リアルな美大の日常を
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2007年07月のアーカイブ
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古美術研究旅行を終えて
奈良・京都の古美術をめぐる旅「コビケン」が終わりました。
去年のもよかったけど、今年はすごく充実した旅行だったと思います。
この1週間で出合った数々の仏像や襖絵、庭園にお茶室。
日本の古い美術を知る上でとても貴重な体験でした。
みんなー!ムサビの古美術研究旅行はすごいんだぞ!
美大の研究旅行だからお寺でも優遇してもらえて、普段は公開してないところも見学できちゃうんです。
毎年夏にやってるので、仏像や寺院建築や昔の日本の美術に興味のある人はぜひぜひ!(と宣伝しておく)
さーて、旅行も終わったし。
ハリポタ最終巻でも読むか!
夏休み中にざっと最後まで読めたら理想なんだけど、実際は半分もいかないに20ガリオン。
日本語に聞こえるラテン語
明日から古美術研究旅行に出発します。なので1週間ほどブログの更新をストップします。
もしかしたら別宅ブログになんか書くかも。
「日本語に聞こえるラテン語シリーズ」第4回。 →第3回 第2回 第1回
試験勉強してるときってこういうの作りたくなりますよね。え、ならない?
●Matta nasi.
発音:待った なーしー
訳:鼻のマット
●Gamba
発音:がんば
訳:足枷
●Gamba o sacca!
発音:ガンバ大阪
訳:足枷よ、おお、ろ過せよ!
●Hara hara sita io!
発音:ハラハラしたよー
訳:豚小屋、置かれた豚小屋よ、ああ!
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全体的にすごいカオスだなー。
鼻のマットって何かって?私も訊きたい。
足枷に「ろ過せよ」っていうのも相当無理な注文です。
エミール・ゾラ『制作』を読む(その8)
「ああ、クロード!子供のような心をもっていたおまえだ。子供たちのそばで眠れてうれしいだろう」
エミール・ゾラ『制作』を読む(その8)
第11章 現実を嘆くサンドーズ
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●「きみはこれまで、後世の人間も、おれたちの望んでいるような公正な審判者ではないのではと考えたことはないか? 未来の世代も現代人と同じく過ちをくり返し、誤解しつづけ、すぐれた作品よりも下らない甘っちょろい作品を好むとすれば……。ああ、おれは、いつの日か愛されるのだという慰めの幻想が失せてしまっても、自分の仕事への情熱をもちつづけられるだろうか?」
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うおおおおおおサンドーズ…!ていうか…ゾラ…!
このくだりは読み返すたびに泣きそうになります。
ゾラを、セザンヌを、他の大勢の偉人の作品を、私はきちんと見ているだろうか。見てきただろうか。うわ……なんかすごい鞭打たれてるような気分。
これを読んで分かった、やっぱりゾラはセザンヌを裏切ってなんかいない。
大衆を叱咤激励して、〔お前たちが正しく物事を見なければ、本当の天才を無為に死なせることになるぞ!〕と伝えたかったんだと思います。セザンヌをモデルにした主人公を最終的に死に追いやるのも、逆説的にそのことを表したかったんじゃないかな。
第12章(最終章)二次元の女にとり憑かれた男
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●彼らの寝床は、この数ヶ月来、冷え切ったままだった。彼は全精力を絵に投入するべきだと考え、自発的に禁欲し、かたくなに貞潔を自らに課していた。
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はいはいはいはい来ましたよ禁欲生活。
芸術家が作品を作るとき、禁欲した方が良いものができるっていう話は結構本当だそうです。
しかし奥さんは激怒します。当然です。夫が二次元の女に夢中なんですから。
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●「もう八か月と七日になってよ。わたし、ちゃんと日数を数えています! わたしたちがなんの関係もなくなってから、八か月と七日過ぎたのですよ」
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「ちゃんと日数を数えています!」って、それも怖いよ…。
すごい剣幕で奥さんに迫られて、ついにクロードは「もう絵は描かない。君だけを愛する」と約束します。
しかし翌朝、彼はキャンバスの前で、絵の中の女に魂を吹き込もうとするかのような姿で息絶えていたのでした…。
親友の埋葬に立ち会ったサンドーズは、悲しみにくれながらも最後にこう言います。
“Allons travailler.”――さあ、仕事に戻ろう。
自信をなくし、絶望にかられ、それでも自分のすべき事をしなければならない。さあがんばろう!……という、ゾラからセザンヌへのメッセージだったのかも、しれません。
そろそろ就職活動
