2010年03月のアーカイブ

ありがとうございました

20100331.jpg


私が生まれて初めて書いた作文らしい作文は、小学校1年生の夏休みの宿題、読書感想文でした。
選んだ本は『あしながおじさん』。なぜ『あしながおじさん』を選んだのか、確かな記憶はありません。母も小学校1年生のときの読書感想文で書いたとか、聞いたような。
なぜ突然こんな話を始めたかというと、あの読書感想文に、私が今ここでこうして文章を書いている意味があるような気がするからです。
生まれて初めて書く作文、そして読書感想文。7歳だったとりこちゃんは、どうしたらいいのかよく分かりませんでした。今でこそ「読書」の「感想」を書く「文」だと分かるけれど、そのころのとりこちゃんには「どくしょかんそうぶん」としか聞こえていません。困ったとりこちゃんは、『あしながおじさん』を最初から作文用紙に写し始めました。笑 一言一句、書き漏らさず。
もちろん、あっという間に作文用紙は足りなくなりました。規定は2枚だったか3枚だったか、いずれにせよ、あっという間であることに変わりはありません。
とりこちゃんは、半泣きでお母さんに訴えました。作文用紙がなくなっちゃった!
お母さんは、とりこちゃんから事情を聞いてびっくり。笑 慌てて、「読書感想文とは何であるのか」を詳しく説明してくれました。


というか、私の代わりに読書感想文を書いてくれました。
今だから言います!分かっていたとは思いますが、先生ごめんなさい!


とりこちゃんにも、何が起こったかよく分かりませんでした。お母さんはするするっと読書感想文を書き上げ、とりこちゃんに「これを作文用紙に写しなさい」と言いました。とりこちゃんは言われるがまま、作文を写しました。
不思議な気持ちはしたけれど、嫌な気持ちにはなりませんでした。
とりこちゃんのお母さんの主張は簡単です。「読書感想文が何なのか、学校で説明もしないで宿題にするのは間違ってる」。
そのときとりこちゃんは、ああ、私のお母さんは文章を書くのが好きなんだ、と知ったのでした。
私の通っていた小学校では、1年生の夏休みから卒業まで毎日、日記を書いて提出することが決まりになっていました。先生からのコメントが付いて返されるそれは、作文の練習にはうってつけということで、以前から学校が取り入れている方法でした。
その宿題が始まったとき、とりこちゃんのお母さんはとりこちゃんに言いました。日記を書き終わったら毎日、私に見せなさい。添削してあげるから。
ずいぶんあとになって知るのですが、とりこちゃんのお母さんは、文章を書くことをお仕事にしていた時期があるようです。だから、文章をとても大切にしていたのですね。
とりこちゃんは、文章を書くのが大好きになりました。もともと、小さいころから文字を追ったり、書いたりするのが好きな子どもだったそうですが、それが毎日の中で欠かせない、大切なものになりました。


中学校に上がった私は、ウェブで日記を書くことを始めました。以来、細々とではありますが10年、私はそれをつづけています。小学校のころから考えると、「日記をつける」という行為を始めてもう16年にもなります。
でも、そのうちの多くが、書いたところで何が起こるわけでもない、ただの「日記」でした。
それを大きく変えたのが、この3年の「ムサビ日記」での経験でした。


以前よく描いていたマンガを描き始めたきっかけは、「友だちを作りたい」と思ったことです。
私は口下手で引っ込み思案で、人見知り。でも、マンガを描いてその中の「あたし」にしゃべらせれば、そしてそのマンガを誰かに渡せば、そこから友だちが作れるかもしれない。そう思って、浪人していたときに描き始めました。
ムサビ日記でも何回か載せて、でもわりとすぐにやめてしまったのは、今の私には、キーボードを叩いてことばを連ねることの方が、簡単だけれど難しくて、自分の気持ちを伝えたり、誰かの気持ちを受け止めたりすることに向いているのではないか、と思ったからです。
実際、ムサビ日記を通して、ライターをやっていなければ絶対に出会うことのなかったたくさんの人と出会うことができました。


4月から、6歳から12歳までの子どもたちとの毎日が始まります。
いったい何が起こるのか、想像もつきません。
でも、「いい顔」でいられるよう、自分にはもちろんだけれど、「みちくさとりこ」という人のことを知り、日記を読むことで支えてくださったすべての方に恥じないよう、日々を過ごしたいと思います。


「ムサビ日記のみちくさとりこ」は今日でいなくなってしまいますが、「みちくさとりこ」という人のことはまだ、どうしようかしっかりとは考えていません。おそらく、この日記が消えたころ、どこかからふわっと顔を出すのではないかな、と思います。(twitterはつづけます)
それがひとつの、みちくささんの答えでもあります。


ありがとうございました。それ以外に言えることばなど、見つかりません。


では、また!

そうだ、みちくささんに聞いてみよう 回答編

大変お待たせいたしました。まだまだみちくさとりこのムサビ日記は終わらないよ!笑 「そうだ、みちくささんに聞いてみよう」回答編です!
たくさんの質問、本当にありがとうございました。
回答は「つづきを読む」からどうぞ。


―卒業おめでとうございます。私はもうすぐ大学4年になり教育実習に行くのですが、何かアドバイスいただけたら幸いです。ちなみに高校の美術教員免許をとろうと思っています。よろしくお願いします。


お祝いのおことば、ありがとうございます。教育実習まであと2か月ほどでしょうか。ひとまず、手羽さんの教育実習のときの記事と、私の教育実習の記事(書きたてほやほや!)を読んでいただくと、何かしら得るものはあるのではないでしょうか。
あとはもう…その場に行ってみなければどうにもならないし、その状況になってみなければ分からない。それはあきらめではなく、その場その場で求められるものに答えていく瞬発力が大切なのだなあと、私が実感したことでもあります。
そういうとき、今までに積み重ねてきたものが如実に表れます。私は、そのもろさにぼう然としたくちです。苦笑
やれることはやっておく、やれることは何だろうと考える。それが大事なのかなあと、実習から1年近く経った今では思います。


―みちくささんのお洋服について質問です。好きな系統は無印良品・ユニクロ・グローバルワークあたりと日記の内容から拝察いたしますが、違ってますか?セシルマクビーなどかわいいきらきらした感じは路線がちがいますか?パキンとしたお洋服ってどんな感じですか?これからお仕事するのにどんなお洋服を用意されていますか?


まず、好きな系統はそのあたりで正解です。グローバルワークが出てくるとは!読み込んでいらっしゃいます。笑
「かわいいきらきらした感じ」、路線というか、好みとは違うかなあという感じです。顔も童顔ですし、髪はベリーショートですし、何しろすっぴんですし…
「パキンとした洋服」というのは、輪郭がしっかりしている洋服のことです。ひらっふわっ、ではない服といえばいいのでしょうか。
これからお仕事するために準備している服…とりあえず、ユニクロ(!)で衿のついたシャツを何枚か買いました。あとは、様子を見ながら買い足す感じです。職場の雰囲気もあるでしょうし…まだまだ準備はしきれていません。


―4年間卒業後やってみたいことは(必ずしも就職先ということではなく)どのような変遷をたどったでしょうか(入学の時、2年の後半のころ等々)。


「やってみたいこと」と言われると、難しいものですね…うーん。
私は、受験生だったころからはっきりとした理由もなく「教員免許を取ろう」と考えていて、大学で勉強すればするほど「私にはこれしかやれないなあ」という思いを強くしたので、「美術(科)教育」は「卒業後やってみたいこと」の軸としてぶれることがなかったと思います。


―4月から芸文へ行く者です。みちくささんの日記は何度も拝見して、受験上の参考にしていたので、私にとってみちくささんの日記はまさに「先生」のような感じでした。笑
そこで、ベタな質問なのですが、これからムサビで、芸文で生きる1年生に、みちくささんの視点からなにか一言頂きたいなあと思います。ぜひよろしくお願いします!

