リアルな美大の日常を
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2007年06月のアーカイブ
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21歳になりました
こんにちは、みちくさとりこです。
私事ではありますが、今日、6月30日は私の21回目の誕生日でした。
そんな今日に起こったこと。
まず、たくさんの人にお祝いしていただきました。
大学の友だちはもちろん、高校の友だち、予備校の友だち、などなどから「おめでとう」の言葉を、直接だったりメールでだったり、言ってもらえて本当にうれしかった!
確かに、前々から「あと○日で誕生日だよ」と宣伝していたせいもあるでしょうが、でも、うれしかった。
いくつかいただいたプレゼントも、しっかりとツボを押さえてくれるものたちで、にやりにやりしてしまう。
そして、アレルギー性結膜炎になりました。
今週の水曜日くらいに、左目にものもらいができ、それはいつもの「疲れた〜」のサインで、放っておいても消えてくれるので放っておいたら、昨日になって目が激しく痛くなりはじめた。
ずっと痛いわけではないのだけど、瞬きをすると痛くて、ごろごろして、今日になれば下瞼が赤く腫れていて、さすがに心配になってきました。
でもかかりつけの眼科は土曜日の診察が午前までで、学校から帰ってきてからだと全然間に合わない。さてどうしたものか、と途方に暮れていると、乗り継ぎの駅に、土日祝日も夜7時まで診察してくれる眼科を発見。帰りがけに行ってきました。
さすがに土曜日の午後、待合室は人でいっぱい。でもまあ、ゆったり読みかけの本でも読んで待ちましょう、と椅子に座っていたら、名前を呼ばれました。はいはい、とお姉さんについていくと、「では、こちらでコンタクトを外してくださいね」と満面の笑みで言われてしまいました。
私は目がすごーくすごく悪くて、コンタクトを外すと0.01くらいしか視力がありません。コンタクトも、某コンタクトレンズ会社が出している限界の度数。
そんな私が、見も知らぬ土地で見も知らぬ人たちに囲まれてコンタクトを外すということ、それは恐怖です。本が読めない、時間がつぶせない、というつまらなさ以上に。
できることは、順番の人を呼ぶアナウンスに耳を澄ますこと、席替え事情を赤裸々に語る小学生(いつもなら真ん中より前になっていたのだけど、今回はくじ運が悪くていちばん後ろになってしまった、云々)に苦笑すること、「視界がぼんやりしている時の絵」をクロッキー帳に残すこと、そしてぼんやりすること、くらい。
結局、1時間半にわたる待ち時間、私がしていたことは八割方「ぼんやり」でした。
アナウンスは呼ばれないことが分かっているから面白くないし、検査の話を盗み聞きするのは気が引けるし、何かを見ようとすると眉間に皺が寄って疲れるし。いちばん楽なのは「ぼんやり」です。
それでも、いつもなら見えるはずの情報が目に入ってこないのは、相当の不安。今地震が起きたらどうしよう…、などと考えてしまいます(さすがに、コンタクトの替えはいつも持ち歩いているのですが)。
暗い誕生日になっていると、ようやく名前を呼ばれる。
診察室に入り、椅子に座って機械にあごをのせ、瞼をべろんとめくられる。今日のめくり方は本格的でした。いつもが「ぺろん」なら、今日は「べろん」。何しろ、診察が終わったあとしばらく元に戻らなかったんです。瞬きをすると涙がこぼれました。
べろん、とされて、写真を撮りました。お医者さんの椅子の横にはモニターがついていて、今撮った画像を見られます。
「ここにできているぼつぼつなんですが…」
お医者さんが説明を始めてしまうので慌てて止める。
「すいません、ちょっとモニター見えないんで…」
するとお医者さん、イラッとしたように、「じゃあモニターに近づいてください」。
確かにそれは正しい。それに気がつかなかった私も悪い。笑
けれど本当に、モニターに映っている自分の瞼のうらをちゃんと見ようとすると、私の目ととモニターの距離は1cmくらいになってしまう。おおげさじゃなく。
さすがに、自分の瞼の裏が拡大されたところを、そんな至近距離で見るのは恥ずかしい。瞼のうらに申し訳ない。なので、ちょっと離れたところで「はいはい見えます」と言っておく。
前置きが長くなりましたが、お医者さんの説明によれば、私の瞼のうらにできている白いぼつぼつは、以前からのアレルギー性結膜炎の、少し重いものらしい。そのぼつぼつを「乳頭」といって、それが上瞼にできてしまうと大変なのだそうです。それは「巨大乳頭結膜炎」といって、コンタクトレンズをしている人に多い症状のようです(くわしくはウェブサイトなどを参照してくださいね)。
診察が終わって、コンタクトを入れてしばらく待って、点眼薬をもらって帰ってきました。
いちばん最初に、公に「21歳です!」と言ったのが眼科のカルテだという、なんとも淋しいことに。早く治ればいいのですが。
家に帰ってきて、お誕生日ごはんを食べました。なぜだか分からないけれど、うちではお誕生日にからあげとポテト(じゃがいもを大きめに切ったもの)を食べます。ひなまつりの日にも食べます。遠足や運動会のお弁当も、からあげとポテトでした(あとおむすびとミニトマト)。
いつまで経っても、私は子どもなんだなあ、と思いました。その幸せも思いました。
そういえば、お昼は研究室でカレーをいただきました。先日のカレーパーティーの名残たちです。
研究室の(私にとっての)奥で、おいしくいただきました。緊張してはいたけれど。お肉がほどけていて美味だった。さすが3日目。でも、研究室はまだカレーの匂いがしていた。当日はどんなんだったんだろうと、くらくらする。
そんなこんなで、21歳の目標など立てている場合ではありませんでした。疲れた、でもうれしかった、けれど大変だった。
そして、もう誕生日が終わってしまう。つまらないなあ。
明日は少し、21歳について考えよう。
ではまた、明日。
I'm over 21.
