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紫陽花と音楽

このところドライ素材の服を身にまとい、家の窓を開けることで
風の導線を敷き、すこしでも涼しくしつつも、目前に控えた試験対策に
頭を抱えています。気晴らしに外に出れば、紫陽花の紫と、葉の緑の
コントラストが美しいなと思ったり。
そんな初夏です。

移動時間はうってつけの勉強時間です。電車の中でも教科書や自ら
購入した副教材に線やメモを書き込んでいます。
家に帰れば、それを元に調べてノートにまとめたりしています。
単純な作業の繰り返しです。でもやっぱり悩みます。
勉強内容もそうですが、何故勉強しているのかを。

私がムサビ通信で学んでいるのは単純に
「ハイカルチャーに貢献したい」
と考えてのことです。ですが「いかようにして?」となると
頭を抱えます。
ムサビ通信や美術館でのアルバイトを通して高い文化を
発信している素晴らしい人々の存在を知り憧れつつも
そのスピード感の早さに圧倒されます。
オフィスのピリッとした空気に触れる度に、もっと勉強しなければ。
と思います。いつも自分は甘いな、と感じます。

アート・デザイン。将来どちらに身を投じるかで揺れています。
二兎追うもの・・ではないですが、来年度中には片一方に本腰を
いれようと考えると細かいことが気になってしまいます。
二年後、2010年にADMCが設立したら新卒採用はあるのかな、とか
どの企業がインターンシップ受け入れをしているのかな?とか
はたまた、有名デザイン事務所のバイト募集を見て興味が沸いたり。
手段はいくらでもある様に思えます。ベストを尽くせばその結果が
どうなろうが構わない。知ったこっちゃない。というところで、考えた末
巡りめぐって落ち着きます。
けれどテスト前の今、考えるだけ無駄なので「勉強しよう」と
我に返ります。

そんなことを考えているうち、ふと音楽の力は凄いな、と思う。
モヤモヤを吹き消してくれる。
Osawa shinichi「Maximum joy」が最近の気分にピッタリです。

考えても無駄なことを考える時間を減らしたいとは
常々思います。

昨日今日

昨日今日

時にノッてる!と思う日もあれば、グダグダな日もある。
今日はグダグダっぷりを発揮した日。

・昨日
横浜美術館で生の茂木さんを見る。
現在会期中の「4人が創る-わたしの美術館-展」
関連イベントのトークショーを見学。
見聞きした内容を私がなぞっても
面白い記事にはならなそうですが、ちょっとだけ。
科学的視点、例えば人や動物の生態に焦点を当てて
モチーフの不思議を考察されていたのが新鮮で面白かった
とだけ書くこととします。

また、テレビで見るよりも若々しかった。
話の途中で「髪型には無頓着」という
ニュアンスの話を本人がされていたように
あれだけ「脳」を知り尽くしている方が
髪にはあまり興味を示されないというのは
大変失礼ながら、どうにも
チャーミングに思えてならなかった。

・今日
東京藝大に足を運ぶ。
途中で卒業生の彫刻作品にうっとりしつつ
「バウハウス・デッサウ展」に期待を寄せる。

公園を抜けて

東京都美術館を過ぎ

藝大に足を踏み込む。

そして美術館に差し掛かり、目に飛び込んだのは・・

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いつかの展示

最近は、この先の自分を考えて過去を振り返ることがどうも多い『過去に寄りすがってクヨクヨすることは現在を貧窮化することに他ならない』とは、ある芸術家が言っていたけれど、クヨクヨするのではなく失敗の原因を考えることで成功に繋がるのならば、過去から学ぶことも大きいように思う。

いつだったか仲間とギャラリーを貸し切ってグループ展をしたことがあった。仲間と話し合いを積み重ねて展示のコンセプトからアートワーク、DMからポスターのデザインや照明の角度、キャプションの付け方まで納得いくまで話し合った。
展示をする事に迷いは無かった。無欲に頑張ることに意味はあるのだと。その当時、展示の他に同時進行で進めていたプロジェクト、プラス学業との両立をやっきになってこなしていた。
純粋な向上心。忙しさの中に充実感はあった。

