以前から気になっていること

先日、とあるタレントさんが、「私はテレビの世界に入るまでは、テレビの向こう側で簡単に評論していた。しかし、タレント活動を始めてから、それを恥ずかしく思うようになった」と発言しているのを目にしました。
この意識はずいぶん前から気になっていたのだけど、久しぶりに考え込んでしまったので、書いておこうかなと思います。美大にいると、なおさら強く抱く思いかもしれないし。


私はわりと、「簡単に評論」してしまう人です。好んで見るのは舞台ですが、見終わったあと、あーだこーだ、いっしょに見に行った人と話します。
それは、いいと思ったことも、悪いと思ったこともまぜこぜに。
あの人滑舌悪かったねとか、あの人音痴だったとか、あの大道具はどうなのとか、でもやっぱりあの人のあの演技がよかったとか。母と見に行くことが多いので、とにかく思ったことをばーっと言ってしまいます。端から見れば、口に鬼の住んだ親子に見えてしまうかも。笑
今の私は演劇をやっているわけでもなく、ただ、観劇を趣味とする人。そんな私が舞台についてあれこれ言うこと、それは悪いことなのだろうか。
(もちろん、どんなにつまらない舞台に出会っても、例えばこのブログやSNSでの日記で罵詈雑言を並べ立てるようなことはしません。なるべく冷静に考えて、私なりに論理的にまとめるようにしています)
自分の中にも、ちょっと罪悪感があるのです。
高校で演劇部にいたころ、私は非常に出来の悪い、それこそ滑舌がとんでもなく悪い部員だったので、下級生に何も言えない面がありました。ひょんなことから演出をやることになってしまったときも、下級生からの「お前下手くそじゃないかオーラ」みたいなものを感じて、しかもそれは事実なので、いたたまれない思いでした。
やはり、説得力の無さを痛感しました。
でも、それを母に相談したところ、「いいサッカー選手がいい監督になるとは限らないでしょ」と言われ、(自分のだめさを棚に上げつつ)納得した記憶があります。その逆も然り、ですよね。
もちろん、「ある程度内情が分かっていること」「的外れな批判でないこと」「むやみに批判しないこと」、これは前提なのでしょうけれど、何かを論じる(特に、批判する)ためにはその能力を持たなければならないということは、必ずしも正しくはないと理解していました。


でもふっと、やっぱりそうなのかなという思いが、頭をもたげるわけです。
山川静夫だって、ただの演劇好きのおじさんじゃないしねえ…いや、扇田昭彦みたいな人もいるぞ。いやいやいや、ただの演劇好きではないけれどね。


私も、小学生とか中学生とかのころに比べれば、「批判すること」によっぽど慎重だけれど(受験生だったとき、「みちくさの小論文は絶対に相手を否定しないよね」と言われたくらい)、その難しさを感じる今日このごろです。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

投稿者:torico : 2008年03月10日 18:29

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