2009年01月のアーカイブ

全然気にしてないんだから!

もうすぐバレンタインということで、去年使ってみてとてもよかった、無印良品の手づくりキットを買いに行く。
去年、アルバイト先に何も持っていかなかったら嫌味を言われたので(というふうに私は捉えたのだけど、まあ実のところはそうじゃないのかも)、そっちにも何か探さなきゃと思っていたら、「自分でつくる チョコチップクッキーボリュームパック」なんてのを見つける。何て経済的。私と同じようなことを考える人がたくさんいるってことよな。バイト先には、これで決定。(電気代とかは度外視しておく)
しかし、迷うのは父である。祖父にもプレゼントするけれど、彼は私が何をあげてもおいしいおいしいというので、まあ何を作ってもいいといえば、いい。ところが父は、去年の日記にも書いたようにおいしいもまずいも言わない!母が、「とりこちゃんがいないとごはんを作る気になれない」と嘆く理由がよく分かる。
今年も、フォンダンショコラをプレゼントしてやろうか。(それこそ嫌味)
ほんとにね男子諸君、バレンタインにチョコレートをもらったら、どんな感想でもいいから話してあげるんだよ。


そしてそんな男子諸君、早く白馬に乗って私の目の前に現れて私をかっさらっておくれ。(要はこれが言いたかった)


結局、キットはまだ買っていない。母にも相談してみようっと。(フォンダンショコラ作戦をどう思うか。まあ、父はきっと覚えてないんだろうなあ、フォンダンショコラのことなんて)


ではまた明日。


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古風な女

みちくささんって古風なところがありますよねと、アルバイトのときに言われた。
前回の出勤はいつでしたっけ、と聞かれて、「一昨々日です」と答えたときのことだ。
私は普段から「一昨々日」だの「明々後日」だの「弥明後日」だの言っているから、そういうふうに見えるんだ!と驚いた。
その少しあと、何の話をしていたのだったか、「それじゃあ元も子もないじゃないですか!」と言ったら、笑われてしまった。
べつに、嫌なふうに笑われたんではなかったと思うのだけど、私はそんなふうにも見えているんだなあと、今のところは面白い。
これがいつか、面白くなくなる日がくるんだよなあ。


ではまた明日。


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『リチャードIII世』@赤坂ACTシアター

*『リチャードIII世』パルコ劇場内ウェブサイト


昨日の狂言会のトークセッションで茂山千之丞さんが、「狂言は現代劇だと思う」とおっしゃっていて、私は本当にそうだよなあと思っていたのだけれど、今日もそんなことを思わされました。
どうしてシェイクスピアの作品は繰り返し上演されるのだろう。おそらく、シェイクスピアの昔から、何ひとつ人間の根っこの部分が変わっていないからだと思う。何ていうのは嘘くさい表現のような気もするけれど、実際、狂言やシェイクスピアの台本・戯曲を読むと、いるいるこんなやつ、という人物ばかり出てくる。
ただ違うのは、狂言≠ドラマであるのに対し、シェイクスピア(の戯曲)=ドラマであるということなのかなあ。
狂言≠ドラマというのは山本東次郎さんがおっしゃっていたことで、ドラマになるとそれは普遍ではなくなる。狂言にある普遍性を共有することで、みんなが許し合える社会になるんじゃないか、と。


ただそれが見ている人に伝わらなくなってしまったら、怖いことだなあと思う。


ではまた明日。


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『武家の狂言 町衆の狂言』@国立能楽堂

狂言を頻繁に見始めるきっかけがきっかけなものだから、今まで見てきた狂言は、ほとんどが茂山千五郎家のものでした。他の家や流派のものは、昨年末のフェスティバル狂言でちょっと見たくらい。
自分でも、これはよくないなあ、と思っていて、それでもなかなかきっかけが掴めずにいたのですが、今日は茂山千五郎家と山本東次郎家の会ということで、足を運んでみました。
(私なりに)簡単に説明すると、茂山千五郎家と山本東次郎家はどちらも「大蔵流」です。が、山本東次郎家は東京を拠点に活躍し、今回でいえば「武家の狂言」。茂山千五郎家は京都で活躍している「町衆の狂言」。同じ流派といえども、大きな違いがあるのですね。
私はすっかり甘く見ていて、というのは変ですけれど、フェスティバル狂言を見に行ったときに和泉流にすんなり入れたものだから、東西の違いはあれど同じ大蔵流、この間と同じように楽しく見られるに違いない、と思い込んでいました。
ところがどっこい!全然、雰囲気が違う!
私の少ない経験からいうと、山本東次郎家の狂言は、「間狂言」という本来の名前に違わぬというか、そのまま能が短くなってスライドしたように感じられました。
もちろん、茂山千五郎家の人たちだってきちんとした発声をしているのだけど、声の質が違うというのかなあ…終演後のトークで茂山千之丞さんが少し、その辺りの違いに触れていましたが、そういうことだと思います。
あとはやっぱり、「お豆腐狂言」を見馴れると、真面目だなあ、という感想は持ってしまいます。これだってもちろん、茂山千五郎家も真面目なのですけれど、「笑いを伝える」という部分における姿勢の差が表れているのだと思いました。そのこともアフタートークで少しお話しされていて、東次郎さんは「うーん?」という感じで面白かったのですが。
フェスティバル狂言のとき、若手狂言師9人のトークショーがあって、そのときに茂山千五郎家の2人が「もっとみなさんに足を運んでいただきたい」「来ていただければ楽しさが分かる」というようなことをおっしゃっていて、私は内心、「その第一歩がどれだけ見る側にとって大変なことか…分かってない!」と思ってしまったのだけれど、第一歩を踏み出させることができるのが、茂山千五郎家の力なのかもしれません。
演目は見たいものばかりだったので、とても面白かったです。でもまだまだほんの一部しか見られていないし、それこそいろんな流派のものを見ようと思うと…果てしないなあ。