こんにちは、20歳最後の日を迎えました、みちくさとりこです。
今日は、少しばかり学校のことを忘れて、今年1年を振り返ってみようと思います。
私にとって誕生日は一大イベントで、小さいときから「あと○日」と指折り数えるような人でした。それは、成人しても変わらず。今も、「あと○時間」とやっています。
20歳になった時、立てた目標は「みんなにちやほやされる」でした。笑
なぜだかしらないけど、とてもちやほやされたい気持ちだったのでしょうね、去年の私は。何だかよく分かりません。
じゃあ、今年1年私はちやほやされたのかと申しますれば…、どうでしょう。私としては、21歳の目標も「みんなにちやほやされる」にしたいような。
あ、でも、成人式の時はちやほやされたかもしれません。振り袖は動きにくいからみんなが助けてくれたし、同窓会の帰りにタクシーに乗ったら、運転手さんに「がんばってね」と言われたし、祖父母は「次にその振り袖を見るのはいつかしらね!」「あとはもう結婚だけね!」と盛り上がっていたし。私自身は「成人した」という重さに、だるだるとしてしまったけれど、周囲は意外にもちやほやしてくれました。
初めてのお酒も飲みました。結局、この1年で飲んだお酒はコップに2杯。しかも、すごーくよわいやつ。水みたいなものだそうです。
そういえば、去年の誕生日には、いろんな場所でお酒を買ってみたのです。コンビニ、スーパー、などなど。私は童顔なので、年相応に見られたことがありません。だから、絶対に身分証明書の確認をされるだろうな、と思って、その時に「今日が誕生日です!」って学生証を見せられたら格好良いなあ、と、たくさん買ってはみたのですが、どこでも止められませんでした。
うれしいような、悲しいような。
とにかく、今年1年はあっという間だった。わけの分からない環境に飛び込んで、嫌なこともうれしいこともいっぱいあって、でもそれは今になると全部楽しかったことで。
21歳の1年も、そうであるとうれしいな。まあ、それはまた明日からのお話。
でも、こう考えてみると、私の1年間は学校で作られていたような気がする。
私はアーツプロジェクトに参加しているわけでもなく、研究室との関わりだって希薄なのに、それでも学校がなかったらこの1年はありえなかった。
授業をすっ飛ばしちゃったことは何回かあったけれど、学校自体を休むことは一度もなかったのだから、それはそれで当たり前のことかもしれない。
毎日ほとんど同じ電車に乗って、授業を受けて、アルバイトして、家に帰ってきて、課題をやって、寝る。この繰り返しで、20歳は過ぎていった。
これが、いいことなのか悪いことなのか、分かりません。でも少なくとも今の私にとっては、毎日を過ごしていくことがとても大事なことで、だとしたら20歳は良い年になったのではないでしょうか。
…まあ、どこまでもめげない私のことですから、いろんなことに気づいていないだけなのでしょうね。
ぐるんぐるんと日々は過ぎたけれど、どの日もちゃんと思い出せる。そんな1年だった。
ちなみに今日のタイトルは、映画史概説の授業で見た「或る夜の出来事」という映画の1シーンから。字幕では「もう成人したのよ」と出ていて、ああ、当時(1934年)のアメリカの成人は21歳だったんだな、と思いました。だとすれば、私はまだ未成年なのだなあと。
そんな気持ちです。
そうそう、手羽さんが書いていらした、「適当飲み」の貼り紙は、芸術文化学科3年生の飲み会のことではないかと思われます。もしかしたら芸文以外の学生もいるのかもしれないけれど。
3年生は学年全体でとても仲が良く、そういった企画を以前からやっているようです、よ。
2年生はどうなのだろう。
イラレ、否、Illustratorと日々格闘している私ですが、何と後期のヴィジュアル・コミュニケーション・デザインIIBの先生と、DTPデザインの先生が一緒であることに、今日になって気づきました。
もちろん、シラバスを読んで「前期も後期もIllustrator」と思って履修してはいるのですが、今の格闘っぷりを思うとドキドキしてしまいます。でも、めげずにへこたれずに、「今年はIllustratorの鬼になるのだ!」と考えて乗り越えられればと、心から思います。
…まあ、今日の授業ですっかり疲れきってしまったのですが。パソコンの画面を凝視すると、全身がだるーくなります。頑張ろう。
ではまた明日。21歳になった私とお会いしましょう!
バッタと面接
私は、電車を4本乗り継いでムサビまで通っています。その、2本目の電車で、事件は起きました。
朝、眠かった私は、席に座ってうとうとしながら学校に向かっていました。でも途中の駅で降りなくてはいけないので、意識はかなり、車内放送にあります。寝ているようで、寝ていない。
ふわふわ、うとうとしていた私の前髪が、つ、と重くなりました。私は目をつむりながら、ん?何がついたのかな?と思って、前髪に手をやりました。
すると、手には妙に重たい感触。どうやら、ほこりとか、思いちがいとか、そういった類のものではないみたい。
目を開けると、飛び込んできたのは鮮やかなきみどり色。ぺかぺかとあかるい。にせものみたいな色の、バッタだった。少なくとも、バッタ状のものだった。足が、ぐにょーんとなっているやつ。
それがひざの上にのっかったので、思わずもう一度、手ではらってしまいました。バッタ氏はぴょんと飛び、私の隣にすわっていたおじさんのひざへ。おじさんもバッタ氏を振りはらい、そして驚いたことにバッタ氏は空中を舞いました。バッタって、あんなに滞空時間が長いのですね。
そんな朝でした。
授業を2限まで終え、1時間ほどパソコン室でMacとにらめっこしながら作業。ブラシツールで線を描いていたら、なぜかピエロの口みたいになってしまう。うみょ、ていうかんじで。
思う存分うんざりしたあと、1日限りのアルバイトの、面接に向かいました。とある学校の資料を配付するアルバイトです。何がいいって、とてもお給料がよかったので、選びました。
その面接が、よく言えば面白く、悪く言えばとても恥ずかしかったので、そのことについて少し。
いつの間にか面接は、短期アルバイトの面接ではなくなっていて、まるで噂に聞く就職試験のようでした。ほんの少し、圧迫面接みたいな面もあったりして(圧迫面接とは、意地のわるーい質問をして相手の反応を見る面接のこと…かなと私は捉えています、今)。
私など、突然「低血圧じゃないですか?」と聞かれました。健康診断で、緊張しすぎて上が130までいったなんて、とても言えない雰囲気です。笑(ちなみに、135からが再検査だったかと思います)
大丈夫です、と答えると、続けて「体力に自信はありますか?」と聞かれました。私はそんなに弱々しい子に見えてしまうのでしょうか。弱々しい子は答えました。「はい」と。
「その根拠は?」
「私は美術大学に通っております。大学では重いモチーフを運んだりですとか、大きな荷物を運んだりする機会が多いので、そういった仕事には慣れています」
すっかり雰囲気にのまれて若干の嘘をついてしまう私。
大きな荷物はよく運んでいますが、重いモチーフを運んだのは、1年以上前の話。
でも、まあ、全体的には体力があるということで。私は、朝も強いですし。
…「恥ずかしかった」ことにあまり触れていなかったので、そのことについて。
このアルバイトの面接に、友だち同士3人で来ていた女の子がいたのです。その子たちに面接担当者が、「もしこの中から誰かが落ちたとしても残りの人で働いてくれますか?」と聞きました。彼女たちは、それでも構わない、と言いました。
その上で、担当者は「では、他の人より自分がすぐれているということをアピールしてください」と言いました。
3人はそれぞれ、自分の部活のこととか、アルバイトのこととか、そんなことを一所懸命に話していました。
それがとても、恥ずかしかったのです。いろんなことが、どうでもよくなってしまうのだなと思って。
私は自分のことをいっぱいいっぱいしゃべっていて、そのつづきで今日の面接がある、のだけれど、彼女たちはきっと、そうでもないのだろうなあ、と思うと、こちらが赤くなってしまいました。
頑張ってるなあ、と。この感覚は、なかなかうまく説明できないのですが、ひたすらに恥ずかしかったです。私に起こった出来事ではないのに。
結局、アルバイトは採用になりました。疲れた。
最近、毎日がびゅんびゅん過ぎていきます。何がついていけていないのかも、分からないくらいびゅんびゅんと。
今日は、クラスの子に「元気じゃないよね?」と確認されました。元気じゃないみたいです。
今日はよく寝ます。おやすみなさい。
ではまた明日。
こんにちは、みちくさとりこです。
昨日の夜、私の書いたムサビ日記を最初から読み返してみました。…明らかに、気が抜けている。
今日、「最近だめな感じでしょ」と友人に言われたのですが、まさしくです。どうにもこうにもうまくゆかないことが山となっているのです。
DTP、DTP、DTP…、あれ、書きだしてみるとDTPのことばかりだ。
ハチクロのはぐちゃんふうに言えば、「いつも通りができなくて…」といったところでしょうか。
何に阻まれているのか、DTPの授業では「いつも通り」ができず、もやもやとしています。
