リアルな美大の日常を
カテゴリー:エトセトラ
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いつか平和をピンフと言ってしまいそう
深夜の3時に男友達の家で梅酒をあおりながら麻雀してる自分っていったい何なんだろうと思いました。
不良っ…!
これではまるで不良大学生…!
なんという自堕落…!!
あ、でもお金は1円も賭けてないですよ。セーフセーフ。
しかし麻雀にハマって以来、いろんな言葉が麻雀用語に聞こえて困ります。
例)
「公衆の面前でテンパっちゃって、泣きそうだったよ〜」
↓
ええっ!メンゼンでテンパイ?それなら鳴いちゃだめだよ!
みたいな…。
あと、オレマが閉店して以来、近代麻雀を手に入れるのに苦労します。
セブンイレブン、もっと入荷してよ…!
徹マンです
徹夜で麻雀大会でした…
初めてのポン!
初めてのロン!
初めてのツモ!
わーい\(^O^)/
女オタクと腐女子の違い
Illustrator買いました
う〜ん、麻雀たのしいなあ!!
「来週あたりみんなで麻雀やろうよ」みたいな話だったのが、「じゃあ今やろうよ」という話になり、急きょ夜中に麻雀大会となりました。
いまどきの大学生で麻雀の道具を持ってる人は貴重です。ありがとうございます。
…しかし、まさか自分が麻雀牌持ってキャッキャ言うようになるとはねえ…
早く上達して、あんな技こんな技が出せるようになりたいです。
↓麻雀初心者のあこがれ…↓
例1)ロンしたときに「ロンッ!ロンロン!ロオオオ〜ン!!」と叫ぶ。
例2)安い手で早上がりした人に向って「こころざしが低すぎるっ!」となじる。
例3)幻の大技「九連宝燈」をイカサマで出現させる
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さて、ここから本題。
一昨日、Adobeの「Illustrator CS 3」アカデミック版を買いました。
大学で申し込むと安く買えると聞いていたのでとりあえず1号館に聞きに行くと、
・いくつかのセットでしか販売していない(単品は買えない)
・取り寄せに2週間くらいかかる
ということで、あまりに面倒くさいので個人でイラレ単品を買うことにしました。
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アドビのソフトを学生割引で購入する時の手順 [個人]
・「アドビアカデミックパッケージ購入申込書(個人購入用)」という用紙をゲット!
ネットでググればPDFファイルが見つかるのでダウンロードして印刷。
・申込用紙に必要事項を記入したら、教務課に持って行って、学校側の記入欄を埋めてもらう。
・学生証と申込用紙を持ってお店へ!(ソフトウェア販売コーナーへ行く)
・その店に在庫があれば、その場で買って帰れます。
在庫がない場合は取り寄せになりますが、今すぐほしいときはほかの店を試してみましょう。
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本当に、一般のものとアカデミック版では価格がぜんっぜん!違うんですよね。
あの差額は一体何なんだ…。
宮城・山形旅行記(4)〜注目するポイントが明らかにおかしい
宮城・山形旅行紀(4)
夏に行った一人旅の感想文です。
バックナンバー:
宮城・山形旅行紀(1)
宮城・山形旅行紀(2)
宮城・山形旅行紀(3)
<これまでのあらすじ>
・ねこあじは夏休み中に、とつぜん東北へ一人旅してきたよ!
・まずは宮城県の東北歴史博物館に行ったよ!
・仙台で手塚治虫の『ブッダ』を大人買いして読み始めたよ!
それではどうぞ。
ようやく2日目です。
ねこあじの☆宮城・山形旅行紀(4)
旅行2日目(2008年7月31日 木曜)
【Nの旅行ノートより】
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7月31日朝、仙台から松島に向かう。
10時50分頃「松島海岸」駅に着く。
まずは五大堂を見に行く。日差しは強いが涼しい。
その後、瑞巌寺を見に行く。拝観料700円。
軒丸瓦はすべて同じ文様で統一されている。
中心部に大きな丸、周りに8つの小さな丸を配したもの。
(「九曜紋」といって、伊達家の家紋であることが後で判明する)
蓮華紋の軒丸瓦はまったく見うけられない。
軒平瓦は均整唐草紋で、中心部にはツタのような葉の形を置くもの
が多かった。星、花のモチーフもわずかに見られた。
(中略)
2時40分頃、観瀾亭(かんらんてい)を見る。拝観料200円。
茶室からの眺めが美しい。
宝物殿には、伊達正宗の直筆文などがあった。
フランス人の観光客が「なんとかマキアージュ」と言ったのだけ
聞き取れた。展示してあった嫁入り道具に関する話だと思われる。
(中略)
夜は温泉旅館に泊まる。
夕食に出たホタテのバター焼きと「うに椎茸」がおいしかった。
部屋で『ブッダ』を読む。
ダイバダッタ美形すぎ(笑)
手塚治虫の漫画には、片足を外開きにして軽く曲げ、もう片足を
外に投げ出すようにぴんと伸ばしているポーズがしばしば登場する
が、あれは人間には不可能なポーズのような気がしてならない。
ガニ股歩きを意味する記号表現なのだろうか。
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〜2日目終了〜
宮城・山形旅行紀(3) ツンデレもあるよ!
旅行1日目(2008年7月30日 水曜)
<これまでのあらすじ>
ねこあじは夏休み中に、何の心境の変化か東北へ一人旅してきたよ!
Q)旅行に行こうと思った直接のきっかけは?
A)「曾良くんがあまりにツンデレだったからです」
なんと!ツンデレ萌えが旅行の原動力とは!
というわけで松尾芭蕉をしのぶ東北の旅、まずは宮城県の東北歴史博物館に行ったよ!
【Nの旅行ノートより】
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展示室で見たものの中でおもしろかったのは、平泉の藤原氏が
書いた、紺地の紙に金銀文字という写経である。深い色の紙に
一行ずつ交互に金と銀の字が並び、それは私に何かを思い出
させた。何だったろう?
そのときは分からず、ホテルでくつろいで日記を(これ)を書い
ているときになって思い出した。…
ミルキーペン!
