2007年04月のアーカイブ

痺れる

今日は、出光美術館で「肉筆浮世絵」という展覧会を見てきました(出光美術館ウェブサイト)。


先日、東洲斎写楽を題材にした「写楽考」というお芝居を見たことが、今日の展覧会を見に行くきっかけになりました。
「写楽考」には写楽と共に喜多川歌麿も登場します(実際にはこの2人は同時代の人ではありません)。
私が一番印象に残ったシーンは、歌麿が取り憑かれたように絵を描くシーンでした。
でも私は、喜多川歌麿の名前は知っていても、作品をほとんど知りません。あのシーンで歌麿が描いていたのは何だったのだろう?それが知りたくて、展覧会に足を運びました。
(ちなみに今回の展覧会では、写楽の作品は展示されていません)


今回の展覧会の見所は、タイトル通り「肉筆」の浮世絵が展示されているところです。
浮世絵といえば「版画」のイメージですが、今回取り上げられているのは絵師たちが肉筆で描いた「絵画」。版画に比べ、細かい模様(着物、髪の毛など)を描けるのが特徴です。
会場でも、北斎の「春秋美人図」の着物の柄を拡大して展示してあり、なかなかに面白かったです。もう少し数があるとうれしかったかも。何せガラス越しなもので、近視と乱視の合わさった私の目では、よく見えない部分も多いのです。模様の確認のために、カタログを買いました。2800円也。


さて、期待の喜多川歌麿。
見た瞬間、ぐわっと意識が持っていかれるようでした。キャプションを一切読まなかったのに、すぐに、何か違うなと思えました。見てみると歌麿。
特に、「娘と童子図」が良かった。どこが、とはうまく言えないけれど、色づかいや、子どもの声が聞こえてきそうな様子、娘の表情、など。
舞台で見た歌麿の姿が、蘇ってくるようでした。背中を丸くして、一心不乱に描いていた姿。
歌麿の絵は、鋭くて、尖っている印象です。北斎は、やや鈍いような。


今、造形学概説という芸術文化学科の授業で、江戸時代の美術の勉強をしています。もちろん、浮世絵もその中のひとつ。
授業で聞いた言葉や物事が解説に出てきて、あ、分かる分かる、と思えるのが面白かったです。やはり、背景を知っていれば知っていたで、理解できる幅は増えるなあ、と。
思うのですが、なかなか。難しいです。こうやって、一つ一つ覚えていくほかないのでしょうね。


美術館をあとにして、私が向かったのはとあるお店。高校時代の友人が働いているので、アポなしで遊びに行きました。
そのお店が掲載されている雑誌を見て、そこはお店+ギャラリーだと思っていたのですが、行ってみればギャラリーinお店という雰囲気。なるほど。ギャラリーが別にあるわけではないのですね。
お店のあれこれを説明してくれる友人はとてもかっこよく見え、私は少々しょんぼりしながら帰宅しました。
お店はとても楽しかったです。きっとまた行くでしょう。営業スマイルにやられ、ばっちり会員登録もしてしまったし。笑


そしてそこから新宿に向かい、諸々の用事を済ませて帰宅したのでした。
ようやっと、ゴールデンウィークらしいことができました。
できたと思ったら、明日はまた学校です。明後日も学校です。遠のくゴールデンウィーク。でもいいのです。


ではまた明日。

ぎゅっとしてワープ

今朝目が覚めたら(と言っても朝の10時くらいなのですが)、とてもお腹が痛かったので、泣きそうになりました。
去年のクリスマス、そして成人式直前、2度もノロウイルスにやられた記憶が蘇ってきたからです。クリスマスはぐるんぐるんしながら寝ていて、成人式にもようやっと間に合ったような感じでした。
その時と似たような痛みだったので、悲しくなって二度寝しました。次に目が覚めたのがお昼の12時です。
起きあがってみると、お腹の痛みがノロのそれとは少し違います。お腹の内部は内部なのだけど、内臓よりはもう少し皮膚に近い、ような。
試しに押さえてみると、筋肉痛とは違うけれど、それにかなり近い痛み。はてな、と思いながら、パジャマのままリビングに行き、母親に聞いてみました。これはどこが痛いのだろう、と。
母は、痛いところを押さえてみて、と私に言い、私が押さえると、それは腸か腹斜筋ね、と言いました。腹斜筋?彼女曰く、腹斜筋とはお腹にあるインナーマッスルのこと也。つまり普通の筋肉痛とは違って、もっと内部の筋肉が痛くなることらしい。
内臓に気持ち悪い感じはしないので、そのインナーマッスルを痛めたようだ。しかし、何で?またも、はてな、と思っていると、母親が言う。
「卓球ね、卓球。ぐるんぐるんしたんでしょ」
卓球…!!そうです。卓球です。多分。
私は今年の体育で卓球を取り、昨日約2年ぶりにサーブを入れたら全然入らなかったのでした(どこでワンバウンドさせればいいのかも分からなかった。しばらくしたら思い出して、ちゃんと入るようになりましたが)。
卓球は、私が少し得意な唯一の運動です(一番得意な運動は水泳)。ピンポンさばきには自信があっただけに、筋肉痛になったことはショックでした。
考えてみれば大学に入ってから運動らしい運動をしていません。強いて言えば、鷹の台駅から大学までの約20分を毎日歩ききっていることくらい。
連休の初日から泣きそうな気分にならないためにも、卓球を頑張ろうと思いました。