ではまた明日。


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気になっていること

恥ずかしながら、今年初めて、建築学科の卒業設計を見ました。
知り合いがいるから、というのが大きな理由なのですが、key_tさんとからあげさんに質問が。
せっかくムサビ日記を書いているのだから、ムサビ日記ライターに聞いてみよう。
優秀賞、金賞銀賞銅賞、奨励賞といろいろな賞があったのですが、それってつまり、賞を取っている設計は、何かしら他の学生の設計と比べて優れている面があるということですよね。
でも私からすると(本当に、学内でのちょっとした展示や、卒業・修了制作展しか見ていないのであまり偉そうには言えないけれど)、なぜそれが優れているのか分からないものもたくさんありました。いえいえもちろん、何だこれ、けっ!というわけではなくて、何と言ったらいいのだろう、例えばコンセプトを知れば「なるほど」と思う設計もあるのだけど、実際の建築物やその空間を見られる・感じられるわけではないから、「設計」というものをどう捉えるべきなのか分からなくて…
もちろん、その気持ちは絵画や彫刻などのファインアート、それからデザインの作品に対しても向けられるものではあるのでしょうが、それらのものには「作品の実体」があるわけだから、設計とはまた質が異なると思います。
そうそうそれで聞きたいことというのは、「設計が展示されているのを見るとき、どこに注目すべきなのか?」ということです。
私はどうしても、文字や図で説明されたボードばかり見てしまって、模型をどう考えたらいいのか、分からなかったのです。どうにも、イメージが浮かばないというか…木(みたいなもの)が植えてあったとしても、それは実際にその場所に植えられるわけではないだろうし。
でも展示するということは、そこに意味があるのですよね、きっと。
百遍見てから来い!って感じでしょうが、気になっているので、もし気が向いたら答えてくださると、うれしいです。
何だか、読み返してみると相当不躾だなあ…でも、気になる。


以前、写真をどう見たらいいか分からないと書いたときに卜部さんからコメントをいただいて、でもそれについてもまだ自分の中で整理がついていなくて…「物語」ということばが、引っかかっているのです。私はどうしても、いろんなところでそれを探してしまうから。


見る、感じる、考えるって、難しい。


ではまた明日。


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卒業・修了制作展2008

つまり、これが1年後のお前にやれるのか、ってことだよなあ。
今までの2年よりも、つよく、つよくそう思いました。


ではまた明日。


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今日、ふと思ったこと

次があるうちに失敗できるのはしあわせだ。


ではまた明日。


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かなしいやらかなしいやら

卒業・修了制作展には、月曜日に行くみちくさです…はい…明日は行けないのです…
これ以上は何も聞かないでください…いちばん落ち込んでいるのは私なので…ぐっすん。
いちばん、いちばん聞きたいお話だし、聞かなければならないことなのに!!!


ではまた明日。


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プリンタってやつは

どうして世のプリンタというものは、土壇場・修羅場でぴたりと動かなくなったり、曲がって紙を吐き出したり、インクが切れたりするのだろう。土壇場なら土壇場なほど、修羅場なら修羅場なほど、やつらはへそを曲げる。
こういう経験をしたことのある人は、けっこう多いんじゃないかという気がする。
これは単に確率の問題なのだろうか(つまり、普段使わないぶんを使うことによって、当たり前だけれど故障する確率が上がるということ)。
それとも、何かしらそういう…いやいや、これ以上は考えないことにしよう。


ではまた明日。


※コメントのお返事など、滞っていて申し訳ありません。ほんのちょっとですが、体調を崩していまして…来週にはお返事いたしますので、少しお待ちいただけるとうれしいです。


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大使の国からこんにちは

なんとなんと、あの生協の白石さんがついに素顔を披露!だそうです。(リンクしても新聞記事は消えちゃうしなあ…でも一応、リンク
われらがキャップ、手羽さんも出ていたY新聞です。
そうか、でも白石さんって、今になっての「広報さん」なのですね。おもしろい。


ではまた明日。


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とにもかくにも

今日は寝ようと思います。
こうして、たくさんの思ったことがこぼれていってしまうんじゃないかと、怖いけれど睡魔には敵わない。


ではまた明日。


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ふんだりけったりたおれたりおきあがったり

きっと明日はいいことがあるだろう。…たぶん。


ではまた明日。


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もうとても追いつけない

いろんなことが、どんどんどんどん、変わっていってしまう。
出会った人や物とはいつか別れる。そんなことは分かり切っているけれど、そのあまりの早さにとても私の心臓じゃついていけないのだ。


ではまた明日。


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集中力

小さいころから、本当にありません。すぐにだらだら、ぼんやりしてしまいます。
どうすれば集中力は身につくのでしょう…


ではまた明日。


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どうすることもできない

ひとに、何かしてあげたい、と思うのはよくないことなのかもしれない。そんな偉そうなこと、思うべきではないのかもしれない。
けれど、どんなにもう長いこと会っていなくても、そのひとが今とてもつらいと分かったら、何かをしてあげたいと思ってしまう。
してあげたいとか、できるとかできないとか、何か、ちがうよなあ…


ではまた明日。


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センター試験

明日から、センター試験が始まるのですね。
去年、いろいろと書いていますので、(もうあまり時間がなくて申し訳ないのですが)そちらの記事を参照なさってください
今年のセンター試験、東京あたりは天候もよく、あたたかそうで何よりです。
私が受験生だったときは、2年つづけて雪でした。(1年目はほぼみぞれでしたが)


今年も、合格待受プレゼント企画はセンター試験の終わったあと、一般入試までの間にやりたいと思います。お楽しみに!


ではまた明日。


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山場

明日は、図法・製図の試験です。私にとって、大きなハードル。
工芸の教員免許を取るために、どうしても必要な単位です。
前期は試験前日に大騒ぎでしたが、後期は復習する時間がほとんどなかったにも関わらず、どうにか、こうにかいけそうです。
同じ書き方の繰り返しを、毎週毎週、授業中だけですが地道にやっていたのがよかったみたい。
とはいえ、やっぱり文系な私にとっては難しい科目であることに変わりはないので(そして空間についてのあれこれが小学校に上がる前くらいから苦手だという私)、最後まで粘ってみようと思います。


ではまた明日。


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『HANAGATA狂言』@PARCO劇場(マチネ/ソワレ)