紙と文字に関してもう一つ愉快な展示品があった。
昔の役所のこまごまとした記録の文書が、偶然うるしの容器
のふたとして再利用されたために、紙にうるしがしみこみ、腐敗
をまぬかれたという貴重なものである。
しかしもともとはそれほど重要な文書ではなかったのだろう。
ある兵士何某が病気のため役目につけませんという「欠席届」
などが展示されていた。当時の人は、このような紙こそ優先的
にリサイクルしたのだろう。さほど重要でないからこそ、うるし箱
のふたにされていたのに、今では、数少ない当時の資料として
非常に大切にされている。
皮肉というか、おもしろいことだ。浮世絵が茶わんの梱包材と
して輸出され、海外で注目を浴びたという話を思い出す。
また、エジプトのミイラの頭部から不自然なおわんが発見され
たという話も思い出した。
ミイラの加工を行なっていた職人がうっかり置き忘れてしまい、
取ることができなくなったので、しかたなく上から包帯を巻いて
隠ぺいしたのではないかという推測がされていた。
何千年もたってからそんなミスが発覚するなんて、その人も
夢にも思わなかっただろう。もしも彼があの世から見ていたら、
「やめて〜!」と恥ずかしがっただろう。
ところで、死んだ人がどう思うか想像したり、自分が死んだ後
の世界を想定して「あの日記読まれたら…ああ〜!」と恥ずか
しがるといったことは、奇妙である。死んだ人は、誰に対しても
恥ずかしがらないはずではないのか?
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17:45頃 仙台駅へ。駅地下で夕食を食べる。スパゲティセット1300円(トマトとモツァレラのパスタ、野菜サラダ、レアチーズケーキ、紅茶)
19:00頃 店を出る。駅の近くにあった本屋で手塚治虫の『ブッダ』文庫版全12巻を大人買いする。
20:00頃 ホテルにチェックインする。暇なのでひたすら『ブッダ』を読む。
ミゲーラあああああああああ!!!あんなに可愛い女の子の目があああ!!(泣)
〜1日目終了〜
ブッダと行く東北旅行
7月頃だったと思うんですが、立川のルミネの本屋に行ったら『聖☆おにいさん』が平積みしてあって、ブッダとイエスのTシャツやらポップやらが盛大に飾られていておどろいた、ということがありました。
漫画の舞台が立川だからか!とだいぶ後になってから気付きました。
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※『聖☆おにいさん』(せいんとおにいさん)
有給休暇を取ったブッダとイエスが立川のアパートをルームシェアして
だらだら過ごすというストーリーのギャグ漫画。作者:中村光
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この漫画の中で、ブッダが手塚治虫の『ブッダ』を読んで感涙する場面があるのですが…。
私「そういえば『ブッダ』って途中までしか読んだことないんだよね〜」
友人「ばか!読みなよ!超アツいよ!」
私「でもとりあえず明日から旅行行くし…」
友人「じゃあ旅行中に読みなよ!」
という流れになり…。
仙台で『ブッダ』全巻購入
↓
観光
↓
『ブッダ』を読む
↓
なんぞこれえええええ
↓
観光
↓
『ブッダ』を読む
↓
な ぜ 殺 た し (号泣)
…というカオスな旅行となったのでした。
いやあ、一人旅って本当にいいものですね!
青い太陽の夢
青い朝日が昇る夢を見ました。
なんだろうこれ。吉兆だといいな。
でも普段は割とそのまんまな夢を見ることが多いんですよね。
道に迷った日の夜に道に迷う夢を見たり。
電車の乗り換えをまちがえた日の夜に電車の乗り換えがわからない夢を見たりとか。
直接的すぎて夢占いどころじゃないですよ…。
グーグルのストリートビューが予想以上にすごい件
グーグルの新機能「Street view」がいろいろと問題になっているようですね。
しばらく前から「ストリートビューすごいよ!めっちゃはっきり写ってるよ!」と噂には聞いていたのですが、今回自分で確かめてみて納得。
だってこれ…
・うちの近所
・通学路
・ムサビの校門
・オレンジマート
がはっきり写ってますよ。
あんな細い道にまでグーグルの車が入っていたとは驚きです。
ていうかムサビの学生らしき人影も写ってるよ。
顔までは見えないけど、本人が見たら「あ、私だ」って分かるレベルだと思います。
「スカイ・クロラ」感想その4 今すでに起こっている戦争
とくに連続しているわけではないけど一応バックナンバー:
「スカイ・クロラ」感想その1
「スカイ・クロラ」感想その2
「スカイ・クロラ」感想その3 破壊される男の快感
映画「スカイ・クロラ」に対する批判の一つに、「戦争を賛美している」というものがある。
もう少し具体的に言うと、「読○新聞は若者を自衛隊に送り込もうとしている」(笑)という見方である。
まあ○売新聞のことは置いておくとして。
「スカイ・クロラ」を見て「戦闘機すげー!乗りたい!」とはしゃぐ人はあまりいないと思うが(むしろ絶対に乗りたくないと思う人が多いと信じたい)、あの映画が戦争を肯定しているという点はたしかに否定できないと思う。
ただし、「スカイ・クロラ」で描かれている戦争は、観念的な戦争なのである。
それは、これから起こるかもしれない現実の戦争ではなく、今すでに起こっている「システムとしての戦争」である。
つまり、人々が金と権力をうばいあい、強者が弱者をしいたげ、資本家が労働者を搾取し、先進国が発展途上国から利益を吸い上げるようなシステムだ。
(小公女セーラがお金持ちのお嬢様として幸せに暮らせたのだって、そもそもはイギリスがインドを植民地にしていたからである。)
私たちは生まれた瞬間からそのシステムにがっちり組み込まれていて、どうやっても逃げられない。
それが罪深い戦争であることを知っていながらも、生きている限り参加せずにはいられない。
ということをあの映画は語っているのであって、だから鑑賞者は、やがて日本が若者を戦地に送り込むようになるかもしれないという心配をすることはないのである。(それはそれで現実問題として心配なのだが…)
ナスティア・リューキンとコマネチ
体操のナスティア・リューキンが北京オリンピックで金メダルに輝いたというニュースを聞いて、この記事で取り上げたアディダスのCMが本当になったなと思いました。
コマネチさんは今46、7歳くらいでしょうか。
どこかでオリンピック見てるのかなあ……。
ところでリューキンもそうですが、ロシア系の名前って「〜キン」で終わるの多いですね。
あと「〜ンコ」とか「〜コフ」とか。
ムサビ前の地域猫・くろちゃんの回復力は異常…!