この間プレ就職ガイダンスに行ってきました。書こうと思ってたのにもう一週間前だ。
5分で分かる憲法の話がなるほど〜という感じでした。
労働は権利でもあり義務でもあるんだよとか。
国民には納税の義務があるよとか。
公共の福祉とか。
あーありましたねそんな話。公民の授業で習ったような。
しかし学科によって就職の傾向がかなり違うから、ジャンルの違う話になるとポッカーンですよ。
特に違和感を感じたのは、「学生同士で自主的にチームを作って就活に取り組むとよい」とかいうあたり。
いや情報交換の大切さは分かるよ。しかしね……それ絶対油絵の学生には無理。
だってほとんどが「シューカツ…って何をやればいいの?」(呆然)状態ですよ。
似たようなところをめざしてる者同士でチームを、と言われても……むりむり。
そもそもアート・デザイン系の企業か、一般企業かという選択すらあいまいな感じです。
つーか油絵学科で絵を描いてた学生が一体どんなアーティスティックな就職ができると言うのか。
自分の作品を制作する以外のことはほとんど教わってないんだぞ……。
パソコンの基本操作すら身についてない人もいっぱいいるぞ。
ブログやってるだけで「パソコン得意な人」扱いだぞ。
というわけで、油絵学科の皆さん&受験生の方々。就職したかったら自力で勉強しましょう。
好きな人に告白してみた
前から好きだなあって思ってた人に「好き」って言ってみました。
「ありがとう」って言われました。
むねがどきどきしました。
小 学 生 か !!
しかもその後「回文で言ってくれたらよかったのに」と妙なダメ出しをされました。
回文て。(いや回文は得意だけど)
人に「好き」って言ってそんなリクエストされたのは初めてだよ。
……よし、今度考えとこう。
エミール・ゾラ『制作』を読む(その7)
レポート終わった〜!とりあえず今日出す分だけな…
なんかもう、この『制作』の考察シリーズをレポートにしてもいいくらいじゃね?
エミール・ゾラ『制作』を読む(その7)
もうあと2回くらいで終わると思います。
第10章
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●「きみが出品したって! じゃ、入選するように尽力しよう。知っているだろうが、今年ぼくは審査員候補になっているんだ。」
事実、サロンの審査委員にかんしては、芸術家たちの喧々囂々たる不満のために、何回となくこれまで改革が試みられたが、いずれも失敗し、ついに当局は、出品者たる芸術家たちに自らで委員を選出する権限を与えたのだった。この決定で画家や彫刻家連中は大騒ぎとなり、選挙熱がいっきょに高まった。野心、派閥争い、陰謀が渦巻き、あらゆる低劣な政治的駆け引きが入り乱れていた。
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かつてクロードの弟分だったファジュロールは、いまやひとかどの画家になっていました。
クロードの絵の「おいしいとこどり」をしてうまく大衆に気に入られたのです。
世俗的な成功をおさめる一方で、堕落した画家として軽蔑されているのではないかと思ったり。芯から悪い奴でもないんですね。そういう罪悪感もあって、クロードの絵を必ず入選させると約束します。
さて、サロンが民主主義的になったのは良いことですが、これはこれで大変なようで…。
古株のマゼール教授もキリキリ舞です。
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●「なんて駄作だ!」
そうつぶやきながら、視力が弱っているものだから、署名を見ようと身をかがめたとたん、彼と同じく穏当な理論の擁護者である友人の名を見てびっくり仰天、はっと身を起こし……
「すばらしい! 諸君、入選第一号にどうかな?」
全員賛成で入選第一号と相成った。ただし、だれもがくすくすと笑い、たがいに肘をつつき合っている。マゼールは、自尊心を大いに傷つけられ、ますますいらだった。
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もはやサロン全体が「外光派」ふうの明るい色調を真似し始めているので、
「なんだこの落書きは……え!○○氏の!?……いやその……美しい絵ですね」みたいな感じでみんな焦りまくり。だんだん用心深くなった彼らは、まず作者を確認した後でないと口を開かないようになってしまいました。
ああ……この後はあまりにも痛々しい展開になってくるので勢いよくすっとばします。
第11章
画商成金ノーデの破滅を語るマウドーの台詞
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●絵が法外な高値をつけていたのが、いまや破局寸前まで下落している。だから好事家たちの間には、暴落時の証券取引所の連中の狂乱にも似た恐慌が生じている。あの有名なノーデこそ、最高の見ものよ! 自分のやってきた値のばか釣り上げに、自らの足をすくわれたというわけだ。いまや、破産状態に追い込まれ、彼のあの豪邸も崩壊寸前、執達吏の来襲に備えて躍起になっているとのことだ。
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絵の値段のインフレを起こした張本人であるノーデは、結局自分もインフレに巻き込まれて破産してしまいます。ざまーみろ!