こんなゴールデンウィークの幕開け。
明日は美術館と、とあるギャラリーに行って来ようと思います。それについては、また明日。
ではまた。

少し目覚めた

大学4年生の、教育実習が迫っています。
私も2年後には教育実習に行くので、参考にと実習生のブログを読んでいます。
彼らは行く学校も様々、教える教科も様々。勉強になります。
その中のある人が、ぎりぎりになって実習に行くのを止めたと書いていました。
後輩や同じ研究室の人には迷惑をかけてしまったけれど、やはり中途半端な気持ちでは行けないのだと。この罪悪感は消えないけれど、それを受け止めてやっていくしかないのだと。
その人は、自分の中に「中途半端な気持ち」があるのを感じていたようです。周囲に、教職課程を履修しているのだから行った方が勉強・経験になると言われ、自分もそう感じていたけれど、自分にとっては「経験」でも、子どもにとっては大事な「授業」の時間なのだと気づいた、と書いていらっしゃいました。
こうやって、何度も何度も考え直していくのが、教員になるということなのかなあ、と最近思います。なりたい、という気持ちが強くなればなるほど、目の前に大きな敵が現れて、1つずつ考え抜いてやっつけていかなくてはならない。
今まで、どんな職業に就こうかたくさん考えてきたけれど、ここまで考えたことはなかった。もちろん、先生という職業が、自分と密接に関わっている、ということもあるのでしょうが。
でも、少し、見えたかな、と思います。へにゃん、となってしまうことはこれからもあるだろうけれど、でも、大丈夫。そんな感じがします。


受験生にはあまり参考にならない記事だったかもしれません。でも、ムサビで教職課程を履修することそのものは、とても良い経験になると思います。そこから、どういう道を選び取っていくのかは、自分次第ですが。
ムサビだからこその、教職課程だと思います。
オープンキャンパスでは各学科の授業内容などを垣間見られると思いますが、ムサビにはこんな素敵な教職課程があるのだから、教職課程も(共通絵画・共通彫塑なども)何か出来たらうれしいですね。


このゴールデンウィークは、知り合いの展覧会に行ったり、美術館に行ったり、友だちが働いているお店に行ったりする予定です。
皆さまも、良い連休を。ではまた明日。

ついたら勝負

手羽さんのブログ、4月27日付のものを見て、受験生だった時の「そうなんだ!ムサビって全部『学科』が付くんだ!」の興奮を思い出す。ものすごく印象に残って、絶対間違えなくなりました。
思い出しながら、手羽さんのブログをさかのぼって読んでみる。そして気づく。
「新メンバー登場!」の記事。よく読んでみてください。


こ、これは私に対する壮大なドッキリ、もしくは腕試しだったのだろうか…!!


それだけです。今日のことは、また後で書きます。今日はこれからアルバイトなのです。
ではまた。

きっと見つける

今日、芸術文化学科の友だちに、「みちくさとりこちゃん、ムサビ日記書いてるでしょ?」と言われました。とうとう顔バレました。分かるものなんですね…少しびっくりしました。
でも、「読まれているんだ」という自覚が再確認されたのも事実。気を引きしめて頑張ります。
今日は少し授業の話を。


今日は、アートマネージメントという授業がありました。いかにも芸文らしい、と思われそうですが、同じ名前の授業が、文化総合科目(どの学科の学生でも履修できる授業)で開設されているのです。ということは、アートマネージメントは、キュレーターやディレクター、プロデューサーだけのものではないということ、なのですね。2年生になって、ようやくはっきりと気づきました。
私が受けているのは、芸文で開設されているアートマネージメントなので、文化総合科目のものとは内容も異なると思います(シラバスで確認しましたが、文化総合科目の方が堅そうな印象)。


今日、アートマネージメントの授業を受けていて、はっとしたことがありました。
今日の主な授業内容は、美術館における広報=プレスの役割について。プレスは、
・企画立案(ワークショップなども含まれる)
・広報計画(マスコミへどう売り込むか等)
・報道資料(郵送、FAX、CD-R等。FAXも割と使えるそう)
・報道実施(アイテム=DM・チラシ等の作成)
・配布方法(広告代理店の選定等)
などなどたくさんの広報計画を立て、展覧会を売り込んで行きます。
そのためには、リサーチがあったり、企画会議があったり。プレスリリースがあったり、地道な広報活動が要求されます。
その中で、私が「おお!」と思ったのは、プレスリリースの際に使われる「プレスパッケージ」の存在です。
例えば、国立西洋美術館のプレスパッケージは、独立行政法人になってからかなり大がかりになっているとか、エルメスのプレスパッケージにはエルメスの刻印があって豪華な感じがするとか。
海外のものだと、封筒にぴらりとポスターが入っているだけだったり、作家の名前を書いた紙が入っているだけだったり、テキストだけの企画書が送られてきたりするそうです。


