リアルな美大の日常を
« 2007年06月 | メイン | 2007年08月 »
2007年07月のアーカイブ
Search
あるバイト
今日は、とあるバイトの面接に行って来ました。
緊張しながら履歴書を差し出すと、採用担当者さん、「ムサビなんですか」との反応。
ぱっと「ムサビ」の略称が出てきたので、ちょっとびっくり。「???」という顔でその人を見ると、「私、日芸なんですよ」とにっこり。
「…で、ムサビって吉祥寺でしたっけ?」
これ、何度聞かれたことでしょう。ムサビに通っています、と言うと、ほぼ100%の確率で「吉祥寺?」と言われるのは、私だけでしょうか。
ムサビの公式サイトによれば、鷹の台キャンパスが開設されたのは1961(昭和36)年。造形学部の設置はその翌年となっています。つまり、今年46歳になる人より上の年齢の人しか、「吉祥寺にあったムサビ」を生で知るはずがないのです。
そう考えると、この現象はとても不思議。今まで私に「ムサビって吉祥寺でしたっけ?」と聞いた人は、ほぼ確実に46歳より下です。それなのに、どうして?やはり、歴史の重みなのだろうか。
でも、「入試当日、間違って吉祥寺校に行ってしまう方も数年に1人はいらっしゃいます」とのことですから、吉祥寺の印象は深いのでしょうね。
そんな私も、英検準2級の試験会場に行くはずが、土木建築士2級の試験会場に到着してしまったことがあります。その時は、泣きながら町を走りました。(そして間に合って合格しました)
みなさん、受験票と地図は、よく読みましょう。
ではまた明日…
そうだ、実は、また「明後日」なのです。
明日から1泊2日で、温泉に行って来ます。両親と、母の両親と、5人で。
またいろいろご報告します。次の日記はきっと絵日記。
では。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
宿題
今日は、塾のアルバイトでした。
中学2年生の女の子に、国語。
授業の後半は、夏休みの宿題の話をしていました。彼女が、宿題が多いと嘆くので、全科目の宿題を見せてもらいました。
気になるのは、美術。
自分が美大生であるということを明かしていない先生は、さりげなーく、「美術も宿題あるんだ!?」などと聞いてみます。すると、
「私美術だいっきらい!」
という返事が。なるほど。
「何で嫌いなの?」
「だって先生が講師なんだもん。みんな嫌ってるよ」
ふむ。講師の先生だと嫌なの?
「だってやってることわけわかんないんだもん」
…今いち釈然としないけれど、とにかく彼女はその美術の先生と授業が嫌いらしい。
さて気になる宿題は。渡されたプリントを見てみると、美術館に行って書くレポートが1つと、スケッチが3枚のよう。
「レポート書くんだ」
「超めんどくさい!だってこのテーマがわけわかんないし、静かに見るのが嫌」
レポートにはいくつかのテーマがあり、その中から1つ選んで800字のレポートを書くそう。テーマは、1.好きな作品の題名・作者・素材・制作年代・感想、2.展覧会について(構成など)の感想、3.美術館の建物の建築様式について、4.美術館の庭について、などがありました。
「どれが簡単?」
と聞かれたので、
「行くところにもよるけど、作品の感想を書くのは簡単かもね」
と答えてみる。
「だってほら、感想以外、調べれば全部分かるじゃない?」
彼女、ふむふむとうなずく。
プリントを読み進めると、先生の薦める美術館・博物館の名前が列挙されていました。どれも私には馴染みのある名前ばかりですが、彼女はどこに何があるのか分からず混乱しているようす。
1つずつ、この美術館はどこにあって、どんな作品があって、そういえば今こんな展覧会やってるかもね、と教えてあげる。もはや、国語の授業ではなくなっています。笑
最後に、「先生のおすすめは?」と聞かれたので、「ここからの近さでいったら○○美術館。じっとしてるのが嫌だったら博物館が楽しいかもね。目黒区立美術館は、子ども向けのプログラムをやってるかもしれないから調べてごらん。で、私が個人的に好きなのは庭園美術館。ここにある本棚は大きいよ〜」と教えてあげました(全然展示と関係ないのですが…)。結局、友だちと一緒に国立科学博物館か江戸東京博物館に行くみたい。
久しぶりに、印刷された「展覧会」なんていう文字を見てしまったので、なんだか楽しくなりました。
私自身、美術がそんなに好きな中学生・高校生ではありませんでした。美術館に行ってレポートを書け、なんて課題が出ていたら、彼女と同じように「めんどくさい!」と叫んでいたことでしょう(大学生になった今でも、どうしても美術館が苦手だったりします)。
そんな子が、ちょっとでも「楽しいな」を持って帰ってきてくれたらと思います。レポートを書くのが面倒でも、せめて見たもの・聞いたものが楽しければ。
美術なんて、きっと嫌いで当たり前。そんな人の力になれればと思いました。
もうひとつ、「技術の宿題がね…」と切り出されたのですが、「ゴム動力で50m以上動くものを作る」なんて、とてもとても私には無理でした。「工デの人なら…」と一瞬、思いましたが、彼女に「工デ」などと言っても分かるはずはなく。
次に彼女に会うのは、もう夏休みも終わるころ。
どこに行って、どんなレポートを書いて、どんなゴム動力で動くものを見せてくれるのだろうか。
楽しみ。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
追伸
よろしければ、ゴム動力で50m以上動くものを教えてください。特に工デの方。
私には、ゴムをぐるぐる巻いて走らせる車くらいしか思いつきません。
ちなみに、パチンコのようにするのはアウトだそうです。
妙
今日は、友人の展示を見に出かけました。
自分のよく知っている人の展示を見るのは、何だか変な感じです。恥ずかしいような誇らしいような。入り混じって変な気持ち。
最近、「知っている人」の作品を見ることが少なかったせいか、視点が定まらないような感覚になりました。
よく考えたら、「知っている」って何だろう?どうして変な気持ちになるんだろう?
私は、その人を知ったつもりになっていて、でも知らない部分があって、それが、知らないものを通して私の中に入ってくるから、そういう気持ちになるのかなあ、などと思いました。指示語の多い文章です。
そういう感覚がうれしいと、その友だちに「ありがとう」と言いたい気持ちになります。もう1回、会わせてくれてありがとう、というような気持ち。
以前は、私も頑張らなきゃな、と思っていたけれど、今日はあまりそう思わなかった。確かに焦りは感じたけれど、それだけじゃないなあと。心が広くなったとも、ちょっと違う。
いちばんしっくりくる言葉は、ありがとう、でしょう。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
そういえば、オフ会とても楽しそうですね。うらやましい。
私のハンドルネームの由来は、次回オフ会まで取っておくことにしよう。
とりこが覗いた大学入試
今日は、朝も早くからアルバイトでした。
某派遣会社(グループ第2位らしい)のお仕事です。だんだんリアルな美大の日常になってきましたね、この日記。
派遣のお仕事は、とんでもなくせっぱつまった時にしかやりません。なにかこう、自分の芯から何かが抜かれるような気がするので。今日はせっぱつまっていたのです。
今日は8時間、延々と、某大学の願書セットを作っていました。15000セット。びっくりです。その大学は単科大学なので募集人員も少なく、全学部合わせて1000人とちょっと(これは家に帰ってきてから調べました)。裏を覗いた気持ち。
作業しながら、ムサビの願書を書いたときのことを、少し思い出す。
ムサビの願書は、他の大学のものとちょっと違っていたような気がする。どこが、とは言えないけれど。それで、ああ何かムサビ好きだな、と思った記憶がある。
ただ単に、マークシートの部分よりも、手書きの部分が多かっただけかもしれませんが。
ちなみに私、入試当日、門を入った途端に、受験票を手の中から空中に舞わせてしまったのです。
入試の前日か前々日に東京では雪が降り、まだ足下がどろどろしているような状態でした。もちろん受験票もどろどろ。周りの受験生に、「あーあ」という目で見られたことを覚えています。
でも、あれで運がついたのかも。ムサビに帰ってくるんだよ、というような。
実際、門を入ってすぐの景色はよく覚えているし、今もとても好きな景色です。学校に「来た」というより、「帰ってきた」ような気持ちがするのは、入試の日のあれがあるからなのだろうなあ。
と、寒いときのことを思い出して、少しでもひんやりする作戦、灼熱の倉庫にて。
若干の貧血と、日射病になりました。
そして、オフ会に思いをはせるのでした。行きたかったなあ。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
ジーコみたいなみちくさとりこ

オフ会に参加できない、みちくさとりこです。こんにちは。
芸文からは濱さんが参加のようですね。2年生メンバーの分まで、楽しんできてください。
参加の条件として、「ハンドルネームのサインを考えてくること。かっちょいいやつ。」とあります。
オフ会には行けない私ですが、ちょこっと考えてみよう。「かっちょいいやつ」てのがポイントですね。
私は今までの人生で、一度もサインを考えたことがないので(これが一般的なのかそうでないのかは分からないけれど)、この機会に考えてみようかと。
以前、とんねるずの木梨憲武さんが、「高校時代にジーコ(元サッカーブラジル代表・前日本代表監督)のサインを真似して、ノートやらに書きまくっていた」(というようなこと)を言っていました。ジーコのサインは簡単なんです。しゃらしゃらん、と書いておしまい。
私もそんなサインを目指そう。サインは、さらっと書くから「かっちょいい」んですよね。多分。(真似できちゃったら意味ないんだろうけど…)
DTPの授業で私が作った名刺は、名前とちょっとした線が書かれていて、そこにメールアドレスやイラストなど、必要な情報を、私自身が相手の目の前で書き足すものでした。
プレゼンテーションの時に先生に渡してみたのですが、緊張して手が震えるし、いちいちアドレスを書くのは面倒くさいしで、「かっちょよくない!」と思いました。
それに似ているような。時間がかかってしまうとかっちょわるい。
よし。今から考えよう。しかしサインの役割とは何だろう。ただ文字を書くだけじゃだめなのか?