ムサビの近くに住んでる人ならたいてい一度は会ったことがある、あの黒猫ちゃん。
事故で大怪我をして以来、衰弱がひどく、もう安楽死させてあげたほうがいいのかも……とまで言われていました。
猫としては非常に高齢で、人間だったら80歳くらいのおじいさんだとも聞きました。
もう死んじゃったのかなあ。そんなお年よりの猫だったのなら、もっと優しくしてあげればよかった……と思っていたのですが。
なんと今日!あ、もう昨日か。
道を歩いてたんですよ。くろちゃんが!
おまえ生きてたの…!
こんなにやせちゃって……。
とりあえずかつおぶしと水を持っていったら、ものすごい勢いでむさぼってました。
「スカイ・クロラ」感想その3 破壊される男の快感
押井守監督作品「スカイ・クロラ」の感想。
思いついた順に書いてます。ネタバレあり。
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この映画のおもしろいところは、男に快感を与えないというところだ。
それは男性キャラクターの快感という意味でもあるし、男性の観客にとっての快感という意味でもある。
まず、映画版の「スカイ・クロラ」では、主人公たちは戦闘を楽しんでいないように見える。
森博嗣の原作小説では「空を飛ぶこと」「戦闘機で殺しあうこと」が彼らにとって快感である、というふうに描かれているが、押井守の演出はそれを抑制する。
劇中で主人公は
「敵機を撃ち落したとき、どんな気分ですか?」
とたずねられ、
「勝った!と思います」
と答えているが、その顔は無表情で、淡々としている。
観光客のカメラに笑顔で応じているときも、泣いているようにひきつった顔をしている。
戦闘機の飛行シーンは非常に美しいが、自由自在に空を飛ぶ快感よりも、撃ち落とされるかもしれないという恐怖感のほうがまさっているように思えた。
ほかにも、押井守はさまざまな手段を使って男の陶酔を邪魔してくる。
ヒロインの声にプロの声優を使わず、菊地凛子というクセのある役者に演じさせる。
ヒロインが涙を見せる感動的な場面で、わざと泣き顔を老婆のようにゆがませる。
こうした違和感のある演出に出会うたび、観客はハッと夢からさめたようになる。
「女に幻想持ってんじゃねーぞ!」という意地悪なメッセージが込められているように思った。
綺麗なヒロインだと思ったのに違和感ありすぎでがっかり、という感想を持った人は、押井守のこの策略にまんまとひっかかってしまったのだろう。
きわめつけは、主人公の優一が「I kill my father」(ティーチャを撃墜する)と言って敵機に向かっていき、逆にあっさり撃ち落されるラストシーンだ。
ここで男の快感は徹底的に破壊される。
主人公=男 は、最後まで気持ちよくなれないし、父親を越えることもできないのだ。
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まとめ:
「スカイ・クロラ」を見て楽しめる男は、とんでもないマゾ野郎です。
「スカイ・クロラ」感想その1
「スカイ・クロラ」の感想を書こうと思ったらなかなか言葉がまとまらなくて、考え込んでしまいました。
実はこの映画って結構……いや、めちゃくちゃ良作じゃない?と思い始めています。
予告編を見た段階では、「こんな映画を見て喜ぶのは戦闘機マニアと押井信者だけだよね」とシニカルに構えていたのに。
スルメのように噛めば噛むほど味の出る映画ですよ、これは。
ポニョは単純に見て楽しいという意味で名作でしたが、考えさせられるという意味ではスカイ・クロラに軍配が上がるかな。
ところでパンフレットを読んでいたら、「スカイ・クロラ」に寄せられた各界からのコメントというのが載っていまして。
ちょっと興味深いコメントがあったので引用します。
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若者のふりをしている主人公たちは、永遠に繰り返される戦闘の場で、
永遠に殺し合いを繰り返し、死んでは生き返ることを繰り返している。
空と地表の境で、生きているふりをしながら。
永遠の命を生きることは、すでに死んでいることに他ならないのではないか?
そんな考えが頭をよぎった。
もし、彼らが繰り返される状況に終止符を打とうとするならば、それは
本当の死を迎えることを意味している。
人は何のために生きている? 死のために生きているのか?
この映画の問いは重いと思った。
そして、僕は生きるために生きたいと思ったのだった。
(引用ここまで)
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うんうん。そう、それだよね。
押井監督の「今、若い人たちに伝えたいこと」をまっすぐに受け止めている良いコメントだなと思って、誰が書いたんだろうと視線を動かすと……
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宮崎吾朗 〔映画監督〕
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……ごめんなさい。爆笑しました。
あっはっはっは!ひゃーおかしい。
吾朗さん大好き!