エミール・ゾラ『制作』を読む(その6)
エミール・ゾラ『制作』を読む(その6)
第8章
●ともかく、貧窮が彼らを待ち受けていた。絵の販路は、広がるどころか、まったく閉ざされてしまっていた。サロンにたえず拒否されるような画家の絵は、だれも相手にしない風潮になっていた。
当時サロンに入選するということは単に名誉の問題だけでなく、絵で生活していくために非常に重大なことでした。あれだ、ジャンプで連載すると知名度が桁違いとかそういう感じ。
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第9章
●彼を苦しめている神経の平衡障害は、ある物質的要素の何グラムかが多すぎるか少なすぎるために生じているのであるが、その遺伝的疾患が、彼を偉大な天才とする代わりに狂人にしようとしているのだった。
神経伝達物質がどうしたって。 びっくりした。19世紀の話だよ。
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●それから、カンヴァス全体を、ニカワは使わず、白鉛をパレットナイフで塗りつぶした。これの方が、絵具の吸収性がよく、画面が明るく力強いものになると、彼は言うのだった。
●絵の具にまぜるオイルを仇敵のように憎み、テレビンの方が光沢を押さえて、どっしりとした効果を出すと主張した。また、だれにも明かさない秘密があった。琥珀の溶液とか、コーパル液とその他二、三の樹脂の溶液を用いると、絵具の乾きがはやく、画面の亀裂が避けられるということだった。ただし、この方法では、色がくすむという難があり、そのため苦労しなければならなかった。
下地に膠を使わなかったんですね。
また、画用液は乾性油を用いず、ほぼテレビンだけで描いていたということが読み取れます。
ところでコーパル液って何だ。
調べたら実際にそういう商品がある様子。
Garrettというメーカーの商品解説をそのままグーグル翻訳に突っ込んでみました。
↓なかなかにカオスな訳。
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コーパルはこはく色と同類堅い化石の樹脂であり、両方とも絵画媒体として早いフランダースのマスターによって用いられた。 最も早い文書による記述は第12世紀にコーパルが先に使用されるかもしれないが、日付を記入する。
これらの樹脂はほとんどの現代溶媒で高温に服従させて分解しない。
Mohの硬度のスケールで、コーパルに1から1.5の硬度があり、こはく色に1から3の硬度がある。
軽い屈折は等しい。 未開地の左、コーパルはそのうちにこはく色になる。
管のペンキへのGarrettのコーパル濃縮物の付加によって、打撃に溶かし、追求する自身のレベルをブラシをかけなさい。
ペンキの自然な輝きそして光輝は私達の濃縮物の少数の低下の付加と保たれる。
長いペンキは芸術家にブラシまたはナイフが付いている良い細部のためのすばらしい範囲を与える。
ある特定のオイルと結合されるコーパルが堅くが、割れないし、そして表面を作り出すこと20世紀の変わり目に示されるアーサーChurch単独でオイルの柔らかい表面に望ましい。
フランダースのマスターの絵画の完全な保存が媒体としてコーパルの使用のためにそうなったものだった高貴なアカデミーのA.B. Laurie、提案されるロンドン教授。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
まあなんとなく……分かるよ…。
要するにコーパルは、
・油絵のメディウムの一種
・琥珀の親戚みたいなやつ
・フランドル派が好んで用いた
・ウェット・イン・ウェットの技法に最適
という代物らしい。
「管のペンキ」って何だろうと思ったらチューブ入り絵具のことか!
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●ところで彼の頭をいまもなお悩ませている一つの難問があった。いわゆる補色理論にかんする問題である。(〜中略〜)クロードはこの原理から、万物には固有の色というものは存在せず、周りの状況に応じてさまざまな色を生じるのだという結論に到達した。この考えによる悪影響たるや、ひどいものだった。
はいはいはいはい来ましたよ光の理論!