…そこからそこから。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
100
今日で100エントリー目だそうです。
今朝、新聞の投書欄を読んでいたら、興味深い投書が目に入りました。
投書したのは、公立図書館で図書清掃の仕事をなさっている方。
曰く、「絵本の大きさはなぜバラバラなのか。作者の主張であることは理解できるが、材質・大きさが統一されていないため、棚に納めにくい」。本文からは分かりにくいのですが、絵本を1冊ずつアルコール系洗剤で拭く(汚れやすいため)ときに、表紙の素材が気になることもあるよう。
なるほどなあ、と思いました。
…本当は思っただけではないのですが、うまくまとまらないので次の機会に。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
私と日記の15年そしてこれから

今週の「R25」に、こんな記事がありました。
”世界のブログのなかで日本語がダントツ1位!その理由は?”
音量子さんも記事に書いていらっしゃいましたが、日本の文化の中に、日記は深く根付いているようです。
私も、ずいぶん前から日記を書いています。
小学校の時、学校の宿題で毎日日記を書いていました。それはただ淡々と、毎日起こったこと、そこから感じたことを書いただけのもの。とても模範的な日記です。大部分が私の部屋に残っているのですが、読み返すととても面白い。6年生ごろが反抗期だったので、先生に対してもかなり辛辣なことを書いています。私の日記書きとしての原点と言えるでしょう。
中学生になってからの日記は、誰かに語りかける形だったり、その日のことは関係なく、思ったことだけをたらたらと書いたり、今はとても読み返せないような代物です。それでもほとんど保存してあるのだけど。
高校生、特に3年生から浪人にかけての日記は、今描いているマンガにとても近い。その日にあったことから、何か小さな真理を見つけだすような。心裏、と言い換えられるかもしれません。今読み返しても、懐かしいだけではなくて、発見のたくさんある日記。たまに読み返して、気になるフレーズを今の日記に書き写しています。
そして大学生になって書き始めたこの日記。ムサビ日記には、今まで個人的に書いていた日記と違った、働きがある。
きちんとその働きを、理解して書きたいと思います。
目的のある日記は、少し不思議な感じがする。
ではまた明日。どうやら明日で100エントリーになるらしいです。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
介護等体験3.0日目
*介護等体験0.5日目
*介護等体験1.0日目
*介護等体験1.5日目
*介護等体験2.0日目
*介護等体験2.5日目
今日で装飾はおしまい。なんとか完成までこぎつけた。
出来上がったものを壁に飾っていると、入所者さんがたくさん集まってくださる。そして、口々に、「かわいい」と感想を。
ありがたいと思いつつも、そこまで喜ばれるようなことをしたんだろうか…、と思ってしまう、私のいつもの悪い癖が出てくる。
昨日の記事にも書きましたが、昨日、私の高校の先生が亡くなり、今日は妙な気持ちで施設に向かいました。何が、どこを、どう分けているのだろう。
先生という職業を選ぶことの重さを思った。
ではまた明日。
michitori◎hotmail.co.jp(◎→@)
科白
私事で申し訳ないのですが、今朝、私の高校の先生が亡くなったそうです。2年ほど習った先生だったので、実感はわかないものの、少なからずショックでした。
体調を崩されているのは知っていたのですが、そもそもが元気な先生だったし、この春には少し元気になった、ということを伝え聞いてはいたので、なんだかよく分からない気持ち、というのが正直なところです。
驚いたのは、昨日の夜、こんな本を読んでいたから。
![]() | 最期の台詞―演劇人に学ぶ死の作法 北川 登園 STUDIO CELLO 2007-05 売り上げランキング : 663382 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
ただ単に、図書館に新刊として入っていたから、興味を持って予約しただけなのですが。
夜中に読んでいて、ふと怖ろしくなりました。私が最後に残す空気は、なんなのだろうと。
ではまた明日。
これが、最後かもしれないわけで。
michitori@hotmail.co.jp
主婦を考える その2
先日、専業主婦になることについて記事を書きました。
あの後、近所の図書館に行って、2冊の本を借りてきました。
![]() | ふざけるな専業主婦 石原 里紗 ぶんか社 1998-03 売り上げランキング : 771437 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
![]() | くたばれ!専業主婦 石原 里紗 ぶんか社 1999-09 売り上げランキング : 822655 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
見るからに攻撃的なこの2冊(だからこそ借りようと思ったわけで、もう、著者の思うつぼです)。ドキドキしながら開いてみる。
…いやあ、ぐったりした。
詳しい内容は本を読んでいただければ分かるので、ここに長々と引用することは控えますが、いやはや。
そして、ここに反論というか、疑問を書いてしまう私は、あれなんでしょうが、…いやはや。
著者の石原さんは、ご自身も結婚・出産後に専業主婦をしていた経験があり、現在は離婚して、ライターをなさっているようです。
石原さんが批判の対象としているのは、「働く女性に口を出す専業主婦」。例えば、「子どもがいるのに働きに出て、子どもがかわいそう」と言ったり、結婚しないで働く女性に「そろそろ結婚したら?」と言ったり。基本的には、そういった専業主婦を「家畜」と言っています。…家畜。すごいな。つまり、旦那さんを働かせて、自分は働かずに、養ってもらっている状態。そしてその状態を、自分で働いている人にすすめる人。そんな専業主婦を「家畜」と…、うーん、何度書いても冷や冷やする。
この本を読んで、「私のお母さんって、いわゆる専業主婦じゃないのかもしれない…」とつくづく思いました。小さいときから、「何かこの人変だな〜」とは思っていたのですが(彼女は私がムサビ日記を書いているとは知りません)、やっぱりそうなのかな、と。
石原さんは、専業主婦が集まりそうな場所として、公園やレストラン、カルチャーセンター、スポーツクラブなどを挙げています。そして、そういうところでペチャクチャしゃべっている、と。
(ちなみにこれは、石原さんだけの意見ではなく、インターネット上=今は無きNiftyフォーラムで働く女性にアンケートを採った結果だそうです)
ところが私の母、そういう場所がおそろしく苦手です。だから、私が幼稚園に通っていたときは、本当につらかったらしい。そういうことを、「お付き合い」でやらなくてはならなかったから。…とはいうものの、実際のところはそういう場にほとんど参加しなかったんですけどね、彼女。公園でしゃべったりとか、他のお母さんや子ども悪口言ったりとか、道で広がって人に迷惑かけたりとか。だから、なんとなーく、親娘して浮いていた気がします。そんな幼稚園時代の私を評して彼女曰く、「とりこちゃんは一匹狼だった」。…かわいくないなあ。笑
ちょっと、「ん?うちのお母さんって何者?」と思ったところで、この本の一番ひっかかった部分。
石原さんは、「専業主婦のやっている家事=趣味」と言い切っています。
家事は、生きていくためにする最低限のことをやっていればよく、料理に凝ったり洋服を手作りしたり、部屋をモデルルームのように磨きたてるのは、仕事ではなく趣味だと。そして、その趣味に1日を費やす人たちに存在価値を認めろと言ってもそれは無理なことだと、書いています。
…はて。そうなのだろうか。
石原さんは、「専業主婦の家事=趣味」の例として、いくつかの主婦向け雑誌を挙げています。その中でよく書かれる「牛乳パックで小分け」とか「節約・倹約」について「働きゃーいいだろ」と結論づけています。稼げば無駄づかいだと思われない、と。
うーん。何とも言えないが、うーん。ちょっと違う気がする。
まず、「専業主婦の家事=趣味」というところ。趣味なのか?趣味じゃないだろう。自分のボキャブラリーの少なさに驚きつつも、かろうじてそれを思う。