十代のうちに見るべき映画
あぁ〜がぁあああああ〜まえばぁああああ〜ああああ〜♪
くわしめえええええええええええ〜♪よいにけりっ
あぁ〜がぁあああああ〜まえばぁああああ〜ああああ〜♪
てるつきいいいいいいいいい〜♪とよむなぁ〜りっ
何の歌か分かった人、私と握手。
答えは、
「攻殻機動隊 Ghost in the Shell」の主題歌(作詞作曲:川井憲次)です。
「攻殻機動隊2.0」と題したリメイク版が劇場にかかっていたので渋谷の映画館で見てきたのですが、あの洗脳ソングは相変わらずすごい破壊力でした。
思えば攻殻機動隊を初めて見たのはまだ高校のときだったでしょうか。
20歳をはさむ「数年」は長い年月です。
正直、前に見たのと全然違う映画に思えました。
リメイクなので結構細かいとこは変わってましたが、映画が変わった以上に私が変わったのだろうなと思います。
こんな素晴らしい映画と10代の頃に出会い、20歳を越えてからまた見ることができて私は幸せです。
(ていうかあの映画作られたの1995年って……時代を先取りしすぎだろ)
攻殻は20歳越える前に絶対見ておくべきですよ。20歳越えてても見るべきですよ。
明日は「スカイ・クロラ」の感想を書きたいと思います。
赤塚不二夫さん逝去と「漫画を知らない4つの理由」
赤塚不二夫さんが亡くなりました。
四輪駆動さんは子供の頃に赤塚不二夫の漫画を読んで育ったんですね。
シェー! (←シェーってこういう使い方でいいのでしょうか)
うらやましいことです。
残念ながら私は赤塚不二夫については「知識として知っている」レベルです。
というか、氏の漫画を手に取ったことが一度もありません。
なぜかと考えてみれば、
1)家に赤塚不二夫の漫画がなかった
2)周りに読んでいる人がいなかった
3)待合室など漫画が置いてある場所でも、遭遇しなかった
4)自分から進んで読もうと思わなかった
という4つの理由があります。
さて、赤塚不二夫の件はいったん置くとして、この「漫画を知らない4つの理由」はあらゆる漫画について言えることです。
逆に言えば、ある特定の漫画を読んだことがある場合、その原因を4つに分類できるのです。
整理してみるとこのようになります。
【ある漫画を読む条件】
1)家にその漫画があるかどうか (家庭環境)
2)周りに読んでいる人がいるかどうか (友人)
3)待合室などで遭遇するかどうか (偶然の出会い)
4)自分から進んで読むかどうか (自発性)
結論から言うと、1が最も大きな影響力を持つと私は考えています。
小学生くらいの幼い子供は、とりあえず家に置いてある本や漫画を手に取るものです。
手塚治虫があれば手塚治虫を読むだろうし、新條まゆがあれば新條まゆを読むかもしれない。
そこに自主的な判断はない。
つまり、親の趣味、知識レベル、教養、裕福さなどによって子供の漫画の趣味が決まる!と思うのです。
まあ「親が漫画嫌いだったので反発して逆に自分は漫画を読むようになった」みたいな人もいますが、でもそれだって親を反面教師にしてるわけだから結局影響を受けているとも言えますよね。
……何が言いたいのかだんだん分からなくなりました。
とりあえず自分に子供ができたら「ブラック・ジャック」と「火の鳥」と「ブッダ」を読ませたいです。
「対決 巨匠たちの日本美術」の声優陣がすごい
東京国立博物館で開催されている、「対決 巨匠たちの日本美術」展を見てきました。
音声ガイドの声優がすごいという噂でしたが、本当にすごかった!
古川登志夫、小林清志、櫻井孝宏、森川智之、玄田哲章、若本規夫、野沢那智、羽佐間道夫ほか多数。
なんだこのメンバー。豪華すぎる…!
この企画を考えた人に拍手を送りたいです。
割と年配の男性客を狙ったチョイスのように思いますが、でも皆さんそれぞれイイ声なので誰でも楽しめるんじゃないでしょうか。
普段音声ガイドを使わない人も、今回ばかりはおススメですよ!
とりわけ野沢那智と羽佐間道夫がノリノリでした。若本は若本でした。
すごい悲しい夢・ワースト3
竹宮恵子の架空の作品を読む夢をみました。
なんて悲しい夢だ……私的悲しい夢ワースト3にランクインするよ……。
うわあああああああ超おもしろいSF漫画だったのに!
主人公めっちゃかっこよかったのに!(でもまつ毛長すぎだと思った)
夢……だったのか……。しょんぼり。でも幸せだったよ。
ちなみにワースト3の他の二つは、「今年のルパンのテレビスペシャルはめちゃくちゃ面白いな」と思う夢と、お弁当を……あ、だめですやっぱこれは悲しすぎて思い出すだけで泣けてくるので……うっうっ……つまりそれくらい悲しい夢でした。
宮城・山形旅行紀(2)
一人旅のあいだノートに書いていた手記から抜粋してみます。
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1日目
12:16 仙台着。海鮮丼の店で昼を食べる。1350円くらい。
コインロッカー300円。
多賀城へ行く。「国府多賀城」駅で降りなければならなかったのに、間違えて
「多賀城」駅に行ってしまった。40分くらい歩いて異動。芭蕉を見習う体験と思う。
くもり、鮮やかな色の空が見える。風は冷たい。
あじさい、ユリ、ひまわり、いちじく、シロツメクサ。
午後3時頃、東北歴史博物館に入る。800円。
7〜8世紀に作られた熊と海獣(アザラシ?)の彫り物がとてもリアルで丁寧な細工だった。
動物の角を使った彫刻。
瓦もあった。
素朴な八枚花弁の単弁蓮華紋軒丸瓦と、シンプルな偏行唐草紋(左から右)の軒平瓦。
瓦の装飾としては非常にプリミティブなもの。
中尊寺金色堂の柱の再現展示が美しかった。
螺鈿がきらきら光って、こんな美々しい装飾が建物全体に及んでいるのだとしたら、
たしかにそれは天上世界のごとくに見えるのだろう。平泉にもそのうち行ってみたい。
多賀城碑〔壺の碑(つぼのいしぶみ)とも呼ばれる石碑〕のレプリカも展示してあった。
8世紀に大和朝廷の力がここまで及んでいたことを示す遺跡である。
千年以上も前の文字が、物理的にも認識可能性においても保存されている――私たちはそれを読める――ということは本当におどろくべきことだ。
外に出て、碑と城跡地を見に行く。
碑は鞘堂という簡単な建物で守られていた。
松尾芭蕉もここに立って見たのだろうか。
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ノートにはこの後、博物館の展示品の中で興味をひかれたものについて思い出したり考えたりしたことが書かれていますが、それは次のエントリーで。
(続く)
宮城・山形旅行紀(1)
この間の記事のタイトルは回文です。本文中で言うのを忘れてました。
ところで前回言っていた旅行の件ですが、行って来ました。
3泊4日東北一人旅です!(どーん!)