―はじめまして、4月から芸文の1年生になります。どきどきです。質問ですが、「芸文生ならこれをやっとけ!」というもの、なにかありますか? 「ムサビ生〜」でもかまわないです! 教えてください。


同じ新1年生からの質問でしたので、まとめさせていただきました。
これから4年間も大学生活があるんですね。うらやましい!
アドバイスは、「健康に留意して」…って、違うか。
個人的な「これをやっとけ!」で申し訳ないのですが、いつも「何でだろう?」「どうしてだろう?」と思っていて欲しいなあ、と思います。
ただそれは、考えすぎると動けなくなる魔法のことばでもあるので(笑)、ほどほどに、なのですが。


―どのような恋愛観をお持ちですか?好きなタイプなど。日記でたまにそのような記述があったので気になります!「卒業式のあと、中学生や高校生が体育館の裏で告白してしまう気持ちが、23にしてよーく分かった。」などなど。


ええとまあ、とりあえず、高校を卒業するとき、「大学に入ったらすぐに彼氏なんて出来るよ!」と言った同級生を呼び出して、小一時間お説教したいくらいには乏しい恋愛経験、否、片想い経験しかないことはお断りしておきます。泣笑
たまにそんな記述がありましたか…例として挙げてくださっていたものは確かにそういう気持ちで書いたものなのですが(笑)、他に心当たりがなくて、どきどき。
ちょっとここ数日で「恋愛」とかいうものを達観してしまい、健康的な回答ができなさそうですので(おやおや?)、まあ、みちくささんはそんな23年間を過ごしてきましたよということだけご理解いただければ…、と思います。
はっはっは。(乾いた笑い)


―娘がムサビに進学しなかったら みちくささんとは出会えなかったでしょう。でも本当は
―えっ


これはおそらく、同じ方からいただいたコメントだと思うのですが、途中で送信されてしまったみたいで…つづきが非常に気になります。もしこのエントリを読まれていましたら、コメントやメールなどいただければうれしいです。


その他にも、卒業のお祝いのコメントなど、ありがとうございました。
次こそ、最後のエントリです!

劇団☆新感線『薔薇とサムライ』@赤坂ACTシアター 2回目

学生生活、最後の観劇がこの作品でよかった。


2年半くらい、観劇のときはだいたいいつも一緒だった友だちと、何だか不思議な気分で別れる。
普段なら、どんなに長い休みの間に会っても「次は○○の公演を見に行くから××でね。メールするね」とか、「もう次に会うときは学校だね」とか言っていたのだけれど、本当に今予定している「次」(4月半ば)に会えるのかどうか分からなくて、そのときには何だか全然違う2人になっていそうで。きっと、そんなことはないのだろうけれど。


いろんなものにさようならを言った気持ちでした。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

その人

「いい顔で会いたい人」と、4年ぶりに会うことができました。
その人は4年前と、仕草から物言いから、何ひとつ変わっていませんでした。
と思っていたら、「みちくさは4年前と変わらないよね」と言われました。
その人は、「悪くはない顔」をしていました。


4年前の3月に別れたとき、私は大学生に、その人は社会人になる少し前でした。
これからいったい何が起こるのか、わくわく、でも、不安。
4年が経って、思いがけず私もその人も、新しいスタートを切ることになっていました。


また会いましょう、と別れて、ああ、頑張らなきゃな、と思いました。
その人と次に会うときには、次のステップに進んでいたいし、新しい場所で春を迎えるようにしていたい。


そんなふうに思える人に出会えて、本当に幸せだなあと思ったのでした。
いろんな感情を一気に越えて、その人は私を心底そんなふうに動かす、唯一の人なのだなあと。
とはいえ、何ていうかその、いわゆる「そういう」気持ちは本当に、微塵もなく。
自分でもよく分かりませんが、そんな人に出会えて、会えて、良かった、という話でした。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

ひと区切り

そして今日は、塾の受付アルバイト最終日。
塾で、あえて「受付」をやっていて良かったなと思うのは、生徒たちの変化を、良くも悪くもつぶさに見つづけられたこと。それは、ひとりひとりの変化もそうだし、「(学習塾に通う)中学生」の変化もそうだし。
受付のお姉さんは、縁の下の力持ち。生徒たちは私の名前を知らないけれど、私は生徒の名前と顔を知っている。それは、生徒にとって大きな「安心」だったはず。(だから本当は受付で名前を言わなきゃいけないのだけど、顔見知りになればなるほど生徒たちは受付を素通りするように!笑 私だって他のお仕事してて見えてないときもあるんだからね!)
でも、ここ数か月で社員さんの異動があり、「受付」のそういった役割がどこかへすっこ抜けてしまった印象だった。
新しく塾に入った生徒を教室まで案内するのも、筆記用具を忘れた生徒に「次は忘れないようにね」と釘を刺して一式貸すのも、「教室どこですか?」と聞いてくる生徒に「クラスはどこなの?時間割を見る!はい分かった?」とお小言を言うのも、先生ではなく「受付」のお仕事だった。だから、2年半もつづけられた。
ちょうど良い、区切りだったのかなあという気がする。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

つながりつづけるということ

今日は、かけ持ちしているアルバイトのひとつの最終日でした。(アルバイト先Bと書いている、塾ではないほう)
このところ、あまり体調もよろしくないので早めに上がってしまうことが多かったのだけれど、年度末で忙しいのと、何だか職場を離れがたいのとで、遅くまで残業していました。
3月いっぱいは納期が立てつづけにあってばたばたしているので、4月になったら送別会を開いてくださるそう。
一昨年の12月末から、約1年。所属している課だけではなくて、部のみなさんにも、本当にかわいがっていただきました。
教育実習や卒論のとき、まるまる1か月シフトに穴を開けても「みちくささんの夢のためなんだから」と言っていただいたり、採用試験のときには親よりも(笑)結果を心配してくださったり、4月以降も進路が決まらなかったらアルバイトをつづけて欲しいとまで言ってくださったり。
本当に、幸せ者でした。


この日記でも何回か書いているけれど、私は、人と「つながりつづける」ということが、非常に苦手でした。
勝手な感情なのだけれど、相手に失望することのほうが、その逆よりも多いような気がして。悲しい思いをするくらいなら、誰かと「つながりつづける」ことをしないでもいいのでは、と考えていたからです。


でも先日、ふらっと電話をかけてしまった相手と、何と4年ぶりに会うことになり。
まだその人に会えてはいないので、私がその人に対してどんなふうに思うのかは分からないのですが、ただ、人と「つながりつづける」ことは、自分の努力次第なのだなと痛感しました。今までの私は、勝手にあきらめていたのだなと。
もちろん、その結果に失望することもあるだろうし、それは決して楽しい気持ちになれることではないけれど、それは「つながりつづけ」たい人を遠ざける理由にはならないな、と。


アルバイト先Bの人たちと、どんなふうに「つながりつづける」ことが、いちばん、感謝の気持ちを伝えられるのだろう。
そんなことを考えています。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

びゅんびゅんびゅん

「そうだ、みちくささんに聞いてみよう 卒業編」、明日までです!
また、教育実習の記録も書き始めています。こちらからどうぞ。


気がついたら、卒業式から1週間だそうで。この1週間、びゅんびゅん過ぎてしまったなあ。飛ばされてきたんじゃないかしら。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

LIVE POTSUNEN2010『SPOT』@東京グローブ座

ライセンスのかっこよさを再認識しました。
と言ったら、一緒に見た友だちに「ルミネのアンケートが混ざってる!」と笑われました。
あ、感想は前回見たときと変わりません。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

春は湯島へ

今日は、湯島天神に行ってきました。
去年の今ごろいただいてきたお守りを納めるのと、新しいお守りをいただくのと。
京都で北野天満宮にも行ったし、お守りもいただいたのだけど、私の受験(と学業)はいつも湯島天神だったので、あたらめて。
去年引いたおみくじは、普通のものも「恋みくじ」なるものもさんざん!?だったけれど、さて今年は。
まずは普通のおみくじ、こちらは小吉。「学業 努力第一」って、道真さん…!「争事 言わぬがよし」って、そりゃあ…!
さて恋みくじ。こちらは何と、大吉!実は、京都でも上賀茂神社と北野天満宮で大吉を引き、このごろ(まあ、数を引いているというのもあるのだけど)大吉つづきなのです。
去年もそうでしたが、どうやら湯島天神に来ておきながら恋なんてものにうつつを抜かしたがる者に、道真さんは辛いよう。道真さん、何かつらいことでもあったのでしょうか…(こらっ!)。
「恋」みくじとはいえ、学業へのアドバイスも欠かしません。去年は「今の甘えがあるかぎりどうにもならぬ。まず目標をもつこと」なんて言われてしまい、「ははあ〜(平伏)」という感じだったのですが、今年はいかに。


「学業 授業が大切です。判らないところをそのままにしないこと


どこの先生だっ!


でも、去年の今ごろのことを思い出しながら、そのときの私に今の私を会わせたいなあと思ってしまいました。(OG訪問みたいな!笑)
君の人生、いろいろ面白いことになってるよ!いやいや、今だって心配事はたくさんあるけどね、でも何だかんだ面白いよ。


来年の今ごろも、また湯島天神に行こう。そのとき、私はどんな気持ちで新しい年度を迎えようとしているのだろう。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

まだまだ

「そうだ、みちくささんに聞いてみよう 卒業編」、まだまだ募集中!
※本日、21:04ごろにコメントをくださった方、よろしければもう一度送っていただけるとうれしいです。とっても、とっても気になります…!


