かばんを買いました/共通絵画について

こんにちは、みちくさとりこです。今、この記事を書き上げて確認している時に、バッテン印をクリックしてしまい、水の泡を実感しました。がっくり。「ちょくちょく保存!」の反省が、まったく生かされていない…


一昨日、「明日は共通絵画について書きます」と言ったのですが、はしかの予防接種にすっかり気を取られてしまいました。ごめんなさい。
そんなわけで、今日は共通絵画の話…の前に、新しいかばんを買った話を。


私のかばんは、ものすごく大きいです。いろんな人に、「子ども入ってる?」「肩大丈夫?」「何を入れるとそんなに大きくなるの?」と言われるくらい。
私は、かばんが大きいこと(ぱんぱんなこと)=かっこいいこと!と、理由もなく小さいころから思っていたのですが、世間では「かばんが大きい=バカっぽい」なんてイメージもあるようで…(荷物の整理が出来ない人と取られるよう)
それを気にしてのことではないのですが、あまりの重みに今使っているかばんが耐えきれず、壊れてきた部分があったので、新しいかばんをこのところずっと探していました。
ただ、私に買える値段で、気に入る作りで、ある程度の大きさがあるものがなかなか見つからず、なるべくかばんを軽くするよう努力していた最近でした。
しかししかし、今日!いつも降りない駅で電車を降りて、ふらりと入ったお店で、ばっちりくるかばんを見つけてしまいました。容量は今使っているものより少し減るけれど、ちゃんと肩にかけられるし外にポッケがついているしショルダーにもなるし、マチがたっぷりあるので、これにしてしまおう!と購入。これを機に、荷物を少し減らそうかな、と思っていたのですが、どうやら減らさなくても大丈夫そう。…あら。


さて、共通絵画の話です(共通絵画とは)。デザイン情報学科の人は、今日で終わりだったようですね。どうでしたか?芸術文化学科の皆さんは、来週から共通絵画です。今の心持ちは?
去年の私は、ものすごくびくびくしてオリエンテーションを聞いていました。先生たちは怖そうだし(最初はそう見えた)、少人数のクラスに分かれるし、そもそも私、「絵画」なんて無理…!と思っていました。
何しろ私は、デッサンをほぼ未経験で大学に入ってしまったので(受験科目は国語・英語・小論文)、「デッサンの出来る人恐怖症」だったのです(なのです、かもしれない)。
高校の時、すこーしだけデッサンをかじりましたが、そもそも石膏像が画面に入りきらず、瓶をモチーフにすれば気に入った瓶だけをがじがじと描いてしまい、トマトを描けばそのつるぴかっぷりばかり描き込んでしまい、先生にあきれられたものでした。
その恐怖心がなかなか拭えず、それでも「絵画」と付いた授業は受けなくてはならず、私は半泣きでした。
ところが、それまでの参考作品のスライドを見せられた時、「あ、なんかやれるかも」と、根拠のない自信がふわふわと湧いてきました。確か、空間演出デザイン学科の人が以前に作った、人体をモチーフにした作品だったと思います。あまり記憶にないのですが、布をぐるぐると巻きつけて作ったようなもので、これ好きだなあ、と思って見ていました。