しかしね……
旅行だなんてそんな暇があるのか。(すみません!いろんな人にすみません!)
卒制や展示は大丈夫なのか。(大丈夫じゃない)
旅行するとお金があっという間になくなるぞ。(バイトの時給上がったからきっと大丈夫さ!)
まあこうして旅行に行きたいと思えたことは、気持ちが上向きになっている証拠だと解釈しておきます。
本当に生まれて初めてですよ!自分から旅行に行きたいと思い、なおかつ自分ひとりで計画を立てたなんていうのは。
素直に「楽しい」と思えました。今回の一人旅は。
……あれ?私旅行嫌いだって思い込んでたけど、実は違うんじゃない?
もしかしたら旅行そのものが嫌いなのではなく、
車に揺られたり、
暑かったり、
空気が悪かったり、
せかせかと移動させられたり、
周りががやがやうるさかったり、
疲れてるのにあちこち見て回らないといけないプレッシャーを感じたりする
…のが嫌だったのではなかろうか。
うーむ、今になってこんな発見があるとは!
「崖の上のポニョ」考察
私はね、宮崎駿のことどっちかっていうと嫌いなんですよ。
だってロリコン親父だし。幼女にかぼちゃパンツはかせるし。あと、髭がなんかキモイ。
しかし……しかし。
『崖の上のポニョ』が名作であることは認めざるをえません。
なんだこれ!萌え!
深いメッセージ性や心躍る冒険はありませんが、「とにかく幼女が好きなんだ!」という宮崎監督の狂おしいまでの思いが伝わってきます。作者が自分の気持ちに正直な作品というのはそれだけで快いものです。
(以下軽くネタバレ)
『崖の上のポニョ』は、人魚姫のモチーフを使いつつも、オペラの「魔笛」を思わせるようなストーリー構成になっています。
・ポニョ=パミーナ
・宗介=タミーノ
・ポニョの父=ザラストロ
・ポニョの母=夜の女王
役柄もこのように一致します。
ただしポニョのお母さんは夜の女王の恐ろしさとは程遠いし、お父さんにいたってはまるでヘタレキャラなのですが。
つまりこの比較によって私が何を言いたいのかというと、『崖の上のポニョ』はファンタジーではなく寓話として捉えるべきだということです。
ファンタジー的な世界観を期待して見た場合、支離滅裂なストーリー、予定調和なラストという印象を受けると思います。それだと多分がっかりしてしまうので、これからご覧になる方は「これはそういう寓話なのだ」と思って鑑賞した方がよいでしょう。
あと、個人的にポニョのお父さん(フジモト)がありえないくらい萌えキャラでした。
『名探偵ホームズ』のモリアーティ教授を彷彿とさせる感じ。
ヒロインの父親をあんな萌えキャラにする必要なんてどこにもないのに……ハヤオの考えは神すぎて凡人には理解できません。
ともかく、ああいうヘタレなおじさんが好きな人は要チェックですよ!私は何を言ってるんだ!
アラビアンナイト〜托鉢僧と宅配便
「宅配便」と「托鉢僧」って似てませんか。
「たくはいびん」と頭の中でイメージすると、なぜか「たくはつそう」のイメージがちらつくんですよね。
発音と字面が似ているというだけの理由ではなさそうだ。なぜだろう?私の頭の中でどんな回路ができているのだろう?
と考えた結果、子どもの頃に読んだアラビアンナイトの挿絵が原因ではないか、と思い当たりました。
(後になって天野喜孝のイラストだったらしいと分かりました)
子供向けのアラビアンナイトの本に「托鉢僧」が出てくる話があったんですよ。
そしてそこに添えられていた托鉢僧のイラストはこのようなものでした。
・半裸に近い格好
・棒状のものに荷物をくくりつけて肩に担いでいる
これがおそらく、「飛脚便」のトラックに描かれているような「飛脚」のイメージに結びついたのでしょう。
つまり、托鉢僧 ⇒ 飛脚っぽい ⇒ 飛脚=宅配便 というイメージの連鎖が起こっていたわけですね。解決解決!
それにしても、その本で読んだ托鉢僧のお話はとても印象的なエピソードでした。
あらすじは確か次のような感じだったと思います。
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ある青年が旅の途中で一人の托鉢僧と出会い、道行きを共にする。
二人はある町にたどり着き、喉が渇いたので適当な店で飲み物を頼む。
すると奇妙なことにそこでは水もコーヒーも酒もすべて同じ値段だった。
そしてその後、市場へ出かけた二人は、その町ではあらゆるものが素材に関係なく単純に重さによって値段を付けられているということを知っておどろく。
つまり宝石も布地も、同じ重さなら同じ値段というわけである。
青年は面白がるが、托鉢僧は「この町はおかしい。私たちは早く立ち去るべきだ」と忠告する。
しかし青年は聞き入れない。
結局、托鉢僧は出立し、青年は一人でその町に泊まることになる。
ところが翌朝、青年は事件に巻き込まれる。
彼が泊まっていた宿屋に夜中に泥棒が入り、金品が奪われたのだった。
犯人が誰か分からないので、外国人である青年が容疑者にされてしまう。
青年は無実をうったえるが、その町では「事件を捜査する」という習慣がないのだった。
容疑者が本当に犯人であるかどうかなど、その町の人々にとってはどうでもいいのである。
しかも罪の大小を区別することもなく、刑罰の種類も一つしかない――すなわち、死刑。
そのときになってようやく彼は、托鉢僧の忠告の意味が分かったのだった。
危うし、青年。
さて彼の運命は?
