カテゴリー:就職活動

無題

就職課に頼まれていたことをひとつ、終わらせた。いわゆる就職体験記。あまり好きではないやつだ。でも引き受けた。
何で好きじゃないかっていうと、去年のやつといい、おととしのやつといい、受験の攻略法的な勢いで書かれているものがおおいからだ。(全員が全員ではないのだが)自分の人生の踏み出しも攻略法の対象かとおもうと正直気分が悪い。今年もそういうことをまねして(普通はまねしない、もしくは就職する人間が当たり前に経験していることが書かれているんだろうけど)落ちた人がいるのだろう。僕が就職活動中はほとんど読まなかった。

でもなぜか引き受けた。思考のプロセスなんてかいても面白くないだろうけれど、影響を受けた人間が多かったし、製作現場のバイトをしていたことでわかることもあるだろうと考えたからだ。

教職とっていようがいなかろうが、サークルをしていようがいなかろうがファインの学部ははっきりいって暇の巣窟だ。その時間を自分のブラッシュアップにかける人たちもいる一方で、そうじゃない人たちもまたいる。でもたいていの人は2年の後半あたりから徐々に焦燥感が出てくる。(出ないやつも周りには結構いたが)僕もそんな一人だった。だから、その時に自分はこんなアドバイスがほしかったな、と思ったものをかいた。ほとんどが三年のときに入って会社訪問をしたときの経験を基に書いたけれど、正直就職活動をもう一年早く行っていたら、結果は同じだったとしても人間形成には大きな影響を受けたんだろうなと思ったりもする。就職活動で内定を取ることよりも、就職活動を通して世の中の自分の立ち位置が見えたのが大きかったかな。

ただ、僕みたいにバイトの経験値で(この場合のバイトとは成果物がお金になることをいう)就職する人は結構いる。珍しくもない。ゲーム業界なんて多くがそうだ。就職体験記にその例が少ないだけだ。一年のころからもぐりこんでいるやつなんてざらにいることも頭に入れたほうがいいと思う。(これは体験記に書かなかった。)

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もちろん就職活動を通して就職活動をやめた人もいた。関野さんのグレートジャーニーにくっついていくことを選んだ先輩もいた。そう生き方もいいと思う。就職が人生の全てじゃない。自分で自分の人生を責任もって決めたのだから。僕自身、就職が失敗したら貯金を全てはたいて、マルチメディアの大学院を受験しようと考えていた。

過去の記憶2

前回の続き。
○6月…専門学校の方でも友達が増えて、世の中の広さや自分の視野の狭さを再認識。話を聞いているだけで、テンションがあがる。BBQをしたりしつつも徹夜で泊り込んで製作する日々。また予備校のバイトをすっぱりやめたこともあり、他のバイトもちらほらしていました。その一方で、会社訪問や企業説明会に参加。「NHKアート」「スタジオ4℃」「オムニバスジャパン」などなど。オキシボットの説明会で曽利監督自身が講演に来たのは感動的。っでたまたま会社説明会のときに参加した荻窪のプロダクションで7月から一ヶ月間研修を受けることになりました。

○7月…荻窪のプロダクションで携帯電話のモデリングをするものの、いい結果が出せずにさらに研修期間が延びる。っでそこで多くのことを学んだのでした。目の前でバイトの人が首になったとき、僕とその人を社長さんがじきじきにレクチャーしてくれたのですが、「製作現場って言うのはクライアントの思考を読む作業でもあるわけだかたら、極端な話、アーチスティックな要素はほとんどいらないの。あっても一割ぐらい」「3DCGのモデリングには基本的には個性は出ない。積み木で城を組み立てるように、最初の大きなポリゴンが狂ったらアウトなの」「モデリングのプロが携帯電話のモデリングを、競争して作らせたら気持ち悪いほどワイヤーフレームのデータが似るからさ」「一人では大きなプロジェクトなんて出来ないから、そういうところで社会性って言うのは大事なんだよ」「白組の山崎監督(ALWAYS三丁目の夕日の監督)みたいに製作現場からああいうひともでてくるけれども、あの人は下積みをしている間に自分でスポンサーをつけたり、多方面での才能に秀でてたからさ。製作現場からはああいう天才はもう限りなく出てこないもんなんだよ」などなど。
そのあとは、周りの人に積極的に相談したりしながらモデリングをしました。うまくいかずに、帰ってから布団でないたこともありました。
 結局8月までそこにいて、あまりいい分かれ方をしませんでしたが、ここで得たことは人生の中で大きな経験になりました。
○8月…プロダクションにいながらも、会社説明会に参加しつつ、友達がサークル的にやっているクラブ用のVJ素材を作ったり、WOMBではしゃいだり、ベクシルやジーニアスパーティーや300など、いわゆるCGを使った映画もたくさん見ました。っでこの月の下旬に人材派遣会社と契約社員を結びました。
○9月から今年まで…派遣社員をしながら、広告代理店のOB訪問をしたり、一方で専門学校の卒業制作と大学の課題と早稲田の課題と、なんかやることが自分のキャパを超えていました。自分でスケジュールが組めないというか、徹夜せざるを得ない状況になりました。会社から専門学校→泊り込み製作→朝、大学に戻って講評、見たいな感じでMAX10徹。よく救急車で運ばれなかったなと。完全に一線を越えていました。親の言うこともほとんどきいていなかったし、殺気ばしっていたので周りの人にそうとう迷惑をかけました。
マスコミ関連は作品選考まで通ったものがありましたが、あとは全滅でした。幸い、3月ぐらいまでの第一波が終わってから時間的に空きができたので、作品をつめて言ったという感じです。(その辺は3月4月の日記を読んでください)っで無事内定。
 相手がどういう技術をほしがっているのかを冷静に分析しながら、物を作っていくことが鍵だと思いました。今年度始に、CG関連の会社にいったときに「自分の感性だけで作品作るのはマスタベーションって言うんだよ!」と怒られてから、歩行の3DCGやメカや生き物のモデリングやテクスチャーの技術を基礎からやり直して、その成果だけをポートフォリオに入れました。日本画は2点しか入れませんでした。

