2008年09月のアーカイブ

ナイロン100℃『シャープさんフラットさん(ブラックチーム)』@本多劇場

今日は、先日見たものの、バージョンちがいを。


同じ作品(今回は、厳密には別の作品なのだけど、まあ同じ場所で同じタイトルでやっているわけだから同じ作品ということにして)を複数回見るといつも思うことは、客席の不思議な違いだ。
既に1度見ている人が多いということもあるのかもしれないが、あまりにも先日と集中力に差があって、と、感じている私も集中力を失っているわけだけれど、なんだかなあ、という感じであった。
携帯電話が何回か鳴り、傘を終始いじくっている人がいて、チラシを入れたビニール袋があちらこちらでがさがさと音を立てる。
不思議だ。決して私に集中力がなかったわけじゃなく、前回にも増して楽しめたのに。
ただ、不思議だなあと、それだけを思いました。


ではまた明日。


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秋の初めにがっかりですよ

今日はずいぶんと肌寒かった東京です。みなさま、いかがお過ごしでしょうか。
私はとうとう上着を引っぱり出し、着ることにしました。
足下のヒーターもついてますし、お布団の中には湯たんぽだし、冬じたくは万全です。
さてその上着、クリーニングしたかしていないかいつも忘れてしまうので、クリーニング屋さんのタグを付けたままにして、クローゼットにしまっておきました。
…勘のいい方なら、今日何が起こったか分かってしまうでしょうね。
私の家から学校までは1時間40分くらい、そのうち1時間近くは電車に乗っています。
今日は電車がちょっと遅れ気味だったので、鷹の台駅から頑張って歩いて、どうにかこうにか授業には間に合いました。
授業の前にお手洗いに行って、講義室に帰ってきてみるといつも隣で授業を受けている友人が。
あ、おはよう、と声をかけたら、友人は私の挨拶を無視して一言。


「とりこちゃん、素敵なものが肩に付いてるよ」


はい、想像がつきましたね。
そうです、クリーニング屋さんのタグを付けたまま、学校まで行ってしまったのです。
どうりで、視線を感じたわけだよ…
でも、言い訳させてください。
上着には、全部で3つ、タグが付いていたんです。で、そのうち2つは、ちゃんと家で取っていったんです。
私の上着には細かいパーツが2つあり、クリーニング屋さんでも別料金を取られます。
そのうちの1つについていたタグを、取り忘れてしまったんです…


はい、電車にも乗りました。道もさんざん歩きました。飛んでくる視線にはにらみ返しました。


玄関ではちゃんと姿見を見ましょう!


ではまた明日。


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ナイロン100℃『シャープさんフラットさん(ホワイトチーム)』@本多劇場

*ナイロン100℃ オフィシャルホームページ


私に出来ることと言ったら拍手をすることくらいで、けれどあんまり息を止めていたものだから拍手をすることもおっくうなくらいで、どうやったらこれを伝えられるだろう、とにかく、拍手をするしかない、と思って、必死に拍手をしました。
何がどうとか、あれがどうとか、言えないうれしさを思いました。よかった。ほんとうによかった。


ではまた明日。


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今から3分

今から3分で何を書けるか。これからアルバイトです。
帰ってきてからだとばたばたするので、今のうちに更新してしまいたいのだけど、特に書きたいことも今のところなく…
明日は個人的にとても楽しみにしていることがあるので、テンションが上がってしまって困ります。
それでこんな日記を書くことにしたわけです。意外に書ける書ける。
実は、MONOという劇団で作・演出をやっていらっしゃる土田英生さんのブログの真似をしました…
あ、そうこうしているうちにあと1分。
それでは、行って参ります!(私の日記はここから先が長い)


ではまた明日。


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ルミネーション

手羽さんのこの記事は、ちょっと私にも投げられているのかな…って、考えすぎか?


浪人していたころから、文章を書くと「素直」だとか「正直」だとか「透明感がある」だとか言われるようになった。
それまでは言われたことがなかったのに、突然。
それは大学に入ってからもつづいていて、ブログに感想をいただくときそういった言葉が使われていることは多いし、ここ数か月、あるところで書き始めた文章に対しても、そんなふうな感想をいただく。
私はそれを聞くとびっくりしてしまって、それは多分、私自身が思っている私は、素直でも正直でもないし、透明感もないからだと思う。
オフ会のとき、竹林さんに「日記のイメージと違う」と言われたけれど、まあ、そんなもんです。
ふだんの私はもっと大雑把だし、言葉づかいは悪いし、文章ではどうやら猫をかぶっているようです。
でもそれは、「正直」だの「素直」だのという評とはまるで逆で、さて、どっちが本来の自分なのか、よく分からなくなります。
まあ、いい意味でも悪い意味でも、「素直」で「正直」なのかもしれませんが。


実のところ、「素直」や「正直」という言葉はけっしてほめ言葉ではないと思っていて、いやもちろん、いただく感想にそういった皮肉が含まれていないのは承知なのですけれど、でも、何だろう…ちょっと引っかかっていました。


でも先日、前期末に書いたゼミについてのレポートを改めて読み返したとき、まるで自分から手紙をもらったような感覚になって(詳しくはこの日の記事をどうぞ)、もしかしてこれが、「素直」とか「正直」とか「透明感がある」とか相手に思わせている原因なのかも知れない、と思いました。
何というか、ぱつーん、と真ん中に入ってくる感じというか。
自分で読んでびっくりでしたが、でも、こういう文章書いてたんだなあ、と。
そういえば、たまにブログを読み返してもそんな気持ちになるなあなんて思いました。
べつに、それがいい文章であるとは、皆目思いませんが。
でも、まるで修行のように書いていたこのブログが、そんなふうに何かを及ぼすのだなあと、あらためて思った次第です。