オリエンテーションの後、すぐに第一課題のモチーフである岩を運びました。その時には、もう何をやりたいかが決まっていた気がします。実際、その時使っていたクロッキー帳を読み返すと、「布を使う」という方向は決まっていたようです。
私は岩を運んだ時、「淋しさ」を感じました。この岩は、どこから連れてこられて、どうしてここにいるんだろう、ひとりきりで、淋しそうだなあ、と。
それが、何となく「布」につながり、あ、古着を使おう、と思い、とある古着屋さんで安く古着を買い、次の日にはそれをバラバラに解体して、家から持ってきたシーツに縫いつけていました。
縫いつける過程で、その糸をひっぱると布がひっつれることに気がつき、そこからはずーっと、岩を観察しながら布で色を乗せていきました。
今考えれば、布を使うという手法は、「絵を描くのが苦手」と思っていた私の、最大の逃避だったのかもしれません。私の中には「絵を描くこと=紙に絵の具を乗せること」というような思い込みがあって、そこからどうにかして、逃げよう逃げようと考えていたように思います。
でも、逃げて逃げてしていたら、いつの間にかその布が、とてもきれいになっていることに気がつきました。とにかく、縫うだけ縫ってみよう、と思って、しばらく経ってふとその布から離れ、そして裏返してみた時に、ひっつめた皺が、ぶわっとするほどきれいだったのです。
それは、岩の感じている「淋しさ」と似ているのかな、と思いました。こんなにきれいなのに、岩はそれを見てもらえない。岩の中には、こんなものが刻まれているんじゃないだろうか、と思いました。
制作中に先生がいらした時や、講評では、そんなことを話しました。何をどうした、という解説をしたわけではなくて、自分はこの岩からこんなことを感じたから、こう考えて、この形になったと。
先生は私の話すことを聞いて、「だから芸文は面白いんだよなー」とおっしゃいました。「考えていることを言葉に出来る芸文は面白い」と。
それまで考えたことをひたすら言葉にしてメモし、でもそれに違和感を感じていた(絵画なのに言葉を書いていていいのか)私には、先生の言葉は意外でした。
先生と話すうちに、ぽろっと口から出てしまったことを展示の時にやってみたら、9号館下の展示室がおもーい空気に包まれましたが…笑
それでも、私の中の意識が、ぐるっと変わったように思います。


第二課題は「樹根」。岩と同じようにみんなで大きな樹根をアトリエに運び、周りを囲んで、私はいじいじしていました。その時に感じたことは「痛い」ということ。木はやわらかいイメージがあったけれど、実際に触ってみるととても痛い。すっかり乾燥しているのだから当たり前ですが、その時の私にはびっくりでした。
それをどうやって形にしよう、と考えて、ぱっと浮かんだのが「布を織る」ことでした。縦糸を麻ひもに、横糸を裂いた布(Tシャツ)にすれば、この痛い感じが出るのではないか。とりあえず、思いついたら即行動!というわけで、その日のうちにゴミ捨て場から材木を集め、織り機のようなものを作る。釘をがんがん打ち込んで、麻ひもを張り、裂いた布をからめる。
そうやって作業を進めるうちに、織っている布の裏を見る機会がありました。本当に織ることを専門にする人だったら、裏を見ないなんてことはないのでしょうが、私はそういうところがぽーんと抜けている人なので、しばらく経ってから気づきました。
そういえば、岩の時も布の裏側がきれいだった。先生にも、「裏を見せればよかったのに」と言われたくらい。よし、今回も裏を作っていこう。
そこからの作業は、縫うと織るの違いだけで、ほとんど一緒です。毎日早くにアトリエに行き、誰もいない時から作業を始める。みんながいそいそと道具をしまってお昼を食べに行くなか、淡々と作業を進める。私は作業が遅かったので、それは必要なことでした。
結局大小合わせて6つの織り機(的なもの)を作り、10号館の天井から吊して展示しました。
講評で言われた言葉。「心に残る仕事でした」。これが、すごくすごく、うれしかった。


共通絵画は本当に楽しくて、毎日朝7時半ごろ登校し、お昼も食べずに3限が始まる直前までアトリエにこもっていました。これはあまり健康的ではないのでおすすめできませんが…(ちなみに私はその時5kgのダイエットに成功。受験で太った分を取り戻しました。学科の人には、「カ■リーメイトばかり食べていると思われました。が、この春休み、ぐうたらしていたせいで今では去年の共通絵画前に逆戻り。また共通絵画やろうかしら…)。
何が楽しかったか、というと、「自分の考えていることを聞いてもらえる」ことでした。ここから始まっていいんだ、と思えました。私の考えていることは、当たり前だけれどあまりにも私のことすぎて、本当にこれでいいんだろうか?と思うこと、しばしばでした。それを、それで大丈夫、と言われたことは、ぐっとしました。
第二課題の展示を撤去している時、助手さんに「こんなに(量を)作ったんだ。頑張ったね」と言われました。彼は私が一番話してみたい相手だったのですが、おく★ともちゃんと同じように、もしかして嫌われてるのかなあ…と思っていたので、とてもうれしかったです。ちゃんと、この人にも通じていたんだなあ、と思いました。
自分の考えをきちんと伝えられて、それがぐっとすき間に入りこむ瞬間を見られた。自分の中にもぐっと入りこむものがあった。
うれしかった。うれしかった。