今日は、今年初めての観劇でした。去年の観劇を狂言で終え、今日もまた、狂言。
去年いちばん、板の上で拝見した数の多い役者さんを、揃って年始に見るという、しあわせでした。
しかも、劇場は本来、『志の輔らくご』を上演中のPARCO劇場。何と、休演日を使っての公演です。(ロビーには、志の輔さんへのお花がたくさんありました)
昼夜で演目も違うから、思わず2回分チケットを取ってしまったのですが、やっぱり見に行ってよかった。
以前、「狂言を見たあとは、何だか人に会いたくなります」と書いているのですが、やっぱり今日もそんな気持ちになりました。(とはいえ、今日は新作狂言や和風コント!?の方が古典より多かったのですが)
これも何度も書いているけれど、狂言の登場人物は本当にみんないとおしくて、今日の演目のひとつ、『節分』に出てくる、人間に恋をしちゃう鬼なんかはその好例。
どんなに嫌がられても追い返されても、謡って舞って、自分の大好きな人の気を惹こうとする鬼。
結局、持っていた宝を取られて、豆をまかれて逃げ帰るのだけど、鬼の一途さがかわいくて。
だいたい、20代半ばくらいの役者さんが演ずる(披く)ようなのですが、鬼の気持ち、分かるなあと思って。
私もそんなふうになってみたいなあと思った、というと妙だけど、でも何だか、そのきゅんきゅんする感じを、あのねあのね、と誰かに話したい気持ちになるのです。
自分もそういう気持ちになったり、そんな気持ちの誰かに会ったり、そんなふうにして毎日過ごしているんだよなあ…
ふっと日々を振り返り、あるある、そんなこと、と思う。だから笑っちゃう。分かる分かる、実は私もね、そんなふうに、話したくなる。
それが好きで、狂言を見てしまいます。
普通の?お芝居を見たあとはどうしても、自分の中でうにゃうにゃと考えてしまうことが多いのですが、なぜか狂言だけは、あのねあのね、と人に話したくなるのです。何でだろう。
いろいろ考えるところはあるけれど、どう書いても今日は嘘っぽくなっちゃいそうなので、ここまで。
それぞれの作品の感想など、また書き足せたら書き足します。


ではまた明日。


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あと、たぶん1年

ひさしぶりに学校に行った。門を一歩入って、思わずどきりとしてしまう。
そうか。来年の今ごろは、たぶん私も卒業制作をやっているんだ。(確かに、1年かけて作りはするけれど)
芸術文化学科のフロアに行ってみれば、4年生が展示の準備に追われていた。
去年感じた、もう大学生活も折り返し、という実感よりも強く、ああ、あと1年なんだ、と思った。
私はそのころ、いったいどんな場所にいるんだろう。何だか、ぼうぜんとしてしまった。


では、また明日。


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世間様の有り様

有名人(芸能人)が、主に演劇(舞台)を中心に活動している人と付き合ったり、結婚したり、別れたり、という(芸能)ニュースに対するさまざまな人の反応に、そうかあ、と思ってしまう今日このごろ。
テレビやラジオ、週刊誌でそういったものごとについて伝えるとき、その中心にはどうしても、主にテレビで活動している人のほうがいることになる。そして、演劇を中心に活動する人は、「あの人だれ?」というような扱いを受けることが多いように思う。
でも、私からすれば、演劇を中心に活動する人のほうが自分の中で大きな意味なり価値なりを持つ。
わが家はあまりテレビを見ない。お正月に何を思ったか『ドレミファドン』を見て、あるチームの解答者が全員分からなかったくらい。笑
でもそんな状況に、私は「これってやばいかも」と漠然と思った。別に私の周りにはそれくらいのことで私を見る目が変わる人なんていないし、特に話題に困ることもないのだけど、どこか、世間から取り残されたような気持ちになってしまった。
けれど、よくよく考えればそんな気持ちになるなんておかしなこと(というと、あんまりな言い方かもしれないけれど)で、それでも不安感を持たせてしまう「テレビ」というメディアが、面白いなあ、と思った。
最初の話に戻ると、つまり今や情報源のかなり多くが「テレビ」になっていて、その情報源から離れたところに存在する演劇は、多くの人にとって情報源ではないのだなと。
例えば、下北沢に住んで、すべての情報を演劇からのみ受け取っている人がいたら(そんなことは不可能だけれど)、その人の主な情報源は「演劇」なのだけど、その人はきっと、マイノリティなのだよなあ。
もちろん、(現在の)演劇でニュース(だけ)を知ることはできないわけだし、テレビやラジオ、新聞、雑誌などとはまったく性質の異なるメディアだというのは承知しているけれど。
でも、以前には演劇が大きなメディアだったこともあったわけで、例えば団十郎の顔を(江戸の人たちだけのことにせよ)けっこうな数の人が知っていた、なんて時代もあった(のだと思う、たぶん)。
それが、雑誌、ラジオ、テレビ、そしてインターネットの出現で、どんどん変わっているのだなあ。
その辺が、芸術、なるものとの境目なのだろうか。演劇を芸術たらしめている、というか。
「情報」ということばづかいだって難しくて、つまり私が言いたかったのは、「多くの人が知っているべきだろうと提供する側が考える物事」ということなのだけど。ムツカシイ…


中学生くらいのときだったかな、テレビを見ていないというのが何となく恥ずかしくて、嫌で、適当に話を合わせていたことがありました。一所懸命、テレビ雑誌を立ち読みして勉強したり。しばらくして、ああくだらない、と思ってそんな努力を必要とする友だちとは話さなくなってしまいましたが。
でも、どうしてわが家ではテレビが悪者なのだろう。今や私と母にとってテレビは単に「映像を映すための装置」で、演劇の映像や映画、たまにドラマを見るためのものになっています(父は、母曰く「テレビっ子」。さすが、その生まれ年ゆえ!)。見るのは、NHKくらい(それはそれで、どうかとも思うけれど)。
私が小さいころNHKばかり見ていた(見せられていた)のは「安心だから」だそうだけど、その中でも見せてもらえなかった番組があるしなあ。基本的に、「テレビ(番組)=悪」という考え方があるような。テレビは○時間まで、と決めているお家もけっこうあるのかな。それも、「テレビ(番組)=悪」という考えが基本にあるのですよね、きっと。でもそれだけ、テレビは惹きつける力があるわけで。それは、マンガだって似ているよなあ。ううむ。


今さら何を、という感じだけど、あるニュースに触れて、そうか、そうだよなあ、と思ったので。
そうだよなあ、でも、この人がこの人とこういうふうになる前、どんなことをやっていたのか知ったら、どういう反応が返ってくるのやら…などなど。


話は吹っ飛ぶけれど、「吉本新喜劇」ってすごいよなあ。すごいと思う。
いつもどれくらいなんばグランド花月の座席が埋まっているのかは知らないのだけど、毎日毎日お芝居やって、しかもテレビで放送されて、それがずっとつづいているということは、見ている人がそれなりにいるということだものなあ…
ある意味では貴重な「情報源」なのだよなあ。生きていくために必須、というと言いすぎかもしれないけど。