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……というところでシェヘラザードは「続きはまた今度」と言ったのかもしれません。
アンチ・不幸自慢
ここ数週間気分の落ち込みがひどくて、学校でも暗い顔をしていることが多かったように思います。
自分でもなぜここまで苦しいのか分からず、「怠けている」「甘えている」と思ってますます苦しくなる……という悪循環。
でも、今日友達に話を聞いてもらって、ようやく原因が分かりました。
というか今しんどいのはどう考えてもそれが原因で、それ以外にないだろうってくらい明らかなのに、私は認めたくなかったらしい。自分で認めていないんだから誰かにグチることもできなかったわけです。
その原因は何か、ということは、プライベートなことなのでやっぱりここでは書きません。
でも、「自覚してるけどあえて話さない」のと、「自分でも分からない(ふりをしてる)」のは全然違うと思うのです。
今はともかく自覚できたことが大進歩。
さて、ネガティブな悪循環に陥っていた時期の自分を振り返って思うのは、
「もっとつらい思いをしてる人はいっぱいいるんだから、頑張れるはず」
という勘違いをしていたなあということです。
間違ってますよね。そういう考えって。
だって、自分より不幸な人がどれだけいたとしても、自分の苦痛が「相対的に」ちっぽけなものだとしても、それで自分の苦しさが軽くなるわけじゃないんだから。
こんな簡単な理屈になぜ気づかなかったんだろう。
よく、「私はこんなに不幸だ」「私なんてもっと不幸だ」「誰々の方がもっとずっと不幸だ」と不幸自慢大会になることがありますが、あれは一時的に気分が楽になるだけで全然解決になってないと思います。
例えば、外国の難民の子供たちが学校に通えず、着るものも食べるものもなくて病気に苦しんでいるのはとても大きな不幸です。
でも、日本の裕福な子供がデパートでお母さんとはぐれて泣いているのだって、小さいけれど不幸には違いない。「もっと可哀想な子供がいる」と言ったってその子は泣き止まないでしょ、と私は思うのです。そういう小さな不幸に対して鈍感にはなりたくないです。
いろいろ真面目なことを書きましたが、
しかしこの部屋暑いっすねえ!
(まだエアコン直ってません)
自己紹介タイムに名前を呼ばれないタイプ
2008年7月10日。
6時間ぶっ続け講評をぎりぎりでフェードアウトして、急いで浴衣に着替える。
おはしょりが上手くできなくて悪戦苦闘しながらもなんとか着る。
浴衣の着付けは昔習ったはずなんですが……
ええと右と左どっちが前だっけ(←そこからかよっ)
なんで浴衣かって?
「浴衣着てきたら会費500円引き」っていう話を聞いたからですよ!
なんの会費かって?
ムサビ日記オフ会の会費です。
というわけで、オフ会に行ってきました☆
自己紹介タイムに一人ずつ名前を呼ばれて前に出て行ってたのですが。
私だけ忘れられてました……。
――――――終――――――
……じゃ、だめですか?だめですね。
ではごく軽〜く報告します。
手羽コノヤロー(怒)
いえ、これは決して私がそう思っているという意味ではないですよ。
会場にいた人々全員の心の声……あ、私も含まれてるか……とにかくそういう感じで!
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※ムサビ日記の内輪ネタなんて知らないよ、という一般の方々のための説明。
このブログ「ムサビ日記」の管理人兼ライターとして活躍していた“広報の手羽”氏が、このたび異動により広報課を離れることになったのがそもそもの発端です。
それに伴い、ライターとして日記を書くのをやめると手羽さんは宣言しました。
ブログメンバーおよびファンは、「手羽さんがいなくなっちゃうなんて…」「やめないで手羽さん!」と悲しみました。そして、オフ会ではこれまでの感謝をこめて盛大に送り出してあげよう、という流れになりました。
ところが、手羽さんったら1週間の短い沈黙の後、「室長の手羽」としてあっさり復活してしまったのです。(大爆笑) そして手羽コノヤローにつながる、と。
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オフ会では「ブログのイメージとギャップありますね!」と何度も言われたのですが、そう……なのかな?そう見えるんでしょうか。ねこあじはどういうキャラだと思われてるんだ。
まあしかし、「ソクラテス総攻め」とか「一休さんテラモエスwハアハア」とか痛い発言しまくりなのに、一体どんな顔で皆さんに会えばいいのか……ドゥアアアアアア恥ずかしいー!!!あひる池があったら飛び込みたいぜ!!と一人でどぎまぎしていたというのが真相です。
上で言った自己紹介の件は結局ちゃんとやらせてもらえました。
赤岩さん気をつかってくれてありがとう。
“空気の薄いキャラ”になりつつあったので、いっそそういう路線でいこうかなと思って
「新しいめがねに替えて2週間経つのに、誰も気づいてくれません…」
と悲しそうに発言しておきました。
そう、演技ですよ演技。実際はそんなキャラじゃないですよ。
ところで、「ラテン語でなんかカッコいいセリフ言ってよ〜」と要求されたときのために答えを用意しているのですが、まだ一度も聞かれたことがありません。
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追伸(私信):
最近は毎晩のように(ほぼ毎日)飲んでます。飲んだ後はバタンキュー。
朝には響かないよ。
龍の巣
さっきスーパーに行こうと思って家を出たら、なにかチカチカしていました。
「蛍光灯が古くなって点滅してるのかな」と思いながら外に出ると、光っているのは蛍光灯じゃなくて巨大な積乱雲でした。
しばらくポカーンと見とれた後、「そうかラピュタは実在したのか……」と納得して家に戻りました。
鳥肌がたつような圧倒的な光景。
こんな天気の下をふらふらしてたら雷が直撃するかもしれない。
なのになぜか、もっと近くで見たいと思ってしまう。
恐ろしくも美しい眺め。
サブライム(崇高)ってこういうのを指すんだなあ。
ちょっと潜伏します
私ってなんて駄目な人間なんだろう。
こんな私が社会人として会社に勤められるわけがない。
内定辞退しよう。
と、一瞬電話に手を掛けそうになったくらい凹む出来事がありました。
まあどうせ人に言ったら「そんなことくらいで?」と笑われるようなことなんですが。
端的に言うと、つまり。
朝起きられないのです。
やばい。最低だ。これはもはや病気だ。このままでは登校拒否だ。
でもなんとかします。なんとかしないと、人間としてかなり危ない。
というわけで、これをきっかけに一週間ほどパソコン断ちします。
これが諸悪の根源…! 悪魔の誘惑…!