いろんな人に言ったけれど、ムサビに入っていちばん、もやもやのたまっている授業です。こんなにもやもやしたのは初めて。早く抜け出したい。
ハタチの残りは、あと2日。あっという間に、21歳になってしまいます。
なってしまう、と言っていたら、「20歳過ぎたら楽しくなるよ!」と言われました。
そうだとうれしい。
ではまた明日。
介護等体験1.0日目
今日は、介護等体験1.0日目。前回のつづきです。
というものの、今日は部屋にこもってみんなで試作していたので、施設の方や入所者さんとお話しする機会もあまりなく。
ただただ、いろんな人の力に圧倒されていた。
このところ、自分自身の許容範囲がとても狭くなっているように思える。ある部分では。
もう少し心が広くありたいと思うし、明らかに許容範囲を超えている時は、そう主張できるようになりたい。
それが、今回の課題だと思います。
xokoさんが記事の中で、9号館のお手洗いについて触れていました。
私のムサビ生活のベースは9号館にあるので、xokoさんのびっくりは私の普段です。それも、なんだか不思議。
でもそういえば私だって、1年前はxokoさんと同じようなことを感じていたのかもしれない。初心など、あっというまに忘れてしまうのだと、ぴしりぴしりと言われているようでした。
昨日とあるお芝居を映像で見ていたら、その中で登場人物がこんなセリフを言っていました。
「忘れてしまうことは残酷だ」
ではまた明日。
リリリ
最近、焦っている。
やらなければならないことが山積みなのに、何一つ片付けられない自分に。
やらなければならないことの山が、他の人よりとても低いことに。それなのに、おろおろしてしまう自分に。
進む方角をきっちり見据えて、動いている人たちに。
進む方角は分かっているはずなのに、動いている気が全くしない自分に。動いていない自分に。
このまま進んでいくとどこに出るのか、全然分からないことに。そもそも、自分が動いているのかどうかすら分からないことに。
それは焦りというよりはむしろ、怯えに近いのかもしれない。
ではまた明日。
でもきっとこんな自分にもはっきりとは気づかずに、つっぱしっていくのでしょうなあ。
そんなみちくさです。
ある美大生の日曜日
手羽さんふうに今日1日を振り返る。
02:00 もろもろの用事を終えて寝る。
12:00 起きる。そうめんを食べる。
13:00 家を出て図書館に向かう。靴屋さんでサンダルを見る。
14:00 帰宅。部屋に掃除機をかける。疲れる。
14:30 ベッドにねそべる。すやすやする。
18:00 起きる。ちょっとした用事を済ませる。
19:00 うなぎを食べる。
20:00 今に至る。
なんてシンプル。申し訳ないです。
明日から本当にまた1週間が始まるのだろうか。
授業は残り3週間。あっという間に終わってしまうのは、去年と変わらない。
私自身はどこが変わったのだろう。
ではまた明日。
てりてり

かんかん照りの道を、学校-鷹の台駅間の往復40分くらいと、家-最寄駅の往復20分くらいと、家-本屋さんの往復15分くらいを歩いただけで、すっかりばててしまいました。
今はただひたすらに眠い。どうして日に当たると眠くなるのだろう。
せみの鳴き声を聞いたときは、とうとうか…、と思いました。
来週の今日は、21歳の誕生日です。ハタチもあと1週間。何をして過ごそうか。
ではまた明日。
てごたえなどするするにげてゆく
今日は、DTPデザインの授業日でした。水曜日の授業から、うにゃうにゃと考えていたことを、ようやっと画面の上に吐き出す日。
本当なら昨日、少し触ってみたかったのですが、出掛けてしまったのでまあそれは仕方ない。だから考えだけでも固めようと思って、時間のあるときに白い紙にぐにゃぐにゃと頭の中を書きだしていました。そんな水木金。
そして今日。PCを立ち上げて、名刺にのせる情報を打ち込んでみる。いろいろに動かす。私の言いたいことはこれじゃ!と言わんばかりに。
…ところが、うまくいかない。
きちんと言えないけれど…変なのだ。とにかく。自分がこんな名刺もらったら、ドン引いちゃうだろうなあ…、というくらい。
半泣きになりながら、2つ目に挑戦してみる。…ますますだめだ。
ほとんど泣きそうになっているうちに、今日の授業が終わった。手元に残ったのは、気持ち悪い私についての情報の断片。
今日よく分かったのは、ヴィジュアル・コミュニケーション・デザインの授業で、自分なりのやり方とか、考えとか、特徴とかが、何となく分かった気でいたけれど、それは何となくだったんだなということ。当たり前だけれど、それをきちんと続けて、ぐつぐつと煮つめなくてはいけないのだということ。
でもやり方はきっと自分に合っていて、もちろん別の方法を試してもいいのだろうけど、決して見当違いではないということ。
あとは、先を読むことの大切さ。これはIllustratorがよく分かっていないということもあるけれど、完成図を考えなさすぎだなあと、反省しました。
私は根っからのWinユーザーなのですが(何しろ3.0を使っていた)、今回の授業でMacを使いながら、「Macは本能で動かせる」と言っていた誰かのことを思い出しました。村上春樹だったか。分からなくもないなあと思っています。
私はショートカットキーをほとんど使わないのですが、Macユーザー(ユーザと書くべきだろうか…)は、たくさん使います。この辺りが、「本能」というか、「手触り感」なのかなあ、と思います。
でも、私としては、マウス(特に右ボタン)のすばらしさも捨てがたい(Macの1ボタンは、本来初心者のためのものだそうですが…)。
去年、芸術文化学科の「情報処理」という授業で、世界で初めてのマウスと、そのデモンストレーションを見せていただきました。それは、ほんのりとあやしーい感じの映像なのですが(生中継ということになっているけれど、本当はどうなのだろう…?)、私はぞわぞわしました。
(ダグラス・エンゲルバートという人のデモンストレーションです。よろしければこの名前で検索してみてください。デモンストレーションの映像もあります)
そんなぞわぞわを使わないのはもったいないなあと、思うのですがどうでしょう。Macよ、原点に戻ってみてはどうですか!
今日は、パソコン室で、数少ない1年生の知り合いに声をかけられ、とても気恥ずかしかったのでした。先輩みたいな顔なんてできません。
ではまた明日。
「原マスミ大全集!」@目黒区美術館
*目黒区美術館ウェブサイト
*原マスミ公式ホームページ(音が出ますので注意してください)
本当はIllustratorの練習をしなくてはいけなかったのですが、会期終了がせまっているので、勢いで行ってきてしまいました。でも、行ってよかった。
展示してある作品そのものは、すごく好きなものもあるしそうでないものもあるし、特別に「いい!」と思えたわけではありません。
でも、展示室の一角に、今までの原さんのインタビュー記事をファイリングしたものが置いてあって、それを読んでいくうちに(読むまで原さんが男性だとはっきり分からなかった私…)、やっぱり1人の人って揺らがないんだなあ、と感じました。
ちなみに、原マスミさんは、よしもとばなな(当時は吉本ばなな)さんの「哀しい予感」の装幀画などを手がけていらっしゃいます。
| 哀しい予感 | |
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印象的だった言葉は、「僕は技術がないから、雲を描くとき、『雲になれ、雲になれ』と思いながら描く」。
ではまた明日。…マンガがとどこおっている!
わたしとIllustrator
今日から、DTPデザインの授業が始まりました。午後の、学科別科目です。芸術文化学科の教職履修者は、優先的にこの授業を受けられます(教員免許取得条件なので)。
この授業では、名刺や雑誌の誌面デザインを勉強します。だから、ベジェ曲線の原理を理解していない私も、Adobe Illustratorを使いこなさなくてはならないのです。
今日は、問題のベジェ曲線について勉強。先生がいくつか練習問題を出し、それに答えていきました。
問題は、1.くねくねした曲線、2.円(ペンツールで描く)、3.レモンみたいな形、4.正方形の中を塗る、5.その発展、でした。
まずは先生の説明なしに、各自でやってみる。芸文には、Illustratorを使い慣れている人もそうでない人もいるので、進度はまちまちです。もちろん、私は全然できない人。どうやっても、円が卵形になってしまいます。
そこで、先生の説明が少し入り、コマンドやらオプションやらシフトやらを使えば上手くできると教えていただきます。ふむふむ。これでやれそう。
と、思って画面に戻ってみると、うーん、やっぱり円が描けない。やめた、円飛ばそう。レモン行こう。…レモンも描けないぞ。だめだ、初心に返って円だ、円。
カチッ、デリート、カチッ、カチッ、デリート、デリート、カチッ、デリート……
しばらくそんなことをやっていると、後ろに人の気配。やばい、先生だ。先生が見ている。
カチッ、カチッ、カチッ、…デリート!!!
