リアルな美大の日常を
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2008年08月のアーカイブ
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『船弁慶』の台本を読んで思ったこと
※昨日の日記、書きかけだったものを更新しています。こちらからご覧ください。
楽しみすぎて何度も書いていますが、今度、『船弁慶』という能を見に行くにあたって、台本を読んでみました。
歴史が非常に苦手な私は先日、3行ほど読んで挫折したのですが、昨日の夜、一気に最後まで読み切りました。
生の舞台や映像で、『安宅』(能)、『勧進帳』(歌舞伎)、『義経千本桜』(歌舞伎)と見ているのに、「判官殿って誰ですか?」状態。
ちょこちょこ見ていた大河ドラマ『義経』のせいで、タッキーやらマツケンやら石原さとみやらの顔が去来するなど、大変難儀しました。とほほ。
(※余談ですが、私はいまいち、『忠臣蔵』の人間関係も理解できていません…)
とにもかくにも人物関係を把握し、読み進めているともうひとつ、問題が。
狂言の台本より、圧倒的に言葉が難しいんです。
それは、注釈を見れば一目瞭然。
『船弁慶』に限らず、「掛詞」「序詞」「縁語」など、「あ、古典の授業で聞いた!」というような用語が、たくさん出てきます。
もちろん、言葉そのものの説明や、歴史的背景の説明も、けっこう多くてめんどくさい。
狂言台本を読みながら、「あーあ、こんなのが古典の教材だったら面白かったのになー」なんて呑気に思っていましたが、甘い!不真面目な高校生だった私は、「掛詞」「序詞」「縁語」の存在をすっかり忘れていただけだったのだ!
それでもやっぱり、「あーあ、能の台本が教材だったら面白かったのになー」とは思いますけれど。
それこそ能楽師さんも見る前に読むことを勧めていらしたし、イメージとくっつくから、言葉や背景をきちんと覚えられそう。
と、そこまで考えて、はっとしました。
私が見に行くのは、生きている人間が演じる『船弁慶』。
それって、例えば台本が教科書に載っていたとして、生徒は興味を持ってくれるんだろうか。
中学や高校のとき、「国語科」の授業の一環として伝統芸能をたくさん見たのですが、今になるとそれって、何とも不自然なことに思えるのです。
もちろん、じゃあ伝統芸能を始めとした演劇って、学校の教科でいうと何になるの?と聞かれると困ってしまうから、仕方のないことだと承知してはいますが、何となく違和感を覚えます。
中学のとき、国語の教科書で狂言の『附子』を読んで、特に面白いとは思わなかったけれど(だって先生が、さも面白いふうに話すから、何だかわざとらしかったんだもの)、その後に学校で『柿山伏』を見て、「あれ?」って思ったんです。
当時本当にどう感じていたのかはよく覚えていませんが、(若干の記憶の捏造はあるにせよ)『附子』より面白い、と思った、ような気がします。
そして先日、久しぶりに見に行った狂言が、『柿山伏』でした。
私はあるシーンを見るまで、自分が最初に見た狂言が『柿山伏』であるということをすっかり忘れていました。
でもそのシーン(柿をむしゃむしゃと食べるシーン)を見た途端に記憶がわあっとよみがえってきて、「そうだ、これを見たんだ!」とびっくりしました。
それくらい、生で見ることの印象って、大きい。
教科書でいくら「あおげあおげ」「あおぐぞあおぐぞ」と読んだところで(朗読なんかもさせられた記憶がある…演劇部だったし)、本当の呼吸は分からない。呼吸が分からないと、本当に面白いところは分からない。同じ演目を生で2回見ても、お客さんの笑うところ、笑い方って違う。
生で見ることが難しくても、せめて映像で見たい。
ちなみに、平成17年度から使われている、光村図書の国語教科書(小学校6年生用)に『柿山伏』が載っているそう(少なくとも平成21年度までは掲載されています。参考資料、pdf)。
うーん、そりゃまあ、文学としてもじゅうぶんに面白いことは否定しませんが…
でも、本当に教科書で、伝えたいことが伝わるかというと、…現状ではなかなか難しいのだろうなあ。
というかそもそも、どうして古典って勉強するんだろう。今でこそ、演劇をとっかかりとして楽しんではいるけれど、楽しいと思わない、過去の私みたいな子、いくらだっているよなあ…
「ややこしや〜」で狂言を知った子どものどれくらいが、学校に行っても古典を好きでいてくれるのだろう。
学習指導要領を読んで、頭がぐらぐらしています。(小学校学習指導要領はこちら、中学校学習指導要領はこちら)
話が広がって、ぐちゃぐちゃしてきたので今日はこの辺で終わりにします。
最後に、参考資料。学校でよく演じられる狂言の動画、茂山千五郎家のものがこちらからまとめて見られます。
個人的なおすすめは、『濯ぎ川』です。いつか見てみたい演目のひとつ。
やっぱり、学校と演劇の関係って、気になる。
ではまた明日。
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K.K.P.#6『TRIUMPH』@本多劇場/『宝塚BOYS』@シアタークリエ から考えたこと
※8/31に再編集しています。ご了承ください。
昨日は、始発で下北沢本多劇場に向かい、『TRIUMPH』の当日券に並んでからマチネを観劇、その後、日比谷に移動してシアタークリエにて『宝塚BOYS』ソワレを観劇という、強行スケジュールでした。
とても疲れましたが、この日に見て良かった、と思えるような体験をしたので、満足です。