先日ちらりと書いた「いい顔で会いたい人」と、どうやら会えそうです。
卒業式の日、謝恩会の帰りにふらふらっと電話してしまい、「まったくの素面なのに…どうかしてるぜ!」と冷や汗をかきましたが、結果的に、よかった。
実は数日前にもその人と会えそうな感じになったのですが、あちらに突然予定が入ってしまい、というようなことがあり。
連絡がつかず次の日までやきもきしたのですが、いやいや、危ないところでした。
というのも、展示用に余計に製本していた卒論をその人に渡そうと準備していたのですが、その冊子がひどい乱丁!展示のときには展示台に置いていた数冊の中でもいちばん下にあったので、おそらくそこまで多くの方の目には触れていないと信じたいのですが…製本が終わったあと見直したはずなのに、と驚いたのと、どうしてその冊子を渡そうとしてしまったのか、渡す前に確認しなかったのか、というのと。
それに気がついたのがなぜか今朝で、パジャマ姿のまま、数か月前の自分の書いた文章を読み直してしまいました。


ムサビ日記と美大日記は今、「なぜ美術教育は必要か」という話で盛り上がっているけれど(発端は、私なの…かな?)、改めて卒論を読んで(まあ、卒論ともいえないような文章だよねという思いを新たにしたわけだけれども)、「そんなの、とてもじゃないけど今は説明できないよ」と思ってしまいました。
もちろん、卒論の中でも私は、美術教育の必要性を明確に説明しています。その考えは基本的には変わりませんし、それで説明できる部分も多くあります。学習指導要領と照らし合わせても、その説明は間違っていないと考えています。
でも、そんな説明の何百歩も手前に「何か分かんないけどとにかく必要なの!」という「思い」があるわけで。
小学校から高校まで、豊かで楽しい「美術(図工)の授業」を経験したわけでもない。「先生、美術楽しい?」と実習先で生徒に聞かれて、「楽しいよ」と答える実習生に驚くくらいには、美術の楽しさを信用しきれていない。美術(の授業)がすきになれない子どもの気持ちを、分からないわけでもない。
それでも、「何か分かんないけどとにかく必要なの!」と思う。そしてその「何か分かんないけど」が、私の持っていなければならないものだと思うのです。


「なぜ美術教育は必要か」という問いに、きっと万人の納得する答えが出ることはない。
でも、私はその問いを考えつづけるためにじゅうぶんな場所を与えられている。「責任」と言ってしまうと大げさかもしれないけれど、それを与えられている。
そうか、その問いを考えつづけたくて、私はそれを選んでいるのだなあ。
(なんて、ちょっとずるい書き方かもしれないけど)


答えが出ないということは、大変なこともたくさんあるけれど、終わりがないことが楽しさにつながったりもする。
その考えを持ちつづけることはなかなか難しかったりもするのだけれど、それが「大学」とか「美術大学」とかいうところを経た意味なのかなあと、この2年くらいは考えていました。
もちろん、答えが出ないからこそ、一所懸命考えるわけでもあるのです。


はい、で、早く記録書けって話ですね…


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

しないまま

「そうだ、みちくささんに聞いてみよう 卒業編」、さっそく、質問が届き始めています。ありがとうございます!
まだ質問してないよ!という方、上記リンクからどうぞ。


四輪駆動さんのお父さんのことば、何だか、はあ、って思います。
その理由は、未だひと文字も書けていない実習の記録で明らかにするとして…
そうだよなあ。そうですよね。いえいえ、私、実習の最終日にスーツで教室に行ったら(初日と最終日はスーツの決まりでした。それ以外はそこまでぴっちりではない服)、生徒にびっくりされたんですよね。
中1のクラスだったから、まあそんなもんかな、そういうのを期待するのも変かな、なんて思っていたのですが、いやあ…そうですよね…
何だか、1年近く経って改めて気が抜けてしまった。


でも、あの3週間が、良くも悪くも、私を動かしたし、動かすわけで。
そういう状況を「とりこちゃんらしい」と友だちに言われたけれど、実際そうなのでしょう。
釈然としないまま進んでいくのが、どうやら私みたいです。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

そうだ、みちくささんに聞いてみよう 卒業編

コメントやメールのお返事、ずいぶん滞っており、本当に申し訳ありません。
なるべく早くお返しいたしますので、お待ちいただければうれしいです。


そして今日は、この企画。とうとう、あいつが帰ってきた!


「そうだ、みちくささんに聞いてみよう」と世間の人々がみちくさとりこにとりあえずぶっつける282(まではいかないかもしれないけど…)の大疑問に果たしてみちくささんはちゃんと答えられるのか?


オープンキャンパスでは「芸文カフェ」なんて企画があるようだけど、個別相談なんてどきどきしちゃう。
みちくささんにメールを送ってみたいけど、勇気が出ない。
とりあえず、みちくささんのことが気になる。


そんなあなたのための企画が、「そうだ、みちくささんに聞いてみよう」です。
以下、詳しい方法です。よくお読みの上、質問をどうぞ!


○質問の方法
(1)下に貼りつけた「みちくさへの質問はこちらから」というボタンをクリックしてください。
(2)次に出る画面の「みちくさとりこへ、何かひとことどうぞ!」の下に、100文字以内で質問を入力してください。
(3)「もっと送る」というボタンをクリックすれば、質問がみちくさのもとに送られます。


○質問できる期間
2010年3月21日〜3月27日午後11時59分


○質問できる内容
公序良俗に反しない内容・個人情報を漏らすことにならない内容でしたら、基本的に回答します。
念のために。


○回答の方法
質問がたまってきたら、まとめて回答します。
たまらなかったら…随時回答します。笑
1つも質問がこなかったら、ちょっと泣きます。


○その他
質問をいただいた方の情報は、こちらでは一切分かりません。
心ゆくまで、みちくさを困らせる質問をお寄せください。


では、どうぞー!



ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

あれあれ

呉服屋さんに袴を返したその足で、ちょっとしたお買い物に。
ぱきん、としたワンピースが買いたかったのだけれど、春だからなのか何なのか、私の考えるワンピースはおろか、ぱきん、とした服そのものを探すほうが難しい。行けども行けども、ふわっ、ひらっ。
すきだったはずのお店も何だか雰囲気が変わってしまっていたりして、何だかなあ。とぼとぼと帰ってきました。


帰ってくると、1通の手紙が。「ふたつ目」のほうからの通知でした。
このまま「ひとつ目」のほうの連絡が3月末までなければ、4月から、6歳から12歳までとの生活が始まります。
「ひとつ目」が動き出すのは来週以降のようなので、まだはっきりとは分かりませんが…もろもろ考えあわせると、「ふたつ目」で決まる可能性のほうが高いのかな、という、根拠のない予想。


気がつけば、あと10日ほどで3月が終わってしまうのですね。
学生証は昨日返却してしまったので、学生料金もおしまいかあ。(そ、そんな…10日もあるのに…)


外は風がびゅうびゅう。春の嵐です。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

卒業式2010

いったい、何を書いたものやら…とにかく、卒業式でした。
早めに体育館についたせいもあってか席がかなり前のほうで、全体を見ることができず、今日(この記事は3/20に書かれています)になるまで「船出」ということばに基づいてあの式がつくられていたということ、気がつきませんでした。言われてみれば、なるほど、確かに。


お着物を着て、成人式ぶりにメイクをしました。美容師さんに、「とりこちゃん、お化粧しないからまつげが元気だよ!長いし、黒いし、太いし、みっちり生えてるし!」と興奮されながら。笑(メイクをしたのは、今までの人生で七五三と成人式の2回だけですと言ったら本当に驚かれてしまいました)
お着物は、成人式のときに着ていた振袖に袴を合わせて。本当は振袖に袴は合わせない(と思う)けれど、大好きなお着物で、どうしても着たかったので。袴は緑。『おお宝塚』で歌われている「青い袴」です。
いえいえいえ、もちろん、お着物に合うものを、と思って選んだのですが…それが、どうしても、緑で…行きの電車の中で母と2人、初舞台生の口上と卒業生の挨拶の真似事をやったのはないしょです…(これがどんなに恥ずかしいことか、分かる人が限られるのが唯一の救い!)