ああもう、だめだ!真っ白な画面に茫然としていると、突然、声が飛びました。
「早くやれよ〜(苦笑)」
背筋が凍りました……
先生の愛だと信じます。そして、自分自身の健闘を祈ります。
結局、先生に「shift押してて」と言われるがままにshiftを押し続け、そうこうしているうちに画面には円があらわれ、「ほら、ほら」と先生はいろいろに線を傾けてくださるのですが、私の頭の中は涙の海。
そんなこんなで4限が終わってから、企画広報課にお邪魔して、ムサビ日記をいただきました。
手羽さんにとうとうお会いできるかも!とわくわくして行ってみるも、どうやら不在だったようす。別の職員さんからいただいて、5限の教室でこっそりサインをチェックしました。日付入りでかわいらしい!
この場をお借りしまして、手羽さん、ありがとうございました!もし学内でお見かけしたら、勇気を出して直接お礼を言うように努力します。
ムサビ日記は、教科書で触りなれたつるつるの紙が表紙で、すごく安心しました。
5限が終わったあと、うにゃうにゃ今日あったことを思い出しながらムサビ日記を読み、めそめそしながら家に帰りました。
「ネガティブなことも違う発想で面白く考えられる」だなんて、私は無理無理…!!と思いながら。
思っていたら、ふと去年の10月くらいのことを思い出しました。
私はちょうどその時、造形総合でテキスタイルをやっていて、課題は楽しいのだけどプレゼンテーションのための冊子をまとめるのに四苦八苦していて、それこそIllustratorの達人であるデザイン情報学科の人たちにはすっかり負けていて、なんやかやと忙しくて、すっかり参っていたのでした。
それで、もうめんどくさーい!と思って世界堂(画材屋さん)に逃げていたら、別の授業を受けている芸文生2人にちょうど会い、そのままシスコで話し込んでしまったのでした。
その時に言われた言葉がすごく強烈で、自分の中にずっと残っています。
友人曰く、
「とりこちゃんは絶対めげない」
「どんなこともプラスに変える」
…びっくりしました。
自分では、自分のことをネガティブな人間だと思っていたし、いろんなことをぐるぐる考えちゃうし。それで、そう言ったら、「でもめげないでしょ?」と重ねて言われて、…そうかも、と思いました。
今日の帰り道もずっと思い出していたけれど、ムサビに入ってから、嫌だ、つらい、と思った課題がありません。もちろんその時は、眠いし疲れるし、もう最悪だ!と思うのだけれど、少し経ってから振り返ってみると、楽しかったな、勉強になったな、と感じることばかりなのです。
こんなこと書いてると、優等生ぶっちゃって!と思われそうですが、心からそう思います。
どうやって、「嫌だ、つらい」から「楽しかった、勉強になった」へ考えを変えているのか、今でも、自分でも、そのシステムを解明できてはいません。
でも確実に、そんなムサビっぽさを、私自身も持っているんだなあと思うと、少し元気になりました。私はきっと、DTPも「楽しかった」ことに変えてしまうんだ…と、信じたい。心から。
Illustratorは、空き時間を見つけて勉強することにします。ひとまず、金曜日に向けて名刺を考えること。あとは、きちんとトンボを作れるようにすること。
不安は的中したけれど、やらなきゃならないんだから、やる。
さて、明日は、とあるところに行ってきます。その感想も書きます。
ではまた、明日。
介護等体験0.5日目
こんにちは、みちくさとりこです。
今日から、介護等体験の実習が始まりました。
(タイトルに0.5日目とあるのは、放課後の実習半日と数えるからです。半日+半日=1日というわけです)
まずは前半、施設内の装飾です。いくつかあるフロアの1つを1班が担当し、施設の方のご要望の通り、折り紙や布を使って飾りつけていきます。
後半の介護実習は、クリスマスの時期に行います。この時には、「交流企画」といって、入所されている方と一緒にものを作ることで、交流します。
今日、約束した時間に施設にうかがうと、なんと担当の方がいらっしゃらないとのこと。日程もうまく伝わっていなかったようで、私たちは最初からどきどきです。
結局、空いている部屋で別の担当者さんとお話しして、今日は飾り付けをするフロアをまわって、何となくの方向を決めることにしました。
材料は施設にたくさんあるとのことで、実際、倉庫に行ってみるとロール状の紙や布がたくさん。はさみやのりも準備していただけるとのことでした。至れり尽くせりです。
話し合いの結果、私たちの担当は3階に決まりました。参考までに、1つ前の班が行った装飾を見てみると、布を使ったり、てかてかする紙を使ったり、たくさん工夫がしてあります。
入所されている方も、ごはんの直前にお邪魔したのに、「ここの紙はビニールだね」「このオタマジャクシ、まだカエルにならないよ」(オタマジャクシをフェルトで作って縫いつけてある箇所があった)とたくさん話しかけてくださいました。
それだけではなくて、「その紙はいっつも落ちてくる」などなど、飾り付けに対する不満も言ってくださって、こちらが助かりました。「今度来るとき、きちんと直しますね」と伝えて、私たちも、気をつけることにしました。
私たちは、「涼しげな装飾」を作ることになりました。「ここはクーラーがきいているけれど、まるで外にいるようにしてほしい」という要望でした。少し悲しい気持ちになる。
部屋に戻って、班員みんなで考え、来週までに資料を持ってくることに。
私は、みんなをうまーくうまーく説得して、「(細かくて正確な)絵を描く」という苦手分野を、どうにかこうにか装飾からなくすことに成功しました。最初は、「細かい描写をしよう」とか、「だまし絵を描こう」とかいう話になっていたのですが、私にはそんなこと到底無理!でも、無理と言うのも到底無理!なので、話し合いの間にちょっとずつ、「コラージュがいいんじゃない?」「写真を使うのも新しくて楽しいかもね!」などなど、発言してみました。
先生が、「うまく自分のやりたい方向に持って行かなきゃ」とおっしゃっていましたが、第一歩は成功…かも?
入所されている方が、とにかく私たちに興味津々で、いろんなことを話しかけてくださるのが、うれしくもあり、悲しくもありました。
先生が、それは時間をかけて解決しなければならない問題だ、とおっしゃっていました。
ヴィジュアル・ミュニケーション・デザインの授業が、最後の最後になって腑に落ちたように、この介護等体験も、今年が終わるまで釈然とすることはないのでしょうか。
今日の美術教育法の授業で、教育実習を終えた学生に、先生が「いい顔になったね」と話しかけていました。
「いい顔」ってどんな顔だろう。
ではまた明日。明日はマンガを載せられたらと思います。
明日からは、新しい授業が始まります。
補足・介護等体験について以前書いたこと
*教職過程についてのちょっとした説明
*施設オリエンテーションに行って感じたこと
つもりつもるつもり
今日のデザイン・マネジメントの授業で、「情報の96%はゴミになる」と言われました。
ムサビコムメンバーとして、非常に耳が痛かったです。
この日記を投稿するとき、私は何度も何度も読み直して、推敲しているつもりです。つもりがつもりつもって、もう客観性なんて失ってしまうのですね…
でもやはり、ここで重要になってくるのも、「編集」なのだろうな、と思います。
言葉に頼りすぎるのは私の悪いくせだけれど、「編集」について、ひと通り考えをまとめなくてはいけないようです。
ムサビ日記をむだにしないよう、精進いたします。
明日から、介護等体験の実習が始まります。まずは、施設内の装飾をお手伝い。
実際にどんな装飾をするかは、施設の方と相談しながら決めていきます。
実習のために、以前図書館で予約していた本を受け取ってきました。
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1年と少し、教職課程で学んできたことが、どう生かされるのか、壊されるのか。
不安でもあり、楽しみでもあり、複雑な夜です。
ではまた明日。
父の日
今日はオープンキャンパス2日目ですが、ちょっとした用事があったため、学校には行けず。その用事については、明日以降に書きます。
そのかわり、今日は父の日についてのちょっと面白い話。
みちくさ家では、毎年父の日には、必ず父にプレゼントをしています。私はちょっとした雑貨、母は何か洋服を贈ることが恒例。
先日、母がとあるデパートに行き、私の父と、母自身の父のためのプレゼントを買ってきました。その日、学校から帰って自分の部屋に入った私は、母が買ってきたらしいプレゼントの包みがそこにあるのでびっくり。
「どうしてここに置いてあるの?」
と母に聞いてみました。すると、母はこう答えました。
「だってあなたの父は私の父じゃないもん」
…お母さん、何も間違っていません。私(みちくさとりこ)の父へのプレゼントなのだから、置いておいてよ、ということらしい。
父は、私たち2人からのプレゼントを、うれしそうに受け取っておりました。
ではまた明日。
オープンキャンパス
こんにちは、みちくさとりこです。
つい先ほど、帰宅いたしました。
予定外にプレゼンが早く終わり、テアトロ・ノキチッタを見ることができたのです。まだ残り2公演ありますから、私のちょっとした感想は「続きを読む」に隠しておきますね。軒下がぴったりのお芝居です。
(芸術文化学科 オープンキャンパスウェブサイト)
さて、ではヴィジュアル・コミュニケーション・デザイン…と行きたいところですが、まずは今日、学校に着いてびっくりしたこと。
一夜にして学校がオープンキャンパス仕様になった…!!
