リアルな美大の日常を
« 2007年08月 | メイン | 2007年10月 »
2007年09月のアーカイブ
Search
そもそものところ

今日はしとしと雨が降りつづけていて、外に出るのがおっくうになってしまいました。
芸術祭に向けた作品を、作ったり、作らなかったり。本を読んだり、読まなかったり。寝たり、起きたり。
アルバイトに応募したり。
風邪は一進一退で、何だか息をするのもつらいくらい。これは、気管がどうにかなっているのだろうか。不安。
私はそもそも扁桃腺がふつうの人よりも大きいらしくて、お医者さんで見せるとびっくりされます。その影響もあるかも。(扁桃腺肥大というらしい)
学校で熱を出して、体温計を借りに保健室に行ったら、「どうしてこんなに扁桃腺が大きいの!小さいときに手術しなさいって言われなかったの?」と、驚かれたことも。
でも、大人になってから摘出するのは、それはそれで大変だそう。今のところそこまで大事になっていないので、風邪のたびにドキドキするくらいで済んでいます。
ただ、ちょっとしたことですぐにのどを潰すので、6年間の演劇部生活は、よれんよれんでした。本当に。
腹式呼吸、とかそういうことの全然手前で、ほこりだとか匂いだとかでやられてしまう。
結局臆病になって、私はのどがよわいよわい、と引け目を感じていた気がします。6年間。
身体のどこかの調子が悪くなることで、自分とそれ以外の分かれ目を理解することって、多い。
例えば、親指を怪我しただけでうまくおはしが持てなくなったり、頭が痛いだけで集中力が切れてしまったり。
でも、そういった不調から考えることはとても多く、実は私のマンガが生まれたのも、慢性的な頭痛がきっかけだったりする。
今ではすっかり見るばかりになってしまった演劇についても同じことで、のどが弱くてうまく発声ができなくて、早口で声が小さい(この辺になってくると、不調ではなくてほとんど弱点だけど)からこそ、気になる。
自分のマイナス面から得るものは、意外に多いんじゃないだろうか。
マイナスはマイナスで、本人にしてみればとてもつらいのだけど。
頭痛だってのどだってこうやって悩まされているわけで、決して手元に置いておきたいものではない。
それでも、自分の位置はここだなあ、と思う。
自分がだらしないなと感じる、今日このごろです。
がんばろ。
と、何度も何度も言い聞かせている。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
テキスタイル/臈纈染めを終えて

今はとにかく、終わらせた、という気分です。
全部で7つの作品を作りましたが、本当に気に入ったのは、1つだけ。
もちろん、すべてを成功させるなんて不可能なのだろうけど、私から見た他の人の作品はどれも完成されていて、自分がとてもしょんぼり思えた。
3週間をまとめたプレゼンテーション(=ポートフォリオのようなもの)の最後のページが偶然余ったので、今までの感想として、2ページのマンガを描いて提出した。
先生もクラスメイトたちも、なぜかそれにすごく興味を持ってくれて(多分、文字が多かったからだろうけど)、うれしいような、それはテキスタイルじゃないぜと切ないような。
他にも、ドローイングからの展開として写真を撮ったのですが、それも「面白いね」と先生。
やっぱりテキスタイルじゃない。うれしいけどかなしい。
ただ先生に、「みちくさはもう2回会ったからきっと忘れない」と言われたことが、とてもうれしかった。
私がどうしてマンガを描いてるかといったら、忘れてほしくないから。どうして先生になりたいのかといったら、忘れてほしくないから。私はテキスタイルの先生たちのことを、ずっと忘れないだろう。
今回の授業は、日本画学科・油絵学科・芸術文化学科の教職履修者対象の授業だったので、普段はあまり会うことのない、いわゆるファイン系の人たちと会えたことが、とてもよかった。
この人たちは何を考えてるんだろうと、いい意味でも悪い意味でも思ったし(それはもちろん、あちらもそうなのだろうけど)、普段から制作している彼らの姿や言葉は、私にとってとても貴重なものだった。
「死んでも作家になる」「作ってないと死んじゃう」と言っている人たちがいて、そういう言葉がするりと口から出てくることの、すごさを思った。
私は何をしたいのか…
分かっては捨て、分かっては捨て、そればかり繰り返している。
私のやりたいことは、本当にこの社会に役立ってくれるのだろうか。
このごろ、10年後を考えるようになった。私は31歳。
昨日婚姻届を提出したイノッチ(ことV6の井ノ原快彦さん)と同い年…
(それにしてもTOKIOの立場はどうなるのだろう…)
イノッチに限らず、私の憧れる人たちは皆、30代を迎えている。
何かが起こるような気がしてならない、10年後です。
そのためには、今をちゃんとしないとな。
さあ、そろそろ寝よう。
ひさしぶりの、何も考えない夜。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
たべるきしない
東京の今日の最高気温は32℃でしたが、明日はなんと22℃まで下がるとの予想。
いったい何を着ていけばいいのか、皆目見当がつきません。
さらには、朝のうちに雨が降るかもしれないとか。明日は紙で出来た大きな荷物を持っていくのに!なんたるちや!
何か私が悪いことでもしたのでしょうか。昨日いがいがだったのどは、イガイガになりました。イガッイガでなかっただけ、ありがたい。
とにかく、マスクをして寝たり汗をたっぷりかいてみたり、ビタミンCをがばりと摂ったり、あめをむはむはなめたり、お茶でうがいをしてみたり、最後には薬を飲んでみたりして大抵抗しましたが、どうにも、こうにも。
ありがたいことに1日のお休みと、少しの余裕(月曜日はなんと1限しか授業がない…!)が与えられているので、気合いで治したいと思います。
気合いだー!みちくさー!
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
ぴっきりおじゃん
こんにちは。
講評直前に、すっかりとっぷり風邪をひきました、みちくさとりこです。
みなさまにおかれましてはいかがお過ごしでしょうか?
テキスタイルが始まって3週間、ごはんをちゃんと食べ、睡眠時間をきちんと確保し、ひたすらに体調管理に気をつかってきたつもりが、最後の最後でおじゃんです。
いったい何がいけなかったのでしょう。意味もなく、エアコンをドライにしたまま寝てしまったことでしょうか。きっとそうでしょう。それと、疲れでしょう。
きちんと寝ていても、なんだかもっと真ん中の部分が疲れます。
今はまだのどがいがいがするだけですが、明日の朝になったらこのいがいがはイガッイガになっていることでしょう。21年の人生という経験は、それくらいのことを簡単に予測させてくれる、残酷なものです。がっかり。
とにかく、土曜日までふんばらなくては。まだ大学を休んだことがないという、私の歴史ではありえない快挙を、何とか卒業まで…!
この日記も、いつも以上にだらりだらりです。
ちょっとムサビ日記なお話。
朝日新聞で毎週月曜日に連載されている、『キャンパスブログ』というコラムがあります。(過去ログはこちら)
1か月を単位に、いろいろな大学の先生や職員さんが、ご自身の大学について記していくというものです。
今週までは、生協の白石さんこと白石昌則さんが担当されていたのですが、なななんと来週からは、基礎デザイン学科の原研哉先生が執筆されます!(コラムの最後に予告があったのです)
ムサビ日記を書き始めてから、自分の大学に限らず、いろいろな大学をちょっと違った視点から見るようになりました。その一環として注目していたコラムに、とうとうムサビの先生が登場するとは!楽しみです。
でも、大学の今を伝えるコラムのタイトルが、『キャンパスブログ』ってどうなんだろう。
だめ出し、というわけではなくて、そういうコンセプトだと『ブログ』になっちゃうんだと、新鮮に驚いたのです。
明日はアトリエのお掃除。
提出するプレゼンテーション(ポートフォリオのようなもの)の制作も、前倒し前倒しでやってきたので、なんとか徹夜はせずに済みそうです。よかった。
今日も、早く寝ることにします。マスクをつけて、寝てみよう。
おやすみなさい。ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
現実の夢
5限が終わったあと、校内をふらふらと歩いていたら、空間演出デザイン学科2年生の課題の発表が行われているところに出くわしました。
なぜ5限後なんていう真っ暗な時間にやっていたかというと、光(=照明)の授業だったから!
去年のシラバスしか手元にない(今年から一部、学科ごとのシラバスになってしまったのでこういう時不便)のではっきりとしたことは言えませんが、校内の任意の場所を、光で演出しよう、という課題みたい。
いくつかのグループに分かれて行うようで、私は運良く、7号館と12号館、それから体育館の前での発表を見ることが出来ました。
まったくの個人的な好みですが、7号館の光はすばらしかった!