式は、母に喜んでもらえたのが何より。「あんなに楽しい卒業式、出たことない!」と申しておりました。
入学式は私1人で参加したのですが、「ひええ、とんでもないところに来ちまったぜええ」と冷や汗をかいてずっと下を向いていました。笑 やっぱり、ムサビでの4年間を経ると、いろいろ心得て楽しむことができました。


それでも何だか、ずっと不思議な気持ちでした。
成人式のときもそうだったし、たぶん高校の卒業式もそうだったと思うのだけど、不安でもなく心配でもなく、納得できない感じが何だかもやもやと…これはいったい、何なのだろう。


卒業式のあと、教員免許状をいただきました。
twitterでも書いたけれど、「書面として」は卒業証書より何倍もうれしいものでした。
私は中学美術・高校美術・高校工芸と3種類の免許を取ったので、3枚のお免状。
もっと仰々しいものを想像していたのだけれど、A4サイズの紙がぺらり、3枚。
「これが、そうか、これが、そうなんだ…」と、また複雑な気持ちに。
教育実習のときに毎日書いていた日誌も同時に返却され、実習を振り返った私の文章に対する指導教諭のコメントを、半年以上経って初めて、読むことができました。
いやあ…、いや、ね。
教育実習の記録を書かないで今日まで来てしまいましたが、その意味があったかも、と思ってしまうようなことばでした。
きっと、この先ずっと私が言われつづけることばなのだろうし(というか、実習のときも言われつづけたことばだし)、でもそのことばに対して私は、どうしたってすべて共感することはできないだろうし。
相容れないということを知っているからこそ、「すべきこと」がそれなりには明確なのだと思う。「すべきこと」があるなんて、幸せじゃないか。と、思うようにしよう…(ちょっと弱気)。


卒業式のあとにあった芸文の謝恩会では、壁と柱にめり込んでいました。おく★ともちゃんとともに。
そしてそのまま、ふらーっとひとり離れて地下鉄で帰宅。いろんなことが分からなくなり、ぼんやり。


帰り道、1本の電話をかけてしまう。1滴も飲んでないのに、何なんだこれは…
卒業式のあと、中学生や高校生が体育館の裏で告白してしまう気持ちが、23にしてよーく分かった。


ではまた。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

劇団☆新感線『薔薇とサムライ』@赤坂ACTシアター

本日は記録のみで失礼します!


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

いい顔

この冬、もう4年も会っていない人と、会えるかもしれない、ということがあった。
結局、お互いに忙しくて会うことは叶わなかったのだけれど、その人は私にとってあんまり憧れだったので、もしかしたら会えるかも、となった途端に、とても怖くなってしまった。
その人は、いい顔をしているのだろうか。私は、いい顔をしているのだろうか。
以前も書いたけれど、私はどうも、人とのあれこれを「つづけていく」のが苦手みたいだ。
べつにそれを嫌だと(つよく)思ったことはないけれど、健康的ではないなあ、と思うことはしょっちゅうだ。
これも前に書いたけれど、私は人に「期待」してしまうし、自分もその「期待」に応えようとしてしまう。だから、ふとした瞬間にその関係が崩れると、ああもうだめだ、とすべて投げてしまう。
そんな中で、その人は自分から積極的に「つづけてい」きたい、と思った人だったので(それはつまり、私もまだその人に期待しているし、その人もまだ私に期待しているということだと思う)、勝手な思いかもしれないのだけれど、その人には「いい顔」をしていてほしかった。
「いい顔」って何だろう。わが家だけの感覚かもしれないけれど、テレビで俳優さんを見て、「どんどん嫌な顔になってるね」「この人はいい顔になってるね」と言うことが多い。それはもちろん、造作がきれいとかそうじゃないとかそういう意味ではなくて、にじみ出るもの、というか。
そんなふうにいつも言っているから、余計に自分が「いい顔」なのか、不安だった。(というか、今でも不安かも。その人に会うまでは、たぶん)
そんなことを、卒業式を前に思っていた。


たぶん、大学の同級生の中には、この先ずっと会うことのない人もいるのだろう。そんな人のほうが多いということは、今までの経験からよく分かっている。
そして、そう思って別れた人と偶然に会い、「嫌な顔になったな」と思うことのほうが圧倒的に多いということも。
もちろん、それは私に対してだって言えることなわけで。(まあ、「(高校のころと)1mmも変わってない!」と言われた私ではありますが…)


何だかいつも、節目節目で眉間にしわが寄ってしまい、釈然としない思いで新しい日を迎えている気がする私の、もうすでに眉間にしわの寄っている話でした。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

うーん、えへへーん

母と買い物に行った。
ひさしぶりに、「オンナノコ」な気分になった。
ワンピース!ふわふわ!しわ加工!そでがひらひら!プリーツ!
試着して思わず、えへへへへーん、と笑ってしまった。


家に帰ってきてしばらくして、お届けもの。
みちくささん御用達のあのお店からの宅配便。
さっき、えへへへへーん、としたワンピースの値段で、衿のついたシャツが6枚!


わ、今日全身そこの服だ。
と言ったとき、もったいない!と言われて憤慨したのだけど、そのことを思い出して、うーん、となってしまった。
でも、箱を開けてビニールを開けてタグを切って、試しに着てみればやっぱり、へへーん、くらいにはなる。


ま、いいか。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

わらうこと

とうとう、手羽さんがひと通り記事を書き終えてしまった…ぼんやりしている場合ではない!


と言いつつ、今日は塾でのアルバイトの話。
私のアルバイトしている塾は、生徒のほとんどが高校受験をする中学生です。
女の子はそうでもないのだけれど、男の子は思春期まっさかり!反抗期まっさかり!をはっきりと態度に表します。
それでも、家や学校で見せるのとはまた違う顔を持っているんだろうなあとは思うけれど、「中学生」としての根本は変わらない。
2年生、3年生になってくると、受付に無言でやってきて何かを要求したり、理由なんてないのだろうけどぷんすかした態度で私に接してきたり。
小学生だったころ、1年生だったころを知っている生徒だと特に、「おうおう、成長してるねえ」と思ってしまいます。彼ら彼女らと日々接する大人たちは確かに大変なのだろうけれど(私ですらけっこう大変だ)、自分たちも(たぶん)通ってきた道。大きくなった証拠でもあるわけですよね。
そんな、思春期まっさかり!反抗期まっさかり!な生徒のうちのひとりが、このところ本当に自分から口を開かなくなった。聞かれたことには答えるし、その答えだって真面目そのものなのだけど、いつもとぼとぼしているというか。
でも今日、その生徒が笑ったのを、というか、その生徒の表情が動いたのを、ひさしぶりに見た。
何があったわけじゃない。その生徒に近寄ろうとした先生が、職員室(みたいなところ)の端にある、腰くらいまでの高さの棚に勢いよくぶつかった、それだけの話。笑
うわ、いたっ!と声を上げた先生を見て、その子がふっと笑った。
それを見て、すごい!と思ってしまった。以前、「笑う」ということを「自分にいちばん正直な感情」と書いたけれど、今はちょっと元気のないその子にも、笑うことは全然、残っているんだ、と思うと、すごいなあと。
あっという間にもとに戻ってしまったその子の笑顔だけど、うん、できることはあるぞ、と思ったのでした。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

オンナノコというアレルギー

果物アレルギーがひどくなってからというもの、お茶をすることが怖くなった。
友だちと買い物なんかしていて、ああのどが渇いた、と入るお店にはたいてい、フルーツのたっぷりのったケーキやパフェがおいてある。
もちろん、そういうものを食べないでチョコレートをメインにした甘いものあたりを食べていれば問題はないのだけれど、「圧倒的に食べられないもの」の存在が自分にとってひさしぶりで、何よりも恐怖が先に立ってしまう。食べてしまったときのことを考えて、耳の中がぞわっとする。
もともとは大好きなものだったから余計、なのかもしれない。私と同じように果物アレルギーを持つ人の多くが、そういった果物や甘いものたちを前にして「こんなにおいしいのに、食べられないの?」と言われた経験があるそうで、そのときの悲しい気持ちは、私にも想像がつく。食べられるものだったら、食べたいさ。
小さいころ、アワとヒエ以外に食べられるものがほとんどないほどひどいアレルギーを持っていたころもよく、「かわいそう」とは言われたけれど、そこには「もったいない」という気持ちはなかったように思う。
それはつまり、ケーキやらパフェやらの甘いものたちが、「嗜好品」であるということなのだろう。食べれば、あなたはもっと幸せになれるのに。食べられないなんて、かわいそうね。
少なくとも、私は確かにかわいそうだ。だって、食べたいんだから。お店に入ってメニューを広げて、フルーツたっぷりのケーキを見せつけられて、ああなんにも食べられない、と絶望したときの、悲しいなんてことばじゃ言いつくせない気持ち。
最初はただただ悲しいばかりだったけれど、最近になって、この、悲しいというか眉間にしわのよっちゃうような気持ちは、何かに似ているなと思い始めた。
それが今日、突然分かった。


今日は友だちと2人で、新宿に買い物に行っていた。
ごはんを食べて休憩して、お手洗いにでも行こうかね、と入ったお手洗いが、まあきれいでびっくりした。
広いのはもちろん、ゆっくりお化粧直しできるような椅子や、でっかい鏡や、ぴかぴかした照明。お手洗いじゃないみたいで、はあ、とため息が出てしまった。
もろもろ済ませて、さあ手を洗おう、と洗面台のところに行って、目の前にある鏡をふっと見上げて驚いた。


そそそそそばかすだらけだ!