いやはや。


ではまた明日。


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鍛えよう腹筋

昨日の朝、起きたらとんでもなくお腹が痛かった。
お布団の中でしばらく丸くなって、これは何だ?と考えていると、どうやら痛いのは腹筋らしいとだんだん分かってきた。
でも、腹筋を使うようなことは何ひとつしていない。
おかしいな、と思いながらも起きあがり、母に「腹筋が痛い」と訴えると、「そりゃあ、毎日毎日座りっぱなしだったら痛くもなるわよ」と言われた。
何と、このところアルバイトで1日中デスクワークをする日が何日かつづいたために、腹筋が痛くなったらしい。
6月のぎっくり腰以来、痛くなるのは腰だとばっかり思っていたから、確かに座るときに身体を支えるのは腹筋と背筋なのだけど、驚いてしまった。
馴れないところでの仕事だったから、なおさらみたいだ。今日も痛い。
三連休(まあ、ずっと休みだけど)、腹筋の痛みに苦しめられるなんて…あいたたた。


ではまた明日。


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物ではないモノ

このごろ、怒るより先に悲しくなるようになってしまった。
小学生くらいまでは、絶対におかしいと思うことがあるときっちりそれを指摘してけむたがられていたのだけど、いつからか面倒くさくなってやめてしまった。
心の中で絶対におかしいと思うことはあっても、それを口にするとややこしいことになると知ったからだと思う。


それでも一度だけ、図書館の司書さんに怒ってしまったことがある。
ずいぶんたくさんの本を借りたときだったか、あんまりにも司書さんが雑に本を扱うものだから、さすがにむっとして、「本は大切に扱ってください」と言ってしまった。たぶん、高校生のときだと思う。
それでもそれ以来、面と向かって人を怒るようなことはしなくなった(むっとした顔をしてみせたり、あとになって家でぷんぷんしたりすることはもちろんあるけれど)。


今日、予約していた本を借りに図書館に行ったら、そのときと同じようなことが起こった。
でも私はどうしてもその司書さんを注意する気になれず、ただただ、悲しくなって図書館をあとにした。


図書館で本を扱う人は、みんな本がすきなんだと思っていた。漠然と。
それは、「本を読むことがすき」という意味に限らず、「本というモノがすき」なのだと。
小さいころ、母の本を貸してほしいといったら、「本は大切なものだから汚くしたりしないでね」といわれた。母が小さいころ読んでいた本をもらって、それを雑に扱っていたらその本を取り上げられた(そして今でも母の本棚に大切におかれている)。
私はそんなふうに育てられて、育ってきたからか、どこか「本」に対して「人間」に対するような接し方をしてしまう。


私の知り合いに、「パソコンに名前を付ける人はテクノロジーを勘違いしている。それは間違った愛情だ」という人がいて、もちろんそれはその通りの部分もあるのだけれど、パソコンに名前を付けて人間に対するように接する人は、テクノロジーとはまた違った価値をそのパソコンに求めているのではないかと思う。
つまり私にとって本とは、ただ知識や感動を与えてくれるものではなくて、もっと自分に密接な、「物体」という意味の「物」よりも、もっと人間的な「モノ」なのだ。


自分にとって大切な人を、乱暴に扱われたら怒るだろうし、悲しい。
どうして、司書さんが本を投げるように机に置いたりするのだろう。
民間の企業が図書館の運営に入ってくるようになってから、図書館における本の扱いが変わったように感じられる。
実のところ、おそらく今日の人は司書の資格を持っていないのだと思う。(もちろん、図書に関する質問に答えてくれる人は司書の資格を持っている。ただ、私の住んでいるところが民間に委託したのは「カウンター業務」、つまり貸し借りに関する単純な業務で、司書の資格はなくても大丈夫。この是非については東京都としても問題になっているようだ=4(1)区市町村立図書館の支援及び連携・協力 (4)参照)
私が高校生だったときのその人は確かに司書の資格を持っていて(民間に委託する以前のことだったから)、それでもああして乱暴に扱っていたのだから資格うんぬんの問題ではないのかもしれないけれど。


ただ、そういう気持ちに、このところ劇場でもなってしまうことが多くて、何だかもう、ひたすらにかなしい。
それは私のエゴなのかなあ、と思って、どうにもできずにいるのですが。
でも、図書館の本も劇場でのマナーも、本当なら自分から選び取ってその場に来ているはずの人がそういうふうに振る舞うことが、どうしても信じられなくてかなしくなってしまうのだよなあ…なんていうか、例えばスーパーで子どもの手を離して人の迷惑もかまわずに走り回らせている親に対する感情とは、まったく違う種類のものなのです。それはもう、完全に「怒り」と「あきれ」だものな。
いろんな価値観があるのなんて当然のことだし、それが分かっているから何もできないのだけど。


ヨノナカは、果てしないなあ。


ではまた明日。


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昨日のことは、また再来週…

昨日のお仕事は、一緒に考えていた社員さんが外回り?に行ってしまったため、いったんストップ。
私は来週いっぱいお休みさせてもらうので、よかった、これでお役ご免だ…、と思ったら、彼と組んでいる別の社員さんに、ぼんやりぼやかした感じで「あれ、よろしくね」と言われてしまった。
ど、どういうことなのだろう…はっきり言って!
私はマウスの使いすぎで指が筋肉痛です。


ではまた明日。


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「『美大生?ってことは、絵描けるんだ』に対する恐怖」について(今日は軽く)

