リアルな美大の日常を
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「なんでもやる」から
来週火曜日に、学習指導案の提出が迫っています。
対象は中学校2年生、新しい学習指導要領の第2学年及び第3学年、指導計画の作成と内容の取り扱いのうち、「美術の表現の可能性を広げるために、写真・ビデオ・コンピュータ等の映像メディアの積極的な活用を図るようにする」を念頭に置いて、作らなければなりません。
去年、小学校の学習指導案を作るときに写真を用いた題材はやってしまったし、せっかくだからまるっきり「映像」をやってみたい、と思ったものの、私は1年生の映像Iという授業以来、自分で映像を作ったことがありません。
私としては、「映像ってすげー!」「おもしれーじゃん映像!」と、ちょっとした工夫で思えるようなことがやりたいのだけど、いかんせん、私自身が「映像って何?」と思っているもんだから、埒が明かない。
今日、ふと芸術文化学科の友だちで、映像を制作している人に、今回の課題について聞いてみた。
「…というわけなんだけど。で、実は今、『映像を着る』っていうのを考えてるのね。学校の中の写真を撮って、洋服みたいに着た布にその写真を投影するんだけど…、何か複雑だよね?」
「そうだね、もっとシンプルに面白いことができるといいね」
「でも空間を使ってやってみたいんだよねー(と、その理由や実体験を話す)。あ、そういえば2月くらいに東京都写真美術館でやってた『文字の触覚』っていう展覧会見た?」
「見た見た。カタログあるけど、見る?」
「うー、火曜日提出だから週末に考えちゃいたいんだ、ごめん…。で、どういう感じだった?私行けなかったんだよね…」
「(展覧会の説明をしてくれる友だち。この辺を読むと分かりやすいかも)」
「面白そう…それ使えないかな…。何かね、映像の面白さって何なのか、よく分からないんだよね。うわ、面白い!って、どうやったら思ってもらえるのかなあ」
すると友だち、彼女自身が「映像の面白さ」に改めて気づかされた瞬間の話を、具体例を挙げながら話してくれた。
その中身はここでは伏せるけれど、でも私は、「まさしくそれだ!」と思って、そこからするするとやりたいことを考えられた。
まだ思いつきの段階なので今夜中にもっと詰めるけれど、でもこんなふうに「!」ってなるのは、芸文だからだなあ、と思う。
そりゃ、他学科にたくさん友だちがいて、みんな仲が良くて、いろいろヒントをもらえるのがいちばんだけど、なかなかそうもいかないし、私にぴったりするヒントをくれる人なんて、そうそういないだろう。
普段から同じようなことを考え、同じようなものを見ている芸文生だからこそ、私の頭の中にぼんやりとあるイメージに気づき、その人の持っている知識の中から最大限のアドバイスをくれる。
「なんでもやる」な芸文にいてよかったな、と心から思った。
もちろん、迷ったら聞いてしまえばいいというわけではないけれど、絵を描いている人もいる、デザインをやっている人もいる、評論を書いている人もいる、…
どんどん、美術の先生に「なんでもやる」ことが求められている中、芸文生で学ぶことは、大きな意味があると思う。
自分が「なんでもやる」わけではなくても、身近に「何でもやれる」の一端を担う人がいる。
それってすごいよなあ、と思った。
家に帰ってきて、山下残というダンサーさんのことを、思い出す。
これはまた、のちのち。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)