写真を撮ろうかと足を止めましたが、その現象がとにかくうつくしくて、カメラを取り出す隙も与えてくれないふうだった。
演劇部にいたころの、すべてがしっくりはまって立ち上がるのを見た瞬間を、ぶわあっと思い出した。
あのころ作っていたのは、本当にちっちゃなちっちゃな空間だったけど、でもやっぱり空間だったのだな、と思った。
空デの人には、なーんだそんなこと、と思われるだろうけれど、「空間」って、すごく具体的で、でも抽象的で、私がいなきゃありえないし、私の立つ地面がなきゃありえないし、でもどこまでもありえて、無限。
それを、人の感情もひっくるめて、今私の手元を照らしているのと同じ「光」で変えてしまえるなんて、安易な言葉だけど、「すごいな」と思いました。
あの気分の思い出しようは、何だか現実に起こったこととは思えない。
不思議と、空デの色ってあるものですね。
去年の芸術祭で、空デ主催のファッションショーを見たのですが、今回の選曲も、すごく空デ。それがいいことなのか悪いことなのかは分からないけれど、「あ、もうすぐ芸祭だな」と思いました。
音楽って、難しい。いらないのかな?と思ったり、でもやっぱり必要だ、って思ったり。
同じ2年生がやっている課題だというのも、身が引き締まる思い。
私も、テキスタイルがんばらねば。
空デ2年生のみなさん、この場をお借りしまして、今日はありがとうございました。
日常が想像以上!美大に入らなかったら、きっとこんな思いもしなかったのでしょう。
ありがたいことです。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
いちばんうれしかったこと
昨日、録りだめしていたビデオを見ていたら、好きな俳優さんが、こんな質問をされていた。
「今までの人生で、いちばんうれしかったことは?」
彼が答えを出す前に、私はいろいろ考えてみたのだけど、これ!という答えはどうしても出てこなかった。
彼の出した答えは、「娘の誕生」だった。
私は、声も出ないくらいにびっくりしてしまった。
そうか、そんなことを私は忘れていた。
今日になって、両親に同じ質問をしてみた。
「今までの人生で、いちばんうれしかったことは?」
まず母に聞いてみると、ほとんど間を置かずに、「あなたが生まれたことかしら」と言った。
次にその会話を耳にしていたに違いない父に聞いてみると、「まあ、誰しも同じなんじゃないか」と言った。
私は思わず、「はあ〜そうなんだ!」と言った。
今の私には、いちばんうれしかったことがない。
でもそれって、これからがすごく楽しみだなと思った。
あと、何て親ばかなんだろううちの両親は、と思った秋の夜でありました。
そうそう、ちなみに、いちばん悲しかったことはよく覚えています。友だちに話したら、「かわいいね〜」と言われたけど、その時は、そして今も、とても悲しい。
それから、私は、私に「嘘をつくこと」を教えた人の存在を一生忘れないと思います。
それくらい、嘘は衝撃的でした。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
素敵だった連休

今日はお昼の12時ごろ起きたので、まだ朝みたいな気分です。
母親に「何時ごろ寝たの」と聞かれたので、「(夜中の)1時くらいかなあ」と答えたら、「体力があるのね!若いから!」と感心されました。
彼女の理論では、「若い=体力がある=寝られる」なんだそうです。
ほんとうのところ、どうなんだろう。
起きてからおだんごを食べて、テキスタイルのプレゼンテーションのための買い出しに。
昨日失敗した部分を隠すあんなものを探したり、あんなものを現像に出したり。
お昼すぎのショッピングセンターは子どもとその保護者だらけで、くらくらしました。
子どもに体当たりされて、気分が滅入りました。どうにも、元気のかたまりみたいな子どもたちは苦手である。
明日からは、大きな作品。大きな、といっても60cm×90cmなので、そこまで大きくもないのだけど、布を一緒に切った子たちと、「はあ〜」とため息をついてしまいました。やっぱり大きい。
がんばろう。
そろそろ夜のごはんです。
今日は、さんま。
すっかり秋です。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
かわいらしくもないもうしわけない

今日は、午後になって起き出して、テキスタイルのプレゼンテーションを作りながら、ぼんやり。
ぼんやりしていたらいらないところを貼りつけてしまい、さーっと血の気がひく。ほんとにひいた。
ど、どうしよう…
ぼんやりしながら大切なものに手をつけるのは、やめましょう。ほんとうに。
それにしたって、プレゼンの道具を買いに行って思ったのですが、100円均一って素晴らしいですね。
いつごろから一般的になったのか分からないけど、それでもここ10年くらい、だと思う。
今回のプレゼンテーション(制作の過程をまとめた本のようなもの)では、軟らかいビニールのポケットを使うのだけど、そんなものが105円で手に入るなんて、すごい。
すごすぎて感動してうっかりして、8個でいいものを9個も買ってしまったことに、お会計の段階で気づきましたが、100均という場所ゆえに引き返せず。そんな、105円。
今日はわりと大事な予定があったのだけど、結局何も連絡せず、なかったことにしてしまった。
しなくてもかまわない連絡だったのに、昨日からしようしようと考えていたせいか、ちょっとつらかった。
明日にでも連絡しよう。ごめんねとおつかれさまを言おう。
でもほんとうはもしかしたら、その子がうらやましくて、行かなかったのかもしれない。
あー…
つくづく、かわいらしくない。
でもその子はいつもちゃんと、私を見てくれている。
なんか申し訳ない気持ちになった。
ではまた、明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
感触

昨日今日と通学中に考えていたのだが、『幸せなら手をたたこう』という歌、なんだかちょっと怖くないだろうか。
『幸せなら態度でしめそうよ』という表現は、小さいときから「押しつけがましいなあ…」と思っていたのだけど、その人が幸せなのかそうでないのかも分からないのに、『ほらみんなで手をたたこう』って言い切っちゃうのは、暴力的に思える。
そんな実感はどうでもよく、昨日のインタビューのこと、書いてもよかったのですね。
ということで、回転体コンビのつなぎが赤い方、みちくさが書きます。
手羽さんは、いつも遠くから「あー手羽さんだ」って見ていて、でもオープンキャンパスでもお昼休みでも放課後でもいつも声をかけられず、どんな人なんだろう、わくわく、と思っていたのですが、ご自慢のサラサラヘアー以上に、声がとてもすてきな人だった。
顔や姿はいくらでも遠くから眺められるけれど(この表現ちょっと怖いですね)、声はどうやったって、その人のそばに行かないと耳にすることはできない。
一昨日と昨日では、もう手羽さんの日記を読む感触が変わってきます。声の存在って、大きい。
やっぱり、顔と名前が一致するだけじゃ、その人を知ったことにはならないんだなあ、と思いました。
もちろん、声だけ知っていたって、どうにもならないのだけど。
四輪駆動さんは、多分この人がそうなんだろうな、と授業のときに思っていたので、手羽さんほどのびっくりはありませんでしたが、それにしたって元気な人だなあ!と。元気で、気持ちがいい!ぱしんぱしんとした空気が周りにある感じ。
(ほぼ)初対面の人3人と話すなんてかなり久しぶりのことで、私はド緊張。昨日の日記のようなことになるわけです。
でも、知らないことが知れたり、相手をちょっとびっくりさせたり、人と話すって面白いんだなあと、こういう機会があるごとに、実感します。
ブログを書くときは、誰でもない人(でも大事な人)に話しかけるつもりで書くけれど、目の前に人がいるときは、もうその人のためだけに話すしかない。
それが、大変でもあり、しかし面白くもあり。
目の動きひとつで、あれ、伝わったのかな?って不安になったり、少しでもうなずいてくれると、大丈夫だ、ちゃんと伝わってる、って思ったり。身体ってすごい。
そういうときに感じる、自分がふわりと浮いたような、もう1人の自分がちょっと離れたところから自分を眺めているような感触。これは、演劇部にいたころのことを思い出させる。
うまく言えないのだけど、自分の中にあるものをどうにかして外に出そうとするとき、私は、私のそれまでを振り返らずにはいられない。
すべての経験が、今の私を形づくっているんだなあ、と実感する。その実感は、一般的に言われる「全身を耳にする」感じと似ている。私が、すべてになる感じ。すみからすみまで、私になるというのかなあ…
それは出そうとするときに限らず、相手から教えてもらうことが、自分の中での納得に変わる瞬間も、然り。
この感触を言葉で伝えるのはすごくすごく難しい。だからこそ価値があるのだけど、今の私ではこれが限界だ…
そうそう、私も「みちくさとりこさん」なんて呼ばれてしまったのだけど、そのときの、「うおお!私はみちくさとりこなんだ!」っていう感触も、ぎょっとするくらいに生々しかった。
名前って、すごい。言葉って、すごい。
今日は久しぶりに、少し遅くまで学校に残って制作していた。
油絵学科油絵専攻の課題の出し方についてなど、友人から聞く。なかなか面白そうな課題ばかりで、ちょっと友人がうらやましい。友人も、どの課題を選ぼうかと悩んでいた。うれしい悩み。
今やっている制作の関係で行ったとある場所で、高校3年のとき、出席番号順に座ると隣の席だった子に会う。
彼女がムサビに来ているのは去年すでに知っていたし、どの科にいるのかも知っていたのだけど、彼女の選んだその場所(=アトリエや工房)で会うのは初めてだったので、思わず「変な感じだねえ…」と言ってしまった。
すると彼女、「とりこちゃんが変なんだよ」と冷静な返し。このクールなところ、高校のときから変わっていない。
私の憧れる場所で見る彼女は、本当に好きなことをしているんだなって思えて、とてもかがやいて見えた。
彼女は、どんな作品を作っていってくれるんだろう。陰ながら、とても楽しみにしている。
私は、彼女に楽しみにしてもらえているのかな。
私自身の制作は、といえば、思うようにいったものあり、いかなかったものあり。
来週からはちょっと大きな作品に挑戦するので、この連休はそのプランニング。
火曜日にはさっそく取りかかれるよう、準備して行かなくては。
それにしたって、時間がない。先生が、早くやりなさいとみんなを急かしていた理由が、今分かったぞ。
月曜日はお休みだったんだ!
