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play unit-fullfull『ゆんぼーさんが来る』@サンモールスタジオ
今日は、昨日の記事で紹介した、play unit-fullfullの『ゆんぼーさんが来る』というお芝居を、新宿御苑にあるサンモールスタジオで見てきました。
※詳しい日程、チケット料金、簡単なあらすじなどは、こちらのページをご覧ください。
また、公演中には、舞台美術ワークショップ(舞台美術を使った演技のワークショップ)などいくつかの企画が行われます。それらの企画につきましては、こちらのページをご覧ください。
『ゆんぼーさんが来る』稽古場blogも併せてどうぞ。
以下は、『ゆんぼーさんが来る』を見て、私の思ったこと。たたんでおきます。
今日の朝、北海道の桜は今、まさに散っていると知った。
私の住んでいる東京の桜が散ったのは、もう1か月近く前のことになる。
北海道なんて、今や飛行機で日帰り出来ちゃうくらいの距離だけど、まだまだ遠いんだなあと、感慨深いものがあった。
劇中、ゆんぼーさんの婚約者・みのりが、「(死んでしまって)ゆんぼーがどんどん遠くなる」と言うところがあり、私は今朝の驚きを思い出して、またびっくりしていた。
さらに、桜の舞う光景を見ながら、びっくり。こんなふうに、自分の中で繋がるとは。
すぐそばにいると思っていたゆんぼーさんがいなくなり、最初のうちはそれを受け入れられないみのりは、何となく今朝の私に似ているなあ、と思った。
みのりは、「顔は写真があるから見ることが出来るけど、声は忘れていってしまう」とも言う。
いなくなって初めて分かる事実、と言ってしまえば簡単だけれど、おそらくそれだけではない。
何か、とは言えないけれど。
そう、私は以前から、「葬儀」というものがとても気になっていたのだよね、と思う。
ありがたいことにあまり出たことはないのだけど、その中心にいた人がけっこうゆんぼーさんみたいな人だったので、自然と、集まってくる人たちも何だか妙な人たちだったな、と。
少なくとも私の出たことのあるいくつかの葬儀ではいつも、みんな先を争って故人の思い出話をしていた。
「会う人会う人全員に違う名前を名乗った」とか(しかもその人の本名は、未だにはっきりしないらしい)、「農家の奥さんだったのに、突然日本舞踊を習い始めた」とか(豪華な舞扇がたんすから出てきて、みんな度肝を抜かれた)…
ゆんぼーさんは、旅先で会った人に、「自分(ゆんぼー)だと思って大切にして」と手のひらサイズの小さなカエルの置物を託す。
お通夜の日に現れたのは、そのカエルが割れたことに不吉なものを感じ取った人々。初七日には、お通夜・葬儀のときより多くの人が、ゆんぼーさんの家にやってくる。
実のところ私は、「どうしてお通夜や葬儀の日に現れた人は少なかったんだろう」と不思議だったのだけど、四十九日のシーンでその理由が分かった。
その日、最寄りの駅から商店街、ゆんぼーさんの家まで溢れるくらいに、たくさんの人がやってくる。
その誰もが、お酒を飲んだりごはんを食べたり、もちろんゆんぼーさんのことを話したり…誰ひとり、泣いている人がいなかった。
そっか、と思う。
ゆんぼーさんは、みんなに笑っていてほしかったんだなあ、きっと。
そして多分彼は、みんなに笑ってもらえる生き方をしていたんだなあ。
さすがに、お通夜のときにゆんぼーさんの家にやってきたマリコや瀬戸さんは、悲しそうな顔をしていたし、実際泣いてもいた。
でも結局、笑っちゃう。
私の出会ったゆんぼーさんみたいな人たちの葬儀では、あんまり泣いている人がいなかった。
彼らがみんな大往生だったということもあるのかもしれないけれど、とにかく話題に事欠かない彼らの思い出話は尽きることがなくて、それはそのまま、どんなふうに生きてきたのかを表しているのだろうなあ、と思った。
ゆんぼーさんも、そんな人だったのだろうなあ。
そんなことを思って、じわじわと泣けるシーンが、いくつか。
あ、そうそう。最後のシーン、指輪にドキリとした。あれ、してなかったよなあ、…多分。
初演のとき、「この芝居を観た後に、好きな人に会いたくなる。そんなお話です」と作・演出のヒロセエリさんが書いていたそうだけれど(稽古場blog参照)、まさしく!
