ザ・見栄っ張り

実は私、ものすごい見栄っ張りなんです。

と友人に告白したら「知ってるよ」と言われました。え、まじで。

そんな自分の見栄っ張りを解き明かす『後ろの人』理論というのを考えました。


<後ろの人理論とは>

本や漫画を読んでるとき、背後に視線を感じるというか…。
それを私は「後ろの人」と呼んでいるんです。
「後ろの人」は常に後ろにいて、私が何かするたびに監視しているんです。
私が「この映画おもしろーい」とか思ってても、「バカが見る映画ね…」とか「下品すぎる…」とか冷たいコメントをくれたりするわけです。(※幻聴ではない)
そんなとき私はシュンとして、なんとなく後ろめたい気持ちで鑑賞するのです。

そういうわけでどんな作品を楽しむときも、ときどき背後をさっと振り返っては「ど、どうでしょう後ろの人!」とかお伺いを立てる習慣ができてしまいました。

あるとき、「そういえば後ろの人って一体誰よ?」という疑問が浮かび、考えた結果…
まあ、親とか親とか親の価値観の集合体(+世間体)みたいなものではないかと。
自分の親とか、世間一般がどんなものを好み、どんなものを嫌うか。
そういった情報の寄せ集めが一つの模擬人格のようになったものが「後ろの人」なんですよ。

これで私の見栄っ張りゆえの奇妙な行動がすべて説明できる!
すごい画期的な発明だと思いませんか?「後ろの人理論」!
と自慢げに友人に語ったら、「アホか」と一蹴されました。え、そうかな。

投稿者:nekoaji : 2007年05月05日 14:10

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コメント: ザ・見栄っ張り

はじめまして、
他大学生ですがおもしろいのでたまにのぞかせてもらってます。

「後ろの人理論」!共感します。
それを言葉にしている人をはじめて見ました。ぶらぼーと言いたいです。
「ブラボー」
わたしは電車の中とか、学校とかで人に批判をくわえる
その「後ろの人」もたまにやってしまいます。けど最近はあんまりきにしないようにしてます。疲れてしまうので。

ねこあじさんのとニュアンスが違うみたいで実は似ていると思うのですが、電車の中で無防備にくっちゃべってる女の子たちなんかをみると
いたたまれない気持ちになります。
たぶんその子たちには「後ろの人」がいないのだと。

ねこあじさんのいう「後ろの人」って、もうひとりのじぶんではないかと読んでいて思ったのですがどうなのでしょう。
それともう一種類の方は、
私が「後ろの人」をやってるということは、他の誰かもわたしの「後ろの人」をやってるだろうということで。
これは単に人目が気になるっていうやつですね。
この場合は思ってることを口にするか、わかりやすい動きをしない限り「後ろのひと」には伝わらないですね。

今こちらは、「後ろの人」に見られても自信もっていられるように自分をつくっている途中です。
見栄っ張り≒自意識が強いってことではないですか?
自分を客観視するということとはちがうのかしら,,,
美術やる方にとっては必要な要素かもとかんがえてます。
それにしても、ねこあじさんは親御さんのつよい影響下におられるのですね。たいへんですね。これはもしかして、心理学のせかいかも。

書いているうちに、まるで見当はずれな気がしてきて
実際そうかもしれません。
初コメントなのにこんなに長い文を書かれてしまって
驚かれたことでしょう。本文より長いです...
読み終わったら削除してください。
ありがとうございました。

投稿者 のあーり : 2007年05月07日 22:47

のあーりさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。
いえいえ削除だなんて…大歓迎ですよ〜!

「後ろの人」は、意識してなくてもみんな絶対持ってるんだって!と思ってたので共感してもらえて嬉しいです。
またいつでもコメントしてくださいね♪

投稿者 ねこあじ : 2007年05月07日 23:43

コメントしてください




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