 就職活動をすると、自分がどうやって社会と関わっていくのかを真剣に考えさせられます。特に製作現場の場合は、「世の中、いろんな人がいるんだな」の「いろんな人」のバリエーションをどれだけ把握し、そして自分はそういう人たちを満足するにはどうすればよいのかを考えなければ生きていけません。それを知るには、大人の方や家族の方、また業種を超えた社会人の方々とじっくり話し合うことで視野が広がります。話し合うだけでなんか自分に力がわいてきたりすることもあります。

あと、就職活動だけに忙殺されないでください。僕自身は就職活動中もバイトをいくつかかけもちでやっていましたが、もしバイトをやめていたら、不合格通知の嵐と就職活動しか眼中になくなってしまい、気がおかしくなっていたかもしれません。適度に遊んでください。

 健闘を祈ります。

過去の記憶

就職活動するのが人生の全てではないけれど、3年のこのころになると進路を決めて動き出す時期なので。

僕の場合は、映像業界に行きたいということは高校のころから実は考えていました。3DCGも独学で(strataを使っていた、当時は。)それなりにやってきました。NHKの人体やテレ朝の地球号を見て、単なる事実を伝えるドキュメンタリーにとどまらず、人の心を動かすドキュメンタリーを作りたい、そういうものに自分が製作に関われるとしたらなんだろう、と考えたときに、3DCGを武器にしようと考えました。でもなぜか日本画に…。

進路を考えたときにはこのことが実はハンデになりました。(その辺の理由は、浅羽通明の「大学で何を学ぶか」という本に詳しく出ている。)なので大学2年の半ばからあせり始めました。たまたま予備校でバイトしていたので、映像業界の情報を得て、また人間としての幅も広げたかった理由で、バイト代を貯金して専門学校に行こうと思いました。

三年になったと同時に、業界紙を読み漁りました。自分の知らない会社がたくさんありましたが、製作物を見ていると、自分がすきだったCMを製作していたりしていて、興味がどんどんわきました。専門学校が始まってぽちぽち作品を作り始めたのが今ぐらいの時期。そして最初の一社目(デジタルフロンティア。デスノートなどを製作している会社。TYOグループ。この会社を知るにはTYOグループについても知っておかなければならないので「TYOの勢いはなぜとまらないのか」といった本を読むのがお奨め。)にいったのも去年の今頃。

ここで大恥をかきました。デザイン科とちがってファインの人はお客やクライアントを相手に作品を製作するのではなく、自分の内面に向かって作業をすることが多かったので、ポートフォリオがまるで相手の狙いと外れていました。(相手をしてくれたTさんは「アーチストとデザイナーはベクトルが逆だからね」とおっしゃったが今にして思えば物知らずの僕を傷つけないように相当婉曲に表現していたと思う。別の会社ではもっとストレートに指摘された。)いわゆる、大学の製作物と自己満的3DCGとデッサン。相手の要求する技術ともずれていましたし、技術が評価されても「でも、それ以上のことは言えないんだよね」という展開。それから、僕の本格的な勉強が始まりました。このあたりから大学から足が遠ざかるのですが。

続く。

今だからいえるけれども、受ける会社は少なくても正直かまわないと思います。しかし、会社訪問は多くやったほうがいいと思います。例えば製作会社でも、一方的にクライアントからの指示に忙殺されるところと、ある程度自分たちでデザインをするところが出来るところもあります。また、そもそも自分の知らなかった仕事の種類も見えてきます。例えば、「日本画の職種は背景デザイナーしかない」と口にする後輩もいたのですが、話を聞いていると実は背景デザイナーしか知らなかったみたいで…ということもありました。(背景デザイナーにしか興味がないのはいかがなものかと思うが)会社の風土の違いも大きいです。

あと、OB訪問は積極的にしたほうがいいです。作品審査で落ちましたが広告代理店のOB訪問も行いましたがそこで、デザインの話や会社的に僕のやっているところのどこがだめなのかをぎりぎりまで指摘していただき、それが他の業界を受けるときにも非常に役に立ちました。また自分の社会を見る目もかわりました。

近況報告とか

12下展、始まりました。お時間のある方は是非見に来てください。

近況ですが、無事、第一志望の映像製作会社から内定でました。日本画というと、なにかとアニメが巷では連想されるようですが、僕の場合は3DCG。実写や映像のほうに興味があったので、その手のプロダクションを中心に回っていました。はじめは先生になるつもりだったので教職をとっていましたが、途中でやめました。かといってそれらが無駄になったかというとそうではなく、人にものを教えるというノウハウは、将来、年をとって製作現場から離れてものを教える立場になったときに役に立つと思っています。

そんなカンダで、これからやることがいっぱい。恐竜製作のアルバイトもそうだし、建築の手伝い(7月ぐらいになったら正式に発表される?)もあるし、技研公開にも是非是非参加したいし、(3DCGの場合、デザイナーを支えているのはシステムエンジニアの方々なので、その人たちのことをもっと知りたいと思ったから。)森山大道の写真展も公開されるし、サボってた授業も出るし(苦笑)、マルチメディア検定もとりたいし、友達の主催するクラブでVJのねたも仕込まなくちゃいけないし、もうラッシュ状態。学生生活、最後まで爆走しきります!