2009年06月のアーカイブ

23歳になりました

今日は朝から夜までずっとアルバイトで、気をつけていないと今日が誕生日であることを忘れてしまいそうでした。
そうでなくとも、未だかつてこんなに不安にかられた誕生日はないだろう、というくらい決して晴れやかな気持ちではなかった。
この先私はどうなるんだろう、という思いばかりがぐるぐる。
とりこはいろんなことを考えすぎなの!もっと感じるままに行っていいの!と10年来の付き合いの友だちに言われたけど、なかなかそうもいかない。
何しろ、もう23歳。立派な大人です。


大丈夫なのかー!!!わたしー!!!!!


ではまた明日。


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22歳最後の日

教育実習に行っていたせいもあり、びゅんびゅんと過ぎた6月。その最後の日が、私の誕生日です。
去年の今日、21歳最後の日に書いた日記が、これ
「今年はどんな1年だったかと聞かれると、すごく困る。わりに大きな出来事が起こったような気もするが、そうでない気もする。1年後の自分はまったく想像できない」というくだり、そのまま今の私にも当てはまる。


教育実習に行って思ったけれど、私が中学校1年生のとき思い描いていた23歳は、とりあえず社会人だったし(笑)、現状より全然大人だった。
もちろん、それって小学校1年生が6年生をすごく大人だと思って、でもいざ6年生になってみると全然子どもで、っていうのと同じなのだけど、23歳なりの成長をしているんだろうか、私。


まあ、ごちゃごちゃ言ったところで、明日はいつものように来てしまうのだ!(←去年と一緒)


ではまた明日。23歳になった私とお会いしましょう!


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あてるさき

教育実習先の校長先生と指導教員に、お礼状を書いた。
考えてみると、時候の挨拶からきちんと書いた手紙なんて、初めてかもしれない。
そもそも、「手紙を書く」という行為自体を、ずいぶん久しぶりにした気がする。
携帯やPCのメールだって、ほとんどしない。たぶん携帯の方が頻度が低くて、平気で1週間くらい1通のメールも出さなかったりする。
それはつまり出すべき相手がいないということで、そうか、そんなもんだよなあ私、と思ったのでした。


ではまた明日。


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大人3年目の初体験

来る7月12日は、東京都議会議員選挙である。
東京都民、そして成人して3年目の私も、もちろん投票に行く。


が!!!


その日は何と、東京都教員採用試験の試験日でもあるのだ!
東京都に対するつっこみはぐっと飲み込んで、ここは生まれて初めての「期日前投票」にチャレンジしようと思い直す。
試験から帰ってきて行っても十分間に合うのだけど、試験会場が家から2時間近くかかりそうだし、何だかぐったりしてしまいそうで。
きちんとした判断ができないのは困ったことなので、ここはひとつ、期日前投票をしてみることにしました。
ありがたいことに、わが家の近所にも期日前投票の施行場所が。公示されたら、時間のあるときに行ってみることにしよう。


あ、でも、投票行ったときに必ず金網ごしにたわむれる(???)小学校のうさぎさんに会えないのは悲しいかな…(そこなのか)


ではまた明日。


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だから気を抜かず

ようやっと、天袋の中に電気毛布をしまった。コンセントを除湿のために使うエアコンと入れ替え、今シーズンの役目を終えた。
天袋には、私が生まれたときからのアルバムがずらりと揃っているので、こういうときうっかり思い出にひたってしまう。
今日は、中学校の卒業アルバムを開いてしまった。いやはや、8年前の自分である。
つい先日、成人式以来久しぶりに会った高校時代の友人に「とりこ、1mmも変わってない!」と言われた私(あちらさんはワーキングガール)。
15歳のころだって今と大して変わらないだろうと思っていたのだけど、クラス写真を見てびっくりした。
…えらく幼い。
今だって22歳には見えないほど幼い顔をしているけれど、15歳だった私もずいぶんと幼い顔をしている。何ていうか、未完成だなあ、という感じ。
確かに成長期だったということもあるのだけど、そうか、時間の流れとともにきちんと変わっていくものなんだ。
というのは外見だけの話だけど、もちろん、中身だって8年前と今では全く違う。(悪い意味で、という部分もあるだろうけれども)
だから安心していていい、という反面、だから怖い。変化は自ずと、表れてしまうのだなあ。


ではまた明日。


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10年

大阪に本社を構えるとある会社から、一次面接に呼ばれた。
もちろん、とても興味のある会社なのだけれど、まさかこんなにあっさり書類選考を通るとは思っていなかったので、電話がかかってきたときはあたふた。
とにかく、7月初旬に日帰りで大阪に行くことが決まった。
思い出したのは、年末にこだまを利用して大阪に行ったときのこと。(→参照記事
指折り数えてみれば、あれからもう半年が経ってしまうのだ。びっくりしたのなんのって。それから、冷や汗をかいたのなんのって。
私はあれから半年で、いったいどれだけ前進できたのだろう。
教育実習という、私自身にとってはかなり大きな出来事が終わったあとなのに、そんなことを考えてしまった。
あのときの私と、今の私では何が違うんだろう。何も違わないような気が、とてもする。
とりあえず、6月1日に振り込まれたという定額給付金を旅費の一部として、再び大阪へ行って参ります。


今日は学校で、教員免許状一括申請の説明会がありました。その名の通り、教員免許状を学校で一括して申請していただくための説明会です。
申請のための注意書きに、こんな一文がありました。曰く、「教員免許状は紛失などの理由では再発行できない」(東京都の場合)。それを見て、事の重大さが今さらながら実感として。
そうかあ。そんなふうに未来永劫有効な免許をいただくのって、初めてかもしれない。車の免許は持ってないけれどあれはそもそも更新が必要だし、ダイビングのCカードは「ライセンス」と呼ばれるけれど免許とはちょっと意味合いが違うものなあ。いわゆる「お免状」もいただいたことがないし…
ところが、しみじみしている私に友人がひとこと。「とりこちゃん、私たちの免許状って有効期限があるんだっけ?」。そうだ!そういえば、そうでした。ということは、仮に紛失したとしても(もちろん、あってはならないことですが)、10年経って更新のための講習を受ければ新しい免許状がいただけるということなのですね。たぶん。(参考:明星大学通信教育部 | 教員免許更新制


教育実習で、中学校1年生のクラスのホームルームを受け持ちました。
彼らと私は、ちょうど10歳差。当たり前のことですが、私が中学校1年生だったのも、ちょうど10年前のことになります。
実習中、その不思議にぼんやりしてしまうことがよくありました。


中学校1年生だった10年前の私、今の私、そして教員免許状を更新する(ことになるだろう)10年後の私。
13歳だったときには想像もつかなかった、10年後の、20年後の私。


時が流れるのは、何と簡単なのだろうと思います。
だからこそ、大事なのだとも。


ではまた明日。


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ゆめらいおん見て考える

教育実習で私が受け持つことになったのは、奇しくも手羽さんと同じ、「色彩」の授業でした。
詳しくはこれから更新予定の日記で書いていきますが、本当につらかった。
そのおかげで、卒業研究に向けて一歩も二歩も進めたような気がするし、きっとこれからも考えていくことなのだろうけれど。
でも、「色相環」なんてことばが一発で変換できるようになったし、12色相環なんて見たら目眩がしそうだし、「再度」と打とうとして「彩度」と変換してしまうし…現在のところ軽いトラウマであることに間違いはありません。笑


さて今日、実習中たまりにたまったDVDをHDDから焼いていて、ふと気づいたことがありました。
TOKYO MX(旧東京MXTV)の番組を見ていると、色相環を背負ったようなライオンのキャラクターが出てくるんです。
でも、何だかライオンの背負っている色相環が引っかかる。どうしてだろう。
調べてみると、このキャラクターはあの村上隆さんが作ったものだと分かる。確かに、口もとがそんな感じ。(ちなみにこんなふうに動きます
それにしても、この違和感…じっくりとライオンを見ていて、2つのことに気がつきました。
まず、ライオンの背負っている水色がけっこう明るい水色だということ。たぶんシアンもこんなに明るい色ではないんですよね。
もうひとつは、色相環のてっぺん。始まりがマゼンタ(っぽい色)だということ。
教科書に載っている色相環は、イエローから始まっているんです。だから、それが下の方にくるとちょっと違和感があるみたい。
自分で思い至って、なるほど!と思いました。その一方で、怖いなあ、と思ったり。
3クラス、約100人に対して色彩についての授業をしましたが、例えばこのゆめらいおんを見てそのときのことを思い出してくれる生徒が何人いるんだろうとか、彼らにきちんと色彩のことが伝わっているのだろうかとか、今さらながらすうっと背筋の冷たくなるような。
実習を通して、「正しさ」ということばの、美術科教育(学校での美術教育)における意味を(改めて)考えるようになりました。今さら、なのかもしれないけれど。