なので、よろしければ反芻してみてください。


ではまた明日。


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いやあ、まいった、まいった、そして、残念

昨日、アルバイトをしていたときに突然とんでもなく胃が痛くなって、でも胃が痛くなるのはよくあることなので、大丈夫だいじょうぶと胃薬を飲みました。
ところが、飲んでしばらくしてもずっと痛くて、もう立ってられないほど痛くて、ちょうど早く上がれたので、いつもより15分ほど早く、ふらんふらんになりながら上がりました。
家に帰っていつもなら簡単にごはんを食べるのだけどそんなのとっても無理で、とりあえずお風呂にだけは入って、別の効能のある薬を飲んで、湯たんぽで嫌というほど胃のあたりを暖めて、何があっても起きない覚悟でそのままばたんきゅーしました。
ありがたいことに次に起きたときは朝で、目覚ましの時間よりは早かったけれど胃は痛くなかったので、ほっとしました。
どうもこのところ喉も痛かったりして、まさかこの痛みは感染性胃腸炎(最近よくやるあれ)なのかしらと思っていたのですが、どうやらそういうわけではなさそうです。
でもやっぱり胃のあたりはぼんやり痛くて、母に言わせると「胃けいれん」らしいです。(胃けいれんは病名ではないそうですが…でも、吐き気はあったなあ)
確かに、胃けいれんのときに効く薬を飲んで治まったから、そうなんだろうなあ…たまに、なります。
そんなわけであまり体調がすぐれず、したがって謡本の予習も出来ていないわけで…
歴史と古文の苦手な私に、源氏物語をもとにした能を予習なしで理解しろという方が無理なわけで…
理解する必要はないとどんなに言われても、私にとって能は理解したいものなわけで…


残念ですが、東京大薪能は断念することにしました。


秋で海沿い、身体が冷えたらまた胃けいれん・胃痛を起こしてしまいそうだし、風邪だって悪化してしまうかもしれないし…
あと個人的には、月末でお財布事情がえんやこら、という感じなのもありますが。
10月いっぱいは忙しいこともあって能舞台に足を運べなさそうですが、今のところ、11月末には狂言を見に行く予定でいます。
それまで、頑張ろう…


ではまた明日。


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今まで出会ったあの人この人

昨日の夜、「生まれて初めて、一目置くような存在の同年代に会ったのはいつか」という話になった。
自分で質問しておいて考え込んでしまったのだけど、多分、私がそういう存在に会ったのは、小学校5年生のときだと思う。
同じ学年にAちゃんという子がいて、その子はすごく頭が良かったので名前だけは知っていたのだけど、クラス替えをするまで話したことはなかった。
同じクラスになって、どちらから話しかけたのかは覚えていないけれど、お互いに本を読むのが好きだったということもあって、すぐに仲良くなった。
(小学校5年生だった私に、江國香織を教えてくれたのはAちゃんだ。しかし、11歳で江國香織って…しかも、『きらきらひかる』って…さらに、Aちゃんは映画まで見ていたって…笑)
私は成績も悪かったし先生にも目をつけられていたし、そういう意味ではAちゃんとまったく釣り合わない子どもだったけれど(Aちゃんは成績が良かったから先生に気に入られていた)、本を読むだけじゃなくて、文章を書くのも好きだったから、何となく話も合って、うーん、ちょっと大人びていたのかもしれない。
Aちゃんは、私が「将来どうするの?」と聞いたら、「適当に勉強してW大に入る」と11歳にして答えたツワモノで、まあ卒業して以来会ってないから結局今どこで何をしているのかは知らないけど、ツワモノのままなんだろうなあ、とは思う。
そういえばAちゃんは絵も上手かった。絵といっても、いわゆる少女マンガみたいな絵だけど。図工の時間に描くようなのは、どうだったかな。ちょっと記憶がない。
その子からは卒業後も年賀状をもらったりして、中学に入ってからは小学校のとき以上にサブカルにのめりこんでいたようだったけど(サブカルって!)、いつしか手紙のやり取りも途切れてしまった。
彼女と同じく頭が良さそうだった弟は、その後どうなったのだろう。


私は彼女に一目置いていたけれど、彼女は私をどう思っていたのだろう。
私の方がよっぽど頭が良いわ、こいつって何て馬鹿なの、って思っていたのかなあ。
それとも、お、こいつとしゃべるとちょっと面白い、って思ってくれていたのかなあ。


中学と高校で、またそういう人に会った。
実のところ昨日まで、その人のことをそういうふうには思っていなかったのだけれど、ある知らせを受け取って、はあ、やっぱりそうだったんだなあ、と思った。
それを聞いて、最初はすごく僻んでしまった自分が嫌だったのだけど、でもこうやって改めて考えてみると、そうだな、私はその人のことをすごく、尊敬しているのだな、と思った。
まあもちろん、うらやましいとも思いますが。でも、それ相応の努力を、涼しい顔でやつはしていたわけだ。
私も頑張らねばなあなんて思いませんが、いかんいかん!とは思いました。


とにもかくにも、大学に入ってまた、そういう存在に会えたことは幸運だと思う。
彼女(彼女ら?)がどう思ってるかは、知ったこっちゃありませんがね。


ではまた明日。


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教科書を借りる

近所の図書館で、小学校6年生の国語の教科書を借りてきました。
もともとはゼミで使う本を借りようと思って行ったのですが、その本と同じ棚に、小学校から高校までの教科書がひとそろいあったので、以前、光村図書の国語教科書に『柿山伏』が載っていると聞いたことを思い出し、借りました。


とりあえず、『柿山伏』を探して目次を開くと、『柿山伏』は「はってん」らしい。
「はってん」は学習指導要領には示されておらず、一律に学習する必要はありませんとのこと。なるほど。
それでもやっぱり、教科書会社としてはけっこう売りにしてるんだよなあ。そうじゃなかったら、特集のページは作らないものね。
念のために(現行の)学習指導要領を見てみる。
「易しい文語調の文章を音読し,文語の調子に親しむこと」が目標になっているし、留意する事項にも日本の伝統芸能を取り上げる意義の根拠にあたりそうなことが書いてあるけど、うーん、これは短歌・俳句の単元でおしまいということなのかな。