私のお母さんは料理にも凝らないし(彼女曰く、料理は想像力と創造力。あるもので適当に作るのがよいらしい)、洋服は手作りしないし(8年に1度くらい手作りに凝る)、掃除はそこまで好きじゃなさそうだし(どこに何があるかは分かる)…彼女は、石原さんが「趣味」と表すような家事を、ほとんどやっていません。
私の母の「家事」(=私の考える「家事」)と、石原さんの考える「(専業主婦の)家事」は、まったく別物なのだと思います。
みちくさ家の「家事」は、毎日を底上げするようなもの、とでも言えばいいのか。「ぴんとする」という表現が、いちばんしっくりくるかもしれません。「家族が気持ちいいものを作るための工夫をすること」なのかな、と。仕事としてばさばさとこなしていくわけではなくて、それに工夫を重ねていくことが、私の考える「家事」です。
つまり、「家事」に、専業主婦も働く人も、関係ないということを言いたかった。
それから、私の母は、自分が専業主婦であることに誇りを持っているなあ、と思いました。働く人をねたむようなことは言わないし、そういう人におせっかいなことも言わないし。誇りというよりも、他人は他人、私は私、っていう姿勢がはっきりしている人なのかな。だから、一匹狼な娘も生まれるわけで。笑
専業主婦であること、というよりは、自分に自信とか誇りがある人なんだろうな。後悔はたまに口に出すけど、だからといって現状に不満があるわけではなさそうだし。今の自分でいい、と思えてる、ように見えます。娘からは。
さらに、専業主婦は仕事をなめている、なんて意見もありましたが、これは母にはまったく当てはまらない。
さらにさらに、けっこう過激な著者の質問(「専業主婦に対して一言言うとしたら何と言いたいですか?」など)と、それに対する回答が載っていましたが、さすがにこれは…著者曰くの「バカ丸出し」な専業主婦たちを挑発するためとは言え、ちょっと背筋がひんやりしました。
が、みちくさ母なら涼しい顔で「言いたい人には言わせておけばいいのよ」なんて言うんだろうな。
結局のところ、私が憧れているのは、専業主婦じゃないんですね。きっと、私の母に憧れている。母がバリバリ働いていればきっとその姿や職業に憧れたのだろうし、今は専業主婦をやってるからそれに憧れるのでしょう。
何をやっていても、自分に自信を持っている人はかっこいい。自分に自信があれば、きっと他人を攻撃したりなんてしないでしょう。
あ、これだ。これを言いたかったんだ。てことは、今の私は自信がないのでしょうか。そうかもしれないな。
2冊目の方は、1冊目を出したあと、読者から来た批判の手紙を紹介、それに石原さんが反論しています。
こちらはざっと読みましたが、読者の批判が「???」(的外れ)なものが多かったので、あまり意味はないかなあと。石原さんがそういう手紙を選んでいるわけだから、当たり前なのかもしれませんが。
このシリーズにはまだもう1冊あるようです。
![]() | さよなら専業主婦 石原 里紗 ぶんか社 2000-09 売り上げランキング : 663209 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
これも今度読もう。
ちなみに、石原さんの意見に対してはこんな本も出ており、
![]() | 専業主婦への応援歌―石原里紗をぶった斬る 小宮山 慎 新風舎 2002-03 売り上げランキング : 578421 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
興味のあるところです。(レビューを読んでみるとあまりよい評価がないので、これもまたドキドキですが)
冷静になってこの日記の文章を読み返してみると、ムサビ日記というよりは、ただの母自慢である。
それではさすがにあれなので、今日図書館で借りてきた、美大生っぽい本。
![]() | デザイン・ルールズ「文字」―文字とデザインについて知っておきたいこと 伊達 千代 内藤 タカヒコ エムディエヌコーポレーション 2007-03 売り上げランキング : 132864 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
DTPの授業を受けて、知っておかなきゃなあ、と思ったので。ちなみにこの本はシリーズ化されていて、あと2冊ほどあるようです。
これからじっくり読みます。
そんな、夏休み1日目でした。
ではまた、明日。
michitori@hotmail.co.jp
ひとりムサビ日記探険隊
さて、今日こそ本当に前期最終日。
ヴィジュアル・コミュニケーション・デザイン(VCD)IB履修者は、製本実習がありました。
午後から始めて、「3時間で終わる」とのことだったのですが、製本未経験の面々は不安げ。
いらない紙を折りたたみ、糸で綴じ、見返し(表紙と本文の間にある色紙になっていることが多い部分)をつけ、断裁し、表紙と背を糊でつけ、ミゾをつけて完成。と書くと簡単なのですが(かなり抜粋だけど)、16ページの本でみっちり3時間かかりました。でも、初めてで3時間なら、希望が持てます。
夏休み中、VCDメンバーで製本勉強会が開かれるかもしれません。確かに、忘れないうちにやっておきたい。
簡単に本が作れるようになれば、卒業論文の冊子が安くできたり、自分だけの少年ジャンプができるかもね…、などと話していました(羽海野チカさんの新連載を本にして、自分だけで楽しむのもよいかも)。
それにしても、本を作る時の不思議なわくわくは何なのだろう。今日は特に、内容がある紙を綴じていったわけでもないのに、1冊になった時のうれしさは、みんなかなり大きかったように思います。自分の書いたものだったら、きっとなおさらでしょう。
というわけで、帰りぎわ、地元(東京都郊外)の本屋さんで「ムサビ日記調査」をしてきました。
そこまで大きい本屋さんではないので(町の本屋さんと言うには大きいけれど)、あたりをつけて自分で探してみる。
ありましたありました。
コーナーは「サブカル」、お隣は
![]() | 熱中時間―忙中“趣味”あり NHK「熱中時間」制作チーム 河出書房新社 2007-05 売り上げランキング : 74696 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
と、
![]() | 手塚治虫とボク うしお そうじ 草思社 2007-03-21 売り上げランキング : 221725 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
でした。
![]() | 毎日かあさん4 出戻り編 西原理恵子 毎日新聞社 2007-07-20 売り上げランキング : 1 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
は同じコーナーに平積みになっていたので、この本屋さんの定義は「ムサビ=サブカル」なのかな?と思いました。
他にもお笑い関係の本や松尾スズキさんの本が、サブカルのコーナーに置いてあります。
ちなみに、
![]() | カラー版 西洋美術史 高階 秀爾 美術出版社 2002-12 売り上げランキング : 2596 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
なんかは、「美術書」のコーナーにあります。なんだか不思議ですね。
さて、明日は夏休み1日目。何をして過ごそう。
ではまた明日。
michitori@hotmail.co.jp
夏休み
今日で前期の試験が全て終わりました。
試験中、ぐっすり眠る人を2人も見てしまった前期末試験でした。
頑張って、咳払いしたりいすを蹴ったりして起こそうと努力したのですが、徒労に終わりました。大丈夫なのだろうか、彼女たち。他人事ながら不安になります。
(自分の試験の出来も不安だけど…)
学校からの帰り道、通知表を見ながら帰る小学生とすれ違い(最近の小学生は終業式でも荷物が小さい。計画性のない小学生だった私は、終業式には決まって大きな紙袋を抱えて帰ったものです)、「そうかあ、明日から夏休みかあ…」とぼんやり実感。
毎日早く起きて電車の中でぐらんぐらん寝ながら学校に行かなくていいし、課題課題となることもないし。
ムサビは普通の大学より夏休みが短いので、約1か月半の解放です。
かみしめかみしめ、玉川上水沿いを歩いて駅まで行く。そして、電車に乗ってふと気づく。
明日、製本実習じゃん!!!