ここで私が考えたのは、「プレスリリースって授業の導入に似てるな」ということ。
去年、工芸教育法という授業で、高校の工芸の指導案をいくつか作ったのですが、そこに必ず「題材名」を書く欄がありました。題材名を書く際の注意書きとして「印象に残る題材名を考えなさい」とあったのですが、私はその意味や必要性がよく分からず、がちがちの題材名を付けて毎回提出していました。
しかし、この間の美術教育法Iの授業で小学校の授業例を見た時、それぞれの題材名がものすごく練られていて、児童の興味を引きつけているのに驚き、題材名ってなめちゃいけないんだ、と思いました。
題材名というのはつまり授業への導入で、展覧会で言えばプレスリリースに当たると思うのです。もしそれが全然面白くなかったら、展覧会に足を運ぶ人がぐっと減ってしまうかもしれません。授業で言えば、子どもたちの食いつきが悪くなり、その後の授業展開にも影響があるでしょう。


そこまで考えた時、私の中で何かが、するするするー、と解けていきました。
私は何になりたいんだろう、とここのところぐじぐじとしていたのですが、いやいや、教員って最強じゃないかと。
自分で実施する授業の内容を、自分で全部考えて、その結果が目の前できちんと見られる。まるで毎時間毎時間、1人でイベントをこなしているようなものではないですか。
それに思い至った時、やっぱり私は教員になりたい、と思いました。思いすぎなくらい思いました。


私は、どれもこれも自分でやりたがる性格のようで、演劇をやれば役者にもスタッフにも演出にも手を出したいと思うし、展覧会をやるならキュレーションも出品もしてみたいと思うし、そんな自分がよく分かるけれど厄介な存在に思えていました。
でも、全てが収束するところを、ちゃんと見つけたような気がします。気がするだけで、明日になったらぺしゃんこになっているかも分からないけれど。


でも、本当に、一言一句、一秒一瞬、たりともムダに出来ないな、と感じました。ここは、そういうところです。


ではまた明日。

何名様

今日はこれからアルバイトに向かうみちくさとりこです。こんにちは。


1年生の皆さんは、そろそろアルバイトでも始めようかなーと考えるころでしょうか。
今日は参考までに、私のアルバイトの話。


私は、1年生のゴールデンウィークにアルバイトを決め、5月の末くらいから本格的に働き始めました。
これが、今でも続けている塾の先生。もうすぐ1年になります。
「教える」ということに興味があったので、塾の先生をやることは、受験生の時から決めていました。親に相談したら驚かれましたが。
このアルバイトは、「教える」ということよりも、現在の学校や、学校に通う子どもたちについて知る上で、とても役立っています。
時給は一見高めですが、実は自習の時間がかなりいるので、割に合っているとは言えないかもしれません。
私も芸術祭まぎわは泣きそうな気分でやっていました(固定で週3日も…!!)。教職課程と同じく、強い決意が必要だと思われます。


そしてこの春休みに始めたもう1つのバイト。レストランのホールです。
シフトに自由が利くということで、課題を柔軟にやり抜くため、塾を減らしてレストランを新たに始めることにしました。ふたを開けてみればシフト固定だったりしてもう泣きそうなのですが。
レストランとは言ってもファミレスなので、もろに体育会系です。実は塾の先生も立ちっぱなしなので体育会系です。ということで、私はとんでもなく体育会系な2つのバイトを掛け持ちしていることになります。
レストランではまだまだ新人さんなので、毎回ひーひー言っています。いつもながらの人見知りを発動してもいられません。
年下の子が先輩だったりするので(むしろそっちのケースが多い)、何語を使ってよいものやら悩みます。年下でも先輩だから敬語かな?とか。


以上、私のアルバイトでした。参考になったでしょうか。
大学の中にもちらほらと求人広告が貼ってありますし、大学でアルバイトを募集することもあります。オープンキャンパス、芸祭、入試、美術資料図書館、などなど。壁に目を凝らしてみてください。
でも、手羽さんも書いていらっしゃいますが、何よりもまずは大学生活に慣れてくださいね。


さて、そろそろ行って参ります。また明日。

みみみみる

東京は雨つづきです。皆さまはお元気でしょうか。
私は風邪も治りかけ、どうにかこうにか過ごしております。


ムサビ日記を書き始めて数日、この日記はなんだか手紙のようだと思いました。
受験生へ、在校生へ、卒業生へ、そして私へ。
心を込めて書かないといけませんね。


私はあと2か月で21歳になるのですが、最近になってようやく、大人にならなきゃいけないんだな、と思えました。
3年生になったらゼミも決めなくてはいけないし、就職活動だって始まるし、卒業したらどうなるのか、全然想像がつかないけれど思い描かなくてはいけないし。
1年生は無我夢中で過ごしてきたけれど、2年生はもう少し計画的にやらねばならぬな、と思います。