私は昨日、2限が終わってさっさか家に帰ってしまったので、あまりの変身っぷりに腰が抜けそうになりました。いえいえ、誇張ではないです。この一瞬の力、ムサビだなあ…、と思いました。
芸文のホームグラウンドである9号館に入り、ロッカーに向かおうとエレベーターに乗ると、ここでもびっくり!思わず携帯で写真を撮ってしまいましたが、まだ明日があるので月曜日以降に載せてみようと思います。
オープンキャンパスそのものはほとんど見られていないのですが、自分が高校生じゃなくなったんだなあ、と痛感しました。
彼らと自分の、時間の流れ方があまりにも違うようで、私にもあんな時があったのだろうかと、立ち止まって考えてしまいました。
私も、素直だの正直だの言われるけれど、高校生には勝てない…!!高校生は無敵です。
では、ヴィジュアル・コミュニケーション・デザイン(VCD、絵本の制作)のプレゼンテーションについて話します。
今朝、学校に向かう前に音量子さんの日記を読み、そういえばと思うことがあったので、それについても少し書きます。
この2か月、毎週月曜日にVCDの授業があり、そのたびに「プレゼン」が行われました。でも、この「プレゼン」という言葉づかいは、他の学科や会社で使われているそれと、違う部分があったのではないかと思います。このことを、音量子さんの日記を読んで思い出しました(前から、説明を加えなくては…、と思っていたのです)。
今までVCDの授業でやってきたプレゼンは、「今週1週間、何をやってきたのか?何を考えてきたのか?それをどのように形にしてきたのか?(もしくは、形にできなかったのか?)」を話すものでした。それは必ずしも、聞き手を説得させるものではありません。むしろ、自分の1週間を話すことによって聞き手からの疑問を聞き出し、制作に反映することが大切にされました。
今日の授業で、「芸文はどの科目でも『編集』を学ぶ」という話になりました。これは誰が言い出したというわけではなく、絵本を制作する過程でそれぞれが(もちろん私自身も)納得していったことです。
制作の過程では、いろいろなことが起こります。この「いろいろなこと」を説明する(語りかける)のが、VCDのプレゼンでした。
そして、その「いろいろなこと」を、どう「編集」していくのか。それが、授業の大きな目標だったと、私は考えています。
つまり、今まで行われたプレゼンは、プレゼンだけを聞いてもあまり分からなくて、それはとっかかりにすぎないということ。自分の考えを話してみることで、他の人の考えを知り、それをきっかけに自分の考えを束ねていくための、言ってみれば手段でした。
ただ、今日のプレゼンに関しては、今までに起こった「いろいろなこと」をまとめて説明し、ああだからその絵本になるのね、と聞き手を納得・説得させる必要がありました。いわゆる「プレゼン」に一番近かったのではないかと思います。
ですから、だらだらとしたプレゼンは聞き手も飽きてしまったし、そうでない人のプレゼンは、うんうん、と納得できました。
受験生はシビアでした。でもそれが実際。精進しなければと思います。
3回くらい言いたいことを繰り返した気がしますが、伝わったでしょうか。自分の中でも少しごちゃごちゃしているので、書きながら、それこそ「編集」しています。
私のプレゼンでは、小冊子を配布しました。与えられた時間が5分だったので、本当に言いたいことだけをその場でしゃべり、でも実は自分の中ではすごく大事だったことを、A3サイズの紙を折り畳んだ冊子にして、話し出す前に配りました。
これ、本当はずるいのかもしれません。でも、レジュメみたいなものですから、そこまで道を外したものでもない、と私は考えています。
もちろんその冊子だけに集中してもよくないわけで、今まで語られなかった奥底の考えも伝えました。
私の順番の時、受験生が1人来ていて、一所懸命耳を傾けてくれていました。彼女に、きちんとつたわってるといいな。
今回の冊子は、以前アートマネージメントの授業で話題に上った、「プレスパッケージ」をもとにして作られています。(プレスパッケージについて書いた以前の記事)
先日、金曜日の授業でもプレスパッケージの話になりました。
先生は、今開催されているベネチアビエンナーレにいらして、その時のルクセンブルグ館のプレスパッケージについて話してくださいました。
ルクセンブルグ館のプレスパッケージは何と、USBメモリが、ぽんと1つだけ。銀色の、印鑑みたいなものでした(授業で遠くから見ただけなので、実際の形状はちょっと違うかもしれません)。他は、CD-ROMに薄い冊子をつける国がほとんどだったそうです。
その話(と実物)がとても衝撃的で、実はそれまでに冊子はできていたのですが、私のやりたかったことってこれかもしれないな、と思いました。
そして、続けよう、と思いました。プレゼンや絵本は関係なく、この冊子には何か意味があるような気がします。
同じくムサビコムメンバーであるおく★ともちゃんも手作りの冊子を配っていて、何だか面白かった。
それからおくちゃんも言っていたけれど、私もみんなのプレゼン中、何回かうるうるしてしまいました。確実に深いところを突いてくる絵本があって、強烈に私の中に残りました。
そんなプレゼンテーションでした。
ではまた明日。
明日オープンキャンパスにいらっしゃる皆さん、日射しには気をつけて、水分を充分取って、楽しんでくださいね。
「続きを読む」をクリックすると、テアトロ・ノキチッタのちょっとした感想があらわれます。まだご覧になっていない方は、じっと我慢してくださいませ。
テアトロ・ノキチッタの感想を少々
まず意外だったのは、公演が終わって外に出て、出演したみんなと話そうとしたら「視線のハードルが高かった…!」と言われたこと。笑
一体どういう意味だろう…ムサビコムメンバーだからかしら。ちょっと緊張しながら感想を書きます(アンケートにはうまく書けなかった…)。
今回、初めて本格的に「演劇」に取り組んだ人も多いだろうに、役者がみんな上手で、自分が情けなくなりました。私は高校で演劇(みたいなもの)をやっていましたが、棒読みすらできない大根役者だったので、とにかく、すごいなあ、と思っていました。
出演者全員が自分の知り合いというお芝居も、高校以来。普段はあまり話さない人の一瞬の表情に、何とも言えず掴まれました。
私は、VCDのプレゼンで「絵本は、イメージ100%+文章100%で200%のものだと思う」と話したけれど、同じことをこのお芝居にも感じました。お芝居では、100%にすべきものがたくさんあって、むずかしいなあ、とも。
例えば、脚本だけあってもそれはお芝居にはならなくて、そこには役者が必要で、役者を見せるための照明も必要で…、もちろん、それぞれがやり取りをしなくてはいけなくて、厳しい場所だなあと思いました。
今回は、脚本の部分が他より少し大きかったと感じました。だから、すべてを束ねたあの空間ではなくて、言葉の並びだけを追う瞬間があって、ぞれは決してマイナスではないのだけど、意識を持って行かれることに、ああ…!と思いました。
でも、よかったなあ…約1時間半だったけど、1時間半とは思わなかった。
よかった。
「またお芝居やりたくなった」は、私の中でいちばんのほめ言葉、ですよ。
明日も2公演、遠くから応援しています。
では、また。
じゅっぽもあるけ
ムサビ日記、納品おめでとうございます!(手羽さんの喜びの声)
まさか私までいただけるなんて思っていなかったので、うれしかったです(買う気まんまんでした)。私もムサビコムメンバーなのだなあと、実感。
でも、保存用(サイン入り)と熟読用と、2冊手元に置くのも手です。皆さまも、ぜひ2冊ご購入の上、1冊はきれいに保存、もう1冊を手垢がつくまでじっくりじっくり読んでくださいませ。
さて、明日・明後日はとうとうオープンキャンパスです。
軒下劇場にもロゴが入り、どきどき。
何はともあれ、芸文!という方は、ぜひ「OCで芸術文化学科を200%楽しむためのblog」を読んでからお越しください。
(芸文とデザイン情報学科がオープンキャンパスのウェブサイトを持っている、これは何を示しているのだろうか)
よく分からないけど美大ってどんなとこなんだろう?と思っている方は、門をくぐって10歩も歩けばわかります。きっと。
私にとってのオープンキャンパスは、ヴィジュアル・コミュニケーション・デザインIBのプレゼンテーション。
がんばろう。
ではまた明日、ムサビでお会いしましょう!