(いや最低限のメールチェックとかはやらなきゃいけないから大学のパソコンから見ますけどね。)
さて、これだけだと鬱な日記なのでなにか当たり障りのない明るい話題でも振っておきますか。
↓今日の明るい話題↓
先日友人とT川で食事をした際、
「ソクラテスは実際のところどれくらいモテたのか」
という話題で意外にも盛り上がりました。
うん、もちろん哲学者ソクラテスのことですよ。
顔はイケメンだったか、ひげはふさふさだったかなどと話し合ったあげく、
「ソクラテスは総攻めである。」という結論に落ち着きました。
よっ男前!
さすがファンクラブが二千数百年も解散しないだけある。
広報の手羽さん〜For ever
そういえば手羽さん異動の件を完全にスルーしてました。
ちょっと皆さん聞きました?
「広報の手羽」ブログは今月で終わりになるんですって!
でも大丈夫。
手羽さんはね、僕たちの心の中にいるんだから……。
――――完――――
だって、なんだかんだ言ってコメント欄とかでちょっかい出してくるんでしょ?
あっかんべェ一休
一休さんの生涯を描いた漫画がある。
という事実を最近知って血圧が上がりました。(はあはあ)
とんち小坊主の一休さんじゃなくてリアル一休ですよ。
あれを漫画の題材に選ぶなんて……誰だその漫画家は?!
坂口尚でした。(※手塚治虫の愛弟子)
これは買うしかないでしょう。
早く届かないかなあ……うふふふふ
ところで、「テレビの操作盤」って言い方は普通しないんですか?
なんか友達に言ったら通じなかったんですけど。
普通はリモコンって言うの?
「役に立つ」芸術とは?(続き)
おとといの記事の続きです。
(「明日書く」って言っといて結局2日後になっとる…)
芸術は社会の役に立つか?という話でした。
●仮説「芸術は社会の役に立つ」の証明
前提1:「役に立つ」とは、「ある目的を達成するための手助けとなること」と定義する。
(ゆえに、目的を設定せず漠然と役に立つ、ということはありえない。)
前提2:「芸術」とは、絵画・彫刻・音楽・映像・文学などの作品および制作行為をさす。
これらは、鑑賞者に何らかの精神的満足感、あるいは思考のきっかけを与える。
前提3:「社会」とは、文明化された人々の集団である。
文明化された人々=ある程度の衣食住が保障された人々は、精神的充実を求める。
精神的充実は、友人との対話、各種の娯楽、あるいは知的探求によって得られる。
芸術は娯楽になりうる。
また、芸術は知的探求と深く関わっている。
したがって芸術は人々の精神的充実を助ける。
よって、芸術は社会の役に立つ。
□
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ほらね、ちゃんと役に立ってるんですよ。
「どうせ自己満足だし」とか「何の意味も無い」とかネガティブなつぶやきを結構聞きますが、もっと胸を張ってもいいんじゃないかと思います。
ところで友達がプルシェンコのことを「トルシェンコ」と言うんですけど、何回注意してもトルシェンコって言うんですけど、これはトルシエの呪いですか?
「役に立つ」芸術とは?
前回の記事とつながってます。
芸術家および芸術は社会の役に立つか、ということを考えました。
そして私の中の結論としては「はい、役に立ちます」ということになりました。
そこに至るまでの途中経過を含めて考察を書いてみたいのですが今日はもう眠いので明日にしていいですか? Yes.私は寝るぜ。
(明日になったら「何を書くつもりだったんだっけ…」と呆然としてしまう、に1ガリオン。)
ところで先日はプチオフ会に行ってきました。
誰が最初に暴露記事を書くのかと思ってウォッチングしてたのに皆さん自重しすぎ(笑)
人類滅亡の日に
手羽さんが「美術教育は必要か?」という記事を書き始めているので便乗。
むかし見た映画で、たしか「ディープ・インパクト」というタイトルだったと思いますが、隕石が衝突して地球の半分が滅びるとかいう話があったんですよね。
で、すべての人類は救えないけど、政府が地下シェルターに少数の人(といってもかなり大勢)を保護することになります。最悪の場合彼らだけが人類の生き残りになるという状況。
その限られた生存枠の中にはもちろん政治家や科学者、医者、技術者といった「社会を再建するために絶対必要な人材」が優先的に含まれているわけですが、さりげなく「芸術家」という枠が確保されているのがなんだか不思議というか意外な感じでした。
芸術家って、そういう状況でもっとも役に立たない人種じゃないのか。
それとも役に立つんだろうか?
まあ、建築家およびデザイナーは必要ですよね。
写真家とかイラストレーターも数人は居てほしいかな。映像関係の人も。
音楽家……歌って踊れて演奏できて教育もできる人が一人いればいいや。
美術史・芸術学等研究者……数人がいいとこか。文献があればいつかは再建できそうだし。
ファインアートの作家全般……悪いけど私が大統領なら「いらね」って言うと思う。
特に現代美術の役に立たなさは異常。(褒めてますよ)
あれは文明が成熟したときにのみ現れるものだと思います。
(つづく)
ポン!カン!チー!
「最近、赤木しげるがカッコよすぎて困る。惚れたかも」
と友人の一人に打ち明けたら、
「プルシェンコといいアカギといい、君は鼻の大きい人が好きなんだね!」と断定されました。いやその理屈はおかしい。
このあいだの講義でソクラテスの処刑の話を聞いて、アカギが死ぬときのエピソードと似ているなあと感じました。福本先生はソクラテスをリスペクトしていたに違いない。
獄中のソクラテスのところに親友クリトンが訪ねてきて、「頼むから脱獄してくれ。もう用意は整えてある」と言うんだけど、ソクラテスは頑としてうなずかないんですよね…!どうでもいいけどクリトンとクリリンって似てるよね…!
大学の課題のほうは、先週末に中間講評をやりました。
あくまで「中間」講評だからここで気を抜いちゃだめなのにうっかりサボりそうになります。
あ〜あ。頑張んなきゃ。
そして講評の後は酒とつまみを買ってきてアトリエで飲み会。干しいちじくうめえ〜!