展示には述べ250人近い人々が訪れ、シフト制でギャラリーの接客をしていた。現代アートと銘打って展示していた私の作品には多くの感想・コメントが寄せられ様々な視点から為になるメモから、茶化したメモまで自分の作品を様々に感じて貰えたことが、とても嬉しかった。中にはジーンとくるものまであり、暖かい言葉にありがたさを感じるページもあった。
先輩たちは厳しくも優しい言葉をくれた。

展示は盛況のうちに終わり、ほっと胸を撫で下ろし安心感と達成感に包まれた。ギャラリーを借りるのだって、安いお金じゃない。けれど見返りはあったと思っていた。打ち上げの席は、同じ目的を遂げた仲間同士だけに笑顔に溢れていた。

ここまでは、良かった。

その帰り道、夜の渋谷。道玄坂を大勢の通行者の中、作品を積んだカートを引きながら歩く仲間たちの背を見て、人込みに飲まれそうになる彼らを見て。私は思ってしまった。

・・・なんて頼りないのだろう。世間の中でなんて危ういのだと。涙が出そうになった。夜の渋谷のネオンが眩しかった。

もしかすると、そう思ったのは私だけかもしれないし、仲間がどう思っていたかは分からない。失敗も一興。次の作品制作に活かせれば無駄なことなんて一つも無い。
けれど、当時の自分達に物申すことができるのならば、一言だけ言ってやりたい。知り合いしか来ず、ギャラリストが若手アーティストを探しに見に来るわけでもなく世間に向けて発信することすらできなかったのは・・丹精込めた作品を並べた展示が空砲に終わってしまったのは・・

マネジメントの視点が欠けていたのだと!

もしもそのチームに他大学の経営学部の学生がいたならば、こう言ったことだろう「君たちはどこまでが本気なんだ!」と。

YBAの様に社会に挑戦して市場に切り込む訳でもなく、時代の文脈を読むわけでもなく。
「誰に向かって発信するか」何よりも自分の作品が、幅広い美術の概念の中でどの位置付けに
あるのか、フォーマリズムなのか、ミニマリズムなのか、ポップ・アートなのか、ナイーヴ・アートなのかアルテ・ポーヴェラなのか、コンセプチュアルアートなのか、ニューペインティングなのか、ソッツ・アートなのか、インタラクティヴ・アートなのか、プロセス・アートなのか、ネオ・アブストラクションなのか
・・・きっと、あらゆる形式に当てはまらなかったと思う。
社会にとって自分の作品がどの位置付けにあるか、自ら展示するからには、それぞれが考える必要があったのに。

現代芸術論をじっくり学んだ今だからこそ、そう考えることができた。

好きな街

8月の試験に必要なレポートが残り1つとなったところで桜木町へと赴く。

写真はオープン15周年の横浜ランドマークタワー展望台から眺めた開港150周年の横浜“みなとみらい”の景観です。

200806161704000[1].jpg

写真の画面右側は横浜トリエンナーレ2008開催地周辺であり、9月には多くの人で賑わうことでしょう。
トリエンナーレ開催中の経済効果はどれほどなのでしょうか。客として行く予定です。

展望台の高さは273m、調べたところ日本で一番高い高層ビル・展望台フロアだそう。273mから広がる景色は、港町がミニチュアのように見え、まるでグーグルアースの視点のよう。おまけに展望台へと続くエレベータは世界一速いというギネス付き。

69階の展望台では現在はスチールでできた大きな昆虫の彫刻が展示されておりアメンボ、トンボ、クワガタなど少年が好きそうなモチーフで構成されていました。一見、家族向けの印象。展示の内容は良かったのですが、好みでは無かったです。

“みなとみらい”は幼い頃から訪れていた私にとってホッとする街の一つです。勉強疲れにリフレッシュでき海を眺めているだけで落ち着きます。

高校生の頃、アトリエ時代にもよく足を運んでいました。アトリエ帰りに免許取りたての友達が車で迎えに来て制服のままドライブに出掛けたり、海を眺めながら将来について語り合ったりしました。ほんの数年前の思い出です。最近全然連絡取れてない親友たち。

