本日のテキ 9/13

なんだか、のどのあたりが狭くなっている気がします。
いつもの風邪、とは違う。呼吸がしづらい感じ。
スプレーのりを使ったのはこの間のことだし、多分違うだろう。
どうしたものか、私の身体。


そんなことはひとまずどうでもよく、今日のテキスタイルの話。
今日は、大学院生向けに開講されている授業を、こっそりと1時間、受けてきました。
題材は、NHKの番組、「課外授業 ようこそ先輩」
取り上げられていたのは、染織家・辻けいさんでした。
ご本人のサイトがないので説明が私の言葉だけになってしまうのですが、辻さんは、ご自身の作品を川に流してみたり、山から垂らしてみたりする、「フィールドワーク」を行っていることで有名な作家さんです。
私は辻さんを知らなかったので、おお、すごいすごい、と記録映像を見ていました。
彼女が小学生向けに行ったのは、「自分の色を探す」授業。辻さんは天然の染料を使って作品を作っているので、まずはそれについての説明を実演でしてみせたあと、児童ひとりひとりに、染料となるようなものを持ってくる宿題を出します。
次の時間、梅干しやらビーフシチューのルーやら、からしやらキャベツやらを、ぐつぐつと煮立てて白い布を染めてみる。
1つとして同じ色はなく、でもどれもとてもきれい。布にサインをしましょう、という辻さんの言葉に、「サインなんていらない!」と言ってしまうくらい、子どもたちはその布が気に入っていた、様子。
なるほど面白い、と思って見ていましたが、実際の小学校の授業で同じことをやるのはなかなか難しいとのこと。火を使う、水を使う、そこがポイントなのだそう。確かに、そうです。


授業のあと、感想を求められた私は、自分が小学生だった時、染織の体験などなかったことを話した。
朝顔の花から作った色水でハンカチを染めたような記憶はあるのだけど、それが「染織」という、特別な体験だという意識はなかった。朝顔だけで完結していた、と言ったらいいのだろうか。他の何かで染めよう、と思ったことはなかった。


けれど考え直してみれば、私は「織」も小学生の時にやっている。
ベニヤ板をきこきこと切り、角材を打ちつけて、簡単な機織り機を作った。
そこに毛糸を通して、ふわふわしたマフラーを作った記憶がある。
私はその作業がすごく好きで、家に機織り機を持ち帰って、自主制作をした。


そんなことがあったのに、それが無意識でしか今につながっていないことを、とてももったいなく思う。
もしその時、私が布を生み出す楽しさに気づいていたら。
私は今テキスタイルをやっていたかもしれない。
もちろんそれは後悔なんかではなくて、もしかしたら、の話。
ただ、可能性を見せられない図工・美術の授業は、確実にあるのだなと、今日感じた。


なんだ、私は昔から、布が好きだったんじゃないか。


授業時間の減少によって、染織の分野は家庭科にも託されている。
実際、私も家庭科の時間に絞り染め・藍染めをやった。(そういえば、その時も課題以外の自主制作をしていたなあ…)
それから、移動教室に行った先で、草木染めもやっている。
なんだかんだ、私は染織に触れていたのだ。


そんなことを思い、そして今私がここにいる意味を考えた。


そうそう、それから。
先生と生徒って、いつまでも先生と生徒なんだなって思った。
どうやったって、越えられない。


それにしたって、じゃあこれから自由制作です、と言ったとたんに、教室から2/3の人がふらりと姿を消してしまうのはどうなんだい!
テキスタイルは、終わりませんぜ。


ではまた明日。


michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)

投稿者:torico : 2007年09月13日 22:15

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