途中から「酔っ払った人をニヤニヤしながら観察する会」に発展していたような。
ところでみちくさとりこさんが面白そうな企画をやっているではありませんか。
私も質問送っときましたよ〜。よろしく!
フロイト(性的な意味で)
ちょっと前に友人が「フロイトについて勉強したいので分かりやすい入門書を紹介してくれ」と言ってきて、そのときは「知らん」と言っておいたのですが、私も少し気になってきました。フロイトの入門書ってちゃんと読んだこと一度もないなー。
とにかくフロイトのおそろしいところは、一度フロイトに洗脳されると、すべてのものごとをフロイト流に解釈してしまうということなんですよ。性的な意味で。
ユングなんかハマる人は宗教のようにハマるらしいからな…!
心理学系はうっかりすると洗脳されそうだから手をつけるのが怖いと個人的に感じています。
人はなぜ鳴きまねをするのか
今のアトリエは鳥小屋の近くなので孔雀の声がうるさいです。
にゃーにゃーにゃーにゃー発情期ですかコノヤロー。
それにしてもなぜか、ときどき孔雀の声に混じって
「にゃおー!にゃおー!にゃー!」
と、明らかに人間の声が聞こえてくるのですがなぜでしょう。
動物の声を真似してみたくなることは確かにしばしばありますが、孔雀の鳴きまねをする人は他の動物の場合に比べて多いような気がします。
孔雀の声には、鳴きまねをしてみたい気分にさせるような何かがある……のか?
ところで、「サトウのごはん」はいつのまにコシヒカリ擬人化に乗り出したのですか?
微妙にカッコイイ。
ナディア・コマネチ
「美」の概念について、現代の私たちはそれを絵や彫刻のような形ある芸術作品と結びつけて考えることが多いけれど、古代においてはむしろ人間自身の美しさ(肉体美、精神の美徳)が重要であったそうです。
考えてみれば、体を使った表現というのはもっともプリミティブな美的表現です。
絵画、彫刻、映像が今のように発達したのは、ひとえに技術の向上があったためであり、もし人類が絵具も筆も発明できなかったら、今でも体操や舞踊が芸術の中心だったのかもしれない……
と、ナディア・コマネチの演技を見ていて思いました。
コマネチを見たことがない方は↓こちらをどうぞ。
アディダスCM "Impossible is Nothing"
コマネチの1976年の演技と、ナスティア・リューキンという現代の選手の映像を合成したもののようです。黒っぽい髪の少女がコマネチ。金髪の子がリューキン。
しかしコマネチの10.0の裏には、当時共産主義国で独裁体制だったルーマニアの複雑な事情が絡んでいたわけで、結局彼女は1989年に亡命するんですね。その一ヵ月後にルーマニアの独裁政権は倒されます。
ソ連もそうでしたが、才能のある選手を幼いうちにスカウトしてきて、国家を挙げて応援するという体制がある国はやはり違います。本気でメダルとりにくるもんね。そういう気合の入った演技は確かに見ていて圧倒されるのですが……でもなんだか痛々しくて可哀想な気もときどきします。
スポーツや美術と政治って切り離せないものがあるんですね。
ゴールデンウイーク報告
【※目的を果たしましたので内輪ネタは削除しました】
ゴールデンウイークにやったこと。
・3日間連続で高校の友達(それぞれ別の子)に会いました。
・フランス流紅茶の店で1ポット1050円の紅茶を飲みました。
・紫外線カット率99.8%の本気日傘を買いました。そして昨日なくしました。
※【本気〜】 おしゃれ的なものではなく、本気の道具。
例:本気ブーツ、本気ババシャツ、本気マフラー、本気てぬぐい
・『比類なきジーヴス』(ウッドハウス著)を読みました。
読んで最初に出てきた感想は「執事萌え〜☆」でした。実に残念です。(私の頭が)
それにしても19世紀ヨーロッパの上流階級の連中っていうのは、口を開くたびに聖書やシェークスピアやバイロンを引用しないと窒息して死んでしまうのでしょうか。
・念願の『一休』(水上勉著)を読み始めました。
読んで最初に出てきた感想は「一休さんテラモエスwww」でした。これほどの名作を読んでそんな可哀想な感想しか出てこないとは、誠に残念です。
そして一休さまがひっきりなしに中国の故事や漢詩を引用するのを見て、こういうのは洋の東西を問わないものだなと感じました。
ウオオオ!一休さま愛してる!
漢字で考える
昨日は1週間でもっとも楽しみにしているラテン語の授業だったのに……
寝坊しました。
ばーか!ばーか!(泣)
カッとなったので突如思い立って美容院に行き、くりくりのパーマをかけてみました。
美容院でめがね外すと雑誌も読めないので、ぼんやり考え事するしかない。
そんな時間が割と好きです。
で、昨日考えたこと。↓
このあいだ哲学の講義で「我々が話し言葉だと思っているものの多くは、実は書き言葉である」という話を聞き、なるほど!たしかに!と感銘を受けたのですが、それを友達に話してもなかなか納得してもらえません。
私は、なにか考えたり人の話を聞いたりすると、即座に文字が浮かぶのです。
すぐにでもワープロで打てるような状態に変換されるというか。
たとえば「ちゅーしょー・ひょーげん・しゅぎ」と聞けば瞬間的に「抽象表現主義」という漢字がパッと浮かびます。
「び・と・く」と言われれば「美徳」という漢字が浮かんで、余裕があればついでに「virtue」あるいは「virtus」という綴りを思い浮かべます。
たまに、読めるけど書けない漢字を使ってしゃべられるとイライラします。
例)・「エヴァンゲリオンは<げんがくてき>なアニメである」→衒学的
・「この値は<いきち>を超えている」→閾値
そうやって、音だけの言葉と書き言葉をビュンビュン往復しながら考えたり聞いたりしているので、さっき上げた「話し言葉だと思っているものの多くは、実は書き言葉である」という説にすごく納得がいったわけです。
ところが、友人はもっとイメージ的な考え方をしていると主張するのです。
そうなのか。人によって違うのか。
カルチャーショック。
皆さんは頭の中でどうやって考えていますか?