ではまた明日。


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きおくのリズム

SNSでの日記とムサビ日記、2つの日記の更新はここ数年、私のリズムだった。
教育実習の期間中、ムサビ日記での記録が実習日誌に取って代わり、SNSの更新も携帯からメールですることが多くなった。
実習が終わり、さてムサビ日記を書こうとなったとき、何を書けばいいのか分からなくなってしまった。
今までだって大したことは書いていないのだけれど、自分のことながらとても驚いた。
毎日、というのがおそらく重要だったのだと思う。


今日からアルバイトも再開し、少しずつ「帰ってきている」感じがします。
ムサビ日記も毎日更新のリズムを取り返して、言いたいことがきちんと書けるようにしないと。


ではまた明日。


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帰ってきました

こんにちは、おひさしぶりです。みちくさとりこです。
先週土曜日に3週間の教育実習を終え、今日から本格的に大学での生活に帰って参りました。
日記の更新も再開いたします。また、実習中の日記についても少しずつ更新いたします。


今日はゼミのあと、美術資料図書館で行われている展示『新国誠一の《具体詩》―詩と美術のあいだに』の関連企画を見てきました。
結局、オープンキャンパスは来られなかったので(ベッドから起きあがれず、おきなまろさんからのメールに気づくことができませんでした)、展示そのものもまだ見られていないのですが、友人が何人も博物館実習やゼミ単位で関わっていることと、以前も書いたように作品そのものに興味があったので、わくわくと。


実は昨日も舞台を見に行ったのだけれど、自分の中のそういうものをつかむところがすっかり眠ってしまっていて、それを起こすのに一苦労した。そのわりに、結局そこは起きないままだった。
今日でようやく、起きてくれました。よかった。そんなパフォーマンス。


ではまた明日。


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※そういえば私、珍念さんととーぼーさんへの裏ムサビ日記の表紙になっている集合写真に写っているはずなのですが、他のメンバーがちゃんと水色のオープンキャンパスTシャツを着ている中、ピンクの某お笑い芸人?さんのTシャツを着ているんです…(証拠写真
すっかり忘れていましたが、今さらながら恥ずかしすぎます。

ラーメンズ第17回公演『TOWER』@東京グローブ座

※この記事は2010/3/31に書かれています。


系統立てて演劇を見始めたちょうどそのころ、グローブ座は買収の憂き目(だと思う。個人的には)にあった。そのとき初めて、私はグローブ座という劇場の存在を知った。詳しいことは覚えていないけれど、当初は劇場そのものがなくなるはずだったところが買収という結果になったように記憶している。多くも深くも演劇を見ているわけではなかったはずの私だけれど「劇場」という空間は小さなころからすきだったので、それがなくなるかもしれないと知って何だかいやな気分になったことは覚えている(買収のときの気持ちとごっちゃになっているのかもしれないけれど)。だからシェイクスピアカンパニーの舞台写真でグローブ座を見てから、ずっとあの劇場は私のあこがれだった。
初めて足を踏み入れたグローブ座は、ほんとうに素晴らしい劇場だった。すべての音が丸みを持って、ほわっ、と空中に浮かび上がり、そのままの温度と湿度を保って立ちのぼるような、そんな不思議なさわりごこちの劇場。現状を、もったいないというのは失礼なのかもしれない。けれどやはり、他の劇場でのそんなジャンルにいる人たちを見ていると、何だかなあ、という気持ちにはなってしまう。
グローブ座には「演劇」がつまっている。
だから何だか、役者が呑まれるというか、ある意味では素のまま演技しているような感じがして、面白かった。


自分が思っていた以上に、いろんなことを感じる(というと大げさだけれども)ところが息をしていない気がして、見ながらびっくりする。そこを起こそう、起こそうと頑張れば頑張るほど、自分の中のテンションがお茶の間に。笑 ちょっと離れた補助席で良かった…3週間は大きい。


今自分が見ているものは何なのか、はっと考え込んでしまう2時間だった。もちろん、いい意味で。

みちくさとりこの教育実習 最終日

この日で教育実習も最終日となりました。初日と最終日はスーツという指定があったのでスーツで教員朝礼に出て、そのままHRのために教室へ向かう。
いつも私はエプロンをしているので、教室に入った瞬間、騒然。笑 「え、なになに?」と聞かれて「今日で実習が最後だから着てきたんだよ」と答えると、「え!今日で最後!?」とみんな絶対に演技ではない驚きよう。これは色紙とかないな、と朝の段階で確信する。笑(→四輪駆動さんの書かれていた、あれですね)
4時間の授業を終え、終礼に行ってももちろん、他のクラスのように「先生、ちょっと外で待ってて!」みたいな展開がない!笑 普通に連絡事項を伝え「じゃあ今日で最後なので」と私から挨拶をする。基本的に何を言っても「ぽかーん」がデフォルトのわがクラス、もちろん挨拶のあとも「ぽかーん」なのかと思いきや、何となんと、拍手!す、すごい!すごいぞ君たち!
しみじみ、生まれて始めて持つクラス(もちろん、実際に持ったわけではないのだけれど)がこのクラスで良かったと思いました。この子たちが卒業するころ、私は何をしているのだろう…28歳の私です。びっくり。


でも何よりうれしかったのは、指導教諭ではない方の先生が私のことをずいぶん心配してくれていたということと、「絶対に先生になって欲しい」と言ってくれたということ。どちらも、その先生についていた実習生から聞いたことなのだけれど、ある意味ではううむ何だかなあな3週間を過ごしてしまった私からすると、うれしい。きちんとお礼の手紙を(お礼状とは別に)書かなきゃ。


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と、駆け足でしたが(…!)、みちくさとりこの教育実習の記録でした。ほとんど、某SNSでの記事を加筆修正したものですが…これより多い量を、実習中に(ほとんど)携帯から書いていたのですね。
そして、書いたことがほとんど(細かいエピソードを除いては)卒論に反映されていたという。
あれから約1年が経ち、卒論も書き4月から「先生」としてやっていくことが決まった今では、また考えていることが違う部分もあります。このときの私に会ったら、「もうちょっとうまくおやりなさいな」と言いたいところも、かなりあります。笑 でもあえて、そのときのまま載せてみました。
アーカイブとして長く残すことが出来ず本当に申し訳ないのですが、ご覧いただければ幸いです。

みちくさとりこの教育実習 17日目

学校行事の関係で、一度も授業をやれていなかったクラスでの授業。
何と、自分の担当する最後の授業で、研究授業の導入をするという幸運に恵まれた。


あと1日。


18日目につづく。

みちくさとりこの教育実習 16日目

7時くらいまで残って日誌を書き、帰ろうと昇降口に向かうと、1時間前に控え室を出たはずの実習生と、中1のとき担任だった先生が。そのまま実習生5人で1時間ほど話し込んでしまう。
実習中は泣かないだろうと思っていたのに、情けなくて泣けてきた。


いろんなことがしっくりいかなくなった(実習的な意味で)今になって、いろんなことがしっくりくる(いろんな意味で)。


先生という人々はすきじゃなかったけれど、学校というところはきらいじゃなかったんだ、だからきっと先生になりたいんだなあ…


17日目につづく。

みちくさとりこの教育実習 15日目

このころから、書くに書けないような出来事がいろいろとありまして。苦笑
日誌も殺伐としていますので(笑)…


16日目につづく。

みちくさとりこの教育実習 14日目

先生がお休み(私の実習校では、週に1日、先生のお休みがあります)だったので1日授業がなく、のんびりと他教科の授業を見学したり、日誌を書いたりな1日でした。明日の授業の準備をしようにも材料が手元になく。仕方ないので定時にあがり、世界堂に寄って材料を購入(帰り道に世界堂があるって最高です)、家に帰ってきてぼんやりと制作。昨日のうちに作ってしまったものもあるので、あとは今日の分の日誌を書いて寝るだけ。健康的…


