リアルな美大の日常を
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2010年01月のアーカイブ
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卒業・修了制作展2009 3日目
あっという間に、卒展も3日目です。監視だったりなんだったりで今日までまったく作品を見られていなかったので、ムサビ日記卒業生を中心に回ってきました。
朝、私の論文が展示してある部屋で手羽さんをお見かけして、あんまりびっくりしたからしばらくまじまじと見てしまったのだけれど(笑)、芳名帳を見たら何だか冷や汗をかくようなことが…!他の卒業生にはそんなメッセージ書いてなかったのに。ひええ。
赤岩さんもいらしてくださったようですし(もしかして?という姿はお見かけしているのですが)、いつもコメントをくださっている方や、いつもムサビ日記を読んでくださっている他大学の方からもメッセージが残されていて、私ってムサビ日記のみちくさとりこだったんだなあと、驚きました。
この場をお借りしまして…本当にありがとうございます。
監視していた学生からも、手に取ってじっくり読んでいた人が多かったよ、と聞かされて、うれしいやら、うれしいやら。
個人的には、「読みやすかったです」というコメントがいちばんうれしかったかもしれません。やわらかい、すっとした文章が書きたいなあと思いながら書いていたので。それが少しでも伝わりましたならば、何よりです。
明日はもう、片付けだ。あの空間が、なくなってしまうのだな。変な感じ。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
卒業・修了制作展2009 2日目
卒展2日目の今日は、すてきなことばかりが起こりました。本当に、私個人の、些細だけれども大きなできごと。
会いたかった人に会えたり。
会いたいなあと思いつづけていた人から連絡があったり。
4月からに向けて動き出したものごとに最初の結果が出て、とりあえずは次に進めることになったり。
そんな日もあるんだなあ、と思った1日でした。
ではまた明日。
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卒業・修了制作展2009 1日目
とうとう、卒展が始まりました。芸文では優秀賞・学科賞も決まりました。いよいよ本番だなあという感じです。
先日の講評のとき、自分の中ではいろんなことに整理がついて、あれがきっかけになっていろいろ動き始めたつもりでいました。「つもり」といっても「整理がつい」たことに間違いはないのだけれど、あれからずっと、何ともいえないもやもやが自分の中にありました。
やれなかったことは分かっている、やるべきことも分かっている。後悔とも違う、この気持ちは何だろう。何となく悲しいような気はするのだけど、すぱっと前が見えた今、何が悲しいんだろう。
それが、昨日の講評と今日の優秀賞・学科賞の決定を見て、ああ、そういうことか、と腑に落ちました。
昨日の記事で私は「作ってもらったものは、その人にあいされて、見る人、感じる人にあいされて、本当に幸せ者だなあ」と書いています。そういう実感のあったものたちはちゃんと評価されていて、そのときに、そうか、私は私の書いたものを、そういうふうにすきになることはできなかったんだなあ、と気がついたのでした。
ここ何日かの何ともいえない悲しさは、自分の書いたものに対する、ごめんなさいの気持ちだったんだなあ。すごくすごくすきだったし、ずーっと考えてきたけれど、どこかでブレーキをかけてしまっていて、それに気づいていながらやっぱりそれ以上にはなれなかった。
私が、私なりに考えた「美術科教育」とか「学校教育」に対するアプローチに、分かりやすい形で光を当ててやることができなかった。申し訳ない気持ちでいっぱいです。大きい声で、必要なんだ!と言いたいのに。そうしてやれなくて、ごめんなさい、という気持ちです。
卒論を書くのは、おそらくこれが最初で最後なのだと思います。自分からはもう、離れていってしまうもの。でも、離れてはいかないもの。
妙なたとえかもしれないけれど、この感覚はすごく、失恋に似ているなあと思いました。(まあ、失ってばっかりなんだけどさ、私の恋なんて)
すごくすごくすごくすきで、大事で、だから怖くて、だからすきで。私から離れていっても、折にふれて思い返すのだろうし、そんなふうに右往左往したから、これからがある。
だから、この「ごめんなさい」の気持ちを忘れないようにしたい。
論文の講評のときも、「いいからあなたは早く卒業して先生になって、その理想を実現しなさい」と言われているような気持ちになったのだけれど、こうしてぽーんと投げ出されたときに、ああ、本当に、私はなーんにもないところに立っていて、自分の力で(もちろん、自分以外の人たちの力も借りはするのだけれど)やっていかなきゃいけないんだなあと。
ありがたいことに、私は「ごめんなさい」を忘れないことを、選ぼうとしているのだよね。今できなくても、これからできるかもしれない、できる、する。
毎日、少しずつ、失恋気分です。卒展が終わったら、何を思うのかなあ。
ではまた明日。
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平成21年度卒業・修了制作展のお知らせ
というわけで、大変遅くなりましたが平成21年度卒業・修了制作展および芸術文化学科卒業研究制作展のお知らせです。
まず、平成21年度武蔵野美術大学卒業・修了制作展全体については、手羽さんの記事をご覧ください。
次に、芸術文化学科卒業研究制作展についてです。
■芸術文化学科卒業研究制作展 「収穫祭」
※会期等はムサビのものと同じです。
※展示場所は主に9号館5・6階、また12号館地下にもございます。
9号館5・6階はまるごと芸文です!