さて、肝心の『柿山伏』。落語や歌舞伎など、狂言以外の日本の古典芸能の紹介ページのあとに、狂言のちょっとした解説、そして写真とともに台本がつづく。
ざっと目を通して、びっくり。
ちょっとでも難しい言葉(例えば「まかり下る」とか)が出てくると、すぐに隣にカッコして「帰る」なんて注意書きが入ってしまう。
もちろん、「国語」の教科書なのだから「意味」に重点が置かれるのだろうな、と想像はつくのだけれど、何だか解せない。
以前、ある狂言師さんが幼稚園で『柿山伏』をやったあと、その幼稚園の園児から、「また一緒に遊ぼうね」という手紙が届いてうれしかった、という話を聞いたことがある。その子にとっては遊びだったんだ、と思うとうれしかったそう。
幼稚園で狂言をやるときは(その家の人は)簡単な説明だけして、「狂言は600年前からある劇です」なんて言うと、時間の感覚がよく分からない園児たちは、それだけで度肝を抜かれちゃうんだとか。
もちろん園児たちに見せるからっていちいち説明を加えるわけではない。
何が楽しかったのかは分からないけれど、楽しかった、遊んでもらった、という感覚が残る。
その話がとても好きで、印象的だった私は(その狂言師さんもいろんなところでその話をしている)、「国語」として「学ばせる」ことに、何だかなあ、と思ってしまった。(いやもちろん、小学校の国語は「学び」なのだけども…)
以前も書いたけれど、私は生まれて初めて見た狂言が『柿山伏』で、しばらく時間を置いて2度目に見たのも『柿山伏』だった。
2度目を見るまですっかり忘れていたのにどうして思い出したかというと、柿を食べるときの描写がとても印象的だったから。
無意識のうちに、私の中に「あむ、あむ、あむ」という不思議な響きが残っていたのですね。
どんなに意味が分からなくても、「食うてみょう」とか、「食びょう」とか、「えいえい、やっとな」とか、ちょっとでも引っかかるところがあって、それを面白いと思ってもらえれば、中身なんてあとから理解すればいいのに…
と思う一方で、でもこれは国語の教科書なのだよなあ、と思う。
それに、この単元の目標として(「はってん」ではあるけれど)、「登場人物のせりふややり取りから、狂言のおもしろさを味わってみましょう」と書かれている。
この目標を達成するためには、しっかりと、まるで英語の教科書を日本語訳するかのようにやっていかないといけないのかな、とも思う。
当たり前だけれど、能舞台についての説明なんてないし、山伏の装束についてだって触れられていない。葛桶の存在感も、謎。
これで、いくら最後に狂言師さんのお話を入れたからって、「狂言のおもしろさを味わっ」たことになるのかなあ…
何だか、実感がないような気がする。(「鑑賞」できればいちばんだけれど、それもなかなか難しい)


納得いかないまま、とりあえず最初から教科書を読んでみることにする。
で、のっけからびっくり。
「十二さいの言葉を残そう」と題して、学習記録を作ろうというページが出てきた。
1年かけて、冊子の形で漢字学習や読書の記録を残そうをいう取り組み。
これって、すごく重要なんじゃないだろうか。記録を取って、それを冊子にする。人に見せる。
昨日はずいぶん偉そうなことを書いたけれど、でも私が言いたかったことの入門編が、これなんじゃないの?
あーびっくりした、と読み進めるも、いろんなページでびっくりしてしまって、繰る手が止まってしまった。
短歌・俳句の単元では、ほとんど文語についての説明がない。目標が「ひびきを味わおう」となっているから、それでなのかな。
「ガイドブックを作ろう」という単元では、目標が「相手や目的に合わせて書こう」となっていて、でもこれって、本当にこの目標の意図を理解してやれている先生がどれほどいるのだろうと思う。
国語の教科書で取り上げたら、やっぱり言語に偏ったガイドブックが出来てしまうんじゃないだろうか。この単元そのものを飛ばしちゃう先生も出てきそう。
でも、すごく大事な問題を取り上げているのに、ともどかしい。
ユニバーサルデザインを扱った文章も載っていて、でもここからどれだけ、ユニバーサルデザインの勉強が出来ているんだろう、とか。


教科書って、高校を卒業してからほとんど初めて手に取ったけれど(図工や美術の教科書はわりと見ていますが)、いろんなヒントが転がっているなあ、と思った。
ちょっと、真面目に読んでみよう。


ではまた明日。


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学ぶこと

大学に入って勉強が好きになったのは、単純に高校卒業までの知識の積み重ねが、全然なかったからだと思う。(未だに、怪しい知識で生活している部分が、ないといったら嘘になる)
加えて、自分の興味のある分野を中心に勉強できることになって(特に私の場合、教職の科目の存在は大きかった)、ずっと嫌なものだった勉強が、どんどん好きになった。
さらには、3年生になってゼミの入門編みたいな授業が始まって、ますます面白くなった。
自分の中に学ぶべきことを取り込むだけじゃなくて、その必要性だったり、面白さを、他人にも伝えなくてはならない。
伝えられないと、相手の持っている知識をもらうこともできないし、自分だって自信を持って発言することができない。
だから、まあ自分なりに精一杯、本を読んだり考えたりして、授業に参加した。(と言いながらまだ出せていない課題があるので、説得力がない部分もあるのだけど…)
自分で疑問を持って、それを解決するために本を読んだり人に話を聞いたりして、それを他人に伝え、その面白さを理解してもらい、その上で意見をもらったり、共感を得たりする。
もちろん、自分とはどうやっても相容れない考えの人だっているだろうけれど、相容れることが重要なのではなくて、どのようにして意見を交換するかが、大切なのだと思う。
この一連の流れは、大学に入って自分なりに興味や疑問を持つようになってから得たもので、この流れを踏まえてやっていくことで、自分の考えを人に伝え、理解してもらうための訓練をしている気がする。


学ぶことをやめたらいけないなあと、強く思った。


ではまた明日。


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とぜんとぜん

最近になって行く機会の多くなった国立能楽堂
全然知らなかったのですが、今年で開場25周年なんですね。(それまでは、国立の能楽堂はなかったということなのだろうか。能楽堂はいろんなところにあるけれど…ちょっと調べてみます)
こんなふうに飾りつけられていて、お祝いムード。
演目のラインナップを見ても、もう、見たいのばっかりで困ります。
中でも、大曲と呼ばれるようなものを、何度もやっているような演者が演ずるものを見てみたくて。
まだまだ初心者だから、そういう演目を初めてやる人のことが気になってしまうのだけれど、どこかのブログでだったか、公演案内でだったか、「歳を重ねた芸に期待してほしい」というふうに書いていて、そっか、そうだなあ、そういう見方もあるんだなあ、と思った。
でも、どれもこれもまだ文字の上でしか知らない演目ばかりだから、通い倒したいくらいです。がっくり。


そんなことを考えながら、ふらふらと国立劇場のウェブサイトを見ていたら、「国立劇場に”ひこにゃん”がやってくる!」という記事を発見。
10月公演の『大老』、つまり井伊直弼ゆかりの地である彦根市からのお客さま、ということみたいです。
すごいなあ、ひこにゃん。歌舞伎を見に来るような客層に喜ばれるのか。はたまた、ひこにゃんを見るためだけに歌舞伎を見に来るような人が現れるのか。


キャラクターつながりで、昨日知った本を。


パルちゃんとグランパスくんのほん。パルちゃんとグランパスくんのほん。
パルちゃん(清水エスパルス)

日刊スポーツ出版社 2008-08-23
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どうしても、わかしゃち国体(一応、Wikipediaにリンク)のキャラクター、「シャッチー」とごっちゃになってしまう、グランパスくん。(ちなみに女の子は「グランパコちゃん」といいますが、私は「シャチコちゃん」と呼んでいます)