うれしかなし。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
※追記
鷹の台駅前の商店街で、研究室の助手さんとすれ違いました。あちらは自転車、こちらは歩き。
今日私がはいていたデニムのスカートは、放っておくとなぜかチャックが左側に寄ってしまいます。骨盤がゆがんでるんでしょうか。
さりげなーくさりげなーく直しながら歩くのですが、助手さんとすれ違った瞬間に、私はそのさりげなーくをやっていました。
あちらは気がつかなかっただろうけど、こちらは勝手に、恥ずかしかったです。
強いぜ!引っ込み思案
大人って、すごいなあと思った。
私も大人2年目に入ったわけなのだけど、所詮、2年目である。
私は、自分の考えていることを、文字の連なりとそこから立ち上がるイメージで定着させているのかな、と思った。
何か、一所懸命伝えたくて話すとき、私は、自分の目の前にうすいうすい真っ白な布が広げられたような気持ちになる。
そこに、口から出した言葉を、色なり形なりをつけて沁みこませる。
こうして文章で書くときは、口から出た言葉はすぐに指に着地するのだけど、実際に人と向かい合って話をしているとき、言葉はふわふわと空中をさまよって、うまく落ちてきてくれない。
そのギャップが、高校3年生から納得できていない。
プレゼンテーションをしているときは、わりにはきはきと話せる。
けれど、本当に自分の中にあることを口にするとき、どうにも冗長な感じになってしまい、いつももどかしい。冗長なものだから、最初と最後が全然つながっていないことなど、しょっちゅう。
何のための言葉だ、と思う。
今日の映画史概説の授業で、「伝説に残る映画史の授業」の話が出てきた。
先週見た『鴛鴦歌合戦』を絶賛したという映画評論家、蓮實重彦氏の授業。
氏は教室にやってきて、「あなたたちは『鴛鴦歌合戦』という映画を見たことがありますか」と聞いたそう。ところが、その教室には(大勢の学生がいたらしいのだが)見たことのある人がいなかった。
氏はそれを見て、「あなたたちは、『鴛鴦歌合戦』を見たことがないということを、恥じてください」と言って、それきり何もしゃべらず、教室を去った、という伝説。
もちろん、伝え聞いて伝え聞いてしたものだから、実際はこんなふうではなかったのだろうけど、「伝説に残る授業」ってすごいなあ、と思った。
小学校から高校までの授業で、「伝説に残る」ものってあるだろうか。
伝説、という言葉の奇妙な響きはさておき、なかなかそんな授業には出会えないだろう。大学の授業、講義ならではだと思う。
とはいうものの、私のこれまでの中にも、いくつか「私的・伝説に残る授業」というものがある。
まず1つ目は、小学校のときの体育の授業。私たちがうるさくしていたら、先生が職員室に引っ込んでしまったのだ。これが、2回くらいあった。(違う先生なのだけど)
私はそういう圧力に冷めた子だったので、ばっかみたい、と思いながら寒い校庭に立っていた。何人かのクラスメイトが、先生にごめんなさいを言いに行くのを見送りつつ。
2つ目は、中学1年生の理科1の授業。クラスの何人かがうるさくしていたら、先生が黒板に、むずかしーい物理の問題(像が反対に映ったり映らなかったりするやつ)をだだーっと書いて、「出来たら呼びに来てください」と言って、準備室に引っ込んでしまった。
こちらは問題があまりにも難しかったので、冷めるひまもなかったのだけど、うるさくしていた子たちが謝りにいって、事なきを得た。多分、当時のクラスメイトはみんな覚えている事件だと思う。
何を話したかったのか、よく分からなくなってしまったが、とにかく「引っ込む」ことの印象は、強い。
だから、「引っ込み思案」な私も、それなりに強いんじゃないかと、自分を励ましてみる。
エイエイオー!
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
フフ
今日は、とある大きな駅で1時間ほど時間をつぶさなければならなかったので、本屋さんで本および雑誌を読みあさってきました。
その本屋さんは、美術関係の本が充実しているので、ひとまずそんなコーナーに。
ぱっと目に飛び込んできた、ピンク色の雑誌を手に取ってみる。
今まで見たことないな、でもちょっと見覚えがあるぞこの表紙、と思っていたら、『デザインノート』のお友だちだったのですね。
家に帰ってきて、凡々さんの日記を読んで、びっくり。何と、今日発売の新しい雑誌だったのです。
そういうことって、あるんだなあ。
私はテキスタイルを取っているくらいなので、ちょっとはファッションにも興味があります。
『ファッションノート』のとなりにあった、『ブレーン』で今月特集されている、スズキタカユキさんがとても好き。
私のことを知っている人なら、ああ!と思うのだろうけど。
質感が、好きなのです。胸がざわざわっとするような。ずっと以前のことを思い出す感触を、スズキタカユキさんは示してくれる。
それにしても、小学生みたいにクルッと丸めた画用紙を(もちろん輪ゴムで留めている)、抱えたまま、美術書のコーナーでそれなりの時間、立ち読みするのは勇気が要りますね。
いかにもなのに、全然いかにもじゃない!美大生なら、画用紙を輪ゴムでは留めないでしょう。
それでも立ち読みしきった本、2冊。
![]() | 自殺うさぎの本 アンディ ライリー Andy Riley 青山出版社 2005-12 売り上げランキング : 1768 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
![]() | またまた自殺うさぎの本―まだまだ死にたいうさぎたち アンディ・ライリー 青山出版社 2006-07 売り上げランキング : 3648 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
友だちにすすめられていたのを、ようやく読んでみたのだけど。
きっと、好き嫌いはっきり分かれるのでしょうね。
こういう、(言葉にあえてするなら)ブラックユーモアって、演劇を見てるとよく起こります(ユーモアが起こるって、奇妙な言い方だけれど)。それに慣れているので、クスッと笑えてしまう。
でも、きわどい描写がある演劇作品をテレビで放映するとき、必ず「本作品には不適切な表現がありますが、作者の意図を尊重してそのまま放送します」というテロップが流れます。
それに近い感じを覚えました。ああ、笑っちゃいけないのに笑ってしまう、フフ、みたいな。
そう、「笑えて『しまう』」。ほんのちょっぴり、罪悪感もあるのです。
どうしても笑ってはいけない局面で、笑いたくなってしまうときのような。
さあ、今日はもう、寝よう。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
とがった意識
今日は、去年教わったテキスタイルの先生の、講義だった。
2年間つづけて履修してはいるけれど、私は特に優秀な学生だったわけでもないので、毎日たくさんの(しかも私の何倍も優秀な)学生に会っている先生は、私のことなんて忘れているだろうと思っていた。
でもそんなことを思う一方で、今年教えてくださっている先生が覚えていらしたのだから、もしかして、とも思う。
講義のあと、学生ひとりひとりに感想を聞く先生。
私のところで、「君の顔には見覚えがあるなあ…」。
去年、シルクスクリーンをやりました、と言うと、やっぱりね、と。
誰かに覚えていてもらうのは、とてもうれしい。
それが、すごいなあ、と思う人なら、なおさら。
先生は、誰かを覚えていることも大事な仕事だなあと思いました。
例えば、幼稚園の年少さんのときの担任の先生は、私のことを覚えているのかしら。
実は彼女とは未だに年賀状をやり取りしていて、ムサビに入ったことも成人式を迎えたことも知らせている。
だから、私という存在は意識のどこかにあるのだろうけれど、もしまちですれ違ったら、どうだろう。
実際、彼女は今東京にいないはずなので、そんなこともないのだけれど。
私は、正直なところ彼女に気づく自信がない。彼女とは1年間しかいっしょにならず、その後、年中さんに上がる前にいなくなってしまったので、確かな記憶がない。
私の顔は、子どものころからそう変わっていないから、彼女には分かるのかな。
でも、彼女に覚えていてもらえたら、とてもうれしい。私という人を、多分いちばん最初に見つけてくれた、家族以外の人だと思うので。
彼女はいつの間にか、私を映す鏡になっていた気がする。
最近、「気がする」「ように思う」「みたいな」「のような」という言葉を、やたらと使っている、「ように思う」。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
元気のない日
なんだか今日はとても元気がなかった。どうしてだろう。
授業で、岩井俊雄さんの『課外授業 ようこそ先輩』を見た。
(岩井さんが、くるりの岸田繁さんと似てるように思えるのは、髪型とめがねのせいかな)
あんまり面白かったので、家に帰って母親に中身を話したら、彼女はテレビでやっていたときに偶然見たという。
どうだった?と聞いてみたら、彼女も面白いと思ったそう。大人でも楽しい授業だよね、と言っていた。
彼女は図画工作も美術も大嫌いな子どもだった。(見るのは好きで、いっしょに美術館に行くこともある)
どうしてかと思って聞いてみると、図工のときも美術のときも、先生が彼女好みでなかったらしい。
もちろん人間なのだから好き嫌いはあるのだろうけど、いやいはや、考えさせられた。