実のところ、先日見た『TRIUMPH』の出来にあまり満足できず(日記を読んでいただければ一目瞭然とは思いますが…)、リベンジの意味を込めての観劇でした。
満足出来なかった理由はたくさんあるのですが、何だかとても悲しくなってしまって、このままじゃ終われない!という思いと、多分このままじゃ終わらない!という思いで、気力を振り絞って見てきました。
昨日は、満足出来なかった理由のひとつでもある、お客さんの雰囲気がとてもよく、結果的にはそれなりに満足して帰ってくることが出来ました。それなりに、というのは、前回の大きなマイナスが響いてのことなので、多分昨日が初見だったら、とても満足出来たはず。それくらい、楽しめました。
前回は、お客さんが「そこで笑うの?」「そこで驚くの?」というところで笑ったり、驚いたりしていて、びっくりしたり、悲しくなったり…あまりにも低すぎるハードルに、この出来で満足なの?とちょっと混乱してしまいました。
でもそれって、私の思い上がりなのかなあ、と思って1週間が経ち、ふたを開けてびっくり。
決してリピーターが多いとも言えないお芝居なのに(何しろ、チケットがとんでもなく取りにくいので…)、前回よりも明らかにハードルが高く、ちょっとしたことでは笑いもしないし驚きもしない。泣きもしない。
何でもありだった前回に比べ、真っ直ぐにお話に集中することが出来ました。
でもそれも、やっぱり私の個人的な感じ方なのかなあ、と思っていたら、終演後、作・演出の小林さんが「今日はいろいろうまくいって」とおっしゃっていて、(まあそれが言っていい一言なのかという議論はさておき)私はとてもびっくりしました。
「芝居は生もの」とよく言われるけれど、それって本当なんだなあ、と。
私はどちらの客席にもいたわけだから、どちらの客席の雰囲気にも影響しているのだろうと考えると、複雑な気持ちだけれど…(この気持ちは、忘れてはいけないよなあ…)
けれど、今までそう実感したことがあまりなかったので、新鮮な驚きでした。
その興奮冷めやらぬまま見に行った、『宝塚BOYS』。
これは、前日に見たときにとても良くて、「明日の『TRIUMPH』がつまらなかったら見に行こう」と決めていたお芝居でした。
ところが『TRIUMPH』がとても面白かったのでどうしたものかと悩んでしまい、それでもやっぱり、千秋楽が日曜日ということもあって、見に行ってしまいました。
こちらは『TRIUMPH』とは逆で、前日の出来の方が、圧倒的に良かった。それは、舞台上も、客席も。
前日も携帯電話が2回も鳴ったり、大きな(遠慮のない)咳払いが聞こえてきたりして、「おやおや」と思ったのですが、それに負けないくらいの、客席のじんじんするような集中力と、舞台上の緊張感が寸分の狂いもなくぴったりと合わさったような感覚が、とてもとても良かった。
昨日は、携帯電話こそ鳴らなかったものの、上演中にわりと大きな声でしゃべってしまうご夫婦がいたり(聞き取れなかった科白を確認するのはやめてくれー!時計を何度もちらちら見ていたのに、レビューのシーンで誰よりも大きな拍手をするのはやめてくれー!何よりも、最後のじんわり感動のシーンで、大爆笑するのは、…空気を読んで、やめてくれー!!!)、そこ笑うところ?と思ってしまうシーンで笑ってしまう人がいたり…
まあ、ある程度は「有楽町界隈の雰囲気」(詳しくは語りませんが)として許せるにしても、何だかなあ、な客席でした。
それと呼応するように、前日からは想像がつかないくらいに噛み合わない舞台。
もちろん、役者さんも脚本もとても良いので、目も当てられないなんてことはないのですが、昨日の方が良かったんだ、不思議…、と思いました。
今までは、「芝居は生もの」という言葉を、「そうだよね、生身の人間がやってるんだもんね」と単純に捉えていたのですが、私の錯覚にせよ、客席の雰囲気がここまで舞台の出来に影響するとは…
考えてみれば当たり前で、やっているのも生身の人間なら、見ているのも生身の人間。影響しあって当然なのですよね。
今さらながらそんなことに気づかされて、なおさら、私は尊敬の念を抱くのでした。舞台というものに。
ちゃんと向き合わねばなあ。安易な気持ちで、劇場というところに足を踏み入れてはいけないのだな。
そんなことを思った1日でした。
ではまた明日。
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『宝塚BOYS』@シアタークリエ
明日がちょっと早いので、今日のところは走り書きの感想で失礼します。
もしかすると、明日まとめての更新になるかも。何とまとめてかって?それは、明日までのお楽しみに。
…まあ、個人的にはまとまらない方がいいのですが。
見終わって思ったことは、「そう、これだよね!これ!」ということ。
あとは、印象に残った科白をひとつ。
「レビューを見ても、腹はふくれない。でも人は、娯楽を求めて劇場にやってくる。そういう人たちにいいものを見てもらいたいし、自分も見たい」
正確な科白ではありませんが、「自分も見たい」という姿勢が、ああ、そうだよなあ、と思いました。
ひとまず、ではまた明日。
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てるてるらいしゅう
このところぐずぐずしたお天気がつづいていますが、東京は今日も夕立です。
私は来週薪能を見に行くので、とても心配。