今の自分に満足していない訳ではありませんが、みなとみらいで時間を忘れて過ごしていると様々な顔が浮かんでは消える。高校時代に思い描いていた自分になれているのだろうか。・・どうなんでしょう。きっとなれていないでしょう。
そんなスローライフ。

あぁ、もうこんな時間。明日またレポート頑張ろう。
おやすみなさい。

サプライズ

今日、家のポストを覗くと
JDNから封筒が届いていた。

「なんだろう?」
と思いつつもテンション上がる。
・・以前出したコンペの結果か何かかな?
いやいや世の中そんなに甘くないぞ。と
思いつつ封を開けると・・
GetAttachment.jpg
「バウハウス・デッサウ展」の
招待券が入っていた!これは嬉しい。
懸賞に運良く当たったようでした。
(JDN様、本当にありがとうございます。)
ムサビコムライターの方々がこの展示の記事を
書かれているのを何度かお見かけして
私も行きたかったので、すこぶる嬉しい。

今はTBSで「情熱大陸」ナガオカケンメイさん
の特集が放映中ですね!

ワクワク。

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最近の自分

7月に行われる科目試験の受験に必要な
ノルマのレポートを提出し終える。

ポストに投函。それいけー!
(採点宜しくお願いします。)
雛鳥の帰還を待つ親鳥の心境です。
なんだそりゃ。

試験勉強と平行して8月の科目試験の
ノルマも今月中に終わらせたいところ。

予約していたイベント蛍光色の世界へ
スケジュールの都合上キャンセル
の電話を入れる。非常に残念。
質問したいことがいくつもあった。

萎えかけていたところ、6/22に
横浜美術館レクチャー・ホールで
茂木健一郎さんが『絵の力-延長された顔-』
という内容のスペシャルトークを行うという
情報をキャッチアップ!これは行こう。

美術館へ足を運ぶことで得られる知識と
美術館でのアルバイトの経験をより充実させる為
(ただ、美術館でのアルバイトでのことは
配慮して日記では書けないのが残念。)
来年度3年次から履修できる
学芸員課程の受講を決意する。

学生としてアートとの関係をワンランクアップさせたい!
けれど、来年の学費は間に合うだろうか・・。
夏休みにはモリモリ稼がないと。

後期の実技課題をこなしていく前に
卒制に活かせるかどうかも視野に入れていかないと。
そうしないと作品制作の方向性を見失ってしまいそう。

アイディアのメモを書き留めるノートが必要だ。
肩肘張らずに自分のライフスタイルや好きなものに
根ざした作品ができるだろうか。
とにかく楽しんだ上で評価や制約や技術を
くぐり抜けていけると良いと思っているのですが。

きっと、それは言葉で言うほど簡単なものでは
無いのだろうと思っています。

理想としては3年次のうちに卒制に必要な
技術を十分に培えると良いのですが
それは現段階では、趣味の延長としての範疇に
収めて、途中の進路変更も有り、という風に
勉強内容や進行状況によって臨機応変に
対処していければ・・。とも思いますが
まだお尻に火がついてないから
そんな暢気なことが言えるのかな。
とも思う自分もいます。

いくらか整理が必要な、そんな最近の私です。

琴線に触れた作品 vol.2

美術教育の必要性に関して
手羽さんや先輩方が語っておられ
詳しいことは後に言及されると思うのですが
ムサビ通信2年の学生として、私も一言。
予め、教職課程を履修していないことを
お断りした上で意見を述べます。

美術教育は必要か?
『条件付きで必要です。』
条件とは、弊害を危惧することです。
弊害に挙げられる一つは見識を欠いた
指導のことです。
見識を欠いた指導とは、多様な示唆を
剥奪することに思えます。
多様な示唆を剥奪するとは、正解を
押し付けること。美術は感覚・観念的自由さの
一方で生徒の個性を奪い兼ねない科目であろう
ことから言えます。

しかし、20歳そこそこの私が述べるには
あまりに難解なテーマであり、これから
おいおい学んでいきたいと思います。

以前、某テレビ番組で紹介されていた
この映像が、フィクションでも
一場面をうまく切り取っていると思い
最後に添えて終わりにします。

どうにもリンクが貼れないのですが
youtubeで、キーワード

公共広告機構 CM 黒い絵

と、ご興味のある方は検索してみて下さい。