ちなみに、名古屋市交通局のマスコットは、「ハッチー」というのだそうで…


国立能楽堂の話からずいぶん飛んでしまいましたが、何だか妙な気分になった週末でしたとさ。


ではまた明日。


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さばおと私

学校が始まると、毎日がばたばたと慌ただしく過ぎていく。


昨日のうちにさばおのことを書きたかったけど、ひとまず、今日。


なのはなさんの日記を読んで、はっとした。
ムサビに入っていっぱい猫と会うようになって、なんだかんだと猫にさわることが増えた。
でも私はどうも猫たちと合わないらしくて、図書館の裏にいる猫には逃げられてばっかりだった。
さばおはもうあきらめの境地でいくらでもさわらせてくれるのだけど、なでてやっても首をぶんぶん振っていたりして、嫌われてるんだなあ、苦手だなっていう気持ちは伝わるんだなあ、なんて思っていた。
でも、なのはなさんの日記の、「喉の下をぐりぐりしていると、『今度はこっち』と言わんばかりに首の向きを変えた」というくだりを読んで、もしかして、そうだったのかなあ、と思った。
今となっては都合のいい解釈だけれど。


でも、気がつけばデジカメの中や携帯電話の中や、もちろん私の中にも、多くのムサビ生の中にも収められていた、さばお。
幸せな一生だったな、と思ってくれていますように。


ではまた明日。


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『悪夢のエレベーター』@シアタートラム

*梅田芸術劇場内 公演案内『悪夢のエレベーター』


美術がとても好きで、家に帰ってきてパンフレットを見てみたら、芸能デザイン学科(現・空間演出デザイン学科)を卒業なさった、池田ともゆきさんの手掛けたものだった。(第33回伊藤熹朔賞受賞など)
全然知らずに見に行った舞台で、卒業生の仕事に出会うとうれしい気持ちになります。


たった1枚の扉が、こちらの意識によって意味を変える、ふとした演出がとても好きだった。
ところが先日同じ舞台を見た母にその感動を話すと、「何も考えずに受け止めてしまった」とひとこと。
どうしてだろう。どうして気になったのかな、私は。ということが、気になりました。


ではまた明日。


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今度こそ!

このところずっと、「薪能に行きたい!」と言っては雨が降ったり、抽選に外れたりしているみちくさでしたが、今朝の新聞を見てびっくり。
「東京大薪能」という催しが、何と無料で行われるそうです。
場所はお台場、授業は3限まで、バイトもない!これは、何としてでも行かなくては。
今年は源氏物語千年紀なので、源氏物語に関係がある演目が上演されます。
ひとまず、この間図書館に返却してしまった謡曲の本をもう一度借り直さないと。


実は明日と明後日、東京ミッドタウンで「ミッドタウン能狂言」という催しがあり、これも屋外での上演だったのでとても見たかったのですが、別の予定が入ってしまって、残念ながらあきらめざるをえませんでした。(その予定も楽しみなのだけど)
でもこの天候だったら、きっと中止ですよね。
うーむ、ことごとくついてないなあ。
教えていただいた鎌倉薪能にも行きたいのだけれど。


ひとまず、26日は晴れますように!


ではまた明日。


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大人になるって

アルバイト先で、新入社員の人たちを見るのが面白い。面白いなんていうと失礼かも知れないが、自分とは2つか3つくらいしか歳が違わないのに、見た目にはきちんと社会人をやっている様が、働く自分が何だか想像つかない私としては、なかなかに興味深い。
私がアルバイトしているところは、夏少し前にきちんとした配属先が決まって、今は夏を越えて少しずつ彼らの本性?が見えてきているところなのだ。
聞き耳を立てている(もちろん仕事もしています)私が、「うわわ、そこまで言っちゃう!?」というようなことを上司に言っていたりすると、いやはや、な感じです。むろん、その逆もしかり。
当たり前のように波長の合わない人もいたりして、でも上司は当たり前のようにそんな人をうまくいなしている。
すごいなあ、私には出来るのかな。ちょっと無理そう…でも、やらなきゃ。


祖父母が旅行に行くことになって、留守中のことを頼まれた。
いつもより少し長く行くから祖父母は心配なようで、母にすごく言いづらそうにしていたらしい。
母は電話でその話を聞いて、「こっちは大人が3人いるんだからね」と言ったそうな。
それを今日聞いて、へえ、母にとって私は大人なんだ、と思った。
そりゃもちろん、ハタチ越えたんだから大人といえば大人なのだけど、母が外に向けてそう言うのを聞くのは初めてだったので、へえ、という気持ちがとても強かった。


大人って何なのでしょう。


ではまた明日。


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よれよれ

今年度の教員採用試験、1次試験に受かった4年生の話を、授業で聞く。
もう2年くらい前から、「やれる」「だめかも」の繰り返しだなあ…


何だかよれよれです。


ではまた明日。


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ボールペンの濃淡

小さいころから文房具が好きなのだけど、バイトで受付事務をやっているということもあって、世界堂なんかで見るのとはまた違う文房具を見たり、使ったりする機会が多い。
最近いちばんのヒットは、ぺんてるから出ているRollyというボールペンだ。見たことがなかったから使ってみたら書き心地がとてもよく、クロッキー帳にはさまれるボールペンに見事選ばれた。
そして先日、またぐぐっと私の心をひきつけたのは、ゼブラから出ているSARASAというジェルボールペン。実は以前にも使っていたことがあったのだけど、心変わりして使うのをやめてしまった。
ところがバイト日誌をこれで書いてみたら書きやすくて、あらためて自分で購入。
家に帰ってきてクロッキー帳に試し書きしてみると、うん、やっぱり書きやすい。ボールペンだと紙に引っかかる感じがあるけど、ジェルボールペンならそんなこともない。うんうん、いい買い物したぞ。


そんなわけで、ゼミのあれこれをやろうと思って、白い紙にうにゃうにゃとそのジェルボールペンで書き出してみたのだけど、うーむ、どうにも、上手くいかない。
何でだろ。頭の中には、たくさん言いたいこととか考えてることとかがあるのに。


ふと思いついて、ボールペンの方であらためて書いてみる。
書いてみて、あ、と思う。
ボールペンって、何となくかすれたり、インクがぼてっとたまったり、強くも弱くも書けるんだ。
ジェルボールペンは出てくるインクが均一で、たまることはあってもかすれることはほとんどない。
それはとても便利だし、バイト日誌やバイト先の偉い人へのメモなんかを書いているときは「これいいなあ」と思うのだけど、どうやら自分の考えていることを紙に書き出すときには向いていないようだ。
不思議なことに、ボールペンの軌跡は自分の感じ方を反映しているみたい。