私は、七五三と成人式以外にお化粧をしたことがない。肌が弱いので顔に何かをのせるのが怖いということもあるし、すっぴんに違和感も罪悪感もおぼえないから。
それは、同じく肌の弱い母の影響がたぶんにあると思う。彼女はさすがに(「年齢も年齢なので」とは彼女談)口紅くらいひくけれど、肌にはうすくしかファンデーションをしないし、目元なんて、やってもビューラーくらい。マスカラなんて、持っていたとしても使ったところはほとんど見たことがない。
とまあ、そんな環境で育ったせいか、日常的にお化粧をしたことがない。だから、お化粧直しをする人のための照明の下では、いつもなら特に気にしないそばかすが、気持ち悪いくらいにはっきりと見えてしまった。
そのときの気持ちがまさしく、お茶を飲みに入ったお店でメニューを広げて、フルーツたっぷりのケーキを見せつけられて、ああなんにも食べられない、と絶望したときの気持ちだった。
そこで、ああ、と分かったのだった。
私は、オンナノコになりたいんだ。


自分が「オンナノコ」であるということが、私はよく分かっていない。違和感とか納得がいっていないとか、そういう意味ではない。私は確かに、「女」ではある。ただ、「オンナノコ」なのかと言われると、途端に自信がなくなる。
京都に行ったとき、卒業旅行と思われる女の子5、6人のグループを、何組も見かけた。見るたびに、お寺にも神社にも建物にも興味のなさそうな彼女たちを「何しに京都に来てるんだ、ええ?」と問い詰めたい気持ちになりながらも、「あんなにあっけらかんと『オンナノコ』を楽しめて、いいなあ」とも思っていた。
ごはんを食べれば出てくる食べ物食べ物にカメラを向け、きゃっきゃ言いながらシャッターを切る。おみくじを引いては恋愛運のところばかり読み、縁結びのお守りを恥ずかしがることなく買う(買う!)。お賽銭を投げて懸命に祈る。夜中まで起きてつきない話をする(そして、次の日の移動中、市バスの中で寝くさる)。
私には絶対に無理だ、と思う一方で、でもあれは、私がなりたかった私なのかもしれない、と思い始めていた。
もちろん、あんなふうにはなれないし、なりたいとも思わない。今の自分に疑問や迷いがあるわけではない。でも、私はあんなふうにもなれたのだ、そして、あんなふうになれたほうが、きっといろんなことが楽だったのだ、と思うと、合点がいった。


考えてみると、私は「女の子なんだから」「女の子らしくしなさい」と親から言われたことが一度もない。おそらくは、ごくふつうの人よりよっぽど多くの「女の子」に囲まれて育ったけれど。
スカートをはいたひざを電車の中で広げないのは、「女の子だから」じゃない。例えば男の子がスカートをはくのが今よりふつうだったとして、私が男の子でスカートをはいていたら、きっと母は「ひざをきちんと閉じなさい」と言っただろう。つまり、そういうことなのだ。
だから、「女の子らしく」することがとても苦手だ。「女の子らし」い「オンナノコ」をすることも、同じように苦手だ。


お化粧をしないことを、「女の子なのにもったいない」と言われたことは何度もある。それはつまり、甘いものが嗜好品であるのと同じように、女の子にとってお化粧が嗜好品であることを意味しているのだと思う。
嗜好品なんだから勝手じゃん、とは思うのだけれど、私はきっと心のどこかで、それを嗜好したいと思っている、のだろう。その実感には、納得がいっていないけれど、たぶんそうなのだと思う。


私にとって、「オンナノコ」は果物と同じように、身体に入れると耳の中がかゆくなる、アレルゲンのようなものだ。(という言い方は、私と同じようにアレルギーに苦しむ方からは反感をかってしまうかもしれないけれど、私自身の実感なので、どうぞ許してください)
これからもきっと、私に馴染むことはない。ああいうふうになれたら楽なんだろうな、と思いながらも、そんなふうなオンナノコたちの姿に納得はいかないままなのだろう。「オンナノコ」は自分自身に重ねると、罪深い。


そんな私は、金曜日にはお着物を着るっていうのに、ただでさえ短くてたまに男の子に間違えられる原因にもなるベリーショートを、もっともっとベリーショートにしてきます。明日。
反抗心、なんだろうなあ。


まあ、デパートの地下がホワイトデーということもあって素敵なメンズやその彼女さんで溢れており、そんな日なのに私は、クリスマスイブをともに国会図書館で過ごした友だちとまたも1日を過ごしてしまった、という残念な気持ちも、かなりかなり、今日の日記には反映されております。とほほほほ。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

初めての春

母方の祖父母から、就職祝いをいただいた。
何というか、彼らにとってそれは「就職が決まった」のではなく「お勤めに出る」ということを意味するのだなあと、ちょっと不思議だった。
母にとって今回の京都旅行はひとつの区切りだったようだけれど、祖父母にとって私の就職は、いったい何なのだろう。
当たり前だけれど、私が就職を経験したことがないように、父と母も「自分の子どもの就職」を経験したことはなく、祖父母も「自分の孫の就職」を経験したことがない。
考えてみれば、みんながみんな、初めて経験する春なのだ。
自分ばっかり不安で晴れ晴れとした気持ちでいたけれど、それを覚えていなくちゃな、と思った日でした。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

京都旅行で考えたこと その1

京都旅行の記録、少しずつ書いています。
今日(と、明日くらい?)は今回旅行して思ったことを少し。


私の高校の修学旅行は、奈良・京都でした。でも、どこに行ったとか何をしたとか、ほとんど覚えていません。
はっきり覚えているのは、浄瑠璃寺というすごくいい感じのお寺に行ったことと、平等院鳳凰堂のグッズがおしゃれだなあと思ったことと、京都タワーにのぼったことと、JR東海のキャンペーンに当時大ファンだったTOKIOの『AMBITIOUS JAPAN!』が使われ大興奮したことくらい(ひどすぎる!)。あとは、断片的にしか記憶がありません。二条城とか清水寺とか奈良公園とか、修学旅行ぽいところにはひと通り行ったんですけどね。
そもそも高校生くらいの私は日本史未履修みたいなものだし(学校では履修していたのですが、興味も関心もなかったので授業中は、まあ、ご想像にお任せします)、集団行動も苦手だったから修学旅行なんてただ厄介でしかないもの。
何というか、趣旨がよく分からないというか、どうして学問を修める旅行なのに事前学習でちょろっとしか勉強していない奈良や京都に行くんだろう?と、目的に納得できていなかったのですよね。もちろん、それは言い訳に過ぎないのだけれど。
ただ、その違和感って、京都という「今ある町」の「現在」を無視していることが大きいんじゃないかなあと、今になって思うのです。
例えば、京都の道の作り。修学旅行に行ったときは、バスだってそれなりに乗ったのに、仕組みが分からないからちんぷんかんぷん。そりゃあ、「からすまる」って読みます。
でも、『通り名はやし唄』なんていうものの存在や、それが未だに歌われているものだということを知って、「♪まるたけえびすに〜」と自分が歌えるようになれば、それは「納得」の行くものになるし、バスや地下鉄に乗ったとき、なるほどね、と思えるし。バスルートを見れば、どの辺りが今の京都の中心部にあたるのかということも分かる。
そういう「今」を無視して、鳴くよウグイス平安京、ってやることを、もちろん意味がないとは言わないけれど、「意味があるもの」として捉えることができるのだろうか。
とはいえ、学習指導要領をざっと見た限りでは、「古代まで」「中世」「近世」といった項目にそれぞれ番号がふってあるし、教科書もそのように作られているので、順番通りに教えていかなければならないようだけれど。
確かに、大人になったからこそ思うことなのかもしれない。くるりの『京都の大学生』という歌の歌詞、「四条烏丸西入ル 鉾町生まれのお嬢さん」がよく分からなくて「鉾町ってお嬢さんの住むところなの?」「西入ルって何?」と調べ、その先に出てくる「今日もデートは左京区 大学近くの喫茶店」に「左京区近くの大学ってどこよ?」と調べたような私だから思うことなのかもしれない。笑(もちろん、「206番」のバスにもやたらと興奮する)
でも、今があるから過去があるのはきっと確かなことで、よく分からない過去から知っていくより、過去よりちょっとは知っている今から「知ること」を始めるのは、もしかして納得がいきやすいのかもしれない、と思いました。
以前、twitterの話と絡めてそんな主張をしている方のお話もどこかで読んだのだけれど、どこだったか、どなただったか失念…