どんどん声を忘れていってしまう人。近くにいるようで、どんどん遠い存在になっていく人。
そんな人は、たくさんいる。私にだって、いっぱいいる。私だって、そのひとりかも。
別に、ゆんぼーさんのようにいなくなってしまうかもしれないから会いたいのじゃなくて、その人に会って、ゆんぼーさんのことを伝えたいな、と思いました。
そして誰かが、私にゆんぼーさんのことを伝えてくれるとうれしいなあ。
そんなことを思いました。
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先ほど書いた、舞台美術を使ったワークショップは、芸術文化学科の学生や芸文を目指す人、さらに空間演出デザイン学科の学生や空デを目指す人など(もちろん、それ以外の学生や受験生も)、このブログを読んでいる人なら気になる企画ですよね。
定員になり次第終了とのことですので、問い合わせていただければと思います。
また、アフタートークも3回企画されていますので、日程をご確認の上、ぜひ参加なさってください。私も、都合が合えば聞きに&見に行きたいくらいです。(残念ながら、行けないのですが…)
お芝居そのものももちろんですが、ぜひこういった企画にも参加してみてください。
そして、もし『ゆんぼーさんが来る』を見に行ったら、私に感想を教えてください!
ちなみに、12日15時の回までは、「前割」として、通常前売2600円のお席が2200円とリーズナブルに。
また、学生は全日2200円となっています。学生証を忘れずに持参してくださいね。
これはかなりお得!利用しない手はない!
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蛇足ですが、せっかく美大生の書くブログなので、美大生として気になる点を、2つ。
1つは、キャンバスの張り方。うーん、ちょっと、雑かな?と思ってしまいました。すでに張ってあるキャンバスを使わないで、最初から張ってあるのは、「お!さすが絵描きさんのゆんぼーさん!」と思ったのだけど、でもちょっと、たるんでいたり、裏の釘の打ち方が気になるかなあ、と思ったり。(特に、キャンバスは大切な道具だと思うので…)
実は別のシーンでも、キャンバスが入っているらしい包みの、たわみが気になりました。意外に、ぐにゃんとしていたというか…
2つめは、画廊に勤める持家さんの肩書き。「アートディレクター」となっていたけれど、「アートディレクター」って画廊の人が使うのかなあ…
私のイメージする、そして私がよく使うアートディレクターとは、例えば森本千絵さんのような、1つのアートワークを統括する人なので。
正体のよく分からない人、という印象を持たせたかったのだろうとは思うけれど、正直、引っかかってしまいました。
でも、それだけアートの世界が曖昧で、あまり知られていないということなのだよなあと、こちらとしても考えさせられる。特に、芸術文化学科にいる私としては、なるほど、そういうもんだよね、とも思います。
あとは、個人的に気になった点を2つ。こちらも、蛇足だけれど。
1つ目は、四十九日のこと。(ゆんぼーさんの幼なじみであり、お坊さんでもある)佐田に教えてもらったと、(たしか)ゆんぼーさんの妹である聡子がその意味を話すところ。
これって、意外に多くの人が知らないものなのかしら…?その場にいた、みのり、(ゆんぼーさんの妹)夕子、(ゆんぼーの幼なじみ)野本、全員知らなかったようなので。
でもこれって、私自身がお葬式に初めて出た歳と、関係あるのかもしれません。私はかなり大きくなってからお葬式というものに初めて出たので、恥ずかしい思いをしないように、すごく勉強しました。その中に、四十九日の意味についての項もあり、なるほど、と思いました。
母などは幼稚園ぐらいのころから親戚のお葬式によく出ていたそうで、大きくなるにつれ自然とそういったことを覚えていったと話していました。
あまりそういった慣習に疑問を持たないと、知らないまま大きくなってしまうのかも。小さいころからお葬式に慣れていると、特にそうなのでしょう。
2つ目は、「天国」という言葉の使い方。これは、私自身も聞きながら、「あ、使ってしまうかも」と思いました。
おそらく、読経の雰囲気や「うちの宗派に霊という考えはない」という発言から、一柳家は浄土真宗だと思われます。少なくともお坊さんが来ているわけだから、仏教ではあるのでしょう。
仏教には、「天国」という言葉はありません。だから私はすごく、違和感を覚えました。特に、四十九日について佐田から話を聞いているわけだし、葬儀のときには講話のようなものもしているでしょうから、ここで「天国」というキーワードが出てくるかな?と。
でも実際、日々の生活の中で「天国」という言葉や考えは、よく用いられますよね。不思議なことに。
だからむしろ、「天国」という言葉を使ってしまうのは、自然のことなのかな、とも思えます。
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さて、昨日「ひっそりと緊張する出来事」があるかも、と書きましたが、それは何かと申しますれば。
初めて、ハンドルネームを名乗ったんです!
今回のチケットは予約したものだったので、受付で名前を言わなくてはなりません。
企画に応募したときに、「みちくさとりこさんでお取り置きしておきます」というメールをいただいて、どうしよう、本名に変えてもらおうかな、だって言うの恥ずかしいし…、と一瞬思いました。でも次の瞬間には、「いや、ハンドルネームのままにしておいた方が、日記のネタにできる!」と考えを改め。
言って参りました。「宣伝部長さんの企画に応募した、みちくさとりこです」って。もちろん、躊躇はしましたけど。
ま行のお取り置きチケットの束の中から「みちくさ とりこ様」(半角空いているのがうれしい)という名前を見つけたときは、「こんなに順番が後になったことない…」と感動。
ムサビ日記オフ会を体験する前に、「みちくさとりこ」と声に出して言う機会があった、という話。
面白かった。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)