高3の美術の時間にお邪魔して、芸術学科に興味のある生徒と話す。彼女は一般大を基本に考えていて、それは彼女なりの考えがあってのことなのでなるほどと聞きました。


15日目につづく。

みちくさとりこの教育実習 13日目

この日は、放課後に校長先生のお話を聞く時間というのがありまして、それですっかり力が抜けてしまいました。
日誌はひたすら研究授業(つづきでやっている授業)についての、指導教諭との噛み合わなさについて綴っているし(笑)、大した記録がありません…以下少しだけ。


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授業はイキモノミズモノナマモノ、芝居とそっくりだけれど大きく違うのは、責任のほとんどが私にあるという点。もちろん、例えば今日なんかの場合は生徒のすさまじいやる気の無さ、集中力の欠如だって原因のひとつではあるのだけれど、それをうまいことやる気にさせてやれなかった私にいちばんの原因があるわけで、それはしんどいことだけど逆に気が楽。頑張ればいいのは私だし、私が頑張ればあちらも楽しんでくれるので。それを、演劇を通して知っていたということは大きいなあと思う。


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14日目につづく。

みちくさとりこの教育実習 2週目終了

普段、こんなに疲れているのならお昼近くまで寝られてしまう。けれど先週も今週も、9時きっかりに目が覚めた。それだけ緊張しているということなんだろうな、多分。


明日からは、きちんと写真での記録を取る(撮る)ようにしないと…美術室のいすを毎週アートな感じに並べてくれるお掃除当番の作品とか。笑(自分たちでも「アートだ!」って言ってるんだけど、それはほんの冗談としての発言で、でも本当にアートなのに、それでいいのにと思ってしまう。ちょっとした面白さを面白がってくれれば、それでいいのだよなあ) 自分の授業記録も、もちろん。


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その「アート」がこちら。


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これを、毎日毎日やってくれるんです。床をきれいにすることよりも、よっぽど楽しいんですね。笑 うーん、そういうことだと思うんだけどなあ。


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残りあと5日。何が出来るか、何をすべきか。


3週目につづく。

みちくさとりこの教育実習 12日目

とうとう、実習2週目が終わってしまった。北村薫の『スキップ』を読みながら学校へ向かう。自分が先生になろうなんて考えるよりずっと前に、北村薫が好きで買った『スキップ』。その中に出てくる桜木真理子先生の授業は本当にすてきで、多分北村薫自身がそんな授業をしていたのだろうけれど、ところどころで泣きそうになる。先生っていいな、と初めて思ったきっかけの、何度も読んでもうぼろぼろの本を、今になって読み返した。


水曜日くらいから、私もそれなりに実習が終わる日には悲しくなったり達成感で満たされたりして泣くんだろうかと考えてしまっている。べつに泣くことがいいことではないのだけど、そんな、ある意味では健康的な思いを持てるのかなあ、という気がする。(中1は教育実習生の意味も分かってないから、色紙とかないしね 笑)
多くの実習生が特に教職を目指すわけではないなか、今年の教員採用試験合格はまあ無理にしても、とりあえずもう少し長い目で見て私は教員になりたかったりする。おこがましいけれども。
そのせいだろう、と私自身は考えているけれど、私は生徒がどんなに私の授業や私自身を楽しいとか面白いとか言ってくれても、それをうれしいと思うことはできない。もちろん、信じないというわけではなくて、ただ自分の感情として。無責任に思える。


実際に教壇に立って(あんまりずっと教壇の上にはいないけど 笑)授業をしてみて思うのは、授業はお芝居に似ているなあということ(もちろん、まるっきりイコールではないけれど)。
クラスによって、日によって、自分の調子によって、相手の調子によって変わってくるし、それこそ天気だって気温だって極端にいえば関係してくる。不思議だなあと思う。
私自身のことでいえば、演技をしているときに陥る感覚と似た感覚になるのが、不思議。演技をしているわけじゃないのだけど、普段からある妙な客観性を、さらに客観視するというか。うーむ、説明しきれないなあ。


校内写生で校内を回っている間、もうひとりの実習生が生徒にいろいろ具体的な指導をしていて、私はどうにもそれが引っかかる。放課後の反省会でそれをぼんやりと言ったら「私も生徒にヒントを与えるようにアドバイスしている」と言われてしまい、ううう…そうかなあ…
「パース」とか「アタリ」とか「面」とか、ヒントかあ…?ヒントかあ…???
とはいえ、私もへんてこりんなアドバイスしか出来ず(というのも、私の意図と指導教員の意図は明らかに違うし、指導教員のそれに近づけようと思っても私はそれを面白いと思えなくて…いやそれじゃいけないんだけど)何だかなあ…


月曜日は時間数調整の関係で水曜日の授業。ということで、私は1クラス授業があります。2回目の授業。さてさて、どうなることやら…次は知識というより、表現活動です。ひいい…私の意図が、生徒と実習生と指導教諭に伝わらなくてはなりません…


13日目につづく。

みちくさとりこの教育実習 11日目

この日は1日、中学1年生の行事に参加して、こんなものを見てきました。


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これ、葉っぱの模様なんです。ということで、植物園で写生をしたり植物の観察をしたり。
生徒たちはそれぞれ班で行動しているので、それについて歩きながら、大興奮で植物の写真を撮りまくる、実習生2人でした。笑


12日目につづく。

みちくさとりこの教育実習 10日目

気がつけば折り返し、らしい。自分の担当する授業が始まったばかりなのでそんな気はまったくせず、でも確かに終わりは近づいているので、不思議な気持ちになる。ハチクロの中で「先生は学校の亡霊」というようなことばが出てくるけれど、本当にそうだと思う。ふと控え室から美術室までの階段をのぼりながら、ああでも今、私はこの学校の人なのだなあと思った。5年ぶりのその感覚。ついこの間取り戻したと思ったら、もうどこかへ行ってしまう。


そうそう、昨日の授業のあと「緊張したでしょ」と指導教諭に言われ「そうですねー」と答えたのですが、ゼミの先生を玄関まで送りがてら「私緊張してましたか?」と聞いたら「してないでしょ」と即答されました。笑


さて、2つ目のクラスでの授業。といっても、HRを持っているクラスなので、ちょっと気が楽。(もちろん、HRのクラスだからこその緊張もあったのだけれど)
今日は、昨日の反省を踏まえて授業の構成を変えたり、やり方を変えたり、新たな資料を加えたり。かなり整理したので説明していてやりやすく、自分でもすっきりしたなあと思う。
ただ、他の実習生から「ことばが多すぎる」と言われ、ううむ。いくら色水を使って体験させているとはいえ、知識に偏りがちだからあれでもかなり削ったのだけどなあ…でも、彼女が言いたかったのはそういうことではなかったようで、何だろう、いちばん引っかかったのは「私たちはやっぱりビジュアルで見せる方がしっくりくるでしょ?」みたいなことばだったかな。ああ、違うんだけどなと思うけれど、きちんと言い返せない(言い返すという表現はあたらないけれども)。
本当に、この10日間で感じるのは日々制作する人(というか、自分が日々制作しているということに無意識な人?)との考え方の違いで…とにかく、ことばが悪者になってしまっているのが、とても苦しい。何だって、使いようなのだけれども。


と、今日の授業がそこそこうまくいったことでちょっとうれしい気持ちになっているけれど、それじゃいけないわけで。昨日ぐだぐだな授業をしてしまったクラスの1時間も、今日の1時間も同じ1時間だったわけだから…せめて昨日のクラスには、来週の1時間で今週の分を取り返すくらいに精一杯、そして今日のクラスには今日に負けず劣らずよい授業を、という心意気で。いや心意気じゃだめなのだけれども。