「あらゆる表現形式はその内部に自らの破滅の種子をたくわえている」ってね。
旗揚げから約十年がたった1880年代半ば、印象派は行き詰まりを迎えます。
「印象派がどうやって駄目になったか」という問題は、「印象派がどうやって成功したか」よりもはるかに意味深いので、印象派についてレポートを書く際はそのへんをよく考察してみたらいいんじゃないっていうか早くレポート書かなきゃ……(私が)。
とっかかりとしてケネス・クラークの『風景画論』という本がおすすめです。
エミール・ゾラ『制作』を読む(その5)
第3章
●皆は、彼の黒ずくめの服装に目を見張った。黒のフロックに黒ズボン、ネクタイをつけ、ちゃんとした靴をはき、きちんとした正装で、いかにも町に食事に出かけるブルジョアの姿だった。
――なにかというと「ブルジョアめ!」「ブルジョア野郎!」と罵倒されるところのブルジョアです。
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●ついで、皆は、画商たちを呪った。というのは、腹立たしいことに、世間の美術愛好家たちは画家を信用しておらず、少しでも安くしてもらおうと、仲介の画商を通して買うのを望んでいたからである。
――この時代から画商、ギャラリストが美術作品の流通を仕切るようになっていきます。
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第5章
●五月十五日…(中略)…その日は彼にとりだいじな日だった。この年に創設されたサロン落選展の開会日で、サロンの審査員からはねつけられた彼の作品が、そこに展示されることになっていた。
――実際の歴史では1963年に開催された「サロン落選展」。
マネの『草上の昼食』がスキャンダルを巻き起こしたことで有名です。
きっとゾラもセザンヌも、連れ立ってマネの絵を見たに違いありません。
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●「『外光』というタイトルをやつらはおもしろがっていた。」
クロードはつづけた。「それもよかろう!かってにおもしろがらせておけばいい。外光、外光派だとね!」
――クロードの絵『外光』を見た大衆は大笑い、笑っていない者は怒り狂うというありさまでした。
「外光」を「印象」に置き換えれば、まさに印象派誕生のエピソードを彷彿とさせます。
さて、クロードはこの後、絵のモデルをつとめた女性と結ばれるのですが、童貞を喪失した瞬間たちまち堕落し始めます。二人はパリを離れ、田舎で数年を過ごします。
しかしいろいろあってまたパリに戻ってくることになりました。
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第7章
●食卓での話題は、目下、パリ全市を激変させている大工事のことだった。そして彼らは、投資金をたんまり持っているブルジョア気取りで、土地の値段をあれこれと論じた。
――大工事というのは、セーヌ県知事ジョルジュ・オスマンの都市改造計画のことを言っているのだと思われます。
この時期に今のようなパリの街並みが作られたのだとか。
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●「うわさによると……」ジョリーが小さい声で言った。
「ファジュロールはノーデとすごく有利な契約をしたらしいぜ」
このノーデという人物は、ここ数年来、画商界に一大変革を巻き起こしている商人だった。
一種独得な商才の持主で、ひと儲けできる芸術家を見抜く才知にすこぶるたけていた。たとえ似非(えせ)芸術家であろうと、絵画市場で俗受けのしそうな見栄えのいい画家でありさえすればよかったのである。そういうわけで、彼は、昔かたぎの鑑識眼のある美術愛好家を相手にせず、芸術も解しないのにただ虚栄心から絵を買ったり、また、株を買うのと同じように値上がりを見込んで絵を買うような金持ち連中だけを取引の相手にしては、絵画市場を荒らし廻っていたのである。
こうして、値上がりはとどまるところを知らず、画壇はいまや、いかがわしい取引場と化したかの観を呈している。このモンマルトルの丘一帯たるや、金鉱さながら、金融業者が押し寄せ、札束が乱れとんでいるというしまつだ!