でも、「大人になったからこそ」「自分が児童・生徒ではないからこそ」なのが、難しいところなのですよね。
あまり多くは書かないし、書けないけれど、「なるほど」「ふむふむ」「へえ」「面白い!」では済まないところが、どうしたって多分にあるから。
うーん。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

京都旅行2010春 3日目

3日目は、(朝ごはん→)二条城→護王神社→晴明神社→北野天満宮→京都タワーという行程でした。


まずは、イートインのあるパン屋さんで朝ごはん。…の前に、京都市役所を外から見学。


kyoto2010_03_01.JPG


朝ごはんは、タコライスサンド、ごぼうサンドとレモネード。


kyoto2010_03_02.JPG


kyoto2010_03_03.JPG


kyoto2010_03_04.JPG


二条城へ。


kyoto2010_03_05.JPG


何やら式典の準備が。


kyoto2010_03_06.JPG


何かと思ったら、Googleのストリートビューで二条城が見られるようになった記念の式典なのだそう。(東京に帰ってきてから分かりました)


お庭にはこんな脚立が。


kyoto2010_03_07.JPG


門をとめておくために針金がつけてあるのですが、柱を守るためにこんな仕組みが。


kyoto2010_03_08.JPG


庭師のおじさんがお庭をととのえています。


kyoto2010_03_09.JPG


屋根の上だって歩きます。


kyoto2010_03_10.JPG


kyoto2010_03_11.JPG


ちょっとへっぴり腰。


kyoto2010_03_12.JPG


梅がたくさん咲いていてきれいでした。


kyoto2010_03_13.JPG


移動します。京都の地下鉄は、駅の名前が大きく書いてあって分かりやすい。


kyoto2010_03_14.JPG


護王神社にはいのししがたくさんいます。


kyoto2010_03_15.JPG


kyoto2010_03_16.JPG


kyoto2010_03_17.JPG


kyoto2010_03_18.JPG


kyoto2010_03_19.JPG


kyoto2010_03_20.JPG


kyoto2010_03_21.JPG


晴明神社へ移動する途中、こんなものを発見。


kyoto2010_03_22.JPG


kyoto2010_03_23.JPG


テレホンカード販売店!


kyoto2010_03_24.JPG


kyoto2010_03_25.JPG


晴明神社です。


kyoto2010_03_26.JPG


式神さん。


kyoto2010_03_27.JPG


kyoto2010_03_28.JPG


kyoto2010_03_29.JPG


kyoto2010_03_30.JPG


お昼は北野天満宮のそばで。


kyoto2010_03_31.JPG


人がたくさん!


kyoto2010_03_32.JPG


さすがは天満宮、いろんな種類の梅が咲いていました。


kyoto2010_03_33.JPG


昨今のインフルエンザ事情などに鑑み、牛さんのそばにも消毒液が…


kyoto2010_03_34.JPG


kyoto2010_03_35.JPG


kyoto2010_03_36.JPG


得意気な牛さん。


kyoto2010_03_37.JPG


京都タワーにのぼりました。


kyoto2010_03_38.JPG


京都タワーは、望遠鏡が無料なんです。


kyoto2010_03_39.JPG


本当はそうじゃなかったみたいだけど…


kyoto2010_03_40.JPG


kyoto2010_03_41.JPG


kyoto2010_03_42.JPG


kyoto2010_03_43.JPG


kyoto2010_03_44.JPG


バスがたくさん!


kyoto2010_03_45.JPG


kyoto2010_03_46.JPG


またね!


kyoto2010_03_47.JPG


伊勢丹の地下で押し寿司(やっぱり!)を買う。作っているところがこんなふうに見えて、きれい。


kyoto2010_03_48.JPG


京都駅のこの構造、見たかったので感動。


kyoto2010_03_49.JPG


帰ります。


kyoto2010_03_50.JPG


北野天満宮ではお守りもいただいたし(おみくじも大吉でした!)、また来年の春も来たいね、と言いながらの帰り道でした。

京都旅行2010春 2日目

京都2日目の朝は、イノダコーヒから始まりました。


kyoto2010_02_03.JPG


kyoto2010_02_04.JPG


kyoto2010_02_05.JPG

kyoto2010_02_06.JPG


今年で70周年!


kyoto2010_02_08.JPG


この日の行程は、上賀茂神社→下鴨神社→京都大学→(お昼ごはん→)平安神宮です。
まずは、上賀茂神社へ。
上賀茂神社は、何だか不思議な貼り紙や看板がたくさん…


kyoto2010_02_11.JPG


もちろん理由は分かっているのですが、取り方によってはものすごくシャイな神馬がいるように思えるから不思議。笑


kyoto2010_02_12.JPG

kyoto2010_02_13.JPG


上賀茂神社ではこんなおみくじが引けます。


kyoto2010_02_10.JPG


気になる馬のものを選んだら、大吉でした。


下鴨神社では、お宮参りの家族が何組も写真を撮っていました。ガラガラで赤ちゃんの気をひいて、みんな大変。


kyoto2010_02_14.JPG


梅がきれいでした。


kyoto2010_02_15.JPG


この訂正の仕方は…


kyoto2010_02_16.JPG


どうしてもどうしてもこの目で見たかった、折田先生像のある京都大学へ!


kyoto2010_02_17.JPG


何とこの日は、合格発表の日でした。滞在した約2時間で計7回、新入生と間違われてサークルに勧誘されました。笑 なぜこんなひょろひょろしたのをアメフトに誘う!マネージャーをやれそうな器でもないだろう!笑


お昼ごはんは「総長カレー」。おいしかったです。


kyoto2010_02_18.JPG


ここからしばらくは、建物の写真をどうぞ。素敵な建物ばかりで、母娘で大興奮でした。


何よりも興奮したのが、この無用階段!


kyoto2010_02_19.JPG

kyoto2010_02_20.JPG

kyoto2010_02_21.JPG


kyoto2010_02_22.JPG


kyoto2010_02_23.JPG


kyoto2010_02_24.JPG


kyoto2010_02_25.JPG


kyoto2010_02_26.JPG


kyoto2010_02_27.JPG


kyoto2010_02_28.JPG


kyoto2010_02_29.JPG


kyoto2010_02_30.JPG


kyoto2010_02_31.JPG


kyoto2010_02_32.JPG


kyoto2010_02_33.JPG


kyoto2010_02_34.JPG


kyoto2010_02_35.JPG


kyoto2010_02_36.JPG


kyoto2010_02_37.JPG


京都大学をあとにして、平安神宮へ。迫力!


kyoto2010_02_38.JPG


kyoto2010_02_39.JPG


橘と桜です。こうして実際に見ると、勉強になります。


kyoto2010_02_40.JPG


kyoto2010_02_41.JPG


kyoto2010_02_42.JPG


京都市美術館の看板?がきれいだった。もともとは「大礼記念京都美術館」といったそうで、その「大礼記念」の部分がこういうふうになっているのですね。


kyoto2010_02_43.JPG


こちらは京都国立近代美術館が閉まっていますよ、というお知らせの紙。オサレ!


kyoto2010_02_44.JPG


バスで京都駅まで帰ります。夕方のラッシュにぶつかってしまい、なかなか時間がかかりました。


kyoto2010_02_45.JPG


ようやっと、晴れ間に京都タワー。


kyoto2010_02_46.JPG


買いすぎたおみやげを入れるための段ボール箱も、京都限定。


kyoto2010_02_47.JPG


3日目につづく。

京都旅行2010春 1日目

3月9日より2泊3日で京都へ行ってまいりました。
あんまり上手ではありませんがたくさん写真を撮ってきましたので、写真を中心に京都旅行を振り返りたいと思います。


初日の行程は、東京駅→京都駅→清水寺→(お昼ごはん→)三十三間堂→東本願寺です。

みちくさの旅行記録では恒例となりました、発車のご案内電光掲示板。朝早く、サラリーマンと卒業旅行の女の子たちに混じって新幹線に乗りました。

kyoto2010_01_01.JPG


乗る前に、ホームからこんな男の子ゴコロ?くすぐられるものを見ちゃったりなんかして。


kyoto2010_01_02.JPG


はい、今回の旅行は母と一緒、母娘2人旅です。足を組んでいるのが母です。
これからもたびたび登場しますので、どうぞよろしくお願いします。


kyoto2010_01_03.JPG


早速ですが、清水寺。


kyoto2010_01_04.JPG


こんなものがあったので何かと思ったら、


kyoto2010_01_05.JPG


説明書きが。へえ!