私は12月の末に介護等体験に行くことになりました。12月と言えば、学校も一段落して、あとは試験を受けレポートを提出し、3年生になるばかりのころ、のはず。
その時、私はどんな人になれているのだろう?たった8か月後のことなのに、まったく分からず、怖いです。
今より大人になれているのでしょうか。


小学校1年生の時、6年生がすごく大人に見えました。でも自分が6年生になってみると、全然大人なんかじゃなくて、不安になった記憶があります。これは、多くの人が経験することだと思います。
6年生の私は、ハタチにもなればこんな不安すらなくなるのだろう、と思っていたけれど、実際には不安なことだらけです。毎日。


それでも私は元気です。皆さんも、体調には気をつけてください。
私は今日、風邪気味の先生の授業で集めた出席カードに、思わず「風邪、お大事に!」と書いてしまいました。
そういうことが大切な気がします。


ではまた明日。

やわらかな頭

昨日予告した通り、今日は教職課程について少し書きたいと思います。


私は、現役の時から、「大学で教員免許を取るんだい!」と決めていました。
小学校から高校まで、この人は素晴らしい!と思える美術(図工)の先生に1人も出会ったことがないにも関わらず。
親にもびっくりされましたし、友達にも驚かれました。みちくさとりこはほんとにやるのか?と。
しかし、浪人してもその固い決意は変わることなく、大学・学科選びにも「教員免許が取れるかどうか」は大きく関係してきました。


入学式を終え、オリエンテーションに追われる何日かの間に、教職課程のオリエンテーションはあります。
大きな部屋に集められた「教員免許でも取ってみるかな?」な集団は、教職課程研究室の3人の教授によって、思いっきりおどかされます。
曰く、「教職は大変だ」「教員採用試験の倍率は○○倍!」「大変だ」「大変だ」「大変だ」エトセトラ。
これは彼らなりの親切心であると授業に入れば分かるのですが、このオリエンテーションをきっかけに履修をあきらめる人も少なからずいました。


このブログを読んでいる受験生の中にも、「美術の先生になろうかな」という人はいると思います。
その人たちに、声を大にして言いたい。


大変だよ。←小声


まず、4年間で取らなくてはいけない単位が、教職課程を履修しない人よりもかなり多いです。31単位または35単位とシラバスにはあります。
そのために、取れる授業がある程度制限されてきます。大学で、あれも勉強したい、これも勉強したい、と思う人は、ちょっと悲しいかもしれません。
また、介護等体験や教育実習など、気力も体力も使う科目がたくさんあります。「精神的にタフになりなさい」と言われていますが、本当にそうだと思います。


それでも、私は教職課程を履修していて良かったと思います。
ある教授が言っていたのですが、教職課程で学ぶ科目は、どれも社会と密接に関わってきます。学校という場はもしかして学生にとって一番身近かもしれない社会で、その場について勉強し直すことは、自分のこれまでを振り返ることにもなります。
私は1年生の1年だけで、今まで自分が受けてきた美術教育や、学校教育についてたくさんたくさん考えました。良かったところも悪かったところも見えて、ますます教員になりたいと思うようになりました。


そして今日、介護等体験のための授業がありました。
(介護等体験についてはこちらのサイトをご覧ください)
ムサビの学生は、この授業(教職総合演習という授業です)を履修することで、介護等体験を行うことになります。
このプログラム、「美術と福祉プログラム」はムサビ独自の授業です。多くの大学は7日間限りで介護等体験を行いますが、ムサビでは1年間かけて取り組みます。
昨年度、この取り組みが「特色ある大学教育支援プログラム」(特色GP)に選定されました(特色GPとは)。


今日の教職総合演習は、介護等体験に向けたグループ分けです。既に体験に行く施設は決定しているので、その中で5人から6人のグループに分かれます。
あっさり分かれたはいいけれど、1人混じった芸文はもうドキドキ。周りはみんな友達どうしです。
あわあわしていると、先生がおっしゃいました。
「ストレスをためこんだら、教員としてやっていけません。自分の意見をどう表現するか、探っていってください」
この言葉を聞いて、去年の最後の授業で、工芸教育法の先生がおっしゃっていたことを思い出しました。
「あなたたちは既に1年間、工芸教育法を学んできました。今のあなたには、この題材で授業が出来ますか?」


どちらも、震えるような思いで聞いた言葉です。
私は教員になることを決めたんだな、と思いました。


様々な授業を通して、今後考えが変わることもあるでしょうが、2年生になったばかりの私は、受験生だった時と同じ気持ちのままです。むしろ、気持ちは強くなったと言えるかもしれません。
とにかく、頑張ろうと思いました。ありきたりな結論ですが。


そんな今日でした。
明日も教職の授業があります。楽しみです。


今日は鷹の台ホールでお好み焼きライス?というような名前のお昼ごはんを食べました。お好み焼きソースで味つけされた春キャベツとお肉とかつおぶしと青のりと紅しょうがが、ごはんの上に乗っていると言えばいいのでしょうか…
介護等体験のグループ分けの時、歯に青のりをくっつけていたことは内緒です。気づかれていたのだろうか。家に帰ってきてから、ふと鏡をのぞいてのけぞりました。