さてさて、手羽さんが「最後なんだから展示場所書いたら?」とおっしゃってますので、お知らせいたしますね。
私は、9号館602で論文を展示しています。教室の上にアルファベットで「L」のサインが出ている教室です。
おそらく、内容から私の論文と分かっていただけるのではないかと思いますので、論文のタイトルはこちらでは省略いたします(展示している場所は、教室のわりと廊下寄りです)。なお、院生の方も同じ部屋での展示となっております。
スケッチブックと色鉛筆を用意していますので、ご意見・ご感想など残していただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
ではまた明日。ムサビでお会いしましょう!
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講評 2日目
今日は、制作系の学生の講評でした。
論文系の講評の日に書いた日記で、「実は『人』にとても興味があります。『人』に対する期待も高いので、その『人』がずっと変わらないでいると、心底悲しくなってしまいます」と書いたのだけれど(→その記事)、今日はそんな自分に対する実感が、また深まった日でもありました。
自分でも驚いたのだけれど、泣く人が続出するとさんざん脅かされて!?いた論文の講評のとき、論文そのものへの講評には全然、泣きたい気持ちになんてなりませんでした。それは、うれし涙も、くやし涙も。
でも今日、あ、この人は、やりたいことを、やれるかぎりやったんだな、という人の講評では、何だか泣きそうになってしまいました。うれしくて。
ゼミでずっと制作過程を見ていたり、同じゼミでなくとも顔見知りであれば紆余曲折をそれなりに知っていたりするわけですが、この4年間でほとんど話さなかったような人に対しても、それは同じことで。
あ、私は、こうやって人が変化していくのを見るのがすきなんだなあと、認識を新たにしました。
その人の考えていたこと、やりたかったことに、初めて「誰か」が重なった瞬間は、ああ、もう、よかったなあ…
その人に作ってもらったものは、その人にあいされて、見る人、感じる人にあいされて、本当に幸せ者だなあと。
そんな幸せ者たちを、どうぞどうぞ、ご覧ください。次の記事で、卒展のお知らせを行います。
ではまた明日。
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4年が経ったわけです
※この記事は2010/02/06に書かれています。
卒展の準備で大学に足を運んでいた間、ここぞとばかりに12下やホールでごはんを食べました。
この日は、どんぶり定食。チキン竜田の日でした。ちなみに前日は、同じくどんぶり定食の洋風ハンバーグ温玉添え。
しかし、この日のチキン竜田は胃にきました…思わぬところで年齢を感じる。
普段、そんなにがっつり食べないのも原因なのでしょうが、いやいや、参りました。
半分半分
卒業の季節になると、ふと思い出すことばがあります。
『ハチミツとクローバー』の中で、森田さんが卒業するとき、丹下教授が花本先生に言うことば。
「なぁ花本君 教師になんぞなるもんじゃないな
どんなに可愛いがっても 相手は卒業してゆくばかり
見送るだけの人生じゃ
卒業してしまえば 次に会うのは何年も先 ヘタすりゃ二度と会うこともない
いったい教師というものは…
永遠に卒業できない 学校の亡霊のようなものなんだろうかの?」
最初に読んだとき、すごく引っかかったことばだったのだけど、どうして引っかかるのかよく分からなかった。
このことばの意味が分かったのは、教育実習に行ったときだった。
私が高校3年生のとき新任でやってきた先生がいた。
私の学年の演劇部員は、部活を引退しても「有志」(という名目の全員参加)で活動をつづけていて、学校にものすごく無理を言って、放課後にその芝居を上演させてもらった。
そのとき、「顧問」として私たちの力になってくれたのが、その先生だった。
新任だから右も左も分からず、でもだからこそ経験を重ねた先生にはできないようなことをたくさんやってくれた。
その先生に、教育実習で久しぶりに会った。会って、びっくりしてしまった。
彼が、あんまりにも楽しくなさそうに先生をやっていたから。そして、それが生徒に伝わってしまっていたから。
本心では楽しんでいるのかもしれない。それは、彼にしか分からない。
でも、彼の1年目を間近で見てきた私には、彼がそのときほどにいろんなことを楽しんではいないように思えてしまった。
そのときに、ああ、こういうことか、とハチクロの科白の意味が分かった。
といっても、私の卒業した学校のその先生は、それを受け入れられていないというか、プラスにできていないわけだけれども。
介護等体験のときに、先生に「きちんと形にして残していかないと自分がすり減ってしまう」と言われて、確かに意味は分かるのだけれど本当にそういうものなのか分からなくて、でもそうだったんだなあと思う。
自分が、「先生になるかもしれない、その可能性だけは持っている状態」だからか、この卒業は半分半分のような、変な感じ。
来年の今ごろ、私はどういう気持ちでこの季節を迎えているのだろう。
ではまた明日。
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始まりと終わり
先日の講評のとき、お気に入りのセーターを着ていった。その服を着ていったのには、理由がある。
実はそのセーター、ムサビの入試のときに着ていたものだった。(というかまあ、その年の入試はどの学校にもそれを着ていったのだけど)
講評の前日、何を着ていこうかなあ、オリエンテーションのときに着ていたカットソーは穴が空いちゃったし、入学式のときに着ていたシャツは寒いしなあと考えていて、そうだ、入試のときに着ていたセーターにしよう、と思った。何となく、自分とムサビに密接に関わったものを身につけたくて。
19歳のときに着ていたそれを、「とりこちゃんがしゃべってるとき、ずーっとかわいいなあと思って見てた」と言われて、「人の話を聞かんかい!」と思うより前に微妙な気分になったけれど(4年経っても服の傾向が変わらないって…)、家に帰ってきて何の気なしに竹林さんの日記を読み返していて、ある一文に目が留まった。