全然関係ないけれど、昨日の夜はぎっくり腰再発の予感がして怖くなって寝ました。
どうやら、立ちっぱなしのバイトが効いたよう。
とはいうものの、前回同じバイトをしたときは、ぎっくり腰直後だったのですが…うーん、あのときは、いろいろとおかしかったからなあ…(ぎっくり腰数日後に狂言を見に行き、わりと元気になって帰ってきた)
この痛みを放っておくと、またこの間のように起きあがれなくなるんだろうな。
…早くリュック買おう。茶色いの。


ではまた明日。


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学校というところ

今日は、アルバイトで試験監督に行ってきました。
とある高校が会場だったのですが、小学生たちを監督しながら不思議な感覚に陥る。
学校というのは、奇妙なところだ。


黒板があって教卓がある。
教卓の中をのぞけば座席表にマジックペン、カッター、忘れもののペットボトルケース。
黒板の隣には小黒板、日直の名前にちょっとしたお知らせ。チョークに黒板消し、クリーナー。
机に椅子、机には落書き。
大きく印刷された時間割表、委員会活動の表、新着図書のお知らせ、合唱コンクールの練習日のお知らせ。
(女子が書いた脅迫まがいの文面がかわいい。「みんなからアンケートを採った結果なので全員絶対出られるはずです」)
大学難易度ランキング。(ムサビをはじめとした美大の名前は見当たらない)
ごみ捨てじゃんけん、きっとやってるんだろうな。
夏休み明け試験は、もう終わったんだから消せばいいのに。みんな、丸つけやってノート出したかー?
そして、期末試験上位者名簿!


これって日本の学校に限ったことなのかしら、と留学生らしき生徒の名前(掃除の班に手書きで加えられていた)を見ながらぼんやり思う。
通った高校ではないのに、なぜか懐かしい。
教室にあるものは大体決まっていて、その組み合わせで出来ている。
何かしらの意図があってのことなのかなあ。


関係ないけど、受験生の中にThe Whoのロゴのデザインを真似したTシャツを着ている子がいて(何て書いてあったかは忘れてしまった)、この子やこの子の親は、The Whoを知っているのかなあなんて思いました。
(あ、ちなみにくるりのTシャツでもなかったです)


ではまた明日。


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あんまりついてない

お昼休みの終わりごろ、ごはんを食べるために12下に行ったら、ちょうど食べ終わって食器を片付けるからあげさんとすれちがった。
あ、からあげさん、と思ったのだけど、ショーケースで260円と表示されていたはずのタンメンが270円したことにびっくりしていた私は、両手がふさがっていたこともあって声をかけるタイミングを逃してしまった。
ついでに、借りた10円を友だちに返し忘れていることにも、今気がついた。がっかり。


家に帰ったら、10月の薪能の抽選結果が来ていた。見事、落選。そんなに応募する人もいないだろうとたかをくくっていたので、ひええ、である。
実は今日NHKで行われた、ちりとてちんファンミーティング(ゴールデンウィークに放映された総集編を今さらNHKに集って大画面で見返し、ファンのアイドル!である制作統括の方と触れ合える、ファン垂涎だがファンじゃない人にはその意義がほとんど理解してもらえない素敵なイベント)にも落選しているので、このところ落選つづきだ。
あとはもう、未だに買えていないちりとてちんの総集編DVDプレゼントに当選していることを祈るしかないぞ。


そんなわけで、微妙についてない日々を送るみちくさでした。
ではまた明日。


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ここ何年か、わが家の月下美人は毎年秋に花を咲かせてくれた。
ひとつふたつなのだけど、夜になるごとにどんどんつぼみがふくらみ、頭が痛くなるほどの香りをふりまきながら次の日の朝にはすっかりしぼんでしまうその花が、私はとても好きだった。
好きだった、と過去形なのは、今年の夏になって、月下美人が病気にやられてしまったからだ。
悪い虫がついてしまったようで、ごくごく初期のうちに対処すればどうにかなるらしいのだけど、そのサインを残念なことに見逃してしまい、葉っぱにはたくさんの斑点が出てしまった。
こうなると、もうどうしようもないとのこと。
とりあえず母が元気のありそうな葉だけ切り、土にさして再生を試みることにしたのだけど、もう月下美人そのものはとっくに元気をなくしていた。
ところが、何とその月下美人が、今年もつぼみをつけたのだった。
花が咲きそうになるとベランダから部屋の中へ鉢をしまうのだけど、今年はそんなこともあって外に出しっぱなしで、でも月下美人は私に気づいてと言わんばかりに花をつけた。
例年より小ぶりのその花は、枝ごと切り取られて、ダイニングテーブルの上で満開になっている。
香りはいつものように、頭が痛くなりそうに強い。
月下美人は今、必死に頑張っているのだなあ、と思う。
生物のことはよく分からないけれど、どうにかして子孫を残そうとしているのだろうか。
何とも言えない気持ちになった。
そういえばこの月下美人は、以前上の階に住んでいたご家族に株を分けていただいたのだった。確か。
何だか、しんみりしてしまうなあ…


ではまた明日。


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ゼミが始まる

今日からとうとう、ゼミが始まりました。
私は前期からつづけて同じ先生のものを取っていますが、後期からの学生もいるので新鮮な気持ちです。
今日は、前期末にメディアプランニングコースの3年生全員が提出したレポートを元に、今後何をやっていきたいかを話しました。
私はといえば、この夏は何だかひとり考え込むばかりで、先生にも「レポートはもっと整理されてたじゃない」と言われる始末。
いったい何を書いたのか、ずいぶん大風呂敷を広げたような記憶はあるけれどすっかり忘れていた私は、休み時間にそのレポートを読み直してみました。
するとそのレポート、1行目からこう始まっている。


「私は来年、教員採用試験を受けようと考えている」


…そういえば、そうだった。いやもちろん、「そういえば」ではなくて確かに私自身が考えていたことなのだけど、まるで過去の自分から手紙が送られてきたみたいな気持ちになった。
あとにつづく文章も、今の私からは考えられないくらいにしっかりしているし、今の私が考えすぎてわけが分からなくなっていることも、ちゃんと分かっている。
思わずもう1部印刷して、持っておくことにした。
これを書いたのは確か7月の上旬くらいで、そのときにはすっぱりと、覚悟(というのは大げさだけれど)ができていたのだなあ、と思う。
この夏は、社会的にも自分の中でもいろんなことがあって、もう嫌だ、うんざり、と思っていたのだけど、つい2か月ほど前の自分に、「ほらもう一度考えてみなよ」と言われているような気がした。