ひとつ、指導教諭から言われたのが「ことばづかい」。「ことばづかいがね…」と言われた時点で「乱暴でしたか?」と聞いたので、つまりは自覚があって気にしていたということなのだけれども、私の中では計算の範囲内だし、挨拶をしっかりすることや、説明のときにはおしゃべりしないということを徹底していたので、先生の言うことは正論なのだけれども、引っかかる。(ちなみに私が言っていたのは「いいかーい?今から説明するよー」とかそんな感じ)
ゼミの先生からメールをいただいて「教室では見られないような一面が見られて」というようなことが書いてあったのだけれど(教室=ゼミ?)、その辺のことも含めてなのかなあとか。


11日目につづく。

みちくさとりこの教育実習 9日目

とうとう、研究授業の日。


あまりの放心状態に、実習日誌も書けず帰宅する。
私の行った研究授業について、卒論より少し抜粋。


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研究授業「いろいろさがして」は大きく2つのパートに分かれている。


<色彩を体験的に理解する>(50分×2コマ)
 まず、私たちが印刷物などで目にしている「色」が、シアン・マゼンタ・イエローの三原色と黒から成り立っていることを、具体的に印刷物を見せながら理解する。
 次に、クラスを5人から6人ずつの班に分け、各班に「指令書(課題文)」とシアン・マゼンタ・イエローのカラーインクを溶かしたペットボトルを1本ずつ配る。指令書には各班が作るべき色が書かれており、班員は相談しながら三原色のうち2色を混ぜ、その割合をワークシートにメモする。12色が出揃ったところで、教室の中心に大きなスペースを作り、白い紙を敷き、ペットボトルの12色相環を作る。ここまでで1コマ目が終了する。
 2コマ目では、第2の指令書と画用紙、2色の短冊が配布される。指令書には、画用紙に短冊を交互に貼り、できた模様からイメージすることば(○○な感じ、○○な気持ちになる等)をメモするように書かれている。出来上がった模様とことばは、クラスの前で班ごとに発表される。ここで、1週目の授業が終わる。


<体験した色彩で表現を試みる>(50分×2コマ)
 3コマ目となるこの時間には、第3の指令書が配られる。今回は、個人作業となる。指令書に書いてある「たのしい」「キラキラ」「こっそり」などの語群から3つを選び、画用紙に書いた5cm×5cmの枠の中に、そのことばから想起される色を、形も使って絵の具で表現する。4コマ目では、それぞれが枠の中に表したものを、2人1組で見せ合い、話し合う。また、発表したい生徒がいた場合は、クラスの前でも発表してもらう。


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実際の授業を行う前に実験したときの写真で申し訳ないのですが、ペットボトルで作った色相環はこんなふうになります。


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研究授業を終えたあとのことも、卒論から少し。


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 今回の授業では、共通事項の記述を踏まえ、授業で得た理解を今後制作していく作品を通して実感に変えること、また、美術の時間だけでなく、日常生活の中にもその理解や実感を生かし、生活を豊かなものにすることを目標とした。授業後、生徒に書いてもらった感想文には、「こんど絵をかくときにやってみたい」「美術のえの具の授業でいかしていきたい」ということばが散見された。また、「ピカソ・モネの絵にもこういった気持ちがこめられていると思ったので、今度美術館に行く時はちゃんと見たい」といった感想もあった。私が授業を通して伝えたいと考えていたことのうち半分は、多くの生徒に伝わったといえる。一方で、その意識が生徒たちの生活そのものに向かなかったことは反省すべきことである。やはり、美術の授業と生活は、生徒たちの中で乖離した存在であるようだ。本来ならば、今後3年間の美術の授業を通して伝えつづけていくべきことなのだろうが、200分の授業でそこまで理解できるような構成ではなかったということだろう。
 とはいうものの、私自身は、この研究授業に大きな達成感を感じていた。もちろん、至らない点は多々ある。だが、何よりも生徒たちが楽しそうに活動していたことが、今後もこうした授業を研究し、進めていくための手がかりとなった。
 しかし、この授業に対する指導教諭や実習生の反応は芳しくなかった。
 この授業で私がいちばん「やりたくない」と感じていたことは、「正しさ」だけを教えることだった。特に、色彩の授業は「正しさ」を教えやすい。私自身も、「正しさ」を伝えることを目標のひとつとはしていた。それが、美術の授業を嫌いになってしまった生徒の指針になるのではないかと考えたからだ。だからこそ、生徒たち自身に実感のない「正しさ」を教えることには否定的だった。その考えの根本にあるのは、色覚障害を持つ祖父の存在だ。今でこそ、色覚障害を持っているというだけで差別的な扱いを受けることは減っているが、日常生活にある程度の支障があることは否めない。私に見えている色が祖父には見えていないと知ったときの驚きは忘れられない。私には私の色が、祖父には祖父の色がある。祖父や、祖父と同じように色を見ている人は「障害」者なのか。何をもって「障害」「間違い」とするのか。指導教諭の求めていた色彩の授業は、「正しい」色彩を教えることであり、そのために「明度対比」「彩度対比」「色相対比」などを「正しさ」をもとに教えることが要求された。だが、いざそれらを教えるための教材を作り、申し訳程度に生徒たちに教えようとしても、私はどうしても「正しい」見え方ではこう見えます、と言うことができなかった。実際、生徒の中には、ぱっと見ただけで「明度対比」「彩度対比」「色相対比」の分からない者もいた。彼らの見え方は間違っているのか。「正しい」見え方ができるようになるまで、しつこく教えなければならないのか。「教えられた正しさ」に本当の理解、学び、納得はあるのだろうか。研究授業に入る前の1週間、教員から求められる「正しさ」を意識し、それにこだわり、「自分なりの答え」を見失っていく生徒たちを目の当たりにしたからこそ、より強くそう感じたのかもしれない。指導教諭には、「もし正しく見えていない生徒がいるとしたら、それは直してやらなければならない」と言われたが、私は最後の授業まで、指導教諭の指す「正しさ」を教えることはなかった。
 色紙を短冊状にしたものを並べ、そこから思い浮かぶことばを書き、それを班ごとにクラスの前で発表したことについて、生徒たちはこう書いている。
「並べる色が全くちがければ思いつく言葉も全く違うことに気づきました」
「自分では思わないような想像をした人がいて、驚きました」
「となりの人と同じ色にもなった。そして考えていることも同じだったので、おどろいた」
「同じものを見たときに人によって感じ方が違うとわかったときは、とてもびっくりしました」
 生徒たちが気づいたことは、おのおの異なる。自分と同じ発想をする他人に驚いた生徒もいれば、自分と違う発想をする他人に驚いた生徒もいる。そこに「教えられた正しさ」はない。あるのは、「自分なりの答え」である。それこそが、彼らにとって意味のある「正しさ」ではないか。
 また、先ほど述べた「明度対比」「彩度対比」「色相対比」についても、次のようなコメントが残されている。
「背景の色が明るかったり暗かったりするだけで中心の色がぼやけたりはっきり見えたりするのが、とても不思議でなぜそうなるのか知りたくなりました」
 おそらく、この生徒はこの疑問を自分の力で解決することはなかっただろう。本来ならばこうした疑問を取り上げ、次につなげていくことこそが私の目指す美術科教育である。だが、今回は教育実習という限られた時間の中での授業だったこと、おそらくは生徒をこれから指導していく教員がこうした疑問を取り上げないだろうということなどから、疑問は疑問のままになってしまった。
 だが、このように生徒たちは、「自分なりの答え」を見つける能力を持っている。彼らの違和感は、本来ならば自分で見つけるはずの答えを、教えられてしまうところにあるのではないか。


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と、まあ、何だか納得のいかない研究授業だったのです。


10日目につづく。

みちくさとりこの教育実習 8日目

研究授業前日。


教育実習というものがどういうものか分かっていなかったときから私はなぜか自分も教育実習に行く気になっていて、中学高校のころもそのつもりで実習生を見ていた。みんなより1年遅かったけれど何とか私は教育実習に来ていて、全うに予想外な日々にぼんやりしてばかりだ。夢のようと言ってしまうと責任感がまるでないけれど、何だか自分の身体が不思議なものに思える。
でもいちばん予想外で、あのころの私が想像すらできなかったのは「ゼミの先生が母校で先生をしている私を見る」という事態だ。笑
ここにいったいどれだけの偶然が含まれているのか。すごいことだと思う。
きっと教材研究は足りないし、最初の授業なのでめちゃくちゃになるだろうけれど、何だかもうただただ、時間の長さをうわっと感じてふらふらします。