そうなのです。ヴィジュアル・コミュニケーション・デザイン(VCD)を履修している人たちは、明日が絵本の製本実習の予定日なのです。すっかり忘れていた。
ちょっとかみしめ損。
明日も私は学校です。そして、明日で前期がおしまい。
ああ…今日の帰りぎわ、パソコン室で「じゃあまた9月にな!」みたいなことを言ってしまった。かっこよく。もう学校来ませんよって口調で。恥ずかしい。言った相手は明日も学校に来るそうだ。
ではまた明日。
そういえば、夏休みってどんなことを書けばいいんだろう、と考えていたのですが、やはりここは、私の受験の話などを書くのが良いのかな、と思うので、そうします。
michitori@hotmail.co.jp
正直
私は、わりと早い段階で進路を決めていたように思う。
中学校3年生の時には「映像を作る人になりたい」と思って、美大に進むことに決めていた。
高校生になっても結局それは揺らぐことなく、今に至っている。
大学1年生の終わりくらいから、就職について考えるようになった。
私は1年浪人しているので、高校の同級生たちはもうそろそろ就職活動を始める。私はまだまだ、と余裕でいたのだけど、実際のところ、「どういう職業に就きたいのか」とはあまり考えていなかったことに気づいた。
いろいろ考えた末に、「先生になりたい」という結論を導き出した。
それが、何がきっかけになったかはよく分からないけれど、揺らぎそうになっている。
多分、ヴィジュアル・コミュニケーション・デザイン(VCD)やDTPの授業を受けたからだと思う。
とっくに考え終わったと思っていた、「自分の職業」について、また考え始めることになった。
そんな今日、高校の部活の後輩から、文化祭で上演するお芝居の、中間発表のお知らせをもらった。
私のいた演劇部では、夏休み中に、どのくらいまで作品が完成したかを、顧問や先輩たちに見せるのが恒例になっている。
彼らが上演する演目を見て、私はちょっとびっくりした。すごく大人っぽくて、身の丈に合わないんじゃないかという気がしたから。
彼らは、「どうして演劇をやるのか」ということを、考えているのかなあと、ふと思った。
私はそういうことを頭でばっかり考えてしまう人で、演技がそれにおっつかなくて、本当にダメな演劇部員だったのだけど、本当に何も考えず、与えられたセリフを吐くというその突拍子もなさを、彼らは理解しているんだろうか、と思ってしまった。
「どうして演劇をやるのか」という疑問は、「どういう職業に就きたいのか」という疑問と、重なる部分があると思う。自分の中にどんな線を、1本張るのか。信念、とも言い換えられるかもしれない。
「演劇をする理由」というキーワードで検索をかけてみたら、西田シャトナーさんの書いた日記があがってきた。(検索というのはちょっと安易な方法ではあるけれど)
「演劇をやる理由について、ちょっと熱い話。」という記事。
(西田シャトナーさんは、惑星ピスタチオという劇団で、脚本・演出をなさっていた方です。あの佐々木蔵之介は、惑星ピスタチオの俳優でした)
うまく言えないけれど、なるほど、と思った。
ではまた明日。
michitori@hotmail.co.jp
まどろっこしい
今朝、手羽さんのブログを読んで、ふと、「なりたいものが主婦(もしくは主夫)だって人、聞いたことないなあ」と思う。
もちろん、主婦はほとんどの場合お金をもらえるわけではないから、正確には「職業」ではないのかもしれない。
けれど、アンケートの職業欄には必ず「主婦」という項目があるわけで、だとしたら「なりたいものは主婦です」という人が出てきてもおかしくないのにな、と思った。
私の母は専業主婦だ。と言うと、けっこうびっくりされるので、逆に私がびっくりしてしまうこともある。彼女は学生時代にアルバイトしていた会社にそのまま就職し、結婚と同時に退職し、私をうんだのだと思う。多分。
(実はそのアルバイトというのが、けっこう今の私につながっていて面白い)
私が小学生くらいの時には、似たような分野で働いていたことも少しあったようだけど、基本的にはいつも家にいた。私にとってはそれが当たり前だった。彼女はいつも、「お母さん」だったし、「主婦」だった。
彼女は料理がうまい。掃除も洗濯も完璧。何でも真面目にやるし頭も良い。背も高いしかわいい。
何で私はこの人に似なかったんだろう、と思うくらい、素敵な人だ。私の憧れる存在。
よくよく考えてみると、私はこの人になりたいんだなあ、と思うことがよくある。私はわりと人に憧れてしまうのだけど、その最たるものが彼女だ。
私は料理が出来ないし、掃除も苦手だし、洗濯はまあまあ好きだけど、彼女ほどの勤勉さはない。頭も悪い。先が読めない。身長は伸びる気配がないし、まあ、特にかわいくもありません。
だから彼女に憧れる。
毎日朝早く起きて、お弁当を作って、朝ごはんを作って私を送り出して、父のためにコーヒーをいれて送り出して、洗濯をして掃除をして、買い物をして私を待って、夕ごはんを作ってお風呂をいれて、目覚ましをかけてまた起きる。
彼女の毎日はハードだ、と、こうして文字にしてみて改めて思う。
ある時、彼女が、「私は毎日休みなく働いているのにお給料だってもらえないし、みんな感謝してもくれない」と言ったことがあって、私はけっこうドキッとした。
それ以前にも、彼女の母であるところの祖母が、「○○ちゃん(祖父の愛称)は家事も買い物も手伝ってくれない」と怒ってストライキをしたことがあり、それは私がまだ高校生くらいの時の出来事だったので、本当に本当にびっくりした(祖母はかっこいい人である)。
しかし、彼女たちの言い分は、決して間違っていない。私も、私の父も、祖父も、彼女たちの存在があまりにも当たり前すぎて、「感謝」というものを忘れてしまったんだと思う。主婦って何なんだろう、と考え込んでしまった出来事だ。
でも言ってみれば、主婦という存在は、毎日だとか生活だとか、私とはどうやっても切り離せないものを
「作り出す」。それは絵を描くとか映像を撮るとか、そういう行為とどこかしら似ているんじゃないかと思った。
美大生の選択肢として、あっても悪くない気がするし、実際のところ、今の私が一番なりたいものは、これなのかもしれない。
参考までに
*Wikipedia 主婦(賃金換算の話が少し載っています)
*Wikipedia 専業主婦
ではまた明日。
michitori@hotmail.co.jp
介護等体験2.5日目
*介護等体験0.5日目
*介護等体験1.0日目
*介護等体験1.5日目
*介護等体験2.0日目
というわけで、今日は介護等体験2.5日目です。
今日も、ただひたすらに装飾を作り続けていました。
来週完成です。何とか終わりそうで、ひと安心。
私たちの制作しているのは2階なのですが、何回か通ううちに、いつも廊下で私たちにあいさつをしてくださる方の顔を覚えてしまいました。
夕ごはんが終わったあとも、私たちが帰る7時半になるまで、廊下を行ったり来たりしています。
そして、作業が終わって廊下に出て、「さようなら」とごあいさつすると、「ご苦労さま」と声をかけてくださいます。
先週まで何とも思わなかったのに、今日はなんだかそのやりとりが、とても悲しく思えました。
ではまた明日。
michitori@hotmail.co.jp
26.5℃
一昨日からカリカリ怪しげな音を立てていた私のパソコンが、昨日の夜になってとうとう動かなくなりました。
ちょうどそのとき、私は今日の試験(ムサビは今日から試験です)に必要なウェブサイトを見終えたところでした。もちろん、今日提出のレポートも書き終わっています。しかも、大切なファイルもひとまず移し終えたあと。…なんていいやつなんだろう。
ええい、好きなようにしてくれい!と父親にお願いすると、じゃあOSを入れ替えましょうとのこと。データは大丈夫?と聞かれたので、移したさ!と答えました。そうして父は、リカバリーなんとか、とかを使って、私のパソコンを直してくれました。すごーい!父感謝!ゴキブリをやっつけてくれるときと、こんなときに特に感謝!