学校が始まると、休み中とは比較にならないくらいたくさんの人に会うので、それまで1人で考え込んでいたことが、友人のたった一言で解決できたり、気持ちが軽くなったりする。
そりゃもちろん、家族とだって話すしバイト先の人とだって話すのだけど、やっぱりムサビ、そして芸文の中にいれば似た言語を使って話すことができるから、私の意図を汲み取ってもらいやすくなる。
それは学校にいる間はあまりよくないことに思えても、学校を離れると自分の助けになる。
ゼミも同じことで、私自身は美術教育というものに関心を持って今後やっていこうと思っているけれど、ある人は広告に興味を持ち、ある人は写真に興味を持つ。
でもそれらは決して離ればなれにあるのではなくて、どこかでつながっている。
だから、自分とはまた違った興味を持つ人の話を聞くことは、自分自身の助けになると思う。


それでやっぱり私は、もうちょっともぞもぞ考えようと思いました。
少なくとも、私の今のところ考えている進路は、いわゆる就職活動の時期とは少しずれているようなので。


あとは、口だけにならないように、言いっぱなしにならないように、手を動かすこと!!!
前期の課題は早く出すこと…!!!
ひとまずは、来週の発表までに考えを整理しなくては。


ではまた明日。


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ばらばらちがい

昨日の朝は身体の間接がばらばらになりそうだったけれど、今朝は貧血持ちでもないのにぐらんぐらんで、家じゅうの壁にひととおりぶつかってから家を出てきました。
寝不足だろうか。6時間も寝てるのに。
まあ、明日には心がばらばらになってそうなので、今日はこのくらいで済んでよかったことにします。てへ。


ではまた明日。


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通学の友

朝起きたら、全身がばらばらになりそうな、というのは大げさだとしても、ここ2か月ほどでは感じたことのないような身体の痛みが。
そうだ、私はまた、6kgのかばんを肩から提げて往復で正味1時間ほど歩く生活を始めたんだった…
いい加減、荷物を減らさないとまたぎっくり腰になることは目に見えているのですが、私にとっては必要なものばかりでどうしても減らせない。
困ったものです。


私の携帯電話は音楽もいっぱい入るすごい子なので、通学時間は音楽を聞いています。
ところが先日、最初からついていたイヤホンが壊れてしまいました。
ほぼ同じ製品を買おうとしたところ、何と3000円以上もすることが判明。
今の私にそんなお金はないので、仕方なく以前の携帯についていたイヤホンを引っ張り出してみたのですが、そうだそういえば、このイヤホンは耳の小さな私には痛く感じられたのだった。
結局、帰りに耳に引っかける形のイヤホン(というのかな)を購入。(いちばん安いけど、ネットでクチコミを読んで、そこまで評判の悪くなさそうなやつ)
でも、イヤホンよりも音が遠く感じられるし、音漏れも気になるし…(前のイヤホンは密封型だったのです)
音楽がないとだめ!というような人ではないはずだったのだけど、いつの間にかすっかり通学の良き友になっていました。
早く新しいイヤホンが買いたい。
大きい電器屋さんで見ると、万の位まであるヘッドホンやイヤホンもあったりで、びっくりします。
さすがにそれくらいの値段になると試聴できるのですけど、そこそこ安いものだとクチコミに頼らざるを得なくて、それでもやっぱりそれって人の感覚だから完璧に言語化できるわけでもなく、いやあ、困ったな。
上はいくらでもあるのだろうしなあ。
ひとまず、今まで使っていたものとほぼ同じものが買えれば、それでよしとします。


ではまた明日。


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この夏総括

今日から後期が始まりました。
2限の授業が最初だったのですが、あー、ムサビに帰ってきたんだなあ、と実感。
そんな今日は、この夏を振り返ってのエントリー。


○何と言っても、劇場に通い倒した

お笑いのライブも入れれば(劇場でやったものばかり行ったので)、計15本見たことになる。
試験週間を入れると、17本。
劇場に足を運んだ回数は、19回。
3日に1回くらい、劇場に行っていたということ…?
改めて考えると、すごい。
しかも、小さい劇団のものからシェイクスピアからミュージカル、果ては能に狂言まで…
(松尾スズキさんのは、結局見に行けませんでした…残念)
どうして私は演劇が好きなんだろう。いくら考えても分からない。突然嫌いになることだってあるし。


○新しい趣味が増えた

今まで、趣味といえば観劇で、我ながら「芸がないなあ(演劇だけに)」と思っていたのですが(もちろん観劇を否定しているわけではありませんが)、この歳になって、信じられないようなものに信じられないようなハマり方をしてしまいました。
若干、後悔の念がにじんでいるのは気づかなかったことにしてください。
でも、この趣味(詳しくはとても言えません。別に悪いことではないのだけど)によって新しく出会った人もいるし、その輪は広がりつつある。
歳の全然違う人に出会って話したり、その趣味の世界のことについて美大生ならではの受け止め方をしたり。
これからそれがどうなっていくのかは分からないけれど、就職活動などでなかなか劇場に行けなくなったら、もしかするとそれが私のいちばんの趣味になってしまうかも…。笑
ある面では今勉強していることに繋がってもいるので、なるべく細く長く楽しんでいきたいなあ、と思います。


○ちなみに、もう1つ趣味を増やせるとうれしい

これはどうなるか分からないし、実は4月から言っていることなのですが…
1つ、やりたいことがあり、できればやってみたいなあと思っています。
時間や経済的な理由で、ちょっと難しそうですが。


○進路について考え直す

劇場に足繁く通ったり、趣味に忙しくしたりしている合間にも、進路、というか就職のことについて、ずっと考えていました。
これはまたちょっと、落ち着いたら書けるかな…
でも夏休み以前とは、少し(考え方によってはけっこう)変わってきています。
考えていることは同じなのですけれど。


こんな夏休みでした。


ではまた明日。


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フラミンゴ『コード』@内幸町ホール

この夏のまとめは、明日にでも書くことにします。


*フラミンゴ OFFICIAL WEB SITE


まだ単独ライブに行き始めて2度目なのだけど、ゲストに呼ばれて出るライブなんかも含めると、もう何度も見ている人たち。(私にとって、こんなに生で回数を重ねて見ているコントの人たちは初めて)
3人が3人とも、やわらかい感じで大好きです。