ではまた明日。

ぱしゃりにこにこぐるんぐるん

今朝の夢に、手羽さんが出てきました。
私は手羽さんに向かって、何度も何度も「ずっと手羽さんを見てたんです!1年生の時からずっと見てたんです!」と叫んでいました。
微笑みの企画広報課・手羽さんに、朝から何を言っているのやら(校内でよくお見かけするのも事実ですが)。
しかしそれくらいムサビコムのことを思っています、というお話。


さて、学校も2週目に入りました。
ムサビは素敵なところです。
世界堂(画材屋さん)でクロッキー帳を選び出し、レジに向かうため角を曲がると、ぱしゃりとフラッシュがたかれるような学校です。
写真を撮っていたのは英語をしゃべる方。学生さんが案内していたようですが、彼女も学生だったのでしょうか。分からないままに、「お名前は?」と英語で聞かれます。
「みちくさとりこです…」と小声で答えると、「覚えておくわ!」と英語で言われました。
私は一体何になるのでしょう。傍らの学生さんはにこにこと笑っていました。
そんな学校です。


システムが新しくなった鷹の台ホール(学食)に、初めて行ってきました。
お昼は人がいっぱいですっかりやられてしまうので、3限の時間に。
記念すべき初食券は、塩ラーメンでした。1年生の最初は、ホールでカレーを食べた記憶があります。どうせならと、1年生最後の日もカレーでしめました。卒業直前にも、私はホールのカレーを食べるのでしょうか。
1人黙々とラーメンを食べていると、10人くらいの集団が、次々にホールに入ってきました。どうやら彼らは何かの集会を開くようです。リーダーらしき男の子が、10分後から始めます!と言っています。
ラーメンを食べ終わり、食器を返しに行くときに彼らの持っている資料をのぞくと、何かの台本のよう。
そんな人たちがいる学校です。


お昼の前には、卒業制作・修了制作の優秀作品展を見てきました。(サイト
1月に行われた卒業制作展・修了制作展も見に行きましたが、ものすごい力にねじふせられて、一緒に見た友達ともども、ぐったりした覚えがあります。
あの時は、作者がこの学校のどこかにいる、という気持ちで見ていたのですが、今日目にした作品の作者の多くは、もうムサビにはいません。そう思うと、ふと不安になるような、悲しくなるような、淋しくなるような気がしました。時々、大学院に進まれた人の作品を見ると、ほっとして、「まだ、私の中にある」という気持ちになりました。
優秀作品展は水曜日までやっています。在学生はもちろん、受験生のみなさんも、お時間があればいらしてください。


少し2年生らしいことを。
あきたろうさん、「課外活動棟」は鷹の台ホールB棟のことです。(地図
身体計測をやった建物の2階です。血圧を測ったところが2階です。
私も入学当初はよく迷子になりました。今でもなります。7号館と8号館を時折間違えるとか言いません。言えません。絶対言えません。


明日は、教職の授業があります。私は、教職課程履修者、つまり教員免許取得を目指して勉強しています。
このことは、今後の日記にも出てくるでしょうし、ゆっくりと書いていこうと思います。


では皆さま、よい夜を。おやすみなさい。

猫のホテル「苦労人」@シアタートラム/から考える

今日は、猫のホテルという劇団の「苦労人」というお芝居を見てきました。


観劇は、数少ない私の趣味のひとつです。
たくさん見られるわけではありませんが、見るからには多くのものを持ち帰ろうと思っています。
このブログでも、それらの舞台から考えたことを書いていこうと思います。


猫のホテル「苦労人」@シアタートラム
(作・演出/千葉雅子 2007年4月18日〜4月29日)

1997年(初演、こまばアゴラ劇場)、2000年(再演、ザ・スズナリ)に続く再々演。
言ってしまえば、とにかく苦労した一族のお話。「人間のバカ哀しさ」を描く、というのがこの劇団のキャッチコピーですが、まさしく!
見終わったあとは、深いため息ばかりが残ります。
でも全然暗くなく、むしろさわやか。あーバカ哀しかった!とでもいいましょうか。
涙を流して笑ったのは久しぶりです。
29日まで。平日ならまだチケットがあるようです。また、当日券も出るそうなので、ぜひ行ってみてください。


さて、今日の本題はここからです。
私は今日、とにかくお尻が痛くてたまりませんでした。
よく、「いい芝居はお尻が痛いなんて感じないんだ」と言いますが、私は、それはちょっと違うなあ、と思います。
今日はとても楽しかったのに、客席が明るくなって一番に出た言葉が「お尻痛かった!」でした。お芝居への思いは大きすぎてとても言葉にはしきれず、現実的なお尻の痛さが声になってしまったのです。
お尻の痛みは現実的です(お尻の連呼で私のイメージが崩れないかと、ふと不安になる)。
それなのに、お尻の痛くなる劇場は、至る所に溢れています。その話。