「先生方が『入試はその学科の最初の授業でもある』と言うことがありますが、まさに芸術文化学科の始発点を読んでいるかのようでした」
今年の1年生が受けた芸文の小論文入試についてのコメントです。
これを見たとき、そうか!と思いました。
講評のとき、「論文系の人はこれが最後の授業になる」と先生がおっしゃいました。(正確には、制作系の講評がまだ残っているのですが)
最初の授業と、最後の授業。私は、まったく同じ服を着て受けていたんですね。
まあ、服装だけの問題なので、関係ないといえば関係ないのだけれど、そうやって妙に験を担ぐ?私にしてみたら、ものすごいこと。
いやいや、びっくりした。
ではまた明日。
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ジブリに教えられたこと
まったくもって卒業研究制作展とは関係ない話なのですが、ふと思い出したので。
ひょんなことから、『魔女の宅急便』をちらっと見ました。
私は美大生に珍しく、ジブリ作品をそんなに見たことがありません。
幼稚園の年少さんのとき、みんなが『となりのトトロ』の曲を歌えることに親がびっくりして、あわてて見せたくらい。笑(そういう、幼稚園児の平均値みたいなものに興味がなかったんですね、うちの親が)
見たことがある作品といえば、『となりのトトロ』『魔女の宅急便』『もののけ姫』『天空の城ラピュタ』、そして『平成狸合戦ぽんぽこ』くらい。
ちなみに、『〜ラピュタ』は高校の英語の時間に英語で見たため、発音が「ラピュータ」です。笑
お気に入りは、『魔女の宅急便』と『平成狸合戦ぽんぽこ』。『魔女の宅急便』は、大人になってから見た方がぐっときます。飛べなくなるところとか、ウルスラのことばとか。
で、『平成狸合戦ぽんぽこ』。この作品は宮崎駿監督作品ではないんですよね。でも(と、逆接でつなぐのはいいのか分からないけれど)、ジブリ作品の中ではいちばんすきかもしれないです。『魔女の宅急便』とはまた違う意味で。
この作品は94年公開なのだそうですが、私は映画館で見ています。8歳、小学校2年生のときです。
けっこうコミカルな描写が多いので、ああ楽しかった、と見終わったのですが、今まで見てきた映画とは違って、きちんとお話が理解できたわけではなくて。
終わったあと、一緒に見た母に「最後、どういう意味だか分かった?」と聞かれて、「分からなかった」と答えたわけです。
そのときの、母のことばが衝撃的でした。(以下、ネタバレ?です)
「あれはね、みんな死んじゃったのよ」
8歳が戦慄するには、じゅうぶんすぎる科白です。苦笑
あの瞬間、それまで楽しく見ていた映画に対する価値観が、一気に変化してしまいました。
あれ以来、怖くて『平成狸合戦ぽんぽこ』を見られていないのですが、やはりラストシーンの解釈には諸説あるようです。
母は、七福神の船?に狸たちが乗り込むシーンを見て、さきほどのことばのように解釈したみたい。
何というか、「同じものを見ていたはずの人に、自分とはまったく違ったものが見えている」と最初に体感した出来事だったような気がします。
そうそう、『もののけ姫』も、アンハッピーエンドだからすきなんですよね。
それも、見に行ったときに買ったパンフレットに、そういった趣旨のことが書いてあって、見てみたら確かにそうで。
当時11歳だった私には、やっぱりそれも衝撃でした。
分かりやすいアンハッピーエンドではなくて、じんわりと余韻のある感じがたまらなくて。どうにもならない、というか。
そういう意味では、見てきた数が少ないながらも、ジブリ作品はそれ以降の私のものの見方に影響を与えているのかもなあ。
もちろん、同じ作品を見てきた多くの人と私が、決して同じ見方をしているわけでもないのが面白いところなわけで。
そんなことを思い出したのでした。
ではまた明日。
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飛んでいってしまった
コメントやメールへのお返事が、滞っておりまして申し訳ございません。月曜日までには、元気を出します。お待ちいただけるとうれしいです。よろしくお願いいたします。
そんなわけで、展示が始まってもいないのにすっかり腑抜けです。
何が終わったわけでもない、というより始まったばかりなのに、ぐったり。
今までの卒業生の話では、4年生はクリスマスもお正月もない、ということだったのだけれど、何だかんだでクリスマスもお正月も満喫したよなあ、と思っていた。
でもよく考えてみたら、12月24日は国会図書館にこもっていたものね、1日。
そのことについてブログに書いてなかったことすら、今の瞬間に気づいたものね。
M-1の敗者復活戦を見に行ったのがほんの1か月前だなんて、嘘みたい。
1月の記憶なんて、ほとんどない。何をしていたら、23日になってしまったのだろう。
ああ、びっくりした。
ではまた明日。
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講評
今日は、卒業論文の講評でした。
思ったことがたくさんあるので、卒業研究制作展の前に、言い訳じみているかも知れないけれど書きます。
本当に、個人的に書き残したいと思うことなので、以下、たたんでおきます。
私の書いた論文は、大げさなわけではまったくなく、今までの23年間の疑問や違和感が出発点になっています。
もちろん、他の学生の論文も多かれ少なかれ彼ら彼女らのそれまでを踏まえたものではあると思うのですが、取り上げているものが「(学校)教育」という、少なくとも9年間は逃れられないものであること、私にとって、それが決してポジティブに捉えられる問題ではないことが、論文に今までの23年間をべったりと反映させる結果になりました。
その上での後悔は、「23年間信じられなかったものを、やっぱり信じ切ることはできなかった」ということです。
私の「信じられなかったもの」は、「先生」という存在です。教員を目指している人が何を馬鹿なことを、と思われるかもしれませんが、私にとって、いちばん信じがたい存在は「先生」です。
トラウマ、なんて言ってしまうと安易かもしれないけれど、「先生」に出会った幼稚園のころから、小さな小さな先生に対するトラウマが、自分の中に積み重なっていました。裏切られた、という思いを持ったことも一度や二度ではありません。