今日は音楽の授業を見学に。これが面白かった!みんなの歌を聞いて泣きそうになる。笑(→この記事あたりのこと)
美術教師らしからぬ発言だけれど「美術は作業の時間が多すぎる!」と思う。


9日目につづく。

みちくさとりこの教育実習 7日目

この日は朝から控え室で実習生のひとりが「怖い、授業ができない」と泣いていて、「これが教育実習というものよのう…」と思ってしまう。まだ自分が授業をひとつもやっていないこともあるのだろうけれど…何というか、私は「出来事」とか「状況」に対してはあんまり強くないけれど、「事態」とか「状態」にはあんまり慌てないような気がするなあ、と思う。そうでもないか。
そしてつられるように他の授業のあとには他の実習生が泣き、私はぽつんと取り残され気味に。笑 まあ、人前で泣けるのも実習生のうちだけだからね…泣いた方がいいんだよな…醍醐味ですもの…
でもまあ、そういうふうに思いつめてしまうのはたいてい真面目な実習生で、しかも在学中から真面目で勉強も出来たような子たち。私は今でこそ真面目だけれど、在学中はとんでもないお馬鹿さんだったので、お馬鹿さんの気持ちはほんのちょっと分かるし、「何で分かんないの!」という気持ちになることもあんまりない。彼女らは、「何で分かんないの!」→「きっと私の教え方が悪いんだ」となってしまう。そんなことないない、あるあるそういうこと、と思えるのは、自分がお馬鹿さんだったからこそ。そういうやつもいるんです。
でも、そうやって人前で泣けるのはうらやましい。


今日は、指導教諭の授業はひとつだけ。油彩を初めてやる高1の授業。15号のキャンバスでマチエールの研究をしていて、今週あたりからその延長で静物画を描きます。
実習生2人が入って、適宜指導する。
先週から思っていたことだけれど、やっぱりこういう題材だと引っかかることが増える。


本当に、日々自分の作品を作っている彼らからすれば私の言っていることなどただの言い訳なのだろうけれど、私自身としては「作家じゃ食べていけないから」という理由で本当に教員免許状を取り、わりと真剣にそれを目標として教職につこうとしている人がこんなにも身近にいたことの方が驚いてしまうことで…いやまあ、ムサビにはいないかっていったら、そんなことはないのだけどね。
つまり、こんなの(彼らから見れば)絵の描けない頭でっかちな美大生の言い訳なのだろうけれど、ここは予備校じゃないんだよなあ、ということ。「美術の授業」って、「描き方を教える時間」なの?それとも「(先生の力を借りながら)自分の力で描き方を気づくための時間」なの?といこと。
例えば、カモ(の剥製)を描こうと思ったときに、どうしてもうまく描けない。そのとき「こうすればカモっぽくなるよ」と教えることが美術の授業なのか、それとも「こことここを観察してみて」とヒントを提示することが美術の授業なのか。
もちろん、絵を描けるに越したことはないし、すべきアドバイスは実感のあるものでなくてはいけない。でも、でも、でも。
まあ、ずっと考えなくてはならない問題なのだから、仕方がない、考えよう。


放課後、指導案の改訂版を見せる。
それから1時間くらい、中1の作品を前に話を聞く。私はロバの耳の穴です。
でも、自分で選び取った状況や、自分で作り上げた状態に、不満を言ってはいけないなあ…言うなら、解決策を考えねば。もちろん、自戒の念も込めて。


授業の小道具を作りつつ、8日目につづく。

みちくさとりこの教育実習 1週目終了

先日作った指導案が我ながらとんでもなくつまらなかったので、書き直す。お昼くらいまで寝ちゃうかな、と思っていたけど、9時に目を覚ます。それはそれで、不健康な感じがする。


それで、指導案。やっぱり最初は様子見で(生徒のこともよく分からなかったし)、おとなしめの指導案を書いていったのだけど、どうも指導教諭は放任みたいだし(それは生徒も実習生も…というのは、私が生徒だったころから分かっていたけれど)もういいや、と思って。研究授業なんだし、やりたいことやらないと。
もちろん、生徒にとってはそれが色彩の話をきちんと聞く最初かもしれないわけだから、基本はきっちり押さえなければいけないけれど。


ただ、「三原色」の考え方が難しくて、どうしよう。
きちんと三原色をやろうと思ったら絵の具セットではだめだし、でも生徒たちが持っているのは絵の具セットだし。そこでCMYKの話をするのが、難しい。そこはまったく別物と考えなきゃいけないのだよなあ。


2週目につづく。

みちくさとりこの教育実習 6日目

日を重ねるごとに、「美術の授業が苦痛だった自分」を思い出し、つらくなる。


私は、美術そのものが嫌いなわけではなかったし、美術の先生も(高2までは)好きだった。たぶん、自分以外の人から見れば、けっこう絵もうまいしデザインもできる人だったんじゃないかと思う(デザインということばの概念はここではさておくとして)。
でも、何も考えずにただ絵を描くことやデザインすることが好きだったのは小学校までで、中学に入ると「描きたいものを描きたいように描けない自分」がほんとうに嫌で、何だかずっと(特に高校に入ってからは)劣等感があった。先生のちょっとしたひとことがあったからやれていたようなものだと思う。(木炭デッサンは心底へこんだけど)
それでもぼんやりと「美術」のことは好きで、ただ、いわゆるファインの方向に進もうと考えたことはなかったし、かといってデザインの方向というわけでもなかった。ぼんやりと考えていたのは映像科で、高2の冬にちょっと方向転換をして今に至る。


今日は中1と高2の授業が2時間ずつ。高2の校内写生(油彩。モノクロームかセピアカラーで着彩)をキャンバス張りを手伝いつつ見回り、その先でうだうだと考え込むような出来事に出会う。
そこでは2人の生徒が写生をしていて、1人はけっこう上手い生徒だった。描いているものについて困っていることを具体的に話すので、もうひとりの実習生(金工専攻)がひとつひとつ指導する。「アタリを〜」とか「面が〜」とか言っている段階で、何だか頭がくらくらする。
話がひと段落ついたところで、もう1人の生徒に「なにか困ってることはある?」と話しかけてみる。すると生徒、「何かこのドアがちっちゃくなっちゃうんです…あと、床の市松模様がわけ分かんなくなっちゃって」。よくよく聞くと、ぐるっと円を描いて曲がっている廊下の少し先にあるドアがうまく描けないらしい。それから、床にある市松模様も彼女を混乱させていたよう。
今回のテーマが「遠近法を意識する」だったのだけど、私は導入でどんなことをやったか分からない(というか、遠近法についての導入はなかったようす)し、そもそも私自身、面がどうこうとか言えるほどデッサンをやっているわけではないので、どうしたものだか困ってしまう。


『えーっとまず、こっちにある窓とこのドアの関係を見てくれる?これって、実は同じくらいの大きさに見えない?』
「あ、そうですね」
『鉛筆持って、片目をつぶって指で印して比べてみてごらん』
「あー」
『それから高さもね、ドアの高さが窓の高さのこの辺でしょ』
「ほんとだ」
『それからやっぱりこの場所のラッキーなところは、廊下がぐるってなってるところだよね』
「描きやすい(笑)」
『そうそう、だからそれが伝わるように描いてやって…』
「あー、はい」
『今、天井が白いままだけどどうするの?』
「どうやって描いたらいいのか…分かんなくって」
『じゃあ、いちばん天井のぎざぎざがはっきり分かるのってどこだろう』
「うーん」
『ねえねえ、あの電気のところ見てみて』(廊下の壁に照明があって天井を照らすようになっている)
「あの電気ですか…?…ああ!」
『でしょ。だからあそこをよく観察して描き込んでやると、天井がどんなふうか分かるんじゃない?』
「先生、そしたら、あの電気のきらきらしてるのはどうしたらいい?」