年末から始めたアルバイト先(ややこしいので、アルバイト先Bとしよう)でとうとう、「美大生のみちくささんに頼みたいことがあるんだけど」と言われてしまった。
アルバイト先Bは理系大学・大学院出身の人が多い(らしい)会社で、それでも業務の中でIllustratorやPhotoshopを使うこともあると面接のときに言われ、実際、もう何回か使っている。
今日頼まれた(というか、社員さんと一緒に考えて欲しいと言われた)ことは、ある資料の導入部分に使われる何コマかのマンガ(イラスト)の作成だった。
それは別にいいのだけど、「美大生だから」と言われると、一気に萎縮してしまうのはなぜだろう。
もうとっくに、「美大生=絵が描ける」というヨノナカ(と、あえてカタカナで書くことにしよう)の意識そのものには馴れたけれど、実際に自分にその意識が向けられると、「だから、描けませんって!」と思ってしまう。どうしても。
そんなことはない。私は絵が描ける。
このところずいぶん描いていないけれど、この日記にも何回か、私の描いたマンガを載せたことがある。あれを描いている人が、「絵が描けません」といったら嘘になるだろう。
それに、私の両親は口を揃えて「絵が描けません」と言うけれど、絶対にそんなことはない。彼らは、「描かない」だけで「描けない」わけではない(おそらく、「描くことが怖い」のだと思う。私も含めて)。それは、多くの「絵が描けません」といっている人に共通する。
事実、今日、「こんなのが作りたいんですよね」と私に絵コンテを描きながら説明してくれた理系大学出身の社員さんの絵は、「もうこれでいいんじゃないですか」と言いたくなってしまうくらいに緻密に描かれていた。
それなのに、私たちはお互いに、「絵が描けません」と言ってしまう。これはいったい、どういうことなのだろう。
そもそも、「絵」とは何なのだろう。
少なくとも私にとって「(美大における)絵」とは、「正確なデッサンの基礎を身につけている」ことが前提だ。
しかし、美大出身者・在校生以外の人が考える「絵」は、必ずしも「正確なデッサンの基礎を身につけている」ものではないのではないか。
…いや、実際そうではないのかもしれませんし、はたまた、そもそも「デッサン」の概念がないのかもしれないけれど、でも、「ささっとイラスト(簡単な絵や図)が描けること」=「絵が描ける」のように捉えている人って、けっこう多いんじゃないかと思ったのです。今日、とても。それはつまり、「三次元に見える」ということでもあるのかもしれない。
そして、「そもそも、『絵』とは何なのだろう」に戻る、と。(今日はここまで!)


それにしても、どうなることやら…決して、決してこういう類の仕事が得意じゃない私は、もう、冷や汗ものです。
学校の課題での私を知っている人がこの記事を読んだら、いったいどう思うことか…ちゃんとやらなきゃ申し訳ない!と思うけれど、なかなか…うぐぐぐ。


ではまた明日。


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INAZO つづき

昨日の日記を書いてからもうだうだと、「あの違和感は何だったんだろう…」と考えていて、お布団に入ってからようやく、「そうか、だって以前は天敵だらけだったんだもの、それくらいの記憶力はあるよね」と思う。
今やまったく別のところで使われるようになった「記憶」だけど、そもそもどうしてそんな能力が備わっているのかといったら、きっとそういうことだよなあ…
というのは私の推測なので、ちょっと調べてみたけれどよく分からない。「どうして『記憶』できるのか」。
…まあ、私は今、わりと現実的に記憶したいことがあるのだけれども。


ではまた明日。


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INAZO

12月の末から、某インフラに関する新しいアルバイトを始めた。それについてはまたおいおい書くとして、今日は、そのバイトから帰ってきた私がびっくりしたことの話。


アルバイトから帰ってきた私がリビングのテーブルの上に見つけたのは、三つ折りになった5000円札だった。
三つ折りのお札は、私の生活圏内では珍しい。というか、見たことがない。
お年玉は必ず四つ折りだし、そもそもそれ以外のときに、折りたたまれたお札を目にすることはほとんどない。アルバイト先でそういったお札を受け取ることもあるけれど、基本的には二つ折りか四つ折りのような気がする。
だから今日、テーブルで三つ折りのお札を見たときに、とても驚いた。
でも、お金を指さして「これどうしたの?」というのもはばかられるので、そのまま夕刊をリビングで読んでいた。
すると、夜ごはんを作っていた母が台所から出てきて、「とりこちゃん、これ!」と言ってお札をひらひらさせている。なになに?
「さっき、あなたが小さいころにもらってたお年玉の袋を整理したんだけどね、その中のひと袋に、お金が入ったままだったのよ。他のはね、ちゃんと取り出して貯金してたのよ?でも、これだけ残ってたの」
確かに、20歳になったときお年玉の貯金は受け取ったので、テーブルの上にのっていたのはその残党だったらしい。
「あなたのお金だから」と、手渡され、そのときに、「これ、古いお金よ」と言われて、あ!と思った。
当たり前のことなのだけど、何と、新渡戸稲造の5000円札だったのだ。
リビングに入ってきたときの違和感が、何となく分かった。確かにテーブルの上にあるものは5000円札だと認識したのだけど、何だか、三つ折りになっているというだけでなくどこかが違うような気がして、でもそれが何だかは分からず、もやもやしていたのだ。
旧5000円札なんて、新5000円札に切り替わってすぐ見なくなったように思う。(私の経済力ではね)
でも、私はその違いを認識して、違和感を覚える。その、無意識な意識にびっくりした。よく出来ているんだなあ、人間って。
備わっている、備えてしまうということは、何かしら生活していく上で必要な能力なのだろうか。些細な違いでも確かに記憶し、それと結びつくこと・ものが現れればすぐに反芻できる。
それによる弊害だってあるわけで、いろいろ、考え込んでしまった。


ではまた明日。


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ゲイブンさんのこと、あらためて その1(つづくはず)

うまいこと書けるか分からないし、おそらくとっちらかってしまうし、実のところじっくりとブログを書いている場合でもないくらいにいろんなことが切羽詰まっているのだけれど、それと同じくらいに私のぐらぐらした頭と具合も切羽詰まっているので、なるべく言いたいことを回収するようにしながら、書きます。