それでも、私は「先生」という存在にいつも期待していました。期待して期待して、あるとき突然裏切られる。その繰り返しでした。
「裏切られる」などという思いはとても主観的なもので、相手にはそんな意識はなかったのかもしれません。でも、相手の言うことを良くも悪くも丸ごと飲み込んでしまう私は、一瞬手のひらを返されただけで、絶対的に信頼していたその人に裏切られた、という思いを抱いてしまっていました。
現役生だったときから教員免許を取りたいと考えてはいましたが、それは「先生」という存在に対する疑問から始まっている興味なのだと、今では納得できます。実際、教職課程の授業はそれまで自分が持っていた学校観・教育観を見直す、解きほぐすことに大いに役立ちました。
それでもやっぱり、「先生」を心から信じることはできませんでした。ムサビには魅力的な先生がたくさんいらっしゃいます。学生の中には、先生たちと個人的に親しくなったり、話を聞きに行くような人もいました。
そんな人たちをうらやましいと思いながらも、私の中ではいつも自分を押さえる力が働いていました。今までのように信じて裏切られるくらいなら、最初から信じない方がいい。言うことを丸飲みしてはいけない。
そのブレーキは結局、卒論を書くときにまでかかりっぱなしでした。
辛うじて、ゼミの先生には考えていることを話すことができましたし、教育実習のときには研究授業を見に来てもいただきました。でも、そこまででした。
友人たちは、自分の所属しているゼミ以外の先生や、非常勤の先生、他学科の先生にまで卒論を見せ、指導を仰いでいました。言い方は悪いかもしれないけれど、そこまであっけらかんと「先生」を信じられる友人たちが、うらやましくてたまりませんでした。私はきっと、一度話を聞いたらそれを全部飲み込んでしまう。その先生の期待に応えられるように、頑張ってしまう。その先に、今までと同じようなことがあったら?そう思うと、手が止まってしまうのでした。
(誤解のないように言っておくと、大学に入ってから「裏切られた」という思いを抱いたことはありません。「先生」との距離感がそれまでとは変わるということ、そもそも「先生」の存在感が高校までとは大きく異なる、端的に言えば、免許がなくても大学の先生にはなれることが関係しているのではないかと思います)
何というか、私は人をすきになりすぎるきらいがあるなあと、大学に入ってから考えるようになりました。
私はたくさんの人といるのが苦手で、大学でできた友だちも本当に少ないのですが、実は「人」にとても興味があります。「人」に対する期待も高いので、その「人」がずっと変わらないでいると、心底悲しくなってしまいます。だからこそ、教員を仕事に選びたいと考えているわけですが。
今回の論文も、読んでいただきたい先生がいないわけではありませんでした。機会がないわけでもなかったのに、やっぱり恐怖心が拭えなくて、すすめてくれた友だちにも「でもジャンルが違うし、直接習ったわけでもないし」と言い訳して、なかったことにしてしまいました。
プレゼンの順番を待ちながら、他の学生に講評する先生たちのことばを聞いていて、ああ、もっと信じてよかったんだ、と思いました。それは、後悔であるのと同時に、これからの私の課題でもあります。
結局、私の論文は提出のその日まで、ゼミの先生にもほとんど全容を見せずにいました。もちろん、ゼミでの発言や個別の面談で考えそのものは伝わっているのですが、文章をまとまった形で見せたのは、80%提出の日が初めてでした。80%といっても私の場合、中身がすっからかんの80%だったので、未製本提出のときに、先生は初めて論文らしい論文を読んだことになります。
それから今日までずっと、もやもやもやもやしていました。
自分が悪いのだけれど、80%提出や未製本提出のときに先生に感想を求めなかったので、どんなふうに伝わっているのか、どんなふうに思われているのか、まったく分からなくて。
講評は、ゼミの先生以外に論文を読んでいただいた先生から、先にいただくことになっていました。私以外の人が聞いたら笑っちゃうような感想?なのかもしれないけれど、その先生が「まるでお父さんみたいになっちゃうんだけど」と前置きしておっしゃったことばが、何よりうれしいことばでした。
「ここに書いてあるようにやっていって、みちくささんの心と身体が持つかなあ」
状況を知らない方が読んだら、何だそれ!?なことばだと思うのですが(笑)、ああ、いろんなことがすべて伝わった、と思ったのでした。
私自身が、これから先についていちばん危惧しているのがそのことで、それはひとえに、私の(自分で言うのもなんですが)妙に生真面目なところとか、それゆえ頭の固いところとかに起因していて。
そんなだめな、それでもどうしても先生や教育というものに惹かれてしまう私のことが、私をそこまでご存知ではないその先生に伝わったこと、それだけでもう、すくわれた、という思いでした。
そして、ゼミの先生が「励ましのことばをいただいたわけだけれど」とおっしゃって話し始めたことを聞いていて、ようやっと「卒業するんだなあ」という実感がわいてきました(なんて言って、卒業できなかったらどうしましょう)。
実のところ、4月からの1年間は、少しお休みするつもりでした。この1年ちょっと体調もあまり良くないし、どうせだったら1年間をメンテナンスに当てて、次の4月から万全の状態で動き出そうと考えていました。
でも、論文を提出してから一気に「動かなきゃいけない!」という思いがわいてきて、少し真面目に4月からの行く先を探し始めたのでした。
今までも、先生には「みちくささんみたいな考えの人が美術教育をしていかなきゃいけないんだよ」とゼミのたびに言われていたのですが、今日ほど心に響いたことはありませんでした。
「私が私を卒業させる」というか…とにかく、今までの「卒業」では抱かなかった気持ちです。
これまで、何となく押し出されるようにして迎えていた「卒業」。それが、自分から「飛び出す」ものになったような気がします。
ここで学べることは、とりあえず限界まで学んだ。あとは、それを大学の外の社会で生かさない限り、私の場合はどうにもならない。
そう、強く思いました。