――美術界が一種のバブル状態になっていたようです。ノーデの話は後の方でまた出てきます。
エミール・ゾラ『制作』を読む(その4)
●第2章 クロードの台詞
「そうだ、アングル親父がいる。奴ったら、例のむき玉子みたいな絵でおれをむかむかさせるが、それでもりっぱなじじいだ。気骨があるし、とにかくおれは脱帽するよ。……アングルの後では、ただ二人だけだ。分るだろう、ドラクロワとクールベだ。ほかの連中ときたら、どれもこれも詐欺師ばかりだ。」
この後ドラクロワのことを「老いたりといえ……」と表現していることから、この時点でドラクロワはまだ死んでいないという時代設定であることが読み取れます。
ドラクロワは1863年8月13日に亡くなっており、この小説の1〜2章は「7月」のできごとと明記してあるため、年は1863年かそれ以前でなければなりません。が、仮に1863年と置くと、後に出てくるサロン落選展はその翌年=1864年にあったことになり、実際には落選展は1863年であったので、現実と矛盾することになります。
結局のところ、ゾラは現実の歴史とは微妙に異なるパラレル世界を小説の中で展開しているというふうに考えるべきでしょう。
(追記:論理的におかしいことに後から気づいた……1862年と設定すれば矛盾しないじゃん!すみません)
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●第2章 サンドーズとクロードの会話
「どういうタイトルをつけるのだ、この絵に?」サンドーズがたずねた。
「プレネール(外光)」ただひとこと、クロードはこたえた。
サンドーズにはそのタイトルはあまりに絵画技法用語じみていると思えた。小説家の彼は、無意識のうちに、絵画にも文学性を導入したいという思いを抱いていたのである。
「プレネールだと? それじゃなんの説明にもならんよ」
このあたりは『印象・日の出』のエピソードを彷彿とさせます。
あるいは、現代美術にありがちな「タイトルのそっけなさ」を予見しているようにも思えます。
『無題』とか『No.○○』とかいうふうに、タイトルが作品内容の説明を本格的に放棄し始めるのは多分20世紀以降だと思うのですが、その下地はすでにこの時期にできていたのではないかと思います。
つまり画家が自分の絵に自分でタイトルをつける習慣が定着した時代という意味です。
作品のタイトルを自分でつける――
何を当たり前のことをと不思議に思うかもしれませんが、じゃあレオナルド・ダ・ヴィンチは『モナ・リザ』というタイトルを自分でつけたか?というと、あの絵にはそういう意味でのタイトルは存在しなかったと考えざるをえないわけです。モナ・リザは『モナ・リザ』と呼ばれるからモナ・リザなのであって、作者による命名は無意味なのです。
長らく「呼ばれるもの」であった作品が、自律的に「名乗る」ということをし始めた時代が、美術における「近代」の始まりだったのではないでしょうか。
ゾラ自身も結局この小説に『L'OEUVRE』(英語でいうところの“Work”)という非常にそっけないタイトルをつけているところもなんだか意味深?
ところで「untitled」って受動態なんですよね。
能動態の名前って存在しないのか…。
旅は続くよ黒海へ
ラテン語の講読は順調に進んでいます。
ヒュラスという美少年が泉のニンフたちにさらわれてしまい、あの有名な英雄ヘラクレスが半狂乱になってヒュラスを探すというエピソードがあるのですが、結局少年を見つけられなかったヘラクレスが落胆して海岸に戻ると、すでに船は出てしまっていたそうです……つまりヘラクレスはおいてけぼられたと。その後どうしたんだヘラクレス。大ショックだよ…。
ちなみにヘラクレス×ヒュラスは公式カップリングです。(本当)
ヘラクレスがある国の王を殺したとき、王の息子だったヒュラスを気に入って連れてきたんだとか。お稚児さんか!いわゆるお稚児さんなのか!