私が、「大学」というところに興味を持ったのは小学生のときでした。それも、1年生くらいだったと思います。
どうしてなのかは分かりませんが、本を読むのが好きだった私は、「大学の文学部に行って勉強がしたい」と言っていました。(ちなみに、幼稚園の卒園文集には、「がかかさっかになりたい」と書きました)
もちろん、そのときには「大学」の持つ意味など分かってはいません。子どもなりに、親が喜びそうなことを考えて言っていたのかもしれません。
けれど、ほんの小さなころから「なぜなにちゃん」(=何に対しても「何で?」「どうして?」を連発する子ども。小さい子はおおむねそうらしいのですが、私の場合はそれが極端だったそうです)だったので、自分で「大学に行きたい」と言っておきながら、「大学って何?」「どうして大学に行くの?」「大学には行かなくてはならいの?」という疑問がわいてきました。親に聞いて、どういう答えが返ってきたかまったく覚えてはいませんが、小学校5、6年生のころには、ますます「大学」というところへ憧れ、本屋さんで大学案内を読んで、行ってみたい大学の目星をつけていました。(その中に、ムサビも入っています)
中学校に入ると、小学校のころには曖昧だった「将来の夢」が具体的なものになってきました。1年生のときは、スポーツカウンセラーになりたいと思っていました。きっかけは、今となっては謎。好きなスポーツ選手はいましたが(もう、めちゃくちゃに好きだった)、その人に会いたいからって、あえてスポーツカウンセラーを選ぶことはないのに…我ながら考えていることがよく分かりません。
中学校3年生のとき、自分にとっては決定的な出来事があって、美大への進学を決めました(→そのことについての記事、その1/その2)。そしてそれは、高校を卒業するまで揺らぐことはありませんでした。


私は、高校の同級生の中でも、わりにしっかりした意志を持って、大学に進学したと思います。
恵まれた環境にあった、ということもありますが、親にさんざん言われていたことばの重みが少しずつ分かり始めたということもあります。
まず、高校に進学するときに、「高校は義務教育ではないから、行きたくないなら行くことはない。行くなら、きちんとやりなさい」と言われ、かなり悩んだ記憶があります。私の中には、高校に行くという選択肢以外はなかったし、親だってそうだろうと勝手に思っていたからです。
けれどそこで、「どうして高校に行くの?」という疑問が出てきました。周囲の友だちはすでに大学受験の話をしていて、「大学に行くためのステップなの?高校は高校で、すべきことがあるんじゃないの?」というようなことを、親に聞いた記憶があります。実のところ、親の答えを正確には覚えていないのですが、結果的に私は、高校に進学することを選びました。あのときの躊躇は、意味があったと思います。


そうして高校に進むと、周りは一気に大学受験モードでした。けれど、私には彼らが本当に大学に行きたいと思っているのか、いまいち分かりませんでした。
私には、知りたくてたまらないことがたくさんある。大学では、きっとそのことについて教えてくれる。だから大学に行く。
私自身はそう思っていたのですが、どうも友だちにはそういう意識がないように感じられました。ただ、「みんなが行くから」「行かないと就職できないから」「親が行けっていうから(これはまた、別の問題ではあるのだけれど)」といった理由で、大学進学を選んでいるような気がしたのです。
もし今、そのときの自分に会えるなら、「大学で勉強することはそんなことじゃないよ」と言えるのですが(きっと、言ったって分からないのだろうけれど)、でも、17歳くらいの私には耐えられないことでした。親が口を酸っぱくして、「(大学に行っても)勉強しないなら行かなくていい」と言っていたことも、理由のひとつだと思います。
とはいえ、高校時代の私は決して学業面でほめられた生徒ではありませんでした。外見の真面目さと学業面での真面目さが反比例するという、ちょっと変な例でした。保護者面談でも、「みちくささんは、きちんとしていて真面目なんですけど、成績が…」が常套句(何せ、スカートが膝下丈でした)。しかも、全校一斉の漢字テストだけは上位者名簿に名前を連ねる、わけの分からない子でした。何で、漢字だけあんなに頑張っていたのか…自分でも分かりません。
もちろん親には、「勉強する気がないなら大学受験なんてやめなさい」と何度も言われました。漢字テストは最後の砦でした。笑 どうにかこうにか、見せられるところではやる気を見せて、親を説き伏せていた感じです。(もちろん、私の美術に対する熱は、親にも伝わっていたのだと思いますが…それがなかったら、高校に通い続けることを許してはもらえなかったと思います)
なのはなさんも書いていらしたけれど、美大受験にだってというか、美大受験だからこそ、学科は大切になってきます。浪人することになった原因のひとつは勉強をさぼっていたことに違いないので、後悔がないといえば嘘になりますが、私は2つ以上のことを器用にこなせる人では(未だに)なくて、「毎日高校に通って友だちに会う」ということが、私にとっては大変で、けれど大切なことでした。


結局、私は現役のときにひとつも大学に受からず、浪人することになります。これも、ひとえに恵まれた環境にあったから許されたことなので、親には本当に感謝しています。「毎日高校に通って友だちに会う」ということの大切さも、理解してくれていたので…勉強しなかったのは困りものだったけれど、友だちという大切な大切なものを得たことを、何よりも喜んでくれています。


現役のときにも、「(美術の)教職課程があること」は大学選びのひとつの基準でした。
私は小学生のころから「先生」と名のつく人にいい思い出がなく、それなのにどうして自分が、その「先生」についての勉強をしようとしているのか、分かりませんでした。手に職を、とは思っていなかったと思います。
浪人して、大学を選び直すことになったとき、こだわったのはやはり、「教職課程」の有無。私は旧課程で勉強したので情報の授業は受けたことがないから、デザイン情報学科は受けないことにしよう。そうして残ったのが、芸術文化学科でした。


たぶん、つづく。いつになるかは、ちょっと分かりませんが。


ではまた明日。


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たび

やらなければいけないことはあるのだけど何となく気分がのらなくて、本棚から最相葉月さんの『なんといふ空』という本を取った。
堺雅人さんが好きで映画の『ココニイルコト』を見て、それに原作があるということを知って、買った本だった。
ほんとうに、すごく短いエッセイなのだけど(タイトルを『わが心の町 大阪君のこと』という)、じんとする文章だった。
それで今日、それが読みたくなって、それから映画を見てしまった。
原作のタイトルどおりこれは大阪の話で、この間大阪に行ったばかりの私は、つい見知っている風景がないかとうしろにばかり目を凝らしてしまった。
冒頭で、大阪に初めて行った主人公がタクシーの運転手さんに「東京とそない変わらんでしょう」と言われるシーンがあり、そうだよなあ、と思った。
私が歩いたあたりは本当に東京の大通りみたいなところで、ちょっとした地図や駅名や地名以外に、何が東京と大阪を分けているんだろうと思った(だから劇場に着いて、周囲の人が大阪弁ばかりしゃべっているのを聞いて、面喰らった)。
しばらく見ていると何だか見覚えのある、というか、行く前に読んだガイドブックで見て、ここ行きたいな、と思ったような古くて雰囲気のあるビルが映り、あれ、もしかしてあの辺りで撮影したのかな、と思って調べてみたら、本当にそうだった
この間も少し、旅行に行くことの不思議さを書いたけれど、またそんなことを考えてしまった。
昨日、本屋さんで奈良や京都のガイドブックを立ち読みして(行きたいなあ)、「京都に行ったら禅修行!」みたいなページを読んで、それは違うよなあ、と(少なくとも、私にとっては)。
もちろん、お寺に行ったり仏像を見たり、自分の住んでいるところにはないものを見る、知ることの面白さはあるのだけど、どこかに行って、何か特別なことを「しなきゃいけない」と思うのは、よくよく考えれば不思議なことだよなあ。そこに1週間とか2週間とか、住んでしまったほうがもっといろんなことが見られるし、知れるような気がする。(そして、1週間や2週間では知れないようなこともある)
それでも決定的に、今の私が住んでいるところと、住んでいないところには違いがあって、だから行きたいと思うのだよなあ。それも、この間の大阪で、強く思ったことです。また行きたい、もっといたい、と思うのは、どういうことなのだろう。
今までそんなこと思いもしなかったから考えることもなかったけれど、なぜだろう。