開場時間の前から雨だったらホールのようなところでやるそうなのですが、「公演途中に天候が悪化した場合は、狂言の終了をもって公演の成立」となるらしい。
ということは、能の途中で降ってきたら、お話なんか関係なくおしまいになってしまうということ、…なのかな。狂言の途中で降ってきたらどうなるんだろう。
もちろんマニュアルはしっかりあるのだろうけれど、こちらは分からないので不安。
役者さんはもちろん、装束だって傷むでしょうし…
でも、初めての薪能なので楽しみ。狂言と能を本来の形で見るのもひさびさです。
やっぱり、日ごろの行いでしょうか。とりあえず、てるてる坊主でも作っておきます。
ちなみに、10月にもできれば薪能に行きたいです。これは、ご招待の抽選待ち。どうなるかなあ。
何で好きになっちゃったかなあ…
ではまた明日。
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10年であるよ
確か私より2つほど年下の知り合いが、「人生の半分近く、オンラインで日記を公開している」と書いていて、はて自分はどうだったか、と考えてみると、やっぱりそれくらい、日記を書いていた。
正確なところは分からないが、確実に10年は書いている。
今まで気がつかなかったことなので、ちょっとびっくりしてしまった。
しかも、その10年のうちほとんどを、私はまったくの正体不明で書いていたのだなあと、さらに不思議な気分になる。
なぜ書いているのだろう。全然分からない。今のところは。
でも、自分自身のアーカイブとしては、かなり面白い。口ばっかりの人間なんだなあ、ということもよく分かる。
…そ、それはいけない。それはいけないけれども。
それにしても、そうやって考えると、10年は意外と長いのだなあ。
ではまた明日。
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考える練習、考えない練習
昨日は、長いこと髪の毛を切ってくださっていた美容師さんと、最後に会う日だった。
彼女は最終日まで予約でいっぱいで、まだ辞める実感がないと言っていた。
それは私も同じことで、次に予約の電話をかけても、もう彼女がいないということがよく分からなかった。
帰りぎわ、「とりこちゃんも元気でね」と言われ、「お幸せに」と返した。
この冬に、今まで一緒に暮らしていた人と結婚し、その人とともに地元で美容院をやることになった、と聞いていたから。
そうやって別れてもやっぱり実感はなくて、でも頭の片隅で、もうすぐ、この人のことを忘れてしまうに違いない、と思った。
もちろん、そんなことはない。多分しばらく、けっこうしばらくは、覚えていると思う。
けれど、いつまで覚えていられるだろうと、不安になる。顔とか、声とか。
毎日1回、思い出せば忘れないのだろうか。思い出すことを、忘れてしまう時が来るのだろうか。
考えることと考えないこと、どちらが簡単なのだろう。
そんなことを考えていました。
ではまた明日。
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大阪行きのためのガイドブック
年末の大阪行きを決めたものの、私は大阪について何も知らない。
某朝ドラや某歌劇団にはまってから、私は関西の文化を本当に知らないのだと、思い知らされた。
ところが最近私が興味を持つものは関西の方に集中していて、とりあえずそのとっかかりとして、今回の日帰り(で済めばいいけど)大阪行きで、いろいろ知ろうと思った。
で、るるぶやらガイドブックやらを本屋さんの店先で手に取ってみたのだけど、とにかくどれもこれも、見づらい。
そもそも私が「観光」を目的にしているわけではないのもいけないのかも知れないけれど。
私は大阪について地理的な知識が何もないので、ガイドブックの最初のページで突然、USJだの食いだおれだの梅田だの御堂筋だの言われても、「じゃ、それってどこにあるの?」と思ってしまう。
まず、「大阪ってこんな感じだよ」と全体像を地図で見てから、細かいところに入っていきたい。
いくつか見てみたガイドブックに、そういう作りをしているものはひとつもなかった。
全体像が(本の中での場所はさておき)見開きに収まっていればいい方で、けっこう多くのガイドブックが、大きく広げる地図を挟み込んで、全体像はそれで終わりになっていた。
うーむ、まず全体を、そして細かく、細かく、順を追って知っていきたいと思うのは、私くらいのものなのだろうか。
これはもう、道路地図を買ってしまった方が早いような気さえ、してくる。
私の食べたいごはんは、たこ焼きじゃないし。
そういえば東京ディズニーランドで入園のときにもらえるガイドブックの変遷が、小さいころから興味深かった。
大きく広げる地図になっているときもあれば、ホチキスで綴じて、小さく全体像を見られる仕組みになっているときもある。
私は断然後者が好きだけれど、現在はどうなのだろう。
こうなったら、いろんなガイドブックから自分の知りたい情報だけをピックアップして、自分のためのガイドブックを作るしかない。
そんな暇があるなら、課題をやろう。私。
ではまた明日。
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K.K.P.#6『TRIUMPH』@本多劇場
誰も寝過ごしてはならぬ
今日はこれを書いたらすぐに寝ます。
わけは明日、話せたら話します。
でもまあ、タイトル通りです。
しかしなんだ、軽く1泊旅行に行くみたいな装備じゃないか。
大阪に日帰りなんて、どんだけ大騒ぎになるのよ!