さてアルゴー船隊はいよいよエーゲ海から黒海に向かいます。
地図を見ると、目的地コルキスは黒海のはるか東の果て。現在の国名で言うとグルジアのあたりではないでしょうか。トルコの右上、ほとんどロシアですね。言葉通じたのか。
エミール・ゾラ『制作』を読む(その3)
〜食事のシーンをスクラップ(下巻編)〜
主人公が転落していく下巻は食事シーンもどんよりしたムードが漂いがちです。
11章のサンドーズ宅での夕食会なんて、料理はすっごいおいしそうなのにもったいない……。
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●じつはその日、はじめて彼らは無一文になったのだった。この一週間、彼女は、とぼしい年金でなんとかやりくりしていたが、けさ、すっかり遣いはたし、もはや晩の食卓にのせるパン代もなかったのである。思い悩んだあげく、彼女は、以前ヴァンザード夫人からもらった黒い絹のドレスを質に入れようと心に決めた。
(〜中略〜)
彼女は十フラン貸してもらったが、遣うのは極力おさえ、スカンポのスープとジャガイモの煮つけをつくるだけにした。それほどこれからのことが不安でたまらなかったのである。
(第8章)
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●彼らの食事といえば、固くなったパンのかけらだけというのが常態となり、子供のジャックは栄養不良でやせ衰えていた。生活全体が全く崩壊した形で、もはや何の誇りも失ってしまった極貧の人々のように、すべて投げやりで、不潔この上なかった。
(第9章)
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●「ああ、やっと席がとれた。……で、きみは何を食べる?」
クロードは、なんでもいいという素振りをした。ところで、料理はまったくひどいものだった。柔らかくなりすぎたクールブイヨン煮の鱒(ます)、焼きすぎた固い肉、濡れ雑巾みたいな匂いのアスパラガス、といったぐあいである。
(〜中略〜)
サンドーズの注文していた二杯のコーヒーがやっと来た。だが、ギャルソンが砂糖を忘れていたので、隣の家族が残していたかけらで我慢しなければならなかった。
(第10章)
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●当日、アンリエットは献立に気を配った。彼女はいまでは料理女や召使いを雇える身分になっていた。とはいえ、自分で料理を作らないにしても、食道楽が唯一の悪徳といえる夫にたいする愛情から、たえず家事にはこと細かく気を遣っていた。それに夫婦そろって美食家で、世界のあちこちから到来する珍しい物には目がなかった。というしだいで、今回の献立は次のように決まった。
牛の尻尾のポタージュ、岩ホウボウの網焼き、茸をあしらったフィレ肉、イタリア風ラヴィオリ、ロシアの山ウズラ、トリュフのサラダ、オードブルにはキャビアとキルキス(※北海産の小魚)、さらに、プラリーヌ入りアイスクリーム、エメラルド色をした小粒のハンガリー産チーズ、それにケーキ類。ぶどう酒は、ボルドーの年代物をカラッフに入れて常置し、焼肉にはシャンベルタン、デザートには、シャンペンは平凡だということで、モーゼルの発泡酒にした。
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●サンドーズのことばに、はっと我にかえったクロードは、出されている山ウズラの肉片の中から腿肉を選んだ。樹脂の匂いに似た山ウズラの肉の香りが、部屋中にひろがっていた。
「どうだ、感じるか?」サンドーズは楽しそうに言った。「ロシアの森林を満喫しているみたいだろう」 しかしクロードは、ふたたび自分の夢想に戻っていた。
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●アンリエットとサンドーズは、もはや料理の賞味どころではない大混乱の中で、ただ茫然としていた。トリュフのサラダも、アイスクリームも、デザートも、すべてが、口論で高まる憤懣の中で、がつがつと何の感激もなく嚥み下されていた。シャンベルタンの銘酒も、モーゼル酒も、水みたいにがぶ飲みされていた。
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●そして夜会は、やっとのことで締めくくりにたどりついた。一同が食堂に戻ると、鹿狩り風景を赤い糸で刺繍したロシアのテーブルクロスの上に、お茶が出されていた。そして、明るい吊り燭台の下には、ブリオシュと砂糖菓子、ケーキ類を盛った皿、ウイスキー、ジン、キュンメル酒(※ドイツ産、クミンで味つけした酒)、キオス産のラキ酒(※アニス酒の一種)など、さまざまのリキュールが並んでいた。さらに、召使いがパンチもはこんできた。そしてテーブルを廻って、せわしなく客に欲しいものを聞いていた。その間、当家の主婦が、自分の前で湯気を上げているサモワールからお湯をティーポットに入れていた。しかしながら、この充足感、この目の楽しみ、この芳しい茶の香りも、一同の心をほぐすにはいたらなかった。
(第11章)
エミール・ゾラ『制作』を読む(その2)
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●彼はアルコールランプに火をつけ、鍋を洗い、ココアをつくりはじめていた。鍋にチョコレートを砕いて入れている最中、彼はおどろきの声をあげた。「おや! もうすんだのですか!」
(第1章)
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●エイの料理が出た。日にちがたってまずそうな黒バターソースの味を引き立てるため、ぶどう酢のびんがテーブルに運ばれてきた。
●羊のもも肉は、大歓声で迎えられた。
●唯一のデザートであるブリチーズは大歓迎で、一切れも残らなかった。
(第3章)
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●食事はこの上なく愉快だった。オムレツは焼けすぎ、ソーセージは脂が多く、パンはといえば、クリスティーヌが手首を傷めないようにクロードが小さく切ってやらねばならないほど固かったが、そんなことは問題じゃなかった。ぶどう酒は二本空になり、三本目があけられた。
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●彼らは台所で食事した。すばらしい昼食だった。半熟卵のつぎは、ハゼのフライ、つづいてサラダ風に味つけした一夜ごしの蒸し肉、そして、ジャガイモ、燻製ニシンがいっしょに出た。(中略)デザートとして摘みたてのイチゴと近所の牧場でできたばかりのチーズが出た頃には、二人ともテーブルにひじをつき、つぎからつぎへと話がはずんでいた。
(第6章)
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●ある晩のこと、彼が不意に戻ってくると、シェーヌのやつ、隣の薬草屋のマチルドと仲良く、二人とも下着姿のままでジャムのつぼをかかえて食っているのを見たのだった。彼は、むかっとした。おれが固くなったパンをかじっているというのに、こっそりと二人で甘い汁をむさぼっているとは!
