本に「芸術教育研究所」というところが関わっていることに気がつきました。(芸術教育研究所ウェブサイト)
なんとなく、「教育=子どものもの」と思い込んでいたので、少しおどろく。でも、「生涯教育」という言葉もあるくらいだから、教育は子どもにかぎった話ではないことくらい、少し考えれば分かります。甘いなあ、わたし、と少々落ち込みながら、幼児教育関係の本を物色する。そこで見つけたのがこの本。
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この間、シュタイナー教育で使われたという絵の具を授業でも使ったので、この本に手が伸びました。
火曜日が楽しみです。他にもたくさん借りてきたので、ちゃんと読み込まないと。
いろいろ、思います。高齢者の「教育」と幼児の「教育」。そもそも、高齢者と幼児は、どこが同じで、どこが違うのだろうか。
施設オリエンテーション後のレポートにも書いたのですが、「尊厳」とは何だろう、と考えます。「尊厳を大切にしてください」と介護長さんに言われたことが、引っかかっています。まだ、よくは分かりません。
少し困った。
ではまた明日。
(まったく関係ないですが、今とてもあずきバーが食べたい)
アイスクリーム日和
さて、今日は、介護等体験の施設オリエンテーションでした。施設内の装飾、介護体験と、合わせて7日間、お世話になる施設に、初めて行って参りました。
少し話は飛びます。私の曾祖母の話です。
私の曾祖母は、この3月に亡くなりました。101歳の大往生、老衰で、すうっと亡くなってしまったのですが、彼女は亡くなるまでの約7年間を、特別養護老人ホームで過ごしました。
身体の機能が弱くなってきていること、また、認知症の症状が少し現れはじめていたこと、彼女を介護している私の祖父母の負担が大きかったことなどから、家のそばにある老人ホームにお願いすることにしました。
その時にはすでに認知症の症状が出始めていて、祖母を自分の母親と勘違いしたり、私の母のことが辛うじて分かるくらいになっていたりしたので、私は曾祖母を「混乱させるから」と、入所以来、1度も会うことがありませんでした。
3月の初め、曾祖母がそろそろ危ない、という状態になり、しかし彼女はそんなところから何度も帰ってきた人なので、まだまだ大丈夫だろう、と思っていたらまるで消えるようにそのまま亡くなってしまい、私はずっと混乱していました。
確かに、毎日彼女に会いに行っていた祖父母や、母の話を聞いていれば、彼女が決していい状態にあるわけではなく、様々なことをもう覚えてはいないのだ、ということは分かったのですが、彼女の姿を見ることがなかったので、私にはいまいち理解できなかったのです。彼女が、特別養護老人ホームにいたことや、認知症であったこと、そして、亡くなったということも。
今日、お世話になる施設で出会った人の何人かは、曾祖母と似たような状態の人たちで、そして曾祖母は間違いなく、この場所と似た空気の場所にいたのだ、と思うと、ようやく、彼女が亡くなったことを実感できた気がしました。
もちろん、そこに曾祖母はいないので、私はこの介護等体験を通して、彼女の死を理解していかなくてはいけないのだろう、と思います。
彼女がいたところは、もしかしてこんなところだったのかもしれない。私が介護体験をするのは特別養護老人ホームではなく、家に帰ることを目的としてリハビリをしたり、音楽療法を受けたりするような施設なのですが、でもそこには、彼女の残していったものがあるような気がするのです。
私が、曾祖母に出来なかったこと。それを、出来る限り、やりとげたい、と思いました。
ただ、ナーバスというか、空気に慣れることが出来なくて、大丈夫だろうか、と不安にはなりました。最終的には多くの人が「心配することはなかった」というコメントを残しているので、きっと大丈夫なのだろう、と思います。
尊厳、とは何なのだろう、と、考え込んでしまいました。施設の方もおっしゃっていましたが、「生きるとは何か」「老いるとは何か」を考える大きなきっかけになりそうです。
明日は2限から。大好きな授業です。どんなことを聞けるのか、楽しみです。そして5限も、大好きな先生の授業!楽しみ。その話は、また明日。
ではまた。
追伸
関係ないのですが、最近、アイスクリームを食べています。学校で。
食べすぎには注意ですが、しばし和むにはとてもよいアイテムです。頭も元気になります。