図工は4年生から専科の先生になり、それからますますだめになったという。その先生が、自分の好みを押しつけていると、4年生の彼女には思えたようだ。
私は習字の先生が苦手で、それはどうしてかというと、自分の書いた字の上を、先生に羽交い締めにされて何度も何度も朱で書き直しさせられるからだった。
自分の書いたものがどうして否定されるのか分からなくて、授業中なのに泣きながら書き直ししていた気がする。
墨で汚れた手で涙をこすったら、顔じゅう真っ黒くなって、クラスメイトにひどく笑われた。
せめて、新しい紙に一緒に書いてくれればいいのに、と思っていた。
そういうこと?と聞いてみたら、つまりはそういうことだと、母は言っていた。
「どうして」が分かれば、それ以上はその子が判断するにしても、手の打ちようがあるのにと。
彼女も私も理屈っぽいので、そう思うのかもしれないけれど、そういう子どもだって、いるんだよなあ、という話。
どうして、分からないことが多いんだろう。自分が今、やたらと疲れている理由も、よく分からない。
しかし分かったら分かったで、つまんないんだろうな。分かんないことを、ちゃんと考える人でありたい。
それにしたって、みんな少なからず悩んでいるのだよね。
大人も、子どもも。
『いわいさんちweb』を読みながら、思いました。
ではまた、明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
なぜなにちゃん
小さいときの私は、「なぜなにちゃん」だったそうだ。
いろんなことを、「ねえママなんで?」と聞く子。
お母さんは、手間のかかる子だと思いながらも、全部答えてくれた、らしい。
ひとりっ子だからだろうか。いろいろ、苦労することも多いけれど、すべての時間が私のためにあったのだと思うことは、うれしい。(もちろん、何人兄弟がいようと、全員に100%なのだろうけれど)
私の「なぜなに」は、特に「文字」に多かった。
子どもはたいてい、文字に興味を覚えるというけれど、母曰く、「あなたはめんどくさいくらい文字に興味があったのよ」。
本を読みたいというから、ミッフィーちゃんのひらがな本を買ってやると、「あ」のページに載っている、「あり」の「り」に文句をつけてきたというから、母のうんざりが容易に想像できる。
この「り」はなんなんだ!と聞いてきたらしい。仕方ないので母は、3巻セットのひらがな本の、3冊目を私に説明しなくてはならない。
もちろん、「り」のページには「りんご」があるわけで、ずっとずっと終わらない。
でも、このころの姿勢が、今また、戻ってきているように思う。
小学校から高校までの勉強に対して、私はとても消極的だったし、受け身だった。
やらされている、という感じはずっと消えず、どうして勉強してるんだろうと思っていたのに、それを口に出すこともはばかられた。
大学に入って、勉強が楽しくなった。
「知らないことを知るのが勉強、だから勉強は楽しい」というけれど、この感覚は、自分で経験してみないことには分からない、と思う。
大学に入る段階で、知ることの糸口をつかんではいるわけで、そこで得たものは、自分に近しいし、とても大きい。
私は自分で考えていたよりもずっと、勉強が好きだった。
そんな話をしたあとに、お母さんが、「今はもうあなたに教えられることばっかり」と言ったので、ちょっとびっくりした。
もし私が先生になったら、勉強嫌いの子どもたちに、どんなものを見せてあげられるんだろう。
私が糸口になるようなことが、あればいいのだけど。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
のんびり
こんばんは。みちくさとりこです。
今日は連休1日目ということで、髪の毛を切りに行ったり、電機屋さんに掃除機を見に行ったつもりが炊飯器と見間違えたりしていました。
掃除機と炊飯器を、近い棚に置くのは止めた方がいい。
ずいぶん小さい掃除機が出たもんだと思ったら、それはごはんも炊けるやつでした。
それにしたって最近の掃除機はすごいですね。
大きいノズルを足でぽんと押すと下から小さいノズルが!なんていうものもあったのですが、大きいノズルは置き去りにされるし、とっさに大きいノズルに戻したくなったときにどうしようもないし、その辺がよく分かりません。
握るところがぐるっと出来ているのは、ははーん、という感じ。いるような、いらないような。
帰りに寄ったおそば屋さんの駐車場がつぶれていて、近くの有料駐車場に止めることになった。
その駐車場は「ユニバーサルデザイン」を売りにしている不思議な駐車場だったのだけど、父は料金の払い方が分からずに四苦八苦していた。
久しぶりにそば湯を飲んで、身体があったまった。
おそばとおうどんなら、おそばが好きだ。
のんびりしたつけは回ってくるもので、明日はもう少し頑張らなくては。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
本日の敵、それは油断
今日は、ヴィジュアル・コミュニケーション・デザイン(VCD)の課題(=絵本)提出日だった。
先日製本した絵本を大事に大事に携えて、登校。
いつもより少し早い電車に乗れたので、うれしい。
しかも、土曜日だからとても空いている。
私は、平日ならとても座れない、はじっこの席に腰かけた。
とたんに、眠気が襲ってきた。一瞬、寝たらまずい気がするなあ、と思いながらも、寝た。
その時、絵本を入れた小さな紙袋を、自分とはじっこの間の空間にはさんだ。
自分とはじっこの、サンドイッチ状態。
そのまま、約30分。うとりうとりとしているうちに、降りる駅がやってきた。
私は、周りの人が動く気配で目が覚め、は!っと電車を降りた。
降りて、乗り換え口へのエスカレーターを上がっているところで、私は気づいた。
…絵本を忘れた!
信じられない話であるが、私はサンドイッチの中身だけ、電車の中に置いてきてしまったのだ。
エスカレーターの途中でくるりと振り返った私。
こういうとき、人はまさしく冷静とパニックの間にあるわけで、逆走しようと振り返ったとたんに、「逆走はまずい」と気づく。
で、仕方がないからダッシュでエスカレーターを駆け上がって、隣の階段を下りて、ホームに戻ろうと思う。
ところが、そのエスカレーター、しかもてっぺん付近で思いっきり転ぶ私。
ここでも私は冷静にパニック。そう、「手が吸い込まれる!」と思ったのです。とっさに。
そこから先、どうやって立ち上がったのか覚えていませんが、私の左手の指は、まだ無事にくっついています。ひどいつき指をしただけ。
家に帰って親に話したら(そもそも話そうかどうしようかすごく迷ったのだけど)、「本当に気をつけてよね!今だから笑って話せるんだから!」と怒られました。
起きあがった私は、意味もなく周りの人に「すいませんすいません!」と謝り(人が全然いなかったから、ほとんど迷惑にはなっていなかったはず)、階段を駆け下りる。
電車のドアは閉まっていたけれど、まだホームにはいたので、うしろから首を突き出していた車掌さんに、「すいません!茶色い紙袋を忘れてしまって!今!そこに!」などなど叫んだら、「駅員に言ってください!」と怒鳴り返され。
そして、ホームにいる駅員さんにわけを話したら、「駅員室に行ってください」と怒られ。
今になって考えてみれば、このときの私はかなり鬼気迫るものがあって、変な人だと思われていたんだろうなという感じだけれど、その時には全然、周りなんて見えていなかった。
駅員室に行って、これこれこういうものを忘れたんですけど、と話す。
「今日ないと困るんです!」と半泣きになりながら、「今日ないと困るものを手から離すな自分!」という情けない叫びも自分の中にこだま。
駅員さんはダイヤを調べてくれて、2つ先の終点で確かめてくれるとのこと。あったかどうか、連絡を待ちますかと聞かれましたが、それだと1限に遅刻してしまうので、「いいです!自分で行きます!」と言って、終点まで行く。
そしてようやく、絵本は私の手元に戻ってきたのでした。
いやはや。
何が情けないって、すべて自分が悪いところ。自分の不注意がすべての原因だったということ。
そして、とにかく軽い怪我で済んで、よかった…
エスカレーターの終わりをはっきりと目にした瞬間は、まるで走馬燈のように。全身の力を振り絞って立ち上がった気がします。不思議なものだ…
とにかく、無事に提出も終わり、私も無事で、よかった。よかった。
これからは、大事なものを手から離したりしません。
…なんて、基本的なことだ!本当に自分が情けない。
しかし一方で、「これはムサビ日記のネタになる…」と考えてしまう自分がいることも確か。笑
終点に向かう電車の中で、すでにそう考えていました。
何にせよ、慌てるのはよくない。注意深く、はやめはやめに、動いていかなくてはならない。
最近の自分は注意深いと思っていたので(高校生だったころなんかと比べると)、まさに油断大敵だと思った。
受験生のみなさんも、この時期の怪我には、十分に注意してくださいね。
私も受験生だったころ、母にうるさいくらいに言われていたものです。
私はすでに、1年間、人より多く受験生だったので、なおさら。
階段はゆっくり降りて、絶対に急がない。急ぐくらいなら、早め早めにうちを出ましょう。
今日の私も、いつも早めに学校に行くようにしているから、遅刻せずにすんだのだと思います。絵本を忘れたことには慌てたけれど、遅刻するかも!という慌てはなかった。
人のふり見て我がふり直せ、です。みちくさってお間抜けさんだなあ、と思った皆々様、存分に注意して生活してくださいませ!