ATOKを入れたり、Officeを入れたり、メーラーの設定をしてもらっていると、ふと父が聞いてきました。「お気に入りは移したの?」
…
……
………
そして私はブラウザを立ち上げ、まずはyahoo!に飛んだのでした(私はyahoo派です)。そこから飛んだのはムサビの公式サイト、そしてムサビコム。すかさずブックマーク。
さて、問題はその先です。
私は普段、どんなウェブサイトを見ていたのか?意外なことに、全然覚えていない。よく読んでいたブログ、好きな劇団のサイト、それらを足してみても、復元できたのは多分半分くらい。
残りの半分で、私は何を考えていたのだろう?
しかし、最近ごちゃごちゃとしてきたデスクトップやお気に入りにうんざりして、「あー1回まっさらにしたいなー」と思っていた矢先のできごとだったので、びっくりするやらびっくりするやら。
なにか、私の中でもまっさらになったことがあるのかなあ…などと、0と1でできたこの人に思いをはせてしまいます。それを妄想ともいいます。笑
ようやくひと息。
ではまた明日。
michitori@hotmail.co.jp
とおまわり
何かを作ることはとても楽しいです。
こんなことを、美大生がわざわざ言うなんて、変だと思われるかもしれません。何しろ武蔵野美術大学創立80周年記念事業のコピーが、「生きる、をつくる。つくる、を生きる。」なのだから。
でも私は漠然と、「自分は作る人にはならない」と思っていました。(「作る」というのは、具体的に何かの物体を生み出すこととして、ここでは捉えています)
もちろん、作ることは好きです。マンガを描くこと、絵本を作ること、名刺や封筒を作ること、布をちくちくやること。けれど、それを仕事として生きていくこと、それはしないんだろうなあと思っていました。いつからそう考えていたのか、はっきりしないのですが。多分、浪人してからだと思います。
以前にも少し書きましたが、私は高校生のとき、演劇を作る人になりたいと思っていました。役者には向かないという自覚があったので(中高の6年間でこりました)、演出とか、作家とか、後ろから演劇を作っていくような人になりたいと考えていました。
現役のときにそういったことが勉強できる学校を受けてことごとく落ちて、浪人することになって、もう嫌だ!と思いました。うまく言葉にできないので誤解があるかもしれませんが、自分の(演劇を)「作ること」に対する気持ちが、嘘っぽく、現実感がないように感じられたのです。
だから、改めて学校を選ぶとき、「先生になる」というひとつの目標を持ちました。ただ、その中で少しでも「作ること」を続けていけそうなところを、と思って、ムサビを受験しました。
大学生になり、思ったよりも教職の授業が面白く、私の目標はすっかり、「美術の先生になること」になりました。共通絵画や共通彫塑など、制作中心の授業も楽しかったけれど、それはその場限りのこと、と思っていました。適当にやったわけではないし、すごく勉強になったけれど、それはそれ、これはこれ、と捉えていた気がします。そうやって、私は1年生の1年間を過ごしてきました。
2年生になって最初の授業に、ヴィジュアル・コミュニケーション・デザイン(=VCD、絵本制作の授業)がありました。何回もこの日記の中に授業の様子を書いてきたので詳しい説明ははしょりますが、簡単に言うと、1枚の絵から絵本を作る授業でした。週1回の授業では毎回プレゼンテーションを行い、学生や先生の意見を聞きながら、1冊の絵本を仕上げました。(VCDでのプレゼンテーションについて)
VCDは、私のそれまでの意識を大きく揺るがしたと思います。自分自身が何かを作る、生み出す、制作することに「デザイン」という言葉が関わってくることは、とても意外なことでした。デザインというと、製品化するためのものを作る、というイメージがあったからです。例えば、ロゴマークや洋服が、その例だと思います。どこか他人事だった、というとしっくりくるかもしれません。
もちろん、1年生でデザインIという授業を受けたときに、かっこいいものを作ることがデザインではない、と知ってはいるのです。でも、理解することはとても難しく、1年かかってしまいました。
例えば、「読む人をあたたかい気持ちにさせたくて、この紙を選んだ」というだけで、それは「デザイン」なのだということ。
それが分かったときに、それこそ今まで嘘をついていたような気がして、うしろめたくなりました。VCDが楽しくて楽しくて、本当は作りたいんだろ!と、誰かに言われているような気がしました。
そんなときに、ほぼ日刊イトイ新聞で、糸井重里さんと佐藤可士和さんが対談している記事を見つけました。ずばり、「デザイン」について話しています。
その中に「幼稚園の電通みたいなところ」という表現が出てきて、少なからず教育に関わっている私は、目をひかれました。
対談の中に出てくるのは、ジャクエツという会社。新卒採用のページを見てみると、「おそらく皆さんの普段の生活で『ジャクエツ』という会社の名前を聞くことは少ないかもしれません」とあります。実際、私も知りませんでした。「幼稚園の電通」なんて言葉も初耳。
こういう会社を知ったことで、そうか、こういうやり方もあるんだ、と分かりました。
私の中で、交わらない点だと思っていた、「デザイン」と「教育」。こんなところで交わるんだ、と思いました。
もちろん、だからといってここに就職したい!とは(そんな簡単に)思わないけれど、「デザイナーになりたい」とは思い始めました。思い始めたというか、うしろめたさも限界というか。
以前にも書きましたが、デザイナーはスーパーマン、あるいはタキシード仮面、紫のバラの人だと思います。うーん、ちょっと違うかな。
でも、私は「デザイナーになりたい」だなんて口に出すことこそがうしろめたいのです。
なぜかというと、私はとても気配りが下手だから。空気を読めない人だから。人が困っていることに気づけない人だから。
そんな自分が嫌で、アーツプロジェクトをまだ保留にしているという、さらにだめな学生です(アーツプロジェクトは芸術文化学科の教職履修者必修です)。
それが分かっているから、何となく口に出すのもおこがましい。
デザイナーという人たちは、本当に気配りが上手です。去年の芸術祭での森本千絵さんの講演で、それを強く感じました。森本さんは、講演中に学生からメールを募集しました。芸祭の日限定の携帯電話あてに送れる仕組みです。直接森本さんに聞くのは恥ずかしいことも、メールでなら聞けるでしょ、と言って、森本さんはメールアドレスを教えてくれました。ムサビ生は恥ずかしがりやだから、とも言っていました。
恥ずかしがりやのムサビ生代表な私は、さっそくメールを送りました。いくつかのメールは講演中に紹介されましたが、私のメールは読まれることなく、講演会は終了。特に気にすることもなく家に帰っていると、その途中で、携帯にメールが来ました。森本さんから。
私はびっくりしてしまって、ためらうことなくメールを保護しました。笑
まさかあの森本さんからメールが来るだなんて思っていなかったので、びっくりするやら、うれしいやら。しかし冷静になって考えてみると、これって、賢い。「気配り」だなと思います。
私は、こういうことが苦手です。誰かの、ちょっとした隙間に入り込むこと、とでも言ったらいいのでしょうか。
例えばDTPの授業で作ったものやプレゼンも、「私が私が!」となってしまっていて、自分以外の人が受け取るときのことを、意識して考えてはいなかった。それは最低のことだと思います。
また、自分はそういう「最低」なデザインによく批評を加えるから質が悪い。出来ない人ほど言うんですよね、そういうこと。
この間、芸文の友だちに「とりこちゃんはやさしいね」と言われたけど、私は全然やさしくなんてありません。かしこくもありません。いろんなことに気づけません。
でもだからこそ、デザイナーに憧れるのかなあ、とは思います。
それはもしかして、職業として憧れるのではなくて、人として憧れているのかもしれません。