そして、後期になり、教職課程履修者は、造形総合科目の中から「工芸」の科目を選択して履修することになりました。
科目は、陶磁・金工・ガラス・木工・テキスタイルの5科目。私は陶磁に興味があったので、迷わず陶磁を第1希望にしました。ところが、この選択が無効になってしまいます(教職履修者とそうでない人をごっちゃにして抽選してしまったとのこと)。
結局、芸文の教職履修者全員が選択し直すことになり、教室に集められました。私はもちろん、陶磁をやる気まんまんだったのですが、陶磁の希望者がものすごく多い!教室では大じゃんけん大会が繰り広げられることに。
しかしその直前、助手さんがこう言いました。「テキスタイル、面白いと思うんだけどなー」。
私は思いました。「共通絵画で布使ったし、テキスタイルやってみようかなー」。
本当に、軽い気持ちでした。テキスタイルは面白かったけれど、同じくらいつらかった。生まれて初めて徹夜をしそうになりました。
でも、この時テキスタイルをすすめてもらえて、良かったと思います。選んで良かったと思います。
私は今でも、共通絵画でやったことを、つづけています。


今、私は絵本を作っています。絵と文章がうまく混ざらず、文章ばかりが出てくることに少しイライラしています。
でも、先生は「文章を書いていけば必ず絵も出てくる」とおっしゃいました。
この記事で共通絵画を振り返ってみて、本当にそうかも知れない、と思いました(今まであまり信じていなかった)。
きっとそのスピードが、共通絵画の時は速くて、今回は少しゆっくりなのだと思います。必要な時にはきちんと形を見せてくれて、私はそれを写し取って、混ぜていけばいいのかな、と。


私の感じたことばかり述べてしまいましたが、これが共通絵画の話です。
私にとっては、共通絵画は大きなできごとです。出会ってしまったなあ、という感じ。
今でも時折、10号館の1階に行ってみます(先日おく★ともちゃんとアトリエを見て回ったのは私です)。何が起こるわけでもないけれど、私のライバルがいそうな気がします。そいつは、あたしかもしれない。


(もし、何かアドバイスを、と言われるなら、「正直に」と答えるべきだろうか。私は「正直すぎる」と、このところ言われつづけていますが)


明日は、芸文の学外学習です。展覧会に行って来ます。私はなぜか班長を任されています。なぜだろう。
ではその話は、また明日。

投稿者:torico : 2007年05月19日 22:34

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コメント: かばんを買いました/共通絵画について

私にとっても共通絵画、共通彫塑はとても思い出深い授業でした。
なんだかふと初心に帰った気がします。
とりこさんの日記は、素直であったかくて
読むとなんだかいつも優しい気持ちになります。
すてきだー!

投稿者 凡々 : 2007年05月21日 01:20

>凡々さん
前回の反省を生かせず、申し訳ないです…ちょくちょく保存!
共通絵画・共通彫塑は、ムサビでの起点だなあ、と思います。
毎年絵画や彫塑に臨む後輩を見るたびに、初心にかえれよ!と言われているような。
私はあと何回、こんな気持ちになるのでしょう。

日記、楽しんでいただけてうれしいです。これからも頑張りますー!
凡々さんの日記も、楽しみに読んでます。
(そういえば、「素直」、よく言われます)

投稿者 みちくさとりこ : 2007年05月21日 21:21

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