kyoto2010_01_06.JPG


清水の舞台。意外に低い気がする…こんなもんだったっけ?飛び降りてもこれ、大丈夫なんじゃないかしら…


kyoto2010_01_07.JPG


よく見るアングル。


kyoto2010_01_08.JPG


市内がよく見えます。


kyoto2010_01_09.JPG


舞台の下はこんなふうになってるんですね。


kyoto2010_01_10.JPG


清水寺で、どうしても見たかったもの。


kyoto2010_01_11.JPG


阿弖流為(アテルイ)と母礼(モレ)の碑です。


kyoto2010_01_12.JPG


女子っぽいところにも行ってみましたよ、ええ。


kyoto2010_01_13.JPG


石の間を歩けばどんどん左にずれ、おみくじを引けば「半吉」という良いんだか悪いんだか分からない結果になり…(吉と末吉の間だそうです)
べ、別に気にしてなんかないんだからっ!
あまりピンとこなかったので、お守りもいただかず。(気にくわなかったともいう)


坂を下って、お昼ごはん。食べたところのすぐ近くにあった、すてきな建物。


kyoto2010_01_14.JPG


何だろう?と思ったら、説明書きが。なるほど。


kyoto2010_01_15.JPG


中をのぞき込んでいる母。


kyoto2010_01_16.JPG


kyoto2010_01_17.JPG


お昼は湯豆腐でした!撮ろうとするとレンズが曇ります。


kyoto2010_01_18.JPG


つづいて、三十三間堂へ。


kyoto2010_01_19.JPG


三十三間堂では、「頭痛封じ」のお守りもいただきました。


それから、東本願寺。


kyoto2010_01_20.JPG


ハトに追いかけられました。人になれすぎて、怖かった…


kyoto2010_01_21.JPG


kyoto2010_01_22.JPG


門の柱の周りに、こんな模様が。


kyoto2010_01_23.JPG


kyoto2010_01_24.JPG


kyoto2010_01_25.JPG


kyoto2010_01_26.JPG


今日はここまで!2日目につづきます。

行ってまいります!

明日の京都の天気、全力で雪なんですが…
トレッキングシューズを引っぱり出して正解!


とにもかくにも、行ってまいります!


ではまた、京都から帰りましたら。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

うちのお父さんちょっとおしゃれ化計画

twitterでもつぶやきましたが、今日は父の誕生日でした。
というわけで、アルバイトの帰りにプレゼントを探す。といっても、最初から候補はふたつで、ひとつはかわいい靴下、もうひとつはかわいいハンカチ。靴下はいいのがなかったので、ハンカチになりました。
父は着るものに無頓着で、結婚してから母が相当(これでも!)頑張ったみたいです。父の大学の同級生に会ったときは、みんながみんな銀縁めがねにシャツはイン!の理系男子で度肝を抜かれたんですって。笑
無頓着、ということはつまり、気をつかうという発想そのものがないわけで、母がどんなにかわいい服をお誕生日や父の日にプレゼントしても、なーんかどうも、しっくりこない。
その「しっくりこない」感じは、アルバイト先AとBでとってもおしゃれな社員さんに会ったことによって、「どうしてしっくりこないの!」という苛立ちに。笑
おふたりとも男性なのですが、濃いピンクのマフラーを巻いていたり、あざやかな水色のジャケットを着ていたり、赤いカーディガンを着ていたり、それが全然嫌味じゃなく、すごく似合う。自分に合う色を知っているし、自分がどう見えるか、見られているかも分かっている。
とはいえ、彼らはしゅっとしていてふつうに格好いい。どう考えても、わが父とはタイプが違う。笑
さてどうしたものか。考えた末の結論が、「小物くらいはおしゃれに」。
というわけで、去年から「父を何となくおしゃれっぽくしようプロジェクト」に取り組んでいるのです。
さて今年のプレゼント。まったく同じではないのですが、こんな感じのハンカチをプレゼントしました。
アルバイト先Bのおしゃれ社員さんが使っているハンカチがとってもかわいくて、父のいつも使っている、いかにも!な男物のハンカチが何だかつまらなく思えてしまって。
このハンカチを作ったのは、俣野温子さんという方です。デパートなんかにはよく置いてあります。ねこのしっぽがついているタオルハンカチを見たことある方もいらっしゃるかな?私も母も大好きで、何枚か持っています。
基本的には女性向けなのだけれど、暗めの色を選べば男性でも大丈夫なんじゃない?と思って選びました。べつにお手洗いで全部広げるわけじゃないし、手をふくときにちらりと見えたり、ポッケからちらりとのぞかせたりしたらそんなに恥ずかしくもなくかわいいんじゃない?と。
ところが、去年プレゼントした同じく俣野さんのハンカチ、この1年で1回ずつ(2枚プレゼントしたので)くらいしか洗っていないそうです。笑 えー!何それ!
でも、着るものに無頓着な父が、小物に気をつかうなんて、もちろんありえないわけで。逆に、服をプレゼントするよりレベルが高いのかも。
とほほ、でもなかなか、異性へのプレゼントって思い浮かばないのですよね。同じくらいの年齢だったらまだ大丈夫なのかもしれないけれど、30歳以上離れていると、ねえ。


でも、あれかな。来年からは、もうちょっとリッチなプレゼントができる生活をしているのかな。どーんと旅行券!とかさ。
それはそれで、何だかさみしい気もするけれど。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

おたのしみまであとちょっと

火曜日からの旅行に向けて、明日にはホテルへ荷物を送ってしまうとのこと。
大人って、大人って…!と思いながらも、明日は1日アルバイトなので、今日のうちに荷づくり。
旅のしおり制作もまかされているので、「またたび」というサービスを利用して作っています。
これがなかなか大変。いろんな資料をあちこち、頭の動かしかたはさておき、身体の動きはまるで卒論を書いていたときのよう。
締切が月曜日に迫っている!と思うと、そのきりきり感も卒論っぽかったり、…なんて言ったら、2か月前の私に「はあ?」って言われるんでしょうね。ごめんなさい。
2か月前の私よ!いろんな心配がなくなって、3月はこんなに楽しいぞ!あと2週間くらい、まあ頑張れ!(やっぱり無責任)


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

どぎまぎテレホン

手羽さんが、いろいろ話してくださってます。私もそろそろ、腰をすえて教育実習の記録を書き始めないと。手羽さんの着地点を様子見しているところもあるので(笑)、まとめてどどっと書くことになるかもしれません。


今日のアルバイトBは、私にお仕事をくれる社員さんたちが軒並み出張!という事態。だったらお休みにしてくれていいのに、と思うのだけれど、それなりに作業はあるようで。朝から次々に私のところへ作業を指示する電話がかかってきました。
そのうちの1人は、1児のパパ。PCの壁紙も娘さんの写真にしているくらい(そしてそれがかなり頻繁に新しいものに取り替えられるくらい)、もうすきですきで!という感じです。
今日、初めてその人と電話で話したのだけれど、ものすごいデジャヴでびっくりしてしまった。
もともと雰囲気もやさしくて、しゃべり方もふわっとしているような人なのだけれど、私が今日やるべき作業をひとつひとつ説明してくれるさまは、まるきり「パパ」!私の父親もこんな感じだったなあなんて思い出しました。
うまく文字で説明できないのだけれど、「〜してみてくれる?」とか、「うん、うん」といった相づちのひとつひとつとかが、ああ小さいころ聞いたそれだなあと。
もう1人、去年の秋くらいにお父さんになった人がいるのだけれど、その人からの電話は(まあ、その人の性格もあるのだけれど)そんな感じじゃなくて、それもまた面白かった。お仕事の人でもないし、ものすごく仲の良い女の子っていうわけでもないからなあ、みたいな。
そもそも、「男の子っぽくはないけど女の子っぽくもない」(と社員さんに言われたことがある)私にはなぜか「敬語になってしまう…」と言っているような人たちばかりなのだけれど、そんな人たちがことばとか声色とかでしかやり取りのできない「電話」という道具を使って私と話すことに、ものすごく困っているようすが、かわいいというか、何というか。
私は私で、受付をやっているときの癖が出てしまって、「(出張に行っていない)○○さんと代わってくれる?」と言われて「少々お待ちくださいませ」なんて言ってしまったり。笑 「ませ」って!
私も、どうしたものだか戸惑っていたのだね。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