まず、今日の劇場、シアタートラムは、世田谷パブリックシアターにくっついた、客席数約200の小劇場です。主劇場である世田谷パブリックシアターは、客席数約600。1997年開場。この記事の中ではまとめて「世田谷パブリックシアター」と呼びます。
この劇場は、名前を見ても分かるように公共劇場です。その中でも、その活動は全国から注目されています。
劇場以外にも稽古場や作業場を提供していたり、観劇に世田谷区民割引が適用されたり、ワークショップやレクチャー(バックステージツアーなど)がたくさんあったり、とても開かれた場所です。
私もこの劇場の取り組みや上演演目に興味を持っていたので、今日はわくわくしていました。
場内に入る前にトイレに行ったのですが、和式・洋式・車椅子用とある程度の数がそろえられており、おお!と思いました。
トイレを済ませて中に入り、席に座ろうとした時、硬そうな椅子が私の目に留まりました。そして2時間10分が経ち、さっきの声に至ります。


思い出したのが、新国立劇場の座席です。
私は中劇場と小劇場で観劇したことがあります。
中劇場で「OUR HOUSE」という作品を見た時は、椅子の硬さを感じませんでした。もちろんお芝居自体も面白かったのですが、椅子そのものも、まったく不快ではありませんでした。
椅子の硬さを感じたのは、小劇場で「十二夜」(子供のためのシェイクスピアカンパニー)を見た時です。
中劇場と小劇場では、座席の作りが違います。なかなか説明しにくいのですが、中劇場の椅子は映画館の椅子に近く(ソファのよう)、小劇場の椅子はベンチに背もたれがついてマットを敷きました、というような感じです(言ってみれば、山手線にある、朝は折りたたんでいる座席のよう)。
「十二夜」という作品はとても面白かったのに(子供のためのシェイクスピアカンパニーは、おすすめします)、お尻の痛さにすっかり負けてしまった記憶があります。
その椅子と、シアタートラムの椅子はとてもよく似ていたのです。
新国立劇場は、名前からも分かるように国が作ったものです。奥行きのある舞台が特徴で、野田秀樹などが印象深いお芝居を上演してきました。
そんな劇場が、この椅子を作るのか…、と悲しくなったものです。


では、企業が作る劇場にはどんなものがあるのでしょうか。
まずは、Bunkamura シアターコクーン。この劇場は、東急グループの1つです。
キャッチフレーズが「美しい時代へ」とのことですから、その一環として東急文化村(美術館やコンサートホールもあります)があると考えられます。
私は東急文化村の中にあるオーチャードホール(コンサートホール)とシアターコクーン(劇場)に行ったことがあります。それぞれ、バレエと演劇を見ました。
オーチャードホールは新国立劇場・中劇場と似たソファ型(と命名)の座席です。シアターコクーンは、ソファ型に近いのですが、新国立劇場・小劇場のベンチ型と同じように横一列が繋がっており、少し離れた席の人が動いてもその振動が伝わってきます。また座面も硬く、2時間の上演時間にお尻がすっかり痛くなりました。
このように、同じ企業の作った劇場でも、その規模によって座席の特徴には差があります。


比較対象として、こまばアゴラ劇場を挙げます。
この劇場の特徴はこちらのページをご覧ください。
私はここで2作品を見ました。ここは座席が固定されているわけではなく、使う劇団によって位置を変えられます。私はほぼ同じ形でどちらの作品も見ました。
座席はソファ型でもベンチ型でもなく、言ってみれば箱馬型。四角い箱の上にマットを敷いて見ます。背もたれはありませんし、膝も大きく曲げないといけません。少し体格のいい人にはつらいかな、という印象です(実際、男の人は身体を小さくして大変そうでした)。
ここで見てみての感想は、「この劇場なら、これでもいい」。もちろん姿勢は悪いしお尻も痛くなるのですが、芝居が終わってうーんと背伸びをして、外に出た時の印象が圧倒的にいいのは、こまばアゴラ劇場です。
運営の仕方や上演する劇団の質はさて置いたところに、この劇場のつきぬけた良さがあるなあ、と思います。私は、いわゆる小劇場ブームを経験したわけではありません。ですが、話に聞くあのころ(例えば第三舞台という劇団などが人気だったころ)の劇場は、こんな感じだったのかな、と思って、とてもうれしくなるのです。


もうひとつ、劇団の持っている劇場を挙げます。
劇団四季の「キャッツ」が上演されている、キャッツシアター
ここはこの公演のためだけに作られた、仮設の劇場です。座席は回るし、周りにごみはたくさんあるし、猫のための穴もいっぱい。そしてとにかく、トイレが多い。少し座席からは話が外れますが、劇場における女子トイレの存在感は、非常に大きいです。とにかく、混む。だからトイレの近い私のような女子は、休憩時間になると一目散にトイレにダッシュします。恥ずかしいですが、もぞもぞするのは嫌ですもの。
キャッツシアターが五反田に出来てすぐ、私は「キャッツ」を見に行く機会があったのですが、ダッシュしたトイレですごいものを見ました。
まず、とにかくたくさんのトイレ。圧巻です。入口と出口が分かれているので、混みあうこともありません。そして、入口には係員が立っていて、トイレが空くとすぐ「あちらへどうぞ」と誘導してくれるのです。
さすが、劇団が作った劇場。トイレの外まで列が出来ていても、大量のトイレと係員の誘導によって、あっという間にトイレの中に吸い込まれてゆくのです。私は感動しました。
話を元に戻します。キャッツシアターの座席は、ソファ型でした。二幕構成の長いミュージカルですが、お尻の痛さを感じずに見ることが出来ました。