今日のライブの中に、先日のライブで見たネタもあったのだけど、この間の方がぴたっとはまっていた印象で、びっくり。
もちろん、今日だって面白かったし笑ったのだけど、不思議。そういうものなのだなあ…


帰りに前回公演のDVDを買って、家に帰ってきて見て、お腹いっぱい。満足です。


ではまた明日。


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ムサビコムな土曜日

こんにちは、このエントリーが513回目のエントリーとなります、みちくさとりこです。
室長にはまだまだ及びませんね!
もちろん、回数も内容も、ということですけれど。
そうそう、手羽さんの伝説を越える方法は、大学院に行く以外にもありますよね。うふふ。


私が内閣を組閣する際には、やっぱりひとりひとり呼び出して面談みたいなことをすべきなんでしょうか。
学科に偏りがあってもいけませんし、けっこう気をつかうもんですね。
次の日の新聞に顔写真入りで載りますけど、全員、出身大学がムサビという、驚異の(脅威の?)内閣が誕生です。
さあて、現在の閣僚名簿を参考にしつつ、新しい省庁も考えつつ、過ごすことにしますかね。


ではまた明日。


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花組芝居『怪談牡丹灯籠』@あうるすぽっと

こんにちは、総理のみちくさとりこです
お風呂からあがったら、指名されていました。びっくりです。(もはや任命?)
メルマガでも発行しようかしら。
写真集出版のあかつきには、卜部さん、メイさん、よろしくお願いします。


さて、懸念していた図法・製図ですが、どうにかこうにか、「可」の評価をいただくことができました。
後期は、復習に力を入れて頑張る所存です。


以下、今日見てきたお芝居の感想です。


*電脳版 花組通信(花組芝居公式サイト)
*『怪談牡丹灯籠』公演概要


いやいや、感想が簡単には言葉にならない幸せを噛みしめる次第です。
終わったあと、あー楽しかった、という声が聞こえてきて、とてもうれしくなりました。
見ている人が楽しんでいること、見ているものを好きでいてくれること。好きだからこそ、丁寧に接してくれること。
当たり前なのだけど、これがけっこう、難しい。最近、そう感じることが多くなりました。
劇場に足を運ぶたび、もうだめかも、いやまだ大丈夫、その繰り返し。
今日は、まだ大丈夫、と思えました。よかった。


『怪談牡丹灯籠』は、岩波文庫から出版もされていますので、そちらもぜひ。
とはいうものの、落語では15日かかったというこの演目、3時間ほどでぎゅぎゅっとやってしまったので、演出の加納幸和さん曰く、「文庫を買わないでも済む」そうですが。笑


ではまた明日。


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『第二回 しんゆり薪能』@麻生市民館ホール

本日の東京・神奈川付近は、あいにくの雨。夕方ごろには止んでいたのですが、念のため電話して確認したところ、会場は麻生市民館ホールに変更になったとのことでした。
薪能初体験は、少なくとも10月までおあずけです。ちょっとがっかり。


今日の演目は、狂言が『膏薬煉』、能が『船弁慶』
本編に入る前に、簡単な演目解説がありました。(といっても、『船弁慶』中心でしたが)
麻生区の区長さんもいらして、装束を舞台上で着付けてもらっていました。しかも、女の役が着るもの。笑
能の着付けは中世のもので、帯ではなくひもだけで着付けるとのこと。そういえば、そうだ。うっかりしていました。
足を広げて立っていた区長さんが、着付けをしていた後見さんに「足閉じてください!」と怒られるなど、楽しい解説でした。笑


『膏薬煉』はもう、相変わらずの愛すべきお馬鹿さんたちがかわいくてかわいくて。
手元に台本がないので不確かかもしれませんが、双方、自分の薬に入っているものを説明するシーンには、笑ってしまいました。だって、「蚊の目脂」「地を歩く鯛」「赤子の頬の毛」「雷のまつげ」って…!(ちょっと検索してみたのだけれど上がってこないので、聞き間違いもあるかもしれません。ごめんなさい→いろいろなバージョンがあるようです
都の膏薬煉と鎌倉の膏薬煉が吸い比べをするシーンの動き、分かっているのに何とも滑稽で、あーあ、面白かった。
しかも負けたはずの鎌倉の膏薬煉、「三番勝負だかんな!」(みちくさ的口語訳)って、汚い…!笑
ああもう、こういう人って絶対いる、っていうか私自身かも、というのが、狂言の面白さだよなあといつも思う。
誰も傷つかず、ほんわかした気持ちになれるから、とても好きです。


『船弁慶』は勉強のかいあって、どうにかこうにかストーリーを理解しつつ、楽しめました。
やっぱり謡が入るので狂言ほど正確に言葉が聞き取れないし、聞き取れたとしても難しい言葉ばかりなのだけど(「序詞」だの「縁語」だの「掛詞」だのの知識なんて、あっという間に吹っ飛んだ)、どこかで読んだように「和製ミュージカル」というのは、本当だなあと。(もちろん、能の方が先ですけれど)
船が荒波に飲まれればお囃子だって盛り上がるし、動きだって大きくなる。ああ何だ、ミュージカルじゃないかと、ミュージカルなら見慣れている私は思いました。そう思えば、リラックスできる。言葉がどんどん過ぎてゆくのなんてミュージカルなら当たり前だし。(…私だけ?)
雰囲気だけを感じるものとは思わないけれど、そこからだって十分に、いろんなものは汲み取れるのだよなあと。
でもだからこそ、ちょっと引いた目で見ると、(もちろんそれが形なのだということは承知していても)面白くなってしまう。「いやいや弁慶、船頭さんが『波が荒いぞ』って言ってるんだから、そこで立ち上がって一言二言言うのはやめとこうよ」って。笑
それも、ミュージカルと考えてしまえば別に不思議ではないのですけど。


帰り道のお客さんの反応が、とても面白かったです。
何となく雰囲気を見ていて、けっこう多くの人が、狂言や能にあまり親しんでいない人みたい。
奥さんに連れられてきている旦那さんとか、ご招待で来た人とか、もしかするとあの辺りに住んでいらっしゃる方も多かったのかな。
「寝たらお金がもったいないから寝なかった」とか、「やっぱり能は雰囲気を楽しむものなんだな。全然分からなかった」とか、聞こえてくるのはそんな声ばかり。
なるほど、確かに寝ている人も多かったし(周りに迷惑をかけなければいっこうに構わないのだけど)、そもそも劇空間に馴れていないような人もたくさんいた。
私は、今日も出ていらした茂山宗彦さんが好きで最近見始めて、茂山千五郎家の人たちをみんな好きになって、でもその原点にはやっぱり舞台がとても好きだということがあって…
別にそれが善で他の人が悪だなんて思わないけれど、うーん、やっぱり、ある決まった狂言や能への印象というのはあるんだなあ、そして今日でそれは覆せなかったんだなあ、と思いました。
さすがに、後ろの席に座っていたおばさま2人組が、能が始まった途端に「幽玄の世界ね〜」と囁き合っていたのには苦笑してしまったもの。
うーん、ちょっと悔しいかな。


