リアルな美大の日常を
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五反田団『生きてるものはいないのか』@こまばアゴラ劇場
先日の記事でちらっと触れた、五反田団という劇団の公演を、駒場東大前にあるこまばアゴラ劇場で見て参りました。
以前から気になっていて、3月にようやく『いやむしろわすれて草』という作品を見て、好きだな、と思い。
12日まで(『生きてるものはいないのか』の)公演をやっているということに気づいて、思い切って一昨日くらいに予約しました。
いやあ、おんもしろかった。
なんというか、何度も色んな賞にノミネートされている方に対していう言葉ではないのかも知れませんが、変な手を使わずに言いたいことがすっぱり言えてて、好きなのです。
それにしても、演劇を見ている人たちって、自分たちの妙な感じ(これは、悪い意味で)に気づいているのかな、って思いました。
もちろん、私も含めて、なのだけど。
自分が演劇を見ているってことを、どう思ってるのかなあ。
演劇すごい、って心底思っているのかしら。だとしたら、先が見えてるなあとか、失礼なことをふと思ったりしました。
演劇なんて全然すごくないよ。
と、私はいつも思います。
すごさも、もちろん知っているけど。
劇場を出たら平田オリザさんがいました。(日本タレント名鑑に載っているとは…)
フランスからVIPな感じの人がいらしていたようで、制作の人が「フランスの方がいらっしゃいました」と言っていて面白かったです。
フランスの方は、通訳さん付きだったけど随所随所大爆笑で、笑い、って万国共通なのかなあ、って思っていました。
それにしたって、五反田団に浮かれて、ヴィジュアル・コミュニケーション・デザインの課題(講評を終えたもの)をパソコン室に放置してきてしまいました。
わくわくと国分寺駅行きバスに急いでしまった。
明日まで、そこで残っていておくれ。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
突然の書き込み失礼します。
「生きてるものはいないのか」で検索して辿り着きました。
自分も演劇の業界のすみっこにいる者なんですが、
中ほどの段落にお書きになったことが気になったもので、
僭越ながらコメントを投稿させて頂いた次第です。
素直な気持ちとして、演劇の「良くなさ」がどのあたりにあるとお考えなのか、
自戒の意味も込めまして、ご意見を賜りたい所存です。
(けして非難しているつもりはありませんので、悪しからずご了承ください。
文言が喧嘩腰に見えていたら申し訳ありません)
投稿者 passerby : 2007年11月14日 15:54
passerbyさん
コメントありがとうございます。
私も言葉の足りないところがあったかと思います。
不快な思いをなさっていたら申し訳ありません。
これはまったく個人的な問題なのですが、
私も中学高校と6年間演劇をかじり、
未だに演劇が好きでよく見に行くし、
自分でも取り組もうかと思っている人間として、
違和感を覚えることがあるのです。
私は高校卒業後、演劇の勉強をしようと思っていました。
その時の私は、
「演劇は何でも出来る」「演劇で人を感動させたい」
と、多分演劇をやる者なら誰でも最初に考えるようなことを考えていました。
けれど、いろいろあって完全に受け手に回ると、
「演劇って本当にそんなにすごいんだろうか?」
と思うようになってきました。
劇場に座って見ていると、
なぜ演劇なんて見ているのか、よく分からなくなるのです。
演劇でお腹を満たすことは出来ないし、
演劇で戦争はなくならない。人の死だって食い止められない。
(遠回しに、遠回しに出来るとはしても、
完璧にすべての問題を解決することは出来ない)
でも私は、演劇が人に与える、もっと大きな力を知っている。
その矛盾に、今悩んでいるところです。
まったく疑問を持たなければ、確かに「演劇は良い」と思います。
しかし、その疑問(演劇は本当は無力なのではないか?
いったいこのお芝居をやることに何の意味があるのだろう?)を持つ人が、
どうしても少ないように私には感じられます。
それは、演劇を見る人の数のせいでもあるだろうし、
上演されているお芝居のせいでもあるだろうし、
見る人たちの考え方のせいでもあるでしょう。
決して、「演劇は良くない」と言いたいわけではないのです。
ただ、「演劇は良い」としか思っていない人が少なからずいるのだとすれば、
いつか何かが起こった時に演劇は真っ先に切り捨てられ、
もしくは道具になってしまうのではないか、
と私は怖れています。
演劇に対して、常に疑問を持ち、客観的に見ている人がいないといけないのでは、
ということを、いちばん伝えたかったのです。
確かに伝わりにくい文章でした。
(そして、このコメントも伝わりにくいかと思います)
でも、コメントがいただけてうれしいです。
ゆっくり考えることができました。
もしまた伝わりにくい部分がございましたら、
コメントいただければと思います。
これからもこのブログでは演劇について書いていくと思いますので…
どうぞよろしくお願いします。
投稿者 みちくさとりこ : 2007年11月14日 22:08
ご回答いただきましてありがとうございます。
先日のコメントは、ほんとうに不快感から書き込んだものではなく、
単純に好奇心(?)のようなものから、半ば衝動的に書き込んだものなのですが、
取りようによっては非難めいてみえるかも、と反省している次第です。
自分自身も、演劇に少なからず関わっている者として、
いまの演劇を取り巻く空気感になにかと懐疑的になることも多く、
おそらくは、自分が感じているのと同じようなことを、あの文脈が指し示しているのではないかと思い、
詳しいお話がうかがえればと、コメントを書き込ませて頂きました。
お客さんの「妙な感じ」というのは、なにぶん完全に受け手という意識にはなりにくいので主観的にはわからないのですが、
作り手の「妙な感じ」というのは、なんとなく分かる気がします。
その妙な感じを生み出している要因には、仰っているような演劇の力を盲信している人々の存在もあるとは思いますが、
作り手を志す人たちにとっての敷居の低さも、また一因なのではないかと思います。
美術や音楽などに比べて、活動を始めるにあたって克服しなければならない事柄(もっぱら技術面での)が少なく、
その出発点での自由度が、良くも悪くも演劇人の「その後」に影響し続けるように感じます。
演劇が好きという一念だけで、馴れ合いの活動を続ける。
演劇の力を過当に評価し、エゴに拠った表現を続ける。
どちらも、演劇の行く末を萎ませるもののような気がします。
なにか、衆目に晒される揉まれるということに慣れていない、脆いジャンルのような気がするのです。
あまりまとまらない、的外れな文面で申し訳ありません。
投稿者 passerby : 2007年11月15日 16:15