リアルな美大の日常を
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大!混!乱!
こんにちは!
手羽さんの懸念通り、あっさり混乱してしまったみちくさです。
まだまだ手羽さんのブログ論はつづくようですので、何とも言えないけど…
私も、6月18日の授業で聞いた一言は、よく分からないのです。
でも、ああ、自分が世界中に見せちゃってるこの情報も、(相手にまかせるとはいえ、必ず)ゴミになっていく(部分がある)んだなあ…、って、とても虚しかったのです。あんまり、そういうようすって考えなかったなって。
そもそも、私は「情報を受け取る人間」として、どちらのタイプにあたるんだろう。
A:必要な情報しかいらないタイプ
B:とりあえず情報を集めるタイプ
どちらかと言えばBになるのかなあ…
例えが変だけど、「基本的には小劇場のお芝居しか見ないのに、今月の国立文楽劇場で何をやってるかも知ってる」みたいな感じかしら。うーん、違いそう。
ジャンルを絞ってBなのかもしれないです。
そしてふと思うのは、私って「共感」をあまり大事にしてないのかな、ということ。
うまく表現できないのだけど、私のイメージとしては、「共感」という言葉は「触発」に似ている。何かひとつの物事があって、そこから、「でもね!」「私はね!」と思うようなこと。手羽さんの言葉を借りれば、「ブログの中に突っ込む隙を残す」。
でも、私のやっていることは、それとは少し違うのかな、と。私が意識しているのは「!」じゃなくて、「……」という感じ。「隙」というイメージではなくて、「重ねる」イメージだろうか…
読んだ人や見た人が、自分の持つものと私の持つものを重ねて、その微妙な微妙な違いを見つけて、「ああ、そんなこともあるんだなあ…」と思うこと、とでも申しましょうか…
その、色合いの違いをじんわり見てほしい、です。それがムサビ日記でやっていることかな。
ちなみに某SNSの日記は、ほとんど私的なメモとして使っています。
特に見た演劇の感想なんかは、「みちくさの観劇歴」という大いなる前提があって書いているものなので、誰にも(多分)分からないけれど書いておきたい。あれをそのままここで書いたら、ムサビ日記じゃなくなっちゃう気がするので書いていません。
「前提なしの日記」を書く場所が、ここなのかなあと。なるべくそう意識して書いています。
この記事を書いていて、小学生だったときのことを思い出した。
私の行っていた小学校は、毎日日記を提出することが義務づけられていた。作文の練習だったらしい。実際、その時にものを書くことの面白さとか記録の面白さを知ったからよかったけれど、ひとつだけ嫌だったのは、毎日先生のコメントがついて返却されることだった。
6年生の時、反抗期だった私は、先生のちょっとした一言に、すごく過剰に反応して日記を書いた。
そうしたら、返ってきた先生のコメントがとても感情的で、私は胸に穴を空けられたような気分になった。ああ、この人はこういうことをするのか、と。
もちろん私だって酷い言葉づかいをしていたし(今読み返すと笑っちゃう)、書いたことはほんの些細なことだったけれど、そのコメントは「あなたの過剰な反応がかわいくない」というようなもので、その時に、私の「!」は塞がれたのかな、と少し思った。
もちろん、そんなことないのだけど。でも、私の「思わせ方」を変えた出来事でもあるかもしれない。あれは。
結局今でも私は、いろんな人のいろんな言動に、ぴょんぴょんと反応してしまう。なるべく「!」にならないようにしながら、でもその人から見れば「!」、よく言われる言葉でいうと、「素直」に。
やっぱり混乱。全然会話が出来ていない気がする。
つづきを読んでからまた考えよう。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)