そんなわけで、つい昨日までは「誰も私の論文など読まないでくれ…」だったのですが、今は「どうぞどうぞ!読んで読んで!」な気分です。
詳細は、後日。
ではまた明日。
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マッサージに行ってみた
卒論の最終提出の日、友だちがマッサージに行ったという話を聞いて、うらやましくなり、行ってしまいました。今日。
だって、ずっとPCに向かっていたから肩から背中はがたがただし、昨日の準備で腰があやしい痛みをおぼえているし、これはまずい、と。
何ていうかその、凝りがほぐれるほぐれないは別にして(おや?)、誰かに身体を触ってもらうって大事なことなのかもしれないなあと思いました。いや、変な意味ではなくてね。
あ、こんなところが痛いんだ、くすぐったいんだ(笑)ということに気がつける機会は、そうそうないですから。
自分の身体を知るという意味で、いいなあと。
結局…肩も背中もごりんごりんです。確かに軽くはなったけれど、痛い。そして、お姉さんの営業トークが怖かったです。とほほ。
ではまた明日。
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卒業研究制作展2009準備
芸文は今日から、卒業研究制作展の準備が本格的に始まります。
まずは、段ボールパネル、略して段パネを運んだり、教室から机やいすをどかしたり。
この段パネの運び方がすごかった!去年までも何となく見ていたのですが、自分が実際やってみると思っていた以上に楽しくて面白くて、しんどい。笑
その様子が、卒展ブログに載っていますのでご紹介。
芸術文化学科卒業制作展2009 » 段ボールパネル・展示の設置作業
写真2枚目、これは9号館の、おそらく5階くらいから撮ったものだと思うのですが、地下の倉庫みたいなところから、各階段に2〜3人を配置して、階段のすき間を縫って一気に上まであげるんです。
最初は「軽いねー」と言っていたのですが、どんどん重たく感じられるように。
そして、「これ、下げるときの方が怖いよね…」と我に返ったり。笑 まさしく、「行きはよいよい帰りはこわい」。
運びあげたあとは「段パネおばけ」がいたるところに出現していましたとさ。
芸文フロアにある机やいすの中にはけっこう重たいものもあるのですが、みんなでやればあっという間にすっきりり!
まあ、やっぱり現状復帰を考えると怖ろしいんですけどね…
ではまた明日。
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ひと区切り
今日は芸文の、卒業制作・卒業論文の最終提出日でした。
まだまだ講評、展示準備などなどあるのでまったく気が抜けませんが。
これから、につながることをテーマにしてしまったので、気なんてきっと、ずっと抜けないのだろうけれど。
ではまた明日。
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あと少しがまだ遠い
さて、製本された論文を受け取ってきました。
乱丁落丁の確認はしましたが、本という「モノ」になったそれを、怖くて読むことができません。
もう、こうなったらできるだけ早く、自分以外の人の目に触れてほしい、と思ってしまいます。
ではまた明日。
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明日の朝には
某コピーサービスKに行ってきた。
以前もムサビ日記で某コピーサービスKについて書いているが(→そのときの記事)、今日は新宿A地点とB地点の店舗、両方に行くことになってしまった。(使いたかった機会の都合上)
B地点の店舗には、この間も書いた通りあまりいい印象がないのでどきどきしながら行ったのだけど、今日対応してくれた店員さんはみんないい人で、たった1人のよろしくない店員さんの印象だけでそのお店の印象も変わってしまうんだなあと、自分も接客業に近いことをしているだけにしみじみ思う。
A地点の店舗では、私の出した注文がややこしかったので、ちょっと偉い人が出てきてしまってびっくり。でも、最後に「お力になれなくて申し訳ありません」と言われて、もちろんそれはその人の本心ではないかもしれないけれど、少なくとも悪い気持ちにはならなかった。
そんなわけで、明日、私の卒論が製本される予定です。
いろいろしっちゃかめっちゃかだけれど、冊子という「モノ」になったそれに、対面するのが楽しみです。
ではまた明日。
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いつかあったそのとき
卒論を書いているときは、図書館で古い本を借りることが多くなりました。
私が住んでいる区の図書館は、平成4年ごろからさまざまな処理が電算化(?)されたようだ。
なぜそれが分かるかというと、古い本には「61.6.30」のように、年月日を押した紙が貼ってあり、それが平成3年ごろで終わっているから。
「64.1.7」みたいな、今となっては「おお…」と思ってしまうような日付もあって面白い。
古い本を借りたときは、まず本のうしろを見るようにしているのですが、自分の誕生日の前後の日付を見つけると、不思議な気持ちになる。
私がまだ何者でもなかったころ、この本を通していろんなことを知ろうとした人がいたんだな。
その人は今、どうしているのだろう。24年経って、私がこの本を手にしたことに、どんな意味があるのだろう。
何人もの人がそこにはいて、今となってはマナー違反な書き込みの跡くらいでしか感じられなくなってしまった、「同じ本を読んだ誰か」を感じさせます。
ではまた明日。
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どんどん遠いよ、センター試験
明日から、センター試験なんですね。どんどん、実感がなくなってゆく。
2年生のときに、「受験の話 センター試験編」というエントリでいろいろ書いていますので、みなさんのエントリも参考にしつつ、ちらっと読んでいただければうれしいです。
私のリュックサックが半年持たずに壊れるのも納得なエントリです。笑
みなさんが、持っている本来の力を発揮できますように!
