リアルな美大通信生の日常を
Search
いつかの展示
最近は、この先の自分を考えて過去を振り返ることがどうも多い『過去に寄りすがってクヨクヨすることは現在を貧窮化することに他ならない』とは、ある芸術家が言っていたけれど、クヨクヨするのではなく失敗の原因を考えることで成功に繋がるのならば、過去から学ぶことも大きいように思う。
いつだったか仲間とギャラリーを貸し切ってグループ展をしたことがあった。仲間と話し合いを積み重ねて展示のコンセプトからアートワーク、DMからポスターのデザインや照明の角度、キャプションの付け方まで納得いくまで話し合った。
展示をする事に迷いは無かった。無欲に頑張ることに意味はあるのだと。その当時、展示の他に同時進行で進めていたプロジェクト、プラス学業との両立をやっきになってこなしていた。
純粋な向上心。忙しさの中に充実感はあった。
展示には述べ250人近い人々が訪れ、シフト制でギャラリーの接客をしていた。現代アートと銘打って展示していた私の作品には多くの感想・コメントが寄せられ様々な視点から為になるメモから、茶化したメモまで自分の作品を様々に感じて貰えたことが、とても嬉しかった。中にはジーンとくるものまであり、暖かい言葉にありがたさを感じるページもあった。
先輩たちは厳しくも優しい言葉をくれた。
展示は盛況のうちに終わり、ほっと胸を撫で下ろし安心感と達成感に包まれた。ギャラリーを借りるのだって、安いお金じゃない。けれど見返りはあったと思っていた。打ち上げの席は、同じ目的を遂げた仲間同士だけに笑顔に溢れていた。
ここまでは、良かった。
その帰り道、夜の渋谷。道玄坂を大勢の通行者の中、作品を積んだカートを引きながら歩く仲間たちの背を見て、人込みに飲まれそうになる彼らを見て。私は思ってしまった。
・・・なんて頼りないのだろう。世間の中でなんて危ういのだと。涙が出そうになった。夜の渋谷のネオンが眩しかった。
もしかすると、そう思ったのは私だけかもしれないし、仲間がどう思っていたかは分からない。失敗も一興。次の作品制作に活かせれば無駄なことなんて一つも無い。
けれど、当時の自分達に物申すことができるのならば、一言だけ言ってやりたい。知り合いしか来ず、ギャラリストが若手アーティストを探しに見に来るわけでもなく世間に向けて発信することすらできなかったのは・・丹精込めた作品を並べた展示が空砲に終わってしまったのは・・
マネジメントの視点が欠けていたのだと!
もしもそのチームに他大学の経営学部の学生がいたならば、こう言ったことだろう「君たちはどこまでが本気なんだ!」と。
YBAの様に社会に挑戦して市場に切り込む訳でもなく、時代の文脈を読むわけでもなく。
「誰に向かって発信するか」何よりも自分の作品が、幅広い美術の概念の中でどの位置付けに
あるのか、フォーマリズムなのか、ミニマリズムなのか、ポップ・アートなのか、ナイーヴ・アートなのかアルテ・ポーヴェラなのか、コンセプチュアルアートなのか、ニューペインティングなのか、ソッツ・アートなのか、インタラクティヴ・アートなのか、プロセス・アートなのか、ネオ・アブストラクションなのか
・・・きっと、あらゆる形式に当てはまらなかったと思う。
社会にとって自分の作品がどの位置付けにあるか、自ら展示するからには、それぞれが考える必要があったのに。
現代芸術論をじっくり学んだ今だからこそ、そう考えることができた。