他にも座りやすい椅子を持つ劇場として、青山劇場帝国劇場日生劇場が挙げられます。これらは全てソファ型です。
気づくのは、古めの劇場に多くソファ型の座席があるということです。ベンチ型の座席は、今風でおしゃれな印象があるのでしょうか。


以上、いくつかの劇場を、私のお尻で比較してみました。
私が何を言いたいのか。それは、「じゃあこの劇場の現状に、私は何が出来るのか?」ということです。


確かに、私よりたくさんの演劇を見て、たくさんの劇場をそのお尻で経験してきた人は山のようにいるでしょう。その人たちの経験に、私のお尻が勝てるわけはありません。
でも、私は武蔵野美術大学の芸術文化学科というところの学生で、「芸術と社会を結ぶ」ことを勉強しています。私が出来ること、すべきことは、「お尻痛いんだよねー」と文句を言うことだけではないはずです。
今まで以上に、多くの劇場をこのお尻で経験する。それもそうでしょう。ではそれ以外に、何が出来るのでしょうか。


正直に言って、分かりません。
劇場はすでにそこにあって、演劇やダンス、パフォーマンスを発表したい人はその中から自分の舞台を選びます。小さな集団だったらその時に座席の座り心地を考慮に入れることも可能でしょう。
でも、集団が大きくなれば劇場の選定はプロデューサーに任されますし、集客の面から、使える劇場も限定されます。
となると、すでにある劇場を、どう座り心地がよく、演者にも使いやすい劇場にするか、ということが問題になります。しかし劇場の改修には時間もお金もかかり、その間は公演がストップすることになります。


(最近では新橋演舞場がエスカレーター設置と女子トイレ増設のために改修をしています。今年1月に演舞場に行きましたが、トイレは確かに増設されています。ただ、入口の幅を変えていないので、狭いと感じることがあります。
また、天王洲にある銀河劇場=旧アートスフィアは、ホリプロが、オリックス株式会社から管理運営業務を受託し、新たに運営することになりました。ここでも改修工事が行われ、約半年公演が行われていません。改修後のこけら落とし公演で劇場に行きましたが、注目の椅子はソファ型で、座りにくさは感じません。ただ、女子トイレは出入口が狭く、ちょっと悲しい感じでした)


劇場を運営するのは、国から都道府県、市区町村、企業、個人まで、とにかく様々な人たちです。それをまとめてどうにかするなんて、出来るのでしょうか。
出来なかったとして、じゃあ私が入り込まなくてはいけないそのすき間は、どこなんでしょうか。
例えば、自分で劇場を経営するという方法もあります。しかしそれでは、たくさんある劇場のたった1つが変わるだけです。それで本当に意味があるのでしょうか。
それなら劇場を持つ会社に入って劇場の運営に携わればいいのでしょうか。それとも市町村、都道府県、国の組織に入って、劇場を運営すればいいのでしょうか。
どうしたって、変えられる劇場は限定されます。私のしたいことは、言ってしまえば全国の劇場をすべて、座り心地の良い椅子にして、トイレの心配をしないで済むようにして、見る方もやる方も気持ちのいい劇場にすることなのに。


「社会と芸術を結ぶ」役割を持つはずの劇場が、ただでさえ多くない観客を悲しませているのに、私はその状況に、「社会と芸術を結ぶ」ことを学んでいながらうまく働きかけることが出来ません。
ただ、とにかく、1つでも多くの劇場を経験すること。そして、そこで得た情報を、こうやって形にすること。
これを「働きかけ」と呼べるなら、私はこのお尻と一緒に、いっぱいの劇場を回ってみようと思います。


何の答えにもなっていませんが…とにかく動いて、考えて、記事にしてみようと思います。
そんなことを考えながら、電車に乗って帰ってきました。


明日からまた学校です。授業も2巡目。すべてを力にしたい。と、思います。


ではまた。

ぐるりとうれしさ

さて。授業が本格的に始まり、最初の週末です。
既にたくさんの方が書いていますが、ムサビは土曜日にも授業があります。
教職課程を履修している私には、土曜日は絶好のチャンスです。
月曜から金曜にはなかなか取れない体育や英語が、ぎゅうぎゅうづめなのです。
授業の感想などは、おいおい書いていくとして(今週はほとんどオリエンテーションだったので)。
今日は、自己紹介を詳しめに。