楽しみ

とうとう、かけ持ちしていたアルバイト先どちらにも、3月いっぱいで退職することを伝えてしまいました。
「しまいました」というのは、それが私にとって決して楽しい作業ではなかったから。どちらの職場の方も、なかなか進路の決まらない私のことを心配してくださって、気をつかってくださって。塾には3年間、もうひとつの方には1年間お世話になりましたが、何とどちらからも「4月以降も働くよね?」と言われるという、私の23年間で類をみない惜しまれかた。笑
塾ではないほう(説明するのはやっかいなのでアルバイト先Bとします)は社員さんも多いので、いろんな人から「よかったね」と言われました。社員さんは理系男子ばかりなので、美大女子の扱いかたに困っているようすでしたが(採用試験の結果が出る少し前の気のつかわれかたったら!)、私の4月以降についてもなかなか話を切り出せず、新入社員さんから「実は○○さん(主任)が言ってたんだけどね…」と聞くという。笑
でもそんな人たちに「夢がかなったんだね」と言われて、びっくりしてしまいました。
私は自分のなりたいものに「夢」を見ていたのだろうか。
卒論を書いているときも先生に「卒論は理想でいいんだよ」と言われて、ああそうか、と思ったのだけれど、結局理想を書ききることはできなかった。書いたのは、「私の」ではあるけれど、それなりの現実ばかりだったような気がする。もちろん、10年後の私が読んだら「こんなの理想だよ」と笑っちゃうような現実かもしれないのだけれど。
「夢」とか「理想」とか、持つべきもの、持っているのが(たぶん)ふつうなものを自分は持っていないような気がして、いやもちろん、「夢」ということばがあまりにも安易な意味で捉えられている面はあるのだろうけれど、これからの私が持つ「理想」や、かなえる「夢」って何なんだろうと、はっとした。
ある人に、「みちくさが先生になって、教えられてた生徒がどんな大人になるかって、遥か先を想像するととなんか楽しみ」と言われて、確かにそう言われた瞬間は、ああそうだな、と思ったのだけれど、そのときは今のような状況ではなかったから、実感がわかないままだった。でも、今はちがう。少なくとも「先生」と呼ばれるようになることは決まっていて、それはつまり、「これまで」よりはよっぽど多く「今」、そして「今」よりもっと多くの「これから」を見通すものになるということなんだ、と思える。
うん、そうだな。「夢」「理想」というと何だか正体のつかめないもののようだけれど、「これから」といえば分かりやすい。
それを「楽しみ」と思うことがきっと、「夢」や「理想」を持つということなのだろう。
そんなこと言ったって今は不安ばかりだけれど、もちろん、一寸先が闇なのは「状況」だけ。「楽しみ」と思う気持ちは、どこかに持っていたい。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

わくわくてくてく

京都へ行くにあたり、新しい靴を買おうかということになった。
1年生のときからはいているスニーカー(なぜか「トライアスロン用」なため雨の日は思い切り浸水する)がよれよれになってきたので、これを期に歩きやすい靴を買おうかなあと。
で、ネットでいろいろ探していたのだけど、それ以前にお金がないや、ということに気がつく。さてどうしたものか。
そこで突然思いついたのが、トレッキングシューズだった。
私の通っていた中学校や高校は、なぜか山登りがすきだった。遠足も宿泊行事も、その大半が山だった。
私はダイビングのCカード(ライセンス)を取るような家に育ったので、もちろん山よりは海のほうがすき。でも、仕方なくトレッキングシューズを買った。
仕方なくだったので、卒業してからはもちろん、はく機会なんてなかった。というか、卒業までにはいたのも、実は数回だと思う。
とはいえ、捨てるのは惜しい。だから、文字通りたんすの肥やしになっていた。
なぜトレッキングシューズに思いいたったかというと、このごろ「登山女子」なんてことばがあるらしいと、雑誌か何かで見たからだった。


madame FIGARO japon (フィガロ ジャポン) 2009年 6/5号 [雑誌]madame FIGARO japon (フィガロ ジャポン) 2009年 6/5号 [雑誌]

阪急コミュニケーションズ 2009-05-20
売り上げランキング :

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


ku:nel (クウネル) 2009年 11月号 [雑誌]ku:nel (クウネル) 2009年 11月号 [雑誌]

マガジンハウス 2009-09-18
売り上げランキング :

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


確かに、ぼこぼこ、もこもことしたトレッキングシューズを、ふわりんとした服に合わせるのは、かわいい。
トレッキングシューズなら雨も通さないし、よし、とたんすから引っぱり出してみた。
ホーキンスの、ごくごく一般的なトレッキングシューズ。私の記憶では緑だったのだけど、箱を開けてみると(箱が緑だった)、宇宙みたいな紺色の靴が出てきた。
見たとたん、「かわいい!」。いやいや、10年前、あんなに嫌がっていたトレッキングシューズが、かわいく見える瞬間の不思議。でも、かわいい。じたばたじたばた。


そんなわけで、いっぱい歩く京都旅行、10年前に買ったトレッキングシューズで行くことになりました。
町歩きに向いてるの?という疑問は、とりあえず考えないようにして。
来週の今ごろは、京都!


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

ためいき

卒業式の袴を選びに、成人式のときもお世話になった呉服屋さんへ行った。
成人式のお着物はレンタルだったのだけれど、親子ともどもすごく気に入り、買い取らせていただいたものだ。
卒業式ももちろんあのお店でしょう、ということで、バスと電車を乗りついで行った。
お店に着いて、卒業式の袴をお願いしたいんですけど、と言って奥に通してもらい、着物の入った包みをご主人に渡す。
じゃあちょっと失礼しますね、とたとうを開いた瞬間、彼の口からもれた「なつかしい…」ということばに、私はびっくりしてしまった。
そのお店はけっこう大きなお店で、もちろん、永年見つづけていればお店にある着物のことなど全部覚えられるのだろうけれど、私が驚いたのはそのことではなくて、彼の言いかたにあまりにも、温度があったことだった。まるで、人に対して言うようなことば。
確かに、呉服屋さんのご主人にとって着物はそういう存在なのだろうし、それが自分の手元を離れていくものではなくそれまでは「レンタル」という形で返ってきていたものだったからなおさらなのだろうけれど、どきっとした。
何だろう、見てはいけないものを見てしまったような、そんな気がした。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

『3/1 ルミネtheよしもと 1回目』

先日につづき、2度目のルミネtheよしもと!
今日はひとりで行ってきたのですが、試験休みらしき高校生がわんさかいて(芸人さんのラインナップによるものとは思うのですが)、肩身が狭いというか何というか。彼女たちは少なくとも2人以上で来ているので、微妙な年齢の(「私たちより年上みたいだけど、妙に童顔だなあ」的な)私は浮くったら。でも、幕が開いたらみんなひとりだもんね!と楽しんできました。(次に出る人が分かったときの「きゃー!」にはびっくりしましたが)
この間はきちんと聞いていなかったけど、本番中も飲食OKってすごいなあ。以前、新橋演舞場で、隣の席の人がぐいぐいおビールを飲んでいて「ひええ」と思ったのだけど(自分が飲めないせいか、お酒を飲んでいる人が怖いのです)、今日もお酒が禁止とは言っていなかったし、たぶんよっぽどひどいことにならなければ大丈夫なんだろうな。
あと、途中退出禁止というのも、前回は聞いていなかった気がする(言っていなかったのか、聞こえていなかったのかは分からないのだけれど…この間はずいぶんテンションも高かったし)。まあ、それについてはいろいろと弊害があるということなのだろうけど(すきな芸人さんのだけ見て帰っちゃう人が続出、とか)。そういった反応も含めてなんじゃないの、と思いつつも、確かに迷惑に思う人もいるわけで、劇場って難しい。


ライセンスはやっぱり、とってもとってもかっこよかった!
この間、「職人」と彼らのことを表現したけれど、そのとき受けた感じは間違っていなかったんだなあと思う。トリだったということもあるのだろうけど、それまで出てきた芸人さんたちがみんな「お客さんの空気を読んでネタを展開する」ようにしていたのに対して、ライセンスは「自分たちの空気にお客さんを巻き込む」ようにしていた。一分の隙もない、というか。
前回見たときと、枕から何から全部一緒だったし、一言一句違わないと言っても過言ではなかったのだけれど、それに違和感だったり、嫌な感じだったりを持つことはありませんでした。
「面白いですか?」じゃなくて、「面白いやろ!!!」。その強気な自信が、かっこいいかっこいい!
めろめろのまま、家路につきました。次に行かれるのはいつだろう。


そうそう、この間オイルの漏れていたフロートペン、交換していただきました。
問い合わせのメールを出した段階では、着払いで送付していただければ、とのことだったのでそうしようと思っていたのですが、梱包したり事情を説明した手紙を書いたりする気力がなく、だったら今日、お店まで持って行ってしまおうと。
買ったとき以上に恥ずかしかったのは、言うまでもありません。でもこれで、クロッキー帳にはさんでバイトのときに使えるぞ!(それは恥ずかしくないのか)


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)