どろん
昨日の日記で、「軒下劇場の天井が飛んだ」と書きましたが、手羽さんのご指摘通り…というか常識的に考えれば、軒下劇場に天井はありません。
いえいえ、私だって書きながら、ちょっとおかしいなあとは思った…思いませんでした。
(でも、廊下で会った友人は、天井って言ってた気がするんだなあ…)
今朝、じっくりと見てきました。やっぱり軒下劇場でした。
ではまた明日。
なんでもござれ
今日は、オープンキャンパスでの発表に向けて、ヴィジュアル・コミュニケーション・デザイン(VCD)の絵本を制作していました。芸術文化学科の空き教室に某友人とこもり、絵本というよりはむしろメイキングを制作していると、軒下劇場プロジェクトに参加している友人が、のこぎりをかついで廊下を横切りました。
曰く、「軒下の天井が吹っ飛んだ!」。
なんと、1号館下にちゃくちゃくと建設されていた軒下劇場の天井が、強風で壊れてしまったらしい。ものすごく壊れたってわけじゃないけど…、と言いながら、友人はかっこよーく去っていきました。
びっくりしたのは、軒下劇場の天井が壊れていたことを最初に知らせてくださったのが、手羽さんだったらしい、ということ…!!手羽さんから芸文・Y徳先生に連絡があり、それからプロジェクトのメンバーが修理に向かったもようです。
私が5限の授業を終えて帰るころにも、もちろんプロジェクトメンバーは劇場を作っていました。
今回の軒下は、普段の駐輪場。
授業で知り合った他学科の友人に「あそこで作ってるのは芸文の劇場だよ」と話すと、「芸文ってそういうこともやるんだね〜」と言われました。「『文化』っていうから、もっと勉強ばっかりするんだと思ってた」とも。
そんな時ふと思い出すのは、去年のオープンキャンパスのコピーです。確か、「何でもやる」だったような。より正確に書くならば、「×何でもできる ○何でもやる」だったと記憶しています(実物があればもう少しやわらかく伝わるのですが、芸文のウェブサイトにも残っていないので…申し訳ないです)。
私はそのコピーを見て、なんてしっくりくる言葉なんだろう…と思いました。
芸文は、そんなところです。何でもやっちゃうんです。
VCD IBの公開プレゼンテーションは、そんな何でもやっちゃう私、みちくさとりこが今まで以上に気合いを入れて、皆さまをおもてなしいたします(おく★ともちゃんも、他のクラスメイトも然り)。
もちろん、ゲイブンカフェや新見庵、ワークショップにノキチッタ、VCD IAもお忘れなく。オープンキャンパスでは、芸文を思いきり堪能してくださいませ。
ではまた明日。
阿佐ヶ谷スパイダース「少女とガソリン」@ザ・スズナリ
昨日、19:30からの回を見てきました。(阿佐ヶ谷スパイダース公式サイト)
上演されたザ・スズナリという劇場は、1981年3月開場、230名収容の小さな劇場です。
私にとってこの劇場の存在はとても大きいものです。
高校3年生の時、自分から進んで劇場に行きたいと思うようになって(それまでも親に連れられて見に行ってはいたのですが)、自分でも演劇をやりたいかもしれないなあと(中学高校と6年間も演劇部にいたのに、その時になって)思い始めて、そんな時、ふらりと入った本屋さんで、「舞台をつくる」という特集の組まれた、ある演劇の雑誌を見つけました。その雑誌の存在はそれまで知らなくて、だから私は、これぞ運命!と思ってその雑誌を買いました。
特集には、役者さんから照明さんから衣装さんから、とにかく舞台をつくっていく人たちのことがたくさん書いてあって、ドキドキしながら読みました。
その特集に、ザ・スズナリの記事も出ていたように思います。先日見てきた、猫のホテルという劇団の森田ガンツさんという役者さんが、いろいろな角度からスズナリを紹介する、という企画です。
資料(本多劇場グループウェブサイト)を見ていただければ分かると思うのですが、スズナリの外観は、ぎゅっとするように素敵です。劇場の、ざわざわした雰囲気そのままだなあ、と写真を見た時に思いました。
それからずっと行きたいと思っていて、機会を逃がして逃がしてしていて、昨日ようやく行くことができました。
これまで、いろんな劇場のいすに文句をつけてきた私からすれば、スズナリのいすは決して座り心地のよいものではありません。パイプいすだから硬いし、上にしいた座布団はかゆくなるし…
でも、それをなかったことにできてしまうくらい、妙な空気に満ちた空間でした。
今まで、スズナリで上演される舞台に出演する人のインタビューを読んできて、多くの人が「スズナリには不思議な力がある」「たくさんの役者の魂みたいなものがある」と言うことを、よく理解できませんでした。
でも昨日、ようやっと分かった気がします。気のせいかもしれないけれど、舞台の上に役者さんの残したものがあるのと同じように、客席にも数え切れないくらいのお客さんが残していったものが、あったように思うのです。
そんな場だからこそ阿佐ヶ谷スパイダースはスズナリを選んだのですが、そんな場だからこそ、残るものを見られたような気がします。
今、これを書いている芸術文化学科のパソコン室に助手さんが入ってきたので、思わず画面を閉じてしまいました。
ちょっと大人な気持ち。
そういえば、いつもムサビ日記には、意識して、お芝居の感想や批評を書かないようにしています。批評するのは、いすの座り心地くらい。
…恥ずかしいんです。
ではまた明日。
母と下北沢で
今日は、ヴィジュアル・コミュニケーション・デザイン(VCD)のミニプレゼン後、下北沢までくり出して、阿佐ヶ谷スパイダースの「少女とガソリン」というお芝居を見てきました。
感想は長くなりそうなので、後日。
VCDは、なんだかとんでもないことになってきています。オープンキャンパスでは、ぜひぜひプレゼンにいらしてください。そして、句会とノキチッタものぞいていってくださいね。
ではまた明日。
うにゃうにゃしゃかしゃか
今日は、美容院に行って髪の毛を切ってから、明日のプレゼンに向けて小道具をしゃかしゃかと作っていました。
以前から何度かこのブログに出てきている、ヴィジュアル・コミュニケーション・デザイン(VCD)のプレゼンが、明日あります。最終プレゼンはオープンキャンパスの日なので、明日は最後の最後の調整日、という感じでしょうか。
先日、同じくムサビ日記を書いているおく★ともちゃんとプレゼンについて話す機会があり、その時に話したことを、オーキャンでもやってみようかと考えています。明日は、そのための準備というか、実験です。