ではまた明日。
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あっちもこっちもどこにも美大生
今日は、本屋さん→世界堂→紙屋さん→ハンズをうろうろ。
世界堂も紙屋さんもハンズも、美大生らしき人でごった返していました。
みんなが無事にいろんな物事を終えられますように!
ではまた明日。
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へいへいぼんぼんへいぼんぼん
昨日の寒さの中、マスクもせずに学校まで行ったら、のどというか気管支というかをやられてしまい、夜になってからひゅーひゅー苦しかったのでした。
とりあえずのどの薬を飲んで寝て、あったかくしていたらどうにかこうにかリカバリー。
いろいろ調べてみたら、やっぱり寒いのはいけないみたいです。
反省して、今日はマスクをして図書館に出かけました。
平日の午前中、とりあえずはゆっくりと本を読める幸せ。なにものにもかえがたい。
ではまた明日。
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未製本提出
今日は、卒論の未製本提出の日でした。
未製本提出とはその名の通り、100%にまで書き上がった論文を、未製本のまま提出すること。
最終提出は来週の今日ですが、そのときにはきちんと製本したものを提出しなければなりません。
おそらく、一般大学なら提出して終了なのだと思いますが、そこに「製本」という段階が入るのが、美大っぽいし、芸文っぽいなあと思います。
論文を書きながらも、なんとなーくは考えてはいましたが、書き上がるまで何ともいえない、装丁。
気に入っている本を引っぱり出してきたり、紙見本を見たりするかたわら、論文を直し、直し。
こうして文字を打っていても、ブラウザの上での作業なのこまめに保存するくせがついてしまっていて、驚きます。笑
今日はちょっとゆっくり寝て、また明日から頑張ります。おやすみなさーい。
ではまた明日。
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この日していたこと
この日は、翌日に卒論の未製本提出を控え、こんなことをしていました。
・書く
・消す
・また書く
・増えない字数に驚く
・たまにつぶやく
・部屋をちらかす
・とりあえず食べてみる
・装丁を考えてみる
・懐メロを聞きまくってみる
・なぜか入れてしまったバイトに行く
・春休みの旅行の予定を立ててみる
・意外な予算にちょっとへこむ
・新聞配達の人が来る音を確認する
・寝る
・たまに我に返りました
はかま、あらまあ
昨日の夜、「あなた袴どうするの」と、突然聞かれた。卒業できるのかみちくさ!な私にしてみれば、今聞かないで…!なことなのだけど、まあ、親からすれば気になりますよね。
私は成人式の振袖で出る気満々だったのだけど、「袴だと帯しなくていいから楽よ」と言われ、そうだよねー!失念していた。
そういえば袴って、卒業式で初めて着る人も多いのかなあ。
と思う、高校演劇部男役担当でした。
ではまた明日。
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感謝
アルバイト先の社員さんに、「みちくささん、バイトいつまでつづける?」と聞かれた。
休日出勤のオフィスで、何を言われるのかと冷や汗。
ええと、3月末までは頑張らせていただきたいんですけど…と答えると、「そっかあ」。
んんん?どういうことだ?