今から不安です。
ではまた明日。
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学校の空気
今日は、某大学にアルバイトで行ってきました。
アルバイト紹介システムという、大学生が使えるサイトで見つけて応募しました。
学校は古くていい感じのところで、校舎の中も外も、まさにドラマや映画で見る「学校」といった感じ。
「学校」の空気って、やっぱり好きだなあと実感しました。
ちょっとムサビが懐かしくなりました。…夏休みは終わってほしくないけれど!
ではまた明日。
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みちくさ大爆走
さて、こんな宣言をしたみちくさですが。
うっかりS席を取ってしまいました◎
いやいや、やらかしてしまいました。
これから私はどうするのでしょう。
まあとりあえず、バイトを探します。
これだけ大騒ぎしたら、引っ込みもつかないしね。
ではまた明日。
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雷雨
外は今にも夕立がやってきそうな暗さ。
不謹慎ながらこういう天気が好きなのだけど、今年の夕立はまるで自分とつながっているようで、妙な気分です。
ではまた明日。
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みちくさ大暴走
小さいころから、とりこちゃんは何かを決心するとき、他の誰にも相談せず悶々と悩み、ある日突然結論だけを人に話し、絶対にそれを変えない頑固者だと言われてきた。
それは受験のたびに言われたことだし、このごろやっと自覚してきたことでもある。
で、決めてからの暴走がすごい。もう、どこまでも突っ走るんである。
よく言えば妥協しない。悪く言えば、…はた迷惑。笑
そんな私が、とんでもない決意を固めてしまった。
年末、1人で大阪まで狂言を見に行きます!日帰りで!
後期終了の翌日に行われる、フェスティバル狂言。
どうしても、どうしても見たい演目があるのです。それは上演機会がとても少ないそうで、しかも今回はいつもと違うバージョンでの上演。
それを知った途端、…と言っても今日の話なんですが、「見たい見たい見たい見たい!」と子どものように思ってしまい。
けれど、さすがに大阪まで見に行くわけにはいかないし…、と思っていたら、何とこの公演、お昼にやってくれるということが分かりました。
…日帰りできる。
もう、魔が差したとしか言いようがありません。心臓がばくばくばくばく。
そうだ、チケットだけ先に押さえて、新幹線のことはあとから考えればいいじゃないか。
大学3年生の冬休み?就職活動?…あとから考えればいいじゃないか。(多分よくない)
この展開、身に覚えがあります。
まだ私が現役生だったころのこと。(ムサビは受験しなかったけれど)
夏期講習をサボって歌舞伎座へ、センター試験1週間前に歌舞伎座へ。
そして私は浪人生になったのだった。
…ハッ!何を考えているんだ!
でも、私はもう決めました。
そうだ、大阪へ行こう。
きのうきょうあ〜す〜♪変わりゆくわ〜たし〜♪
これって今の受験生には通じないのかしら…
高校3年生だったときから、こういうときの勢いだけは変わってないけれど。
とにもかくにもここで宣言して、後戻りできないようにします。ご期待ください。
新幹線に乗るのなんて高校2年生の修学旅行以来だし、それ以来の関西圏だし、何よりも、生まれて初めて1人で東京を離れる…!