ruraさんはいろんなところに行くようだけれど(そうそう、「ぴたっとしてください」ってきっと「PiTaPa」の使える範囲で見られるのですよね。私は地下鉄しか乗らなかったからか見られず、残念でした)、どうなのよどうなのよ。(まあ、べつに、ふっと思っただけなので…)


ではまた明日。


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私はニノの一平くんが好き

去年の大晦日、私は夜にアルバイトがありました。
アルバイトを始めた最初の年は年末年始のシフトに入らなかったので、今のアルバイト先で迎える初めてのお正月。
私はてっきり、三が日のシフトに入った人だけがお年玉制度の恩恵にあずかれるのだと思い込んでいて、「せっかく年末年始いつでも入れますよって言ったのになあ」とがっかりしていたら、何と12月30日から1月3日までシフトに入った人がもらえるということらしい。やった!
どれくらいなのかは分からないのだけど、午後からのお仕事だったのにお弁当まで出ちゃって(これはさすがにお昼を食べた直後だったので別の人に差し上げたのだけど)、ちょっと得した気分だった。
その日は早めに仕事が終わって、いろんな人と「よいお年を」といって別れていたら、バイト先にやってくる中学生からこんなことを言われた。
「今日の夜、ジャニーズカウントダウン見てください!」
まさか中学生だけで行くのではあるまいと思ってよくよく聞いてみると、彼女らは嵐のファンなのだそうだ。しかも、
「大野くん見てください!」「ニノ(二宮くん)見てください!」
ときたもんだ。(去年は嵐が司会だったらしい)
何がびっくりしたって、今の中学生が嵐の、しかも大野くんと二宮くんのファンだということだ。いや何というか、けっこう渋い趣味してないか?と22歳としては思うのだよ、うん。
私はそれこそ嵐がデビューしたときから知っていて(というかTOKIOのファンだったから、彼らのコンサートについていてくれたはずのMA=Musical Academyから大野くんが引き抜かれたことにとても驚き)、そのときだって私からすれば嵐はちょっとお兄さんだったので、私と7歳も年齢の離れている中学生が、嵐のファンだということが、けっこうびっくりだったのです。
最初は、「やっぱり誰もが通る道なんだなあ…」と感慨深かったのだけど(いやもちろん、ジャニーズなど一瞬たりとも好きにならない人だっているけれども)、彼女たちが帰ってから、まてよ、と。
私だってTOKIOを知って好きになったころはデビューからけっこうな年月が経っていて(それでも4、5年くらいか)、彼らは私から見ればお兄さんだったし、ライブ(TOKIOはコンサートじゃないのですよね)に行けば周りはお姉さんが多くて、どきどきしたよなあ。V6の年長3人、20th centuryも好きだったしなあ。そう考えると、私もけっこう渋い趣味してたのかな。(ええと、ちなみに私は、「太一くん担」でした。この「担」ということばも、独特だよなあ。まあ、私はそこまでディープなファンではなかったけれど)
今や長瀬が30歳だということに、びっくりなのです。私がTOKIOを知ったときは、20歳そこそこだったもの。(だから呼び捨てにしちゃうし、だいいち、リーダーなんて何歳に…)
何がいいたいのかさっぱり分からなくなってきたけれど、私がそれこそ中学生くらいのときに見ていたのと同じ番組を(構成は違うにせよ)今の中学生が見ているということや、ジャニーズというところのよりどりみどり感に、すごいなあ、と感心した大晦日だったのでした。
この間はマッチこと近藤真彦さんが「親子限定」のディナーショーを開いたとか。それって、マッチが好きだったお母さん(もしくはお父さん)とそのお子さんが対象(の多く)ということですもんね。SMAPに限らず、国民的アイドルだし、認知度は高いのだよなあ…すごい。


…って、私は何を正月早々、書いているのだ。
脈々と、連綿とつづいていくジャニーズなるものに、驚かされたという、話でした。
そしてタイトルはささやかな主張。


ではまた明日。


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こもごももごもご

今年はもう年賀状なんて来ないだろうとたかをくくっていたら、何と高校の演劇部の後輩から、しかも2人の連名で1枚…こ、怖い!
私は本当にだめだめ演劇部員だったし後輩からも好かれていなかったし、お互い大学3年生になった今(笑)、いったい何を…というか、他の同学年のところにも来ているのだろうか。
彼らの意図がまったく読み取れない。どちらも教育実習に来る気配はないし、メールアドレスも知らないし。どきどきです。


音量子さんから「みちくさとりこの年賀状企画」にいただいたメール、紹介して大丈夫とのことでしたので、一部をご紹介します。(音量子さん、ありがとうございます!)


来年度は絶対に卒業するぞ。
ふかさんや、みちくさとりこさんや、卜部君と同期になるのだな。
赤岩君と同期になれなかったのが残念である。


小学校に入ったころって、6年生がすごーく大人に見えていましたけど、いざ自分がなってみると全然そんなことなくて…中学もそうで高校もそうで、結局、大学でもそうなっているような気がします。
受験生だった自分が今の私を見たら、いったい何て言うのだろう。来年度、卒業ですよ私。
もちろん、この3年で少しずつ変わっているところもあるわけだから、まあ3年後を見てなさいって、と受験生の私には言いたいけれども。
まだ1年ある。もう、だけど、まだ。私もこのメールをいただいて、よいものをつくろう!と決意を新たにしたのでした。


というわけで、今日は読書、読書でした。


ではまた明日。


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謹賀新年

あけましておめでとうございMAU!