ここでふと、ことばが止まってしまう。
彼女の言っている「きらきら」は、電球をかさも何もなく見た状態のときに見えるプリズム(とは違うのだけど)のようなもの。その照明は完全にかさがあるわけではなくて、横から見ると電球が全部見える仕組みになっている。だから、私たちにはそのきらきらがちょうど見えた。
なぜことばが止まったかというと、私にはそのきらきらがすごくきれいに見えたから。たぶん、彼女にとってもそうだったのだと思う。天井の描き方は聞いてこなかったのに、そのきらきらを描く方法については質問した。それはつまり、彼女はそのきらきらがとても気になっているということじゃないかなと。
この1週間、生徒のようすを見ていたけれど、そういうふうに「こだわり」を持つ生徒に会ったことがほとんどなかった。他の誰かがやっているからという理由だけで表現活動(というかもはやただの活動)をする生徒が多かった。
だから「うんうん!そこを描いてやりなよ!」と言いたかったのだけど、今回のテーマは「遠近法を意識する」だったから、それが達成できなければいけない。


『ああ…そうだねえ、でもほら、今回は遠近法をやるわけでしょ?だったら光がどういうふうに壁とか天井に当たってるかをよく見て描いてやれば?』
「あ、はい」


そこでちょうどチャイムが鳴ってしまい、あわてて片付けをした。うーん、ものすごく消化不良…


もちろん、遠近法や写生、デッサンについて勉強や実習が足りないのは反省すべきところ。でも、何だろうこの違和感は…と帰り道でもずっと考え、お風呂に入っていてふと気づいた。


そのことについて書く前に、どうも私と私以外の美術科の実習生がうまくいかないということについて書きたい。(愚痴が5割、前振りが5割です 笑)
そもそも、彼女たちは同じ予備校の出身で、ひとりがその予備校で講師をやっていたこともある。そのつながりで彼女たちは仲が良く、まあ私は浮くわけだ。笑
そんなことはどうでもいいのだけど、私がいちばん気になるのが、彼女たちがよく教育実習ノートを前に「美大生に文章を書かせるのが間違ってる」ということ。私はいつも、(もともとの几帳面!?な性格もあるだろうけれど)ちゃっちゃと書いて定時に帰ってしまう。でも、彼女たちは(だらだらしゃべっているということを差し引いても)いつも18時(できればこの時間で帰って欲しいな、な時間)まで日誌を書いているし、指導教諭が提出を待ってくれるばかりにその日の分をその日に書き終わらなかったりする。結局、「箇条書きで書いてる」らしい。
それが、美術の時間に写生の指導をするのと同じ人だとは思えなくて、どうも納得がいかなかった。あんなにぽんぽんと(予備校生活の中で聞き馴れていることばなのだろうけれど)ことばの出てくる人が、どうして日誌となると書けなくなってしまうのだろう。そして、日誌だとあんなにぽんぽんとことばの出てくる私が(いくら知識が圧倒的に足りないとはいえ)デッサンのときになるとどうことばをかければいいか分からなくなってしまうのだろう。


考えてみれば、私が5年間習った先生は生徒にほとんどことばでの指導をしなかった。ぽつりと感想をもらしたり、アドバイスを短くくれたりするくらい。それは、彼自身が絵を描く人だからだということもあるのかもしれない。めんどくさかったという面も、確実にあるだろう。笑 でも、中学生とか高校生だったころからことばをいっぱい持っていた(ボキャブラリーがあるというわけではなくてね)私にとって、それは運のいいことにちょうどよかったし、私自身が出来るのもそれくらいなのだと思う。
一方私以外の実習生は、見学している授業でも生徒にどんどん声をかけ、実技的なアドバイスをする。ここはこうしてみたらとか。


何というか…ことばの出され方が違うのを感じて、納得した。
高2のキャンバス張りを手伝いながら、ぶきっちょに金づちを使う生徒にもうひとりからアドバイスしてもらい(彼女は鍛金なので)、私が思わず「すごいねえ、物理だねえ」と言うと(支点力点作用点ね)、彼女は「感覚だから」と言い切った。
色彩の授業をするにあたっていろいろ本を読んで、美術の科学的・数学的な美しさに改めて感動(ということばは安っぽいけれど)した私は、遠近法だって数学だし、金づちの使い方(これはそれそのものが美しいわけではないけれど)だって物理だし、と思ってしまう。
もちろん、「感覚」という意味も分かるし、科学だの数学だの中1を前に言い出したって仕方ないことくらい分かっている。でも、彼女の扱う「幾何学模様」も数学だということ、その体系化された仕組みがどれだけ、美術を苦手とする生徒にとって助けとなるのかということ…
いやまあ、そうなったらちゃんと遠近法をことばで説明しろよってことになっちゃうのだけど今の私には出来ないので、それは勉強不足なのですが。ただ、きらきらの光に注目した彼女に対して、私は遠近法ではないことを伝えたくなってしまったなあ、という話。きっともうひとりの実習生は、彼女のきらきらに対する思いをばっさり切り捨てられたと思う。(今回の課題において、それはまったく間違っていないことなのだけれども)


もちろん、ことばが少なければいいというわけではなく、生徒の状況や性格を見て対応を選んでいかなければならないのだけれど、芸文にいるとことばの大切さを考えてしまいがちというか、ことばを重要視してしまいがちなので、それを実感した、という話。


彼女たちには、絶対の自信があってうらやましい。それはデッサンをしているとかしていないとかそういうことではなくて、美術を楽しいものだと信じられていることが。それから、「私は○○(実技)の専門家である」という自信のあることが。もちろん、じゃあ私も実技での専門が欲しいかといったら、そうは思わない(という言い方は語弊があるけれど)。
やっぱり、私がなりたいのは「美術とそれを見る人・学ぶ人・作る人を出会わせて、仲良くさせる人」なのかなあと思う。


私はどうしても、つまんなそうに美術の授業を受けている生徒に「そうだよねえ」と思ってしまう。それはまだ、自分が実習生の立場だからだけど。
でも、美術なんて楽しくないやい、と思う生徒の気持ちは忘れたくないし、美術がすきですきでたまらなかった人よりは分かると思っている(実際、そのときの気持ちを思いだしてげんなりしている私)。この間も書いたけれど、「たのしいと思うときもあるし、しんどいなあと思うときもある。しんどいなあと思うときの方が回数が多いけど、たのしいと思うときはたった1回でもすごく強くそう思う。だから、しんどい気持ちにたのしい気持ちが勝って、美術を好きなんだと思う。嫌いだからこそ、好きなんだよ」ということが、伝えられればなあと。


ぐちゃぐちゃと考えながら、実習1週目が終わりました。来週へつづく。

みちくさとりこの教育実習 5日目

生徒に色見本(色彩の授業の導入として、トーナルカラーを単語帳のようにして、色の名前を書く)の作り方を聞かれ、「これはね…」と教え始めたところでその様子を見ていたはずの先生がやってきて説明をしてしまう。
べつにその生徒が私のことを嫌がっていたふうではなかったし、私が間違っていたなら指導があってもおかしくはなくて、一昨日茫然としていた(無言で画面を塗られた)生徒の気持ちが分かる。笑
いやほんと、「これはね…」しか言ってないのだけれども。そこで「どうしてですか?」と聞く勇気もなく(それがいけないのだけど)、何だかなあ…
5、 6時間目が空いていたので指導案を練り直そうと思うも、控え室の空気がいたたまれなくて結局2時間、図書館で資料を探していた。


しかし、中1の授業を見ていて不安になる。やっていけるんだろうか…はさみは振り回す、他人に刃が向くように持つ、のりのふたが落ちても気にしない、スケッチブックを床に投げる…(基本的に、ほとんどが)心根のいい生徒たちだというのは分かるのだけれど、そういう部分はうちの学校に限らずうまくいってないのだろうなあ。


牽制しあう、自分を守りたいという気持ちは分かる。それは学校というところで生きていく術だものね。だから、友だち(という名のクラスメイト)の真似をしてしまうのも、ある意味では仕方ない。たかだか美術の授業くらいで(と言ってはいけないのかもしれないけれど)ホームルームでの居心地が悪くなったら本末転倒なわけだから。
一方で、でも、と思う。成績がつくことが引っ掛かっているみたいだけど、せめて美術の授業くらい…というのはもちろん、美術教員のエゴ、だったりもする。そうじゃないと説明できるけれど。


何か作品の中にひとつでいいから「こだわり」「お気に入り」を見つけてほしい、と言ったら、もうひとりの実習生に「それは難しい」と言われてしまった。でも、大学に入ってからも「こだわり」とよく言われて、中1の様子を見ていても無意識の「こだわり」に気づけていないだけのような気がして。