私がプレゼンをすると、なぜかみんな笑います。それが、「笑われている」のではなくて「笑わせている」にならなくてはいけない、と先日書きました。そういうものが「作りたい」のかなあと、このところ思うのです。そしてそれは、「デザイン」だなあと。
ここまで来るのにずいぶん字数を費やしてしまいました。
もごもごしているのです。
私は何者になってゆくんだろうと。
例えば来年から始まるゼミのこととか、卒業論文・制作のことを考えると、「あれ、私って何をやればいいんだろう」と思ってしまうのです。
「先生になる」っていう思いはあったはずなのに、それを芸文という場所にうまく返してくることができない。そして、就職という場に持っていくことができない。
私はどうやったら生きていけるんだろう…と思うこのごろです。
ではまた明日。
michitori@hotmail.co.jp
終わってみれば
今日はDTPについて詳しく書く、と言っていたのですが、実は昨日で、今言えるぶんは言い切ってしまった気がします。また、思い出したら、ぽつりぽつりと書きますね。きっとこの4週間の日記は、投げやりな略称が多くて分かりにくかったと思います。だってそもそもDTPって何?ってなりますもんね。
ちなみにDTPデザインIという授業は、教職履修者優先の授業でした(教職はDTPが必修なのです)。後期にもDTPデザインの授業はありますが、先生が違いますし、もちろん内容も異なります。でもまた、DTPやりたいなあ、と思いました。こんな学生ですが頑張りたい。
でもこの日の日記はとても言い当てていて、この4週間ずっと楽しくなくてつらくてもう嫌だと何度も思ったけど、今では、「もっと名刺作ってみようかなあ」(課題1は名刺)とか、「もっと別の用途の封筒を作ってみようかなあ」(課題2は封筒)とか思います。優等生ぶってますね。でも、本当に。
今日で前期の授業がすべて終わりました。
私は見事皆勤賞。卓球のクラスではみんなから拍手をもらいました。ありがとうございます。
何より、健康に3か月を過ごせたことがうれしいです。こちらにも感謝。
あとは、試験をやっつけるだけ。残り2科目。
何もない日曜日は久しぶり。外に出られそうにはないけど、ゆっくりねます。
おやすみなさい。また明日。
michitori@hotmail.co.jp
DTPデザインI プレゼンテーションメモ
毎日、短文日記の更新で申し訳ありません。明日は少し早く帰って来られるので、DTPデザインのまとめを書きます。
今日は、そのためのちょっとしたメモとして。
私がずっと怖かったのは、先生ではなくてIllustratorでした。笑
この授業、ずっとずっと気が重くて、その原因は何だったんだろう、先生としっくりこないからかな、と思っていたのですが(だってとにかく、ベジェ曲線の練習をしていたころの先生は、私にとって怖かった!)、今日の講評を聞いていて、「なーんだ、ただIllustratorを使い慣れないからびくびくしていただけじゃん、と納得できました。
先生は、さりげなくいろんな部分を見ていらして(当たり前ですが)…後期のヴィジュアルコミュニケーションデザインIIBが楽しみになってきた。今日までは、嫌で嫌でたまらなかったのだけれど。でもそれも、Illustratorが使えない!とこちらが勝手に身構えていただけで、Illustratorには申し訳ないことをしてしまいました。
先日、美術教育法の授業で模擬授業が行われました。私は授業を受けるがわだったのですが、面白い、引きつけられる授業は、なぜか男の子ばかりがしていました。先生もおっしゃっていたけれど、それがとても不思議でした。
彼らは、声だったり、存在だったりが、身体の線と、うまい具合に合いながら、上手い具合に逸れてします。
私の身体の芯にあるのは、そういう、ふとした「浮き」なのだと思います。「離れ」とも言えるかもしれません。
私を見せているものは私の身体だったり、そこからふと浮いた存在だったりするのではないかなあと、思います。声であるとか。
そういったものを、今回のプレゼンでは感じられたのではないでしょうか。
私がプレゼンすると、なぜだか多くの人に笑われます。笑われます、というと語弊があるかも知れません。
「笑ってもらっている」のか、「笑われている」のか。その見極めが大事だなあと思いました。
私はいつもそういうところに無自覚なので、自覚したい。
私のようなプレゼンは、学校の外に出ると通用しないものなのでしょうか。気になるところです。
「もじゃもじゃシールを配る」だなんてプレゼン…(今日は「もじゃもじゃシール」を希望者に配ったのです)
以上、断続的なメモでした。
明日は、今までDTPについて書かなかったぶん、少し細かいところまで書きたいと思います。
授業の流れや、やったこと、うかがったお話など。
ではまた明日。
michitori@hotmail.co.jp
みじかにっき
日記を書く画面にログインして、何も書くことが思いつかずに4時間くらいたって、やっとのことでちょっと書いて、投稿しようと思ったらログインし直しで、し直してみたら全部文字化けしていました。「?」の連続。言い当てたかもしれないけれど。
明日はDTPのプレゼンテーションです。
この4週間、しゃっきりしないままに過ごしてしまった気がします。まるで、ヴィジュアル・コミュニケーション・デザイン初回のプレゼン前のような気持ちです。
明日になれば、このもやもやも晴れるのでしょうか。
ではまた明日。
michitori@hotmail.co.jp
うしみつどきの
これは、7月11日の日記。でも、DTPのファイルを作っていたら丑三つ時になってしまい、ちょっとずるっこしての更新になります。
今日は、久しぶりに8時ぎりぎりまで学校に残って、格闘していました。DTPと。
そして、ふと窓の外を見ると、どの工房にもどのアトリエにもまだ電気が点いていて、私はこういうムサビが好きだなと思いました。
夜のムサビは、うつくしいです。
ではまた明日…今日。
mcihitori@hotmail.co.jp
介護等体験2.0日目
くたくたなのでちょっとしたメモだけ。
*介護等体験0.5日目
*介護等体験1.0日目
*介護等体験1.5日目
今日は、施設の装飾に使うものを、機械的に大量生産していました。
私の班は、私以外某ファイン系学科の人なので、お互いの学科についていろいろと話しながらやっていました。
彼らの芸文のイメージが、面白かったけれど勉強にもなり。曰く、
「芸文って、作家研究めちゃめちゃしてるんでしょ?」
「芸文って、まじめじゃないとやってけないよね」
「芸文って、熱いんでしょ?」
「芸文って、俺が美術を変えるんだー!みたいな人がいっぱいいるんでしょ?」
いちばん印象的だったのは、「どうして芸文は絵を描かないの?描かなかったら、描いてる人の気持ちも分からないよ」という言葉。返す言葉はあるのだけど口には出せず、歯がゆかった。
私が黙っていると、「でも、私たちの学科にも芸文みたいな姿勢は大事だと思う」と言われた。彼らの芸文に対するイメージが少し違っているとはいえ、そう考えてくれる人の存在のありがたさ。
ありがたさ。
ではまた明日。
michitori@hotmail.co.jp
着地
気づけば、DTPも今週でお終いだというのに、DTPの記事をほとんど書いていませんでした。どうしよう、美大生のリアルな日常が、伝えきれていない。
でも、さらに気づいてみれば、最初は、絶対無理!と思っていたトンボが描けるようになっていたり、まるい縁が作れるようになっていたり、写真が丸く切り抜けるようになっていたり。
もちろんこんな技、たいしたことない簡単なものなのですが、私にとってはふと振り返ったときのびっくり。なんだ…がしがしやれば0も5くらいにはなるんだな、普通の人の。と思いました。
提出物(名刺・封筒・雑誌の誌面)の完成度はさておき(おいてはいけない)、何だか今ちょっと、ぼーっとしています。出来た気になるのはいちばんいけないのですが。
こうやって人間、進化するんだなあ、じゃないけれど、不思議だ。不思議。