実際に製本するのは授業が終わったあとなので、オーキャンでは出来上がった絵本をお見せすることができません。それなのに、こんな考えでこんな紙を使ってこんな風に文字を入れてこんな本の形にします、と口で説明してもしっくりこないので、…これ以上は言えません。
そしてまだ、準備が足りないです。困った。ちょっと小道具を作っている場合じゃなかったかもしれないです。うーん。
最終プレゼンについても、もっとちゃんと考えなくては。…うーん。
ではまた明日。
ハガキのうれしさ
2か月も放っておいた髪の毛を、ようやっと切ることにしました。
私は短い髪の毛が好きで、それ以上どこを切るの!と言われるくらい短くしています。
なので、間がこんなにあくのは久しぶり。贅沢なことに、1か月から1か月半くらいで、美容院に行くことにしています。
このところ妙に忙しく、それでいてあまり長くなった髪が気にならなかったので放っていたのですが、昨日になって急にうざったく感じられるようになりました。
ちょうど明日はお休みだし、ということで、学校の帰りにいつもお世話になっている美容院に予約を入れに行きました(私は電話が苦手なので、直接美容院に行って予約するようにしています)。
すると、担当の美容師さんが「とりこちゃん久しぶり!」と言ってくださいました。
「もう2か月も間があいてたから、心配してたよー。実はちょうど、ハガキを出そうと思ってたの」
「あ、誕生月だからですか?」
私の行っている美容院は、誕生月にいくらか割引してくれます。その案内を送るところだったのかな、と思って聞いてみたらなんと、
「ちがうちがう、個人的に心配だったから出そうと思ってて、ほら、もう書いてあるよ」
という答えが返ってきました。
そして、レジの脇にあるファイルから、私あてのハガキを取り出して、「手渡しであげられてよかったー」と言って、渡してくださいました。
なんだかうれしくて、いつも持ち歩いているメモ帳に、ハガキをはさんでおきました。
(そりゃもちろん、大人のやり取りだということは、承知しているのですが…でも、うれしかった)
ではまた明日。
地下鉄の些事

昨日今日と、ムサビの教職員の方の健康診断が行われていました。
いつもドキドキしながらすれ違う他の学科の先生が、うす青色の封筒を持っているだけで、なーんとなく近しい人に思えてしまいます。
ではまた、明日。
たのしみたしなみ
芸術文化学科のウェブサイトが、オープンキャンパス仕様になっていました。
みなさん、オープンキャンパスにぜひいらしてくださいねー
鷹の台駅のそばにもポスターが貼ってあり、毎朝どきどきしています。
そういえば今朝、鷹の台駅で芸文のある先生をお見かけしました。うしろ姿をちらと見ただけだったのですが、なんだかすごい雰囲気をまとっていらした。びっくりして、意味もなく私が迂回してしまいました。
それなのに、芸文のホームである9号館下のエレベーターでばったりしそうになり、また意味もなく反対側のエレベーターを使う私。チキンハートです。
今日は、3年生のゼミ登録会だったようす。教室の外に、今朝ばったりした先生が「会場はここ」という(ような)紙を貼っていました。
ゼミだなんて、先の話だと思っていたけど、やっぱり近い。
何となく友だちと話すことはありますが、何となくではいけないのだなあと思います。
同時に、みんながどんな3年生や4年生になるのかが、今からとても楽しみだ。
…私も誰かに楽しみにしてもらえているのかなあ。
ではまた明日。
ひそりとばればれ

こんにちは、みちくさとりこです。
ようやっと、4日に描いたマンガをお見せすることができました。よかったよかった。
(なので、マンガの中の「今日」というのは月曜日のことです)
最近、芸術文化学科のパソコン室で、ふと目に入ったオレンジ色を追ってみると、友人がムサビコムを見ている場面に出くわすことがあって、どうしようもなくドキドキします。すっかり顔バレしているもよう。
顔バレしない妙な自信があったのですが、「マンガ載せたら分かるよ!」「やってること読めば分かるよ!」と、とっくに気づいている友人たちからつっこまれた今日。
今日は、ヴィジュアル・コミュニケーション・デザイン(VCD)の最終プレゼンに向けた、ひっそりとした話し合いを、パソコン室で展開していました。
最終プレゼンはちょうどオープンキャンパスの日に行われます。せっかくたくさんの人に見ていただけるのだから、その人たちに楽しんでもらわないと(そして芸文に興味を持っていただかないと)!というわけで、あんなことやこんなことを考えました。
私の結論は、「これは書画台を真剣に使うしかない」。メモ帳にこの通りに書いてあります。(書画台とは)
去年、私は造形総合科目でアニメーション(映像学科)の授業を履修しました。アニメーションとはいうものの、実際に制作するものは、私たちが想像するアニメーションの原型である、「紙芝居」。
その上演は、書画台を使って行われたのですが、特徴を使いきれないままに終わってしまって、すごくすごく残念でした。書画台は何となく気持ち悪くて心地良くて、奇妙な存在です。どうしてみんな、最初に自分の手を映してしまうのかが不思議。笑
今回は、アニメーションのリベンジです。
頑張ります(ので、ぜひプレゼンにいらしてください)。
では、また明日。
ムサビと絵本/現代のしかけ絵本
こんにちは、みちくさとりこです。
我が家にある唯一のプリンタ兼スキャナが、お父さんに占拠されているため、ばっちり描いたマンガをお見せすることができません。残念。
…まさか、残念なのは私だけなのだろうか。
お父さんはテニスが趣味で、大学生の時からずっと続けています。今でも当時のサークル仲間とテニスする日曜日があったり。
彼は地道な努力ができる人なので、その面ではとても尊敬しています(じゃあどの面を尊敬していないのかなどと聞かないでください)。
ところが、彼は自分の衰えにあまり気づいていないらしく、それが母と私を心配させています。
五十肩でずっとリハビリ(簡単なものですが)をやっていたのに、家でラケットの素振りをするし、もちろん毎週のテニスレッスンは欠かさないし(上級者コースにいるそうです)、夜中までトッププレーヤーたちの試合分析に余念がありません。
そんな父、この間、とうとう捻挫してしまったのです。その日は日曜日だったので、月曜日に病院に行くのかと思いきや、私が学校から帰ると、彼は湿布を貼って全仏オープンを見ていた…!!つわもの…!!