今回の企画、神奈川県にある新百合ヶ丘という、いわゆるニュータウンの中で行われました。
新百合ヶ丘は「しんゆり・芸術のまち」として町おこしをしているようです。
今日も、「しんゆり薪能」と書かれたはっぴを着た(おそらくボランティアであろう)人たちが駅前に立っていたり、ホール内で誘導をしてくださったりしました。


そんな中で私が感じたことは、やっぱり劇場のスタッフというのはかなり訓練されているのだな、ということ。
当たり前のことですが、劇場での人の動線がきちんと把握できていますし、劇場に来た人のニーズも理解しています。
偶然かもしれませんが、今日はそのニーズにあまり応えてもらえず、残念な気持ちもありました。
例えば、開場前に並ぶ列。スタッフはたくさんいるのだから、最後尾はこちらですと大きな声で案内してくれるか、札を持ったスタッフが立っていればよかったものを、聞かなければ最後尾を教えてくれない。
並ぶ列も、うねうねさせてしまって入場が面倒。順番は崩さず、朝礼みたいに並ばせてしまえば列ごとに、もっと簡単に誘導できたはず。
さらに、場内放送で「携帯電話は電源を切るか、マナーモードにしてください」と言われたときにはどうしようかと思いました。電源は、切ることにしようよ。
本当にちょっとしたことなのですけど、ああ、これがこうなればなあ、と思うことが多かったです。
スタッフの中に、劇場によく通う人はいなかったのかな…


まちとしてはすごく盛り上がっていても、その根っこのところで悲しい気分になってしまうと、何だかなあ、と思います。
町おこしの取り組みそのものが、ごく最近始まったものですから、仕方のない面もあるのかもしれません。
おそらく今年初めて市民館ホールで公演が行われたのでしょうし(去年は外で行われたはずです)、突然の変更で大変だったこともあったでしょう。(まあ、携帯電話は関係ないけど)
来年はどうなるのか、新百合ヶ丘というまちはどうなっていくのか、気になるところです。
お客さんの意識がどう変わっていくのかも。


ではまた明日。


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読書の秋 その2

今朝のNHK、生活ほっとモーニングという番組の特集は、「図書館を100倍楽しむ!」というものでした。
朝ごはんを食べながらぼんやり見ていると、大学図書館の話題に。
杉並区図書館ネットワークというものがあるそうで、杉並区にある大学の図書館をめぐっていました。
もちろん、女子美術大学の図書館も、そのひとつ。
他にも特長のある図書館ばかりでしたが、私がいちばん印象に残ったのは、明治大学図書館の、和泉校舎にある図書館でした。
「特色あるコレクション」のページでも紹介されていますが、近代文学の初版本が多く揃えられています。
三島由紀夫の『橋づくし』の初版本の装丁が、とてもきれいでした。
箱の中で袱紗に包まれ和綴じ、それだけでもじゅうぶんに心をくすぐられるのですが、とにかく、袋綴じが素晴らしい。
今まで、袋綴じというとどうしても、小学生のころに裏紙で作った「みちくさ家マガジン」みたいなイメージがあって(作ってたんです、そういうの…)、あんまりいいものではない気がしていたし、自分で本を作るとなっても、袋綴じ=簡単、お手軽という勝手な印象から、進んでやってみようとは思いませんでした。
ところが、この本の袋綴じは本当にきれい。なかなか言葉では説明しにくいのですが…(上記リンクで、少し詳しく説明してあります)
表はうすい桃色なのですが、袋の中は濃い赤。しかも、銀色のインクで絵が描いてあります。なので、重なって絵の部分が透けるんですね。(外見はこんな感じです)
朝から息を呑んでしまいました。
袋綴じさん、今までごめんなさい。


ではまた明日。


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読書の秋

知り合いにおすすめされて、2冊の絵本を読みました。
とてもよかったので、ご紹介。


しろいうさぎとくろいうさぎしろいうさぎとくろいうさぎ
ガース・ウイリアムズ

福音館書店 1965-06
売り上げランキング : 3542

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1冊目は、『しろいうさぎとくろいうさぎ』。
結婚するカップルにあげたらとても喜ばれたそうですが、うん、すてきなお話だ。
若干、しろうさちゃんがかかあ天下っぷりを発揮しているのもよい。笑
ちなみに原題は、『THE RABBITS' WEDDING』というのですね。そのまんま!
日本では1965年初版の絵本です。


タンタンタンゴはパパふたりタンタンタンゴはパパふたり
ヘンリー コール 尾辻 かな子 前田 和男

ポット出版 2008-04-16
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2冊目は、『タンタンタンゴはパパふたり』。
これは本当に動物園であったことだそうです。
漢字にふりがながふってあるから、わりと大きい子向けに作ってあるのかな。


よろしければ、お近くの図書館でどうぞ。


ではまた明日。


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『下北未満』@駅前劇場

今日は、お笑いのライブへ行ってきました。
若手の中でもコントを得意とする芸人さん8組が集まったライブ。とても面白かったです。


客席の感じが、演劇を見ているときのそれとはまた違って、不思議。


それにしても、一緒に見に行った友人と会って、夜ごはん食べて、劇場に行ってげらげら笑って、お茶飲んでケーキ食べてる間に、日本という国が大きく動いていたこと、全然知りませんでした。
帰りの電車で、携帯に流れるヘッドラインを見てびっくり。
実は以前、あるお笑いライブ(のようなもの)を見に行ったとき、わりに大きな事件に判決が下り、その日は1日、その話題でテレビや新聞が持ちきりで、何とも言えない気持ちになったことを思い出しました。
今日は予見できなかったぶん、驚きが大きかったです。そして、とても怖いなあと思いました。
別に、劇場の中にいるときだけ世の中が動いているわけではなく、他のどんな場所にいてもどんどんこの世は変わっているのだけど、偶然とはいえ、劇場にいる間にこんなことが起こった、ということ。
ものすごい罪悪感にとらわれる。


ではまた明日。


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