なんだか、書けば書くほど自分が子どもじみて見える、ムサビ日記。
たくさんの大人の目に触れているということ、これを読んでくださっている受験生の皆さんには、私はちょっと大人に見えているであろうということ、でももちろん私は全然大人ではないということ、とはいうものの21歳ではあるということ、そんなことをここに書いてしまうということ。
ああ、まだまだ。
ではまた明日。
michitori@hotmail.co.jp
頭痛肩こりみちくさとりこ
こんにちは、みちくさとりこです。
今日は、たまったレポートを片付けるべく、9時に起きて図書館に行って、ごはんを食べて書き書きしていました。でも日曜日の午後だからか、とにかくねむいねむい。昨日の夜は12時に寝て、9時間も寝たのだから、しゃっきりしていていいはずなのに。がんばれ!私の身体。
昨日の夜、我が家の水道が壊れました。正確には、蛇口にくっついている、浄水器やら食器洗い機の何かやらが、ひとまとまりになってぼこっと落ちたのです。母親が、「しんじらんなーい!なにこれー!」と台所で大騒ぎしているので見に行ってみると、ぼこっとなっていました。
現状としては、水道が使えないことはない。ただ、きれいなお水(きれいなお水って何?と昨日の夜考えこんだ私)は飲めないし、食器洗い機も使えない。蛇口は、うちにやってきた時そのままです。
ところが、この元に戻った蛇口の使いにくさよ。びっくりしました。元に戻っただけだから、そこまで困ることもないだろう、と思っていたのに、お水が出る部分とシンクの縁の落差が大きすぎて、水が外にばしゃばしゃはねる。今までは、何やかやの機械たちで、水の出る部分が低くなっていただけなのだと気づきました。
しかしなんてまあ、不親切な作りなんだろう。あきれてしまった。でも、面白い。ほんの少しの差なのに。
早く直ってくれることを祈ります。土曜日の夜に壊れたのがまずかった。
さあ、私はレポートの海にダイブしますね。それではまた明日。
michitori@hotmail.co.jp
バニラ美人
そうか、今日、構内で浴衣美人をたくさん見かけたのは、七夕だったからなんですね。いつから七夕なんて忘れてしまったんだろう。でも去年の七夕も、浴衣の女の子たちを見かけた気がする。あれからもう1年が経つ。
売店・ベルハウスでアイスクリーム(あずきバー)を食べながらふと窓の外に目をやると、窯工部の合宿をお知らせする看板が。写真に撮るのを忘れてしまったのですが、とても面白いです。
『海、陶芸、海、バーベキュー、海、かにミュージアム、陶芸、海』
みたいな(でももっと長くて笑える)看板。
つまるところ、陶芸をやっている時間より、かにミュージアムに行っている時間の方が長い、ということのようで。
窯工部に入っている友人の話によると、(しおりのスケジュール欄に)「1日中海で遊ぶ日があった」。
すごい。
帰り道、オレンジマート(学校の側にあるコンビニみたいなお店)であずき最中アイスなるものを購入し、玉川上水をかみかみしながら帰る。女の子みたいなことを言ってしまえば、まるで空気がアイスクリームになったかのような感覚に襲われた。
今まで、あの道を、ものを食べながら歩いたことなどなかったので、今日はお行儀は悪かったけれど、すごく不思議な経験ができました。
土と草と木の匂いのする中を、あずきとバニラアイスと歩く。周りの空気が歪んでしまうような奇妙な感じ。少し幸せでした。
さて、この日曜日が山場です。たくさんの課題。どうなることやら。
ではまた明日。
michitori@hotmail.co.jp
I only have eyes for you.
こんにちは、みちくさとりこです。
今日は、今期の授業でいちばん好きな、「映画史概説」の授業がありました。先生の話し方が計算されていて、ぶれがないので好きです。もちろん、映画史そのものも。
私は映画をほとんど見ない人なので(残念ながら、この授業を受けるようになってからも、見る本数が飛躍的に増えたわけではない)、もしかすると映画が作られ始めたころの人たちと同じような気持ちで、ひとつひとつの作品を見ているのかも知れません。私の方が、比較する作品が多くて有利、なのかな。
今日はミュージカル映画を見ました。バスビー・バークレーという、もともとはブロードウェイで舞台の振付をしていた人が監督した作品や、フレッド・アステアという、50年代の二大ミュージカルスターの1人の出演している作品や(ちなみにもう1人は、「雨に唄えば」のジーン・ケリー)。
バスビー・バークレーの作品は、すごくすごく私好みでした。先生曰くの、「ミクロとマクロの世界を行ったり来たりする作品」。「百聞は一見に如かず」と先生もおっしゃっていましたがまさしくその通りで、家に帰ってきてから母親にこの映画の面白さを説明するのはひと苦労でした。ブログでも然り。
人の目の中から人が出てきたり、人の顔がスカートになったり…、ってほら、全然分からないでしょう??
でも、私は何だか泣きそうになって見ていました。人間の身体のきれいさは、私にとってとても気持ち悪いもので、だからとても好きで、気持ち悪さと思いの強さに、すっかりやられてしまうのです。
機会がありましたら、ぜひご覧ください。私も全編通して見てみたいです。
ちなみに、バスビー・バークレーの作品は、「人がうじゃうじゃ出てくる」「ミクロとマクロの世界を行ったり来たり」といった「お約束」が飽きられてしまい、かなり早いうちに廃れてしまったんだとか。
「お約束は飽きられるのが早い」という言葉が印象的でした。
落語とか、吉本新喜劇とか、お約束なのに飽きられてないものって、バスビー・バークレーの作品と何が違うのだろう。なんて考えていました。
日記のタイトルは、「泥酔夢」という映画に使われていた曲から。名文だと思う。
受験生の皆さまは、どう訳すといい感じになるのか、考えてみるとよいかも。
ではまた明日。
michitori@hotmail.co.jp
千夜
レポート提出までに、あと1000回くらい夜があるといいですね、な、みちくさとりこです。こんばんは。
私は夜な夜なレポートを書いたりレポートを書いたりレポートを書いたりして過ごしています。
ムサビ生の学期末はそんなものです。
でも私は、大学生になってから、すっかり計画的な人になりました。レポートは提出の2日前には終わらせています。以上、自慢です。高校生の時はもっと無計画な人でした。化学や生物の実験レポートは、いつも他の人のものを写させてもらっていたし、数学の宿題なんてろくにやったこともありませんでした。どうしてだろう、けれど大学生になってから、そういうことをしなくなりました。今、高校生の自分に会ったら、怒っちゃうだろうなあ。
今日は、学校でもろもろの用事を済ませ、夕方になってから見本帖本店へ。
行ってみると、お店の中や外で、7人くらいの人が写真を撮ったり店長さん(らしき人)と話したりしています。なになに、と聞いてみると、どうやらお店の改装の話のよう。まだ本決まりではないけれど、近い将来改装をしたい、らしい。それについてのお話でした。面白いので真横で紙を選ぶふりをしながら聞いていると、店長さんが検索テーブル(ウェブサイトの写真に写っているテーブル)を指さして、「ここが少し気になる」と言いました(私からは、どこがどう気になるのか見えなかったのですが)。するとそれを受けて、内装を考える、(肩書きを付けるとすれば)デザイナーのおじさんが、「これはねー、構造上無理なんですよねー」と言いました。
私はそれを聞いて、かっこわるい!と思いました。そのおじさんが。
お店を改装すると言っていて、「もう完成しちゃってるから難しいね」と、おじさんたちは話していて、それでも改装に取り組むことにしたんだろうに、取り組まないうちから「無理」だなんて言っていいのだろうか。
私のイメージの中で、デザイナーはスーパーマンみたいな人です。あと、タキシード仮面とか、紫のバラの人とか…(もしかして今の受験生は分からない世代なのかしら、タキシード仮面なんて)
もっと、かっこいい人でいてほしかった。