「病院行かないの?」と聞いたら、「だって捻挫だもん」とのこと。いやいやだから、捻挫だったらなおさら病院に行きましょうよ。
確かに歩くのはつらいようで、だから昨日今日と家でお仕事をしているのです。もちろん、全仏オープンを見ながら。彼が、プリンタ兼スキャナを占拠しているのです。
侮れないぞ、テニス。私のマンガの前に立ちはだかります。
さて、今日の本題はここから。
今日は、美術資料図書館で、「ムサビと絵本―絵本の表現―」と、「現代のしかけ絵本―Contemporary Pop-up Books―」を見てきました。
ヴィジュアル・コミュニケーション・デザインを履修するまで、私は絵本をほとんど読んだことがありませんでした。
だから、「ムサビと絵本」の感想はとにかく、「こんなにたくさんの絵本を、ムサビの先輩が作ってるのか!」でした。情けないことに。
中でも私が、好きだなあ、と思ったのはこの2冊。
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「ジャリおじさん」は、とにかく言葉づかいが大好き。妙なところで、語尾が「〜じゃり」に変化するジャリおじさん。頭の中で、声に出してしまう絵本だと思いました。それが、いろんな手法で描かれた絵といっしょくたになって、とても好きです。
(今、小学校3年生の図画工作の指導案を書いているのですが、参考にと読んでいた教科書に、ジャリおじさんで使ったのと同じ手法がたくさん出てきました)
「戦争で死んだ兵士のこと」は、今、私が考えていることとすごくつながっていて、びっくりすると同時に、なんとも言えない気持ちになりました。と、書いてしまうと、どこかで聞いたことのある感想になってしまいますが。手元に置いておきたい絵本です。
この展覧会では、たくさんの絵本がいすに座ってじっくり読めます。お時間のある方は、平日にいらしてみると、ゆっくりできるのではないかと思います。オープンキャンパスの日は、混雑しそうな予感がします(あくまでも予感ですが)。
そうそう、そのいすがくせもので、今日もすってーん!となっているムサビ生を目撃してしまいました。座面が床と並行になったのを確認してから座ってください。
「現代のしかけ絵本」は、小さな空間にしかけがみっちりで、楽しい疲れでした。
開くと飛び出すしかけの他にも、劇場型のしかけ絵本、なんてものがあったり。まじまじと観察してしまいました。
ずいぶん古い日本の雑誌にも、しかけが使われていたなんて驚きです。どうして、しかけたいと思ったのだろう。
授業の合間に行ったので、どちらも見きれていません。会期は長いので、また時間を見つけて行ってみようと思います。みなさまも、ぜひ。
ではまた明日。
少しばかりオーキャンの話をば
こんにちは、みちくさとりこです。
今日は、なんと来週にせまってきたオープンキャンパス(略してオーキャン)の話を少し。
とはいうものの、私は受験生としてオープンキャンパスに参加したことがありません。
高校に入ってからずっと、「美大に行く」と思っていたはずなのに、五美大の中ではなぜか日芸さんのオープンキャンパスにしか行ったことがありません。それも、演劇学科目当てです。
実は私、高校2年生の終わりくらいから3年生の最後の最後まで、「大学では演劇を勉強できたらいいなあ」と思っていて、その方面の学校にはいくつか見学に行っていたのです。でも、運良くというか運悪くというかことごとく不合格になってしまい、今に至るというわけです。
話を元に戻すと、そんなわけで私は去年のオーキャンが、初めての美大らしいオーキャン体験となりました。
なので、実はとりたてて「ここがおすすめ!」というところがないのです。
ただ、「日常が想像以上!」というキャッチコピーは、まさしく!で、オープンキャンパスは完全に、ムサビの毎日を皆さんにお見せするイベントです。ただ、やたらとプレゼンやら展示やらが集中するだけで。笑
私の履修している授業のプレゼンも、オープンキャンパスの日にあります。普段は月曜日に行われているのにです。笑
そのことについて今日、先生にうかがったところ(オーキャンの日にプレゼンあるって本当ですか!とみんなで聞いてみた)、「オープンキャンパスの日にプレゼンがあるんじゃない。プレゼンがある日にオープンキャンパスがあるんだ」との回答(本当はもう少しやわらかな雰囲気でしたが、分かりやすく書いてみました)。
実際、プレゼンや展示は、毎日のように学内の至るところで行われています。その山が、オープンキャンパスの日に合ってしまった、というだけなのです。
学生も普段どおり緊張してプレゼンしていますので、受験生のみなさんは、リラックスして学内をぐるぐるまわってみてください。
芸術文化学科に興味のある方は、ぜひワークショップに参加してください。このワークショップに参加して、芸文に入ることを決めた人もいるくらいです。去年、ちらりと見学しましたが、とても楽しそうでしたよ〜
MAUオープンキャンパスブログ
広報の手羽さんが、芸文の企画について紹介してくださいました。
ではまた明日。
※マンガは、1日おき(くらい)の更新にしようかなあと考えています。ひとまず今日は、お休みです。
再構成

もう1週間が経ったのか、と、日曜日が来るたびに力が抜けます。
力が抜けて、ふらふらと近所を散策。
最近、ぼんやりしています。でももしかして、いつもなのかなあ。
自分の周りで、ムサビ日記を読んでいる人が多いのでどきどき。
そんな日曜日。
ではまた明日。
じゅんじゅん

ここ何日か、リビングにある親PCでマンガを取り込み、メールに添付して子PCに送り、子PCからムサビ日記を更新、とやっているのですが、画像がすっかり荒くなっていますね…
本当は親PCと子PCはネットワークでつながっているので、親PCで取り込んだまま子PCに入るらしいのですが、いかんせん我が家は1000坪、南の端にリビングがあり、北の端に私の部屋があり、データをやり取りするには双方のセキュリティソフトを切らなければならず、つまり画像1枚送るのにあっち行ったりこっち行ったりする必要があるのです。それが億劫で、どうしてもこんな画像になってしまいます。
しかし、これでは納得がいきません。億劫がっていてはだめなのかなあ。
もちろん、1000坪はうそです。ごめんなさい。検索ワード「1000坪」で検索してみると、なかなかに面白いです。
今日も今日とて、ヴィジュアル・コミュニケーション・デザイン(VCD=絵本制作)の続きです。
突然話が飛びますが、私は毎日、キングコングの西野亮廣さんのブログ「西野公論」を読んでいます。
西野さんは今、絵本制作の真っ只中だそうで、ブログにもよく絵本のことが出てきます。絵本のために、会議室にこもりっきりになったり、知り合いの芸人さんに制作過程を見せたり…
今まで、「芸人さんが絵本?どういうことだろう?」と思っていた私ですが、VCDの授業が始まってから、西野さんに会って、話を聞いてみたいなあ、と思うようになりました。
そもそも、どうして西野さんは絵本を選んだのだろう。どうして、漫才じゃいけなかったんだろう。どうして1人でやるんだろう。
その問いは、そのまま私に返ってきます。どうして絵本を作ろうとおもったのだろう。マンガじゃいけなかったんだろう。1人でやるんだろう。
授業だから、といえばそれはそうなのだけど、でも選択肢は、私に関しては3つあったので、その中からどうして絵本にしようと思ったのか、年明けの私に聞いてみたいとは思うけれど、その時の私と今の私は少し異なっているので、なかなかに難しい。
でもそんなこと、頭の中から全部ふっとんで、紙にドローイングインクをにじませている瞬間は、楽しいです。色をのせているのに、真っ白になるような感覚です。
…今、ふと、絵本にするってすごい、と思いました。
8週間も、もやもやもやもや、みんなでしていたものが、「本」という形になる。
今からオープンキャンパスでのプレゼンに思いをはせて、この本で、また誰かと出会えればいいなと思います。
ではまた、明日。
moto

今日は2限が休講になったので、何と1限だけで授業がおしまい。
なかなかないことなので、2限に遅刻してくる人たちとすれ違いながら嬉々として駅まで向かい電車に乗り、家に帰って、(DVDを見てから、)ヴィジュアル・コミュニケーション・デザイン(絵本制作)の課題のつづきに取り組む。
昨日買ってきた紙を友人に見せたら、「そういえばとりこちゃんって青のイメージがあるけど…青買ったんだね。暖色を買うと思ってた」と言われました。
昨日買ったのは「イームズ」という紙のコバルトブルーと、和紙のような紙(名前を失念しました)です。
確かに、コバルトブルーは寒色です。でも、私はそんなこと全然思わないで、手触りがほっかりしている、という理由で、2700種類の中から「イームズ」を選び出しました。私の中でコバルトブルーの「イームズ」は、あたたかな印象だったのです。
だから、今日「暖色を買うと思ってた」と言われて、すごくびっくりしました。一瞬、何を言われているのか分からなかったくらい。しばらく考えて、そうか、青って寒色なんだ、と思い出しました。
結局、昨日行ったお店には、私の考えにしっくりくる紙がなかったので、それぞれの紙を自分でいじることにしました。
以前、テキスタイルの授業を取った時に使った、ホルベインのドローイングインクで、紙に色をのせてみました。ドローイングインクは、発色もきれいだし、やわらかだし、おすすめの画材です。
普段、筆を持って絵を描いたり、意識して色を扱う機会がないせいか、インクを使って作業するのは楽しい反面、とても疲れます。
先日の教職総合演習のグループ制作のように、思うままに筆をすべらせてみたり、紙をこすりあわせてみたり。
私の頭の中にある物語は決して明るくないのですが、紙を作る作業はとても楽しくて、内容とうまく合わなくなってしまったかもしれません。
以前、「みちくさは、何か面白いことを見つけるとその作業に熱中してしまうから、たまに周りを見ることも忘れないように」と言われたことがあるので、きょろきょろしつつ、200%な絵本を作り上げたいと思います。
絵本は、200%なのだと、この間ようやく分かりました。
ちゃんとそれが伝わりますように、頑張る次第です。
ではまた、明日。