指導案はたぶん、かなり大きく変わります。
図書館でうじうじしているときに、「研究」授業なんだし、ちゃんと「研究」しようと思う。確かにただでさえ少ない美術の時間の4時間をもらうのだけど、「研究」せずなあなあで済ませる方が(上手くいくかいかないかはさておき)失礼だよなと。
初日に(ゼミの)先生が来ることになってよかった。そうじゃなかったら、こんなふうには思えなかったかも。


6日目につづく。

みちくさとりこの教育実習 4日目

前日の夜、ベッドに入ってしばらくうだうだしていたら突然意識の途切れ目が来て、これはまずいなと思ったら、起きる予定の時間を少し過ぎてしまった。ひさびさにまくらによだれが。笑 疲労のサインです。口内炎、のどのいがいが、お腹もうだうだ、食欲もうだうだ、…まずい。


日々、試されているなあ、と思います。生徒たちに。
「美術、たのしい?」「先生は美術すきなの?」「美術つまんない」
まあうちの学校の生徒たちは良くも悪くも素直なので(笑)、私にそんなことばをぽんぽん投げかけてきます。
一緒に実習している実習生は、「たのしいから美術をやってるんだよ」と答えていて、そうかあ、と思う。本音にせよ、建前にせよ、すごいなあ。というか、話を聞いているかぎり本音なのだと思う。
私は、うーんと考え込んでしまった。今なら「たのしいと思うときもあるし、しんどいなあと思うときもある。しんどいなあと思うときの方が回数が多いけど、たのしいと思うときはたった1回でもすごく強くそう思う。だから、しんどい気持ちにたのしい気持ちが勝って、美術を好きなんだと思う。嫌いだからこそ、好きなんだよ」と言えるけど…難しすぎる。笑
でも、そういう質問をするって(本人たちは無意識かもしれないけれど)試しているんだよなあ。本人たちがそう思っていないとしたら、自分自身がいちばん、そこに疑問を持っているということだよなあ…何か、自分が制服着て教室にいるような気がする。なつかしさなんかではなく、自分を映すものとして。


母校で実習することは善し悪しだけれど、いちばんメリットを感じるのは、生徒たちの、私たちのころとの変化がいたいくらいに分かることかなあと思う。いろいろ変わっていることもあるけれど、基本的にはそうそう大きくは変わらないあの学校で、10年が経つとこんなふうに生徒たちは変わるんだなあと。
何ていうか、基本的な構成は変わらないのだよね。でも、(指導教諭の担任クラスだから分かることでもあるのだけれど)少なくとも私の担当するクラスにはリーダーがいない!これには、びっくり。
リーダーといっても悪い意味でのそれではなくて、何となくみんなが言うことを聞いちゃうような、そんな生徒がいない。クラス委員もクラス委員っぽくないし、副委員長も然り。かといってすごく元気なかまってちゃんがみんなを引っぱるかというとそうでもない。何だか、つらそうだなあと思う。ひとり崩れたら総崩れになりそうな気がして。
だから、(年齢的な問題を抜きにしても)みんなの中にいろんなものがたまっている様子が見えてしまって(態度にして見せてくれるだけいいのだけど)、ああでも、この子たちにとってある意味で学校は息抜きの場でもあるのかなあ、とも思う。
でも、私たちも中1のころはそんなもんだったのかなあ…ただ、少なくとも4月の段階からリーダーはいた。なぜだか誰もが「あの子なら」と言ってしまうような。そういう生徒がいなかったり、集中力が50分持たなかったり、「どこにこだわって作ってるの?」と聞いても「こだわり?ない(即答)」だったり。
他の授業はどうしているんだろう、と心配になる。
べつに、彼らが悪いわけではないのだよね、多分。目上の人への態度なんかを教え込むことの方が、きっとよっぽど簡単、というか、そうやって教えたことならやれちゃう。
どうしてそうなったのか、これからどうすればいいのか、何が出来るのか。


でも、そうだ、あの学校に毎日、当たり前のように通っていたころ、教育実習って楽しそうだなと思うことはあっても、美術の先生になりたいと思うことはなかった。そんなふしぎ。


5日目につづく。

みちくさとりこの教育実習 3日目

結局、教科指導がきちんとやれない(だろう)から全然関係ないことが気になるのかなあなどと考えながら迎えた3日目。
確かに、自分以外の人との合わなさについて言っている場合ではないのだろうし、そんなの社会に出れば当たり前のように日々あることなのだけど(教育実習を「社会」と言わないのはどうかと思うけれど、便宜上)、でもなあ…何かなあ…高3の授業だからって、予備校の基礎科のかっこいい先生の話で生徒と盛り上がるのはどうなのかなあ…絶対だめだよなあ…(私以外の美術の実習生が同じ予備校の出身だったのです)


実習日誌に、指導教諭の授業のだめ出しは書けないことが分かり(指導教諭が読むのだから当たり前なのだけど、中1の授業が、何だかなあで…)だから今日の日記はちょっと裏実習日誌です。笑


中1の授業は似顔絵のつづき。横顔をコラージュで作り、それと一体化させた形で正面から見た顔を水彩絵の具で描く。
先生としては「横顔と正面から見た顔のバランスに注意する」ということ、「固有色(肌=肌色、ブラウス=白とか)を使わずに描く」ということを意識してほしかったのだけど、どうもうまくいかない。肌は肌色を混色で(しかもパレット上で)作って描こうとするし、すぐに隣の席の人の真似をする。笑
それが問題なのは、もちろん分かる。でも、と思う。
やっぱり私はどうしても、「美術に興味の持てない生徒」や「絵の描けない、描くことに苦手意識のある生徒」の気持ちが分かってしまう。身のおきどころのない、それでも周りがどんどん進んでしまう、不安なような気持ち。
もちろん、そういう生徒たちに気を取られて、いわゆる「出来る子」「技術や表現に不安のない子」を見られないのはよくないけれど、美術の授業に対してマイナスの感情を持ってそれを行動に移す生徒たちを非難しても始まらないし、遡って非難すべき地点を探すのも間違っていると、個人的には思う。
彼らに対して、「今」、何が出来るのか。大切なのは、先生がすべきなのは、出来るのは、どれなのかと試行錯誤することなんじゃないだろうかと(原因を探らなくていいというわけではないけれど)。
放課後に先生と話したのだけど、彼らの(美術の先生としては)問題のある側面を、結局家庭の責任にするのは違うし、美術の制作に対しても「答え」を欲しがる彼らの姿勢を非難して「実技科目以外の教科が悪い。点数なんて何になる」というのは(いうのね、先生が)絶対に間違っている。
だったらどうしてこの先生は美術教師をやっているのだろうと、悲しくなってしまった。
その、「何だかなあ」な気持ちは、先生がある生徒の画面に無言で手を加えたことで最高潮に。
美大生だったり、図工や美術の授業が特に好きだったりしなくても、「作品に先生の手が加わる」ことの違和感に覚えのある人は多いんじゃないだろうか。
それが、無言だもの。確かに、その生徒は相手の顔も見ずに色を塗っていた(もう、輪郭を取ってやり始めるから完全に「塗る」なのだよね)から、それを指摘するのは分かる。色も、白を混ぜてしまって先生の意図とは違ってきてしまっていた。けれど、無言で、というのはどうなのか…そもそも、先生が手を加えるってどうなのか。
ふと、絵画の授業を思い出す。あのとき先生は、すごく的確なことばをくれたなあと。それは、「ここをこうしてみたら」という提案もあったし、「ここがいいね」という感想でもあったし。そのことば、ひとつひとつが学生を触発させていたなあ、と思う。
もちろん、絵画の授業は(芸文の学生が絵画を苦手としているとはいえ)そもそも多くの学生が美術に興味があるという前提があって進んでいるのだけど、同じようなことはきっと中1にも出来る、よなあ。
最終的に、「描ける人のつらさもある」と言われてしまって、一緒に聞いていたのが金工が専攻の学生だったから(ムサビではないのだけれど)、「それって私に対する嫌味…?」と思ってしまった。笑 でも、「(例えば色彩などの美術的な感覚について)どうして分からないのか分からない」と言われても…「分からない」という現実がそこにあるのだから、嘆いていないで解決策を考えなくてはいけないんじゃないだろうか…思わず、「そういう傾向はここ数年のことなんですか?」と聞いてしまった(答えとしては「年を追うごとに人数が増えた」とのこと)。「結果ばかり求めて過程を大切にしない」と生徒のことを嘆いていたけど、「それってあなたなのでは…」と思ってしまっただめな学生です…すいません絵も描けないのに…現場は忙しいですもんね…