朝のうちにいろんな力を使ってしまったので、授業はもう、ぐだんぐだんだった。
特にテキスタイルは、積み重なった疲れも相まって、でろでろの気分。
ちょっと逃げたり、していた。
明日は髪の毛を切りに行く。
髪の毛を切るのは、私にとって身体の中身を入れ替えるための手段。
新しい気持ちになって、毎日が過ごせる気がする。
今日までのぐだぐだな気持ちも、注意深くない私も、髪といっしょになくなってしまえ!
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
本日のテキスタイル 9/14
映画史概説の授業で、『鴛鴦歌合戦』という映画を見た。
![]() | 鴛鴦歌合戦 片岡千恵蔵 市川春代 志村喬 日活 2005-12-09 売り上げランキング : 32292 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
詳しい解説は次週なので、ちょっとした感想だけ。
主人公のお春の家は、傘を売って生計を立てている。
外で傘を乾かしていたところ雨が降ってきてしまい、お春は、思いを寄せる禮三郎とその傘を取り込む、というシーンがあった。
その時、まるで空が曇っていなくて、影もくっきりと映っていたので、あらら、と思って見ていたのですが、ふと、「きつねの嫁入り」という言葉を思い出しました。要は天気雨のことなのだけど(実際、映画の中では「なんだ天気雨か」というようなセリフを言っている)、あのシーンは、お春が禮三郎のところに「嫁入り」するということをさりげなく表しているのかななんて、思いました。
これはまるっきり個人的な感想で、この時代にミュージカル映画をやってしまっていた、というのが、この映画のすごいところ。
今見ても、200人からくすくす笑いが漏れるくらい、面白いのです。
話の流れはべたべたなのだけど(まるく収まる)、バカ殿様の家来たちが鼓や鉦や笛でジャズをやってしまったり、町で人が歌い始めてしまったり…
ツボをついてくる面白さ。
家来たちのジャズは、ちょっと、ドラマ『竜馬におまかせ!』(私の人生で1番好きなドラマ。多分)の「荒木三太夫らぐたいむばんど」みたい。
白黒映画なのに、色がちゃんと分かるのも不思議だった。
来週の解説を聞くのが楽しみ。
そうそう、ちなみに私は、『真田風雲録』という映画が大好きです。
![]() | 真田風雲録 中村錦之助 渡辺美佐子 加藤泰 東映ビデオ 1996-12-13 売り上げランキング : 13467 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
こちらは1963年の作品。ミュージカル風の、コメディです。
今日のテキスタイルは、臈纈染めのロウを落とす、「脱ロウ」という工程について勉強したあと、自由制作。
(テキスタイル工房にお邪魔するのは、どきどきする。テキスタイル専攻の学生たちは、とてもおしゃれでかっこいい)
1枚、色がぐじゃぐじゃになってしまって、どんよりとした気持ちになる。染料を、もっと濃くすればよいらしい。明日、試してみよう。
放課後、少し残って制作しようと思っていたのだけど、あまりの眠さに断念する。
今日は、早く寝よう。
眠いと、考えも整理されずイライラするばかりで、本当によくない。
悪循環だけは、避けたい。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
本日のテキ 9/13
なんだか、のどのあたりが狭くなっている気がします。
いつもの風邪、とは違う。呼吸がしづらい感じ。
スプレーのりを使ったのはこの間のことだし、多分違うだろう。
どうしたものか、私の身体。
そんなことはひとまずどうでもよく、今日のテキスタイルの話。
今日は、大学院生向けに開講されている授業を、こっそりと1時間、受けてきました。
題材は、NHKの番組、「課外授業 ようこそ先輩」。
取り上げられていたのは、染織家・辻けいさんでした。
ご本人のサイトがないので説明が私の言葉だけになってしまうのですが、辻さんは、ご自身の作品を川に流してみたり、山から垂らしてみたりする、「フィールドワーク」を行っていることで有名な作家さんです。
私は辻さんを知らなかったので、おお、すごいすごい、と記録映像を見ていました。
彼女が小学生向けに行ったのは、「自分の色を探す」授業。辻さんは天然の染料を使って作品を作っているので、まずはそれについての説明を実演でしてみせたあと、児童ひとりひとりに、染料となるようなものを持ってくる宿題を出します。
次の時間、梅干しやらビーフシチューのルーやら、からしやらキャベツやらを、ぐつぐつと煮立てて白い布を染めてみる。
1つとして同じ色はなく、でもどれもとてもきれい。布にサインをしましょう、という辻さんの言葉に、「サインなんていらない!」と言ってしまうくらい、子どもたちはその布が気に入っていた、様子。
なるほど面白い、と思って見ていましたが、実際の小学校の授業で同じことをやるのはなかなか難しいとのこと。火を使う、水を使う、そこがポイントなのだそう。確かに、そうです。
授業のあと、感想を求められた私は、自分が小学生だった時、染織の体験などなかったことを話した。
朝顔の花から作った色水でハンカチを染めたような記憶はあるのだけど、それが「染織」という、特別な体験だという意識はなかった。朝顔だけで完結していた、と言ったらいいのだろうか。他の何かで染めよう、と思ったことはなかった。
けれど考え直してみれば、私は「織」も小学生の時にやっている。
ベニヤ板をきこきこと切り、角材を打ちつけて、簡単な機織り機を作った。
そこに毛糸を通して、ふわふわしたマフラーを作った記憶がある。
私はその作業がすごく好きで、家に機織り機を持ち帰って、自主制作をした。
そんなことがあったのに、それが無意識でしか今につながっていないことを、とてももったいなく思う。
もしその時、私が布を生み出す楽しさに気づいていたら。
私は今テキスタイルをやっていたかもしれない。
もちろんそれは後悔なんかではなくて、もしかしたら、の話。
ただ、可能性を見せられない図工・美術の授業は、確実にあるのだなと、今日感じた。
なんだ、私は昔から、布が好きだったんじゃないか。
授業時間の減少によって、染織の分野は家庭科にも託されている。
実際、私も家庭科の時間に絞り染め・藍染めをやった。(そういえば、その時も課題以外の自主制作をしていたなあ…)
それから、移動教室に行った先で、草木染めもやっている。
なんだかんだ、私は染織に触れていたのだ。
そんなことを思い、そして今私がここにいる意味を考えた。
そうそう、それから。
先生と生徒って、いつまでも先生と生徒なんだなって思った。
どうやったって、越えられない。
それにしたって、じゃあこれから自由制作です、と言ったとたんに、教室から2/3の人がふらりと姿を消してしまうのはどうなんだい!
テキスタイルは、終わりませんぜ。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
油断大敵
今日のテキスタイル。
とにかく調子が悪かった。
いろいろいろいろ、あったのだけど、最終的に自分の着ていたTシャツに染料をつけてしまったときは、がくがく、となりました。
家に帰ってきて洗ってはみたけれど、ほとんど取れず。当たり前。
仕方がないのでお手紙を書くかわりに、友だちからもらった小さいアップリケを貼りつけてみようと思います。
それにしたって、人に迷惑をかけるのはいただけないです。本当に申し訳ない。
心が広くありたいし、心配りができる人でありたい。
今週中に染めねばならない3枚の布、うち2枚はだいたいのイメージがつかめる。
もう1枚は、いちばん上手くいきたいのに、どうしてもうまくいかない。
どうなる、ことやら。始まりが上手くいかないものこそあとで楽しくなるという、みちくさジンクスを今!