「4月以降どうなるかって、いつ分かるの?」
『いや、本当に3月末にならないと分からなくて…』
「あのね、もしよければなんだけど、4月以降も手伝ってもらえたら助かるねって、みんなで言ってて。でも、みちくささんにはみちくささんの考えがあるから、みんな言い出せなくて…私は図々しいから言っちゃうんだけど 笑」
びっくりした。そして、うれしかった。
今までも、進路のことや試験のこと、学校のことなどたくさん心配していただいて、教育実習のときにはまるまる1か月お休みするのを「みちくささんの夢のためなんだから」ってこころよく許していただいて、試験のあとには全力の励ましメールもいただいて。転勤してしまった課長さんにも「3月になったら結果がどうなっても呑みに行こう」と言われていて。
男性がほとんどの職場で、得体の知れない「美大女子」として(採用された理由のひとつが、IllustratorやPhotoshopをそれなりに使えるから、なので)大事にしていただいて、「みちくささんがいると助かる」と、本当に、本心から言っていただいて。(まあ、のせると頑張っちゃう私の性格もあるのですが 笑)
それだけでもじゅうぶんにうれしかったのに、まさか、学生じゃなくなる(だろう)私の、その先まで。
もちろん、新人さんを雇うよりはお仕事がしやすいだろうし、アルバイトだから単価も安いのだけど、でもやっぱり、お金の関わってくることだから、ああ、それに見合うだけの働きを、とりあえずはできているんだ…、という安心もしました。
社員さんのお子さんはまだ小さい子が多いのだけど(課長さんのお子さんは、私より2つ下くらいなのかな?)、「こういう娘に育ってほしいなあ」とか、「こういう子にお嫁に来てほしいなあ(こういう子のところに婿にやりたいなあ)」と思われるような23歳が理想です。笑
今回のことは、もちろん3月までに進路が決まればそれでおしまいになってしまうし、そうならなかったときのこともまだ話し合いになってはいないので(そういう場のことを、私は高校生のとき「修羅場」と呼んでいた、わはは)、お話だけ。実際に私のついている社員さんから聞いたわけでもないし、3月までにとんでもない大失敗をするかもしれないので。笑
でも、そんなふうに私を思ってくれている人がいることに、感謝しながら頑張りたいと思います。
ではまた明日。
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地味?
先日、母の知り合いに偶然、姿を見られてしまった。
しまった、といってもその人がその場にいることは知っていたので、私があちらの顔を知らなかっただけなのだけれど。
で、その人が私について言ったことばが、「美大生だっていうからどんなお嬢さんかと思ってたけど、けっこう地味なのね」だそうで。
地味、ですか。いやもちろん、私は地味です。それは分かっているのですが。
確かに、その人がよく知っている美大卒業生は、世の中の美大生に対するイメージをぎゅっと凝縮したような人なんですね。私もその美大卒業生を知っているので、よく分かります。
ただ、「地味」っていうのはどうにもこうにも、マイナスの意味でしか使ってないんじゃないかい?と、それなりに気にしているわけです。うーん。
真面目そうな雰囲気のお嬢さんですね、って言えばいいのにな。
気にしてないもーん。
ではまた明日。
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行くとしてもひとり
どうやら京都は、行くとしても1人で行くことになりそう。
母の中に「3月の京都は寒い」という確固たる意見があって、というのも、彼女が高校の修学旅行で京都に行ったのが3月で、すっごく寒かった、かららしい。
件の貴船神社も、冬期は叡電・貴船口駅からのバスが平日は運休になるとのこと。
でも、貴船神社には縁結びの神様がいらっしゃるそうで…むすばれたーい!
ちなみに母は、「水の神様」の方にひかれたそうな。
うーん、桜の季節は混むけれど、あったかくなったころに2人で行けたらいいような、それはいろいろとまずいような…。苦笑
もうしばらく、説得してみようかと思います。
ではまた明日。
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この娘にして
今朝、母が唐突に「カシオペアに乗ろうよ」と言ってきた。
「えーと、べつにいいんだけど、いつ?」
『とりこちゃんが暇になったら』
「(4月からの予定がはっきりしない娘によく言うなあ…!)でもさ、北海道だよ?2月とか3月なんて、寒いよ?」
『…あ、それ忘れてた』
おーっい!
それにしても、それなりにお金がかかるんですねえ、寝台特急って。乗りたいとは思っていたけれど、せっぱつまっていたわけではないので、調べていませんでした。
いつも新幹線に乗るとき使っているような、乗車券だけのパックみたいなもので買うと、安くなるのかな?
個人的には、北斗星の方が乗りたいのですが。
とはいえ、母は寒さにめっぽう弱いので、この話は…なかったことになるかな?
よし、これから京都を推していこう。貴船神社に行きたいって言ってたし。←ちゃっかり
2月3月の京都も、きっと寒いですけど。
ではまた明日。
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とりあえず、4月のことは分からない
年が明け、行きたいなあ、と思うお芝居やライブのチケットが、続々と発売日を迎えている。
が、私には買えない。なぜって、そのチケットが4月以降のものばかりだから。
日曜日だけがお休みになるのか、それとも毎日が夏休みなのか、4月になってみなけりゃ分からない。
それなりに気分は滅入っております。笑 楽しいことを考えるとき、楽しくないことも一緒に考えなきゃいけないなんて…!自業自得、と言われてしまえばそれまでだけれど。
そんなところで、自分の不安定さを感じます。
ではまた明日。
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あさり
今日の夜ごはんには、あさりのおみそ汁があるらしい。台所で、あさりが塩水につかっていた。
小さいころから、それを見るのがすきだ。と、いうことを母に言ったら(いつだろう、小学生くらいのとき)、母も幼稚園ぐらいのとき、あさりの貝殻を見るのがすきだったと教えてくれた。
なんでも、あのひとつひとつ違う貝殻の模様を見るのがすきで、あさりのおみそ汁が出るたびに貝殻をきれいに洗い、取っておいたのだそう。