がっかりしたので、すっかり疲れて家に帰ってきました。ふう。
そして、実は明日も見本帖本店に行かなくてはなりません。お取り置きしている紙があるのです。頑張ろう。
ではまた明日。
michitori@hotmail.co.jp
Illustrator会議
こんにちは、みちくさとりこです。
今日のDTPの時間、Illustratorを使いながらこんなことを考えていました。
Illustratorは一体、誰がどんなふうに作っているんだろうかと。
アドビシステムズ社のIllustrator課の人たちが、「Illustrator会議」なんてのをやって、あのツールはいらん!このツールはいらん!ってやっているのかしらと。
だとしたら、どんな人たちがいるんだろうか。この夏のボーナスは増えたのかな減ったのかな。
ちなみに、バージョン1.0は1987年1月に発売になったそうです。(wikipediaより)
ということは、私と同学年です。ううむ。
この6月に出た新しいバージョンには、とうとう消しゴムツールが付いてくるみたい。(Illustrator CS3)
どうして付けることにしたんだろう。今になって。
Illustrator課の人たちに聞いてみたい。
ではまた明日。
michitori@hotmail.co.jp
介護等体験1.5日目
最初に感想を述べてしまうなら、「わりとうまくいった」。今までに比べて、格段に作業も進んだし、私もあの施設にちょっとなじめた気がする。
そのきっかけを、入所者さんにいただいた。
施設内のひと部屋で、壁を装飾するためのいろいろを作っている途中のこと。入所者さんたちがお食事をしたりテレビを見たりするホールの棚にしまってある、色鉛筆を持ってくるのを忘れたことに気づいた、私と班員。
部屋を出て、色鉛筆を取って、さあ部屋に戻って制作を続けよう、と歩いていた時、ある入所者さんから話しかけられました。きっかけは忘れてしまったのですが、何をやっているの?美大の子たち?というようなお話だったように思います。
なんとなく立ち話をする格好になり、30分以上話しこんでしまいました。
その方は私の住んでいるところの近くに以前住んでいらしたようで、なつかしそうに「あそこのデパートはどうなってる?」「あの駅はどうなってるの?」と質問ぜめ。
私の毎日利用する駅、今度バーゲンに行くデパート、この間用事ついでにのぞいたお店が、彼女にはどうやったって手の届かないところにあるのだと思うと、苦しい気持ちになりました。
ご自分のお嬢さんや、お孫さんのお話も聞かせていただいて、そうか、これが、これまでここに実習に来た人たちの感じていた気持ちなのか、と思いました。
施設でのオリエンテーションに行ったとき、介護長さんのお話の中に、「尊厳を大切にしてください」というフレーズが、何回も何回も出てきました。
私は、オリエンテーションのレポートの感想に、「尊厳とは何なのか。それを考えながら実習をやっていきたい」と書き、担当の先生も、「これは考え続けなければならないこと」とおっしゃいました。
今日初めて、長い時間、入所者さんとお話しして、「尊厳を大切にする具体的な行動の答え」はないのだなと思いました。少しまわりくどい言い方になってしまいますが。
例えば、こうすれば入所者さんを尊重していることになる、という正解はなくて(不正解は必ずあるのだろうけれど)、ひとつひとつのことを細やかにやっていくこと、それに尽きるのではないかと。
私は、私自身の存在が、入所者さんに不安感を抱かせているのではないかと思っていました。入れ替わり立ち替わり、様々な大学の実習生が施設に現れて、深く知ることなくまたどこかへ去ってしまう。そういった不安定さを、施設内に持ち込んでいるのだとしたら、そんなに申し訳ないことはないな、と思っていたのです。
けれど実際に施設に行ってみれば、多くの人が私たちに関心を示してくださいます。何をやるかもだいたい知っていらっしゃるので、今度は何を飾りつけてくれるの?と聞いてきてくださいます。
そして今日のように、ちょっとした自分史を聞かせてくださる方もいらっしゃいます。それは、私たちだからきっと、ふとしたきっかけで話してくださるのではないかと思います。
確かに、ひとつひとつのことを細やかにやっていくこと、それは大事なことです。けれど施設を客観的に見ていたこれまでの間、決して施設は「細やか」でいられる状態ではありませんでした。ニュースで見ていた「介護士の不足」、これは決して、ニュースの中だけの問題ではなかったのだと見せつけられました。
だからこそ、私たちが勉強に行くことは、重要なのではないかと思いました。縮こまっていないで、私たちが少しでも「細やか」の部分を担うこと(もちろんすべての「細やか」をやり遂げることはできませんが)。それができればいいなあ、そうしよう。と思いました。
今日、お話しした方に、「学校を出たらどうするの?」と聞かれて、「私は先生になります」と言いました。そうしたらその方は、「安定がいちばんよ」とおっしゃいました。「家から近い学校に勤めて、おうちでごはんを食べること。いただいたお金は全部貯金すること」。
「でも」、とその方は続けました。「あなたは中学校の先生に向いてそう。友だちみたいな先生になれるわね。今はそういう先生の方がきっといいのよ」。
ちなみに彼女は私の、染めていない髪やお化粧をしていない顔が、いたくお気に入りのようでした。笑
「先生は地味なのがいちばん」とも。
そういえば、初めて年上の人に、私の(今の時点での、ほぼ確定的な)夢を話したのかもしれない。
ではまた明日。
いくつねる?
授業は夏休みまで、残り2週間、を切りました。
でもそんなふうに、全然思えません。どうしてだろう。
今年は試験もレポートも多く、去年とはまた勝手がちがって、戸惑ったり手間取ったりしています。なかなか思うように物事を進められない。
2年生なんて、まだまだなのです。まだまだだと思っていると、あっという間なのでしょうけれど。
ではまた明日。
明日は介護等体験1.5日目…不安です。
michitori@hotmail.co.jp
大丈夫かな

こんにちは、みちくさとりこです。
今日は、いつもながらの日曜日。ちょこちょこと細かいレポートを終わらせつつ、ただただだらける日曜日。
最近マンガを全然描いていなかったので、21歳の目標とともに、どーん!
20歳になるときは、なぜだかわくわくの方が大きくて、「成人」という意識がありませんでした。成人式もやったし、選挙にだって行ったのだけど、それはただ向こうからやってきただけで、自分から「大人」になった、というわけではなかったのだと思います。
21歳になる前は、21歳になるのが嫌で嫌でたまりませんでした。ちゃんとは分かっていなかったけれど、自分でちゃんと「大人」を受け止めて、それにならなくてはいけないのだと、肌で感じていたからです。
例えば高校の友人たちは今年3年生になり、就職活動についていろんなことを考え始めています。教職を取っている友人たちは、教員採用試験や教育実習に向けて具体的に動いています。短期大学や専門学校を出た人の中には、もう働いている人だっています。
私はそれを見聞きしながら、私も大学を出たら働かなくてはならないのだと実感し、しかしその前に、「自分の働く場所」をどうにかして見つけなくてはならないのだとも思い、ようやく落ち着いたこの場所から、もう離れることを考えなくてはいけないのだと、暗いくらい気持ちになっていたのです。
でも、そんな気持ちになっているばかりでは仕方なくて、その場所に向かって具体的に努力しなくてはいけないのだ、と、昨日ようやく理解できた気がします。きちんと。
悲観しているばかりではどうしようもない。むしろ、大学受験をしたときより、行きたい場所がはっきりしているかもしれない。
結膜炎は、薬の効果もあり昨日よりは落ち着きました。
さすがに昨日の夜、ぼつぼつを確認してしまったときは、どんよりしました。よ。
ではまた明日。
michitori@hotmail.co.jp
メールアドレスを作ってみました。