もう、遠距離恋愛とか余裕で出来そうな気分です。
落ち着け、みちくさ。
ではまた明日。
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劇団M.O.P.第43回公演『阿片と拳銃』@紀伊國屋ホール
コンクールに出る気のさらさらない、向上心皆無の演劇部にギリギリ籍を置いていた高校1年生の私が、生まれて初めて心底憧れたのが、劇団M.O.P.の『黒いハンカチーフ』という作品だった。
そのときは、『演技者。』というテレビ番組でTOKIOの2人が主演を務めていたので、正確にはM.O.P.の作品を見たわけではないのだけれど、迂闊な表現をしてしまえば、もう、痺れた。
それからずっと、ほとんど恋するみたいに劇団M.O.P.やM.O.P.に所属する俳優さんを好きで好きで、でも劇団の作品そのものは、見られず終いだった。
それは日程とか経済的な理由とかでは全然なくて、もう、あんまりにも憧れすぎて、とてもじゃないけど今の私には見られないような気がしていたから。
けれど、あと3回(今回の公演が終わってしまえば、あと2回)で解散することになったと知り、いてもたってもいられなくなって、見に行った。
6年経ってようやく見られたM.O.P.はやっぱりすごく大人で、私なんかとてもじゃないけど、いるのが申し訳ないくらいだった。
もちろん、心から楽しんだのだけれど。
最近の私は、10年後のことが気になる。自分より10歳くらい年上の人が格好良く見えて、自分もああなれるんだろうか、と気ばかり焦っていた。
けれど、M.O.P.を見ると、自分のそんな焦りが、ひどく小さなものに思えてくる。
旗揚げのメンバーは、今の私くらいの年齢のときにこの劇団を始め、そして約四半世紀、いろんなものを塗り重ねてきたのだ。
それはお客さんも同じことで、今日いたお客さんのかなり多くが、それぞれにM.O.P.との時間を持っているようだった。私にはとても、太刀打ちできない。する気もないけれど。
あんな大人になりたい。
自分の中で、「大人」という言葉の定義が変わりました。
ではまた明日。
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ガラスの扁桃腺
すごい!濱さんのブログ、『対決 巨匠たちの日本美術』のブログパーツが付いてる!ここで手に入れられるんですね。今まで気がつかなかったぞ…
さてさて私はと申しますれば、先日行ったライブハウスの空調のおかげで、すっかり風邪をひいてしまいました。
喉があんまりいがいがするので、ペラックT錠を買ってみました。
もともとの体質らしいから仕方ないとはいえ、ちょっとしたことですぐにへこたれるこの扁桃腺、どうにかしたいです。どうにかならんもんか。
今日は涼しい東京でしたから、除湿も付けずに寝られそう。早めに寝ることにします。
もちろん、マスクをつけて。
ではまた明日。
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コミックマーケット74に行ってきた
昨日は、コミックマーケット74に行ってきました。
最近どっぷりはまっている、ドマイナージャンルの同人誌が目当てです。
生まれて初めてのコミケ。同人誌を手にしたことくらいはありましたが、まさか自分がコミケに行く立場になるとは、春先くらいまで思っていませんでした。
何より驚いたのは、「コミケ」の発音です。
私は今までずっと「ムサビ」と同じ発音で言っていたのですが、正式には「サブレ」と同じ発音なのですね。お恥ずかしい。
とにかく、あれだけたくさんの人が、「本」という形式の「モノ」を、作り、売り、買い求めていることが、私にとっては感動的でした。
彼らはほぼ間違いなく普段から本や雑誌を買っているのだろうけれど、それを自分も「作る」立場になっているということが、すごいなあ、すごいなあ、と。
装丁とか、ポップの作りとか、本の置き方とか、机の上にひく布とか、すごく参考になる一方で、でもムサビ生だったらもっとこうするだろうな、ああするだろうな、という考えが浮かんできます。それはちょっと、芸文っぽい視点でもあるのかな。
「本」という言葉にはときめきます。
ではまた明日。
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BIJYOGI-JCT『追越し禁止!?』@笹塚ファクトリー
親族代表『親族代表祭 脱線01』@初台 THE DOORS
面白かった!以上。
生まれて初めてのライブハウスでした。
ワンドリンク制がよく分からず、ワンドリンクの権利を放棄しました。
人が動くことを想定しているからか、空調が寒い!(実際にはほとんど動かない)
ちょっと喉をやられました。
明日も似たような日記になりそうな予感です。
生まれて初めてのところに行きます。緊張します。
ではまた明日。
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キッカケ
きちんと狂言を見始めたのはごくごく最近のことですが、凝り性の私は図書館で狂言台本を借りてくるまでになってしまいました。
素人ゆえの無責任さで言えるのかもしれませんが、これが面白い。
見たことがあるものはそのときのことを思い出して楽しみ、写真なんかで何となく知っているものは想像して楽しみ、今度見るものは演じる人を当てはめて「あんなかな?」「こんなかな?」と楽しみ、まったく知らないものは想像だけで楽しみ。
そりゃまあ、今だって「きちんと」見てるなんていうのはおこがましいくらい偏った見方しかしていないけれど、私という人は舞台そのものが好きなので、最初に見に行ったとき(実際最初に見たのは中学生のときなのだけど、大人になってから最初に見に行ったときということ)は、ぼーっと舞台を見ている感じでした。
私はなぜか、普通の現代劇を見ていても話の流れが途中で追えなくなる人なので(笑)、よく分からない話もあんまり気にならないのです(それはそれで、困ったものだが)。
でも狂言って、基本が「笑い」なので、周りが笑っていて自分が笑えないと、何か悔しいんです。笑