私はこの1年間で、10回くらいしか芸文研究室に入ったことがありません。教授の個人研究室も、1回きり。
高校を出るまで、自分はとても積極的な性格だと思っていたのですが、「自分は人見知りが激しいんだ」と知ったのは、高校を卒業してすぐのことでした。
大学に入ってもそんな調子で、損してる部分も多い気がします。この日記は研究室の方もどうやら読んでいらっしゃるようですが、きっと誰も、私が誰だか気がつかないでしょう。笑
だからといって、今から、「ようよう、オレがみちくさとりこだよう!」と研究室に乗り込んでも仕方ないですしね。いろんな意味で仕方ないですしね。


私が「人見知りが激しい」と気づいたのは、浪人生だった時に通っていた予備校で。
夏期講習になるまで、1人も友達が出来なかったのです。出来なかった、というよりは、今思うと、作りたくなかった、のかも知れません。でも、とにかく予備校が嫌でたまりませんでした。
夏期講習になって、毎日授業に行くようになって、さすがにその状況に耐えられなくなった私は、「この夏期講習では友達を作ります」と宣言し、1枚のマンガを描きました。
(…随分せっぱつまってたんですね私)
そのマンガは、私の毎日を描いたマンガで、登場人物も私だけです。私が感じたことを、「あたし=私」というキャラクターを通して描きました。
ただ、私はそのマンガを「友達作りの道具」として使いました。予備校の子たち1人1人に、コピーしたマンガを手渡したのです。


そうして、今に至ります。予備校の友達とは今でも仲が良いです。芸文の入試の小論文にも、このマンガのことを書きました(点数はあまり良くなかったけど…)。
マンガを通して出会った人が、ムサビ生になるという、素敵なこともありました。その話。


私は去年の芸術祭(=芸祭)で、展示をやりました。展示自体はあまり満足のいくものではなく、リベンジを誓った次第です。でも、大きなうれしいこともありました。
マンガと同時に、メールアドレスを書いた名刺を配布したところ、ムサビを受験したいという方からメールをいただいたのです。
芸祭では「直接マンガを渡す」という普段の動きが出来なかったので、読んでくださった方はどう捉えているんだろう?と、とても不安でした。
そんななか1通のメールをいただき、しかもその方はマンガを楽しんでくださったようで、私はほんとにほんとに、マンガを描いててよかったと思いました。
直接会ったことのない人からもらう力が、こんなに強いとは思いませんでした。


その時のうれしさが、私をムサビ日記に応募させる、最後の一押しをくれたのかもしれません。
これからの3年間で、私はどれくらいそんなうれしい気持ちになれるのだろう?と、このエントリを書きながら思いました。


結局いつも、「私」にたどりつきます。ぐるりと一周します。
でも、世界中の人が読むこのムサビ日記を書くことで、ぐるりの幅が大きくなるのかなあ、と思います。そうしないと、ちょっと悲しい気もします。


ではまた。楽しい週末を。

しめしょめまして

はじめまして。芸術文化学科2年、みちくさとりこと申します。
この度、ムサビ日記に参加することと相成りました。


どうぞよろしくお願いしMAU!


…私がこの台詞を言えるなんて、夢のようです。
受験生だった時から読んでいたムサビ日記、去年はひるんでしまって応募出来なかったのですが、今年は同じく芸術文化学科2年のおく★ともちゃんの後押しもあり、勇気を出して応募しました。


応募の時、「かゆいところに手が届くムサビ日記を書きたい」と伝えました。
かゆいところってどこなんだろう?
メールを書いてから、改めていろいろ考えました。玉川上水沿いを歩きながら考えました。
ムサビ日記を読むのはどんな人なんだろう、その人たちに伝わるように書かねば。
受験生、その保護者の方、もしかしたら受験生のお友達、学校の先生、場合によっては私の高校や大学の友達、もちろん卒業生のみなさん。
よくよく考えてみたら、私がムサビに入った段階で、私をはさんでたくさんの人たちがムサビと繋がってるんですよね。
そう思ったら、ああそうか、「私」のことを書けばいいんだな、と思えました。
私が受験生の時困ったこと、うちの両親が知りたがっていたこと、高校の先生が知りたかったこと、などなど。
「私」のことを書いていけば、それは必然的に「かゆいところに手が届くムサビ日記」になるんじゃないかと思えました。


ただ、その「早さ」がちょっと違ってくるのかな、とも思います。
今日思ったことを今日書いても、もしかして読んでいる方の参考にはならないかも知れない。
私は2年生なので、1年生が履修の参考にこの日記を読むこともあるでしょう。
その時、現在進行形のことを書いたら、「もう少し早く言ってくれたら考えたのにな〜」と思うことが出てくるのではないかと思います。
だから、そんな「かゆいところ」をなくすべく、早め早めの記事を心がけたいと思います。
もちろん、今日あったことも大切に。
私は、割といつも「今日あったこと、私のこと」を素材にしているので、このムサビ日記は、チャレンジです。


初日から長くなりました。細く長く、みなさんどうぞよろしくお願いしMAU!


ああ、何度言ってもよい気持ちだ。


ちなみにタイトルは、「はじめまして」を「始(し)めまして」と変換するか、「初(しょ)めまして」と変換するか、という議論を思い出して付けてみました。


ではまた。