やっぱり、自分の作品を作っている人に囲まれてしまうと、当たり前だけど「美術科の実習生としての」印象が薄くなるし、芸文でやっていることはひとことでなかなか説明できない(「美術と、それを見たり勉強したり作ったりする人たちをどうやって出会わせるか。出会ったあと、どうやって仲良くなってもらうか」???)のでつらい。美大受験する生徒だって、予備校に通っているから情報は講師から入ってくるしねえ…


某SNSに書いた記事をほぼそのままコピペしつつ、もやもやしつつ、4日目につづく。

みちくさとりこの教育実習 2日目

教育実習、最初の1週間は、指導教諭についてクラスを回りながら、雰囲気をつかんで自分の指導案を練ります。


でも、そんなことより前に、実習生との関係に何だか、うむむ、となる。
私は一浪しているので、実習生のほとんどが、ひとつ下の学年。実習生はみんな卒業生だから、もちろんとても仲良し。
私と同学年の実習生もいたのだけれど、その子は同じ制服を着ていたころから苦手なタイプで、でもその子はひとつ下の子ともためらうことなく仲良くできて。
生徒に対しては全然平気なのだけれど、実習生に対してはいつものように人見知り全開(笑)になってしまう私は、実習生の控え室で、ぽつーん。
とはいえ、陣取った席が長い机のど真ん中だから、私の上を会話が飛び交う!笑
この「何だかなあ」の気持ちは、結局最後までつづきました。


この日、高校3年生のときに美術を習っていた講師の先生にお会いしました。
1日目の記事でも書いたように、私は中学1年から高校2年まで、ひとりの先生に美術を習っていました。その先生が定年退職なさったあと、1年だけ習った先生です。
私はなぜだかその先生に好かれていなくて(まあ、小生意気だったということなのだろうけれど)、私もその先生を好いてはいなかった。
「誰に習ってたの?」と聞かれて、思わず5年間習っていた先生の名前をあげてしまったのと同時に、ああそうか、この人はそんなふうに嫌っていた私のことなんて、5年ですっかり忘れてしまったんだ、じゃああの棘は何だったんだろうと、ぼう然としてしまったのでした。
そういうものだと頭では分かっているつもりでも、何だか力が抜けてしまいました。


指導案を書きながら、3日目につづく。

みちくさとりこの教育実習 1日目

2009年6月1日より3週間の日程で、教育実習を行いました。
ずいぶんぎりぎりの更新になってしまいましたが、今日(2010年3月25日)より少しずつ(でも31日には間に合うように!)、実習についての記事を書いていきたいと思います。


まず、簡単に実習校と実習の内容について。実習校は、私の母校である、女の子ばかりの中学校と高校です。
私は中学校1年生のクラスを担任している指導教諭につき、中1の授業を受け持つことになりました。
美術の先生は2人いらっしゃるのですが、実習生が3人だったため、私の指導教諭には2人の実習生がつくことになりました。ちなみに、もう1人の指導教諭はムサビ出身の先生です。
事前指導で言われていた通り、担当する授業のテーマは「色彩」でした。


あの3週間は、私にとって良くも悪くも、大きなきっかけとなりました。もしかしたら、「悪くも」の方が「良くも」よりよっぽど多いかもしれません。
ムサビ日記で手羽さんの教育実習についての記事を実習前に改めて読み、同じように「色彩」の授業を担当するということもあってか、私はあの3週間で、自分の目が開かれる瞬間が訪れるのではないかと考えていました。手羽さんのように。
ああ私は何も知らなかった。何も考えていなかった。教壇に立ってみなければ分からないことなんてたくさんあるのに、私は分かったふりをしていた。そんなふうに、自分を恥じる瞬間が訪れるのではないかと。
そんなことはなかった、と書くとまるで私が何でも出来たように捉えられてしまうかもしれないけれど、もちろんそういうわけではありません。当たり前のことですが(と、開き直ることが決していいとは思えないけれど)、至らないところばかりでした。
それでも、「ああそうなんだ」と納得することよりも、「そうじゃないんじゃない?」と疑問を持つことのほうが、断然多い3週間でした。おそらく多くの実習生が感じた「達成感」を、私はほとんど感じることができませんでした。
でもそれは、私にとっては決して、ネガティブな意味ではないと考えています。
「そうじゃないんじゃない?」があって、それに疑問を感じるから、それを「ああそうなんだ」に変えたいと思う。自分の中にあるその考えを、確かめた3週間でもありました。
そんな私の、3週間の記録です。卒論では泣く泣く!?カットしたエピソードも満載!でお届けします。


みちくさの3週間の、はじまりはじまり。


まず、朝のホームルームで自己紹介のために教壇に立った瞬間、「イケメン!」と言われたのには笑いました。
数日後の話になるのですが、生徒が私を見ながら「ねえ本当に女?」と話していたのは、地味に地味にショックでしたが。笑 ちなみにその後、別の生徒がその生徒に「女だよ!私見たもん!」と答えていたのには苦笑してしまいましたが。何を見たんだ!笑
おそらく、美容院に行った直後のベリーショートだったからだとは思うのですが、そのあとも「先生は女なのにどうしてお化粧しないんですか?たしなみだと思わないんですか?」なんて聞かれたりして。
先日、「オンナノコというアレルギー」について書いたけれど、そういう意識は12、3歳の生徒にもあるのだなあと、妙に感心もしてしまいました。


高校1年生の授業も見学。
油絵の具を使い始める学年なので、どんなふうに使うことができるか、自分で試してみようという授業。
色を混ぜてみたり、厚くのせてみたり薄くのせてみたり、絵の具に何かを混ぜてみたり、いろいろして欲しい、というのが指導教諭の狙いなのだけれど、あれれ、生徒はおしゃべりしてばかり、適当に絵の具をのせてばかり…あれ?どうしたのかな。
まあでも、自分が高校生だったときもこんなものだったかなあ…いやいや、そんなことないぞ。


私が中学校1年生からの5年間、美術を習った先生は、ほとんど「教えて」はくれませんでした。
そのときは「おしゃべりさえしなければ好き勝手させてくれるいい先生だ〜」と思っていたのですが、もちろん、そんなことはありません。笑 授業中に自分の絵を描く、ということこそしませんでしたし、美術をすきな生徒のことは目ざとく見つけて、その生徒がどんなに下手っぴでも(私ですね)、生徒のいいところややりたいことを引き出してくれる先生でした。ただ、「学校の美術の先生」としてそれが正しかったかといわれると、という話。
その先生の絵の授業ではよく、「反対色をのせろ」と言われていました。緑に塗りたいと思ったら赤をのせてみろ、最初から緑に塗るなんてつまんないぞ。
その指導の是非は今は置いておいて、でも私たちはその先生のことばを「うっそ〜」と思いながらも、とりあえずみんながやってみていました。その、「とりあえずやってみていた」というのが、すごいことだったんだなあと、授業風景を見ながら考えていました。


その「一手」はどこに行ってしまったのだろう。どうして、それが与えられていないのだろう…


疲れも相まってもやもやっとした気持ちのまま、1日目が終わりました。

みちくさとりこの教育実習

大変遅くなりましたが、私が2009年6月に行った教育実習の記録を書いていきたいと思います。
以下はそれぞれの記事へのリンクです。
※なお、あくまでもみちくさとりこ個人の経験に基づく記事ですので、参考程度にご覧ください。


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<目次>


みちくさとりこの教育実習 実習校訪問編
みちくさとりこの教育実習 ようやく日程が決まる編
みちくさとりこの教育実習 事前指導編


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第1週
1日目/2日目/3日目/4日目/5日目/6日目/第1週終了


第2週
7日目/8日目/9日目/10日目/11日目/12日目/第2週終了


第3週
13日目/14日目/15日目/16日目/17日目/18日目/教育実習終了