自分の好みに合わないとか、感覚に合わないとかで笑えないなら別に構わないのだけど、「分からない」で笑えないのは、悔しいなあと。
で、特に私には難しかったもの(昔の風俗が出てくるものは、全然分からなくて導入でつまづいてしまう)を確かめたくて、台本を借りてきたのです。
でも、ぱらぱらとめくってみると、あらためて文字で見る狂言が、本当に面白くて。
見るたびに書いているけれど、狂言の登場人物はほんとにお馬鹿さんばっかりで、でもだからこそ、可愛らしい、愛おしい。全然だめなくせに、一所懸命生きている。
はあ、かわいいなあ、と、布団でごろごろ読みながら(失礼きわまりない…)、ぬくぬくした気持ちになります。
実は今度、狂言だけでなく能も見るのですが(しかも、外で!)、能の台本も借りてきてみました。
これは以前、ある能楽師さんがインタビューで、「(能の初心者は)縦書きの台本をひと通り読んでから来ていただけると楽しいと思う」と話していたのを読んでのこと。
能も中学生のときに見てはいるのですが(そのときは『隅田川』を見た)、とにかく「怖い」という印象しか残らず。笑(『隅田川』って、私にとっては怖いお話なんです。「狂女物」だからかな、やっぱり…)
しかも今度見るのは『船弁慶』。私の苦手とする日本史が関係してきます。せっかく見に行くんだから、「全然分かりませんでした」じゃもったいない、ついでに他の作品も読んでみようと、借りてきました。
こちらはまだ読んでいないけれど、楽しみ。
話は突然飛ぶけれど、舞台というところと見る人を繋げるものって、「人」だなあ、とねこあじさんの記事を読みながら思う。
私はどんな舞台でも受け入れられちゃう雑食なお芝居好きだけれど(小劇場、ミュージカル、宝塚、もちろん狂言、歌舞伎、その他伝統芸能、大衆演劇まで!)、ひとつひとつを見るきっかけの中でいちばん大きいのは、出ている人だなあと、しみじみ思います。
舞台と出会うきっかけそのものは環境だったけれど、例えば狂言を見に行くようになったのは、ドラマ『ちりとてちん』に出ている茂山宗彦さんを好きになったからだし、久々に能を見るのも、彼がきっかけだし(何といっても「能楽師狂言方」ですから)。
以前も書いたけれど、某ジャニーズの人たちが近年、舞台に数多く取り組むことによって、彼らの舞台にしか興味はないにせよ(そして演劇ファンにはあまり好かれていないにせよ)、劇場に足を運ぶ若い人が増えたことを、うれしく思う。
彼ら(主には彼女ら)は、舞台の上に立つ人物に魅力を感じるから、普段は行かない劇場に来てくれる。
役者が演劇の看板だなどとはもちろん思わないけれど、でも、役者が人として魅力的であることは、大切だなあと思う。
つまり何が言いたいかというと、私がここで「狂言楽しいから見に行って!」と言ったところで、それは何のきっかけにもならないよなあ、ということ。
「みちくさとりこと国立能楽堂!」なんて企画を立てれば、それはまた別の話だけど。笑
本当に好きになってもらうことがいちばん大切。
そのためには、「自分から」好きになってもらわなくてはいけないのだなあ、と。
そのきっかけを与えることは、きっと出来るのだろうけれど…
そうだな、「きっかけ」を与えられるようになりたい。押しつけるのではなく。
そんなことを思います。
ではまた明日。
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それからの腰
誕生日ごろ痛めた腰ですが、1か月以上経った今も、まだまだ痛いです。
もちろん、あのときほどではないですが。
けっこう前から痛かったのに、いらない気をつかって放って置いたらむしろ面倒なことになったので、反省は生かしたいです。
ではまた明日。
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じりじり
さっきまでばたばたと降っていた雨が、ぱたり、止んだ。
外の廊下で鳴いていた蝉は、どうなったのか…明日になれば分かるでしょう。
いろいろなことを決めたはずなのに、決めたことに向けて努力すると決めたはずなのに、気になっていた、けれど気にしないようにしていた矛盾が、やっぱり気になって仕方ない。
こういうとき、みんなは誰に相談するのだろう。
親?友人?それとも、もっと全然、違う人?
いずれにせよ、私は流れの中にいて、どこに辿り着くかはもう決まっているのだろう。
考えて悩んで、その間は苦しくても、とりあえず、身を任せていよう。
力を抜くのがいちばんだと聞く。
もちろん、やるべきことはやった上でね。
ではまた明日。
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ことばの、あや?あれ?

先日、「これってどうなの」と取り上げた、ポスター。
昨日同じ場所を見たら、写真のポスターに変わっていた。
以前のものは、どこにも見当たらない。
な、なんかソフトになってる…でも描いた人は同じだよね、多分。
何か、苦情でも出たのでしょうか。怖すぎるとか。
不可解だぜ、近所の小学校…
ではまた明日。
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ことばの、あや、その2
昨日のつづき?
いつも読んでいるブログで、「言葉は嘘を言うためや人を悲しませるためではなくて、大切な思いを伝えるためにある」というくだりを見つける。
そうだなあ、そうでありたいなあ。
私の口には鬼が住んでいるし、どうやらそいつはこれからも私の口に住み続けそうだけど、そいつが人を傷つけるということは、忘れたくないです。
ではまた明日。
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ことばの、あや

上の写真は、うちの近所で見つけたもの。
保護者と教(職)員からなる校外委員会が作ったらしいが…何をどういうふうに考えると、こういうポスターになるのだろう。
というか、そもそも「万引きは犯罪だ」をポスターにしなきゃいけないのって、情けなくないか?