「全種類集めよう」と思っていたのだけれど(小さかったから、10種類くらいで済むような気がしていたらしい)、集め始めてみるとひとつひとつが全部違って、終わりがない。
そうこうしているうちに、母の母(私の祖母)に全部捨てられちゃった、という話。
あさりのおみそ汁がごはんに出てくるたびに、そのことを思い出す。
それにしたって、本当に全部柄が違うよなあ。(→静岡県水産技術研究所 浜名湖分場 浜名湖体験学習施 ウォットのサイトによれば、「色や模様は遺伝することがわかっており、そのためその比率には地域差があり、場所によって多い色、模様があります」だそうな)
でも、全部違うなんて、実は他の生物にもいえることだよな。目に見える、はっきりしたそれがないだけないんだよなあ、と思いながらあさりにちょいちょいっと触ってみたみちくさでした。
ではまた明日。
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どうでもいいことですが
この三が日に、ブラウザをSleipnirからFirefoxに変えました。
私の知識ではブックマークを直接エクスポートできなかったので、いったんIEにエクスポートしてからFirefoxにインポート。順番がばらばらになって大変でしたが、くらべっこしながら何とか修正。
けっこう細かくフォルダに分けているので(階層がいくつにもなっているところも)、自分の頭の中を見るようで面白かった。
頭の中も、こんなふうに系統立てて整理できればいいのに…
そうそう、Sleipnirだと、こうやってブログを書いているときにうっかり別のところをクリックしてしまうと本文が吹っ飛んでしまったのですが、Firefoxはそれがないので安心、というのもFirefoxにした大きな要因です。
ではまた明日。
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カットソーの小さな穴
朝、お気に入りのカットソーに腕を通したら、そでのところに小さな穴が空いていた。
洋服に穴が空くまで着たのなんて初めてで(ふだんは、ちょっとよれよれになったところでさようならしている)、驚いた。
このカットソーを、こんなになるまで着たのには、わけがある。
これは、私が大学に入学する年に買ったものだ。気に入っていたから、4月にある学科オリエンテーションに着ていった。
それからの1年間、楽しいことばかりだったから、験を担ぐつもりで、2年生になった4月の学科オリエンテーションにも着ていった。そして、3年も、4年も。私にとっては、楽しい日々の始まりの象徴がこのカットソーだった。
何かを始めようとするとき、初めて誰かに会うとき、状況が許すならばいつもこのカットソーを着た。
これから、どうしよう。これからは、これから作っていかなきゃいけないんだな。
ではまた明日。
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謹賀新年
あけましておめでとうございMAU!
本年も、ムサビ日記とみちくさとりこ、そして武蔵野美術大学をどうぞよろしくお願いいたしMAU!
私のムサビ日記ライターとしての生活も、あと3か月。書き残したことはないかな?(教育実習は除く)と、考えながら毎日更新できればと思います。
さて、「続きを読む」から「みちくさとりこの年賀状2010」にいただきましたメールのご紹介です。
(もし、まだ届いていないという方がいらしたら、メールをください)
まずは、メールをくださった2名の方、本当にありがとうございました。
一時は企画そのものがポシャってしまいそうな気配すらしていた中(苦笑)、とてもうれしかったです。
今年は、受験生の方からメールがいただけなくて、ちょっと残念…1月末には、これまた毎年恒例!「みちくさとりこの合格待受企画」を予定していますので(卒業研究制作展で忙しいですが、頑張ります!)、ぜひそちらにメールをお送りくださいね。
では、まずお1人目。
HNきゅっきゅぽんさん…きゅっきゅさん!?
今年 芸文を受験します! ・・・という受験生を応援していますきゅっきゅです!
(中略)
大学メールで申し訳ありません
ムサビのメールアドレスで送ってくださいました。わあ、本当にきゅっきゅさんだ!ファンです!
きゅっきゅさんの応援があれば心強いですね…!
みちくささんの日記はなんといってもその毎日の更新がすごいと思っとります
毎日 更新ができるのは日々何かしら 発見する力と 何かしら感動する姿勢をもっとるからだと思います
ありがたい感想もいただきました。教育実習のときの日記は更新してないけど…(気にしてるんです)(先日の歌舞伎座の分も更新してないし)(9月最初もちょっと空いちゃってるし)
まあ…あの…けっこうどうでもいいことを書いてごまかs…お茶をにg…というような日もありますので。
でも、ムサビ日記があって、書き留められる場所があるからこそ、見えているものはあるかもしれませんね。
きゅっきゅさんも、これから素敵な日記をたくさん、楽しみにしてます!
次は、HNエルさんです。
大阪へ何度かいらしたときに
メールを出そうかと迷ったのです。(お薦めとか)
でも大阪の雰囲気を楽しんでいた感じが文章で伝わってきたので
ホッと安心していました。
ありがとうございます!大阪は日帰り、京都は1泊しましたが一応就活だったのでばたばた…やり残したこと、行きそびれたところばかりで、でも次の楽しみができました。
もしまた行くことがあれば(行きたいなーとは考えているのですが…)、おすすめ教えていただけるとうれしいです!
受験生でもないし、ムサビの通信生でもないので
出さないつもりだったのですが・・・
なんとなく人柄が伝わる「みちくさとりこ」さんの文章好きですよ。
(中略)
もうすぐ卒業ですね。
2ヶ月ちょっとしかないですが、まだ2ヶ月ちょっとあります。
どうぞ悔いのない学生生活を送って下さいね。
不思議な感じ…そうか、卒業してしまったら、「ムサビ日記のみちくさとりこ」という人はいなくなってしまうのですよね。
でも、卒業研究制作展が終わって、何となく空白ができる期間にも、私は「ムサビ日記のみちくさとりこ」でいられるんだなあと思うと、ちょっとうれしいです。
というわけで、ありがとうございました!
今年1年が、みなさまにとってよい年でありますように。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
※日記の感想や質問など、いつでもお待ちしています。