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
テキスタイルと、15歳だった私の今日
まだ火曜日なのに、もう金曜日くらいの気持ちな、みちくさとりこです。
今日は、私が今受けている、テキスタイルの授業のお話。
去年のテキスタイル(造形総合科目といって、他学科の授業が履修できます。1年生の教職履修者は工芸の授業を取らなくてはいけなかったので、私はテキスタイルを選びました)はシルクスクリーンだったのですが、今年は「臈纈(ろうけち)染め」。「臈纈」は「蝋けつ」と書くこともありますが、「天平の三纈」=臈纈・纐纈(こうけち・絞り染め)・夾纈(きょうけち・板で布をはさむ)の1つなので、「臈纈」と書くのが本当だろう、と思います。(天平時代からある技法、ということです)
簡単に言ってしまえば、クレヨンで描いた線の上から、水彩絵の具を乗せるのと、同じ要領(と、先生がおっしゃっていました)。蝋で描いた線の上を染料でなぞると、蝋の部分だけ染料をはじき、それ以外のところは染料が布に定着する、というわけです。
今日はその練習ということで、色見本を作りました。綿のハンカチを15等分し、その線を蝋で書きます。そこに、15色の染料を0.3%の濃さにしたものを、くるくると置いていきます。横に15列、それが終わったら、0.7%で縦に15列。そうして、1%の色が完成します。
明日で色見本づくりが終わり、本番の制作に入ります。
参考作品を見たり、臈纈染めとはまったく関係のないテキスタイルアートの作家さんの作品を見たりしていると、私は本当に布というものが好きなんだなあ、と思います。
こんなにわくわくする素材に、会ったことがないような気がする。
最近、とある若い作家さんの作品が、とても好きになった。その人は普段から布を使うわけではないのだけど、時々、作品の中に布を登場させる。
それを全然知らないときに、その人の作品をサイトで見ていて、ふと惹きつけされた作品の素材を見てみたら、布だった。全部というわけではないのだけど。
その時に、ああ、なんだそういうことか、と釈然とした。
そういえば。
私は成人式で友禅の着物を着たのですが、臈纈はそのもっと以前からある技法なのですね。
この春休み、とあるデパートで行われた工芸品展に、足を運んだ。実演もあるということだったので、いろいろと巡りながら。
その時に、名古屋からいらした友禅の職人さんに会って、ちょっとだけ染めさせていただいた。うまいねうまいね、と言われて、なんだかうれしかった。名刺もちゃっかりといただいて、いつかうかがいますね、と言った。
それより以前に、こちらもとある駅の中にある工芸品センター(という名称だったろうか…)で行われていた陶磁器の展示にも行った。そこで備前焼の実演をしていた方とお話をしたら、何とその人がムサビ出身の職人さんをご存知とのことで、紹介していただいた。私は電車に飛び乗ってその人のところまで言って、またもや名刺をいただいて、いつかうかがいます、と言った。その人は、休みになったらぜひ来てくださいね、とにっこりしながらおっしゃった。
それがずっと心残りで、とにかく近いうちに、名古屋と岡山には行かねばなるまい。
話はずいぶん飛びましたが、何というのだろう、工芸に関わる人たちというのは、どうして私と彼らの間にあるものなど、軽々と飛び越えてしまえるのだろう。
それは、「懐が広い」なんていう言葉で表現することもあるけれど、そんなものを感じて、それに全然無理がなくて、私はいつも、すごいなあと憧れる。
それにしたって、私は自分の作品の先が、まったく見えていない。
シルクスクリーンのように型から展開していくわけではないので、一から描いていかなければならない。
これは、困った。
でも、布を触って動く部分は、去年と変わっていないように思う。
何というのだろう、コンクリートにできた水たまりを、上から覗いたときの気持ち、とでも言えばいいのだろうか。そんな気持ちになる。
9.11から6年が経つ。
あまりテレビや新聞で話題になっていないようだけれど、私は、9.11が私に「美大」という選択肢を示したのだと、何となく感じている。
この日は台風が関東に上陸して、私の通っていた中学校は、1日休校になった。
朝、台風のニュースを見ていたら、その合間に、MTV Video Music Awardsで賞を取ったというミュージックビデオが流れた。
それを見て、私はびっくりしてしまった。
その年の夏、私は約3週間の日程で、オーストラリアにホームステイに行った。ホストファミリーのお兄ちゃんが音楽好きで、お休みの日にはいつもMTVを見ていた。そのホスト兄が見せてくれたのが、'N Syncというグループの「POP」という曲のビデオだ。
それがもう、とにかく格好良くて、でもその時には誰の何という曲だか分からなくて、聞くことも出来なくて日本に帰ってきてしまった。
そのビデオが、まさしくそのビデオが、台風ニュース真っ只中のテレビに流れたのだ。
とにかくびっくりした。グループ名と曲名を叩きこんで、忘れないことにした。
その日、午後にはもう晴れだして、なかなか行けなかった病院に行った。その少し前から胃が痛くて、これはどうやら検査したほうがいいらしい、ということになったので、胃カメラの予約を取りに行ったのだった。
家に帰ってきて、おやつを食べてごはんを食べて、AFNを聞いていたら、楽しげな音楽が急に、せっぱつまった声のニュースになった。
私は何をやっていたのかその手を止めて、リビングに行った。
そうして、あの光景が私の目に飛び込んできた。
でも私が何より鮮明に覚えているのは、あのビルから散った大量の紙だ。
そこにはどんなことが書いてあったのだろう、分かるわけもないけれど、誰かが確かに触れた、書いた、読んだ、その紙が、ぎょっとするくらいのすがたで、散っている。
それがずっと忘れられなかった。
しばらくののち、あの日のニューヨークの映像を撮った兄弟のドキュメンタリーを見る機会があった。テレビで放送されたものなので、ご覧になった方もいらっしゃると思います。
その時に、あのビルを見ながら、そのもとに集まった、多種多様な人々。みんながみんなの言葉で驚き、嘆き、助け合う。
その様子を記録した映像を見て、そしてその中にも映っていたあの紙を見て、中学3年生だった私は、映像ってすごいな、と思った。
9月11日がめぐってくるたびに、そのことを思い出す。
最初に、映像のすごさに気づいたミュージックビデオ。その名前を知った日の、あの出来事。
残すことの力を知った。
そんなことがあってから、私は美大に行くことにした。
少なからず、日本の小さな私にも、あの出来事は影響を及ぼしている。
話がずいぶんとテキスタイルから飛びましたが、今日、話さなくてはいけないと思ったので。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
テキスタイル始まった
今日から、テキスタイルの授業が始まりました。
席について、出欠を取っていた時、先生に、「君、去年もテキ取ってたよね?顔覚えてる」と言われ、ほんとうにびっくりした。
まさかまさか、どんどんやってくる他学科の学生の顔なんて、覚えていないだろうと思っていたので。
しかも、その先生には1回か2回しか、習っていないのです。だからとにかく、びっくりした。
「どうしてまたテキを取ろうと思ったの?」と言われて、「去年つらかったので今年は別のものにしようと思っていたのだけど、参作を見たらやっぱりやりたくなった」と答えた。
家に帰ってきて、そういえば私が本当に「先生になろう」と思ったのってテキの授業を受けてからだな、と思った。
テキの先生たちは、人のすき間に入ってくるのがほんとうに上手い。いろんな邪魔ものをひょいひょいと飛び越えて、こちらにやってきてしまう。
去年、それにびっくりしてどきどきして、こんな先生になりたい、と初めて目標となるような先生に出会った。
今年になっても、それは変わらない。というよりむしろ、教職を目指す人ばかりがいる授業だからこそ、そういう視点で見ようとするし、先生も見せてくださる。
「教職だから厳しくします」と言われて、実際その通りで、でもそれがとてもありがたい。否が応でも、「先生の視点」を持つことになる。
去年の最後の授業で、「将来は何になるの?」と聞かれ、「美術と工芸の先生になりたいです」と答えました。そのころは、まだはっきりとした行き先が見つかっていなくて、その場かぎりの答えだったように思う。
それに対して先生は、「今、染織を教えている先生は減ってきているから、ぜひそういう先生になってください」とおっしゃいました。それを聞いて、そうかあ、と思ったものです。
それにしたって、今日、ようやっと芸文の研究室とどうにか馴染めたような気がする私は、先生になった時にもこのペースを保つのでしょうか。保てるのでしょうか。保ってよいのでしょうか。
ほんとうに私は、人と、ゆっくりゆっくり知り合いになる人なんだなと、思いました。
でも、ちゃんと相手のことを見ていたい。相手とちゃんと向き合う人になりたい。
と、いうよりは、それしかできないのかな。
また、教員というものについて、考えに考えることになりそう。
それにしても不安なのは、去年と今年で比べてしまうこと。
やることは全然違うのだけど、ただプラスになっただけではなくて、マイナスになることもあるだろうから。
そのマイナスに出会ったとき、自分はどう感じるのかな、というのが、不安、そして怖い。
今年は去年より要領よくやろう、と思うのが、いいことなのか悪いことなのか、判断つきかねる。
それにしたって、寝るのがうれしい3週間の始まり、である。
日本テレビの「未来創造堂」という番組で、ムサビが取り上げられるそう。
12下と呼んでいる食堂は、第2食堂というのですね。びっくり。1年生の時から12下(12号館下)と呼んでいるのに。不思議。
12下で現在行われている、視覚伝達デザイン学科の「レシピ展」。こちらも、見なくては。気になるあの人のものを。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
私の場所
先生、ってどこにいる人なんだろうと、ふと考えた。
私は今、中学と高校の教員免許を取ろうと勉強しているけれど、先生ってもっと最初からいたんじゃないかな、と、当たり前のことを、しみじみと考えた。そして、これからもずっといつづけるんだろうな、とも。
先に生きる。
小学生のとき、先生なんて大嫌いだった。
両親は、「人のふり見てわがふり直せ」なんてことを言っていた。
そういえば、「先生」と「教員」と「教師」は何が違うのだろう。
でも、私はきっと先生になりたいんだろうな、とは思う。えらそうとかそうじゃない、ではなくて、もっと大きな意味で。
えらそうにしようと思えば、誰だってできる。
大学に入ってから、自分と同じ目の高さにいるのに、「かっこいいなあ、この人」と思える先生に会うことが多くなった。
それは、ムサビという場所も関係しているのだろうか。
毎日人間をやっている、という大きな共通点はあるのに、どうしても高校までの先生に、そういう気持ちを持てなかった。すごいな、と尊敬することはできなかった。
大学の先生は、ちょっと親に似ているのかもしれない。
私の親は、自分たちを尊敬しろなんて言ったことないけれど、でも私はずっと親を尊敬している。
そういう関係だなと思った。
でも大学の先生は教員免許がなくてもなれるわけで、そんなこと実は関係ないとは知りながら、でも私の今やってる勉強って何なんだろう、と考えていた。
今は、今までを総まとめしているのかもしれない。そうすることで、「先生」になろうとしているのか。
ここのところ、今までを整理したい、という気持ちにはなっている。
全然関係ないですが、今とても足裏マッサージに行きたいです。
家にあるマッサージ機で、気持ちよくなったふり、をしている。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
夏の終わりの回転体
今日は、回転体実習の講評でした。
学校が始まってから、わずか1週間で講評。ムサビの授業は、だいたい1か月サイクルで動くので、これはもう異例の早さです。
(私にとって)問題のレンダリングは、「うん、まあ、頑張ったあとは見えるね」という、せつなーい一言で評された。何にせよ、デッサンの勉強はせねばなるまい!