私が小学生だったときは、まわりに万引きしたことある子なんていなかったけど(万引きをかっこいいと思うような子もいなかったし、そもそもそんな概念なかったような)、最近はそうでもないのかしら…
いい子に育てよ。
赤岩さんの日記を読んで、いろいろ考える。
私もシューカツとかいうものに片足を突っ込んでいるので(それにしては呑気な夏休みを過ごしているけれど)、「趣味」の話がとても気になった。
そういえば私には趣味がない。しいて言うなら、観劇は趣味のひとつか。
けれど、(もちろん、観劇はただただ受け入れるわけではなく、そこから生まれるものが多くあるということは棚に上げることにして)「何かを生み出す」という点では、もしかすると少し弱いのかもしれない。
自分から働きかける、というのかな。
それで、赤岩さんが趣味の欄にブログのことを書いたのを知って、なるほど、と思いました。
私にとって、ブログって何なのだろう。
それはもう、「ムサビコムは私にとってどんな意味を持っているのか」という、簡単な問いではなくなっている。
意味とか、…そんな概念じゃなく、もっと大きな、流れを思う。
言うなれば、「ムサビコムは私にどのように作用したのか」、「ムサビコムをやっていて変化したこと」?
そんなことを考えます。
いわゆる「文章力」の話をするなら、私もやっぱり、入試のときに築いた方法論みたいなものを見失っている気はします。(ブログで求められている文章と、入試や就職試験で求められている文章が違うものであるにせよ)
もちろん、それがベストの方法だったわけでもないし、大学に入っての2年と少しで成長していなくてはならないのだけれど、圧倒的に文章を書く量が減ったことによって、リズムが分からなくなっている面はあるかも。
たまに筆記試験で簡単な作文をやっても、根本的な体力のなさ(すぐ肩がはって、指が腱鞘炎になる)にがく然とすることが増えました。
不思議なことに、文章を生み出す身体というのは、あるように思う。
とはいうものの、パソコンで書こうが鉛筆で書こうが、私はあまり書き方のスタイルを変えてはいないかも。
簡単に消せる、とはあまり思わないし、実際、あまり消さない。少し先を見越して書いているのは、同じことかな。
ただ、感触だけが違う。
パソコンで書いた文章だって、印刷すればデジタルでもアナログでもない、不思議な代物になるしねえ。
ちなみに私は、自分という存在にほぼ強制的に毎日ブログを書かされています。笑
気分がどんなに乗らなくても、その乗らない感じを残すべく(というのは建前で、本音は手羽さんに負けたくなかったからなのだけど…手羽さんは別に勝負してないけど)、ひとことふたこと、書くようにしています。
実は某SNSでも同じように、毎日何かしらの記事を書いています。
あちらは、動画を貼ったり好きな人についてのリンクを貼りまくったり、友人までの公開ということで内容に酷い偏りがあるのですが。
それでも、私の考えていることの偉大な集積であることは間違いない。
でも逆に、「書かなければならない」「答えなければならない」文章の方が、私は好きかも…
それはもちろん、自分の性格(「やらないでもいい」と言われると、絶対にやらない)を分かっていてのことなのですが。
そうそう、私はけっこうタイピングが速い方だと思うのですが、たまに、ざらざらざらざら文章を書いていて、キーボードの音に集中してしまうと、妙な感じになります。
ローマ字入力だから、画面に現れる文字と打つキーボードの数には、明らかな差異がある。
がんがん打っているつもりでも、出てくる文字はその半分くらい。
それに気づくと、この手の動きは何なのだろう、と思います。
「文字」が好きで、気になる存在なのは幼稚園に入る前からだなあ…不思議。
ではまた明日。
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老神温泉旅行2008 2日目
そんなわけで旅行から帰ってきてみたら、オレンジマートは閉店するらしいし、気づけばツンデレ駆動さんがイベント始めちゃってるし…
ムサビ日記はどんどん更新されてるし、知り合いに送ったDVDは全部再生できなかったらしいし…(かなりショック)
1泊2日で軽い浦島太郎気分を体験してるんですけれども…
今日は、田園プラザかわばという道の駅でブルーベリーやらお野菜やらを買い込み(いろいろ体験できるものは全部定休日だった…)、榛名湖に行き、水沢うどんを食べて帰ってきました。
観光地って、観光地だなー、と思います。
湖のそばのレストラン?のおじさんに、「中、景色がきれいになってますから!」と言われた。中に入るときれいになるか、景色…
そうそう、榛名湖の少し手前、メロディラインというものを体験してきました。(こんな感じで音がしました)
あー、…家がいちばん…
あ、そういえば、今朝ごはんを食べていたときに、思いっきりおみそ汁をこぼしました。
ひじでちょんってやってしまって、だーっと、全部。
22にもなって…今日いちにち、ズボンがおみそ汁でした。とほほ。
ではまた明日。
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老神温泉旅行2008 1日目
8月6日から7日、去年と同じ、老神温泉に家族で旅行に行ってきました。
ルートもいっしょ。朝、家を出て高速道路に乗り、たんばらラベンダーパークへ。
