とおまわり

何かを作ることはとても楽しいです。
こんなことを、美大生がわざわざ言うなんて、変だと思われるかもしれません。何しろ武蔵野美術大学創立80周年記念事業のコピーが、「生きる、をつくる。つくる、を生きる。」なのだから。
でも私は漠然と、「自分は作る人にはならない」と思っていました。(「作る」というのは、具体的に何かの物体を生み出すこととして、ここでは捉えています)
もちろん、作ることは好きです。マンガを描くこと、絵本を作ること、名刺や封筒を作ること、布をちくちくやること。けれど、それを仕事として生きていくこと、それはしないんだろうなあと思っていました。いつからそう考えていたのか、はっきりしないのですが。多分、浪人してからだと思います。
以前にも少し書きましたが、私は高校生のとき、演劇を作る人になりたいと思っていました。役者には向かないという自覚があったので(中高の6年間でこりました)、演出とか、作家とか、後ろから演劇を作っていくような人になりたいと考えていました。
現役のときにそういったことが勉強できる学校を受けてことごとく落ちて、浪人することになって、もう嫌だ!と思いました。うまく言葉にできないので誤解があるかもしれませんが、自分の(演劇を)「作ること」に対する気持ちが、嘘っぽく、現実感がないように感じられたのです。
だから、改めて学校を選ぶとき、「先生になる」というひとつの目標を持ちました。ただ、その中で少しでも「作ること」を続けていけそうなところを、と思って、ムサビを受験しました。
大学生になり、思ったよりも教職の授業が面白く、私の目標はすっかり、「美術の先生になること」になりました。共通絵画や共通彫塑など、制作中心の授業も楽しかったけれど、それはその場限りのこと、と思っていました。適当にやったわけではないし、すごく勉強になったけれど、それはそれ、これはこれ、と捉えていた気がします。そうやって、私は1年生の1年間を過ごしてきました。
2年生になって最初の授業に、ヴィジュアル・コミュニケーション・デザイン(=VCD、絵本制作の授業)がありました。何回もこの日記の中に授業の様子を書いてきたので詳しい説明ははしょりますが、簡単に言うと、1枚の絵から絵本を作る授業でした。週1回の授業では毎回プレゼンテーションを行い、学生や先生の意見を聞きながら、1冊の絵本を仕上げました。(VCDでのプレゼンテーションについて
VCDは、私のそれまでの意識を大きく揺るがしたと思います。自分自身が何かを作る、生み出す、制作することに「デザイン」という言葉が関わってくることは、とても意外なことでした。デザインというと、製品化するためのものを作る、というイメージがあったからです。例えば、ロゴマークや洋服が、その例だと思います。どこか他人事だった、というとしっくりくるかもしれません。
もちろん、1年生でデザインIという授業を受けたときに、かっこいいものを作ることがデザインではない、と知ってはいるのです。でも、理解することはとても難しく、1年かかってしまいました。
例えば、「読む人をあたたかい気持ちにさせたくて、この紙を選んだ」というだけで、それは「デザイン」なのだということ。
それが分かったときに、それこそ今まで嘘をついていたような気がして、うしろめたくなりました。VCDが楽しくて楽しくて、本当は作りたいんだろ!と、誰かに言われているような気がしました。


そんなときに、ほぼ日刊イトイ新聞で、糸井重里さんと佐藤可士和さんが対談している記事を見つけました。ずばり、「デザイン」について話しています。
その中に「幼稚園の電通みたいなところ」という表現が出てきて、少なからず教育に関わっている私は、目をひかれました。
対談の中に出てくるのは、ジャクエツという会社。新卒採用のページを見てみると、「おそらく皆さんの普段の生活で『ジャクエツ』という会社の名前を聞くことは少ないかもしれません」とあります。実際、私も知りませんでした。「幼稚園の電通」なんて言葉も初耳。
こういう会社を知ったことで、そうか、こういうやり方もあるんだ、と分かりました。
私の中で、交わらない点だと思っていた、「デザイン」と「教育」。こんなところで交わるんだ、と思いました。


もちろん、だからといってここに就職したい!とは(そんな簡単に)思わないけれど、「デザイナーになりたい」とは思い始めました。思い始めたというか、うしろめたさも限界というか。
以前にも書きましたが、デザイナーはスーパーマン、あるいはタキシード仮面、紫のバラの人だと思います。うーん、ちょっと違うかな。


でも、私は「デザイナーになりたい」だなんて口に出すことこそがうしろめたいのです。
なぜかというと、私はとても気配りが下手だから。空気を読めない人だから。人が困っていることに気づけない人だから。
そんな自分が嫌で、アーツプロジェクトをまだ保留にしているという、さらにだめな学生です(アーツプロジェクトは芸術文化学科の教職履修者必修です)。
それが分かっているから、何となく口に出すのもおこがましい。
デザイナーという人たちは、本当に気配りが上手です。去年の芸術祭での森本千絵さんの講演で、それを強く感じました。森本さんは、講演中に学生からメールを募集しました。芸祭の日限定の携帯電話あてに送れる仕組みです。直接森本さんに聞くのは恥ずかしいことも、メールでなら聞けるでしょ、と言って、森本さんはメールアドレスを教えてくれました。ムサビ生は恥ずかしがりやだから、とも言っていました。
恥ずかしがりやのムサビ生代表な私は、さっそくメールを送りました。いくつかのメールは講演中に紹介されましたが、私のメールは読まれることなく、講演会は終了。特に気にすることもなく家に帰っていると、その途中で、携帯にメールが来ました。森本さんから。
私はびっくりしてしまって、ためらうことなくメールを保護しました。笑
まさかあの森本さんからメールが来るだなんて思っていなかったので、びっくりするやら、うれしいやら。しかし冷静になって考えてみると、これって、賢い。「気配り」だなと思います。
私は、こういうことが苦手です。誰かの、ちょっとした隙間に入り込むこと、とでも言ったらいいのでしょうか。
例えばDTPの授業で作ったものやプレゼンも、「私が私が!」となってしまっていて、自分以外の人が受け取るときのことを、意識して考えてはいなかった。それは最低のことだと思います。
また、自分はそういう「最低」なデザインによく批評を加えるから質が悪い。出来ない人ほど言うんですよね、そういうこと。
この間、芸文の友だちに「とりこちゃんはやさしいね」と言われたけど、私は全然やさしくなんてありません。かしこくもありません。いろんなことに気づけません。


でもだからこそ、デザイナーに憧れるのかなあ、とは思います。
それはもしかして、職業として憧れるのではなくて、人として憧れているのかもしれません。


私がプレゼンをすると、なぜかみんな笑います。それが、「笑われている」のではなくて「笑わせている」にならなくてはいけない、と先日書きました。そういうものが「作りたい」のかなあと、このところ思うのです。そしてそれは、「デザイン」だなあと。
ここまで来るのにずいぶん字数を費やしてしまいました。


もごもごしているのです。
私は何者になってゆくんだろうと。


例えば来年から始まるゼミのこととか、卒業論文・制作のことを考えると、「あれ、私って何をやればいいんだろう」と思ってしまうのです。
「先生になる」っていう思いはあったはずなのに、それを芸文という場所にうまく返してくることができない。そして、就職という場に持っていくことができない。
私はどうやったら生きていけるんだろう…と思うこのごろです。


ではまた明日。


michitori@hotmail.co.jp

投稿者:torico : 2007年07月15日 21:47

トラックバック


コメント: とおまわり

コメントしてください




保存しますか?