本年も、ムサビ日記とみちくさとりこ、そして創立80周年を迎える武蔵野美術大学を、どうぞよろしくお願いいたし…MAU!


さて、朝、郵便ポストに年賀状を取りに行った私を待っていたのは…あの、櫻井翔くんからの年賀状!!!
おきなまろさん、りんらんさん、私のところに、翔くんからお年賀が届きましたよ!
…てっきり今年も吉永小百合さんだと思っていたので、びっくりでした。


実際、私あての年賀状は、1通。しかも、歩いて5分のところに住んでいる祖父母から。笑
年賀状を書くのはめんどうだけれど、来ないとちょっとさみしい。なんだ残念、と思っていたら、母あての年賀状の中に、ちょっと、ぐっとくるものを見つけてしまった。
以前のエントリで書いた、私の初恋の子?のお母さんからのもの。
幼稚園の卒園以来、子どもどうしは会っていないのだけど、母親どうしが年賀状を交換し合っています。
あちらは私のことを憶えているのかいないのか、でも年賀状をいただくと、私のほうはいろいろ考えてしまう、そんな子。
おそらくあちらにとっても私が初恋だったんだろうなあ、というのは希望的観測ですが。(でも、幼稚園の年少さんで出会ったのだから、きっとそうだろう、…多分)
彼はとても頑張りやで、真っ直ぐで、20年近く経ってもやっぱりそんな子なんだということが、今日いただいた年賀状から分かりました。
すごいなあ。夢に向かって頑張って、それを叶えて。これからも、そうやって進んでいくにちがいない。
今の私のことを、彼に話したらどう思うのだろう。とりこちゃんは昔から変わらないなあ、って思うのかな。それとも、ぼくのすきだったとりこちゃんじゃない!って思われちゃうのかなあ。
私も、ちゃんとしなきゃ。


このごろ恒例となっていた、サーティーワンアイスクリームでアイスをしこたま買ってスヌーピーグッズをゲット!食べながら天皇杯!は、何と今年、そのキャンペーンがなかったために実現できず…
いつもなら、アイスを食べるためのカップ(陶器の、しっかりしたやつ)をプレゼントしてくれるのに、今年はサービス券。こんなところで、不況を感じます。がっくり。


さて、「続きを読む」から、「みちくさとりこの年賀状プレゼント企画」にいただきましたメールのご紹介です。
(もし、まだ届いていないという方がいらしたら、メールをください)


まずは、メールをくださった5名の方、本当にありがとうございました!
実は、以前にもメールをいただいていたり、ちょっとした関係のあったりする方からのメールがほとんどでした。
ずっとムサビ日記を読みつづけてくださって、ありがとうございます。とてもうれしかったです。
これからもどうぞ、ご贔屓に!


では、掲載の許可をいただいているメッセージを、いくつかご紹介します。
HNフルーツポンチさんからのメール。


みちくささんの日記読んでいると、あみあみのマフラーして髪にぽんぽんゴムでとめたポニーテールが可愛い、って感じの雰囲気に感じます。


こ、これは…!ええと、これは、実際の外見の想像なのかしら、それとも、雰囲気を外見でいうと、ということなのかなあ…
竹林さんいわく、「日記と雰囲気が全然ちがう」そうなので、おそらく日記ではとっても猫をかぶっているんじゃないかと思います。笑 それはもう、雰囲気にせよ、性格にせよ。
実際の私は、つんつんのショートヘアだし(もちろん、ゴムではとめられない 笑)、マフラーは千鳥格子のぎゅぎゅって巻くマフラーです(ぐるぐるではない)。
でも、中身はもしかしてフルーツポンチさんのイメージどおりなのかも…そりゃもちろん、中身も「雰囲気」に出るのでしょうけど、妙なところがぼけっと抜けているところとか。いや、あみあみのマフラーして〜、の人が全員そういうわけではありませんけど。笑
あ、でも、もしかしたらフルーツポンチさんとは会えるかもしれないのかな?会えることを、祈っております!


つづいては、HNソエジマさんからのメール。


みちくささんの学業や観劇、アルバイトに全力投球していることがよーく伝わってきます!
私はぐうたら学生だったので、みちくささんのブログがまぶしく見えます。


ううむ、何だか、面映ゆいです…私は、ムサビの中ではきっとぐうたら学生だと思うので。笑
目に見えるものだけを作るわけではないということもあるのかもしれませんが、ざらざらと日々が過ぎていってしまうような気がして…
あ、観劇に全力投球だったことだけは、断言できます。笑(よって、必然的にアルバイトにも全力投球でなければならない、という)
でも、伝わった、ということは、伝えるに足りる何かがあった、ということだものなあ、きっと。
悔いのないように、大学生活を送りたいと思います。


最後は、HNベジータさんからのメール。


非常に興味深く楽しく一年間拝見させていただきました!ちりとてちんのDVDお金を貯めて来年、2009年こそ買おうと思います!!!


思わず、『ちりとてちん』お好きだったんですか!?とメールしてしまいました。笑
ベジータさんからは以前もメールをいただいていて、でも全然、そんなこと知らなかったので…って、当たり前ですけど。(このころは、私がまだそこまで『ちりとてちん』にはまっていなかったのかな)
おすすめの本も教えていただきまして、ありがとうございました。
そうか、ベジータさんは関西にお住まいだから、身近に感じられる作家さんでもあるのですね、きっと。


そんなわけで、2009年が始まってしまいました。
おそらく4年生に進級し(できることを願っています…)、卒業研究に取りかかり、教育実習に行って、そして教員採用試験を受ける…今年こそが、私にとって「変」の年になるのかもしれません。
ああ、何だかなあ、と思ってしまうけれど、こんなしあわせな選択はきっとないわけだから(自分のやりたいことばっかりができるなんて、うれしいことじゃないか!)、ちゃんとやらなきゃなあ、と。
東京都教育委員会のメールマガジンに登録しているのですけど、「(今年は)勝負の年になります」なんてメールがしょっぱなからきちゃって、やっぱり、うわああん、となっています。とほほ。


とにもかくにも、今年1年がみなさまにとって良い年となりますよう、お祈りしています。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
※日記の感想や質問など、いつでもお待ちしています。