実は、昨日の夜が大騒ぎだったのです。
我が家で唯一の理系である父に、「ねえねえ、この形にこっちから光を当てたらどんな影が出来るの?」と聞いてみたところ、「じゃあ、紙で作ってみればいいじゃないか!」と張り切りだし、勝手にコピー用紙をちゃかちゃか切って、ひょいひょいと形を作って見せてくれ、私が懐中電灯を持ってきたら電気まで消してくれたのです。笑
そこまでお願いするつもりはなかったのに!娘に頼られて、うれしかったんだろう。お父さん。
しかし、「こうやって溜めこむから苦労するんだよ」という言葉には、「だってこの課題出たの一昨日だもん!」と娘らしい反発をしておきました。ぷんぷん。
この話を友人たちにしたら、みんな、「いいお父さんだね」「面白いお父さんだね」と言っていました。言っていましたよ、お父さん!
うちのお父さんは、娘に昭和のギャグを教え込むようなお父さんです。
描いたレンダリングを見せたら、いくらか注文がついたり。最後には、「うん、まあ、いいんじゃないか」。
時すでに夜中の1時。ありがとうお父さん。そしてこれからもどうぞよろしく!
講評はとんとんと進み、とても気持ちがよかった。
作った石膏は家に持って帰ってきて、今ベランダで乾かされています。
袋に入れて電車で運んだのだけど、土曜日ということもあり、足もとをちょろちょろする子どもたちが脅威でした。どきどきしながら抱え込む。
来週からは、テキスタイルの授業が始まります。
疲れるだろうけれど、楽しみ。がんばろう。
今日は、低気圧のせいかとても疲れた。
家に帰ると、母もぐったりしていた。
歩いていたら、サンダルの底がもげた。
夏も終わります。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
新たなるどんだけ
今日の帰り、今はやりの「どんだけ〜」を「ハウメニ〜」と言っている人に会いました。ムサビの学生なのだろうか。
自転車に乗りながら話す3人組。その中の1人、男の子が突然、言ったのです。「ハウメニ〜」と。
でもそれって、おきなまろさん曰くの「量的どんだけ〜」しか表していないではないですか!
その辺について、彼はどう考えているんだろうと不思議になりました。
「質的どんだけ〜」をしいて表すとしたら、「ハウアバウト〜」になるのかな。字余り。
それにしたって今日の台風はすごかったですね。
私はありがたいことに2限からだったので、そこまですごい雨風ではなかったのだけど、それでも大量に落ちた緑のどんぐりにはびっくりしました。
2限の授業も人が少なかったので、予定と違う内容に。それはそれで、面白い。何よりも先生が楽しそうにしていた。
鷹の台駅から学校までの道のりは、障害物競争でした。木の枝を乗り越え、葉っぱを乗り越え。
帰りは恥ずかしかったけど、長ぐつで行って正解。
さて、問題のレンダリングです。
家に帰ってきて挑戦してはいるのですが、さっぱり。
中学生くらいから、腕といえるようなものが、一切上がっていない気がする。
唯一の救いは、黒のイラストボードに白の色鉛筆で描くのが楽しいこと。こんなにちゃんと描けるものなのですね…
最初に、設計図(のようなもの)の裏に黄色のパステルを塗って、上から線をなぞってイラストボードに転写したのですが、その黄色もはっきりと残っています。ええ、はっきりと…
なんだか天体図みたいなレンダリングになっている。
とにもかくにも、頑張るしかございません。
そして明日は講評です。どきどき。
ではまた、明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
明日はどっちからだい?
外は、すごい雨と風、のよう。すりガラスからは向こうがわをうかがい知ることができないので、聞こえてくる音と、テレビの中継を見てそんな気がします。
今日は、すべての学生が午後5時までに大学を出るようにとの指示があり、回転体実習も早々と解散になりました。ひとまず、立体を作る作業は終了していたので、ほっとする。
あとは、レンダリングと呼ばれる、静物デッサン、想定デッサンのようなものを描くだけ。
しかし、これが多くの芸術文化学科の学生にとって、大変!
芸文はデッサンの経験がなくても入れます。それは、良い面もあり、そうでない面もあり。
黒のイラストボードに白の色えんぴつで立体を描いてください、光の当たる方向は各自で考えてね、と言われても、まったくデッサンを描いたことがない私のような学生は、戸惑うばかりなのです。
もちろん何とかやりますが、多分、自分の考える形を紙粘土で作ってみてからかしら…、なんて。
困ったなあ。
私は教員採用試験を受ける予定でいて、だとするとデッサンは確実に出題範囲。これは、去年からの私の懸案事項です。
採用試験はあきらめようかと考えたこともあったのですが、美術教育を勉強していくうちに、これじゃさすがにまずい、と思うことが増えました。だったら、選択の幅を広げる意味でも、デッサンは勉強しなければならない、と考えています。
考えては、いるのですが現実は…、うーむ。
それにしたって、明日の授業はどうなるのかしら。吉報を待て!
午前の授業は好きな授業だから、本音を言うと休講になってほしくないのだけど。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
※実は、四輪駆動さんらしき人を、回転体実習の教室で認識している、みちくさとりこでした。
至れり尽くしちゃう回転体実習
こんにちは。
昨日出来たものもらいもどきは、今朝になってみれば大きくふくれあがり、目を開けることすらしんどい状態に。会う人、会う人に、「とりこちゃんそれどうしたの?」と言われる始末。
回転体実習の作業をばたばたと終え、土日祝日も夜までやっている、素敵な眼科に飛び込みました。お財布の中に、保険証と診察券をしのばせてきたのです。
ありがたいことに今日は待ち時間も少なく、すぐに名前を呼ばれ、診察。
拡大鏡(というのだろうか)ごしにこちらをのぞきこんだ先生、しばし絶句する。
そして、
「こりゃあ、化膿してるわ。つぶさないと」
とおっしゃり、針、とひとこと、看護師さんに指示なさる。(小さな傷口にばい菌が入ってしまったみたい)
気づけば私は後頭部を看護師さんに押さえつけられ、まぶたにできたできものに、針をぷっつりと刺されていました。
先生は、「あー出た出た(膿が)」とうれしそうにおっしゃいながら手を洗い、軟膏を塗ってくださいました。
しばらくは、軟膏を塗りながら様子を見てくださいとのこと。そして、コンタクトレンズはなるべくしないようにとのこと。
教えに従い、眼鏡(今日は眼科に行くぞ!と思っていたので持参しました)で帰る。
コンタクトレンズを通して見る世界はきちんと立体なので、眼鏡の書き割りっぷりにびくびくした。
遠近感がまったくない。これは、回転体実習という、まるっきり立体をやっている今の私には、よろしくない!仕方ないけれど、軟膏はうすくうすく塗って、誤魔化すことにします。
それにしても、帰ってきて見た鏡に映る、ものすごく怖い顔の女の人にびっくりしたのだけど、あれは誰だったのでしょう。左目が、真っ赤。あいたたた。
でも、とにかく夜までやっている眼科を見つけておいて良かった。課題に追われる美大生には、ありがたい存在、ではないでしょうか。
受験生の皆さんも、今のうちに最寄り駅や乗換駅で、夜までやってる各種お医者さんを見つけておくのがよろしいかと。そんな、心構えも必要です。
さて、回転体実習。
今日は、昨日までに作った型を使って、立体にしていく作業。ここまでの説明を端折っているので、どんなことをやっているのか分かりにくくて申し訳ないのですが…(授業が終わったらきちんと手順など書きます!)
