アイスクリーム日和

さて、今日は、介護等体験の施設オリエンテーションでした。施設内の装飾、介護体験と、合わせて7日間、お世話になる施設に、初めて行って参りました。


少し話は飛びます。私の曾祖母の話です。
私の曾祖母は、この3月に亡くなりました。101歳の大往生、老衰で、すうっと亡くなってしまったのですが、彼女は亡くなるまでの約7年間を、特別養護老人ホームで過ごしました。
身体の機能が弱くなってきていること、また、認知症の症状が少し現れはじめていたこと、彼女を介護している私の祖父母の負担が大きかったことなどから、家のそばにある老人ホームにお願いすることにしました。
その時にはすでに認知症の症状が出始めていて、祖母を自分の母親と勘違いしたり、私の母のことが辛うじて分かるくらいになっていたりしたので、私は曾祖母を「混乱させるから」と、入所以来、1度も会うことがありませんでした。
3月の初め、曾祖母がそろそろ危ない、という状態になり、しかし彼女はそんなところから何度も帰ってきた人なので、まだまだ大丈夫だろう、と思っていたらまるで消えるようにそのまま亡くなってしまい、私はずっと混乱していました。
確かに、毎日彼女に会いに行っていた祖父母や、母の話を聞いていれば、彼女が決していい状態にあるわけではなく、様々なことをもう覚えてはいないのだ、ということは分かったのですが、彼女の姿を見ることがなかったので、私にはいまいち理解できなかったのです。彼女が、特別養護老人ホームにいたことや、認知症であったこと、そして、亡くなったということも。


今日、お世話になる施設で出会った人の何人かは、曾祖母と似たような状態の人たちで、そして曾祖母は間違いなく、この場所と似た空気の場所にいたのだ、と思うと、ようやく、彼女が亡くなったことを実感できた気がしました。
もちろん、そこに曾祖母はいないので、私はこの介護等体験を通して、彼女の死を理解していかなくてはいけないのだろう、と思います。
彼女がいたところは、もしかしてこんなところだったのかもしれない。私が介護体験をするのは特別養護老人ホームではなく、家に帰ることを目的としてリハビリをしたり、音楽療法を受けたりするような施設なのですが、でもそこには、彼女の残していったものがあるような気がするのです。


私が、曾祖母に出来なかったこと。それを、出来る限り、やりとげたい、と思いました。


ただ、ナーバスというか、空気に慣れることが出来なくて、大丈夫だろうか、と不安にはなりました。最終的には多くの人が「心配することはなかった」というコメントを残しているので、きっと大丈夫なのだろう、と思います。


尊厳、とは何なのだろう、と、考え込んでしまいました。施設の方もおっしゃっていましたが、「生きるとは何か」「老いるとは何か」を考える大きなきっかけになりそうです。


明日は2限から。大好きな授業です。どんなことを聞けるのか、楽しみです。そして5限も、大好きな先生の授業!楽しみ。その話は、また明日。
ではまた。


追伸
関係ないのですが、最近、アイスクリームを食べています。学校で。
食べすぎには注意ですが、しばし和むにはとてもよいアイテムです。頭も元気になります。

投稿者:torico : 2007年05月08日 21:54

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