今回は、私が小さいころ車の中で聞いていたカセットテープを持っていき、車の中で聞いていました。
みんなのうたから、アニメの歌から、ドラマの歌から、もう、いろんなものがごっちゃまぜのテープ。
それがすごく興味深くて…笑(旅行のことを書く気は、ここでほとんどなくなっている)
特に、子ども向けのテレビ番組で流されていた曲。
当時は何の気なしに聞いていたけれど、ものすごいメッセージが込められているんだなあ、と。
ジェンダーに関することが多く取り上げられている、というか、歌のかなり多くがジェンダー的刷り込みのために(あるいはジェンダーに無意識に)作られている。
例えば、「お父さんは会社に行って、お母さんは家事をする」とか。(『関白宣言』じゃないけれど…)
もちろん、「物の数え方」なんかを取り上げている、わりあい教育的な内容の曲も印象的でした。
すごいなあ…
聞いた話ですが、物語に「きつね」が出てくると、必ずそのきつねが悪いことをすると思い込んでいる子どもが多いそうな。
かく言う私もそのお話(創作なのですが)の筋を聞いたとき、「あ、そのきつねが悪いんだ!」と思ってしまいました。
それもいろいろなところからの刷り込みだものね。
って、…私は旅行先で何を考えているんだ。
2日目につづく
私事ですが
明日から、家族で1泊旅行に行ってきます。
22歳にもなった娘を連れて、喜々として旅行に行くか、父よ…
と若干うんざりしていることは否めないのですが(父がいちばん行きたがっている)、まあ、ね。
ではまた明日。…は更新できないか。明後日に、まとめて更新します。
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My Favorite Things
何といっても、今の私のお気に入りは、「森永チョコレート BAKE<ベイク>」!!!
一時期、すっごく好きで毎日のように食べていたのですが、ぱたりと見かけなくなってしまい…
昨日、バイト先の社員さんが食べているのを見つけて帰りぎわスーパーに寄ったら、リニューアルして発売されていたようです。
かなりおすすめです。夏でも溶けないので、ぜひお試しあれ。
ではまた明日。
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気合いがないとかやる気がないとか
もう何を言っても言い訳です。言い訳できるのも今だからだけど、でも言い訳している自分は心底嫌ですね。
だったらやれ!という声が聞こえてきます。
ではまた明日。
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M&Oplaysプロデュース 伝統の現在ダッシュ6『聖流譚〜今昔物語異聞〜』@紀伊國屋サザンシアター/『納涼茂山狂言祭2008』@国立能楽堂
と、いうような感じで、お芝居からの狂言。1人の演者を、違う演目でマチネソワレ×3人、というとんでもない強行軍でした(見る方も、やる方も)。
以下、簡単に感想、感じたことなど、メモ。
○『聖流譚〜今昔物語異聞〜』
…は、飛ばしまして、
今日は、『船渡聟』『蝸牛』『髭櫓』の3つ。
特に『蝸牛』は個人的にお気に入りなので、楽しみでした。(こちらから動画がご覧になれます)
狂言をいくつか見てきて(本当に、いくつか、なのだけど)思うことは、どうして狂言に出てくる人物ってみんな、目を覆いたくなるようなかわいさを持っているのだろう、ということ。
狂言の世界をのぞいて笑っちゃうことって、見ている方には全部仕掛けが分かっている。分かってないのは、その世界に生きている人々だけ。
だから、「わー!それやっちゃだめー!」って、見るのがつらくなる。でも、覆ったはずの指のすき間から、…見ちゃうんだよねえ。
そんな自分を、「うわ、感じ悪」と思うんだけど、でも楽しいんだもん、笑っちゃうんだもん。
その感じに、すっかり病みつきです。
私の好きな『蝸牛』のあと、『髭櫓』まで少し準備の時間があったのですが、その間、いろんな人が「でーんでーん、むーしむしー」と山伏の真似をしているのが、いいなあ、と思いました。
いい大人が、「耳から離れない…」と、男女問わず、「でーんでーん、むーしむしー」って。
近ごろ、「かわいい」という言葉はあまり歓迎されないけれど、狂言に関してはどうしても、「かわいい」と言いたい。
「愛おしい」、も近いかな。うん、「愛おしい」のが近いかも。
狂言を見たあとは、何だか人に会いたくなります。
ではまた明日。
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準備体操
すごーく好きな人に会うには、それなりの準備が必要です。
私は今回、うっかり新しい服を買ってしまいました。(実のところ、前回も)
このところ愛情たっぷり受けすぎて息苦しいほどだったんですが、中でも特別なシチュエーションで会うので。
もう、緊張しちゃって寝られそうにありません。てへっ。
ていうかまあ、明日は同一人物の出演する違う演目をマチソワするという、見る方も演る方も大変な二回まわしを体験してくる、それだけなんですが。
あ、ちなみに「すごーく好きな人」=「(明日見る)同一人物」ではないです。
では詳しくは、また明日。
すごーく好きな人についての話は、明後日以降。
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