ぐるぐると回せる軸に、シュロ縄を巻きつけ、それを軸にして周囲に石膏をくっつけていきます。いっぱいつけたら、ブリキで出来た型が石膏を削ってくれる仕組み。
ついさっきまで、平面でしか見ていなかったものが、丸く形を持って現れるさまは、見ていてすごくすごく興奮した。石膏のぬめりとした触り心地と相まって、みんな大騒ぎ。ぐるぐる回す棒とブリキの板ですごい音。今週中に終わらせなきゃいけないので、先生も助手さんも、あっちゃこっちゃ。石膏を入れたボウルが飛び交い(ちょうどいいやわらかさの石膏をみんなで分け合ったので、自分のボウルがどこに行ったか知る者はいない)、石膏を持った助手さんと先生が行き交い、ぐるぐるぐるぐる。
5限が始まってちょっとしたころに、何とかある程度完成。走って5限の教室に行き、また回転体のもとに戻る。そして、最後の仕上げをして、おしまい。
ものすごいスピードで今日は過ぎ、明日でとうとう本当に完成、のはず。棒を抜いて、そこにまた石膏を塗るのです。
私の形は、どんなふうに机の上に立つのか。楽しみ。
実は、授業が始まるまで、学校には慣れないし立体には慣れないしで、すごくうしろ向きだったのです。
でも、うしろ向きな気持ちで受けた授業ほど、思い返すと楽しくなる、というのは、私の中にある法則のよう(以前「イベントのあとは風邪をひく」という法則を人に話したら、「そんなことを思ってるから風邪をひくんだ!」と怒られ、びっくりした記憶があります)。共通絵画や共通彫塑も、いやでいやで…、という感じだったけれど、最後には楽しくできました。
もちろんまだまだ不安なことはあるけれど(型からちゃんと抜けるのかなあとか)、こんなに楽しいなら大丈夫。
やっぱり、私、学校好きだなあと、思いました。なんてムサビ日記に書くと、やらしいかしら…(本心なのに!)
お昼休み、将来のことについてなど話し合う。
何が決まるというわけでもないけれど、そういうことを話せる人に会えてよかった。
それにしたって、私はどうなるのだろう。
最近10年後が怖い、という話をしたら、私は今で精一杯だ、と言われた。むしろ私は、今があまり見えていないのだろうか。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
うれしいこととものもらい、ふたたび
先日の記事で紹介した、10月スタートのドラマ「ハリ系」。
いつも楽しみに読んでいる河原雅彦さんのブログ、「河原雅彦改め、アブドーラ・ザ・マッチャーの吹けよ風、読むなブログ」で知って、びっくりしたというのが、前回までのあらすじ。
河原さんは、映画「ハチミツとクローバー」の脚本、そして「ハリ系」の演出と、最近「美大生づいてる」気がした私は、ひそりと河原さん(家ではマッチャーと呼んでるのですよ)あてにメールを送ってみました。毎月末に、読者さんからの質問やメールに答えてくださるので、もしかして…、と期待して。
「脚本を書いたり、演出をしたりする上で、河原さんが考える美大生像とは?」というのが、その内容。
月末、ギリギリもギリギリだったし、お仕事がお忙しそうだったので(毎日ブログ読んでませんから!)まったくお返事がいただけるなんて思っていなかったのですが、なななんと!
9月3日の記事にて、河原さんの美大生像をうかがうことができました。
う、うれしい…(こんなこと生まれて初めて)
この場をお借りしまして…河原さん、ありがとうございました!
(このくらいしか、お礼の言葉を思いつけません。あんまりうれしくて。もっとちゃんと、ブログのもとにしたいと思ってメールしたのに…。します)
私が、きっとその「見た目普通の人」代表だろうなあ、と思います。去年の芸術祭のパンフレットに、各学科の人はこんな感じ、というイラストが載っていて、「とりこちゃん、このまんまじゃん」と言われた記憶があります。
そんな私の目には今、21歳になって2度目のものもらい(もどき)がいらしています。
そういえば、新2号館に初めて入りました。1年生に戻ったような気持ち。
時折、予告なく現れる段差につまずきながらも、満喫してまいりました。
そして、5号館にも初めて入りました!2年目にして。工芸制作、回転体実習です。
芸術文化学科の多くの学生は、5号館とあまり関係を持たずに(なんていうと変な感じだけど)4年間を過ごしてしまうのではないかと思います。アヒル池なんて、1年近く行っていない。
今日から、回転体実習が本格的に始まり、金切りばさみでまめを作り、左目にはものもらいもどき(まぶたのど真ん中!)ができました。
明日が楽しみです。いろいろな意味で。
がんばれ!私の身体。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
毎日が音を立てて動く
こんにちは。
今日から後期が始まりました。私は、午後からの登校。
約1か月半ぶりの大学は、おそろしいところでした。
人が行き交う中央広場で、半泣きになる。人の波が怖い。
今私の周りにいるのは全員美大生なんだ!と思うと、冷や汗が出ました。
そんな美大生が書くブログです。どうぞこれからもご贔屓に。
やっとの思いで世界堂に辿りついたとき、目に飛び込んできたのは鷹の台ホール(食堂)の蛍光灯!
前期の終わりくらいからずっと工事をやっていたのは知っていたけれど、まさかあのムサビ名物とも言える電灯(マンガ「ハチミツとクローバー」にも出てくる、まるい電灯)が、まっすぐな蛍光灯に変わってしまうとは。にわかには信じがたく、しかし人の多さに、仮のものかどうか確かめることも出来ず。やはりあれは、もうああいうものなのでしょうか。
午後からの授業は、教職履修者に開講される、「工芸制作」。
去年テキスタイルを取ってすごくつらくてでも楽しかった工芸の授業。つらかったのは、「プレゼンテーション」と呼ばれる冊子の制作。授業の成果を1冊の本にまとめる作業は、深夜3時にまで及び、私は連日へろんへろんだった。
だから今年はテキスタイルぜったいやめよう!と思っていたのに、結局テキスタイルを選んでしまった。参考作品を見たら、心どころか身体ごとぐらんぐらん揺さぶられた。
どうぞ、今年もよろしくお願いいたします。
その「工芸制作」、明日から土曜日までは、コースごとの授業ではなく、「回転体実習」という、みんないっしょの授業。
詳しくは、順を追って説明しますね。ひとまずは、明日までにどんなものを作るか考えていかなくては。
既に眠れぬ夜は始まっているのです。いやはや。
そうそう、プリントアウトした成績表は、何とか親孝行できそうな内容でした。
後期も頑張りますと、当たり前のことを書き記してみます。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
「ドラクル GOD FEARING DRACUL」@Bunkamuraシアターコクーン
「ドラクル GOD FEARING DRACUL」を見てきた。
音響さんの席に近いところで見たのだけど、帰りぎわ、ふとそちらを見たら、作・演出の長塚圭史さんがいらしたのでびっくりする。
結果的に今回は、お芝居そのものより長塚圭史という人を見に行ったようなかっこうになったので、そのびっくりにどきどきしてしまった。
何かに似てる、誰かに似てると思ったら、いったんもめんだった。そう言ったら、母親に笑われた。
そんな圭史さんと私は、あたまのすみっこが似ているような気がした。なんて言ったら、失礼だろうか。
お芝居そのものは、すごく面白いというわけではなくて、すみっこ探しに終始してしまったのだけど、「私もがんばらなきゃ」って思えることのすごさを、感じていた。思わせること、ではなくて。
ではまた明日。
明日から後期が始まります。朝早く起きられるんだろうか、と思ったら、なんと1限がお休み。そして、後期から月曜日の2限は空き。
ということで、後期初日は午後からの登校になります。なんてことだ!
ちなみに、この舞台の他にも多くの舞台に演出助手として参加していらっしゃる坂本聖子さんは、現・空間演出デザイン学科のご出身だそう。
ますます、がんばらなきゃである。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
がんばれよって
友だちのおすすめする、こんなブログ。
お前も、このぐらい頑張れよって、自分に。
わたしの立ち位置と、似てるなあと思った。
私も、マンガがんばらなきゃ。
ではまた明日。
明日はお芝居を見に行きます。わくりわくり。
(わが家には、
「ぎおんごぎたいごじしょ」に載りきらないぎおんごぎたいごが多数存在するので、
いつか森本千絵さんに、うちに来て欲しい)
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)