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●「……それでだ、きみ、売れ残りの油がでかいつぼにまだいっぱいなんだ。そして、その油でおれたちは食いつないでるっていうしだいだ! つまり、パンがうまく手に入った日など、油に浸して食うのだ。」
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●と、すぐにマチルドが現れた。(中略)「めずらしい物が手に入ったの。ほら、箱入りのマシュマロよ。朝食代わりにしましょう」
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●「フランソワーズ!」彼女は女中を呼んだ。「かまどの上のトーストをはこんでちょうだい」 トーストがはこばれるや、アンリエットはそれを一皿に二枚ずつ入れ、その上にブイヤベースのスープをかけはじめた。
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●ブイヤベースのあと、ウサギのシチューが出た。ついで、サラダをあしらった焼鳥肉が出て夕食をしめくくった。
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●「ねえ、あなた……」彼女は大さわぎの中で、サンドーズにくり返しさけんでいた。「手をのばして、棚のビスケットを取ってちょうだい!」 歓声を上げて、全員、立ち上がった。いまからテーブルをかこみ、お茶を飲みながら一夜を過ごすのだ!
エミール・ゾラ『制作』を読む(その1)
ゾラの小説『制作』を読みつつ感想を書いてみます。
タイトル:制作
著者:エミール・ゾラ (Emile Zola)
訳:清水正和
出版社:岩波書店 (岩波文庫)
出版年:1999年
原題:L'OEUVRE
原著出版年:1886年
印象派の画家たちのよき友人であったゾラが、自らの体験をもとに書いた小説・『制作』。
19世紀のパリはどんなふうだったのか、人々は何を食べ、どんな服を着、どんな娯楽を楽しんでいたのか……ということがリアルに描かれていて、これを読んでいると100年以上前のフランスがぐっと身近に思えてきます。羊のもも肉とかエイの煮込みの黒バターソースとかデザートのブリチーズとか、食べ物がやたら美味しそうなんですよねー!パズーとシータの卵のっけたパン並みに食欲をそそられます。
主人公はクロード・ランティエという名の画家ですが、この人はポッと出てきたキャラクターではなくて、「ある家系」の一員なのです。つまりゾラは、ある特定の人物から生まれた子孫たちの大河ドラマをシリーズ小説として書き続けたんですね。『居酒屋』も『ナナ』も、この『制作』も、主人公・ヒロインは親戚どうしなんです。「ルーゴン・マッカール叢書(そうしょ)」と呼ばれるこのシリーズは、自然主義作家としてのゾラを代表する作品となっています。
ルーゴン・マッカール叢書の基本コンセプトについては、私が下手な解説をするまでもなく、面白いことに『制作』の中で作者自身が語ってくれます。サンドーズという、どう見てもゾラ自身のようなキャラクターがこんな話をするのです。
「……おれはな、一つの家族をとりあげ、その構成員の一人一人を研究してみようと思っているんだ。彼らがどこから来てどこに行くのか、どのようにして各人が影響しあうか、などを研究する。つまり、一家族という小単位を通しての人間性探求、人間たるもの、いかに成長し、いかに行動するかの研究なんだ。……なお、それらの人物を一つの限定した時代の中に投入し、環境やさまざまの境遇の影響するものを究めて、一遍の歴史を作ろうと思うのだ。それは十五巻か二十巻のシリーズとなるだろう。といっても、各巻それぞれ、独自に完結する物語なんだが、それでも全体として大きな枠組に入っている小説シリーズなんだ。」